1
ドイツ艦隊への攻撃が激しさを増す一方、ブレスト軍港への攻撃も激化の一途を辿っていた。
視界の先で、悠然と飛行するハリファックス爆撃機の姿。
その様を、エアルは「シャルンホルスト」の艦橋で、双眼鏡越しに眺めていた。
「・・・・・・厄介な」
苦々し気に呟く。
実際、苦しい戦いになるであろう事は、予想できていた。
上空に待機していた空軍のメッサーシュミットが迎撃のために高度を上げている様子が見える。
しかし、果たして今度は間に合うかどうか。
「艦長?」
「敵機の侵入高度が、明らかに高い」
傍らのヴァルターに、答えるエアル。
第1次攻撃に失敗したイギリス空軍は、低高度からの侵入を諦め、高高度からの攻撃に切り替えていた。
高高度からの攻撃は、命中率が下がる反面、敵機からの迎撃を受けにくいと言う利点がある。
イギリス軍は、多少攻撃の効率を落としても、攻撃成功しやすい方に賭けたのだ。
案の定、慌てて上昇を掛けるドイツ空軍機が迎撃位置に着く前に、イギリス軍の爆撃機隊はブレスト上空へと侵入してくる。
「対空戦闘用意!!」
エアルの命令が鋭く響く。
10.5センチ高角砲、37ミリ、20ミリの各機銃が上を向く。
既に第1次攻撃隊からの報告で、「シャルンホルスト」がドックから動けないでいる事は、彼等も掴んでいるのだろう。
来襲した何機かは、まっすぐにドックを目指しているのが分かる。
そこでようやく、メッサーシュミットがイギリス軍の編隊に取り付き空戦に突入する。
航空に白いストレーキを引いて、英爆撃機に襲い掛かるルフトバッフェの勇士たち。
しかし、敵の侵攻に対し味方の反応は鈍い。
迎撃機として優秀な速力を誇るメッサーシュミットと言えど、高高度にまで上がるには相応の時間がかかる。
しかも、高度が上がればエンジン出力は下がり、機動性は失われやすい。
空軍の迎撃も、今度ばかりは期待できないだろう。
「こうなると、工員を艦内に収容したのは正解でしたね」
「ええ。下手に下ろせば、却って爆撃に巻き込まれていた可能性もありました」
エアルは戦闘開始前、修理工事に当たっていた技術者や工員を全員、「シャルンホルスト」の艦内に避退させていた。
全員を下ろすだけの時間は無いと判断しての措置である。
案の定と言うべきか、イギリス空軍はブレストに対し徹底した爆撃を行おうとしている。万が一、避退した彼等の上に爆弾が落ちていれば、目も当てられない大惨事になっていた事だろう。
その点、「シャルンホルスト」はドイツが誇る重装甲艦である。その艦内にいれば、ある程度の爆撃には耐えられるはずである。
「敵機、更に接近!!」
見張り員の絶叫が響く。
余計な事を考える時間はこれまでだ。
エアルは、背後にいるシャルンホルストを、振り返って見やる。
相変わらず、体調が悪そうな巡戦少女。
しかし、エアルの目を見ると、しっかりと頷きを返してくる。
笑顔で頷きを返すエアル。
互いに無言。
交わす言葉はない。
しかし、お互いの言いたい事は誰よりも理解している。
心配はいらない。
何一つとして、問題はない。
なぜなら、
エアルとシャルンホルスト。
お互いに、同じ場所に立っているのだから。
「敵機、さらに接近ッ 本艦の軸線上に乗ります!!」
防空指揮所で双眼鏡を除いている見張り員からの、緊迫した報告。
次の瞬間、
「対空戦闘、撃ち方始め!!」
エアルの鋭い命令と共に、高角砲と機銃を一斉に撃ち放つ「シャルンホルスト」。
たとえドッグ内にあって動けなかったとしても、その火力に衰えはない。
艦上全てを赤く染めて、対空砲を放ち続ける。
しかし、
「やっぱり、ダメか。殆ど届いてないな」
舌打ちするエアル。
機銃弾による攻撃は、敵の高度が高すぎて銃弾が届かないのだ。
高角砲は届いている。65口径10.5センチ砲弾は、高高度を飛ぶハリファックス爆撃機を阻止すべく、上空に黒煙を咲かせている。
しかしそれも、弾幕と呼ぶにはあまりにも薄い。
高角砲弾だけで、航空から侵入してくるイギリス軍爆撃機を全て阻止する事は不可能。
空軍の戦闘機隊も必死に追いすがっているが、それよりも敵機の侵攻が早い。
空軍も対空砲もあてにはできず。
結果、
敵機は「シャルンホルスト」上空へ、悠々と侵入してきた。
エアル達が
爆弾倉から、黒々とした塊が次々と投下される。
ドックに入渠したままの「シャルンホルスト」に、回避の手段はない。
投下された爆弾は、ドッグ周辺や海面に落下し、大半が無意味に炸裂する。
爆炎や海水は派手に空中を踊る。
しかし、「シャルンホルスト」に命中する爆弾は無かった。
この時代、航空機の攻撃方法は一部の特殊な物を除けば、急降下爆撃、水平爆撃、雷撃の3つに分けられる。
中でも水平爆撃は、他の2つと違って難易度が低く、かつ高い攻撃力を誇る反面、どうしても命中率の低下は免れない。
何しろ、目標上空で爆弾を投下するだけなので、強力な爆弾を使用できる反面、投下した爆弾は風の影響を受けて目標に命中しない事の方が多いのだ。
「シャルンホルスト」の周囲に爆炎が踊り、海面に落下した爆弾は派手に水柱を上げる。
このまま、命中弾なくやり過ごす事が出来るか?
その希望が芽生え始めた。
だが、すぐにそれが、甘い考えである事を思い知る事になる。
次の瞬間、
「爆弾、本艦直上ッ 命中コース!!」
見張り員の絶叫。
ハリファックスが投下した爆弾が、偶然にもドック内にいる「シャルンホルスト」の命中コースに飛び込んでしまったのだ。
迫る爆弾。
黒い点が、上空から徐々に近づいてくるのが見える。
「総員、衝撃に備えッ!!」
とっさに叫ぶエアル。
更に、
エアルは踵を返すと、艦娘席へと駆け寄る。
「え?」
シャルンホルストが驚いて顔を上げる。
だが、その前にエアルは彼女を抱きしめるように覆いかぶさった。
次の瞬間、
複数の衝撃が、同時に襲ってきた。
「キャァァァァァァ!?」
着弾の衝撃と痛みで、悲鳴を上げるシャルンホルスト。
エアルはそんな彼女を、しっかりと抱きしめる。
ややあって、顔を上げた。
「損害報告!!」
「右舷中央に直撃弾1ッ 高角砲1基、機銃2基損傷!!」
「左舷、艦首付近に直撃弾ッ 装甲貫通ッ 艦首区画に火災発生!!」
思った以上に損害が大きい。
水平爆撃は、ただ目標上空で爆弾を落とすだけなので、他の攻撃法と違って特殊な操縦技術は必要としない。
先に述べた通り、命中率は低いが、その分大型の爆弾でも実施可能な為、直撃を受けた際の損害は馬鹿にならなかった。
「損害復旧、及び消火急げ!!」
命じながら、エアルはそっとシャルンホルストを放す。
「大丈夫、シャル?」
「う、うん、何とか」
健気に答えるシャルンホルスト。
体調の悪さに加えて、敵の攻撃による痛みのフィードバック。
恐らく今のシャルンホルストは、気を失いそうなほどに苦しい筈。
それでも少女は、エアルに向かって笑顔を向けた。まるで、こんなものは何ともない、と言わんばかりに。
その笑顔に、自身も笑いながら頷きを返すエアル。
今はまだ戦闘中。気を抜いている暇はない。
見れば、空軍のメッサーシュミットが、「シャルンホルスト」に取り付こうとしていたハリファックスを追い立てている様子が見て取れる。
おかげでイギリス軍は「シャルンホルスト」攻撃どころではなくなっているらしい。
「今のうちに体勢を立て直すよ」
「うん」
頷きあう、エアルとシャルンホルスト。
上空では、尚も攻撃を続行しようとするイギリス空軍と、阻止せんとするドイツ空軍が至当を続け、眼下では「シャルンホルスト」が盛んに対空砲を撃ち上げていた。
2
北で「シャルンホルスト」が危機に陥っている頃、南では「グナイゼナウ」
の死闘が続いていた。
海上で対空砲火を吐き出しながら回避運動を続ける「グナイゼナウ」。
その上空を乱舞するイギリス軍の航空隊は、ドイツ巡戦に対し、未だに有効となる攻撃を行えないでいた。
雷撃機が海面付近まで降下して魚雷を放ち、急降下爆撃機は逆落としに迫って爆弾を投下する。
しかし、当たらない。
イギリス軍機の攻撃は、全て空しく空を切り、「グナイゼナウ」を捉えるに至らなかった。
「グナイゼナウ」の奮戦。
その最たる理由は、艦長のオスカー・バニッシュによる的確な操艦にあった。
オスカーはこれまで培ってきた経験をフルに生かし、圧倒的不利な状況下にあって奮闘を続けていた。
又、イギリス軍が部隊を小出しにして来た事も、オスカー達に幸いしていた。
これまでのところ、一度に襲ってきたイギリス軍機は6~8機程度。多くても10機強である。
その為、攻撃は散発的になり、「グナイゼナウ」は致命傷を避けて戦い続ける事が出来ていた。
もっとも、そのせいで攻撃は五月雨式となり、休むまも与えられずに敵と戦い続けている状態なのだが。
既に数回にわたる空襲を退けた「グナイゼナウ」だが、乗組員たちの疲労は蓄積しつつあった。
そして、
この日何度目かになる、敵機来襲を告げる報告がなされた。
「・・・・・・・・・・・・今度は、まずいか」
双眼鏡を下ろしながら、オスカーは苦い表情で呟く。
視界の先に映る敵機は30以上。これまでで最大の数である。
恐らくイギリス軍は、攻撃を的確によけ続ける「グナイゼナウ」に業を煮やし、一気に叩き潰すべく賭けに出たのだ。
折悪しく、今現在、「グナイゼナウ」の上空はがら空きになっている。
第1次攻撃時、「グナイゼナウ」上空を守ってくれた「グラーフ・ツェッペリン」航空隊も、燃料補給のために着艦を余儀なくされている。
つまり今、「グナイゼナウ」は、ほぼ丸腰に近い状態だった。
「ゼナ」
背後の椅子に座る少女に声を掛ける。
疲労感の強いグナイゼナウ。
今も俯いて、息を上げているのが分かる。
彼女だけではない。
今日1日で戦闘に参加した乗組員たちは、オスカーも含めて疲労を感じている。
しかし、
「だ、大丈夫よ」
グナイゼナウは、健気に笑って見せる。
「私は、まだ大丈夫。だからオスカー、遠慮しないでやって」
「・・・・・・・・・・・・分かった」
頷きを返すと、オスカーは前方に目を向ける。
もう、振り返らなかった。
彼女が「大丈夫」と言った以上、大丈夫。それは絶対だ。
「よし、やるぞッ」
オスカーの声と共に、
再び対空砲を振り上げる「グナイゼナウ」。
そこへ、イギリス軍機が突っ込んでくる。
ここまで全ての攻撃を空振りに終わらせた憎い相手。
小癪にも、自分達を小馬鹿にし続けるナチの戦艦。
と、イギリス軍の兵士達は思っていた。
最前までは。
しかし今は、
目の前にある強敵に対し、ある種の畏怖すら抱いていた。
殆ど孤立した状態で奮戦を続け、自分達の攻撃を一手に引き受けながら、それでいて未だに致命傷を負った様子もない「グナイゼナウ」。
ナチスの三流海軍、などと侮る事は出来ない。
相手は自分達と同じ、海の騎士。
ならば、最上の敬意をもって当たらねば失礼。
そもそも、本気を出さずして勝てる相手ではない。
イギリス軍は30ノットで航行しながら転舵する「グナイゼナウ」を包囲するように、遠巻きに旋回しながら、徐々に距離を詰めて来る。
対してオスカーは、まだ射撃命令を出さない。
敵は全て対空砲の射程圏外である為、発砲できないのだ。
オスカーも周囲を見渡しながら、射撃開始を告げるタイミングを計る。
次の瞬間、
「敵機直上ッ 急降下!!」
見張り員の報告。
上空では、翼を翻した機体が、「グナイゼナウ」めがけて、機首を真っ逆さまにして向かってくるのが見えた。
ブラックバーン・スクア急降下爆撃機。
イギリス海軍が正式採用している急降下爆撃機である。
全長10.8メート、全幅14.07メートル。最高速度363キロ。
搭載爆弾は224キロと、決して攻撃力は高くない。
しかし、唸りを上げて襲い掛かってくる様は、正に恐怖と言える。
対して、
オスカーも動じることなく対応する。
「機関全速、取り舵一杯ッ 対空戦闘、撃ち方始め!!」
左に回頭しながら、一斉に対空砲を撃ち上げる「グナイゼナウ」。
上空には砲弾が炸裂する黒煙が、点のように次々と描かれる。
しかし、
イギリス軍のパイロット達も、臆することなく急降下してくる。
左へと旋回する「グナイゼナウ」。
投下された爆弾は、巡洋戦艦の右舷側海面に落下、次々と水柱を突き上げる。
命中弾はない。
しかし、元より、この攻撃は牽制に過ぎない。
「グナイゼナウ」が艦首を振った先。
隊列を組んだソードフィッシュ雷撃機が迫ってくる。
4機が横一列に並び、まっすぐに向かってくる。
「取り舵続行!!」
更に艦首を左に振り、回避を試みる「グナイゼナウ」。
その艦に、炸裂した高角砲弾がソードフィッシュ1機を吹き飛ばす。
投下された魚雷。
その白い航跡は、「グナイゼナウ」の右舷側を駆け抜けていった。
攻撃を仕掛けるイギリス軍と、それを悉く回避する「グナイゼナウ」。
このままいけば、切り抜ける事が出来る。
夜まで粘れば、敵の攻撃は止む。
そうなれば、自分たちの勝ちだ。
誰もが、そう思い始めていた。
そう、
オスカーやグナイゼナウでさえも。
だが、今回はイギリス側も必死だった。
ここまで自分達と渡り合ったドイツ巡戦に敬意を表し、せめて一太刀なりとも浴びせんと、最後の攻撃を仕掛ける。
回避行動中の「グナイゼナウ」。その左舷側から迫る3機のアルバコア。
複葉の翼が、「グナイゼナウ」に魚雷を叩きこむべく、対空砲火に耐えながら迫ってくる。
「近づかせるなッ 左舷、対空火力強化!!」
「機関全速ッ 取り舵一杯!!」
「グナイゼナウ」左舷の対空砲が唸りを上げ、アルバコアの接近阻止に当たる。
放たれる魚雷。
同時に、機首を上げに掛かったアルバコア1機が、「グナイゼナウ」から放たれた砲弾のあおりを受け、吹き飛ばされて海面に突っ込む。
迫りくる魚雷。
対して左へ旋回して回避する「グナイゼナウ」。
果たして、
魚雷は「グナイゼナウ」の左舷側を駆け抜けていった。
「よしッ」
喝さいを上げるオスカー。
グナイゼナウも、ほっとしたように笑みを浮かべる。
タイミング的に見て、今のが最後の攻撃だったはず。これで自分達は生き残った。
そう、思ったのも無理からぬことだった。
「ソードフィッシュ2機ッ 右舷前方ッ 突っ込んでくる!!」
再び響く、見張り員の絶叫。
息をのむ、オスカー達。
「グナイゼナウ」はたった今、回頭を終えたばかりである為、すぐに回避運動は出来ない。
「右舷ッ 対空ッ 撃ち落とせ!!」
鋭く命じるオスカー。
右舷側の高角砲と機銃が火を吹き、敵機接近阻止に掛かる。
だが、既に遅かった。
投下される魚雷。
白い航跡を不気味に引きながら、海面下を疾走する様は、さながらどう猛な人食い鮫だ。
回避は、不可能。
「総員、衝撃に備えッ!!」
叫ぶと同時に、オスカーはグナイゼナウを抱えて蹲る。
次の瞬間、
足元から突き上げるような衝撃が襲ってきた。
3
鉄十字を描いた翼が、滑る様に飛行甲板に舞い降り、そして停止位置でピタリと止まる。
彼等もここ数カ月で、ずいぶんとうまくなったものだ。
「グラーフ・ツェッペリン」の艦橋で着艦の様子を見守りながら、ウォルフはそんな風に思った。
海軍の空母に空軍の機体とパイロットを乗せ、空母機動部隊を新設する。
やり方としてはかなり強引な手法である事は間違いないし、実際に多くの不具合も発生した。
しかし、その全てを海空双方の兵士達が協力し合い、乗り越えて来る事が出来たのだ。
今や空軍のパイロット達も、立派な「海の男」と言って良かった。
「それで、『グナイゼナウ』の様子は?」
問題は底だった。
イギリス軍の放った最後の攻撃により、魚雷を受けて損傷した「グナイゼナウ」。
損傷個所の応急修理を行うため、一時的に艦を海上に停止させていた。
その艦、「グラーフ・ツェッペリン」の戦闘機隊が上空直掩を行い、イギリス軍の追撃を警戒していたのだ。
「先ほど、バニッシュ大佐から連絡が入った。とりあえず応急修理は完了し、21ノットでの航行は可能だそうだ」
シュレスは先ほど、「グナイゼナウ」からの通信でもたらされた情報を伝える。
「グナイゼナウ」は右舷後部に魚雷1本を食らい、艦内に浸水を引き起こしていた。
応急修理と排水を同時に行って、どうにか被害は最小限に食い止めたものの、全速力で航行すればせっかく修理して補強した隔壁が破られかねない。
その為、速力を制限して航行しているのだ。
「既に『グナイゼナウ』はブレストへ向けて退避を始めている。一晩乗り切れば、後はどうにかなると思うのだが」
浸水で速力が落ちた「グナイゼナウ」は、イギリス軍にとって格好の獲物である。
夜間に空襲を受ける心配はないが、潜水艦や水上艦の襲撃は十分に考えられる。
いかに、それらの攻撃を切り抜け、「グナイゼナウ」をブレストに逃がすかがカギである。
だが、
「問題ないさ」
ウォルフは、シュレスの懸念に対し事もないとでも言いたいほどあっさりと言ってのけた。
訝るシュレス。
「どういう事だ?」
「手は打っておいた、と言う事だ。俺の思惑が当たれば、間もなくイギリス軍は、こちらにかまっている場合じゃなくなるだろう」
そう言うと、ウォルフはニヤリと笑うのだった。
一方、
「グナイゼナウ」損傷の情報は、「キングジョージ5世」のS部隊司令部にももたらされ、司令官であるディランを狂喜させていた。
電文を受け取るなり、ディランは文字通りに飛び上がって笑い声を立てる。
「見たかッ ナチス共ッ これこそが俺の力だッ これで、こざかしく逃げ回る事も出来なくなっただろう!!」
どうやら彼の中では「グナイゼナウ」への攻撃成功は、自分の手柄と言う事になっているらしい。
因みに、ここに至るまで、ディラン率いるS部隊はさしたる戦果も挙げていない。「グナイゼナウ」損傷にしても、別の部隊の手柄である。
それをさも、自分の手柄のように言うのは、おこがましいにも程があるだろう。
しかし、
生憎、そこのところを言及できる人間は、この場にはいなかった。
だが、そんな事はお構いなしに、ディランは意気揚々と命じる。
「さあッ 全速前進ッ 腐りきったナチスの戦艦に、俺自らがトドメを刺してやる!!」
機関の唸りが高まり、速力を増す「キングジョージ5世」。
まるでディランの狂喜が乗り移ったように、前へと進む。
だが、
破滅は突如として、足元から襲い掛かってきた。
突如、突き上げられる衝撃。
同時に、艦腹に巨大な水柱が立ち上る。
「お、おォォォォォォォォォォォォッ!?」
ディランの体は一瞬、空中に持ち上げられると、そのまま艦橋の床に思いっきり叩きおつけられた。
「閣下ッ」
驚異的なバランス感覚を発揮して転倒を免れたアルヴァンが、ディランを助け起こす。
老中佐に支えられながら、放心した様子であたりを見回すディラン。
「い、いったい、何が・・・・・・・・・・・・」
「魚雷です。どうやら、我々は敵Uボートの活動圏内に、知らずに足を踏み入れてしまったようです」
淡々と説明するアルヴァン。
この時、「キングジョージ5世」は右舷中央付近に2本の魚雷が命中。艦は浸水によって大きく傾きつつあった。
さすがは最新鋭戦艦だけあり、すぐに沈む兆候は見られない。
しかし、状況がかなり危険であることは、誰の目にも明らかだった。
「おのれッ ナチス共ッ またしてもこの俺をコケにするかッ!!」
怒りをあらわにしながら、周囲を睨みまわす。
「見張りは何をやっていたッ!? いや、それよりも役立たずの駆逐艦共はどうしたッ 居眠りでもしていたかッ!?」
周囲構わず当たり散らすディラン。
こうなるともう、手が付けられない。
誰が何と言おうが、本人が満足するまで罵声が止まる事はない事を、皆知っていた。
そもそも、予定にない前進を部隊に命じて、勢力圏内に飛び込むきっかけを作ったのはディランである。
要するに今回、「キングジョージ5世」が雷撃を食らう、そもそもの原因を作ったのはほかならぬディラン本人である。
しかし安定の忘却思考回路が働き、自分のミスについてはきれいさっぱり忘れ去られていた。
彼にとっては、いつだって悪いのは他人であり、ミスするのは他人であり、罪を償うべきは他人なのだ。
「クソッ クソッ クソクソクソッ どうして、どいつもこいつも役立たずなんだッ!? どうして、いつも俺の足を引っ張るッ!?」
喚き散らすディランを他所に、応急修理と潜水艦への警戒が行われる。
幸いにして、既に浸水は隔壁によって防ぎ留められていた。
命中箇所が水雷防御帯だった事が功を奏した。これなら、僅かな応急修理で本国まで戻れるだろう。
その時だった。
「閣下、これを」
「ああッ!?」
駆け寄ってきた通信士官に、不機嫌そうに振り返るディラン。
通信士官は怯みながらも、持ってきた電文を差し出す。
ひったくるように紙を受け取り、一読するディラン。
だが、
「な、何だとォッ!?」
そこに掛かれていた内容に、思わず絶叫した。
その頃、
海中に潜む黒々とした影は、英軍の爆雷攻撃を他所に、静かにその場を去ろうとしていた。
艦橋脇に猛牛のイラストが描かれたUボート。
ギリアム・プリーン中佐率いるU―47だ。
かつてスカパ・フローに大胆にも侵入して、戦艦「ロイヤル・オーク」を撃沈したエースUボート乗りは、今回も隙を突く形で、大物に魚雷を叩き込む事に成功していた。
海中に潜み、「キングジョージ5世」に雷撃を敢行した彼等は、戦果を確認する間も無くあわただしく急速潜航。
最大深度まで達すると、イギリス艦隊のソナー圏外まで逃れようとしていた。
「うまくいったわね」
水着の上からセーラー服の上だけを羽織った姿の
彼女達がイギリスS部隊の進路上に展開していたのは偶然だった。
待ち伏せしていると、たまたまイギリス艦隊を発見。十分に引き付けた上で雷撃を敢行したのだった。
結果、S部隊旗艦「キングジョージ5世」が損傷。
「グナイゼナウ」追撃を目指すイギリス艦隊にとって、痛恨ともいえる一太刀を浴びせる事に成功したのだ。
「まあもっとも、まさか敵の旗艦に当たるとは思わなかったがな」
「私も。だって、あんな無防備に突っ込んでくるんだもん。いったい何がしたかったのかしら?」
「さあな。指揮官がよほど、自分らの動きに自信があったのかもな」
揃って首をかしげる、ギリアムとシーナ。
まさか敵将が虚栄心に駆られ、艦隊を無防備に前進させた事までは、ギリアム達も考えが及ばなかった。
その時だった。
ヘッドホンを耳に当てていたソナー員が顔を上げ、ギリアムに振り返った。
「艦長。どうも、上(英艦隊)の様子が変です」
「変? 変って何だ?」
「はい。どうも、スクリュー音を聞く限り、敵は反転しているように思えます」
報告を聞き、ギリアムは訝る。
ここに来て反転?
まだ戦いは終わっていないのに?
「キングジョージ5世」の雷撃には成功したものの、戦力的には未だにイギリス艦隊が有利。しかも、ドイツ艦隊も「グナイゼナウ」が損傷して行き足を鈍らせている状態だ。
ここで追撃の手を緩める選択肢は、イギリス海軍にはないように思えるのだが。
しかし現実として、イギリス艦隊は反転を始めているのは事実だった。
駆逐艦が速力を上げて艦隊の前方に進出し、新たな潜水艦の襲撃に備える一方、戦艦や巡洋艦が続行する。
いったい、何が起きているのか?
ギリアムとシーナは、首をかしげる以外になかった。
その頃、
S部隊に所属する軽巡洋艦「ベルファスト」でも、他の艦に続いて艦を回頭させていた。
きっかけは、先ほど届いた、本国からの電文。
《敵航空部隊多数、ろんどんニ襲来。S部隊ハ直チニ帰投シ、本国ノ防衛ニ当タレ》
それが電文の内容だった。
「まさか、この時期に、敵の空軍が仕掛けて来るとはね。完全にやられた」
「どういう事?」
舌打ちするリオンに、ベルファストが首をかしげる。
リオンには読めていた。
これが全て、敵将の策であると。
ここのところ、バトル・オブ・ブリテンは完全に下火になり、時々、思い出したように敵の攻撃隊が少数飛来する程度にまで、頻度が落ち込んでいた。
しかし、このタイミングで仕掛けてきたと言う事は、間違いなくイギリス海軍の目を本土に引き付ける事が目的なのだ。
本国を空にしてまで、ブレストのドイツ艦隊を攻撃する事は出来ない。
本国はそうなれば、必ずやS部隊に帰還を命じる。
作戦参加部隊の中で最強の戦力を誇るS部隊が退却すれば、R部隊とH部隊も各個撃破を恐れて退却せざるを得ない。R部隊にせよH部隊にせよ、単独でブレスト攻撃を続行するには戦力が少なすぎる。
実質、S部隊さえ引かせれば、イギリス海軍は撤退せざるを得ない。
敵将は、そこまで読んでいたのだ。
「恐ろしいほどに巧妙な作戦だ。完全にしてやられた」
嘆息するリオン。
だが、最早どうにもならない。
本国を空にするわけにはいかないし、何より、実際問題として本国が攻撃を受けている現状、海軍の主力が防衛をすっぽかして、敵地攻撃を行っている場合ではない。
イギリス本国を目指して反転するS部隊各艦。
損傷した旗艦「キングジョージ5世」をかばう様に撤退していく様子は、どう考えても栄光あるロイヤルネイビーの姿ではない。
敗残の落ち武者を連想させる物があった。
一方その頃、
戦場から遥か遠く離れた、ドイツ首都ベルリン。
その総統官邸において、作戦経過を聞いた総統アドルフ・ヒトラーは、報告を聞くと満足そうに頷き受話器を置いた。
「これで良いのだな、ウォルフ」
その脳裏に浮かぶのは、今は前線にいる友の顔。
戦闘開始前の事だ。
ウォルフからブレストが襲撃を受けつつある事を告げられたヒトラー。
来襲した敵が、ドイツ海軍に比べてはるかに強大な事。
このままでは、ブレストも第1戦闘群も持ち堪えることが難しい事。
それらをヒトラーに伝えたうえで、ウォルフは自身の策を電話越しにヒトラーに披露した。
敵艦隊は強大だが、統制を取れているようには見えない。恐らくはバラバラの部隊が包囲網を形成し、それぞれの判断で攻撃を仕掛けようとしているのだ。
ならば、その連携を崩す事は、そう難しくない。
まずは第1戦闘群はブレストから出港し、最も敵の包囲網が手薄となっている南側の敵を抑える。
更には潜水艦隊司令部にもう要請し、敵艦隊に奇襲を仕掛ける。
勿論、それだけでは単なる時間稼ぎでしかない。いずれ、じり貧になる事は目に見えている。
そこで、ウォルフが目を付けたのは、フランス沿岸部に展開している空軍部隊だった。
一時的でもいいから敵の目を他に逸らす必要があると告げ、現在ではほとんど行わなくなっていた、空軍によるロンドン直接攻撃を提案してきた。
首都が攻撃を受けたとなれば、イギリス軍もブレスト攻撃どころではなくなるだろう。海軍にしたところで、警戒して本国へ引き上げるはず。
果たして、ウォルフの読み通り、イギリス艦隊は退却を開始。
ドイツ海軍は危うく窮地を脱する事に成功したのだった。
「全く・・・・・・」
椅子の背もたれに寄り掛かりながら、独裁者の口から苦笑が漏れる。
「必要とあらば、総統である余ですら、口先一つで動かすか。恐ろしい男だな、あいつも」
どこか楽しげに語るヒトラー。
こうして、イギリス海軍が企図したブレスト強襲作戦は、ドイツ軍が勝利する形で幕を閉じるのだった。
第36話「海空の決闘者」 終わり