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北アフリカ戦線の状況は、まさに一進一退の様相を呈していた。
ロンメル将軍率いるドイツ・アフリカ軍団を主力とした枢軸軍は、巧みな戦術を駆使し、砂漠の戦いでイギリス軍を翻弄していた。
一時はイギリス軍の最重要拠点トブルクを包囲するところまで戦線を優位に進めた。
しかし1941年11月、イギリス軍も「クルセイダー作戦」を発動し反撃に出た。
トブルク救援の為、10万の兵力と、戦車700両、航空機600機をもって、枢軸軍に攻撃を仕掛けるイギリス軍。
対して枢軸軍は、兵力では互角だが、戦車と航空機の量はイギリス軍の半分しかなかった。
それでもロンメルは積極的な攻勢を行い、一時は突出してきたイギリス軍を包囲寸前までいったものの、呼応するはずだったイタリア軍が現れずに敗退。
トブルク包囲網を放棄して、後方のエル・アゲイラまで後退し、そこで態勢を立て直す事となる。
一方、トブルク救出に成功したイギリス軍は、余勢を駆って、後退する枢軸軍を追撃する態勢を取る。
守勢に入った枢軸軍と、攻勢をかけるイギリス軍。
しかし枢軸軍も、ドイツ・アフリカ軍団を中心に戦線の立て直しを図っている。
北アフリカ戦線は尚も、予断の許されない状況が続いていた。
そのような状況の中で1941年12月12日。ドイツ海軍は、イギリス本土から大規模な輸送船団が護衛を伴って出港しつつある事を察知した。
輸送船の数だけで30隻以上となる大部隊である。
明らかに北アフリカへの増援と物資を満載していると思われる。
この船団が北アフリカに到着し、現地のイギリス軍が強化されれば、いかに名将ロンメルと言えども抗する事は難しくなる。
事態を憂慮したドイツ海軍は、ブレスト駐留の艦艇を集結させ、第1艦隊を編成。船団攻撃を行うべき出撃させた。
総指揮官は第1戦闘群司令官のウォルフ・アレイザー中将。
以下が、その編成となる。
〇 ドイツ海軍第1艦隊
巡洋戦艦「シャルンホルスト」(総旗艦)「グナイゼナウ」
航空母艦「グラーフ・ツェッペリン」
重巡洋艦「プリンツ・オイゲン」
駆逐艦10隻。
巡洋戦艦2隻、航空母艦1隻、重巡洋艦1隻、駆逐艦10隻。
これに、ブレストに駐留していたUボート8隻も、支援戦力として加わる。
現状、ドイツ海軍が出撃させ得る戦力としては最大限の数字と言って良いだろう。
他にも重巡洋艦「アドミラル・ヒッパー」、装甲艦「ドイッチュラント」「アドミラル・シェア」等がいるが、それらはドイツ本国に帰還してしまっている為、第1艦隊との合流は不可能と判断され、作戦参加は見送られている。
もっとも、
本来ならここにもう1隻、戦艦が加わった筈であることを考えれば、聊かの寂寥感を禁じ得ないが。
しかし、久しぶりとなる大艦隊の出撃に、誰もが高揚感を禁じ得なかった。
今回、ウォルフは自らの将旗を、それまでの「グラーフ・ツェッペリン」ではなく、巡洋戦艦である「シャルンホルスト」へ変更していた。
水上戦闘がメインとなる可能性を考慮しての旗艦変更だった。
ブレストを出航したドイツ海軍第1艦隊は、進路を南西に取って航行している。
ポーツマスを出航したイギリス艦隊が、そのままジブラルタルを目指すとすれば、必ずブルターニュ半島の沖合を通過する。
勿論、もっと大西洋の中央付近を通る航路もあるだろうが、大規模な船団であればあるほど、あまり複雑な航路は取れなくなる。航行距離が長くなれば、様々なトラブルが起こる可能性が高まるからだ。
故にイギリス艦隊は最短ルートを通ってジブラルタルへ向かうはず。と言うのが、ウォルフの読みである。
そこを狙って襲撃を仕掛けるのだ。
ウォルフは艦隊を「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」「プリンツ・オイゲン」を中心とした第1群、「グラーフ・ツェッペリン」を中心とした第2群に分けて航行している。
その第1群の中心に旗艦「シャルンホルスト」がいた。
ライン演習作戦から8カ月。
既に損傷個所の修理は完了している。
被弾して大穴が開いていた艦首部分は完全に塞がれ、新しく装甲が張られている。
不調続きだった機関も、高圧缶に高い技術力を持つフランス人技師が率先して協力してくれた事もあり、過去に見ない程の快調ぶりだった。
ドイツ艦隊の中心となって航行する「シャルンホルスト」。
その防空指揮所に、少女の姿があった。
シャルンホルストは、進路をまっすぐに見据えてたたずんでいる。
吹き付ける海風が、少女の髪とスカートを揺らしていた。
そんな少女の背後から、エアルが近づく。
足音で気付いたのだろう。シャルンホルストは振り返った
「まったく・・・・・・」
やれやれと言った感じに、エアルは嘆息しながらシャルンホルストの横に並ぶ。
疲れ切った表情に、潮風が心地よく流れていくのが分かる。
「無駄に疲れるね、親が上官で、しかもそれが同じ船に乗っているとなれば」
「アハ、おにーさん、お疲れ様」
苦笑するシャルンホルスト。
ウォルフが旗艦に「シャルンホルスト」を選んだことで、エアルが無駄な気苦労を抱えている事には気付いていた。
無論、ウォルフは艦の運用に対し細かく口出ししてくるタイプではない。どちらかと言えば、大局的な指示を出したのちは、必要以上にしゃべる事の少ない、言わば「下の人間」にとっては、やりやすいタイプの上司であると言えるだろう。
しかし、それでも父親と言うだけで、息子にとっては最大級のプレッシャーとなり得るものなのだ。
たとえるなら、授業参観に親が来るような物だろうか。
ぶっちゃけ、かなり、
いや、マジで、
いるだけでも大迷惑千万極まりなかった。
「何で、こっちを旗艦にしたかな。『グナイゼナウ』にすれば良かったのに」
言いながら、「シャルンホルスト」後方を航行している僚艦に思いをはせる。
一応、艦長であり友人でもあるオスカー・バニッシュには相談してみたのだが、
友人からは心温まる声で一言、
『がんばれよ』
だった。
「あー まあ、ねえ・・・・・・」
エアルの話を聞きながら、シャルンホルストはオスカーと妹の事を考えた。
2人が付き合っている事を、シャルンホルストは知っている。
多分、オスカー達からすれば、第1艦隊司令部に引っ越ししてこられて、自分達のプライベートな時間を削られる事は御免蒙りたいところだろう。
エアルとシャルンホルストからすれば、体よく押し付けられた形である。
そこでふと、シャルンホルストは、気になっていた事を尋ねてみた。
「おにーさんは、やっぱり、お父さんの事が嫌いなの?」
「・・・・・・・・・・・・」
それは、以前からシャルンホルストが感じていた事だった。
ウォルフの事が話題に上る度、エアルはいつも苦しそうな表情をしているのを、彼女は知っていた。
家庭を顧みない父。
家族よりも軍務を、もっと言えば母の復讐を優先するウォルフを、エアルは嫌っているのではないか。
ずっと、そんな風に、シャルンホルストは考えていた。
対して、
「・・・・・・・・・・・・子供を嫌う親はたくさんいる。その逆もね」
エアルは努めて、平坦な口調で言った。
彼女の思った通り、エアルにとってはお世辞にも、面白い話ではなかった。
「そんな事よりさ」
話題を変えるべく振り返った時、エアルは既に、最前まで纏っていた陰鬱な雰囲気を完全に払しょくしていた。
この切り替えの早さは、この青年艦長の魅力だと、巡戦少女は思っていた。
「シャルは聞いた、例の話?」
「あの、おにーさん。抽象的すぎて、何の話か分かんないよ」
困り顔で苦笑するシャルンホルスト。
いつになく興奮した調子のエアルに、少し圧倒されていた。
対してエアルは、口元に笑みを浮かべて言った。
「太平洋の話だよ」
その言葉で、シャルンホルストはようやく話が頭の中でつながった。
1941年12月8日(現地時間で7日)。
世界中で激震が走った。
ドイツ帝国にとって東の盟邦となる、大日本帝国が、イギリスの同盟国であるアメリカ合衆国に対し宣戦を布告。
空母6隻を主力とする艦隊が、アメリカ太平洋艦隊最大の根拠地、ハワイ・オアフ島、真珠湾に奇襲攻撃を敢行した。
ここに第2次世界大戦の新たなる局面、「太平洋戦争」が勃発した。
この攻撃により、アメリカ海軍は、戦艦5隻、空母1隻を含む多数の艦艇が撃沈、あるいは大破、着底し、事実上壊滅した。
状況的に見れば、イギリス軍が行ったタラント空襲と似ているが、その規模は20倍以上であり、戦果もまた比較にならなかった。
アメリカ太平洋艦隊は、向こう数年はまともに作戦行動がとれないほどの大損害を被っていた。
「実はね、シャル。ちょっと面白い話を聞いたんだ」
「面白い話?」
この流れで、何が面白いのだろう、と首をかしげるシャルンホルスト。
「実はね、小耳にはさんだんだけど、アメリカの空母『レキシントン』を撃沈したのは、日本の巡洋戦艦だったって話だよ」
「え、それって、ボク達と同じだね」
戦艦で空母を撃沈する。
ノルウェー沖で「シャルンホルスト」も、英空母「グローリアス」を砲撃で撃沈しているが、本来なら簡単にできる事ではない。
それがまさか、日本の巡洋戦艦がやってのけるとは。
「それで、おにーさん、その艦の名前とか、分かんないの?」
「うん、確か・・・・・・」
少し考えてから、エアルは手を叩いた。
「そう、確か『ヒメカミ』・・・・・・だったかな」
一方、
「シャルンホルスト」の司令官公室。
かつて、ラインハルト・マルシャル提督が使用していたその部屋は、今、新たな第1艦隊司令官となったウォルフが使用していた。
その執務机の上には、膨大な量の書類が山積みされている。
Uボートや航空機、果てはイギリスの港に潜入しているスパイからもたらされた、イギリス艦隊の情報が、ウォルフの下へと集められていた。
そんな司令官に、参謀長のシュレスビッヒ・ホルシュタインは、呆れ交じりの言葉を投げる。
「お前も趣味が悪いな」
「何がだ?」
書類から顔を上げずに応じるウォルフ。
その間にも、目は書面に書かれた文字を追っている。
「何も息子が指揮する艦に将旗を掲げる事もあるまい」
「この艦は、これまでも多くの戦いで危機的状況を乗り越えてきた。それだけ、指揮官と艦娘、乗組員の練度が高い事を意味している。だから選んだ。他意はない」
そっけない言葉のウォルフ。
そんな友の様子に、呆れ気味に肩を竦めるシュレス。
「素直じゃない奴」と言う呟きは意図的に無視して、ウォルフは1枚の書類を取った。
「そんな事より、これを見ろ」
ウォルフが差し出した1枚の書類。
その内容に目を通したシュレスは、すぐに笑顔を消してウォルフを見た。
「これは・・・・・・・・・・・・」
問題は、敵の護衛戦力。
その一番上に、「NELSON」の名があった。
「戦艦『ネルソン』・・・・・・ビッグ7の1隻を出して来たと言うのか」
「それだけ、奴等も余裕がないと言う事だ」
ブレストに第1艦隊が駐留している事は、イギリス海軍も掴んでいただろう。
それに対抗する手段として、戦艦を護衛につけるであろうとは読んでいたが、まさかそれで「ネルソン」を出してくるとは。
最新鋭のキングジョージ5世級戦艦が続々と竣工している現在でも、「ネルソン」はイギリス最強戦艦であり、その攻防性能は侮れない物がある。
対するドイツ海軍は、唯一、対抗可能なはずだった「ビスマルク」を失っている状態である。
「どうする、襲撃は取りやめるか?」
相手が「ネルソン」では、シャルンホルスト級巡洋戦艦での対抗は難しい。今回は見送り、次の機会を待つと言うのも、一つの選択肢ではある。
だが、
「まさか」
ウォルフは不敵な笑みを浮かべて、シュレスに応じた。
その脳内では、既に対「ネルソン」用のプランが、稼働し始めていた。
「俺達は大きなチャンスを与えられたに等しい。ここで『ネルソン』を叩く事が出来れば、以後の戦局に大きな影響を残す事が出来る。うまく行けば、『ビスマルク』を失った穴を、埋め得るのも不可能ではない」
その言葉を聞きシュレスは、ウォルフが退く気がない事を悟る。
ビッグ7の1隻相手に、本気でけんかを売るつもりなのだ。
「作戦を練り直すぞ。確実に奴を仕留めるために」
そう言うと、ウォルフは鋭い眼差しを、シュレスに向けるのだった。
2
ドイツ艦隊が、南下するイギリス艦隊を補足したのは、その翌日の事だった。
先行してポーツマス南方海上に展開していた潜水艦U81が、進路を南にとって航行する多数のイギリス艦を確認。
進路、規模から考えて、間違いなくジブラルタルへ向かう輸送船団と思われた。
U81からの報告を受け、ウォルフは「グラーフ・ツェッペリン」から偵察機を発艦。
持ち帰った偵察写真には、ホワイトエンサインとユニオンジャックを掲げ、南に向かって航行する船団の姿が映っていた。
時間が経つにつれて、イギリス艦隊の陣容も、徐々に明らかとなった。
イギリス海軍もまた、いくつかの集団に分かれて航行している。
その陣容は、
〇イギリス海軍フォース1(主隊)
戦艦「ネルソン」(総旗艦)
重巡洋艦「ヨーク」
駆逐艦9隻。
〇イギリス海軍フォース2(警戒隊)
重巡洋艦「ノーフォーク」(旗艦)
軽巡洋艦「サウサンプトン」「ニューカッスル」
〇イギリス海軍フォース3(航空支援部隊)
航空母艦「アークロイヤル」(旗艦)
駆逐艦4隻
〇イギリス海軍直接護衛部隊
駆逐艦10隻
コルベット4隻
輸送船32隻
戦艦1隻、航空母艦1隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦19隻。コルベット4隻
指揮は本国艦隊司令官ジャン・トーヴィ大将が直接執る。
総戦力ではドイツ海軍を上回るイギリス艦隊。特にビッグ7の「ネルソン」が戦列に加わっているのは大きいだろう。
とは言え、こちらも戦力的に余裕があるとは言い難い。
相次ぐ敗北によって大型艦の数が不足しているのだ。
今回トーヴィは、ドイツ艦隊出現の可能性を考え、少なくとも戦艦2隻の出撃を希望した。
しかし、本国防衛の観点から許可が下りなかった。
現在、イギリス海軍は深刻な戦艦不足に陥りつつあったのだ。
これまでのドイツ海軍との戦いで「ロドネイ」「クイーン・エリザベス」「マレーヤ」「フッド」「ロイヤル・オーク」「リヴェンジ」「ラミリーズ」を失った。
更にここに来て、つい先日、2隻の戦艦を一挙に失う事となった。
1941年12月8日。
ドイツ帝国にとっての東の盟友、大日本帝国がアメリカ合衆国の真珠湾を攻撃し太平洋戦争が会戦した。
だが、その数日後、更なる激震がイギリスを襲う事になる。
日本の行動を危険視していたイギリス政府は、海軍の反対を押し切る形で、戦艦2隻を中心とした艦隊を東洋艦隊に配備した。
1隻はレナウン級巡洋戦艦の「レパルス」。そしてもう1隻は、「ビスマルク」との戦いの傷も癒え、完全に戦力化した最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」だった。
日本軍の宣戦布告を受け、彼等の侵略を阻止すべく、2隻のイギリス戦艦は勇躍出撃した。
しかし、「プリンス・オブ・ウェールズ」も「レパルス」も、日本軍の集中攻撃を受け、あえなくマレー沖で撃沈されてしまう。
しかもこのマレー沖海戦において、日本海軍は一切艦隊を繰り出す事無く、基地航空隊による反復攻撃だけでイギリス海軍が誇る最新鋭戦艦を撃沈してしまった。
これまでも、タラント空襲や真珠湾攻撃など戦艦が航空機に撃沈された例はあったが、それらは全て港に停泊中の所に攻撃を受けた、言わば「寝込みを襲われた」に等しい状況であった。
しかし今回、初めて「洋上作戦行動中の戦艦を、航空攻撃のみで撃沈」した事になる。
時代が変わる。
これまで戦艦の巨砲と、水雷戦隊による雷撃こそが海戦の主流と考えられてきた。
しかし、航空機でも戦艦が撃沈可能と分かった。しかも航空機は戦艦よりも安価であり、短時間で纏まった戦力を整える事ができる。加えて、洋上でしか行動できない戦艦と違い、航空機は拠点さえ確保できれば、内陸部にも展開できる。汎用性は比べるべくも無かった。
真珠湾攻撃とマレー沖海戦の結果により、世界中の軍はより一層、航空機の発展と、その戦術の向上に尽力していくことになる。
一方、「世界で初めて航空機に戦艦を撃沈された国」となったイギリス側の恥辱は、計り知れないものがあった。しかも、沈められたのは最新鋭戦艦の「プリンス・オブ・ウェールズ」である。これまで沈められてきた旧式戦艦とは比べ物にならない。
そのような事情もあり、イギリスの戦艦不足は深刻化しつつあるのだった。
今回の「ネルソン」出撃についても、難色を示されたほどである。
だがトーヴィは、ブレストに潜んでいるシャルンホルスト級巡洋戦艦の存在を解き、「ネルソン」の出撃を軍令部から取り付けた。
欲を言えば、もう1隻くらい戦艦が欲しい所であった。そうすれば、数の上ではイギリス海軍とドイツ海軍は互角となり、後は「ネルソン」の火力で圧し切れたのだが。
しかし、流石にそこまでは、軍令部も認めなかった為、やむなくトーヴィは、「ネルソン」に将旗を掲げて出撃したのである。
情報参謀が持ってきた報告の電文を一読すると、トーヴィは表情を顰める。
「やはり、出て来たか」
電文は、空母「アークロイヤル」を発した偵察機によってもたらされた情報だった。
ブレストを出航したドイツ艦隊が、まっすぐに船団に向かって接近している、との事だった。
「ネルソン、相手は『シャルンホルスト』と『グナイゼナウ』だぞ」
「ああ、分かっている」
トーヴィの言葉に、ネルソンは緊張した面持ちで頷きを返す。
ドイツ海軍のシャルンホルスト級巡洋戦艦2隻は、ネルソンにとって恨み連なる相手である。
忘れもしない、海戦初期のノルウェー沖海戦。
この戦い、ネルソンは直前にUボートの攻撃を受け、その修理の為に出撃できなかった。
代わりに妹のロドネイが出撃したが、ドイツ海軍との戦いに敗れて沈没してしまった。
妹が死んだ事については、軍人である以上は仕方ないと思っている部分はある。
しかし、それで全てが割り切れる訳ではない。
今回の相手は、ノルウェー沖海戦でドイツ海軍の主力を務めた「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」だ。
「シャルンホルスト」とは、先の第2次ブレスト沖海戦(ビスマルク追撃戦)でも戦ったが、あの時、「ネルソン」は弾薬切れで後退せざるを得なかった。
だが、今回は違う。
今回は「ネルソン」も万全の状態で戦いに臨んでいる。
ならば、自分達が負けるはずがなかった。
更に、トーヴィは勝利を確実な物とする為、
「警戒隊に連絡し、合流するように伝えろ。『アークロイヤル』には、こちらに対する航空支援を命じろ。船団は避退させる」
戦艦の数では劣るイギリス艦隊だが、警戒隊と合流できれば重巡1隻、軽巡2隻が戦力として加わる事になる。一方のドイツ艦隊の巡洋艦は「プリンツ・オイゲン」1隻である事は判っている。砲戦になれば数で圧倒できるはずだった。
「アークロイヤル」は今回、「グラーフ・ツェッペリン」の存在を警戒したトーヴィの命令により、多数の戦闘機を搭載してきている。
ニューファンランド島沖海戦で、ドイツ海軍が航空機と水上艦の連携でR部隊を壊滅に追いやった戦訓を忘れてはいなかった。
命令は実行され、主隊は「ネルソン」を先頭に「ヨーク」が後続する形で単縦陣が組まれる。
駆逐隊は2隊に分かれ、「ネルソン」の左右につく。万が一、敵のUボートが攻撃を仕掛けて来た時の措置だ。
一方、前方を航行していた警戒隊は、主隊と合流するために反転、主隊との合流を急ぐ。
陣容の完成を急ぐイギリス艦隊。
ドイツ艦隊の接触前に、何としても迎撃態勢を整えるのだ。
その間に、輸送船団は残りの護衛を伴って南へと避退させる。
これで、主隊がドイツ艦隊を防いでいるうちに、船団は距離を稼げるはずだった。
接近するドイツ艦隊。
それを迎撃すべく、イギリス艦隊もまた、急速に態勢を整えつつあった。
3
ドイツ海軍第1艦隊と、イギリス本国艦隊がブルターニュ半島西方海上で激突したのは、翌払暁の事だった。
ドイツ艦隊司令官のウォルフ・アレイザーは、旗艦「シャルンホルスト」を先頭に、「グナイゼナウ」「プリンツ・オイゲン」の順で単縦陣を組み、東から決戦海域に進入。
対するイギリス本国艦隊は、同じく西から侵入する。
警戒隊と合流したトーヴィは、主隊を「ネルソン」単艦で編成し、「ヨーク」は合流した警戒隊に預けた。
「ネルソン」の速力は23ノットと低速である為、一緒に行動しては「ヨーク」の戦力を阻害してしまうと判断しての措置である。
互いに艦首を向けた状態で距離を詰める、両艦隊。
第3次ブレスト沖海戦の名で呼ばれる事になる戦いの始まりだった。
「どうする? T字で行くか? こちらの方が速力は早いから、暫くは優位に立てるぞ」
「いや」
シュレスの進言に対し、ウォルフは首を振る。
T字、とはT字戦法の事で 正式には
日露戦争における日本連合艦隊とロシア・バルチック艦隊が戦った日本海海戦において、当時の日本海軍連合艦隊司令長官、東郷平八郎が行った敵前大回頭。これに成功すると、味方艦隊は全艦隊の全砲門を使用できるのに対し、敵艦隊は先頭艦の前部砲塔しか射撃できなくなる。
図らずもデンマーク海峡海戦において、「ビスマルク」が「フッド」「プリンス・オブ・ウェールズ」に対し、似たような陣形になったのは記憶に新しいだろう。
「向こうは『ネルソン』だ、主砲が前部に集中しているから、T字を描いても意味が薄くなる。それよりも、予定通りの作戦で行こう」
砲塔集中配備の利点は、こういうところにも出る。ネルソン級にT字戦法は通用しないのだ。
だからこそ、取るべき作戦は考えてあった。
「連絡は?」
「既にしてある。しかし、向こうも事情があるからな。返信は無しだ」
シュレスの報告に、ウォルフは頷く。
「構わん。彼等の仕事を信じよう」
そう言うと、前方に向き直る。
穏やかな波浪の彼方から、特徴的なシルエットを持つ英戦艦が近づいてくるのが見える。
独特な英国城砦を思わせる重厚な艦橋は、ビッグ7と言う存在も相まって、見る者を圧倒していた。
その姿を真っ向から見据え、
ウォルフは右手を高く掲げた。
「主砲、左砲戦用意ッ 目標、敵戦艦『ネルソン』!!」
前部2基6門の54口径28.3センチ砲を左へと旋回させる「シャルンホルスト」。
後続する「グナイゼナウ」「プリンツ・オイゲン」も、同様に砲撃体制を取りつつある。
やがて、
射程距離に入る。
次の瞬間、
「撃ち方始め!!」
鋭く右手を振り下ろした。
第45話「盟友、ついに起つ」 終わり
本編の方のヒロインである、オリジナル巡戦の「姫神」。そのスペックを乗せておきます。
姫神型巡洋戦艦スペック
基準排水量3万1000トン
全長240メートル
全幅30メートル
最高速度35ノット(公試運転時36ノット)
武装
50口径30センチ砲4連装2基8門
60口径15.5センチ砲3連装3基9門(片舷6斉射)
65口径10センチ高角砲連装8基16門
25ミリ機銃3連装機銃8基24丁
同連装6基12丁
同型艦「姫神」「黒姫」
備考
日本海軍が建造した巡洋戦艦。単独での通商破壊戦を主眼としており、新型機関を搭載する事で、高速、長航続力の両立に成功している。主砲の威力は主力戦艦群に比べると大幅に劣るが、そもそも昼間戦闘における戦艦との交戦は想定していない為、これで充分と言う見方が強い。「姫神」「黒姫」の2隻で、第11戦隊を形成している。
艦娘
14歳(外見)
艦娘
備考
巡洋戦艦「姫神」艦娘。戦艦の中では幼い外見をしており、下手をすると駆逐艦に間違われるくらい体は華奢で小さい。髪型は肩口までで切り、後頭部だけ伸ばしてポニーテールにしている。性格は物静か、というよりも寡黙で取っ付きにくく、他人と積極的に関わろうとしない。
14歳(外見)
艦娘
備考
巡洋戦艦「黒姫」の艦娘。姫神の妹。体付きは姉同様、華奢で小柄。髪型は太もも付近まで達する長さの物を、三つ編みにしている。姉とは逆に、好奇心旺盛で積極的な性格。面倒見の良さも兼ね備えており、人付き合いの悪い姫神の事を、いつも心配している。
「ドイッチュラント」は本来なら「リュッツォウ」に改名されているはずですが、本作では「ドイッチュラント」のままで行きます。