蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第31話「同じ穴の狢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 航空隊による攻撃は、敵巡戦の対空砲火と、敵戦闘機の迎撃に遭い失敗。

 

 「グナイゼナウ」「シャルンホルスト」は未だに健在。

 

 報告を聞き、アンドリウスは嘆息気味に頷きを返した。

 

 襲撃を受けて辛くも逃げ延びた輸送船からの通報で、ドイツ艦隊の大まかな位置を掴んだアンドリウスは、指揮下の空母「アークロイヤル」に索敵攻撃を命じたのだ。

 

 索敵攻撃とは、敵がいると思われる方角に向け、なるべく広範囲に攻撃隊を放つやり方である。

 

 敵部隊を発見すれば、無線で味方に呼びかけ部隊を集結。攻撃を仕掛ける事になる。

 

 敵が発見できなければ、空振りになって無為に爆弾や魚雷を捨てる(着艦時の事故等を考えると、使用しなかった爆弾や魚雷は投棄する必要がある)羽目になるリスクのある戦術であるが、今回のように大まかに位置が分かっている時は、速攻性のある戦術である。

 

 果たして、アルバコア雷撃機を主力とした攻撃隊は、ドイツ巡戦2隻の捕捉に成功した。

 

 しかし、予想外の対空砲火に苦戦を強いられ、攻めあぐねているところに、「グラーフ・ツェッペリン」を発した戦闘機隊が増援に駆け付けた事で戦況は逆転。

 

 イギリス側の攻撃隊は、全く戦果を挙げる事が出来ないまま這う這うの体で追い散らされてしまった。

 

「まあ、こんな物か」

 

 さして期待していなかった、とばかりに報告を聞き流すアンドリウス。

 

 航空機の攻撃で、作戦行動中の戦艦が撃沈された例は、未だに一つもない。

 

 今回の攻撃にしたところで、別にアンドリウスは戦果を期待して攻撃を仕掛けたわけではなく、僅かなりとも手傷を負わせられればそれでいいと思っていた。

 

 しかし結果は、ある意味で予想通りだった。

 

「それで、その後のナチス共の動きは?」

「戦闘後、北に進路を取ったところまでは確認しましたが、その後は不明です」

 

 答えたのは、R部隊参謀長を務めるコルドリウスだった。

 

 第6王子の立場であり、アンドリウスとは母を同じにするコルドリウスは、長らく兄と共に戦ってきたこともあり、正に阿吽の如き呼吸を見せている。

 

 勇猛果敢な兄アンドリウスと、冷静沈着なコルドリウスの組み合わせは、正にイギリス王室の中で最高とさえ言われていた。

 

 もう一組。

 

 重巡洋艦「コーンウォール」艦長で第4王子のエドモンドと、駆逐隊を率いる第5王子エディアンも、この場に居合わせていた。

 

 R部隊は現在、アゾレス諸島の西部に停泊し、今後の作戦方針について検討中であった。

 

 部隊は戦艦「クイーンエリザベス」を旗艦とし、戦艦「リヴェンジ」、空母「アークロイヤル」、重巡洋艦「コーンウォール」が中核となっている。

 

 現在、本国艦隊と地中海艦隊を除き、これほどの戦力を有している部隊は他には存在しない。

 

 まさに、大西洋上における最強部隊と言っても過言ではなかった。

 

「それで兄上」

 

 エドモンド王子が逸るように尋ねた。

 

「次はどんな手を打つので?」

 

 早く作戦を聞かせろ。と言わんばかりの態度である。

 

 戦いたくて仕方ない様子だ。

 

 そんな弟の様子に、好まし気な笑みを見せながらアンドリウスは口を開いた。

 

「こいつを見ろ」

 

 そう言ってアンドリウスが弟たちに示したのは、書類の束だった。

 

 書かれていたのはカナダのハリファックスから本土へ向かう大規模な輸送船団の情報。

 

 輸送船だけで17隻。護衛も相応の数に上る。

 

「恐らく、ドイツ艦隊は、この船団を補足するために北上したものと思われる」

 

 コルドリウスが淡々とした調子で告げる。

 

 確かに。

 

 これほどの大規模な船団ならば、ドイツ艦隊からすれば何としても潰しておきたい所だろう。

 

「成程ッ」

 

 エディアン王子が納得したように手を叩く。

 

「奴等は、その船団を叩くためにノコノコ出て来る筈。そこを待ち構えて叩こうって言う訳か」

 

 確かに。

 

 ドイツ艦隊が輸送船団を襲うと分かっていれば、襲撃予想地点に先回りする事も不可能ではない。

 

 だが、

 

「いいや。そいつはちょっと違う」

 

 弟の発言に対し、アンドリウスは首を横に振った。

 

 その口元には、およそ品性と言う物を感じられない程、下卑た笑みが刻まれる。

 

「奴等に、この船団を襲わせるんだよ。敢えて、な」

「なッ!?」

「それは一体ッ!?」

 

 声を上げる、エドモンドとエディアンの兄弟。

 

 敵に狙われる輸送船団を、あえて見捨てる発言をする兄に対し、流石に納得いっていない様子だ。

 

 そんな2人に対し、アンドリウスに変わり、コルドリウスが口を開いた。

 

「2人とも、思い出してほしい。今まで我が軍が優勢の戦力を保ちながら、なぜ、ドイツ海軍如きに後れを取り続けて来たのか? その原因は何か?」

 

 ラプラタ沖、ノルウェー沖、テムズ沖。

 

 これらの戦いでは、イギリス艦隊は明らかに戦力的に優勢を保ちながら、敗北を喫している。

 

 その原因は何か?

 

「問題は、『足』だ。奴等の艦は、戦艦でも30ノット発揮可能な事は確認されている。対してこちらの戦艦は、殆どが25ノット以下でしかない」

 

 イギリス戦艦でシャルンホルスト級巡洋戦艦に「足」で対抗できるのは巡洋戦艦の「フッド」「レナウン」「レパルス」。そしてようやく実戦配備が開始され始めたキングジョージ5世級くらいのもの。クイーンエリザベス級戦艦とR級戦艦は鈍足過ぎて、戦場に到着できない事も珍しくない。

 

 その為、今までのイギリス海軍は足の速い巡洋艦以下の艦隊が先行して敵の足を止め、その間に本隊が敵艦隊を補足する。と言う戦術を取ってきた。

 

 しかし、本隊が到着する前に巡洋艦部隊が撃破。本隊到着と同時にドイツ艦隊が撤退してしまい、イギリス側が一方的に敗れる。と言う事態が多く見られた。

 

「だからこそ、今回は敢えて、奴等に輸送船団を襲わせる。そこで奴等が船団攻撃の為に足を止めたところで、我々が接近し包囲、殲滅すると言う訳だ」

「加えて、奴らは補給面の問題も抱えている」

 

 コルドリウスの説明を、アンドリウスが引き継ぐ。

 

「当然、奴等は定期的に補給船と合流して物資や弾薬を補充しているはずだが、それは毎回と言う言訳にはいかない。必ず間隔がある。輸送船団を襲撃した直後なら、奴等は主砲弾を撃ち尽くしているか、最低でもかなりの量を消費している筈だ。そこで我が部隊が正面から奴等に仕掛ければ、敵はろくな抵抗も出来ずに、我々は一方的に撃ちまくり、なぶり殺しにできると言う訳だ」

 

 輸送船団を殲滅して、意気揚々としているドイツ艦隊の前に、姿を現すR部隊。

 

 しかし弾切れで反撃もままならず逃げ惑い、最後にはR部隊に包囲され、滅多打ちにされて海底に沈められる。

 

 まさに、作戦としては完璧だった。

 

「もし、ドイツ艦隊が輸送船団に食いつかなかった場合は?」

「それは無い」

 

 エディアンの質問に、アンドリウスが首を横に振る。

 

 その顔はある意味、悪魔よりも悪魔的だったと言える。

 

「なぜなら、既に輸送船団の情報は、ナチス共の手に渡るように、俺が指示してリークしたからな。それで、奴らが食いつかない理由はないだろう」

 

 まさに、悪魔の発想としか言いようがない。

 

 アンドリウスは味方である輸送船団を、ドイツ艦隊に売ったのだ。

 

 ただ、己の勝利の為だけに。

 

 古今東西、味方を囮にした作戦は多数あるが、「全滅前提の囮」が使われた例は少ない。

 

 ましてか今回、囮とされるのは軍人でもなければ軍艦でもない。

 

 本来なら、軍によって守られるべき、民間の輸送船団なのだ。

 

 そして、その輸送船団が積載している物資は、本国で日々、ドイツ軍の攻撃に喘ぐ友軍や民間人たちが待ち侘びてやまない貴重な物資である。

 

 だが、その事に疑問をさしはさむ人間は、この場には誰もいない。

 

 誰もが、ドイツ巡洋戦艦を仕留める栄誉を得る事への夢想で、頭がいっぱいになっていた。

 

 哀れ、輸送船団は味方から見捨てられ、犠牲の祭壇に上げられる事が確定したのだ。

 

「成程、それは素晴らしいッ」

 

 エドモンド王子が手を叩く。

 

 満面の笑みを浮かべた顔には、作戦に対する疑問は一欠けらも見出す事が出来ない。

 

 続けて、エディアンも頷く。

 

「確かに、理にかなっていますな。これならば、いかにナチス共が逃げ隠れしようとも、我らが先に包囲網を完成させられる公算が高い。加えて砲弾を使い切っていれば、反撃すらできないと言う事になりますな」

 

 絶賛する王子達。

 

 誰も、「民間の輸送船をおとりに使う事」「輸送船団の全滅を前提にしている事」「本来なら守るべき民間人が、当然のように犠牲になる事」「船団の物資が本国では必要とされている事」について、言及する者はいなかった。

 

 自分達の勝利の為なら、民間人が犠牲になるのは当たり前。むしろ、偉大なる大英帝国の礎となって死ねるのだから感謝するべき。

 

 この場にいる誰もがそう思っていた。

 

「シャルンホルスト級の2隻は、これまで何度もわが軍に煮え湯を飲ませた、言わば仇敵。奴等を撃沈できれば、ディラン兄上を出し抜いて、アンドリウス兄上が、次期国王の座をつかむことは間違いありますまい」

「フンッ 元より、あんな無能者、初めから相手にしておらんわ」

 

 エドモンドの言葉に、アンドリウスは不敵に笑い飛ばして見せる。

 

 散々、失点を重ねながらも、政治的な事情から英雄に祭り上げられ、それを恥入りもせずにひけらかすディランの事を、アンドリウスは心の底から軽蔑しきっていた。

 

 金メッキを塗りたくっただけの偽物。己の物でもない功を自慢する事しかできない阿呆。英王室史上の最低最悪の面汚し。

 

 アンドリウスがディランに対して抱いている罵倒は数知れない。

 

 だが自分は違う。

 

 自分こそが、偉大なる父、フレデリック王の後を継ぎ、次代の輝かしい大英帝国を導くに足る真の勇者なのだ。

 

「さあ、行くぞ皆!!」

 

 大音声を上げるアンドリウス。

 

「ナチス狩りだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輸送船団側にとって、その襲撃は、完全に寝耳に水の事態だった。

 

 カナダのハリファックスから、イギリス本土を目指して航行していた輸送船団は、大型輸送船6隻、タンカー3隻、中型輸送船8隻を中心に、更に10隻から成る護衛部隊によって構成された大規模な船団だった。

 

 搭載しているのは石油、資材、食料と言った、ドイツ軍の攻撃に苦しめられているイギリス本国からすれば、正に宝の山と言っても過言ではない品々だった。

 

 だからこそ、その輸送には万全を期した。

 

 航路の選定は慎重に行われ、敢えて遠回りして敵の目を晦ませるように行動。護衛は出し得る限りの数を確保した。

 

 更に、ドイツの巡洋戦艦と航空母艦が大西洋に進出していると言う情報を掴んだ船団上層部は、イギリス海軍と連携し護衛を依頼した。

 

 英海軍も船団側の要望に応え、戦艦、空母を含む強力な護衛を派遣してくれた。

 

 更にはドイツ艦隊が南へ移動したと言う貴重な情報が海軍からもたらされるに至り、ついに船団上層部は出港を決断した。

 

 体制は万全だ。

 

 護衛は厳重に周囲を警戒してUボートの襲撃に備え、更には連絡を入れ次第、英海軍のR部隊が直ちに駆け付けられる体制にある。

 

 何も問題はない。

 

 筈だった。

 

 航海は順調に進み、出航から3日目。

 

 海面は穏やかで雲一つなく、このままいけば無事にイギリス本土にたどり着ける。

 

 誰もがそう思った。

 

 その時だった。

 

 突如、天空から鳴り響く甲高い唸り。

 

 「ジェリコの喇叭」を響かせて、スツーカ隊が次々と急降下してくる。

 

「敵だァァァァァァ!!」

 

 響き渡る悲鳴。

 

 投下される爆弾が護衛の艦艇に落とされ、次々と海上に爆炎が踊る。

 

 たちまち、海上は阿鼻叫喚の巷と化す。

 

 更にそれだけではない。

 

 航空攻撃が終了する頃合いを見計らうかのように、船団に向かって突撃してくる2隻のドイツ巡洋戦艦。

 

 接近すると同時に、艦上のあらゆる火砲を振りかざして、船団を次々と沈めていく。

 

 船団を構成する各船からは、R部隊に対して救援を要請する。

 

 悲鳴じみた通信が、電波に乗って飛んでいく。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 何度も。

 

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 しかし、

 

 彼等の悲痛の叫びに返る答えは無く、

 

 やがて、それらも炎に包まれ、波間へと空しく消えていく。

 

 彼等にとって唯一、幸せだったこと。

 

 それは、

 

 自分達を敵に売ったのが、よもや味方であるはずのイギリス艦隊司令官本人だと言う事を、最後まで知らずに済んだと言う事くらいだろう。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 輸送船団からの悲痛な救援要請は当然、R部隊司令部でも受信していた。

 

 通信室には船団からの悲痛な叫びが木霊し、平文の救援要請が幾度も送られてくる。

 

 だが、

 

 それらを聞いても、アンドリウスは眉一つ動かす事は無かった。

 

 従卒の淹れた紅茶を手に、優雅な様子で船団からの悲鳴を聞いている。

 

「予定通りですな、兄上」

 

 コルドリウスが、船団からの救援要請を聞きながら満足そうに頷く。

 

 彼等の目論見通り、ドイツ艦隊は輸送船団(エサ)に食いついた。

 

 ならば後は、罠の口を閉じるだけだった。

 

「これまで複数回の船団襲撃を行い、そろそろ奴等の弾薬は尽き始めている頃。恐らく、今回の戦闘の後、補給船との合流を図る予定の筈」

「だが、そうはさせん。なぜなら、俺たちが今から、奴等を地獄に叩き落とすからだ」

 

 そう言うと、ニヤリと笑う。

 

「それにしても、あんな見え透いたエサに引っかかるとは、所詮はナチスの田舎海軍と言ったところか」

「それだけ、我々が巧妙だったと言う事です。水上戦闘の基礎も判らんような連中に責任を問うのは酷と言う物でしょう」

 

 互いにドイツ海軍をこき下ろす兄弟。

 

 そうこうしているうちに、救援要請を告げる通信量が減り始める。

 

 どうやら、ドイツ海軍の攻撃によって、船団の数が減り始めたのだ。

 

 その様子を確認しながら、アンドリウスはようやく重い腰を上げた。

 

「よし、では行くとするか」

 

 立ち上がり、軍帽を被り直す。

 

 その廂から見える双眸には、獲物を求める狩人の如きギラ付きがあった。

 

「機関全速ッ!!」

 

 威風堂々と、

 

 アンドリウスは王者の風格すら漂わせる勇壮な姿で命じる。

 

「我が部隊はこれより、卑怯にも友軍の船団を攻撃しているドイツ巡洋戦艦を補足、撃滅すべく行動を開始するッ 罪無き人々を虐殺し、同胞を苦しめる悪逆非道なナチスの暴虐を、これ以上許してはならない!! 恐れるな!! 正義は我らと共にある!!」

 

 その姿は誠に堂々としたものであった。

 

 まさに、誰もが憧れる大英雄。

 

 叙事詩によって記され、未来永劫語り継がれる勇者の如く。

 

 その姿の裏側には、欺瞞と独善しか存在しない事など、誰も疑いはしなかった。

 

 

 

 

 

第31話「同じ穴の狢」      終わり

 

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