蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

40 / 78
第39話「マイティ・フッド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ウェリントン・チャーチルは、海軍からの報告書を受け取ると、全ての予定をキャンセルして、すぐに王城へと向かった。

 

 事は急を要する。

 

 一刻も早く、王にこの事実を伝えなくては。

 

 英国にとって、まさに危急存亡の秋と言っても過言ではなかった。

 

 王城に入り、国王への緊急の面会を申し入れる。

 

 待たされる事暫し。

 

 ジリジリした苛立ちを募らせる中、ややあって王の私室へと通されると、案内役の兵士を押しのけるようにして、慌ただしく扉の中へと駆け込んだ。

 

 フレデリックも、腹心の急な来訪に、聊か面食らったのだろう。

 

 流石に豪胆をもって知られる国王も、チャーチルが入ってくるのを、首をかしげて眺めている。

 

「火急の用とは、穏やかではないな。如何した、チャーチル?」

「由々しき事態です、陛下。事は我が大英帝国の存亡にも関わります。まずは、こちらを」

 

 挨拶もそこそこに、チャーチルが差し出したのは数枚の写真。

 

 ノルウェーのフィヨルドあたりを写したと思われる、その写真を手に取ると、フレデリックは眉を顰めた。

 

「これは?」

「問題は、真ん中らへんに映っている物です」

 

 チャーチルが指摘した通り、狭いフィヨルドの中央付近に、2隻の軍艦が停泊しているのが見える。

 

 形状からして、ドイツの艦だと言う事は判るが。

 

「ノルウェーを偵察した機体が持ち帰りました。1隻は、ヒッパー級重巡洋艦。恐らくは、ドイツ本国に留まっていた『オイゲン』でしょう」

「ふむ」

 

 チャーチルの言葉を聞きながら、写真をつぶさに眺めるフレデリック。

 

 ややあって顔を上げると、忠実なる首相に視線を合わせる。

 

「口ぶりから察するに、問題はもう1隻の方か」

「はい」

 

 神妙な面持ちで、頷くチャーチル。

 

「ドイツ海軍が建造した最新鋭戦艦『ビスマルク』と思われます。数日前、旧ポーランドのグディニャ(ゴーテンハーフェン)から姿を消したと報告があり、海軍に警戒させていましたが、その警戒網にようやく引っ掛かりましたわい」

 

 やれやれとばかりに嘆息するチャーチル。

 

 危ない所だった。

 

 もし、あのまま見失っていたら、次に「ビスマルク」が姿を現した時、イギリスにどのような損害をもたらすか、分かった物ではなかった。

 

「成程な、こいつがヒトラーの新しい玩具、と言う訳だ」

 

 そう言って、薄く笑うフレデリック。

 

 まったく、彼の独裁者と言う人種は、次から次と、新しい遊び道具を欲しがるものらしい。

 

 度し難い物ではあるが、その存在が実際にイギリスに脅威を与え続けているのだから、事態は深刻である。

 

「海軍へは?」

「既に、警戒を強化するように命じてあります。トーヴィ提督は、稼働全戦力をもって警戒に当たると言っておりました」

 

 それで良い。

 

 情報によれば「ビスマルク」は、攻防走の3拍子揃った強力な高速戦艦。イギリス軍のどの戦艦よりも高い戦闘力を誇っている。少数の戦力では返り討ちに遭うのは目に見えていた。

 

 それにしても、

 

「ビスマルク、か・・・・・・彼女は一体、どんな姿をしているのかね」

 

 言いながら、ニヤニヤと笑うフレデリック。

 

 彼女、とはそのまま額面通りの意味だろう、とチャーチルは思った。

 

 要するに、艦娘のビスマルクの姿を想像して、悦に浸っているのだ。

 

 と、そこでフレデリックは、笑みを浮かべながら顔を上げた。

 

「そうだ、チャーチル。良い事を思い付いたぞ」

「ハッ 良い事、ですかな?」

 

 首を傾げつつも、チャーチルは内心で理解していた。

 

 恐らく、この陛下の考える事だ。なかなかえげつない事だろう。

 

「ヒトラーがせっかく用意してくれた玩具だ。ここはひとつ、盛大な余興を楽しませてもらおうじゃないか」

 

 そう言うとフレデリックは、口の端を釣り上げて笑うのだった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 ノルウェーのベルゲン港を慌ただしく出港した「ビスマルク」「プリンツ・オイゲン」から成るドイツ海軍第2戦闘群は、進路を西に取って航行していた。

 

 とにかく、急ぐ必要があった。

 

 イギリス軍が警戒網を完成させてしまえば、大西洋進出は不可能となり、その時点でライン演習作戦は失敗となる。

 

 第2戦闘群は何としても、イギリス軍の態勢が整う前にデンマーク海峡を突破して大西洋に出る必要があった。

 

 幸い、北海の天候は荒れており、視界は良好とは言い難い。

 

 隠れて航行する側としては、好都合である。

 

 第2戦闘群出港と時を同じくして、南のブレストでは空母「グラーフ・ツェッペリン」が南大西洋に向けて出撃し、早くも通商破壊戦に入っている。

 

 多少のトラブルはあれど、作戦自体は順調に進んでいると言える。

 

 後は「ビスマルク」が無事に北海を抜ける事が出来れば問題は無いのだが。

 

「このままの天候が続いてくれれば良いのだが」

 

 ビスマルクが、艦橋の外から海面を眺めて呟いた。

 

 外は現在、北海特有の荒天に見舞われ、雲は低く垂れこめている。

 

 加えて、波も荒く、4万1000トンの巨体が、前後に激しく揺れていた。

 

「オイゲンは、大丈夫だろうか?」

 

 自身の後方から付き従う、「プリンツ・オイゲン」を気遣う。

 

 北海の波は荒い。

 

 季節によっては、小型艦などは航行を控えなければならない時もある程である。

 

 重巡である「プリンツ・オイゲン」は、「ビスマルク」以上に、波の影響を受けているだろう。

 

「大丈夫だ」

 

 リンデマン艦長が、諭すようにやさしく声を掛ける。

 

「『オイゲン』は早く竣工した分、ベテランの乗組員が多数乗っている。彼等なら、この波でも本艦に遅れずについて来てくれるさ」

「それに今、速力を落とすわけにもいかん。少なくともデンマーク海峡を抜けるまでは、このスピードを維持する必要がある」

 

 リュッチェンスの言葉に、ビスマルクも頷きを返す。

 

 余計な戦闘を避ける意味では、確かにスピードを落とすのは得策ではない。

 

 このまま、何事もなく言ってくれれば。

 

 その想いが、第2戦闘群全員に共有される。

 

 

 

 

 

 だが、

 

 

 

 

 

 ドイツ側の想いを、天が汲み取る事は無かった。

 

 「ビスマルク」より後続する形で航行していた「プリンツ・オイゲン」から、緊急信が舞い込んできたのは5月21日夕刻の事だった。

 

 通信士官は、リンデマン艦長に通信文を渡すと、リンデマンはそれを素早く一読。次いで、前方を注視しているリュッチェンスに手渡した。

 

「『水上れーだーニ感アリ、左舷後方ヨリ接近スル艦影ヲ認ム』だと」

 

 直ちに見張りを強化。

 

 程なく、報告がもたらされる。

 

「左舷120度より接近する艦影2ッ!! ケント級、もしくはロンドン級と思われます!!」

 

 その報告に舌打ちする、リュッチェンス。

 

 恐れていた事態が、ついに起きてしまった。

 

 この時、第2戦闘群に接近してきたのは、ケント級重巡洋艦の「サフォーク」、及びロンドン級重巡洋艦の「ノーフォーク」であった。

 

 ドイツ艦隊出撃の報告を受け、イギリス本国艦隊司令官ジャン・トーヴィ大将は、北海周辺の監視網強化を命じていた。

 

 とは言え、広い北海全てに対し、短時間のうちに索敵網を張り巡らせるのは不可能に近い。

 

 2重巡が第2戦闘群を補足できたのは、全くの僥倖と言って良かった。

 

「見つかったか」

 

 臍を噛む想いで呟くビスマルク。

 

 これで、第2戦闘群は、厳しい選択を迫られる事になった。

 

 すなわち、包囲網突破の可能性に賭けて作戦を続行するか、それとも作戦を中止して引き返すか。

 

 皆がリュッチェンスに注目を向ける。

 

 皆の中止を受けながら、暫しの間沈思するリュッチェンス。

 

 征くのか、引き返すのか。

 

 誰もが固唾をのんで見守る中、

 

「・・・・・・・・・・・・砲撃準備だ、艦長」

 

 その言葉に、その場にいた全員が笑みを浮かべる。

 

 撤退なら、砲撃の必要はない。ただ針路を北に取り直せばいいだけの事。

 

 ここで砲撃すると言う事は、すなわち敵の触接を払い、作戦を続行する事を意味していた。

 

「主砲、左砲戦用意ッ!!」

 

 直ちに、リンデマンが命令を発する。

 

「目標、右舷後方、接近中の敵巡洋艦ッ!!」

「アントン、ブルーノ、ツェーザル、ドーラ!! 1番2番、全門、徹甲弾装填!!」

 

 緩やかに左に旋回しながら、主砲の射角を確保する「ビスマルク」

 

 4基の連装38センチ砲は左舷後方を指向する。

 

 イギリス側も、「ビスマルク」が戦闘態勢に入った事を察知したのだろう。取り舵に転舵して、距離を置こうとしているのが見えた。

 

 ビスマルク本人も、自身の席に座って目を閉じる。

 

 彼女にとって初の実戦。集中し、全ての能力を十全に発揮できるように整える。

 

 照準を完了する「ビスマルク」。

 

 次の瞬間、

 

「撃ち方始め!!」

 

 リンデマンの命令。

 

 同時に、

 

 8門の47口径38センチ砲が一斉に火を吹いた。

 

 飛翔する砲弾。

 

 泡を食ったように、逃げていく、2隻のイギリス重巡。

 

 残念ながら、距離もあった事もあり、「ビスマルク」の砲弾は目標とした「サフォーク」を捉える事は出来なかった。

 

 しかし、効果はあった。

 

 「ビスマルク」の突然の攻撃に恐れをなし、2隻の重巡は距離を取り始めたのだ。

 

 元より、命中を期待しての砲撃ではない。追い払う事が目的である以上、これで十分だった。

 

 退避を始めた「ノーフォーク」「サフォーク」を確認すると、リュッチェンスは満足そうに頷いた。

 

「砲撃やめ。直ちに予定進路に復帰せよ」

「了解、砲撃やめ!!」

 

 命令に従い、「ビスマルク」は砲撃を中止。

 

 同時に進路を元に戻すべく、緩やかに右へと旋回。

 

 後続する「プリンツ・オイゲン」も、旗艦に従う。

 

「念のため、暫くは第2戦闘配備のまま警戒を続行します」

「うむ」

 

 触接された以上、敵が再び現れる事は十分に考えられる。

 

 暫くは油断できなかった。

 

 第2戦闘配備への移行を命令した後、リンデマンはビスマルクに振り返った。

 

「どうだ、初めての実戦は?」

「緊張した・・・・・・・・・・・・」

 

 大きく息を吐きながら答えるビスマルクの顔は、どこか青ざめているようにも見える。

 

 相手は格下の巡洋艦。

 

 本来であるなら最強戦艦である「ビスマルク」の圧勝は間違いない。

 

 しかし、初めての戦いに当たり、緊張しない者などいない。それは艦娘であっても同じ事だった。

 

 そんなビスマルクに、微笑みかけるリンデマン。

 

「その緊張を乗り越えられれば本物だ。次はもっとうまくやれるだろうよ」

 

 これまで色々な感に乗り、多くの艦娘と接してきたリンデマン。

 

 その言葉には、不思議な重みと説得力があった。

 

「次も、頼りにしているぞ」

「ああ、任せてくれ」

 

 笑顔を交わす、リンデマンとビスマルク。

 

 だがこの時、

 

 ビスマルクの身に、深刻な異変が起こっていた。

 

 それについての報告が暫くしてなされた時、リンデマンは険しい表情を作った。

 

「艦長、どうした?」

「少々、まずい事になった」

 

 実は先ほどの主砲発射時の事だった。

 

 38センチ砲8門にによる全門斉射。それによって起こる衝撃の計算が、建造時よりも大きかったのだ。

 

 その為、事もあろうに、「ビスマルク」前部艦橋の頂部に設置された前方警戒用のレーダーが、主砲発射の衝撃で故障してしまったのだ。

 

 この時代、エレクトロニクス分野は未発達である。

 

 それは科学技術的に進歩していると言われている、ドイツ、イギリス、アメリカにおいても例外ではなく、こうしたちょっとした事での、電子機器の故障は珍しくなかった。

 

 とは言え、これで「ビスマルク」は、前方警戒が弱体化してしまった事になる。

 

 デンマーク海峡を抜けるまでは、まだ時間がかかる事を考えれば、これは由々しき事態だった。

 

 事態を受けて、リュッチェンスが動いた。

 

「『プリンツ・オイゲン』に信号。《我、れーだー故障、前方ノ警戒ニ当タレ》」

 

 前部レーダーが使えない以上、「プリンツ・オイゲン」に「目」の役割を果たしてもらう必要があった。

 

 

 

 

 

 命令は直ちに実行された。

 

 速力を上げて「ビスマルク」の前へと出る「プリンツ・オイゲン」。

 

 重巡洋艦の左舷側を、巨大戦艦が後方に移動していくのが見えた。

 

 巡洋艦の艦橋では、艦娘のオイゲンが、その様子を心配そうに眺めている。

 

「大丈夫でしょうか?」

「なに、心配ないさ」

 

 答えたのは、彼女の艦長である。

 

「壊れたのはレーダーだ。確かに痛いが、致命傷じゃない。その分、我々が警戒を厳にすれば問題はないだろう」

「そうですね」

 

 艦長に笑顔を返しながら、尚も「ビスマルク」を見続けるオイゲン。

 

 と、

 

 「ビスマルク」艦橋に立つ、髪の長い女性がこちらに気付き、手を振っているのが見える。

 

 どうやら「安心しろ」と言う意味のようだ。

 

 対して、オイゲンもまた、彼女に対して手を振り返すのだった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 翌22日と23日は、何事もなく過ぎていった。

 

 ドイツ海軍第2戦闘群は、警戒しつつもデンマーク海峡侵入に成功。速力を上げて海峡突破を目指す。

 

 一方のイギリス海軍は、第2戦闘群への触接保持に躍起になっていた。

 

 最初に「ビスマルク」を発見した、「ノーフォーク」「サフォーク」に追尾を命令する一方、有力な水上砲戦部隊を派遣する。

 

 そして24日早朝。

 

 両軍はついに、激突の時を迎えた。

 

 

 

 

 

 「プリンツ・オイゲン」から受けたレーダー観測の報告を受け、「ビスマルク」艦橋は、俄かに緊張感を増していた。

 

 南より接近する艦影が2。第2戦闘群の進路を塞ぐように展開しているとの事。

 

 無論、味方ではありえない。

 

 直ちに第1戦闘配備が発令される中、リュッチェンス、リンデマン、ビスマルクの3人が、そろって双眼鏡を向ける。

 

 水平線の彼方。

 

 微かに見える黒い点が、徐々に大きくなると同時に、徐々にシルエットもはっきりと見えるようになってきた。

 

 1隻は古くからのイギリス艦の特徴である三脚艦橋を有しているのに対し、もう1隻は重厚な箱型の艦橋をしている。

 

「1隻は『フッド』だ。間違いない」

「『フッド』だってッ!?」

 

 驚きの声を上げるビスマルク。

 

 巡洋戦艦「フッド」と言えば、イギリス海軍の象徴的な艦である。

 

 第1次世界大戦後に建造されたこの巡洋戦艦は、その規模から、「ビスマルク」完成までは世界最大の軍艦であり、また、優美な外見はイギリスのみならず、世界中の軍艦ファンを魅了した。

 

 「世界で最も大きく、最も美しい戦艦」と呼ばれ、「マイティ・フッド」と言う愛称で親しまれている。

 

 その人気は、ビッグセブンである「ネルソン」「ロドネイ」を上回る程だった。

 

 とは言え、「フッド」は艦齢20年以上経過した老齢艦である。「ビスマルク」の相手をするには、聊か役者不足である事は否めない。

 

 加えて万が一、喪失した際の精神的ダメージは、R級やクイーンエリザベス級の比ではない。

 

 そのような艦まで迎撃に差し向ける当たり、イギリスの本気が伺えると言う物だった。

 

 敵は第2戦闘群の進路を塞ぐように航行している。

 

 交戦は不可避だった。

 

「総員第1戦闘配備、対水上戦闘用意!!」

 

 叫ぶリュッチェンス。

 

 この期に及んで、戦闘回避は不可能。ならば後は力づくで突破するしかない。

 

 その為の「ビスマルク」だった。

 

「主砲、左砲戦、弾種、徹甲!!」

 

 「ビスマルク」の主砲が左に旋回し、照準が定められる。

 

 ビスマルクと目を合わせるリンデマン。

 

 互いに頷く、艦長と艦娘。

 

「提督」

「うむ」

 

 リンデマンの言葉を受け、リュッチェンスはまっすぐに右手を振り上げる。

 

 静かな双眸が、彼方から迫るイギリス戦艦を睨む。

 

 次の瞬間、

 

「撃ち方始め!!」

 

 勢いよく。右腕が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 接近するイギリス艦隊でも、ドイツ艦隊の姿は捉えていた。

 

 ドイツ側が睨んだ通り、迎撃に現れた2隻の内、1隻は巡洋戦艦「フッド」だった。

 

 常備排水量4万2000トン、全長262メートル、全幅28メートル、最高速度29ノット。

 

 主砲は42口径38.1センチ砲、連装4基8門。

 

 先に説明した通り、「ビスマルク」完成までは、世界最大の軍艦であった。

 

 細く優美な船体と、それに対照するように高い三脚艦橋、均等に配置された上部構造物は一個の美を集約しており、その姿から「世界一美しい軍艦」と呼ばれるのも頷ける。

 

 先のブレスト沖海戦ではH部隊の旗艦として参加していたが、その後、英本国へと帰還していた。

 

 本来ならドック入りして整備を受けるところ、今回の「ビスマルク」出撃の報告を受け、駆り出される形で出撃してきた「フッド」。

 

 その「フッド」を指揮するのは、ランス・ホランド中将。

 

 ホランドはトーヴィの命を受け、「ビスマルク」迎撃の為に出撃してきたが、「ノーフォーク」「サフォーク」の情報を受け、「ビスマルク」がデンマーク海峡を通過すると確信し待ち伏せしていたのだ。

 

 果たして、彼の判断は正しかった。

 

 水平線上から姿を現した2隻は、間違いなくドイツ艦である。

 

「さて、先回りする事には成功したが、果たして、奴を止め得るかどうか」

 

 双眼鏡を下ろしながら、緊張した面持ちで呟くホランド。

 

 彼は自分が指揮する艦の事を、よく理解していた。

 

 「フッド」は速力が早く、砲撃力も38.1センチ砲8門と、「ビスマルク」と戦うのに不足はない性能を持っているように思える。

 

 しかし、巡洋戦艦の特徴として防御力が低く、特にユトランド沖海戦で3巡戦爆沈の要因ともなった水平防御の薄さは健在である。何度か改装しようと言う動きはあったのだが、そのたびに見送られ、「フッド」の低防御力は、建造時からそのまま手付かずで残っている。

 

 更に、建造から21年が経過し、老朽化が始まっている事もマイナス要因である。様々な、目に見えない部分にガタが来ている事は否めなかった。

 

「問題ありません」

 

 穏やかな声が、ホランドの思考を遮るように告げられる。

 

 振り返るホランド。

 

 その視線の先には、たおやかな印象で椅子に腰かける1人の女性の姿がある。

 

 彼女こそ、この「フッド」の艦娘である。

 

 戦艦と言うよりも、どこか深窓の令嬢めいた印象があり、いっそ艦橋ではなく、教会あたりでシスターでもやっていそうな雰囲気だった。

 

「フッド・・・・・・」

「相手が誰であろうと、わたくしは勇敢に戦って見せます。どうかご安心を、提督」

 

 そう言って、柔らかく微笑みかける。

 

「なぜなら、わたくしは『マイティ・フッド』。全イギリス国民の希望であり象徴。このわたくしが倒れる時は、イギリスその物が倒れる時に他なりません」

 

 そう告げる彼女の目には、不退転の決意が籠っているのが分かる。

 

 彼女は見た目通りの、ただの少女ではない。

 

 彼女もまた、祖国を、そこに暮らす人々を守る為に戦う勇者なのだ。

 

「しかし、懸念もあります」

 

 一転して、憂いを込めた言葉で告げるフッド。

 

 その視線は、自身の背後へと向けられた。

 

 それで察したように、ホランドも頷く。

 

「彼女の事か?」

「はい」

 

 「フッド」の後方。

 

 彼女に付き従う様にして航行しているのは、「フッド」とは逆に、真新しいペンキの匂いも乾かない新造艦だった。

 

 キングジョージ5世級戦艦、2番艦「プリンス・オブ・ウェールズ」。

 

 彼女は先頃完成したばかりの、まっさらな最新鋭戦艦である。

 

 しかも、乗組員の完熟訓練も終わっていない。そればかりか、主砲に不具合が生じた為、その調整の為に工員まで乗せている。今回は下ろしている暇もなかった為、工員を乗せたまま出撃してきていた。

 

 純粋な戦力として数えるには難があるが、そのような艦まで引っ張り出さなくてはならない程、現状は危機的だった。

 

「わたくしが、彼女の分も戦います」

 

 決意も新たに、フッドが告げる。

 

 「プリンス・オブ・ウェールズ」が戦いに不慣れなら、その分を自分達が補えばいい。

 

 自分達はイギリスの象徴。その為に、ここに来たのだから。

 

 その時、砲撃準備完了の報告がホランドの下へともたらされる。

 

 現在、ドイツ、イギリス両艦隊ともに、進路を西に向けて同航戦の構えを見せている。

 

 報告では、ドイツ艦隊は戦艦、重巡各1隻。

 

 対してイギリス海軍は、戦艦、巡戦各1隻。

 

 火力ではイギリス海軍の方が勝っている。

 

「本艦目標、敵1番艦!! 『プリンス・オブ・ウェールズ』に通達。『目標を2番艦とせよ』!!」

 

 艦隊戦のセオリーとして、旗艦が1番艦を務め、艦隊を先導するのが常である。

 

 旧式だが砲撃力に勝る「フッド」が「ビスマルク」の相手をし、砲口径が小さく、乗組員の練度も低い「プリンス・オブ・ウェールズ」に、格下の「プリンツ・オイゲン」を叩かせる。

 

 それが、ホランドの作戦だった。

 

 互いに向けられる砲門。

 

 両者の視線が交錯した。

 

 次の瞬間、

 

「敵戦艦、発砲を確認!!」

 

 もたらされた報告と同時に、ホランドは目を見開いた。

 

「撃ち方始めッ!!」

 

 次の瞬間、「フッド」の8門の38.1センチ砲が火を吹く。

 

 やや遅れて、「プリンス・オブ・ウェールズ」の36センチ砲も発射された。

 

 空中で交錯する、互いの砲弾。

 

 ややあって、両者ともに着弾する。

 

 突き上げられる水柱。

 

 命中弾は無し。

 

 瀑布は滝のように崩れ落ちながら、「フッド」は、林立する水柱の間を高速で駆け抜ける。

 

 遅れまいとして追随する「プリンス・オブ・ウェールズ」。

 

「第2射、準備完了!!」

 

 報告がなされた時、ドイツ艦隊が先んじて第2射を放つのが見えた。

 

 水平線に浮かぶ閃光。

 

 ほぼ同時に、艦長が射撃を命じる。

 

 だが、

 

 今度も命中弾はない。

 

 「フッド」の放った砲弾は、敵1番艦の周囲に落下、派手に水柱を突き上げた。

 

 距離は未だに2万以上ある。

 

 その為、両者ともに有効な照準データが得られないのだ。

 

 だが、

 

 それから更に、数斉射を繰り返した時だった。

 

 敵の放った砲弾が、「フッド」のすぐ右舷側に落下。

 

 派手に突き上げられた奔流は、そのまま甲板に崩れ落ち、「世界一美しい巡洋戦艦」をずぶ濡れにする。

 

「今のは近かったな。次は当てて来るぞッ 照準修正急げ!!」

 

 「フッド」の砲撃は、未だに敵1番艦に有効弾を得られていない。相手の操艦がよほど巧みなのか。

 

 だが、

 

 今の弾着を見て、険しい表情をしている者がいた。

 

 フッドである。

 

 彼女は先ほどから、自分に向けて放たれた砲撃を観察し、ある種の違和感を感じていた。

 

 何かが違う。

 

 何かがおかしい。

 

 そう、思わざるを得ない。

 

 正体の分からない不気味さ。

 

 その正体が、

 

 次の瞬間、確信に変わった。

 

「違うッ!!」

 

 突然、叫ぶフッド。

 

 ホランドを初め、艦橋にいた一同が驚いて振り返る中、フッドは血相を変えて叫ぶ。

 

「違います、提督!!」

「な、何がだ?」

 

 戸惑うホランドに、フッドは血相を変えて詰め寄る。

 

「敵の1番艦は『ビスマルク』じゃありませんッ あれは『オイゲン』ですッ!!」

「馬鹿なッ そんな筈は・・・・・・・・・・・・」

「間違いありませんッ 1番艦と2番艦とでは、砲弾の水柱の大きさが全く違います。2番艦の砲撃の方が強力ですッ!!」

 

 フッドの指摘は完全に正しかった。

 

 3日前の「ノーフォーク」「サフォーク」との遭遇戦においてレーダーが故障し、前部の警戒が出来なくなっていた「ビスマルク」は、「プリンツ・オイゲン」と位置を入れ替え、そのまま砲戦に突入していた。

 

 つまり、ドイツ第2戦闘群の隊列は、1番艦が「プリンツ・オイゲン」、2番艦が「ビスマルク」だったのだ。

 

 言われて、慌てて双眼鏡を構え直すホランド。

 

 1番艦と2番艦を見比べてみる。

 

 しかし、分からない。

 

 実はドイツの艦艇は、砲撃戦時に相手に誤認させやすいよう、わざと艦橋や砲塔などを、似たようなデザインにしているのだ。

 

 特にビスマルク級戦艦とアドミラル・ヒッパー級重巡洋艦は、砲塔配置まで同じである為、遠目での判別は、ベテランの見張り員でも困難である。

 

 しかしアドミラル・ヒッパー級は、重巡洋艦としては大型だが、それでも大型戦艦に比べると一回り小さい。

 

 そのわずかなサイズ差が、「フッド」の照準を狂わせていたのだ。

 

「本艦目標変更、敵2番艦!! 急げ!!」

 

 ただちに対応すべく、命令を発するホランド。

 

 これは、致命的な失策である。まさか、戦艦と重巡を取り違えていた、などと。

 

 「フッド」が間違えて「プリンツ・オイゲン」を砲撃している間に、当然ながら「ビスマルク」は十分に照準データを蓄積している。

 

 このままでは、「フッド」が先に命中弾を浴びてしまう。

 

「面舵30度ッ!!」

 

 ホランドは決断する。

 

 このままでは負ける可能性がある。

 

 現状を打破する為には、大胆な手段に出る必要があった。

 

「我が艦隊はこれより、ドイツ艦隊に対して接近砲戦を試みる!!」

 

 一刻も早く照準を修正し直すには、距離を詰めるしかない。

 

 そう判断して、転舵を命じるホランド。

 

 まず「フッド」が右に回頭し、続いて「プリンス・オブ・ウェールズ」も後続する。

 

 だが、

 

 このタイミングでの接近は悪手だった。

 

 距離を詰めるべく転舵した事で、後続する「プリンス・オブ・ウェールズ」は、先行する「フッド」の陰に隠れる形になってしまい、一時的に砲撃を中止せざるを得なくなってしまったのだ。

 

 砲撃を続行する「フッド」の後方で、射撃を停止せざるを得なくなる「プリンス・オブ・ウェールズ」。

 

 火力が半減するイギリス艦隊。

 

 その隙を、

 

 ドイツ艦隊は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

「気付いたか、だが、遅かったな」

 

 ニヤリと笑うリンデマン。

 

 敵がこちらの入れ替えトリックに気付き、砲戦距離を修正しようとしている事を見抜く。

 

 だが、時すでに遅し。

 

 「ビスマルク」は既に、センチ単位で「フッド」を補足していると言っても過言ではない。多少、進路を変更した程度では、逃れられる物ではなかった。

 

「撃てッ!!」

 

 リンデマンの鋭い号令。

 

 同時に、8門の38センチ砲が一斉に火を吹いた。

 

 

 

 

 

 砲弾が風を切る、独特の鋭い音が接近してくる。

 

 これまでとは、明らかに違う気配。

 

 ホランドは目を見開く。

 

「当たるぞッ 総員、衝撃に備えろ!!」

 

 振り返って叫んだ瞬間、

 

 「フッド」の後部から、衝撃と共に何かが壊れる音が聞こえてきた。

 

 敵弾が命中したのは明らかだった。

 

「損害報告ッ!!」

 

 叫ぶホランド。

 

 だが、

 

「これ・・・・・・は・・・・・・・・・・・・」

 

 自身の脇腹を押さえ、苦しそうにつぶやくフッド。

 

 それに対して何かを尋ねようとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全てが、閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第39話「マイティ・フッド」      終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。