蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第4話「運命の抜錨」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと海岸線に近づく戦艦は、余りと言えば余りにも古臭い外見をしていた。

 

 寸詰まりの短い船体に、船首部分は衝角(ラム)の名残として、水線下部分が鋭くとがっている。中央に直立煙突が2本あり、艦橋は長く聳え立っている。

 

 艦の前部と後部には1基ずつ、連装砲等が備え付けられている。

 

 ドイツ戦艦「シュレスビッヒ・ホルシュタイン」

 

 旧ドイッチュラント級戦艦の5番艦として、第1次世界大戦よりも前に竣工した戦艦である。

 

 あのユトランド沖海戦にも参加した、歴戦の軍艦である。

 

 日本海軍の「三笠」と同世代の艦、と言えば判り易いかもしれない。

 

 控えめに言っても、現役で活躍できる艦ではない。

 

 とっくの昔にスクラップとして解体処分されてもおかしくはないレベルだ。

 

 しかし、見た目や性能などと言う、上辺の事実だけでは、この艦の価値を測る事はできない。

 

 確かにドイツ海軍では最古参の戦艦ではあるが、スカパフローにおける一斉自沈によって主力戦艦を一挙に失い、更にヴェルサイユ条約によって戦間期に戦艦の新造を禁じられたドイツ海軍にとって、「シュレスビッヒ・ホルシュタイン」は保有を許された数少ない貴重な「主力艦」であると同時に、全ドイツ海軍の象徴とも言うべき存在だった。

 

 正に、第1次世界大戦後、屈辱に耐え偲んできたドイツ海軍軍人にとって唯一の心の支えでもあったのだ。

 

「我が祖国も、皮肉を効かせるのが好きだな」

 

 その艦橋に立つ艦娘たる女性は、長い髪の下で口元に笑みを浮かべながら呟く。

 

 長い髪が美しく、それでいて、懐に刃を忍ばせているかのような剣呑さを持つ女性。

 

 世の中の塗炭を、嘗め尽くしたかのような、重々しい凄みを感じる。

 

 彼女こそが、シュレスビッヒ・ホルシュタイン。

 

 この戦艦の艦娘であり、ドイツ海軍の艦娘の中では長老格の存在である。

 

 そのシュレスビッヒが今、自嘲とも苦笑とも取れる笑みを口元に浮かべ、海岸線に聳え立つ要塞陣地を見据えていた。

 

「先の大戦を生き残り、ロートルであるが故に連合軍からも嘲笑され、ゴミ屑の如く捨て置かれたほどの、この老いぼれに、また新たな大戦の口火を切れ、とは」

「だからこそ、意味があるだろう」

 

 答えたのは、ウォルフ・アレイザーだった。

 

 漆黒の軍服に身を包んだ提督は今、双眼鏡を手に、近付いてくる海岸線を睨み据えている。

 

 ウォルフは今回、作戦指揮官として、この「シュレスビッヒ・ホルシュタイン」に将旗を掲げている。

 

 武装親衛隊海軍部隊の司令官であり、ヒトラー総統の懐刀とも呼ばれるウォルフは本来、ヒトラーに対し海軍的視点から助言するのが仕事であり、前線に出てくる事はない。

 

 しかし、

 

 今回の任務だけは自らの手でやり遂げるべく、自ら指揮官に就任するよう、総統へ直々にに願い出たのだ。

 

 元々、巡洋戦艦の艦長として、彼のシェトランド沖海戦にも参加したウォルフ。老いたとは言え、砲撃戦の指揮は手慣れたものだった。

 

「英仏の奴らに、自分たちの増上慢の報いを受けさせる。それも、奴らの傲慢故に生き残った我々が、だ。これ以上の意味が他にあるか?」

「確かにな。そういう事ならば、私こそ、この仕事に相応しい」

 

 シュレスビッヒの瞳に、怪しい笑みが浮かぶ。

 

 水晶のような切れ長な瞳に移るのは、黒き焔。

 

 全てのドイツ海軍軍人が持つ、恨みを凝縮したような炎。

 

 シュレスビッヒは、主力艦引き渡しの候補からも外されたが故に、スカパフローでのドイツ艦隊一斉自沈を経験する事も無く、今日まで生きながらえる事が出来た。

 

 話だけを聞けば幸運に思えるかもしれない。

 

 しかし、シュレスビッヒ自身は、この25年間、片時たりとも自分が幸運だった、などと思った事は無い。

 

 今でも思い出すのは、接収の為にやってきた連合軍将校の顔。

 

 旧式艦の自分には侮蔑の顔を向ける一方、自分より若い艦娘たちには、まるで娼館の娘を品定めするような、おぞましい視線を投げかけていたのを今でも覚えている。

 

 そうして、彼女達は連れて行かれ、最後は辱めを受ける前に、誇り高い死を選んだ。

 

 年老いた、自分だけがおめおめと生き残ってしまった。

 

 助けられなかった。

 

 守ってやりたかった。

 

 ただただ、生き残ってしまった後悔だけが彼女の胸を支配していた。

 

 そして、

 

 自沈した艦の中には、ウォルフの妻であったデアフリンガー(テア)も含まれている。

 

 元々面倒見の良い性格をしていたシュレスビッヒは、多くの艦娘たちから慕われていた。

 

 テアもそうした艦娘の1人であり、とりわけ彼女はシュレスビッヒを、本当の母か姉のように思っていた。

 

 だからこそ、彼女も沈んだと聞いた時、シュレスビッヒもまた、己が半身を引き裂かれたような思いだった。

 

 艦娘でなければいっそ、自分も彼女達の後を追って死にたいと思ったほどだ。

 

 実際、実弾演習用の標的艦の候補に名乗り出ようと思った事もあったほどだ。

 

 だが、彼女は死ぬわけにはいかなかった。

 

 全ては、いつか必ず来るであろう、英仏の奴らに復讐する為に。

 

 その想いは、ウォルフも又共有している。

 

 愛する妻を奪った英仏に対する怒りは誰よりも強い。

 

 ウォルフも、シュレスビッヒも、ただそれだけの為に、20年間、生き恥を晒し続けて来たのだから。

 

 シュレスビッヒは、口元に笑みを刻む。

 

 自分達のエゴの為に締結したヴェルサイユ条約。そのヴェルサイユ条約ですら見向きもされず、おめおめと生き残った自分。

 

 その自分が、英仏相手の新たなる戦争の火ぶたを切る。

 

 ドイツ一国を悪者にして、欺瞞に満ちた正義と平和を貪った奴らに対し、その増上慢に相応しい、強烈な一発をお見舞いしてやる。

 

 これほど痛快な事は無かった。

 

 ウォルフの言葉に頷きながらシュレスビッヒは、自身の前甲板で旋回する第1砲塔を見据える。

 

 その砲門が向かう先には、ポーランド共和国軍が築いた要塞陣地が存在してた。

 

 ドイツが「ポーランド回廊」の返還(割譲)をしつこく迫った事を受け、ポーランド側は防衛力強化と、回廊の所有権主張の為に建設したのだ。

 

 あの要塞を粉砕すれば、ポーランド側に対してドイツの主張をこの上なく叩きつけてやる事が出来る。

 

 40口径28センチ砲は、シャルンホルスト級巡洋戦艦やドイッチュラント級装甲艦と比較して、砲身こそ短い物の1発当たりの威力は同等と見て良い。

 

 戦艦の主砲としては小ぶりだが、陸上砲に比べればはるかに大型である。

 

 強固な要塞であろうと、この砲ならば粉砕できるはずだった。

 

 やがて、旋回を終えた主砲が、彼方の要塞陣地に照準を合わせる。

 

「では、やるとしよう」

「ああ」

 

 短い頷きと共に、ウォルフは右手を大きく振り上げた。

 

 その視線の先には、ポーランドの大地。

 

 そして、

 

 亡き妻、テアの仇である連合国がある。

 

「待たせたな、テア。始めるぞ」

 

 静かな宣誓と共に、

 

 ウォルフは振り上げた右手を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 多数の戦車がキャタピラ音を響かせて多数の戦車が国境線を越えて行く。

 

 頑丈その物の車体に、大型の砲塔を据え付けた姿は、新時代における鉄の悍馬を思わせる。

 

 装甲に鉄十字を刻んだ戦車たち。

 

 Ⅲ号、Ⅳ号と呼ばれる戦車たちは、この時期、ようやく量産が始まったばかりの、次期主力戦車たちである。

 

 Ⅲ号戦車は37ミリ主砲と厚い装甲、時速40キロで走行可能な機動性を備え、設計段階から対戦車戦闘を視野に入れて作られた大型戦車である。

 

 Ⅳ号戦車の方は、Ⅲ号戦車よりも車体が大きく機動性でこそ若干劣るものの、75ミリの主砲と、更に分厚い装甲を備えた、この時期としては世界最強戦車と言っても過言ではない存在である。

 

 更に、Ⅰ号、Ⅱ号と言った軽戦車多数を含む、ドイツ機甲師団が一斉にポーランド領内へと雪崩れ込んでいく様は、勇壮、の一言に尽きた。

 

 更にまだ明けきらぬ暗夜の空にもまた、鉄の翼を司る騎士たちが舞い上がって行った。

 

 

 

 

 

 出撃命令を受けて、パイロットたちは走り出す。

 

 いよいよ実戦だ。

 

 これまでのような訓練や、国境侵犯機に対する緊急出動(スクランブル)とも違う。

 

 皆、表情に精悍な光が宿っている。

 

 誰もが、これから始まる戦いに闘志を漲らせているのだ。

 

 この日の為に、準備を重ねてきたのだ。怖気づく者など、1人としてありはしない。

 

 いずれ劣らぬ「ドイツ帝国空軍(ルフトバッフェ)」の精鋭たちである。

 

 クロウ・アレイザーもまた、命令を受けると同時に、愛機へと駆け寄る。

 

 機体は既に暖気を済ませ、プロペラは勢いよく回転していた。

 

「アレイザー少尉ッ 準備は万端ですッ いつでも行けます!!」

「ありがとうッ!!」

 

 整備兵に礼を述べ、コックピットに潜り込む。

 

 キャノピーを締めて車輪止めを外すと、発進準備は完了した。

 

 慣れ親しんだ操縦桿を握る。

 

 大丈夫。

 

 この機体で空にある限り、自分は絶対に負けない。

 

 想いを強く、発進の時を待つ。

 

 やがて、離陸の合図と共に、機体はまだ明けやらぬ空へと舞い上がった。

 

 今回のクロウ達の任務は、進撃する陸軍の支援。その為に、迎撃に舞い上がって来るであろう、ポーランド空軍を撃破する事が目的だった。

 

 スロットルを開くと、力強い音が響いてくる。

 

 メッサーシュミットBf109

 

 ドイツ空軍が主力として採用している大型戦闘機であり、戦前からのクロウの愛機だ。

 

 今、クロウが乗っているのは、開戦を見据えて開発された、最新バージョンの「E型」。大戦初期、ルフトバッフェの主力を担う事になる名機である。

 

 やがて、徐々に白み始める空。

 

 視界が白く輝く幻想的な光景。

 

 その中で、

 

 空に無数の黒い点が浮かび上がる。

 

「来たな」

 

 間違いない。迎撃に現れた、ポーランド空軍の戦闘機部隊である。

 

 クロウは口元に笑みを浮かべて、機体のスロットルを一気に上げる。

 

 唸りを上げるエンジン。

 

 たちまち、メッサーシュミットは、その最大の武器とも言える加速力を活かしてスピードを上げる。

 

 ポーランド空軍もドイツ空軍の存在に気付いたのだろう。速度を上げて、こちらへ向かってくるのが見えた。

 

 だが、

 

「遅いよ」

 

 軽快な調子で告げると、一気にメッサーシュミットを加速させるクロウ。

 

 すれ違い様に1連射。

 

 放たれた弾丸が、ポーランド戦闘機を正面から粉砕する。

 

 蒼空に上がる炎を見ながら、機体を離脱させるクロウ。

 

 見れば、味方も交戦を開始、蒼天に入り乱れながら砲火を交わしている。

 

 しかし、落ちて行く機体はどれもポーランド軍の物ばかり。

 

 戦況は、ドイツ空軍の圧倒的優勢だった。

 

「さてと・・・・・・・・・・・・」

 

 敵の攻撃を回避しながら、クロウは更なる獲物を見定める。

 

「兄貴たちも、そろそろ動き出している頃かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1939年9月1日。

 

 この日遂に、運命の扉は開かれた。

 

 ドイツ第3帝国は、かねてより緊張状態にあったポーランド第2共和国に対し宣戦布告。

 

 この後、6年に渡り世界を焼き尽くす地獄の戦い。

 

 世に言う「第2次世界大戦」の火ぶたは、切って落とされた。

 

 国境線に集結したドイツ陸軍は、宣戦布告と同時に侵攻を開始。圧倒的な物量と火力、更には精強な空軍の攻撃に支援され、ポーランドの地を席巻した。

 

 対して、ポーランド軍もまた、侵攻してきたドイツ軍を迎え撃つべく、果敢な反撃に打って出た。

 

 ポーランド軍の主力は、自他ともに世界最強を謳われる騎兵部隊である。

 

 彼等は当初、騎馬の機動力を存分に活かし遊撃戦を展開すれば、ドイツ軍に対し十分対抗は可能と考えていた。

 

 それは自分達と祖国に対する、絶対の自信と誇り。

 

 自分達は世界最強の存在。

 

 自分達がいればドイツ軍如き、張子の虎に過ぎない。必ずや、祖国を守り抜き、偉大なる勝利をもたらす事が出来るはずだ。

 

 卑劣な侵略者には正義の鉄槌を。

 

 ポーランド軍将兵の誰もが、そう考えて疑わなかった。

 

 だが、ポーランド側の思惑は、当初から崩れる事になる。

 

 最強、と言っても、それは頭に「騎兵としては」と言う枕詞が着く。

 

 近代的な戦車群を主力とする機甲部隊。更には当時ヨーロッパ最強とも言われたドイツ空軍(ルフトバッフェ)の前に、前時代的な騎兵部隊など、風の前の塵に同じだった。

 

 圧倒的な鋼鉄と火力を前に、蹂躙されていくポーランドの地。

 

 突撃した騎馬部隊は、強力な装甲と火力を有するドイツ戦車に歯が立たず蹴散らされる。

 

 ポーランド軍の防衛ラインは、瞬く間に崩壊していく。

 

 将兵は、ただ戦場に屍を晒す事しかできなかった。

 

 ドイツ軍の戦略は、とにかく「速さ」を重視した物だった。

 

 通常、敵軍を撃破し、陣地を奪った後は、その陣地を自軍の物として整備して使う「橋頭保化」が行われる。そうして完成した橋頭保を拠点として物資を蓄積、更なる奥地への侵攻を目指す事になる。

 

 当然、ポーランド軍も、ドイツ軍がそのような戦略で来ると考え、ドイツ軍の動きが停滞している隙に後方に残存戦力を結集、体勢を立て直そうと考えていた。

 

 だが、ドイツ軍に従来の常識は通用しなかった。

 

 ドイツ軍は火力と機動力に物を言わせてポーランド軍の陣地を粉砕すると、足を止める事無く更なる奥地へと突き進んだのだ。

 

 後の「電撃戦」のはしりとも言われるこのドイツ軍の行動は「神速」と言っても過言ではなく、ポーランド軍に、態勢を立て直す暇は無かった。

 

 防衛ラインは、次々とドイツ機甲師団によって突き破られる。

 

 更に、空からはドイツ空軍(ルフトバッフェ)の精鋭たちが、爆弾を雨あられと降らせる。

 

 特にユンカースJu87スツーカと呼ばれる急降下爆撃機のもたらす恐怖は群を抜いていた。

 

 大戦全般を通じて、ドイツ空軍の主力爆撃機となるこのスツーカの恐ろしさは、その性能もさることながら、急降下時に威嚇の為に鳴らすサイレンにもあった。

 

 「ジェリコの喇叭」と言う異名で恐れられたこのサイレンを聞くたびに、ポーランド軍の兵士は震え上がった。

 

 ドイツ軍の強さは、強力な打撃力を誇る陸軍もさる事ながら、精強を誇る空軍の支援も大きかった。

 

 こうしたドイツ軍の機動戦術を前に、ポーランド軍主力は2週間を待たずに壊滅状態に陥った。

 

 そして、

 

 開戦と同時に、海軍もまた行動を開始していた。

 

 まず宣戦布告と同時に、旧式戦艦「シュレスビッヒ・ホルシュタイン」が、自由都市ダンツィヒ近郊にあるポーランド軍要塞陣地へ艦砲射撃を仕掛け、これを粉砕したのを皮切りに、全軍が一斉に動き出した。

 

 自慢のUボート艦隊は、大西洋や北海の広い範囲に分散展開し、付近を航行する敵性船舶に対し、手当たり次第に攻撃を開始する。

 

 第1次世界大戦時、イギリスを震え上がらせた「無制限潜水艦戦」の再来である。

 

 この事態に、イギリス海軍、フランス海軍は完全に出遅れた形だった。

 

 当時、未だに対潜水艦戦術は確立されていたとは言い難く、輸送船も単独航行している物が殆どだった。

 

 その為、深海で待ち伏せ、サメの如く襲い掛かるUボートにとって、輸送船は格好の獲物であった。

 

 船舶の被害は急激に膨れ上がる。

 

 まさに、ドイツ軍の動きを阻める者はおらず、破竹の勢いでポーランドの地を蹂躙し続ける。

 

 それに対し、ポーランド軍は成す術もなく、ただただ一敗地に塗れた。

 

 それでも、ポーランド軍は諦めず、抵抗を続ける。

 

 残存兵力は東南部のルーマニア橋頭保に集結。再編成し、ドイツ軍に対し最後の抵抗を試みようとした。

 

 残された兵力の全て結集して、最後の決戦を挑むべく眦を上げるポーランド軍将兵。

 

 そうだ、自分達は諦めない。

 

 自分達はまだ戦える。

 

 自分達が諦めれば、誰が祖国を、友を、愛する人を守ると言うのか?

 

 戦うんだ。

 

 たとえ、最後の1人になっても。

 

 だが、開戦から半月後の9月17日。ポーランドを更なる絶望に叩き込む事態が発生した。

 

 突如、東側から破られる国境線。

 

 再び砲火とキャタピラに蹂躙される国土。

 

 それまで想定すらしなかった戦場の出現に、ポーランド軍は大混乱に陥った。

 

 不可侵条約を結んでいた東の大国、ソビエト連邦が突如として条約を破棄、ポーランドに対して侵攻を開始したのだ。

 

 ドイツは密かに水面下でソ連と手を結び、不可侵条約を締結していたのだ。そして示し合わせるように、東西からポーランドを攻めたのだ。

 

 これには世界中が驚愕した。

 

 ファシズムを掲げるドイツと、共産主義を掲げるソ連は、共に犬猿の仲である。

 

 特に、両国の元首であるヒトラー総統とヨーゼフ・スターリン書記長は、不倶戴天の敵と言っても過言ではなかった。

 

 ヒトラーはソ連国民の大半を占めるスラブ系民族を「全人類の敵」「いずれ滅ぼさねばならない存在」と公言してはばからなかったし、スターリンも又、当然の如くヒトラーを憎悪していた。

 

 そのドイツとソ連とが手を結ぶなど、誰が予想しえただろうか?

 

 ドイツ軍の電撃的な侵攻と、ソ連の突然の裏切りにより、ポーランドの命運は決した。

 

 その後もか細い抵抗をつづけたポーランド軍だったが、9月27日には首都ワルシャワが陥落。組織的抵抗は事実上終了となった。

 

 そして開戦から1か月を過ぎた、10月6日。

 

 ポーランドはドイツ、ソ連両国に対し全面降伏した。

 

 旧ポーランド領は東西に分断され、西側をドイツ、東側をソ連に、それぞれ分割統治される事になった。

 

 凱歌を上げるドイツ軍。

 

 だが、

 

 言うまでも無く、これで終わりではない。

 

 ポーランドとの開戦から2日後の9月3日、英仏が、ドイツに対して宣戦を布告。

 

 世界は確実に、地獄への道を転がり落ちようとしていた。

 

 そして、

 

 開戦に先立つ形でドイツ本国を出港した艦隊もまた、大西洋における作戦行動を開始してた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対ポーランド開戦から24時間が経過した9月2日のキール軍港。

 

 港に集結した各艦の煙突からは、濛々と煙が立ち上っているのが見えていた。

 

 既に機関には火が入っている。

 

 全艦、いつでも出撃できる体勢は整っていた。

 

 そして、

 

 それは巡洋戦艦「シャルンホルスト」においても、同様だった。

 

 艦橋後部の直立煙突からは煤煙が吐き出され、既に機関の暖気が完了している事を意味している。

 

 艦内では今も兵士たちが走り回り、出港に向けた最終チェックが行われている。

 

 そんな中、エアルは艦橋に立ち、各部署から上がってくる報告に耳を傾けていた。

 

 傍らの艦娘専用席には、既に軍服に着替えたシャルンホルストが、ちょこんと腰かけている。

 

 普段は元気に話しかけてくる少女が、今は椅子に座ったまま、真っすぐに前を見詰めている。

 

 緊張をしているのかな。

 

 エアルはそう思いながら、海軍総司令部からの命令書を頭の中で反芻する。

 

 それは開戦前日の8月31日深夜に届けられた暗号命令書。

 

『第1戦闘群は24時間以内に出港。大西洋上に進出し、敵性船舶に対する通商破壊戦を実施せよ』

 

 第1戦闘群とは、巡洋戦艦「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」によって形成された、現状、ドイツ海軍最強の部隊である。

 

 その最強部隊を初手から出撃させる辺り、海軍総司令部の意気込みの高さを伺える。

 

 通商破壊戦。

 

 すなわち、敵の輸送船を標的にした攻撃作戦を実施する、と言う事である。

 

 ドイツ海軍は第1次世界大戦でも、Uボートだけではなく、水上艦も大々的に用いて通商破壊戦を実施している。その為、今回もその戦訓に倣った海上ゲリラ作戦を展開するつもりなのだ。

 

 やがて、副長のヴァルター・リード少佐が艦橋に上がってくるのが見えた。

 

「艦長、シャル。出撃準備完了です。巡洋戦艦『シャルンホルスト』。いつでも出港できます」

「判りました。ありがとうございます」

 

 頷くエアル。

 

 時は来た。

 

 ついに、巡洋戦艦「シャルンホルスト」は、訓練以外の目的で動き出す。

 

 振り返り、シャルンホルストを見やるエアル。

 

「行こうか、シャル」

「うん」

 

 声を掛ける青年艦長に、笑みを見せながら頷く巡戦少女。

 

 やはり緊張はぬぐえないのか、その笑顔もぎこちない。

 

 エアルはまっすぐ前を向き直る。

 

「抜錨ッ 出航用意!!」

 

 エアルの命令は直ちに伝達され、艦内の喧騒が増す。

 

 碇が巻き上げられ、機関音が高まる。

 

 頷き合う、エアルとシャルンホルスト。

 

「両舷前進微速!!」

 

 ゆっくりと、

 

 滑るように、

 

 基準排水量3万1000トン、全長235・4メートル、全幅30メートル。

 

 細く、優美な外見の巡洋戦艦が前へと進む。

 

 その行く手にある物は勝利か、栄光か、あるいは・・・・・・

 

 先を見通せない霧の中を進むように、巡洋戦艦「シャルンホルスト」は動き出した。

 

 

 

 

 

第4話「運命の抜錨」      終わり

 

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