蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第53話「魔物の棲む街」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を凝らせば、はるか先に山々の稜線が見える。

 

 まだ消えきらぬ雪が冠となって山頂に頂かれている。

 

 仰ぎ見れば、数羽の鳥が弧を描いて宙を舞っている。

 

 澄んだ空気の中に風は流れ、どこまでも広がっていく。

 

 どこまでも続く、平和な光景。

 

 その平和が、永遠に続くかと思っていた。

 

 そう、

 

 彼等が来るまでは。

 

 突如、大地をえぐるような轟音が鳴り響き、静寂は無残にも破られる。

 

 鋼鉄の悍馬が大地を駆け、告死の怪鳥は空を覆い尽くす。

 

 その全てに、不吉の鉄十字が描かれていた。

 

 ドイツ陸軍東部方面軍による「(ブラウ)作戦」発動。

 

 昨年のバルバロッサ作戦失敗以降、モスクワ周辺の防衛網は強化され、既に容易な突破は不可能となっていた。

 

 そこで、ドイツ陸軍は、敵首都を直接陥落させるのではなく、間接的にソ連軍に大打撃を与える作戦を考案した。

 

 ソ連の遥か南にあるコーカサス地方。

 

 そのコーカサス地方にあるバクー油田は、ソ連軍が必要とする石油の大半を一手に担っている。

 

 バクーで生成された石油は、ボルガ川の水運と、内陸の鉄道を利用してソ連領まで運ばれている。

 

 その2つを押さえる事が出来れば、ソ連軍の燃料事情に大打撃を与える事が出来るだろう。

 

 特にタンカーを利用した水運による輸送量は、空輸や陸上輸送の比ではない。

 

 ボルガ川の中流には、スターリングラードと言う街があり、ここを押さえる事が出来れば、燃料輸送を完全に堰き止める事が出来る。

 

 英米からの海路による輸送だけでは、ソ連全軍に行き渡る程の燃料を確保する事は難しい。何より、海上輸送ならUボートを初めとする海軍によって、容易に遮断する事が出来る。

 

 言わば、ソ連と言う巨人が持つ大動脈を塞ぎ、動脈硬化を起こさせようと言うのが狙いだ。

 

 うまく行けばソ連軍の大幅な弱体化が狙えるはず。

 

 そうなれば、第2次バルバロッサ作戦の発動すら、夢ではなくなるかもしれないのだ。

 

 まさに、完璧ともいえる作戦。

 

 陸軍はこの作戦に、東部軍の主力、第6軍を中心とした部隊に加え、更に同盟国であるイタリア、ハンガリー、ルーマニア、スロバキアの各軍合わせて、総勢130万の大軍を集結させていた。

 

 しかし、

 

 その作戦も、陸軍上層部が思い描いた通りにはいかなかった。

 

 作戦発動前に、総統アドルフ・ヒトラーの横槍が入ったからである。

 

 ヒトラーは、陸軍から上げられてきた作戦案に難色を示し、自身の作戦案をねじ込んできた。

 

 戦争経済の重視を説くヒトラーは、スターリングラードを押さえてソ連軍の燃料輸送を阻止するだけでは足りないとし、バクー油田その物の奪取も命じて来たのだ。

 

 多数の機甲師団を有するドイツ軍にとって、燃料の消費問題は重要課題の一つである。

 

 出撃の度に足りているとは言えない燃料のやりくりに頭を悩ませていた。

 

 しかし、バクー油田を押さえる事が出来れば、以後は燃料事情を気にする必要はなくなる、と言う訳だ。

 

 だが、そのヒトラーの作戦案に、今度は軍部が反対する。

 

 バクーはスターリングラードよりも更に南にあり、当然、移動距離が長くなって補給にも難が生じる。

 

 スターリングラードと、コーカサス地方を同時に攻めるとなれば、部隊を2つに分ける必要がある。

 

 しかし、昨年のバルバロッサ作戦失敗から立ち直っているとは言い難いドイツ軍には、既に他方面作戦を行うだけの力は残されていないのだ。

 

 加えて、コーカサス地方の手前には、4000メートル級の山々が連なるカフカス山脈が横たわっている。当然、その間にはソ連軍が多数の防御陣地を築いているだろうから、突破には多大な時間を要する事になる。

 

 それよりも、まずは全兵力を集中してスターリングラードを取る。しかる後、余勢を駆ってバクーに攻め込んだ方が得策だろう。

 

 スターリングラードさえ陥とせば、ソ連軍は確実に弱体化する。バクーを攻めるのは、それからでも遅くは無いはずだ。

 

 あるいは、スターリングラードさえ陥とせば、バクーを取らずとも戦争は終わるかもしれない。

 

 どう考えても、スターリングラードとバクーを同時に攻めるメリットは薄かった。

 

 しかし、ヒトラーは専門家である軍人たちの意見には一切耳を貸さず、ついには己の案を強引に押し通してしまった。

 

 仕方なく東部方面軍は部隊を二手に分け、A軍集団は南下してコーカサス地方を目指し、B軍集団は東進してスターリングラードを目指した。

 

 しかし、当初の予想通り、A軍集団は強固なソ連軍の防御陣によって進路を阻まれ、思う様に進軍できず苦戦を強いられた。

 

 更にソ連軍は民兵を束ねて組織したパルチザンを多数、ドイツ軍の戦線後方に残置し、攪乱任務に当たらせた為、A軍集団はしばしば、補給にも滞るようになった。

 

 一方のB軍集団はと言えば、こちらは絵に描いたように順調だった。

 

 ソ連軍の抵抗を次々と撃破して快進撃を続けるB軍集団。

 

 この分で行けば、予定通りスターリングラードを攻略する事が出来るだろう。

 

 誰もがそう思った時、

 

 その状況にまさかの水が差される事になった。

 

 間も無くスターリングラードを望める場所まで進出したB軍集団司令部宛に、総統大本営「狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)」から1通の命令書が届いた。

 

 曰く「B軍集団所属の第4機甲軍を、A軍集団への援軍として、直ちに供出せよ」。との事。

 

 これには、B軍集団司令部も難色を示す。

 

 第4機甲軍は、フランス侵攻作戦時にはA軍集団に所属し、あのアルデンヌ突破作戦にも参加した、言わばドイツ軍の中でも精鋭中の精鋭である。

 

 今回の(ブラウ)作戦でも、B軍集団の主力を成している。その第4機甲軍に抜けられては、進軍に多大な影響を及ぼす事は目に見えていた。

 

 思い返せば、昨年のバルバロッサ作戦時、順調に進軍していた中央軍集団から、苦戦中の北方、南方両軍集団へ援軍を送った結果、それまで順調だった中央軍集団まで苦戦するようになり、結果として、作戦が失敗する一要因にもなった。

 

 ヒトラーは昨年と同じ愚行を繰り返そうとしているのだ。

 

 命令の撤回を求めるB軍集団だったが、聞き入れられる事は無かった。

 

 仕方なく、第4機甲軍はB軍集団の戦列から離れ、南へと向かう。

 

 すると、案の定と言うべきか、それまで順調に進軍していたB軍集団の進撃速度は目に見えて落ち始め、ソ連軍相手にしばしば苦戦を強いられるようになった。

 

 しかも、である。

 

 援軍を送って数日。

 

 何と、肝心の第4機甲軍が到着する前に、A軍集団はソ連軍の防御陣地突破に成功してしまったのだ。

 

 つまり、ヒトラーが行った援軍命令は、全くの時間の無駄だったわけだ。

 

 すると、今度はこんな命令が届いた。

 

「先の命令は撤回する。第4機甲軍は速やかにB軍集団に復帰せよ」

 

 朝令暮改。

 

 としか言いようがない。

 

 まるで「ぐずぐずするな、さっさとしろ」とでもいうような命令。

 

 この無駄な援軍命令のせいで、第4機甲軍は約3週間に渡って遊兵化すると言う愚行が行われた。

 

 これにはA、B両軍集団共に不満が収まらず、ついには「狼の巣」へ抗議する事態にまで発展した。

 

 しかし、

 

 それに対しヒトラーは両軍司令官を解任すると、自分に忠実な人間を新たな司令官に据え、そして両軍を統括する最高司令官に自らが就任してしまった。

 

 結局、B軍集団がスターリングラードを攻撃できる体制を整えたのは、予定から3週間以上遅れての事だった。

 

 とは言え、多少の遅延はあったが、これで態勢は整った。

 

 スターリングラードを包囲したB軍集団は、パウルス将軍に率いられたドイツ第6軍を中心に、兵力30万、戦車500両、航空機1,600機。

 

 イタリア、ルーマニア、ハンガリー、スロバキアと言った各同盟軍の部隊も戦列に加わっているが、これらは2線級の部隊であり、後方の補給線確保が任務となり、主攻撃担当はあくまで第6軍だった。

 

 対して、スターリングラードに立て籠もるソ連軍は、チュイコフ将軍指揮の下、兵力は19万。

 

 圧倒的優勢の中、8月23日、ドイツ軍はついに攻撃を開始する。

 

 後の世に「史上最大の市街戦」と呼ばれる事になる、スターリングラード攻防戦の始まりである。

 

 空軍(ルフトバッフェ)の猛爆撃の後、市街地への突入を開始するドイツ軍。

 

 瓦礫と炎に包まれる、スターリングラードの街並み。

 

 この分なら、数日の内にはスターリングラードを陥落できるだろう。

 

 ヒトラーを初め、ドイツ軍の誰もが、そう楽観視していた。

 

 しかし、

 

 この事実が、ドイツ軍将兵を地獄へと引き摺り込む事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市街地への突入するドイツ軍。

 

 しかしその動きは当初の余裕の状況から、すぐに戸惑いに変わり、更に時を置かずに焦慮へと変わった。

 

 抵抗を排除しながら、徐々に街の奥深くへと進んでいくドイツ軍。

 

 やがて、街の中心近くまで来た時だった。

 

 突如、通りを進むドイツ軍めがけて、四方の建物から銃撃を浴びせられた。

 

 銃弾を浴びてバタバタと倒れていくドイツ兵士達。

 

 慌てて反撃するも、その時にはソ連兵は既に逃げ去った後だった。

 

 かと思ったら、今度は後方から銃撃される。

 

 そこで初めてドイツ兵たちは、自分達がとんでもなく戦いにくい場所に立っている事に気が付いた。

 

 ドイツ軍は多数の精鋭機甲師団を有している事からも分かる通り、平地での野戦を最も得意としている。

 

 しかし言うまでもなく、戦車は複雑な市街地で運用するには不向きな兵器である。

 

 加えて、今のスターリングラードはドイツ空軍の爆撃によって瓦礫の山と化している為、戦車が全く使えない状況にあった。

 

 今やドイツ軍兵士達は、不案内な街の中で、不慣れな市街戦を強要されている状態であった。

 

 対して、ソ連軍はこれあるを予期しており、ドイツ軍がヒトラーの気まぐれに翻弄されて手を拱いている隙に、街全体を徹底的に要塞化して待ち構えていたのだ。

 

 今やスターリングラードは、瓦礫の一つ一つが、とんでもなく強固な防御陣地と化していた。

 

 その隅々に至るまでソ連兵が潜み、隙を見つけてドイツ軍にゲリラ的な攻撃を加えて来るのだから堪った物ではない。

 

 ドイツ軍は予期せぬ攻撃の前に、翻弄されるしかなかった。

 

 とある雑居ビルには、ソ連軍が砲撃陣地を築き、通りを攻めてくるドイツ軍を狙い撃ちにしていた。

 

 その陣地を制圧しない限り、ドイツ軍はそれ以上進軍する事は出来ない。

 

 そこで多大な犠牲を払いながら、迫撃砲が据え置かれた1階の砲撃陣地を制圧するドイツ軍。

 

 しかし、そこで終わりかと思いきや、ソ連軍兵士は2階に逃れて抵抗を続ける。

 

 2階を制圧したら、今度は3階へ。

 

 膨大な量の屍を築きながら、どうにかビル全体を制圧するドイツ軍。

 

 しかし生き残ったソ連兵士は、いつの間にか地下下水道に逃れ、尚も抵抗を続けた。

 

 スターリングラードの地下には、蜘蛛の巣のように地下下水道が流れており、それらはドイツ空軍の猛爆撃にも耐え抜いていた。

 

 下水道を、まるでネズミのように素早く駆けながら、ドイツ軍を翻弄するソ連兵たち。

 

 ソ連軍は事前に下水道の構造を調べ上げ、そこを連絡通路として利用していたのだ。

 

 更に猛威を振るったのは、スナイパーの存在だった。

 

 ソ連軍は特に射撃能力の高い兵士を選抜して狙撃部隊を組織。それらを戦線に配置していた。

 

 ソ連軍スナイパーたちは、特に階級の高い将校を狙い撃ちにして、ドイツ軍を恐怖に陥れていた。

 

 ドイツ軍は、こうしたソ連兵が潜んでいそうな場所を、1つ1つ調べ上げ、丹念につぶしていく以外に無かったが、それには途轍もない時間が掛かってしまった。

 

 ある意味、戦死できた兵士は、まだしも幸せだったかもしれない。

 

 万が一、捕虜にでもなってしまえば、その兵士は徹底的に拷問にかけられ、持っている情報をすべて吐き出させられて上で処刑された。

 

 こうして、スターリングラードでは、兵力に勝るドイツ軍と、地の利を得ているソ連軍との間で、泥沼の消耗戦が展開されるのだった。

 

 

 

 

 

 最前線で激しい戦いが繰り広げられる中、戦線の遥か後方、両国の首都においても、熱い戦いが行われていた。

 

 もっとも、その熱さは、最前線のそれとは聊か以上に性質の異なる物だったが。

 

 スターリングラードは、元の名をツァリーツィンと言う。

 

 それが、スターリンの行った工業政策のモデル都市に指定された為、彼の名が冠せられ、現在の名前に変更された経緯がある。スターリンにとっては特別に思い入れのある街だった。

 

 そのような事情がある為、スターリンは街の絶対死守を明示していた。

 

 また、スターリングラード防衛の指揮官には、スターリン率いる共産党の幹部が多数が参加している。

 

 彼等は猜疑心に凝り固まったスターリンの性格をよく熟知している。それ故、「敗北=死」「後退=死」と言う事も十分に理解していた。

 

 だからこそ、死に物狂いになって戦線を維持していた。

 

 一方のヒトラーも、スターリングラードの事情は知っていた為、戦略的事情を置いても、是が非でも陥としたい街だった。

 

 その為、手持ちの戦力をありったけ、手当たり次第に東部戦線に送り込みスターリングラードへと向かわせる。

 

 ここに、史上最大にして最悪とも言える、独裁者同士の意地の張り合いが始まった。

 

 両軍ともに最前線では多くの命が失われる中、後方では独裁者たちがメンツをかけて張り合う。

 

 こうして、スターリングラードと言う街は、多くの命を食らい、呑み下していく。

 

 どこまでも続くかと思われた、凄惨な消耗戦。

 

 しかし、

 

 事態は水面下で、密かに進行していたのだった。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 11月に入った。

 

 スターリングラードでは、尚も両軍が激しい消耗戦を繰り広げていた。

 

 しかしこの頃になると、ドイツ軍の優勢はほぼ確立されつつあった。

 

 ドイツ軍の支配地域は街の80パーセントに達し、ソ連軍の抵抗は徐々に弱まりつつある。

 

 このまま行けば勝てる。

 

 多少、予定はずれ込んだが、年内にスターリングラードを制圧できる。

 

 誰もが、そう思い始めていた。

 

 そのような中、

 

 11月19日。

 

 ドイツ第6軍の後方警備を担当していたルーマニア軍の目の前に突如、総勢100万から成るソ連主力軍が出現。一斉に攻撃を仕掛けて来た。

 

 ソ連軍による「天王星(ウラヌス)作戦」発動。

 

 ソ連軍は、ドイツ軍の目がスターリングラードに釘付けになっている隙に、後方で着々と反撃の準備を整えていたのだ。

 

 主力軍の指揮官は、第2次大戦中におけるソ連軍最高の名将とも謳われたゲオルギー・ジューコフ元帥。

 

 ジューコフに率いられたソ連主力軍は、自分達の行動を徹底的に秘匿。通信はおろか、昼間の行動すら制限し夜間のみに部隊移動を行うと密かに戦線を浸透、ドイツ第6軍の背後へと回り込んだ。

 

 折からの悪天候もあり、ドイツ軍は、このソ連軍の動きを全く察知できなかった。

 

 ある参謀は、100万以上のソ連軍の所在が不明になっている事に気が付き、ヒトラーに上奏したものの、その報告は握りつぶされた上に、彼は閑職に左遷させられてしまった。

 

 こうして、ドイツ軍の後方に回り込んだソ連軍は、一気に攻撃を開始した。

 

 ドイツ軍の後方を守るのは、同盟諸軍の2線級部隊に過ぎない。

 

 まして、主な戦闘はドイツ軍が担当している為、彼等は後方で補給路の守備を行うのみ。

 

 気が完全に緩み切っていたところに、ソ連軍の精鋭部隊が襲い掛かった。

 

 ソ連軍はルーマニア軍を殆ど一瞬(実際、戦闘に要した時間は半日未満)で撃破すると、ドイツ軍の後方遮断を開始する。

 

 ドイツ軍もこれに対応すべく行動を起こすが、既に部隊の大半はスターリングラードの街深くに入り込んでいた為、その動きは苛立たしいほどに鈍かった。

 

 こうして、ソ連軍の攻撃開始から、僅か3日後の11月22日。

 

 ソ連軍はドイツ軍の後方遮断に成功。

 

 ここに、「街を包囲する軍が、逆に包囲される」と言う、史上珍しい状況が現出した。

 

 そして、

 

 この事態を知る者は、これがドイツ軍にとって、いかに危機的状況であるかを悟り戦慄せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 状況は「狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)」のヒトラーの下へも伝えられ、直ちに救出作戦が検討された。

 

 救出部隊の指揮官に選ばれたのは、アルフレート・マンシュタイン元帥。

 

 あのフランス侵攻作戦を基礎となった「マンシュタイン・プラン」を立案、計画した名将である。

 

 マンシュタインは長らく前線から遠ざかっていたが、バルバロッサ作戦時にはクリミア半島攻略を担当。徹底的な火力投射で、同地にあるソ連軍要塞を粉砕し、南方軍集団勝利に大きく貢献した。(余談だがこの時、ドイツ軍が世界に誇る、80センチ砲搭載の超巨大列車砲「ドーラ」や、54センチ砲搭載自走臼砲「カール」が、数少ない実戦を経験している)。

 

 命令に従いマンシュタインは「ドン軍集団」を編制。直ちに第6軍救出作戦の検討に入った。

 

 作戦名は「冬の嵐(ヴィンター・ゲヴィッター)

 

 これは、ソ連軍包囲網の一点に集中攻撃を仕掛けて戦線に穴を開け、同時進行で第6軍は「雷鳴(ドンナー・シュラーク)作戦」を発動。包囲網の内側から同一方向に攻撃を仕掛ける。

 

 言わばトンネルを掘る要領で、内と外から攻撃を仕掛けて包囲網に穴を開け、そこから物資を送り込むと同時に、第6軍を脱出させると言う物だった。

 

 成功すれば、確実に第6軍を救出する事が出来る。

 

 しかし、この作戦をヒトラーは承知しなかった。

 

 作戦手法そのものは認可したものの、第6軍のスターリングラードからの後退は認めなかったのだ。

 

 その背景には空軍最高司令官のヘルムート・ゲーリングが、「第6軍への物資輸送は、空輸のみで十分可能」と請け負った事が大きかった。

 

 しかし、最早時間が無い。悠長にヒトラーを説得している間にも、スターリングラードの包囲網は着々と強化されているのだ。

 

 マンシュタインは、いざとなれば第6軍を指揮するパウルスが、独断で雷鳴作戦を発動してくれる事を信じ、作戦を開始するしかなかった。

 

 ドン軍集団の集結が完了したマンシュタインは、12月12日より作戦を発動。

 

 包囲網を形成するソ連軍に、後方から襲い掛かった。

 

 対して、包囲網強化にばかり気を取られていたソ連軍は虚を突かれた。

 

 ドン軍集団の猛攻は凄まじく、次々とソ連軍の部隊を撃破、包囲陣地を突破していく。

 

 作戦開始から5日後の17日には、スターリングラードの手前40キロまでドン軍集団は前進。撃ち上げる照明弾がスターリングラードの街中からも確認する事が出来た程だった。

 

 ここだ。

 

 このタイミングで、第6軍が雷鳴(ドンナー・シュラーク)作戦を発動すれば、確実に包囲網を打ち破れる。

 

 誰もが作戦成功を祈る中、

 

 しかし、祈りは天に通じなかった。

 

 第6軍司令官パウルスは、作戦発動を拒否。

 

 説得に来たドン軍集団参謀には、燃料不足により作戦発動は不可能と語った。

 

 もっとも、燃料不足云々は建前で、本音はヒトラーの現地死守命令に逆らい、司令官職を解任される事をパウルスが恐れたから、とも言われている。真相はパウルス本人にしか分からないが。

 

 2日後にはイタリア軍もソ連軍によって撃破された。

 

 こうなると、いかな名将マンシュタインと言えども如何ともしがたい。

 

 グズグズしていては、ドン軍集団もソ連軍によって包囲されかねない。

 

 断腸の思いで撤退を命じるマンシュタイン。

 

 ここに、ドイツ軍最後の希望は潰えた。

 

 

 

 

 

 その後は、ただ只管に悲惨だった。

 

 救出作戦が失敗した事で、ソ連軍はますます包囲網を強化、スターリングラードのドイツ軍を圧迫した。

 

 対して、既に物資も消耗しつくし、救出の望みも絶たれたドイツ軍の抵抗は、急速に低下していった。

 

 ゲーリングが無責任に安請け合いした空輸もほとんど成功せず、1日最低750トン必要な物資は、調子の良い時ですら、その半分も届く事は無かった。

 

 それどころか、投下した物資が風にあおられて敵陣に落ち、まるまる鹵獲される事も珍しくなかった。

 

 その雀の涙のような空輸も、スターリングラード周辺の飛行場がソ連軍に押さえられるにあたり、急速に途絶えて行った。

 

 1943年1月1日。

 

 第6軍の将兵は、わずかに残っていた物資で、ささやかに新年を祝った。

 

 この頃になると、ヒトラー本人も第6軍の運命を絶望視し、有為な人材に関しては優先的にスターリングラードから脱出させるように指示を出していた。

 

 こうした中、1月30日。

 

 狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)から、1通の電報が第6軍司令部に届く。

 

 それは、パウルスをドイツ軍元帥に昇進させる旨が書かれた電文だった。

 

 それと同時に、ベルリン放送は終日に渡って、ワーグナー作曲の葬送曲(レクイエム)を流し続けた。

 

 これが意味するところは即ち、「ドイツ軍始まって以来、敵に降伏した元帥は存在しない。降伏するぐらいなら戦って死ね」と言う事だった。

 

 しかし、

 

 この事態を受け、パウルスはあらゆる意味で「切れた」。

 

 翌日にはソ連軍に対し、降伏を打診。

 

 ソ連軍もパウルスの意向を受け入れ、ここに第6軍全軍が降伏する事となった。

 

 1個軍団がまるまる消滅すると言う、前代未聞の状況が引き起こす事態はあまりに大きく、この後、ドイツ軍は東部戦線の主導権を急速に失って行く事になる。

 

 捕虜となったパウルスはその後、強烈な反ナチス思考へと転換、権限こそ与えられなかったが、ソ連国内で一定水準以上の生活が保障される好待遇をもって迎えられた。

 

 しかし、彼以外の将兵はあまりにも悲惨だった。

 

 降伏し、捕虜となった第6軍将兵は、降りしきる雪の中、捕虜収容所まで徒歩での移動を強要されたのだ。

 

 その際、力尽きて倒れた者は、階級、年齢に問わず、捨て置かれるか、その場でソ連兵によって処刑された。

 

 その後も捕虜収容所での過酷な生活や強制労働により多くの者達が命を落とし、最終的にドイツに帰国できた者は6000人に満たなかったと言う。

 

 

 

 

 

 地図上で見れば、ほんの小さな点に過ぎない街をめぐる戦いで両軍の死傷者は、合計で200万人以上とも言われる。

 

 スターリングラード。

 

 多くの命が、この街に呑み込まれ、

 

 そして、

 

 二度と再び、戻って来る事は無かった。

 

 

 

 

 

第53話「魔物の棲む街」      終わり

 

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