蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第51話「不吉なりし青」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 張り詰めた空気。

 

 ただ、その場にいるだけで、喉を奥から締め付けられるような錯覚に陥る。

 

 慣れない人間がこの場にいれば、すぐにでも席を立ちたくなることだろう。

 

 居並ぶメンツを見れば、それも無理からぬことだろう。

 

 ここに集ったのはエドワルド・レーダー元帥や、カーク・デーニッツ大将と言った、ドイツ海軍の首脳陣、更にはナチス党の幹部たちも集まっている。

 

 無論、アドルフ・ヒトラー総統の姿もある。

 

 そして、

 

 その対面には本日の主役たる、ウォルフ・アレイザー中将が控えていた。

 

 ツェルベルス作戦を指揮し、見事に第1艦隊をドイツ本国に帰還させることに成功したウォルフ。

 

 帰還後、第1艦隊は解隊となり、同時にウォルフも第1艦隊司令官兼第1戦闘群司令官の任を解かれ、現在は親衛隊(S S)所属に戻っている。

 

 ここはベルリンにある総統府。

 

 ではない。

 

 ここは東プロイセン州ラステンブルクの東にある、広大な森林地帯の中に建設された総統大本営。

 

 通称「狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)

 

 バルバロッサ作戦開始以後、ヒトラーはベルリンを離れ、この地で指揮を執っていた。その為、ドイツの行政機能は今や全て、この狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)に集約されていると言っても過言ではない。

 

 何やら秘密基地めいた印象のある、この狼の巣だが、その内実は行政機能や通信施設は勿論、広大な居住棟、多数の娯楽施設もあり最早、小さな街と言っても良い様相である。

 

 移動手段としては鉄道引き込み線と小型の飛行場も存在している。

 

 勿論、防御機能も充実しており、周囲は鉄条網と地雷原に覆われ、常に2000名からなる親衛隊員が常駐し、ヒトラーの守りは万全だった。

 

 そんな一同を見回して、ヒトラーが口を開いた。

 

「皆、先日のツェルベルス作戦はご苦労だった。実に見事な作戦展開に、余も溜飲が下がる思いだった。これで、イギリス海軍の権威は地に落ちた事は明白であり、奴等の士気も下がったであろう。我がドイツの勝利に大きな躍進になった事は間違いない」

 

 ヒトラーの言葉に、一同は居住まいを正す。

 

 国家元首からの賛辞と言う物は、それだけで重みがある物である。ましてヒトラーは、自他ともに認める独裁者である。そのヒトラーの言葉ともなれば、ドイツでは千金にも勝ると言う物だった。

 

「しかるに」

 

 静かに、言葉を切り替えるヒトラー。

 

 今日、この場に海軍の首脳陣を集めたのは、賛辞を贈る為だけではない。

 

 本題はここからだった。

 

「イギリス海軍は未だ強大であり、油断の許されない相手だ。加えて今後は、あの成り上がり者たる新大陸の国家、アメリカの艦隊も相手にしなくてはならない。より一層の、諸君の活躍に期待したいところ」

 

 言い終えると、ヒトラーは対面に座るウォルフを見やる。

 

 視線に対し、頷きを返すウォルフ。

 

 それを受けて、ヒトラーは再度、口を開いた。

 

「この状況に対し、アレイザー中将、君から何か提案があるとの事だが?」

「ハッ」

 

 指名され、立ち上がるウォルフ。

 

 その視線が、レーダー、そしてデーニッツへと向けられる。

 

 これから話す内容について、この2人と、その他数人には既に話してある。

 

 デーニッツは面白そうに笑みを浮かべて頷いたのに対し、レーダーは無言のまま腕を組む。

 

 両者の思惑が、明確にわかる態度だった。

 

 話を持ち掛けた時、デーニッツは興味を示してくれた。

 

 しかし、レーダーはあまり乗り気ではない様子だった。どうやら、ウォルフの意見に今でも完全に賛同しているわけではないらしい。

 

 しかし、それでも明確に反対はしてこなかった当たり、一理ある事は認めてくれているらしい。言うならば「消極的賛成」と言ったところだ。

 

「それでは、ご説明させていただきます。お手元の資料をご覧ください」

 

 既に会議前に、今回の議題についての資料は配ってある。

 

 一同がページをめくるのを確認してから、ウォルフは語り始めた。

 

「これまで我が国は、イギリスを中心とした連合軍と対峙を続けてきましたが、現在はそこにソ連とアメリカも加わった形です。アメリカの持つ豊富な物量は脅威ですが、最も憂慮すべきは、アメリカが送り出した物資が、北海経由でソ連に送られている事です」

 

 ウォルフが示した資料には、アメリカ本土からソ連のムルマンスクへ向かう航路、更には実際に航行している輸送船の写真も添付されている。

 

 そうして運ばれた物資が、対ドイツ戦線に転用されている事は疑いなかった。

 

「先のバルバロッサ作戦において、ソ連軍は恐らく想定を上回る大損害を被り、現在はアメリカの支援の下、回復に努めているものと思われます」

「まあ、奴等の事だ。アメリカからの援助で戦費を浮かせようと言う姑息な魂胆もあるだろうがな」

 

 居並ぶ党幹部からの言葉に、皆が笑いながら追随する。

 

 言い得て妙だろう。

 

 ヨーゼフ・スターリンと言う男は、よく言えば抜け目なく強か、悪く言えば小狡い所がある。アメリカやイギリスからの支援で、軍費を減らそうと言うのは、彼の独裁者の考えそうなことである。

 

 まあ、事実はどうあれ、物資がアメリカからソ連に送られている。重要なのはこの点だった。

 

「これらの物資輸送を遮断しない限り、無尽蔵に送られ続ける事になります。そこで・・・・・・」

 

 次のページを指し示すウォルフ。

 

 そこには、具体的な計画が書かれていた。

 

 添付された地図は、ノルウェーを中心に、北極海一帯をカバーするように描かれている。

 

「アメリカから送られる物資は、その全てがノルウェーの北を通ります。そこを通らない事には、ムルマンスクへは行けませんし、その他の港は使用に制限があるか、あるいは全く使えないかのどちらかです」

 

 ソ連はその地理的条件の関係から、大半の港が冬には凍り付いてしまう。これは帝政ロシア時代から続く、彼の国の弱点と言えよう。

 

 そんな中で、ムルマンスクは北海に面していながら、暖流の影響で冬でも使用可能な数少ない港だった。

 

 つまり、イギリスやアメリカがソ連に援助物資を送ろうとすると、どうしてもムルマンスクを使用せざるを得ず、その為には北海航路を使う必要があると言う事だ。

 

 つまり、ドイツ側からすれば、その航路を読みやすい事を意味している。

 

「重要となるのがノルウェーです」

 

 ノルウェーの地図。

 

 その海岸線には多数のフィヨルドが存在している。

 

 フィヨルドは規模が大きく奥行きがあり、水深も深く、かつ構造も複雑となっている。

 

 要するに天然の要害と言って良い。

 

 大戦初期、ドイツ軍がノルウェーに侵攻したのは、同国の持つ鉱物資源を手に入れる狙いの他に、このフィヨルドを水上艦やUボートの基地として使用する目的もあった為だ。

 

「我が軍は北ノルウェー一帯に大規模な拠点を建設。そこに水上艦隊、潜水艦隊、航空部隊を配置し、北海を航行する敵船団を狙い撃ちにします。そうすれば敵は、必要な物資を運び込む事が出来なくなります」

 

 ノルウェーのフィヨルドを港として整備し、そこに艦隊を配置すれば、敵も簡単にはこれを叩く事が出来なくなる。

 

 仮に攻撃しようとしても、水上艦艇の動きはフィヨルド内では制限される事になるし、たとえばタラントや真珠湾のように航空機による攻撃を試みたとしても、フィヨルドは幅が狭い為、雷撃機が攻撃機動を行うべく直進する事が出来ない。そうなれば、上空からの爆撃以外に攻撃手段がなくなるわけだが、これについてもフィヨルドの狭さが災いし、進入角度が限定されてしまう。立てこもるドイツ側からすれば、迎撃しやすい地形と言う訳だ。

 

 潜水艦も同様。フィヨルドの奥まで侵入するにはリスクが大きすぎる。

 

 敵からすれば、ドイツ艦隊がフィヨルドに立て籠もるだけで、酷く厄介な存在が出来上がると言う訳だ。

 

 勿論、だからと言って放置する事も出来ないだろう。そうなれば、ドイツ艦隊は北海航路を好き勝手に襲撃して暴れまわる事が出来る。

 

「まるで要塞だな」

「その通り、これは北ノルウェー一帯を、我らの要塞とするための計画です。ただし、この要塞は守る為の物ではありません。我らが攻め、戦い、勝利する為の要塞です」

 

 ドイツ軍がノルウェーに進出すれば、敵の輸送船を容易に狙い撃ちできる。

 

 また、敵がノルウェーのドイツ軍を警戒して輸送を制限すれば、それもまた良し。労せずして敵の輸送を遮断できる。

 

 どちらにどう転んでも、ドイツ軍の利益になる事は間違いなかった。

 

「よかろう」

 

 上座で聞いていたヒトラーが大きく頷くのが見えた・

 

「この計画を『アレイザー・プランⅡ』とし、ウォルフを総責任者とする。必ずや、憎むべきスラブ民族に鉄槌を下せ」

「ハッ」

 

 立ち上がり、ナチス式の敬礼をするウォルフ。

 

 新たなる戦場は北の海となる。

 

 こちらの狙いに気付けば、イギリス海軍も必ずや妨害行動に出て来ることだろう。

 

 戦いは正念場になる。

 

 北の海を制する者が、恐らくこの戦いの勝者となるだろう。

 

 その事を、ウォルフは確実に感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 会議も終わり、ヒトラーやナチス党幹部たちは次の予定が詰まっている為、海軍本部を後にした。

 

 そんな中、会議室に残ったのはウォルフ、レーダー、デーニッツの海軍幹部3人だった。

 

「概ね、お前の思惑通りと言う訳か」

 

 まったくもって面白くない、と言った感じにレーダーが告げる。

 

 海軍の最高指揮官である自分を差し置いて、ウォルフの案がヒトラーに気に入られた事に、どうやら忸怩たる物があるようだ。

 

 しかし反対はしない当たり、ウォルフの主張に対する正当性は認めているらしい。

 

「今後、我々の主戦場は北海になるだろう。どのみち、大西洋上での通商破壊戦は難しくなっているからな」

 

 そう言うと、デーニッツは苦い表情を作った。

 

 今年に入り、連合軍は徐々に対通商破壊戦対策を確立しつつあった。

 

 大西洋に進出したUボートの被害は少しずつ増加傾向にあり、更に補給に必要な輸送船にも被害が出始めている。

 

 そして、ツェルベルス作戦から約1か月後の1942年3月28日。更にドイツ軍の動きを制限する事態が起きた。

 

 イギリス軍による「チャリオット作戦」が発動。

 

 この作戦の攻撃目標となったのはフランス東岸にある港、サン・ナゼール。ここには大西洋岸で唯一、ビスマルク級戦艦のような大型艦も入渠可能な大型ドックがある。イギリス軍が狙ったのは、この大型ドックだった。

 

 サン・ナゼールを強襲する為に、イギリス軍は旧式駆逐艦「キャンベルタウン」に大量の爆薬を満載してドックへ突っ込ませてゲートを爆破、更には特殊部隊コマンドを突入させて徹底的に破壊させた。

 

 この戦いでサン・ナゼールの大型ドックは完全に破壊され、内部には大量の海水が流入、完全に使用不能となった。

 

 ドックは復旧の目途が全く立たず、完全に修復されるのは大戦終了後の事だった。

 

 そして、

 

 この作戦により、ドイツ海軍最強の戦艦である「ティルピッツ」が大西洋に進出して作戦行動を行う事は不可能となった。

 

 サン・ナゼールのドックが使えない以上、万が一損傷を受けた場合、修復するには本国まで戻る必要が出るからだ。

 

 ドイツ海軍としては、唯一の大型戦艦となってしまった「ティルピッツ」に、そのようなリスクを負わせる事は出来ない。

 

 否が応でもドイツ海軍は、主戦場を北へと移さざるを得なかった。

 

 しかし当然、イギリス軍もこの事態に乗じて来るだろう。

 

 ドイツ海軍が本国周辺に押し込められた事を機に、本国艦隊の増強を行うであろう事は容易に想像できる。

 

 ドイツ海軍は今後、ますます苦しい戦いを強いられる事になる。

 

 下手をすれば、イギリス海軍に一方的に押されて壊滅する可能性すらあった。

 

「その事について、私からもう一つ、提案したいことがあります」

「それは、会議に出した資料とは別に、か?」

「はい、こちらをご覧いただきたく思います」

 

 レーダーの言葉にうなずくと、とウォルフはカバンから資料を2部出して、レーダーとデーニッツに1部ずつ手渡す。

 

 一読するレーダーとデーニッツ。

 

 両提督の顔が、見る見るうちに驚愕へと変わるのは、すぐにわかった。

 

「おいおい・・・・・・こいつは、いくら何でも」

 

 デーニッツが、呆れたように声を上げた。

 

 レーダーもまた、険しい表情で資料を読み進める。

 

 彼もまた、難色を示して居るのは明らかだった。

 

「・・・・・・・・・・・・荒唐無稽」

 

 ややあって、資料を読み終えたレーダーが口を開いた。

 

「と、までは言わんが、この情勢下ではかなり難しいのではないか? 少なくとも暫くの間、海軍の弱体化は免れん」

「どのみち、もうしばらく主力艦隊は動かせません。長期作戦後の整備が必要でしょう。その間に作業を進めれば、年内の完了は十分可能と考えます」

 

 ウォルフの言葉を受け、考え込むレーダー。

 

 ウォルフが示した資料は、海軍の戦力強化案だった。

 

 強大なイギリス海軍に対抗する為に、戦力強化は急務だった。

 

 資料を読み進めるレーダー。

 

 その脳裏には、ある種の葛藤めいた思いが渦巻いていた。

 

 正直なところ、レーダーはウォルフの事を決して信頼しているわけではない。むしろ、同じ海軍軍人でありながら親衛隊に所属し、尚且つ、自分以上にヒトラーの信頼を得ているウォルフの事は疎ましく思ってすらいる。

 

 しかしそれでも、彼が提示した案が、レーダーにとっても魅力的である事は確かだ。

 

 ここが、分かれ道となる。

 

 現状のドイツ海軍は弱小だ。このままではいずれ、イギリス海軍、更にそこに加わったアメリカ海軍の物量の前に叩き潰されるだろう。

 

 しかし今、ウォルフの案に乗れば、

 

 あるいは、その絶望的な状況を覆す事もできるかもしれない。

 

「我々は『ビスマルク』を失いました。しかし、失った物を嘆いても戻っては来ません。ならば後は、残された戦力を徹底的に強化するしかありません」

 

 海軍を代表する2人の提督を前にして、ウォルフはまっすぐに見据えて言い放つ。

 

「これが成功すれば、我々はヨーロッパ最強の戦艦を手に入れる事になります。それも、一挙に3隻も」

 

 息をのむ、レーダーとデーニッツ。

 

 そんな2人を見るウォルフは確信をもって返事を待つ。

 

 吞まない手はない筈。

 

 その双眸には、情熱とも執念とも取れる、ぎらつくような輝きが宿っていた。

 

 

 

 

 

第51話「不吉なりし青」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、

 

 総統官邸に戻るべく、車で移動するヒトラー。

 

 史上最大の戦争を遂行する、この小柄な男の頭脳は、こうして1人でいる時もフル回転を続けている。

 

 その脳裏に浮かぶのは、先ほどの会議の事。

 

 ヒトラーにとって忠実な海軍提督であり、同時に数少ない「友」でもあるウォルフが提示したノルウェー進出案。

 

 それは、ヒトラーの思惑とも完全に合致していた。

 

 ソ連打倒。

 

 ヒトラーの悲願を達成するためには、まずはかの国への物資輸送を阻止する必要がある。その為に、北ノルウェーが最適な地である事は、語るまでも無かった。

 

「通商破壊戦による敵輸送阻止。それは良い」

 

 ヒトラーの呟きは、淡々として空気を震わせる。

 

「だがな、ウォルフ、それだけでは足りないのだよ。それだけでは、な」

 

 その場にいない友の顔を思い描きながら囁くヒトラー。

 

 そのシートの隣に置かれた書類。

 

 そこには「Blau」の文字が書かれていた。

 

 

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