蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第50話「柏葉の輝き」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 スマートな外観の巡洋戦艦が、ゆっくりと桟橋へと近づいてくる。

 

 基準排水量3万1000トンの巨体にしては、滑らかな動きだ。

 

 やがて、定位置まで来るとピタリと制動を掛ける。

 

 その動きは、見事としか言いようがなかった。

 

「総員上陸準備、接岸作業、掛かれ!!」

「了解ッ」

 

 エアルの命令を受けて、ヴァルターが接岸に向けた指示を各部署へと飛ばす。

 

 ツェルベルス作戦を終え、無事にドーバー海峡突破に成功したドイツ第1艦隊は、一旦ノルウェーのベルゲンに寄港して損傷個所を補修した後、再度出港し南下、その後は順調にスケガラック海峡、カデガット海峡を通過して、ドイツ本国への帰還を果たした。

 

 一連の作戦における沈没艦は無し。正に、ドイツ海軍の完全勝利と言って良かった。

 

 この後、各艦艇は工廠へと引き継がれ、整備作業へと入る。

 

 その間、乗組員達にはつかの間の急かが与えられる事になる。

 

 何しろ1年半振りの帰国である。誰もが家族や友人、果ては恋人との再会を心待ちにしている。

 

 一度海へと出れば家族と会う事は出来ず、明日をも知れぬ運命となる身。誰もが、生きている事への感謝を込め、また、明日への運命を願う。

 

 それは軍艦に限らず、船が帰港した港で常に見る事が出来る光景だった。

 

 

 

 

 

 接岸と交渉への引継ぎを終えたエアルは、タラップを伝って桟橋へと降りる。

 

 踏みしめる大地は、久しぶりの祖国。

 

 同じ港の風景であっても、他国とはまた違う感慨が沸くと言う物。特に、今回のように1年以上帰っていなければ猶更である。

 

 帰って来た。

 

 ようやく、その実感が、心の中で深く噛みしめられていた。

 

 そのまま歩き出そうとしてエアルは、ふと足を止めると、見上げるようにして振り返った。

 

 甲板の上では、多くの乗組員が走り回っているのが見える。

 

 巡洋戦艦「シャルンホルスト」。

 

 開戦以来、自分が指揮して数々の栄光を共にした艦。

 

 多くの苦難も、この艦と共にあったからこそ乗り越えて来る事が出来た。

 

 しかし、

 

「・・・・・・今回で最後、かな」

 

 努めて淡々とした口調で呟くエアル。

 

 通常、戦艦の艦長と言う物はせいぜい1~2年程度で交代する物だ。

 

 これは昇進や異動にも関わる事であり、更に言えば、その人物が退く事で、その席を後進の人間に譲る意味合いもある。

 

 エアルは既に3年近く「シャルンホルスト」艦長の座にあり、その間に多くの武功を上げている。

 

 海軍人事局としても、そろそろエアルを他の部署へと異動させ、艦長席を空けたいと思っている頃だろう。

 

 できれば、もっとこの艦に乗っていたい。

 

 この艦と一緒にいれば、まだまだできる事がたくさんあるはず。

 

 そう確信している。

 

 しかし、その願いが叶えられる事はないだろう。

 

 一応、上層部に留任の申請を出す事は出来るが、受理される可能性は低かった。

 

 ふと、よぎるのは一抹の寂寥感。

 

 この艦を降りると言う事は、それはつまり・・・・・・

 

「おにーさんッ!!」

 

 背後から元気よく、とびかかってくる少女。

 

 そのままエアルの左腕に、しがみつくようにして抱き着く。

 

「シャル・・・・・・・・・・・・」

 

 少女の重みを腕に感じ、エアルは微笑む。

 

 当然だが、艦を降りると言う事は、シャルンホルストとも離れ離れになると言う事だ。

 

 この戦時下、一度離れれば、次は会えるかどうかすら分からない。

 

 その事が、エアルの胸に微かな疼きとなっていた。

 

 やがて、この手を離さなくてはならない時が来る。それも、近い将来。

 

 だからこそ、エアルは知らずの内に己で背を押していた。

 

「あのさ、シャル」

「うん、何?」

 

 見上げるシャルンホルスト。

 

 エアルが続けて口を開こうとした。

 

 その時、

 

「おーいッ!!」

 

 不意に、大声で呼びかけられ、エアルは言葉を止める。

 

 振り返ると、どうやら急いで走って来たらしい、シュレスビッヒが肩で息をしながら立っていた。

 

「2人とも、ちょっと待ってくれッ」

 

 怪訝な面持ちで、大先輩たる艦娘参謀長を見つめるエアルとシャルンホルスト。

 

「シュレスおばさん、どうしたんですか?」

 

 既に任務も終わっており、エアルの口調は公的な物からプライベートな物へと切り替わっている。

 

 シュレスは何を慌てているのか?

 

 相手の反応を待っていると、シュレスは切れた息を整える間も無く口を開いた。

 

「2人とも、すまんが一度、艦に戻ってくれ」

「え?」

「何で?」

 

 首をかしげる2人に、シュレスはようやく息を整えていった。

 

「お前たちに、ぜひ会いたいと言う御方が来ている」

 

 

 

 

 

 ともあれ、

 

 そう言われた以上、戻らないわけにはいかない。

 

 エアルとシャルンホルストはシュレスに連れられる形で、たった今降りた「シャルンホルスト」へと戻る。

 

 そのまま会議室へと連れていかれる。

 

 と、

 

 エアルは会議室の前に、直立不動で立っている士官を見て眉を顰める。

 

 彼等が来ているのは海軍の正式軍装ではなく、漆黒の軍服だ。

 

 これを切る事が許されているのは、ドイツ軍の中でも、ほんの一握りだ。

 

 となると、自分達に会いたいと言う人物は・・・・・・・・・・・・

 

 ある予感と共に、室内へと入る。

 

「来たか、2人とも」

 

 中で待っていたのは、父である第1艦隊司令官のウォルフ・アレイザー中将。

 

 そして、

 

「やあ」

 

 父と共に待っていた人物が、入って来たエアルとシャルンホルストを見て、上機嫌で手を上げる。

 

 その姿を見た瞬間、

 

 エアルは思わず強張ると同時に、自分の予感が的中した事を悟った。

 

「ようやく会えたな、アレイザー大佐、それに君はシャルンホルストだな。開戦以来の活躍ぶりには、余も心躍る物があったぞ」

 

 その人物は、思っていたよりも小柄で、あまり体格がいいとは言えないエアルよりもさらに背が低い。

 

 しかし眼光は鋭く、存在感はまるで人ならざる物であるかのようだ。

 

 やはり、

 

 と思った。

 

 部屋の外に立っていたのは親衛隊(SS)の隊員だった。

 

 SSがわざわざ警護に着く人間など、この国には1人しかいない。

 

 ドイツ第3帝国総統アドルフ・ヒトラー。

 

 正真正銘、本人が目の前に立っていた。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 ツェルベルス作戦の成功に沸くドイツ海軍。

 

 これまで数々の勝利を重ねてきたが、痛快さにおいてはこれ程の物は無かった事だろう。

 

 何しろ、イギリス軍の文字通り鼻先を、主力艦隊が白昼堂々素通りしてやったのだから。

 

 紛う事無き大勝利。

 

 ドイツ全軍の士気は大いに盛り上がった。

 

 一方、

 

 ドイツ海軍の動きを読み切れず、自国の庭ともいえるドーバー海峡を突破された挙句、碌な損害を与える事も出来ずに取り逃がしたイギリス軍、特に海軍への批判は国中から上がった。

 

 何しろ、ドーバー海峡は狭い。

 

 もしドイツ海軍が欲を出していれば、沿岸の街が艦砲射撃を受けていた可能性もあったのだ。そうなれば、被害もバカにならない物になっていた事だろう。

 

 批判は当然の反応である。

 

 そして、

 

 その矛先はまんまとドイツ艦隊を取り逃がした、本国艦隊へと向けられた。

 

 中でも、作戦担当であるS部隊への批判は大きな物だった。

 

 指揮官たるディラン・ケンブリッジ准将は王族で、第2王子と言う立場にある。

 

 更に言えば、様々な政治配慮により、今や「国民的英雄」とも言われる人物である。が、流石に今回ばかりは処分を免れないだろう。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 しかし、

 

 

 

 

 

「何よ、これッ!?」

 

 スカパ・フローにある、本国艦隊司令部内において、少女の怒声が響き渡る。

 

 そのせい量はすさまじく、廊下を歩いていた人間が、思わず何事かと足を止めた程だった。

 

「ベル、うるさい」

「呑気にしてる場合じゃないでしょ!!」

 

 リオン・ライフォード大佐は、怒声の主たるベルファストに呆れ気味に声を掛けるが、帰って来たのは更なる怒声だった。

 

 怒りも冷めやらぬベルファストは、手に持った紙をリオンに付きつける。

 

 受け取って一読すると、それが先日、刷新されたばかりの人事について書かれている事はすぐにわかった。

 

 そこにはS部隊の解隊と、それに伴う人事異動が書かれている。

 

 S部隊の解隊は当然の事と思う。

 

 ドイツ海軍の行動を読み違え、まんまと自国の正面を素通りさせた責任は、本国艦隊唯一の実戦部隊だったS部隊にある。

 

 しかし、問題はその後だった。

 

「『ディラン・ケンブリッジ准将を少将に進級の上、第2戦艦戦隊司令官に任ずる』ってどういう事よッ!? 何で作戦失敗の責任者が昇進した挙句、新しい部隊の指揮官になってるわけ!?」

「俺に当たるな」

 

 リオンはややうんざりした調子でベルファストを押しのけながら、書類に目を落とす。

 

 確かに、ベルファストの言ではないが、リオンも今回の人事には納得いっていない。

 

 ドイツ軍はツェルベルス作戦成功を盛んに全世界に宣伝し、自軍の勝利をアピールしている。

 

 イギリス海軍としては面目が丸つぶれ。その責任者の処罰は、たとえ王族であったとしても免れないと思っていたのだが。

 

 その時だった。

 

 廊下の方からゲラゲラと品の無い笑いが聞こえてきたのは。

 

 振り返れば、ディランが相変わらず、取り巻き達を引き連れて部屋の中に入ってくるところだった。

 

「いやいや、やはり持っている者は違うと言う事さ。この次期国王たるこの俺の事は、誰もが認めていると言う事さ」

「いやいや、流石はディラン様でございますッ」

「全くですな!!」

 

 取り巻き達によいしょされて気分が良くなったディラン。

 

 その視線が、リオンへと向ける。

 

「よう、リオンッ 相変わらず頭の悪そうな面をしているじゃないかッ」

 

 と、相変わらず頭の悪そうな煽り文句で迫ってくるディラン。

 

 疲れるだけなので、通り過ぎるまで無視しようと思っていたが、彼より先に少女がかみついた。

 

「何であんたが昇進なのよッ 作戦失敗の責任者だったくせに!!」

 

 眦を釣り上げるベルファスト。

 

 対してディランはにやにやと笑いながら答えた。

 

「これが王族、それも次期国王と言う、言わばサラブレットたる存在の特権と言うやつさ。そこの雑種と訳が違うのさ」

 

 ディランが嘯くと、取り巻き達がはやし立てる。

 

 最早、完全に有頂天だった。

 

「ああ、勿論、責任者は処罰されたぞ。S部隊の幕僚共は、全員が降格の上、植民地やら地方の閑職へ左遷と言う事になったぞ。俺以外はな」

 

 そう言うと、上機嫌で踵を返すディラン。

 

 つまり、自分の罪を、他の幕僚達に全て擦り付けたと言う事だ。

 

 それで、この上機嫌さである。

 

 余程、面の皮が厚いとしか言いようがなかった。

 

「いやはや全く、生まれが違うと、こうも何もかもが違ってくるんだからな。愉快でたまらんよ!!」

 

 そう言うと、取り巻き達を連れて去っていくディラン。

 

 その様子を、最早あきれ顔で見送る以外に、リオンとベルファストは無かった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 今回の人事について、この男の介入があった事は、知る人ぞ知る事実であった。

 

「ディラン殿下の件、全て陛下の思し召し通りにいたしましたが、本当に宜しかったのですかな?」

「ああ、よくやってくれた」

 

 首相ウェリントン・チャーチルの問いかけに、国王フレデリックは、ワイングラスを煽りながら答えた。

 

 今回、S部隊が解隊されたにも関わらず、ディランが処罰されるどころか、かえって昇進した裏には、フレデリックの介在があった。

 

 全てはフレデリックが指示を出し、責任を全て幕僚に押し付ける一方で、ディランの失態は全て無かった事にしたのである。

 

 とは言え、それがディランの将来を想っての為、と言うのであれば、1寸の同情は無きにしも非ずと言ったところだったのだが。

 

「王室の権威を、こんな下らんことで汚す事は出来んからな」

 

 この男の頭にあるのは、結局のところそれだった。

 

 王室、ひいては自分の権威が失墜する事以外はどうでも良い事だった。

 

「アンドリウス等馬鹿どもが大失態をやらかし、その上でディランまでともなれば、我が権威の失墜はいかばかりか」

 

 国王たる自分の権利さえ守られれば、後はどうなっても構わない。

 

 究極のエゴの塊が、そこにいた。

 

「長男のアルフレッドがいなくなれば、ディランを本気で後継者に考えねばならんからな。今、あ奴に消えられるのは困るのだよ」

 

 そう言うとフレデリックは、年代物のワインを惜しげもなくグラスに注ぎ、一気に煽るのだった。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 緊張するな。

 

 と言う方が無理と言う物だった。

 

 エアルとシャルンホルストの目の前にいる人物。

 

 それは正真正銘、ドイツ国家元首アドルフ・ヒトラーその人なのだから。

 

 その傍らには、父であるウォルフが、忠実な近衛騎士のように直立不動で立っていた。

 

「閣下はお前たちの活躍を知り、直接労いたいと、ご多忙の中、わざわざ足を運んでくださったのだ」

「そ、そう」

 

 呆気に取られているエアルとシャルンホルスト。

 

 対して、ヒトラーは遠慮なく2人に歩み寄ると、満面の笑顔で2人の手を取る。

 

「開戦以来、『シャルンホルスト』の活躍ぶりには目を見張るものがあった。余も報告を聞くたびに心躍らせてもらった。そなたらは正に、海軍のエースと言っても過言ではない」

「そんな・・・・・・恐縮です。閣下」

 

 恐懼した体で答えるエアル。

 

 実際のところ、こんなところでまさかヒトラー本人に出迎えられるとは思っていなかったエアル達にとって、不意打ちにも等しい状況だった。

 

 横を見れば、シャルンホルストも同様な様子で体を強張らせている。

 

 巡戦少女の緊張はエアルも共有するところである。

 

 否、

 

 確かに緊張はしている。

 

 しかしそれは、驚きからではない。

 

 恐怖。

 

 目の前にいる、一見すると何の変哲もない小柄な男。

 

 しかし今や、全世界を巻き込んだ世界大戦の引き金を引いた張本人でもある。

 

 その存在はまるで魔王の如く、ただそこにいるだけで、威圧されてしまいそうだった。

 

 そんな2人の様子を見ながら、ヒトラーは笑顔で語り掛ける。

 

「そなたらの目覚ましい活躍に対して、余がしてやれることは何か考えたのだが、やはりこれ以外は思い浮かばなんだ。どうか2人とも受け取ってほしい」

 

 そう言ってヒトラーは、傍らのウォルフが持っている小箱から、徽章を2つ取り出す。

 

 銀色に光る柏葉の徽章。

 

 それは、騎士鉄十字章に装着される意匠である。

 

 騎士鉄十字章にはいくつかのランクがあるが、この柏葉を装着する事で「柏葉付騎士鉄十字章」となるのだ。

 

 さらに上になると今度は宝剣の徽章がプラスされ「宝剣柏葉付騎士鉄十字章」となる、更にその上は最高位の騎士鉄十字章となる「宝剣柏葉ダイヤモンド付騎士鉄十字章」となり、これは宝剣と柏葉の部分がダイヤモンドとなっている。ここまで来ると、受賞者は未だ数人に限られている。

 

 本来、勲章の授与は直属の上官が行う物だが、ヒトラーがこうして足を運ぶのは珍しい事。

 

 つまり、今までの活躍を、ヒトラー自らが認めた事になる。

 

「2人とも、これからもどうか、ドイツの為に励んでくれ」

「ハッ」

「は、はいっ」

 

 エアルは恐懼して、シャルンホルストは慌てた様子でヒトラーに敬礼する。

 

 そんな2人の胸元には、新たなる輝きを放つ勲章が輝きを放っているのだった。

 

 

 

 

 

 嵐のようだった。

 

 結局、ヒトラーは次の予定があるとかで、早々に親衛隊員を引き連れて艦を去っていった。

 

 ウォルフとシュレスも、ヒトラーを見送ると艦を降りている。

 

 この後、臨時編成の第1艦隊は解隊となる。それに伴い、2人も艦を降りる事になるだろう。

 

 「シャルンホルスト」は元の編成である第1戦闘群に戻る事になる。

 

 しかし、恐らくそこに、2人の姿はないだろう。

 

 ウォルフとシュレスは、今回の功績により、それぞれ別の部署へと栄転になる筈だ。

 

 そして、

 

 それはエアルにも言える事。

 

 自分がこの艦に乗る事は、もう無いかもしれない。

 

 この娘と一緒にいる事は、できないかもしれない。

 

「ねえ、シャル」

「何?」

 

 突き動かされるように、エアルは口を開いた。

 

「ちょっと、俺に付き合ってくれない」

 

 まっすぐな瞳で告げるエアル。

 

 シャルンホルストは、怪訝そうに首をかしげるのだった。

 

 

 

 

 

第50話「柏葉の輝き」      終わり

 




この時期まだ「黄金柏葉」は存在していないので、騎士鉄十字章としての最高位は「宝剣柏葉ダイヤモンド」になります。

鉄十字章としては「大鉄十字章」がさらに上位としてありますが、これはこの時期ゲーリングしかもらってなかったらしいので。

更に上には「大鉄十字星章」がありますが、ここまで来ると、歴史上で2人しか受賞してないそうです。
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