蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第49話「懐かしき灯」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはいったい、どういう事なのだッ!!」

 

 怒声が、司令部全体を震わせる。

 

 殆ど悲鳴に近い怒号を受けた幕僚達は、揃って立ち尽くすしかなかった。

 

 優雅に遅い朝食を終え、余裕を持った出勤。

 

 これぞまさしく、王侯貴族の余裕とプライドを見せつけるかのように司令部にやって来たディラン。

 

 そんなディランに、この日最初の報告を成された後の第一声である。

 

 最早、王侯貴族としての余裕もプライドもあったものではない。

 

 そこらのチンピラじみた形相で、幕僚達に罵声を浴びせていた。

 

「なぜ、ドイツ艦隊が出撃しているッ!? いつ出撃したのだッ!? どうしてもうドーバーにまで達しているッ!? いや、それ以前になぜ、この私にいの一番に報告が上がってこないッ!?」

 

 質問と言うより、子供がチョコレートをねだって駄々を捏ねているに等しい叫び。

 

 そんなディランに、1人の幕僚が恐る恐ると言った体で進み出る。

 

 それは今朝、ディランの下へドイツ艦隊出撃の報告をしに行き一蹴された取り巻きだった。

 

「あの、殿下、それについては先ほど、報告に上がりました。しかし、殿下が、お食事の最中でしたので」

「聞いてないッ」

 

 至極当然の指摘であるのだが、ディランは言下に否定した。

 

 取り巻きの言葉に対し、聞く耳すら持っていない。

 

「し、しかし・・・・・・」

「俺は聞いていないッ 聞いていないと言う事は、お前は報告を怠ったと言う事だッ つまり、お前の職務怠慢以外の何物でもないと言う事に他ならないッ あとで厳重な処罰を下してやるから覚悟しておけ!!」

 

 最早、理屈にすらなっていない、一方的な決めつけによる処断。

 

 否、

 

 そもそも、この男にとっては初めから理屈など関係なく、「自分の言動は正しく、他の奴等は自分に従っていればそれでいい。逆らうやつは全員、馬鹿でクズで悪」と言う事だ。

 

 すごすごと引き下がるしかない取り巻きを侮蔑を込めた瞳で睨むと、ディランは他の幕僚へと目を向ける。

 

 どうやら、最早彼への興味は失せた様子である。

 

「そもそも、偵察機は何をしていたのかッ!? 敵艦隊の出撃を察知したのなら、なぜすぐに報告しなかったッ!? 報告していれば、このような事態は防げたはずだ!!」

 

 どうやら、自分が命令して、通信による報告を禁じた事すら忘れているらしい。

 

 自分に都合の悪い事は一切合切消去できる。

 

 実に都合のいい脳みそである。

 

「たるんでいるッ どいつもこいつもッ 許しがたい怠慢行為だッ 誓って、貴様らを」軍法会議にかけ、俺の名に懸けて最低2階級は降格させてやるからな!!」

 

 身勝手と言うほかない言いぐさ。

 

 あからさまな責任転嫁に、しかし誰も逆らう事が出来ないでいる。

 

 皆、王族であるが故に、ディランの言動を正す事が出来ないのだ。

 

「とにかく、出せるだけの戦力をありったけ出してドーバーに向かわせろッ 我らの出撃ん準備が完了するまで、ナチの艦隊を足止めするんだ!!」

 

 S部隊は現在、ようやく駆逐艦の補給が終わったばかりであり、巡洋艦と戦艦、空母の補給はこれから始まる。その作業は急ピッチでやっても1日は掛かる。

 

 1日あれば、ドイツ艦隊は自分達の制海圏まで逃げ込んでしまうのは明白である。

 

 ディランの命令がいかに常識を無視した、実現不可能なものであるか。

 

 この場にいる、ディラン以外の全員が理解していた。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 ドーバー海峡突破を目指し北上を続けるドイツ第1艦隊。

 

 そして、

 

 それを阻止せんとするイギリス軍との死闘は続いていた。

 

 先制を仕掛けて来た魚雷艇部隊を撃破すると、続いて現れたのはソードフィッシュを中心とした航空部隊だった。

 

 数は6機。

 

 相手は旧式の雷撃機。数も、決して多い数とは言えない。

 

 しかし、たとえ旧式機と言えど、その身に抱いている魚雷の威力は侮れない。

 

 勿論、1発食らったくらいでシャルンホルスト級巡洋戦艦が致命傷を受ける事はないだろうが、浸水による速力の低下は免れない。

 

 何より、ライン演習作戦時、戦艦「ビスマルク」の死命を実質的に制したのは、この旧式雷撃機である事は、ドイツ海軍の誰もが忘れていない事だった。

 

 低空に舞い降りると同時に、魚雷発射態勢に入るソードフィッシュ。

 

 狙われたのは「シャルンホルスト」の後方を航行する「グナイゼナウ」だ。

 

「敵ソードフィッシュ、左舷90度より接近ッ 6機!!」

 

 見張り員の絶叫を、

 

 艦橋に立つオスカー・バニッシュ大佐は静かに聞く。

 

 次の瞬間、

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

 命令と同時に、左舷に指向可能な連装8基16門の65口径10.5センチ砲が放たれる。

 

 間を置いて、20ミリ、30ミリの各機銃群も続き、迫りくるソードフィッシュに対し弾幕を形成する。

 

 現在、第1艦隊は巡洋戦艦2隻と重巡洋艦1隻が単縦陣を組んでフランス沿岸寄りを航行、駆逐艦6隻が、同じく単縦陣を組んで海峡中央寄りの位置を航行している。

 

 空母「グラーフ・ツェッペリン」は駆逐艦2隻と共に、本隊後方から追随している。

 

 外周の駆逐艦からも、接近するソードフィッシュへ向けて対空砲が放たれるのが見えた。

 

 2機が、対空砲火に絡めとられ、投雷前に火を吹いて海面に落下する。

 

 更に1機、エンジン部分に砲弾が直撃したらしく、火の玉と化して吹き飛ぶのが見えた。

 

「『ビスマルク』の時とは違うのよ」

 

 次々と撃墜されていくソードフィッシュを眺めながら、グナイゼナウが呟く。

 

 吹き抜ける爆炎が少女の頬を撫でていく。

 

 沸き立つ破壊と炎ですら、少女を傷つける事能わない。

 

 基準排水量3万1000トンの巡洋戦艦は、その鋭角な艦首で波濤を切り裂き、最高速度の31ノットで海峡中央を駆け抜けている。

 

 ライン演習作戦において、ドイツ海軍の期待を一身に背負いながらも孤独に戦い、最後は味方の手で自沈する事を選んだビスマルク。

 

 ビスマルクはイギリス軍に包囲されて孤独に戦いながらも、しかし最後まで屈する事は無かった。

 

 その「ビスマルク」が沈むきっかけを作ったのが、目の前にいるソードフィッシュどもだ。

 

 無論、「ビスマルク」の舵を破壊したのは、空母「アークロイヤル」の航空部隊であり、目の前の連中ではない。

 

 だが、

 

 それでも、

 

 怒りをぶつける相手としては、この上ないくらいに適当だった。

 

 やがて、「グナイゼナウ」を狙ってきたソードフィッシュは、対空砲火によって全機が撃墜。

 

 辛うじて1機のみ、墜落前に魚雷投下に成功したが、目標となった「グナイゼナウ」を捉える事は無かった。

 

 だが、勝利に喜ぶ暇は、ドイツ艦隊にはない。

 

「敵第2波接近ッ 数、20以上!! 左舷20度、高角30度!!」

 

 イギリス本土の方角から、編隊を組んだ航空隊が、第1艦隊を目指してまっすぐ向かってくるのが見える。

 

 第一波を撃退されたイギリス軍だが、間髪入れずに第2波を送り込んできたのだ。

 

 恐らくは、先の攻撃は先遣隊による牽制、こちらが本隊なのだ。

 

 その証拠に、今度は一筋縄ではいかない数だ。

 

「今度もソードフィッシュ・・・・・・それに・・・・・・おいおい」

「どうしたの?」

 

 苦笑気味に発せられたオスカーの言葉に、グナイゼナウは首をかしげながら自分の双眼鏡を取って覗き込む。

 

 そこで、オスカーが驚いた理由に思い至る。

 

「え? あれって、スクアよね。まだ使ってたんだ」

 

 ブラックバーン・スクア戦闘爆撃機は、大戦開始直後から1940年あたりまで、イギリス軍が主力爆撃機として使用していた機体である。

 

 機動性も悪くない為、戦闘機としての活躍も期待されていたが、そもそもドイツ軍の主力戦闘機であるメッサーシュミットBf109には速力で敵わず、肝心の爆撃機としても200キロ程度の爆弾しか搭載できない為、開戦早々に力不足が露呈。今では完全に、前線から姿を消している機体である。

 

「あんな旧式まで引っ張り出してくるくらいだから、相当慌てているみたいね」

「ああ、それに・・・・・・」

 

 言いながら、オスカーは口元に笑みを浮かべた。

 

「今度は、俺達がわざわざ手を下すまでも無いらしい」

 

 そう言って、向けた双眼鏡の向こうでは、速度を上げて接近してくる新たな航空隊の姿があった。

 

 

 

 

 

 交戦を開始する第1艦隊主力。

 

 その後方から追随する航空母艦でも、慌ただしく動きが生じていた。

 

 ウォルフは航空母艦「グラーフ・ツェッペリン」を艦隊の後方に配置した。

 

 空母は艦隊の中では目立つ上に、戦艦や巡洋艦に比べて防御力でも機動力でも劣る。航空機から狙われたら集中攻撃を食らいかねなかった。

 

 それゆえに、ウォルフは「グラーフ・ツェッペリン」を後方に配置して、敵の目から晦ませるようにしたのだ。

 

 今のところイギリス軍の注意は、「シャルンホルスト」以下、第1艦隊の本隊に向けられており、「グラーフ・ツェッペリン」は見逃されている形となっている。ウォルフの狙い通りだった。

 

 その為、「グラーフ・ツェッペリン」航空隊は、母艦を気にすることなく、本隊の航空支援に専念する事が出来ていた。

 

 飛行甲板を蹴って、メッサーシュミットBf109が発艦していく。

 

 その中に、クロウの機体もあった。

 

 翼に描かれた鉄十字を鋭く輝かせ、先行する主力隊の援護に駆け付けるべく速力を上げる。

 

 加速して、イギリス軍編隊の後方へと回り込むクロウのメッサーシュミット。

 

 やがて、第1艦隊に攻撃を仕掛けるべく、海上を飛行するイギリス軍編隊を発見する。

 

 猛禽の如き少年の双眸は、己が倒すべき敵を一瞬にして見定める。

 

「ソードフィッシュにスクアね・・・・・・」

 

 操縦桿を操りながら、照準器を睨む。

 

 その中で、徐々に大きくなるソードフィッシュの機影。

 

 正直、スクアの攻撃力は大したことはない。攻撃を食らっても、「シャルンホルスト」や「プリンツ・オイゲン」が大ダメージを食らう事はないだろう。

 

 しかし、ソードフィッシュの魚雷は別だ。

 

 ツェルベルス作戦成功のカギは、スピードにある。イギリス軍が態勢を立て直す前に海峡を突破する必要があるのだ。

 

 もし主力艦が魚雷を食らい、速力が低下したら敵に捕捉される可能性がある。それこそ、ライン演習作戦の時の「ビスマルク」の二の舞である。

 

 だからこそ、ソードフィッシュを優先して攻撃するように指示が出ていた。

 

「そんな骨とう品に、兄貴の艦をやらせるかよ!!」

 

 叫びながら機銃を1連射。

 

 魚雷攻撃を行うべく、まっすぐに飛翔していたソードフィッシュは、ひとたまりもなく吹き飛ばされた。

 

 駆け抜ける、クロウのメッサーシュミット。

 

 眼下では、対空砲を撃ちながら全速力の31ノットで航行する「シャルンホルスト」の姿がある。

 

「俺がいる限り、兄貴はやらせねェ!!」

 

 叫びながら操縦桿を倒すと、次の獲物を求めて翼を巡らせた。

 

 

 

 

 

 イギリス軍の攻撃をかわしながら、北上を続ける第1艦隊。

 

 今のところ、護衛の駆逐艦も含めて被害らしい被害は出ていない。

 

 敵は攻撃を全て、「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」「プリンツ・オイゲン」の3隻に集中してきている為、小型艦には被害が及んでいないのだ。

 

 艦隊は既に、海峡の最峡部を通過。

 

 間も無く、ダンケルク沖に到達する。

 

 あの、ドイツ軍にとって痛恨とも言える追撃失敗から、既に1年半もの歳月が流れている。

 

 それはつまり、1年半もの歳月をかけても尚、ドイツ軍はイギリスを屈服させるには至らなかったと言う事だ。

 

 あまりにも痛かった。あの時、連合軍の殲滅できなかった事が。

 

 あの時、連合軍を取り逃がして居なければ、その後は主力軍の大半を失ったイギリス軍が停戦を申し出てきた可能性は十分にある。

 

 そうしておけば、イギリス・フランスと言う2大国を撃破された連合軍は壊滅。ドイツは以後、ソ連への備えに集中する事も出来たのだ。

 

 そう考えれば、現在のドイツ軍の苦境は全て、1年半前から始まっていたとも言える。

 

 歯車に生じた微かな狂い。

 

 それが徐々に拡大して、ここまで大きな事態にまでなってしまった。

 

 どこかで修正しなければ、やがては取り返しのつかない事になりかねない。

 

 だが、今は取り合えず、目の前の事態に対応する必要がある。

 

「敵機約40、左舷30度、高角40度より急速接近中、ソードフィッシュ、スピットファイア!!」

 

 規模としては、これまでで最大と言える。

 

 しかもスピットファイアを伴ってきたと言う事は、こちらの防空隊を排除して艦隊を攻撃する作戦なのだ。

 

「艦長、正念場だぞ」

「ええ、望むところです」

 

 背後からかけられたウォルフの言葉に、振り向かずに頷くエアル。

 

 その視界の先で、メッサーシュミット隊が艦隊を守るべく速度を上げるのが見えた。

 

 

 

 

 

 ドーバー海峡を北上するドイツ艦隊を眼下に見ながら迫るイギリス空軍部隊。

 

 構成はスピットファイアが16機に、ソードフィッシュが22機。

 

 これまで五月雨式に戦力を小出しにしてきたイギリス軍にとっては、本日最大規模の攻撃となる。

 

 本国艦隊の失態により使える戦力が不足しているイギリス軍にとって、これが出し得る最大限の戦力となる。

 

 そのイギリス軍の戦力の中に、第9王子リシャールの駆るスピットファイアの姿もあった。

 

「ドイツ軍てどこまで馬鹿なんだろうねー? もうほんと、バカバカばーかッ お前らなんかが、この僕に勝てるわけないじゃん? そんな事も分からないなんて、かわいそー!!」

 

 言いながらスピットファイアのスロットルを開く。

 

 向かってくるメッサーシュミット。

 

 だが、

 

「ハイ遅―いッ はい雑魚―ッ はい、終わりー!!」

 

 言いながら機体を宙返りさせ、照準器がメッサーシュミットを捉える。

 

 砕け散る、鉄十字の機体。

 

「はい、僕の勝ち―、僕の勝ちー、雑魚は死ねー」

 

 調子の外れた歌声と共に、翼を翻すリシャールのスピットファイア。

 

 更に、味方のソードフィッシュを攻撃しようとしていたメッサーシュミットを補足し機銃を浴びせる。

 

 炎を上げるメッサーシュミット。

 

「ハイ勝ち―ッ 僕の勝ち―!! ああ、雑魚狩りは楽しいなー!!」

 

 気色の悪い笑い声を上げるリシャール。

 

 得意絶頂で、メッサーシュミットを追いかけまわす。

 

「お? 逃げるの? 逃げるの? 臆病者ッ!! 弱虫!! お前なんか、こーだッ!!」

 

 叫びながら、機銃のトリガーを絞ろうとした。

 

 その時だった、

 

 高空から駆け下りて来た鉄十字の翼が、油断していたリシャールの頭上から襲い掛かった。

 

「ヒィッ!?」

 

 一瞬、

 

 視界に映った機影に悲鳴を上げながら、反射的に操縦桿を倒すリシャール。

 

 間一髪、メッサーシュミットが放った弾丸は、スピットファイアのすぐ脇を駆け抜けていく。

 

「ヒィッ ヒィッ ヒィィィィィィィィィィィィィッ!!」

 

 先ほどまでの余裕はどこへやら。

 

 耳障りな悲鳴と共に、必死の形相で操縦桿を操り、失速しかけた機体を立て直す。

 

 その甲斐あって、リシャールの駆るスピットファイアは、辛うじてメッサーシュミットの奇襲攻撃回避には成功した。

 

 だが、

 

「ああああああああああッ 何なんだよ、お前はさッ 僕の邪魔すんなよ!!」

 

 苛立ちを隠そうともせず、自分に攻撃を仕掛けたメッサーシュミットを追いかけるべく、スロットルを開くリシャール。

 

 速力を上げるスピットファイア。

 

 しかし、機動性ではスピットファイアが勝るが、加速と直線速度ではメッサーシュミットに一日の長がある。

 

 リシャールのスピットファイアが速力を上げ始めた時には、既にメッサーシュミットは距離を離していた。

 

「逃げるなよッ 卑怯者ッ この卑怯者がァァァァァァッ!!」

 

 苦し紛れに機銃を放つが、当然、届かない。

 

 弾丸は空しく、眼下に落下していくだけだ。

 

 そうしているうちに、狙ったメッサーシュミットは乱戦の中に隠れて見失ってしまった。

 

「うゥゥゥ、うゥゥゥ、うゥゥゥ・・・・・・・・・・・・」

 

 その様子を見て、リシャールは暫く歯噛みする。

 

 「自分を邪魔した卑怯者」に逃げられたのが、この末っ子王子には我慢ならなかったのだ。

 

 ややあって、その口元に無理やり笑みを刻む。

 

「ああ、そっかそっか、僕が怖いから逃げたんだッ そーだよねー、君たち弱いもんねッ 超強い僕には絶対に勝てないもんねー!!」

 

 敵が避退した事を都合よく解釈しながら、上機嫌で機体を反転させるリシャール。

 

 相変わらず調子の外れた鼻歌を歌いながら、次の獲物を探しだした。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 メッサーシュミットを駆って戦場空域をいったん離脱したクロウは、先ほどのスピットファイアに思いを馳せていた。

 

 太陽を背にして急降下。

 

 速力を完全に乗せた一撃離脱。

 

 理想的な奇襲攻撃。

 

 まさか、それをかわされるとは。

 

「はあ、運が良いんだか、腕が良いんだか。まあ、別にどっちでも良いんだけどね」

 

 ぼやくように呟きながら、機首を上げてメッサーシュミットを反転させる。

 

 機動性が高いスピットファイア相手に、巴戦を行うのは得策とは言えない。

 

 メッサーシュミット乗りとしては、大出力のエンジンを使って一撃離脱に徹するのがうまいやり方だろう。

 

 案の定、敵機は怒りに任せて追いかけてこようとしているのが見える。

 

 しかし、敵機が反転して攻撃位置に着いた時には、既にクロウの機体ははるか先まで距離を引き離している。

 

「悪いけど、こっちは忙しいんだ。お前と遊んでいる暇はないんだよ」

 

 言いながら、更にスピードを上げるクロウ。

 

 こうなると、メッサーシュミットに追い付ける機体はほとんどいない。

 

 やがて、

 

 案の定と言うべきか、敵機は諦めたのか、反転していくのが見えた。

 

 クロウはと言えば、既に次の獲物を見定めてメッサーシュミットを加速させている。

 

 敵は執拗に、第1艦隊に攻撃を仕掛けてきている。

 

 1機の敵にかまっている暇はなかった。

 

 

 

 

 

 戦いは終盤に差し掛かりつつある。

 

 誰もが、そう思い始めていた。

 

 第1艦隊は敵の攻撃をかわしながら、既にダンケルク沖を通過。順調に北上を続けている。

 

 間も無くだ。

 

 間も無く、敵の攻撃圏を抜ける。

 

 そうすれば、こちらの勝ちだ。

 

 全速力で航行する「シャルンホルスト」。

 

 横隊を組んだ4機のソードフィッシュが、その左舷側から迫る。

 

 攻撃の悉くを、ドイツ軍の迎撃によって阻止されたイギリス軍には、既に攻撃力を保持している機体は少ない。

 

 そこで、残る全戦力を投入して「シャルンホルスト」を叩きに来たのだ。

 

「狙いは悪くない、かな。けど・・・・・・」

 

 向かってくるソードフィッシュを見ながら、エアルは不敵な笑みを刻む。

 

 残る戦力を集中すると言うのは、戦術上有効であるのは確かだ。少なくとも、分散攻撃するよりは良い。

 

 しかし、

 

「残念だけど、君達じゃ無理だよ」

 

 エアルの言葉と同時に、左舷側の対空砲火をフル稼働させる「シャルンホルスト」。

 

 たちまち、ソードフィッシュの進路前面に、無数の炸裂が発生する。

 

 更に外周の駆逐艦や「グナイゼナウ」「プリンツ・オイゲン」も射撃を開始する。

 

 こうなると最早、戦闘ではなく、半ば虐殺にも似た様相を呈する。

 

 艦隊の十字砲火に絡めとられ、射点にたどり着く前に2機のソードフィッシュが撃墜、海面に突っ込む。

 

 更に1機、「シャルンホルスト」が放った対空砲火によって叩き落される。

 

 残るは1機。

 

 しかし、最後のソードフィッシュは、勇敢にも対空砲火の中を突き進んでくる。

 

 仲間の仇ッ

 

 せめて一太刀、浴びせてやるッ

 

 そんなパイロットの声が、聞こえてくるようだ。

 

 対空砲火を掻い潜り、高度を落として魚雷投下態勢に入る複葉の旧式雷撃機。

 

 迫るソードフィッシュ。

 

 「シャルンホルスト」までは、あとわずか。

 

 このまま、魚雷を食らう事になるのか?

 

 誰もが、そう思った。

 

 だが、

 

「あれはッ」

 

 エアルは、ソードフィッシュの背後から迫る影に気付き声を上げる。

 

 同時に振り返って叫んだ。

 

「全火器、砲撃止め!!」

「え、おにーさんッ!?」

 

 驚いて声を上げるシャルンホルスト。

 

 正直、このタイミングで対空砲火を止めるなど、正気の沙汰とは思えない。

 

 だが、

 

「大丈夫、俺を信じて」

 

 やがて、エアルの命令通り、対空砲を停止する「シャルンホルスト」。

 

 最後のソードフィッシュが、速度を上げて突っ込んでくる。

 

 正に魚雷を投下しようとした、

 

 次の瞬間、

 

 突如、背後から殴られるような衝撃と共に、海面へと突っ込んだ。

 

 入れ替わる様に、急上昇を掛けるメッサーシュミット。

 

 その操縦桿を操る、クロウが手を振っているのが見えた。

 

 最後のソードフィッシュの背後から、クロウのメッサーシュミットが迫っているのが見えたエアルは、敢えて対空砲火をやめさせて弟が攻撃するチャンスを作ったのである。

 

 言わばソードフィッシュは、アレイザー兄弟が即席で作り上げた罠の中に、自ら飛び込んだ形だった。

 

 手を振り返すエアル。

 

 傍らのシャルンホルストもまた、一生懸命、上空を舞う翼に向かって手を振っていた。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 こうして、ツェルベルス作戦は終了した。

 

 見事、イギリス軍の警戒網をすり抜けて、本国への帰還を果たした第1艦隊には賞賛が雨あられと降り注いだ。

 

 何と、あのヒトラー総統も直々に賛美を送ったほどであった。

 

 一方、

 

 白昼堂々、自国の正面を敵艦隊に突破されたイギリス軍には批判が殺到。

 

 関係各所は暫くの間、その火消しの為に奔走する事になるのだった。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 ゆっくりと近づいてくる光。

 

 それが、良く慣れ親しんだ物だと気づくのに、そう時間は掛からなかった。

 

「帰って来たな」

「うん」

 

 並んで立つシャルンホルストが、エアルの言葉に頷きを返す。

 

 少女の声が、かすかに上ずっているのが分かる。

 

 それ程までに、目の前の光景は感動的ですらあった。

 

 そっと、少女の華奢な体を抱き寄せるエアル。

 

 少女もまた黙したまま、青年にその身を預けた。

 

 1942年2月13日。

 

 ドイツ海軍第1艦隊、ヴィルヘルムスハーフェン軍港へ帰還。

 

 作戦に成功したドイツ海軍。

 

 しかし、それは同時に、新たなる戦いの幕開けをも意味している事は、誰もが予感している事だった。

 

 

 

 

 

第49話「懐かしき灯」      終わり

 

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