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1941年2月19日。
この日ついに、ドイツ海軍第1戦闘群と、イギリス海軍R部隊は大西洋ニューファンランド島沖において激突した。
ドイツ艦隊の戦力は巡洋戦艦2隻。
対して、イギリス艦隊の戦力は戦艦2隻、重巡洋艦1隻、駆逐艦5隻。
空母「アークロイヤル」は、駆逐艦2隻を護衛につけて後方に避退させている。これから始まる戦いに、彼女の存在は足手まといでしかないと判断しての事だった。
「勝ったな」
不敵な笑みと共に呟くアンドリウス。
燃え盛る炎が広がる海原の先。
味方の輸送船が沈み、同胞たちが地獄の苦しみの中で喘ぐ向こう側に、
悠然と航行する、2隻のドイツ巡洋戦艦の姿。
優美とも言えるそのシルエットは、いっそ戦場においては場違いな印象さえある。
「ドイツ人にしては良い趣味をしてやがる。だが、戦争は見てくれでする物じゃない。それを今から教えてやる。地獄へ送るついでになあ」
R部隊は旗艦「クイーンエリザベス」を先頭に、僚艦「リヴェンジ」、重巡洋艦「コーンウォール」が単縦陣を描いて続行。
5隻の駆逐艦は、雷撃態勢に入るべく、速力を上げて先行する。
まさに、理想的な砲雷同時戦の構えだ。
「さあ、行くぞッ 奴等の首級を上げ、我が手柄とするのだ!!」
意気揚々と命じるアンドリウス。
その言葉に従うように、早くも駆逐艦部隊が「グナイゼナウ」「シャルンホルスト」に取り付こうとしていた。
駆逐艦部隊を指揮するエディアン王子は、配下の駆逐艦部隊を率いて真一文字にドイツ艦隊を目指していた。
目指す先には、ドイツ戦艦の姿。
どこか重厚なシルエットの多いイギリス戦艦に比べて、華奢ながら武装を多数搭載したその姿は、帯剣した少女騎士を連想させる。
「待ってろ。そのどてっ腹に、強烈な一撃をお見舞いしてやるからな」
不敵な笑みを浮かべるエディアン。
既に各艦の魚雷発射管には、魚雷の装填が完了している。
後は思いっきり接近して、魚雷を叩きこむだけ。
敵は砲弾を消費しているのだから、反撃出来るはずがない。
ナチス共にできる事は、せいぜい自分達の姿を見て震え上がり、無様に逃げ回るくらいだった。
勿論、逃がすつもりは、エディアンにはない。
この際だから、思いっきり肉薄して雷撃をぶちかましてやろう。
そうすれば、大量の魚雷が奴等を襲うの事になるのだ。
「もうすぐだ。もうすぐ・・・・・・・・・・・・」
自分の攻撃で、ドイツの戦艦を撃沈する。
そうなれば、次期国王の座を狙う事も不可能ではなくなるはずだ。
そう、
アンドリウス配下として戦う傍ら、エディアン自身も国王の座を狙っている1人だった。
今回の作戦に参加したのも、全てはその為。
アンドリウスを出し抜き、自分が一番手柄を上げる事が目的だった。
「次期国王の相応しいのは、あんな野蛮人の髭ダルマじゃない。この私のような、気品と教養にあふれる自分こそ相応しい」
アンドリウスの弟であり、その配下でありながら、エディアンには兄に対する敬意が一切無かった。
あるのはただ、いかに兄を出し抜いて自分が手柄を上げるか、と言う思考だけだった。
だからこそ、このチャンスを逃さない。
あのドイツ巡戦を撃沈し、自分こそが次期国王になるべき存在であることを知らしめるのだ。
アンドリウス?
奴は国王になった自分の後ろで指でも咥えて見ていればいい。
どのみち、間もなく結果は出るのだから。
その時だった。
「敵シャルンホルスト級、主砲旋回!! こちらを照準している模様!!」
「コケ脅しかッ 無様だなナチス野郎!!」
せせら笑うエディアン。
奴等の主砲弾は使い切っている。撃てるはずがない。
そう思った。
次の瞬間、
閃光と共に、エディアンの意識は永遠に消滅した。
「駆逐隊壊滅ッ エディアン王子戦死!!」
その報告を聞き、アンドリウスは舌打ちした。
視界の先では「グナイゼナウ」と「シャルンホルスト」の砲撃を浴びて、次々と炎上、沈没していく駆逐艦の姿がある。
アンドリウスは、苦々しい表情でその様子を眺めていた。
「チッ エディアンの馬鹿が、先走りやがって」
敵はこれまでの襲撃で砲弾を消費しているが、まだゼロになったと決まったわけではない。むしろ、多少は残していると見た方が良い。
それを理解せず、正面から攻撃を仕掛けた結果、手痛い反撃によって駆逐艦部隊は壊滅的な損害を被ってしまった。
エディアンはイギリス王家の中では、今次大戦における最初の犠牲者となったわけだ。
だが、
「あの無能野郎。貴重な戦力を無駄にしやがって」
弟の死を嘆くよりも、本格的な戦闘開始前に戦力を減らされたことに憤るアンドリウス。
無論、エディアンが自分を出し抜こうとしていた事など彼は知らないのだが。
「どうする兄上? これで駆逐隊はあてにできなくなったが?」
傍らのコルドリウスが訪ねる。
使える戦力が激減した以上、新たなる対応が必要となる。
だが、
ニヤリと笑う。
「無論、考えるまでもないッ 駆逐隊がいなくなったところで、火力はこっちが上な事に変わりはないからな。射程に入り次第、攻撃開始だ!!」
こうなってしまえば、駆逐隊がドイツ海軍の砲撃によって壊滅した事も、ある種の幸運だったと言えなくもない。
これで敵は、残り少ない砲弾を更に消費してくれたことになる。
イギリス側の勝利条件は、より強固な形で完成したと言えよう。
アンドリウスの命令に従い、速度を上げてドイツ海軍第1戦闘群に迫るイギリス海軍R部隊本隊。
やがて、距離が2万にまで迫る。
既に両者、主砲の射程距離内。
「よし、やるぞッ 我らが栄光の為に!!」
既に各艦の主砲は旋回し、照準、装填も終えている。
笑みを刻むアンドリウス。
そのぎらつく双眸にはすでに、栄光に包まれた自身の姿が映し出された板。
「撃ち方始め!!」
号令と同時に、「クイーンエリザベス」の42口径38.1センチ砲が放たれる。
続けて発砲する「リヴェンジ」と「コーンウォール」。
対抗するように、「グナイゼナウ」と「シャルンホルスト」も主砲で応戦を始める。
「ハッ コケ脅しかよッ それともやぶれかぶれか? いずれにせよ、自分達の死期を早めるだけだッ!!」
せせら笑うアンドリウス。
派手に撃ちまくっているドイツ巡戦の砲弾は間も無く尽きる。
その時こそ、奴等の最後だ。
互いの放った砲弾が海面を叩き、巨大な水柱を突き上げる。
ドイツ側の砲門数は28.3センチ砲18門。
対するイギリス側は38.1センチ砲16門、20.3センチ砲8門。
火力は圧倒的にイギリス側が上となる。
更に、両者の射程距離は既に2万を切り、充分に有効射程内にある。
1発撃つごとにデータは修正され、弾着は徐々に近づいていく。
このまま押し切れば勝てる。
そして、ついに、
「本艦の砲弾、敵1番艦を挟叉!! 次より斉射に移ります!!」
挟叉
すなわち「クイーンエリザベス」の砲撃が、ドイツ艦隊旗艦「グナイゼナウ」を挟み込むように落下したのだ。
これにより「クイーンエリザベス」の照準は、ほぼ正確になった事を意味している。
「よし、これで勝ったぞッ 思い知れ、ナチス共!!」
意気揚々と叫ぶアンドリウス。
次の瞬間、
「対空レーダーに感ありッ 急速接近中!!」
グスタフ・レーベンス大尉率いる「グラーフ・ツェッペリン」航空隊が戦場上空に到着したのは、第1戦闘群とR部隊が砲戦を開始して15分程度が経過したころの事だった。
翼を連ねて飛行する、12機のユンカース・Ju87スツーカ。
その上空では12機のメッサーシュミットBf109が、護衛として飛行している。
まさに「グラーフ・ツェッペリン」航空隊の全力出撃である。
眼下では、砲戦を続ける独英双方の艦隊の姿がある。
「よし、良いタイミングだッ 全機、攻撃開始!!」
無線でレーベンスの命令が飛ぶと同時に、スツーカ隊が急降下態勢に入る。
4機ずつの小隊に分かれ、それぞれ「クイーンエリザベス」「リヴェンジ」「コーンウォール」に向かっていく。
この航空攻撃は、完全にR部隊の虚を突く形になった。
ジェリコの喇叭を響かせて急降下するスツーカ隊。
対してR部隊は砲戦に備え、対空砲要員を全員艦内に退避させてしまっていた為、対空砲による反撃が不可能となってしまった。
加えて、ドイツ巡洋戦艦との砲撃戦の最中である為、回避行動を取る事すらできない。
たちまち、甲板上に爆炎が踊る。
スツーカは胴体下に500キロ爆弾1発と、両翼に合計4発の50キロ爆弾を搭載できる。
今回、スツーカ隊はフル装備での出撃だった。
その為、1隻当たり500キロ爆弾4発、50キロ爆弾16発が襲い掛かる計算になる。
まず直撃を食らったのは、戦艦「リヴェンジ」だった。
最も機動力の低いこの戦艦の右舷甲板付近に、スツーカの500キロ爆弾が直撃した。
「リヴェンジ」を含むR級戦艦は、クイーンエリザベス級の後継艦であるにもかかわらず、その性能の低さからこれまでほとんど改装は行われる事が無かった。
多少、防御力を強化する工事は行われたが、そのせいで却って弱点だった機動力が低下し、性能低下の声もあったくらいである。
そこへ、500キロ爆弾が3発と、50キロ爆弾8発が命中。
甲板は一気に火の海と化した。
更に500キロ爆弾の内1発は甲板装甲を突き破って艦内で炸裂。運悪くボイラー1基を直撃し、これを使用不能にしてしまった。
これにより「リヴェンジ」は、見る見るうちに速力を低下させ始めた。
次に直撃を受けたのは、旗艦「クイーンエリザベス」である。
こちらは500キロ爆弾3発と、50キロ爆弾5発が命中。
「リヴェンジ」に比べれば多少、防御力が高い「クイーンエリザベス」は、この直撃に耐えた。
艦内に被害はなく、艦上構造物に被害が出た程度である。
だが、
その内の1発が、厄介な損害をもたらした。
投下された50キロ爆弾の1発が、事もあろうに艦橋頂部を直撃した。
小型の爆弾だった為、アンドリウス以下司令部要員に被害は無かった。
しかし着弾の衝撃によって「クイーンエリザベス」は、主砲射撃に必要な測距儀、前部レーダー、更には射撃指揮を行うのに必要な主砲射撃方位盤も破壊されてしまった。
それだけではなく、砲戦の指揮を執っていた砲術長以下、砲術士官も戦死。
直ちに、後部射撃式所に指揮の引継ぎが命じられる。
しかし、指揮の切り替えが行われるまで、「クイーンエリザベス」は完全に射撃不能となってしまった。
「コーンウォール」は、流石巡洋艦と言うべきか、機動力を如何無く発揮して攻撃を回避。最終的に500キロ爆弾1発と、50キロ爆弾2発の直撃で済んだ。損害として第2砲塔を破壊された物の、戦闘力は維持できていた。
イギリス艦隊が航空攻撃によって損害を被り、戦況は一気にドイツ側へと傾く。
その様子を、上空を旋回するメッサーシュミットを駆るクロウの目にも見えていた。
炎上し、海上をのたうち回るイギリス艦隊。
ドイツ艦隊は反転攻勢に転じるべく、砲塔を旋回させている。
「やっちまえ、兄貴」
眼下で戦う兄に向け、弟は静かなエールを送るのだった。
2
反撃の砲火をひらめかせるドイツ艦隊。
「シャルンホルスト」は、爆撃によって速力を低下させた「リヴェンジ」に砲火を集中させる。
距離が詰まり、砲弾の軌道はほぼ水平に近くなる。
自然、増加する命中弾。
更に砲弾の初速も上がり、「シャルンホルスト」の砲撃は、次々と「リヴェンジ」の装甲を突き破り、艦内で炸裂する。
無論、弾薬庫や機関と言った重要区画への直撃は無い。
しかし、非装甲部は次々と突き破られ炎上していく。
直撃する「シャルンホルスト」の28.3センチ砲弾。
両用砲が吹き飛ばされ、機銃が粉砕され、射撃式装置が叩き潰される。
艦内を突き破った砲弾が火災を発生させ、内部から蝕んでいく。
もはやリヴェンジは、完全に反撃どころではなくなった。
それでも容赦なく砲撃を浴びせる「シャルンホルスト」。
やがて「リヴェンジ」は速力を落とし、がっくりとうなだれるようにして海上に停止した。
4基8門の38.1センチ砲はまだ生きている。射撃を続行しようとすれば、できない事もない。
しかし、多数に上る死傷者に加え、艦内の損害が重なり、もはや戦闘どころではなくなってしまった。
加えて艦長以下、艦首脳部も「シャルンホルスト」の砲弾が艦橋に直撃した際に全滅。指揮中枢を失い、大混乱に陥っていた。
もはや「リヴェンジ」が、この戦闘に参加するどころか、本国に戻る事すら不可能であることは、誰の目から見ても明らかだった。
「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」
自分達の置かれた状況に愕然とするしかないアンドリウス。
傍らのコルドリウスも又、あまりな状況に冷静な思考を保てなくなっていた。
否、
それ以前に、アンドリウスはどうしても理解できない事があった。
「なぜだ・・・・・・・・・・・・」
砲撃を行う「グナイゼナウ」を見ながら呟く。
「なぜ、奴等は主砲を撃てるのだ・・・・・・」
敵はこれまで連戦続きで補給する間も無く、よって砲弾は殆ど撃ち尽くしている。
そこにR部隊が攻撃を仕掛ければ、勝利は容易い筈。
そう思っていた。
しかし現実は、そうはならなかった。
ドイツ巡戦2隻は、惜しげもなくイギリス艦隊に砲撃を浴びせ、損害は徐々に膨らみつつあるのだった。
一方、
「シャルンホルスト」艦上で指揮を執るエアルは、「リヴェンジ」を戦闘不能に陥れたと判断し、砲撃目標を重巡洋艦「コーンウォール」に変更するように命じていた。
本来なら旗艦「クイーンエリザベス」に変更するべきなのだろうが、まずは「コーンウォール」を無力化する事で後顧の憂いを立とうと考えたのだ。
「落ち着いて狙って。焦る必要はないよ。
「了解!!」
エアルの指示に、威勢のいい声が返る。
そう、
アンドリウスたちの前提は、そもそもからして的外れだった。
ドイツ艦隊の弾薬庫には、それこそ撃ち切れないほどの主砲弾が搭載されていたのだ。
そもそも今回のベルリン作戦。
主目的はあくまで通商破壊戦だが、潜水艦部隊の援護として、敵対潜部隊(R部隊)の殲滅も盛り込まれている。
長期にわたる作戦が見込まれるため無論、定期的な補給船との合流は予定されていた。
しかし万が一、砲弾が尽きたところで敵艦隊と遭遇した時のことが懸念された。
そこで今回、特に第1戦闘群に徹底された方針として「主砲弾の徹底的な温存」が命令された。
主砲を使うのは、船団を脅す際の牽制時のみ。
実際の攻撃には、増設された高角砲を多用する。実際、輸送船程度なら、10.5センチ砲でも十分な威力を発揮できた。
そのほかにも「グラーフ・ツェッペリン」の艦載機を使った攻撃や、降伏、拿捕した船には必要物資を積みかえた後、工作班を乗り込ませ、船底部に爆薬を仕掛けて自沈させる手法が取られた(以外にもこれが最も効果的だった)。
こうして、主砲弾の温存に成功した「グナイゼナウ」と「シャルンホルスト」の弾薬庫には、R部隊との戦闘に突入した際には、未だに9割以上の主砲弾が手つかずのまま搭載されていた。その為、1回どころか、2~3回程度の海戦なら十分にこなせるだけの備蓄があった。
「敵巡洋艦、さらに接近!!」
重巡洋艦「コーンウォール」は、距離を詰めて魚雷を叩きこもうと言うのだろう。
徐々に近づいてきているのが分かる。
だが、それを許す気は無かった。
「主砲、照準良し!!」
「装填完了!!」
命令を受け、
エアルは帽子の廂越しに、突っ込んでくる「コーンウォール」を睨み据える。
「撃てッ!!」
「コーンウォール」艦橋で指揮を執っていたエドモンド王子。
その視界の中で、全砲門を自分に向けた「シャルンホルスト」が映りこむ。
「か、回避をッ」
命じたが、
既に遅い。
閃光と共に鼻垂れる砲弾。
まっすぐに飛翔する28.3センチ砲弾。
エドモンド王子が最後に見た光景は、
奇しくも彼の弟が見た光景と、殆ど同じであった。
「リヴェンジ」大破航行不能、「コーンウォール」撃沈。
これにより、R部隊で戦闘力を残しているのは「クイーンエリザベス」のみとなってしまった。
その「クイーンエリザベス」にしても、「グナイゼナウ」に加えて「リヴェンジ」「コーンウォール」を撃破した「シャルンホルスト」にも砲門を向けられるにいたり、その運命は旦夕に迫りつつあった。
次々と着弾する砲弾が、「クイーンエリザベス」を破壊していく。
既に事態は戦闘ではなく、ドイツ巡戦による「砲撃演習」と化しつつあった。
その「クイーンエリザベス」の艦橋にあって、アンドリウスは呆然自失と化していた。
ほんの数時間前まで、彼は自分の勝利を信じて疑いなかった。
悪逆非道、卑怯卑劣なナチス・ドイツの艦隊を打ち破り凱旋。そして自分は次期国王の座を不動の物とする。
その未来は、目の前で無残にも打ち砕かれようとしていた。
いったい、なぜこうなったのか?
どこで間違えたのか?
作戦は完璧だった。
自分達に負ける様子など、無かったはずだ。
結局、
アンドリウスは最後まで、ドイツ艦隊がR部隊を警戒して主砲弾の温存に務めていた事に気が至らなかった。
「あ、兄上・・・・・・・・・・・・」
最早、かける言葉も見つからず、狼狽するしかない
やがて、
「・・・・・・・・・・・・良いだろう」
絞り出すような声で、アンドリウスは言った。
「この戦いは、お前たちの勝ちだッ だがな、ただで勝ち逃げは許さんぞ!!」
叫ぶように言いながら、艦長を見やる。
「機関最大、面舵一杯ッ!! これより本艦は、敵艦に対する接近戦を試みる!!」
自分達が沈むのは仕方がない。
だが、ただでは沈まない。
最低でも1隻、ナチスの戦艦を道連れにしてやる。
誰もが(それこそ弟ですら)、アンドリウスが正気を失ったように思えた。
だが、
アンドリウスは誰よりも冷静さを保っていた。
今この場で、自分達にできる最後の反撃。
それは、命を持って差し違える事のみだった。
右に転舵する「クイーンエリザベス」。
突然の進路変更だった為、ドイツ艦隊からの砲撃が逸れて水柱を上げる。
そのまま、最大戦速の24ノットで驀進を始める。
同時に、前部4門の38.1センチ砲を発射。
「グナイゼナウ」に対し、1発の命中弾を得る。
「良いぞッ このまま突撃しろッ ぶつけても構わんッ 何としても奴を沈めるんだ!!」
獅子吼するアンドリウス。
それは最早、艦隊司令官と言うよりも、古代の馬賊か匪賊すら連想させる光景だった。
対抗するように「グナイゼナウ」「シャルンホルスト」からも砲弾が飛んでくる。
次々と命中する28.3センチ砲弾」。
「クイーンエリザベス」の艦体が次々と破壊されていく。
だが、その勢いは留まる事を知らない。
「無駄だ無駄無駄ァッ もはや、この俺を止める事は神であっても不可能だ!!」
言いながら、高笑いを上げるアンドリウス。
「グナイゼナウ」との距離が、1万を切り、至近にまで迫る。
そのまま体当たりでもするつもりなのか?
そう思った、
次の瞬間、
「右舷ッ 雷跡3!! 近い!! 当たる!!」
見張り員の悲鳴交じりの絶叫。
次の瞬間、
足元から襲ってきた衝撃に、アンドリウスの体は大きく吹き飛ばされた。
馬鹿な?
魚雷?
いつの間にか、Uボートに接近を許していたとでも言うのか?
しかし、その答えはついに得られないまま、
アンドリウスの体は爆炎に飲まれ、意識は漆黒の闇へと落ちて行った。
「クイーンエリザベス」の海上停止を確認し、エアルは手にした双眼鏡を静かに下した。
その顔にあるのは会心の笑み、
ではなく、どこか呆れめいた安堵だった。
「敵が見境なく突っ込んできてくれる馬鹿で助かったよ。おかげで新兵器が無駄にならずに済んだ」
「えー ボクは結構気に入ってるんだけどな、あれ」
エアルの淡白な感想に対し、シャルンホルストは不満げに頬を膨らませる。
最後に「クイーンエリザベス」を襲った魚雷。
あれはUボートから放たれたものではない。
魚雷を放ったのは「シャルンホルスト」だった。
副砲撤去と高角砲増設の改装に合わせ、両舷の中央甲板に各1基ずつ、3連装魚雷発射管が増設されていた。
戦艦に魚雷発射管など、本来ならミスマッチでしかない。
そもそも魚雷を当てられるほどの近距離で砲戦を行う事は稀だし、何より万が一被弾して魚雷が誘爆でもしようものなら、その損害は計り知れない。
第1次大戦の頃までは、列強各国も戦艦に魚雷を搭載していたが、やがて時代の変遷と共に撤去され、今ではどの国も戦艦に魚雷を搭載している国はない。
しかしシャルンホルスト級巡洋戦艦の砲撃力不足を懸念したドイツ海軍上層部は、敢えて時代を逆行する形を取った。
正直、エアルとしても魚雷の搭載には反対だったのだが、上級司令部からの命令で渋々従ったのだ。
それが、この最終局面で役に立ったのなら、とりあえずはまあ、意味があったと言って良いだろう。
その時、
ひときわ巨大な轟音が起きた。
視線を向ければ、魚雷命中によって弾薬庫に火が入ったらしい「クイーンエリザベス」が、今まさに巨大な爆炎を上げて、木っ端みじんに吹き飛んでいるところだった。
イギリス海軍R部隊は壊滅。
これで、ベルリン作戦における最重要目標だった、対潜部隊の壊滅は達成されたわけだ。
これで、暫くUボート艦隊を妨害する者はいなくなるだろう。
「お疲れ様、シャル」
「うん、おにーさんも」
笑いあう2人。
死闘を制した艦長と艦娘は、互いの存在を確かめ合い笑顔を交わす。
やがて、
「旗艦より信号ッ 《之ヨリ現海域を離脱スル。我ニ続ケ》!!」
旗艦「グナイゼナウ」からの命令。
それを受けて、エアルは頷く。
「取り舵一杯、旗艦に続行せよ!!」
大きく、左に旋回する「シャルンホルスト」。
と、
エアルの手を、温かく、柔らかい手が包み込む。
目を向けると、シャルンホルストが優しい笑顔で笑いながら、エアルの手を握っている。
エアルもまた笑い返すと、
巡戦少女の手を握り返すのだった。
第32話「鉄槌」 終わり
シャルンホルスト級巡洋戦艦(ベルリン作戦時)
基準排水量:3万1000トン
全長:235メートル
全幅:30メートル
最高速度:31ノット
武装
54.5口径28センチ砲3連装3基9門
65口径10.5センチ砲連装15基30門
3.7センチ連装機関砲12基24門
2センチ連装機関砲12基24門
53.3センチ3連装魚雷発射管2基6門
同型艦「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」
備考
シャルンホルスト級巡洋戦艦にとって2度目の長期通商破壊戦に備え、対空火力を強化したバージョン。具体的には連装4基、単装4基装備していた15センチ副砲を撤去。空きスペースに65口径10.5センチ高角砲を増設した。これによりシャルンホルスト級巡洋戦艦は近接火力は低下したものの、高角砲は30門(片舷16門)に増加。防空艦としては、ヨーロッパ最強と言っても過言ではない存在となった。また、同時期に魚雷発射管も増設。対大型艦戦闘への備えとしたが、防御力低下の懸念から、雷装搭載には反対の声も大きかった。