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銀翼を連ねた機体が、軽やかに甲板へと降りてくる。
現在、航空母艦「グラーフ・ツェッペリン」は、攻撃を終えて帰還した攻撃隊を収容すべく、風上に向かって全速航行していた。
ドイツ艦特有のスマートな艦体の上に、全通の飛行甲板を備えた姿は、他国の空母と比べて異質に見える反面、どこか精悍な印象すらあった。
「グラーフ・ツェッペリン」は、基準排水量3万3000トン、全長262メートル、全幅31メートル、最高速度は35ノットを誇る。
全長だけ見れば最新鋭戦艦の「ビスマルク」より長い。
肝心の艦載機は50機搭載可能。
大日本帝国やアメリカ合衆国が保有する正規空母と比べれば決して多いとは言えないが、それでもライバルであるイギリス海軍の空母とはほぼ同等の搭載数を誇っている。
更に本艦はドイツ艦特有の重防御に加え、55口径15センチ連装砲4基8門を備え、ある程度ではあるが水上砲戦にも対応可能となっている。
長い航続力と、艦載機の機動性、更には軽巡程度なら対抗可能な水上戦闘力。
まさに、通商破壊戦を主戦法とするドイツ海軍にとっては、理想的な艦艇ともいえる。
現在、「グラーフ・ツェッペリン」には戦闘機としてメッサーシュミットBf109の艦載機型であるT型を12機、更にはユンカースJu87スツーカの、こちらも艦載機改良型を12機、合計24機の機体が搭載されている。
「グラーフ・ツェッペリン」の艦載機総数の半分以下の数字ではあるが、そもそも彼等は空軍からの「出向」と言う形で乗り組んでいる。
貸してくれただけでもありがたいと思うべきだろう。贅沢は言えなかった。
「どうやら、全機戻ってきたようだな」
「はい、未帰還機はありません。攻撃は成功です」
着艦したスツーカの数を数えたウォルフに、グラーフ・ツェッペリンが頷きを返す。
今回は小規模な船団に対する攻撃だったので、出撃したスツーカは6機。その全てが帰還していた。
やがて、攻撃隊を指揮した隊長が、報告の為に上がってくる。
がたいの良い、精悍な顔つきの男。
グスタフ・レーベンス空軍大尉。
爆撃機隊の隊長であると同時に、今回「グラーフ・ツェッペリン」に乗り込んだ空軍出向組の総隊長でもある。
「報告します」
敬礼するとレーベンスは、よく通る太い声で答礼を返すウォルフに報告する。
「我が隊は、航行中の敵輸送船4隻を発見。これに攻撃を加え、内2隻を撃沈確実。もう1隻を撃破いたしました」
「ご苦労です」
短いながらも、丁寧な口調で返すウォルフ。
相手は5つも階級が下、年齢も20以上、ウォルフの方が上なのだから、本来ならへりくだる必要はない。
しかし、ウォルフとレーベンスは海軍と空軍で所属が違う。
海軍である自分が、あまり高圧的に出すぎるのは信頼関係構築の上で望ましくないと考えたのだ。
何しろ、これからまだ、暫くは同じ船の上で共同生活を送る身なのだ。余計な軋轢は避けたかった。
そんなウォルフの意向を、乗組員もパイロット達も汲んでくれているようで、艦内では積極的な交流が為される一方、互いの専門分野には口出ししないと言おう暗黙のルールが出来上がっている。
少なくとも今のところ「グラーフ・ツェッペリン」上で、大きな問題は起きていなかった。
「取り逃がした船に関しては、第1戦闘群に報告を入れて対処してもらいます。大尉たちは、自室に戻って休んでいてください」
「ありがとうございます。では」
退出していくレーベンスの背中を見送るウォルフ。
大西洋上で通商破壊戦を開始して10日足らず。既にドイツ海軍は大規模な船団1つと、総規模な船団4つを捕捉、襲撃する事に成功している。
これは、かなりのハイペースであると言えるだろう。
その裏には、やはり「グラーフ・ツェッペリン」の艦載機の存在が大きかった。
多数の航空機を運用できる「グラーフ・ツェッペリン」が索敵と、航空機による先制攻撃を担当。
いち早く敵船団を見つけて攻撃を行い、連携が乱れたところで「グナイゼナウ」と「シャルンホルスト」が突入しトドメを刺す。
これまでにないくらい、効率的な船団襲撃が可能となったドイツ海軍は、急速に戦果を拡大していた。
「しかし、流石にそろそろ、警戒が必要だろうな」
そう言ったのはシュレスだった。
出撃前、ウォルフが幕僚にと望んだ彼女。
現在では第1航空群の参謀長と言う立場にある。
「イギリス海軍もバカではない、我々を排除しないと、大西洋における輸送路が潰される事は分かっているはずだ。ならば・・・・・・」
「ああ」
頷くウォルフ。
十中八九、既に刺客が差し向けられている、と考えるべきだった。
「デーニッツ提督から警告があった、新たなる敵部隊と言うのも気になる。引き続き、情報の精査に気を配ってくれ」
「判った」
一方、
パイロットの待機所では、今回出番が無かった戦闘機パイロット達が、思い思いの過ごし方をしている。
本を読んでいる者。ハーモニカを吹いている者。故郷に送る手紙を書いている者。さまざまである。
そんな中で、
クロウ・アレイザー中尉は、寝台に寝そべって静かに目を閉じていた。
別にサボっているわけではない。
出撃の無いパイロットは、特にやる事があるわけでもない。
ならば、次の出撃に備えて、英気を養うのも任務の内である。
特に今回は、航空母艦と言う慣れない任務地であり、何が起こるかは予想が付かない。
体力の温存は必須と言えた。
勿論、完全に寝ているわけではない。
万が一、不意な出撃命令が下った時の為、意識は常に半分、覚醒状態を保っている。これはポーランド戦以降、長きにわたる戦場生活で、クロウが身に着けた技能の一つである。
周囲の喧騒に包まれながら静かに寝入っている事暫し。
自分に向かって近づいてくる音で、クロウは覚醒のレベルを上げた。
「失礼、休み中だったか?」
「いや、構わねえよ。何か用?」
目を開けるクロウ。
視界の中に飛び込んできたのは、淡い金髪が特徴的な可憐な少女。
この艦の艦娘であるグラーフ・ツェッペリンだ。
あの日。
ロンドン空襲の護衛任務から帰還したクロウを出迎えたのが彼女、グラーフ・ツェッペリンだった。
来るベルリン作戦に参加する事が決まっていたツェッペリンは、優秀となパイロットを彼女自ら尋ねてスカウトしていた。
こうして、何人か選ばれたパイロットの中に、クロウもいたわけである。
連れだって、飛行甲板にであるクロウとツェッペリン。
快足を誇る「グラーフ・ツェッペリン」。
吹き抜ける風が、2人を包み込んでいくのが分かる。
甲板上では帰還したスツーカの収容作業と点検整備が行われている。
「気分がいいな、海上と言うのは。北海は少々、波が荒かったが、大西洋はずいぶんと穏やかだ」
「確かに、あれはきつかった」
北海を出るまで、「グラーフ・ツェッペリン」の艦内は、阿鼻叫喚の地獄絵図を示して居た。
乗組員たちはまだ、船に慣れていない者も多く、荒波にもまれて上下する艦内で、船酔いになる乗組員が続発してしまったのだ。
特にひどかったのは空軍から出向してきたパイロット達である。
彼等の多くは、そもそも外洋で船に乗った事が無い者が大半を占めている。これまでの戦場も船酔いとは無縁の陸上支援ばかりだった。
その為、北海を航行する間に、殆どが全滅に近い損害を被ってしまった。
クロウもご多分に漏れず洗礼に見舞われ、大荒れの艦内でのたうち回った口である。
下手をすると、せっかくの最新鋭空母が船酔いで壊滅するところだった。
笑いあう、クロウとツェッペリン。
屈強な軍人が、たかが船酔いでのたうち回っているさまは、恥ずかしくもあり、また最高に笑えるシチュエーションだったのは確かである。
そんな事で笑いあっていると、ふと、ツェッペリンは思い出したようにクロウに尋ねた。
「そう言えば、御父上とは話はしたのか?」
その質問に対し、
クロウは先ほどまでの笑いを止め、真顔に戻った。
ツェッペリンは、そんなクロウの反応に気付かずに続ける。
「聞けば中尉は、アレイザー提督のご子息だと言うではないか、だが艦に乗っている間、中尉と提督が話しているところを見た事は無いのだが」
「それは、まあ・・・・・・・・・・・・」
言葉を濁すクロウ。
アレイザー家の細かな事情など、他人に話すような事ではない。
どうにか、この話題を切り替えようとする。
だが、
「言ってくれれば、機会ぐらい作ったぞ。ここは『私』の中なのだから、それくらいの権限は・・・・・・」
「余計な事すんなッ」
自分でも、少し驚くくらい大きな声が出てしまった。
横でツェッペリンも、驚いているのが分かる。
「ちゅ、中尉?」
「・・・・・・・・・・・・」
自分でも、聊か馬鹿らしい事をしている自覚はある。
しかしそれだけ、父の存在はクロウにとってアレルギーに近くなっていると言う事だった。
「すまない。何か気に障ったのなら謝罪する」
「・・・・・・・・・・・・別に」
気を遣うツェッペリンに対し、それだけ答える事しかできない。
別にツェッペリンに対して怒っているわけではない。
しかし、父の話題を出されると、どうしても平常ではいられなくなる。
「チッ」
舌打ちするクロウ。
自分がいかにガキくさいか、そんな事はクロウ自身が一番よく分かっている。
しかしそれでも、割り切れない物はあるわけで。
「中尉・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
呼びかけるツェッペリンに背を向けるクロウ。
そのまま、答える事無く立ち去ろうとする。
その時だった。
突如、「グラーフ・ツェッペリン」艦内に警報が鳴り響く。
それまでの空気が一変、艦上は一気に張り詰める。
《パイロット各位は至急、待機所に集合せよ》
参謀長を務めるシュレスの声が響く。
《現在、第1戦闘群が敵の空襲を受けつつある。直ちに救援の要有りと認む!!》
2
別段、青天の霹靂と言うほどではなかった。
大西洋上を自在に動き回っているとはいえ、行動のアドバンテージはイギリス側の方が強い。故に、いつかはこうなるであろうと、誰もが予想していた事。
航行中の「グナイゼナウ」「シャルンホルスト」に鳴り響く警報。
既に両艦の対空レーダーは、接近する機影を捉えていた。
「総員戦闘配置!!」
「シャルンホルスト」艦橋に、エアルの声が響く。
「対空戦闘用意!!」
既にシャルンホルストは自身の席に座って艦の制御に集中している。
その艦、兵士達は艦内を走り回り、高角砲には対空用の榴弾が装填、機銃にも弾倉が装着される。
射撃指揮装置も起動され、接近する敵機に対して備える。
「まさか、発見されていたなんて」
「予想していた事だよ。敵に空母がいる事もね」
緊張気味に呟くシャルンホルストに対し、エアルは落ち着いた口調で答える。
今回、初めて「グラーフ・ツェッペリン」を実践投入したドイツ海軍と違い、イギリス海軍は戦前から複数の航空母艦を保有し、その運用ノウハウも持っている。
彼等が広い洋上で動き回るドイツ艦隊を補足するために、空母を用いて来るであろう事は、充分に予測できたことだった。
そして、
「右舷2時方向より接近する機影あり!!」
レーダー室からの報告を受け、エアルは右舷側の対空監視強化を命じると同時に、自身も手にした双眼鏡を向ける。
そこには、雲の間を抜けるようにして接近してくる、複数の黒い点を見て取る事が出来た。
時間が経つにつれて、そのシルエットもはっきりしてくる。
しかし、
「ソードフィッシュじゃ、ないね」
双眼鏡を覗きながら、エアルは呟いた。
イギリス海軍が主力雷撃機として採用しているのは、フェアリー・ソードフィッシュ雷撃機。
前時代的な複葉機でありながら、その高い操縦性と信頼度から、イギリス海軍航空隊のパイロット達から絶大な支持を受けている機体である。
しかし今、第1戦闘群に接近してくる機体は、複葉機には違いないが、ソードフィッシュに比べて機首が長く、よりスマートな外観をしている。
「アルバコアですな。ソードフィッシュの後継機として、フェアリー社が開発した機体だとか」
答えたのはヴァルターだった。
彼の言う通り、接近中の機体はフェアリー・アルバコアである。
旧式化著しいソードフィッシュの代替えとして開発された機体であり、布張りのソードフィッシュと違い全金属製でコックピットも密閉式となり、防御力が格段に向上しているのが特徴だった。
「敵機、さらに接近!!」
見張り員からの絶叫。
同時に、エアルも双眼鏡を下ろす。
「機関最大!!」
こんな時の為に、サイア達には機関の整備を十分に行う様に命じてある。
不意な敵との遭遇にも「シャルンホルスト」のエンジンは万全の状態で答えてくれる。
ワグナー高圧缶が唸りを上げ、基準排水量3万1000トンの巡洋戦艦が加速する。
20機近いアルバコアが、徐々に接近しつつ、上空を旋回し始める。
眼下にドイツ巡戦2隻を見ながら、突入のタイミングを計っているのだ。
次の瞬間、
「敵機、突入開始しました!!」
「シャルンホルスト」の左舷側に遷移した3機のアルバコアが、速度を上げて高度を落とし始める。
魚雷を投下すべく、攻撃態勢に入ったのだ。
次の瞬間、
「対空戦闘、撃ち方始め!!」
「シャルンホルスト」の対空砲が、一斉に火を吹いた。
向かってくる3機のアルバコア。
「シャルンホルスト」の右舷側から、進路を先回りするように、魚雷の投下態勢に入る。
相手は3万1000トンの巡洋戦艦。
戦艦としては機動力が高いかもしれないが、航空機のスピードに勝るものではない。
このまま進路を先読みすれば、魚雷を命中させるのは難しくない筈。
そのままスピードを上げて攻撃態勢に入るアルバコア。
だが、
その眼前に強烈な弾幕の網が投げかけられた。
たちまち、パイロットたちの視界が朱に染まり、閃光によって満たされる。
魚雷投下前に、アルバコア1機が「シャルンホルスト」の対空砲火を受けて撃墜。炎を吹きながら海面へと突っ込む。
残り2機が尚も魚雷投下すべく接近してくる。
しかし、予想外の先制攻撃によってタイミングを乱された2機は、攻撃予定地点に到達する前に魚雷を投下してしまう。
当然、そのような攻撃が命中するはずも無い。
「面舵一杯ッ!!」
エアルの命令に従い、最大戦速のまま舵輪が右に回される。
急旋回する「シャルンホルスト」。
投下された魚雷は、白い航跡を引きながら、巡洋戦艦の左舷側を高速で流れていく。
続けて、2機の雷撃機が、今度は左舷側から「シャルンホルスト」へと迫ってくるのが見えた。
既に高度を下げ、魚雷投下態勢に入っている。
今から舵を切り直す余裕はない。
「面舵続行!!」
エアルの判断は素早かった。
ここで無理に取り舵に切り直せば、却って直進中に魚雷を艦腹に食らってしまう可能性が高い。
それよりも面舵を切り続け、相手の魚雷射線上から逃れるのだ。
魚雷に対して艦尾を向けるのは悪手だが、ここはセオリーを無視するのも一つの手だ。
案の定、
「シャルンホルスト」が直進すると読んでいた2機のアルバコアは、自分達の進路上から、ドイツ巡戦の姿が消えていく様に愕然とする。
次の瞬間、
飛んできた高角砲弾に、2機のアルバコアは同時に粉砕された。
「出撃前の改装が功を奏したね」
撃墜され、炎を噴き上げるアルバコアの様子を見ながら、エアルは満足そうに笑みを浮かべた。
実は今回、ベルリン作戦発動に合わせて、シャルンホルスト級巡洋戦艦2隻は小規模な改装を施して出撃していた。
両舷に設置されていた連装4基、単装4基の55口径15センチ副砲を撤去し、空いたスペースに65口径10.5センチ連装高角砲を増設。対空火力を強化していたのだ。
実際のところ、副砲を使用するのは輸送船狩りの時か、小型艦艇に接近された時だが、それならば別に高角砲で代用可能と判断されたが故の措置だった。
これにより「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は、高角砲を15基30門備えた、強力な防空巡洋戦艦に変貌していた。
新型機とは言え、速力が最大でも290キロ程度しか出せないアルバコア如き、寄せ付けないだけの火力を持つに至っていた。
見れば「グナイゼナウ」の方にもアルバコアは群がっているが、あちらも被害らしい被害は受けていない様子。
この対空戦闘は、完全にドイツ側がイニシアチブを握っていた。
実のところアルバコアは、欠陥機としての向きが強い。
確かに布張りの複葉機だったソードフィッシュに比べれば、金属製で防御力も高く、速力も上がっている。
しかし、重量が増したことで却って機動性は低下し安定が悪くなった事でパイロット達からは不評の声が上がり、更には速力に関しても、所詮は複葉機であり、単葉の戦闘機に敵う物ではない。
この後、イギリス海軍は早々にアルバコアに見切りをつけ、主力機をソードフィッシュに戻す事になる。
更に、
ここでドイツ側に援軍が到着する。
「左舷後方に新たなる機影!! 味方です!!」
見張り員からの歓喜に満ちた声。
その言葉通り、「グラーフ・ツェッペリン」から緊急発艦したメッサーシュミットが、ドイツ艦隊に対し攻撃中のアルバコア雷撃機に襲い掛かっている様子が見て取れた。
クロウは操縦桿を駆り、「シャルンホルスト」上空を駆け抜けると、必死になって逃れようとしているアルバコア雷撃機を補足する。
そもそも、速力が300キロも出ないアルバコアに対し、メッサーシュミットの速力は620キロ。倍以上の速力差がある機体を前に、逃れる術などありはしなかった。
「遅いッ!!」
トリガーを引き絞るクロウ。
発射された20ミリ機銃弾が、アルバコアを粉砕する。
こうなると最早、鎧袖一触だった。
飛来したメッサーシュミットが、次々とアルバコアを駆逐していく。
クロウも、最初の1機を撃墜した後は、全くする事が無かったくらいである。
肩の力を抜きながら、「シャルンホルスト」上空を、ゆるく旋回させる。
ふと、思い出すのは、出撃前にしたツェッペリンとの会話。
「・・・・・・兄貴なら、こんな時どうすんのかな?」
眼下を航行する「シャルンホルスト」を眺めながら呟く。
やがて、答えを見いだせないまま、クロウは機体を翻して帰路へと着くのだった。
英独双方の海鷲たちが去り、海上には静寂が戻る。
後に残ったのは、「グナイゼナウ」「シャルンホルスト」の巡洋戦艦2隻のみ。
第1戦闘群旗艦「グナイゼナウ」の艦橋では、司令官のリンター・リュッチェンスが、去っていく味方のメッサーシュミットを双眼鏡で追いながら、満足そうに頷いた。
「どうやら、振り切ったとみてよさそうだな」
「はい。レーダー室からも、新たな敵影の報告は上がってきていません」
尋ねるリュッチェンスに、オスカーが答える。
その傍らに立つグナイゼナウも、問題はない。と言った感じに頷いて見せていた。
双眼鏡を下ろすリュッチェンス。
その口元から、嘆息が漏れる。
「しかし、タラントの事を報告で聞いた時は、航空機とはどれほどの物かと思ったが、実際に対峙してみると大した事はないな。君等も以前、空襲を受けたが損害無しで切り抜けたと聞いたが」
「はい。確かに」
「テムズ沖の事ですね」
頷きを返す、オスカーとグナイゼナウ。
確かに、敵機から攻撃を受けたのはこれで2回目だが、「グナイゼナウ」も「シャルンホルスト」も、損害無しで切り抜ける事に成功していた。
因みにリュッチェンスの言った「タラント」とは、昨年11月11日にイギリス海軍が地中海において実施した「ジャッジメント作戦」を差す。
この時、イギリス海軍の最新鋭空母「イラストリアス」を発艦した僅か16機のソードフィッシュ雷撃機が、イタリア海軍最大の拠点となっているタラント軍港を奇襲。
イタリア海軍の最新鋭戦艦「リットリオ」を含む戦艦3隻を大破着底に追い込んだ。
停泊中に奇襲をかけたとは言え、航空機の攻撃で戦艦を撃沈した例は初めてであり、全世界が震撼したのは言うまでもない事である。
しかも、それをやってのけたのが、僅か16機の旧式雷撃機である。
紛れもなく、イギリス海軍の快挙だった。
その影響で、イタリア海軍は未だに積極的な作戦行動が取れないでいる有様だった。
因みに、この作戦をヒントに、後に日本海軍が実行するのが、彼の「真珠湾攻撃」である。
しかし、それはあくまで停泊中に奇襲をかけた場合に限られる。
洋上作戦行動中の戦艦を、航空攻撃のみで撃沈できた例は未だになく、また大半の海軍士官は「不可能」だと見ているのが現状だった。
「存外、副砲を下ろして高角砲を増設したのは尚早だったかもしれん。帰国したら元に戻すのも良いかもしれんぞ」
「ハッ」
リュッチェンスの言葉に、頷くオスカー。
そう、
神ならぬ身の彼等。
今回の戦闘結果が、後にどのような結果をもたらすか。
その事を知る者は、未だいるはずも無かった。
第30話「海鷲の憂い」 終わり