蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第33話「フランスの港」

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨は、人の心の悲しみを現しているかのようだった。

 

 葬儀への参列者は数万にも及び、亡くなった者達への哀悼を捧げる。

 

 祭壇の上に、並べられた棺の数は4つ。

 

 それぞれ名前には金のプレートで、「アンドリウス」「コルドリウス」「エドモンド」「エディアン」の名が刻まれていた。

 

 「ニューファンランド島沖海戦」の名で知られる事になる、ドイツ海軍第1戦闘群とイギリス海軍R部隊の激突は、イギリス海軍の一方的な敗北で幕を閉じた。

 

 参加艦艇の内、戦艦2隻、重巡洋艦1隻、駆逐艦3隻を喪失。

 

 更に司令官である第3王子アンドリウスを始め、4人の王子がこの戦いで戦死すると言う、取り返しのつかない痛手を蒙ってしまった。

 

 イギリスはとりわけ、王族に対する国民の忠誠心と人気が高い国。

 

 その王族が、一度の戦いで4人も死んだ事に、誰もが悲しみを隠せないでいた。

 

 だからこそ、あいにくの雨にもかかわらず、葬儀には多くの参列者が出席したのだ。

 

 無論、その中には王族は勿論、チャーチルをはじめとした政治家、トーヴィ等軍人の姿もある。

 

 そんな中、1人の男が壇上に立つ。

 

 現イギリス国王フレデリックである。

 

 自分達の頂点に立つ人物の登場に、全ての参列者が居住まいを正す。

 

 マイクを手に取るフレデリック。

 

 しばらくの沈黙ののち、

 

「・・・・・・・・・・・・我が」

 

 ゆっくりと、口を開いた。

 

 誰もが成長して、国王の言葉を待つ。

 

「我が、心の内を知る者が、この中にいるだろうか? 我が身を引き裂くような思いを、理解してくれる者がいるだろうか? たとえ100億の悲しみをぶつけられたとしても、余は耐えて見せよう。100億の苦しみをぶつけられたとしても、その全てを撥ねつけて見せよう。だが、たとえ100億の心をもってしても、決して受け入れる事の出来ない物が確かにある」

 

 いったん言葉を置き、参列者たちを見渡すフレデリック。

 

 皆、一言もしゃべることなく、国王に視線を向け続けている。

 

「我が愛する息子たち、アンドリウス、コルドリウス、エドモンド、エディアン。彼等は皆、勇敢であった。我が子らは、卑怯にもか弱き輸送船を食い物にする、悪逆非道、傲慢極まりないナチス・ドイツから、大切な同胞を守る為、その身を盾にして勇敢に戦い、そして散っていった。余は息子たちを、これ程までに誇りに思った事はない。実によくやってくれた」

 

 すすり泣く声が聞こえてくる。

 

 皆が、アンドリウスたちの死を悲しんでいるのだ。

 

「では、誰が息子たちを殺した?」

 

 務めて、低い声が響く。

 

「誰が、我が愛する子等を死に追いやった?」

 

 発したフレデリックの目には、怒りの感情が浮かんでいた。

 

「それは、海の向こうから攻め寄せた独裁者と、彼奴めに率いられた、卑怯者の賊共に他ならないッ アドルフ・ヒトラーなる成り上がり者は、大戦の引き金を引き、この欧州全土を巻き込む戦火を拡大させ、ポーランドを、ノルウェーを、同胞フランスを飲み込み、ついには不遜にも、我が大英帝国にまで、その魔の手を伸ばしてきたッ あまつさえ、独裁者に率いられし卑怯極まりない戦艦の詐術に陥り、我が息子達と、その多くの同胞が犠牲となったッ これが果たして許せるだろうか!? 否!! 断じて否だ!! 彼の国を、彼の独裁者を、そして悪逆非道な侵略軍を、我らは決して許してはならないッ 奴等を一兵残らず絶滅させ、彼の独裁者を縛り、ドイツと言う国を降伏に追い込んで、初めて息子たちの魂は、天に召される事だろう!! 我が同胞達よ、奮起せよ!! 今こそ、我が大英帝国は一丸となって、独裁者を打ち破る剣とならねばならんッ 既に躊躇の時は過ぎたッ 余が望むことはただ一つッ 我が大英帝国に偉大なる勝利をッ それこそが散っていった者たちにとっての唯一の、そして至高の餞となるのだ!!」

 

 熱狂的な歓声が沸く。

 

 誰もが、国王の演説に酔いしれていた。

 

 そうだ、陛下の言う通りだ。

 

 同胞を守る為、勇敢にも独裁者に立ち向かったアンドリウス王子達。

 

 王子達の仇を、我らの手で取るのだ。

 

 恐れるな、我らには偉大なる国王陛下が付いている。

 

 いかに敵が強大であろうと、正義の心を持つ我ら大英帝国が敗れる事はない。

 

 独裁者に死を!! 侵略者共に死の鉄槌を!! 悪逆なるドイツに破滅を!!

 

 熱狂は覚める事無く、いつまでも轟き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 用意された車に乗り込むフレデリック。

 

 シートに腰掛けると、首のネクタイを煩わし気に取り去り、車の床に投げ捨てた。

 

「フンッ まったく無駄な時間を使わされた」

「お疲れ様です。ささ、どうぞ、まずは一杯」

 

 吐き捨てるように告げるフレデリックに対し、先に乗り込んでいたチャーチルがグラスを私、手にしたボトルを傾ける。

 

 満たされた琥珀色の液体を、喉に流し込むと、大きく息を吐き出した。

 

「あの無能のバカ息子どもが、死んでも我が手を煩わせ、時を浪費させるとは。まったくもって、度し難い阿呆どもよ」

 

 名前を思い出すのも煩わしい、とばかりにフレデリックが吐き捨てるのは、先のニューファンランド島沖海戦で戦死した息子たち。

 

 アンドリウス、コルドリウス、エドモンド、エディアンの事である。

 

 見る人が見れば、これ程奇異なものはないだろう。

 

 フレデリックは、息子たち。特にアンドリウスの事を高く買っており、次期国王には第2王子のディランを差し置いて、アンドリウスがなるとまで言われていたくらいである。

 

 しかし葬儀が終わった今、フレデリックは死んだ息子たちの事を口汚く罵る。

 

 そして、

 

 その事を、同乗しているチャーチルもアルヴァンも、不思議とは思っていなかった。

 

「奴等の無能のおかげで、我が国の権威がどれほど落ちた事か。これでまた、あの伍長上がりの小男を付け上がらせる事になると思えば、腸が煮えくり返るわい。唯一の救いは、無能のクズ息子共の顔を二度と見ずに済むと言う事くらいか。フンッ それくらいは評価してやっても良いがな」

 

 これが、フレデリックと言う男の実態だった。

 

 彼は確かに、今回の戦いの結果に憤っていた。

 

 ただしそれは、愛する息子を殺されたからではなければ、有象無象の如き艦隊の将兵、艦娘や、足手まといの輸送船乗組員が殺されたからでもないし、艦隊が壊滅するほどの大損害を被ったからでもない。

 

 フレデリックが憤っている事。

 

 それは、この敗北によって大英帝国の、ひいては自分の権威が失墜する事に憤っていた。

 

 民衆の悲しみや憤りなど知った事ではない。

 

 全ては自分が、

 

 偉大なる大英帝国国王たる、この自分自身の存在こそが至高であり至上であり、唯一無二なのだ。

 

「それで、アンドリウス等がやられたと言うドイツ艦隊は、その後どうなった?」

「は。R部隊壊滅後も1カ月ほど大西洋上で通商破壊戦を続けたのち、フランスのブレスト軍港へ入港したところまでは確認が取れております」

 

 フレデリックの質問に答えたのはアルヴァンである。

 

 フランス降伏後、ヒトラーは大西洋における活動範囲を広げるべく、フランス沿岸部における港湾施設の使用権をフランス政府から譲り受けている。

 

 これによりUボート艦隊は、大西洋上での作戦行動の後はフランスの港で補給、整備が受けられるようになり、活動の幅は大きく広がった。

 

「トーヴィとダウディングに命じろ。ブレストへの空襲を強化するように、とな。この大英帝国をコケにすればどのような事になるのか、ナチス共に知らしめてやれ」

「ハッ」

 

 恭しく頭を下げる、チャーチルとアルヴァン。

 

 その2人を見ながらフレデリックは、己自身の復讐を果たすべく、その標的を見定めるのだった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 ドイツ海軍第1戦闘群、及び第1航空群が全ての作戦行程を終え、フランスのブレスト軍港へ帰港したのは、R部隊との決戦後、1カ月以上過ぎた3月22日の事だった。

 

 主力巡洋戦艦と最新鋭空母を投入しての大規模通商破壊戦は大成功を収め、部隊は約2カ月の間に、実に42隻、約25万トンにも上る船舶を撃沈した。

 

 戦果が多かった理由としては、やはり空母「グラーフ・ツェッペリン」の実戦投入が大きかったと言えよう。

 

 航空機を用いる事で敵の船団をいち早く発見。さらには空と海からの連携攻撃により、効率の良い襲撃作戦の実行。

 

 それらを元にした新戦術の確立により、ドイツ海軍は過去最高と言っても過言ではない大戦果を上げたのだ。

 

 勿論、ニューファンランド島沖海戦においてR部隊を撃破、戦艦2隻を含む多数の艦艇を撃沈した事も大きい。

 

 バトルオブブリテンが完全に戦線膠着している中、正に海軍の活躍はドイツ全軍にとって、新たなる追い風となったことは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 第1戦闘群旗艦「グナイゼナウ」では、1人の将官が艦を立ち去ろうとしていた。

 

 トランクケースに私物を収め、律動的な歩調で歩く人物。

 

 リンター・リュッチェンス大将。

 

 ドイツ海軍第1戦闘群司令官であり、フェロー諸島沖海戦、ベルリン作戦においてイギリス海軍相手に互角の戦いを演じた人物。

 

 今やドイツ海軍の「エース」と言っても過言ではない立場にあるリュッチェンスはこの日、本国に召還される形で、艦を降りる事となった。

 

 とは言え、これは所謂、更迭ではない。

 

 フェロー諸島沖海戦と、ベルリン作戦時における戦果を鑑みたドイツ海軍上層部は、新編成された部隊をリュッチェンスに任せる事を決定したのだ。

 

 今回は、その為の栄転人事と言えた。

 

「後の事は、よろしく頼む」

 

 そうリュッチェンスが告げた視線の先では、オスカー・バニッシュと、グナイゼナウの2人が立っていた。

 

「以後、第1戦闘群はアレイザー中将の指揮下に入る事になる。彼の指揮に従ってくれ。できるだけ早く、本国に戻れるように手配はするが、状況が状況だ。いつまでかかるかは予想が出来ん。それまで、警戒は厳に。ここが敵地にほど近い最前線だと言う事を忘れないように」

 

 最後まで、業務連絡めいた事を告げるリュッチェンスに、オスカーとグナイゼナウは最早、苦笑しか出てこない。

 

 これも、あるいは一つの個性なのだろう。

 

 柔軟な発想をする人間が優秀な人間と言われがちだが、組織にはこうしたお堅い頭をした人間も必要なのだ。

 

 と、

 

 そんな事を考えていると、リュッチェンスが付け加えたように言う。

 

「もっとも、私などいない方が、君等にとっては色々とやりやすいかもしれんがな。そう、それこそ『色々と』な」

「「は?」」

 

 意味深めいたリュッチェンスの言葉に、思わず口をポカンと開ける、オスカーとグナイゼナウ。

 

 2人のそんな反応に、してやったりとばかりに笑みを浮かべるリュッチェンス。

 

 最後の最後でやってくれたものである。

 

 2人のおかしな反応に満足したように、踵を返して艦を降りるリュッチェンス。

 

 この後彼は、飛行機に乗ってベルリンに戻る予定である。

 

「・・・・・・・・・・・・行ってしまったな」

「そ、そうね」

 

 去っていくリュッチェンスを2人並んで見送る、オスカーとグナイゼナウ。

 

「ねえ・・・・・・・・・・・・」

 

 リュッチェンスの背中が見えなくなるのを待ってから、グナイゼナウが声を掛けた。

 

「提督、私たちの関係に気付いてた、のかな?」

「あの様子だと、多分な」

 

 乾いた笑いを浮かべるしかないオスカー。

 

 恋人関係にある、オスカーとグナイゼナウ。

 

 その関係については、念のため秘密にしてある。

 

 無論、人間と艦娘は自由恋愛であり、誰と誰が付き合おうが他人に干渉される物ではない。

 

 しかしそれでも、少し気恥ずかしい物があるのも確かである。

 

「うう、失敗した・・・・・・何でバレるかな」

 

 頭を抱えるグナイゼナウ。

 

 因みに彼女の姉にも、既にバレていたりするのだが。

 

 そんなグナイゼナウの様子に苦笑しつつ、オスカーは肩をすくめる。

 

「仕方がない。提督はもう行ってしまったし、他の奴等にはバレていないだろう。俺達が少し距離を置くように心がければ、これ以上は・・・・・・・・・・・・」

 

 そこまで言って、オスカーは言葉を止める。

 

 顔を赤くしたままのグナイゼナウが、オスカーの来ている軍服の袖を、強く握りしめているのだ。

 

「それもやだ」

「どうしろと?」

 

 自分の彼女の我儘に、オスカーは途方に暮れるのだった。

 

 

 

 

 

 ブレストに入港したドイツ艦隊は、直ちに岸壁に横付けされ、総点検が為される事になった。

 

 何しろ2カ月に及ぶ長期航海。しかも、敵の主力艦隊とも戦っているのだ。

 

 艦内の至る所にガタが来ていてもおかしくはない。

 

 そして、その結果、

 

「こうなるわけね」

「ごめんなさい」

 

 苦笑気味のエアルに対し、シャルンホルストはベッドに横たわったまま、申し訳なさそうに謝る。

 

 正直、

 

 何となくこうなるのではないかと思っていた。

 

 ブレストに到着し、艦内の総点検が終わった直後の事だった。

 

 シャルンホルストが倒れたのは。

 

 元々、体の弱い彼女の事。長期航海の後は、こうなる事が予想できていた。

 

 直ちに艦内の医務室に運ばれた彼女だったが、もう少し設備の整った場所に移した方が良いと言う事になり、港に併設された病院へと転院となった。

 

 この病院は既にドイツ軍が接収済みで、医療スタッフも全てドイツ人によって構成されている。万が一にも不測の事態が起きる心配はなかった。

 

「シャルは今回、頑張ってくれたからね」

 

 言いながら、エアルは手を伸ばしてシャルンホルストの頭を優しく撫でる。

 

 少女の髪の、サラサラした感触が、指と指の間を流れていくのが分かる。

 

 シャルンホルストは、少しくすぐったそうに目を細めた。

 

「作戦の方は、どうなってるの?」

「うん、順調だよ。俺達が帰還した後も潜水艦隊は通商破壊を続けてる。おかげで戦況は大分楽になってるって」

 

 最後のは少しばかりエアルの誇張が入っている。

 

 しかし実際、イギリス軍が押し返してきていると言うニュースもないので、当たらずと言えども、と言ったところだろう。

 

「デーニッツ提督が感謝してたよ。今度、シャルのお見舞いに来てくれるって」

「えッ・・・・・・」

 

 限りなく「げッ」と言う発音に近い感じで、シャルンホルストが顔をしかめる。

 

「あの人苦手だよ。いっつも、ボクのお尻触るし」

 

 過去に何度もセクハラを受けた手前、カーク・デーニッツに完全に苦手意識を持っているシャルンホルスト。

 

 と、

 

 そこで少し顔を赤くしながら呟く。

 

「おにーさんにだったら、ちょっとくらい触られても良いのに」

「え? 何て?」

「何でもない何でもない!!」

 

 照れ隠しに言いながら、ゴロンと体ごとそっぽを向く。

 

 そんなシャルンホルストを、怪訝な顔で見詰めるエアル。

 

 少女は頭から布団をかぶったまま、顔を真っ赤にして沈黙するのだった。

 

 

 

 

 

 一つの大作戦が終わり、各々が各々の日常を満喫している。

 

 恋人同士である者達。

 

 まだ、そこへは至っていない者達。

 

 謳歌の仕方はそれぞれだ。

 

 だが、

 

 しかし、

 

 暗雲は既に、彼等の頭上に覆いかぶさるべく、徐々に迫りつつあるのだった。

 

 

 

 

 

第33話「フランスの港」      終わり

 

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