1
沖合を航行する船は静かに、
しかし確実に、目的地へと近づいていく。
大型の艦影が1隻と、それを護衛する小型の艦影が3隻。
規模としては小さな物。
しかし、与えられた任務は重大だった。
「ブレストに逃げ込んだ、ドイツ艦隊の撃滅、か。敵の主力を叩くとなれば、武人の本懐と言うべきところだが、私たちの立場の事を考えれば複雑な所だな」
「まあ、実質的には懲罰人事と言えなくもないしな」
艦娘の少女の言葉に対し、艦長は皮肉気に返す。
赤毛のショートヘアをした女性。
航空母艦「アークロイヤル」の艦娘である女性は、今回の任務について思いを巡らせた。
懲罰人事。
確かに、艦長の言葉は良い得て妙、と言うべきだろう。
空母「アークロイヤル」を中心としたこの小規模艦隊は先頃、ニューファンランド島沖海戦においてドイツ海軍第1戦闘群と交戦し壊滅したR部隊の残党である。
本来であるなら、仲間の死を悼み、その仇を討てる事を至上の喜びとすべきところだろう。
だが、しかし、
「アンドリウス王子は、最低の人間だった」
「おい、アーク」
ストレートな物言いをするアークロイヤルを窘めるように睨む艦長。
だが、アークロイヤルは構わずに続ける。
こんな場所で誰が聞いていようが構いやしない、とでも言いたげだ。
「守らなければならない無辜の民を、王子は犠牲にした。絶対に許されない事だ」
アンドリウスは無防備な輸送船団を生贄にしてドイツ艦隊をおびき出して消耗させ、相手が疲弊したところを殲滅すると言う身勝手な作戦を立て実行した。
おかげで輸送船団は全滅。本国で物資の到着を待ち望んでいた多くの同胞を苦しめている。
もっとも、ドイツ艦隊の指揮官はアンドリウスなどより数段上手で、消耗したと見せかけて、ノコノコとやってきたR部隊主力を自分達のテリトリーに誘い込み、逆に殲滅して見せた。
アンドリウス自身も、自分自身の身勝手のツケを自分自身の命で支払う事になったのだ。
自業自得と言うほかない。
国民はこの事実を知らない。知る必要すらない。
アンドリウスは味方を守る為、卑怯卑劣なドイツ海軍と勇敢に戦い、そして散っていった。
国民に知らされるプロパガンダは、ただそれだけだった。
不都合な事実を知らされる事はないし、国民もまた、知りたいとも思わないだろう。
アークロイヤルからすれば、アンドリウスの敵討ちなど、片腹痛いにも程があった。
「なら、何で今回の作戦参加に同意したんだ」
「やられっぱなし、と言うのも聊か癪だしな」
言いながら、肩を竦めるアークロイヤル。
「ドイツ艦隊に勝ち逃げされる事は、大英帝国の軍人として我慢ならん。せめて一矢なりとも報いない事には」
憂さ晴らしである事は判っている。
だがしかし、
それでも大英帝国軍人としての矜持が、このまま終わらせることを許さなかった。
波濤を切って進む「アークロイヤル」。
その進む先に、彼女が倒すべき敵は存在していた。
2
殺風景な病室も、これだけの美少女が集まれば華やかにもなろうと言う物。
シャルンホルストが入院している病院を訪ねたのは、彼女の妹であるグナイゼナウと、艦長であるエアルの妹サイア・アレイザー。
そして先のベルリン作戦を共に戦った新しい仲間、グラーフ・ツェッペリンだった。
「はいこれ、お部屋にあったぬいぐるみ。持ってきたよ」
「わあ、ありがとう」
サイアに差し出された、お気に入りのネコのぬいぐるみを抱きしめるシャルンホルスト。
久しぶりの「友達」との再会を堪能する。
「ボク、この子がいないと、良く眠れないんだよね。ありがとう、サイア」
「ほんと、シャルはネコ好きよね」
荷物を袋から出しながら、グナイゼナウがやれやれと言った感じに言う。
「部屋の中、ネコグッズで溢れてるし、買い物に行けばネコの柄の物ばっかり探すし、街中でネコ見つければ、見境なく追いかけようとするし」
「別にいいじゃん。ボクの勝手でしょ。ゼナは細かいこと言いすぎ」
口をとがらせて妹に抗議するシャルンホルスト。
そんな姉の様子を見ながら、グナイゼナウは嘆息する。
「まあ、それもそうなんだけど」
言いながら、荷物の中から白い布を取り出す。
「流石に、パンツまでネコさんってのは、妹として恥ずかしいんだけど?」
「キャァァァァァァァァァァァァ!?」
慌てて妹の手からパンツをひったくるシャルンホルスト。
グナイゼナウが広げたパンツは、白地に、お尻の所に黒猫が描かれた、シャルンホルストのお気に入りの1枚だった。
「なな、何で出してんのさッ!?」
「良いでしょ別に。好きなんでしょ」
「だからって、見せなくても良いでしょ!!」
ウガーッ と怒鳴りまくるシャルンホルストに対し、グナイゼナウは肩を竦めて見せる。
「まあまあ、シャル。わ、私は良いと思うよ。ネコさんパンツ」
「ネコは孤高の象徴。強さの証ともいうからな。悪い事ではないと思うぞ」
「お願いだから、
サイアとツェッペリンからも、微妙なフォローをされ、シャルンホルストは顔を真っ赤にして布団に蹲るのだった。
サイアが剥いたリンゴをつまみながら、病室は女子会トークの場と化していた。
ベルリンに新しくできた新しいスイーツ専門店。
公開されたばかりの恋愛映画の内容。
等々、話題にはともかく事欠かない。
「あ、そうだ」
そんな中、サイアが思い出したようにシャルンホルストを見て言った。
「シャルのエンジンなんだけどさ、もしかしたら今より良くなるかもしれないよ」
「え、ほんと?」
ピョコッと顔を上げるシャルンホルスト。
「シャルンホルスト」の機関であるワグナー高圧缶は竣工以来出力が安定せず度々、故障を起こしている難物である。
機関の不調は艦娘であるシャルンホルスト自身にも及ぼし、こうして体調不良にもつながっているのだ。
「何かね、よくわかんないんだけど、フランス人の技師さん達がすごく協力的なの。シャルのエンジン見るなりさ、『ドイツ人は馬鹿なのか? こんなエンジンしか作れないで恥ずかしくないのかッ!?』とか急に怒りだしてさ、それからあれこれ協力してくれるようになったんだ。そのアドバイスとかがすごい的確でさ。前よりも大分、出力が安定するようになってきたよ」
「へー そうなんだ」
フランスは高圧缶に対して高い技術力を持っている。
確かに、彼等の協力を得られれば、「シャルンホルスト」の機関を安定させることも不可能ではないかもしれない。
だが、疑問も残る。
「でも、何で協力的なのかな? 言っちゃなんだけど、ボク達って、この間まで敵だったわけじゃん。フランスの人達からは、すごい恨まれてると思うんだけど?」
「まあ」
「確かに」
シャルンホルストの疑問はもっともだった。
恨まれこそすれ、協力してくれるとはとても思えないのだが。
実は、これには、現在のフランスを取り巻く複雑な事情が絡んでいた。
現在、フランス人の中では、かつての同盟国であるイギリスに対する感情が最悪にまで落ち込んでいた。
きっかけは昨年。フランス降伏から、まだほとんど日が経っていない7月3日。
場所は北アフリカ、アルジェリアのメルス・エル・ケビール軍港での事だった。
アルジェリアはフランス領であり、本国が陥落したフランス海軍は、ドイツ軍に艦艇を接収される事を恐れ、主力艦隊を、このメルス・エル・ケビール軍港に退避させたのだ。
このフランス艦隊主力に目を付けた者がいる。
イギリスである。
イギリスは、フランス艦隊がドイツの手に落ちる事をひどく恐れていた。
現在でこそ、ドイツ海軍に対し優勢を保っているイギリス海軍だが、そこへきて万が一、フランス海軍の主力艦隊がドイツ海軍に接収されれば、その戦力差は逆転しかねない。
そこで、フランス海軍がドイツに寝返る前に手を打ってしまおうと考えたのだ。
巡洋戦艦「フッド」を旗艦とするイギリス艦隊は、メルス・エル・ケビール軍港の入り口を封鎖して砲門を向けると同時に、交渉の為の使者をフランス艦隊旗艦「ダンケルク」へと送り込んだ。
イギリス側が提示した条件は以下の通りである。
1、 イギリス海軍に参加して枢軸側と戦う。
2、 イギリスの港に回航して、艦艇を引き渡す。乗組員が無事に帰国できる事は約束する。
3、 西インド諸島、もしくはアメリカの港へ向かい、そこで武装解除する。
4、 自沈する。
5、 この場で一戦交える。
言うまでもなく、フランス側からすれば理不尽としか言いようがない内容だった。
そもそも、同盟国とは言え他国の海軍にそのような命令を受けるいわれはない。
その為フランス艦隊側は、以下のように回答した。
1、 フランス海軍は、ドイツ海軍に協力しない事を約束する。
2、 イギリス海軍から攻撃を仕掛けてきた場合、応戦する用意がある。
と言う内容を、イギリス側に返答する。
だが当然の如く、イギリス側も承服しなかった。
両者の意見は平行線のまま決着がつかず、
仕方なく、フランス側が、最も無難な「3」で手を打とうと、本国と交渉していた時の事だった。
イギリス空母を発した艦載機が、メルス・エル・ケビール軍港周辺に機雷を撒き始めたのを確認したフランス側は、交渉決裂と判断、戦闘準備を整えるように全艦に命令する。
一方のイギリス海軍も、フランス側の動きを見て先制攻撃を仕掛ける。
結果、
戦力的に優勢であり、更には立ち上がりを制した事も大きく作用し、戦いはイギリス側の圧勝に終わった。
フランス海軍は旗艦「ダンケルク」を含む、戦艦3隻が沈没。
辛うじてダンケルク級2番艦の「ストラスブール」と、大型駆逐艦5隻のみが脱出に成功しただけだった。
以上のような経緯があり、フランス人、特に海軍関係者の中での対英感情は最悪な状態にまでなっていた。
それに対しドイツはと言えば、確かにフランスを破り、現在は半ば傀儡に近い状態になっている。
しかしドイツは、フランスの統治はヴィシー政府に任せているし(ヴィシー政府自体、ドイツの傀儡なのだが)、その政策について大きく干渉はしていない。
加えて駐留するドイツ軍は統制が取れており、フランス市民に対し危害を加えるようなことはしていなかった。無論、細かなトラブルは起きているが、いずれも許容レベルと言って良く、トラブルについても、ドイツ軍人側に非があった場合、軍紀によって厳正に対処されている。
さらに言えば、先の敗戦にしてもドイツに負けたと言うよりは、味方のフランス軍が勝手に自滅した、と考えている国民も少なくない。
その為、フランス人のドイツ人に対する感情は無論、友好的とは言い難い物の、半ば諦念に近い形となっていた。
そのような事から「敵の敵は味方」ではないのかもしれないが、フランス人の中にはイギリス人に対する感情悪化から、ドイツ軍に協力する者も多数存在した。
「まあ、何にしても、エンジンが良くなってくれるのはうれしいよ」
ネコのぬいぐるみを抱っこしながら、笑顔を見せるシャルンホルスト。
「毎回毎回、出撃の後に体調崩してたら、おにーさんに迷惑ばっかりかけちゃうし・・・・・・・・・・・・」
言いながら、シャルンホルストの脳裏にはエアルの顔が思い浮かべられる。
無論、エアルはシャルンホルストの事を迷惑などとは思わないだろう。
しかし少女としては、こうも毎回ともなれば気にも病むと言う物だった。
そこからは、とりとめのない話に終始した。
女子が4人集まれば、話に花が咲くのは人間も艦娘も変わらない。
そこでふと、
この中では新顔に当たるグラーフ・ツェッペリンが、静かな調子で口を開いた。
「正直なところ、私はまだ
その発言に対し、他の3人は顔を見合わせつつも先を促す。
「ツェッペリン、何かあったの?」
「ああ」
サイアが先を促すと、グラーフ・ツェッペリンは少し躊躇うように口を開いた。
「作戦中の事だったんだけど、ある人を怒らせてしまったようなんだ」
「怒らせたって、何かしたの?」
問いかけるグナイゼナウに、ツェッペリンは首を横に振る。
「判らないんだ。ただ、その人の親御さんの話をしていただけなんだが。急に、彼は気分を悪くしたように去ってしまった。それ以来ずっと、作戦行動中はあまり顔を合わせる機会もなく、謝る事も出来ないまま来てしまった」
「親の話、ねえ」
首をかしげる一同。
親の事を言われて、一体その人物は何を怒っていたのだろう。
「どうも、彼は親とはうまくいっていないらしくてな。それで、あまり触れられたくなかったみたいなんだ」
「ああ、なるほどね」
納得したように頷くサイア。
親との確執、と言う意味ならアレイザー家もなかなかの物であろう。
だからこそ、グラーフ・ツェッペリンの気持ちは理解できた。
「悪いと思うなら、自分から謝るのも良いんじゃないかな?」
「そう、だろうか?」
「うん。きっと、相手の人も気にしているかもしれないしね」
お互いに一歩踏み出す事。
それさえできれば、案外と人間はうまくやれるものなのかもしれない。
サイアはそう考えていた。
「判った。できるかどうかは分からないが、やってみる」
「うん、頑張れ」
そう言ってグラーフ・ツェッペリンを励ますサイア。
しかし、
まさか彼女の言っている相手が、自分の双子の兄の事だとは、思い至ってはいなかった。
警報が鳴り響いたのは、少女たちが次の話題を始めようとした、正にその時だった。
3
ベルリン作戦後、それまで第1戦闘群司令官だったリンター・リュッチェンス大将が転任になった事から、編成替えが行われた。
それまで「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」の2隻で編成されていた第1戦闘群に、それまで第1戦闘群を単艦で編成していた航空母艦「グラーフ・ツェッペリン」が加入。
指揮官は横滑りでウォルフ・アレイザー中将が就任していた。
そのような事情で現在、第1戦闘群の旗艦は「グラーフ・ツェッペリン」となっている。
報告を聞き、自室で書類の整理をしていたウォルフは、参謀長のシュレスを伴って直ちに艦橋へと上がる。
「状況を報告せよ」
艦橋に入ると同時に、ウォルフは前置きなしに指示を出す。
事態は既に深刻の一歩手前となりつつある。余計な手間を踏んでいる暇はなかった。
促され、「グラーフ・ツェッペリン」艦長が口を開く。
「ドーバー海峡とジブラルタル方面を監視中のUボートから、同時に連絡が入りました。戦艦、空母を含む複数のイギリス艦隊が大西洋上で同時に作戦行動を開始。目的は、このブレストである公算が大との事です」
イギリス海軍は馬鹿ではない。
ベルリン作戦後、第1戦闘群がブレストに逃げ込んだと言う情報は掴んでいるはず。
ブレストはブルターニュ半島の先端付近にあり、イギリス本土とは目と鼻の先だ。
そのような場所に、戦艦、空母を含む有力な艦隊が居座っている事を、彼等が見過ごすとも思えなかった。
「直ちに全乗組員と艦娘に非常呼集を掛けろ。緊急事態だ」
「ハッ」
「それから、空軍に応援要請。奴等は空から攻めてくる可能性が高い。迎撃態勢を構築するんだ」
命令を下しながら、艦橋の外から空を睨む。
敵が来るまで、恐らくもう、あまり時間はない筈。
果たして、それまでに迎撃準備を終える事が出来るかどうか。
まさに、時間との勝負だった。
一方、その頃病院でも、少女たちはあわただしく動き始めていた。
「ごめんね、シャル。行かないと。必要だと思う物は全部持ってきておいたから、あと何か足りなかったら連絡して」
「うん、分かった。ほら、早く行って」
病室を走り去っていくグナイゼナウ、サイア、グラーフ・ツェッペリンの3人を、ベッドの上から見送るシャルンホルスト。
非常呼集。
わざわざ、オフの艦娘まで集めようと言うのだ。事態はただ事ではない事くらい、容易に想像できる。
「・・・・・・・・・・・・おにーさん」
呟きを漏らす巡戦少女。
現在、「シャルンホルスト」は動く事が出来ない。
否、正確に言えば最低限のボイラーを回し、砲塔を動かす事くらいはできる。
しかし、軍艦が真の実力を発揮するには、艦娘の存在は不可欠となる。
自分がいなければ、巡洋戦艦「シャルンホルスト」は、文字通り魂の抜けた抜け殻に等しい。
それでも、エアル達は戦うだろう。
皆を、守る為に。
「・・・・・・・・・・・・」
壁に目をやる、シャルンホルスト。
そこには、ハンガーにかけられた、彼女の軍服がある。
「・・・・・・・・・・・・よし」
意を決して、眦を上げるシャルンホルスト。
その手は、迷うことなく軍服を掴む。
「待ってて、おにーさん」
そう告げる少女の目には、みなぎる程の決意で満たされていた。
第34話「ブレスト強襲」 終わり