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バレンツ海において、ドイツ海軍第2艦隊がイギリス輸送船団襲撃を敢行しようとしていた頃、
第2艦隊を追うように、ノルウェー沖を北上する艦影があった。
数は2隻。
かなりのスピードで航行しているらしく、白い航跡が長く伸びているのが見える。
細く引き絞った船体の上に、多数の砲門。
マストに靡く鉄十字は、その艦がドイツ海軍所属である事を示して居る。
「第2艦隊旗艦『アドミラル・ヒッパー』より入電。《我、敵船団ヲ発見。コレヨリ攻撃ヲ敢行ス》!!」
その報告を受け、司令官席に座る青年は嘆息する。
「間に合わなかったか」
海軍本部から命令を受けたのは数日前の事。
そこから慌ただしく補給を受けてキール軍港を発し、その後は可能な限りに全速力でひた走ってきた。
できれば、戦闘開始前に第2艦隊に合流したかったのだが。
「大丈夫、まだ間に合うよ」
艦娘席に座った少女が、笑顔を向けながら告げる。
「足回りも弄ってもらったから。今までにないくらい調子いいみたい。これなら、遅れは十分取り戻せるはず」
少女の言葉に、苦笑する青年。
何とも、頼もしい限りである。
「調子は?」
「全然大丈夫。まだ余裕だよ」
改装が完了し、訓練もそこそこに実戦参加など、正直どうかとも思ったが、少女の様子を見る限り、どうやら杞憂であるらしい。
ならば、これ以上の心配は、それこそ無意味と言う物。
「後続する『オイゲン』は?」
「あっちも大丈夫。けど、大分無理して着いてきてるみたい」
無理もない。
元々、アドミラル・ヒッパー級重巡は航続距離に難を抱えている。全速に近い速度で走れば、燃料が心もとなくなる。
「無理はするなって伝えて。戦場に間に合ってくれればそれで良いから」
「了解」
この戦い、全てはスピードが勝負。
先行した第2艦隊に、本艦が追い付けるかどうか。
全ては、その一点に掛かっている。
「頼むよ」
「うん」
頷きあう2人。
泡さる視線に、信頼以上の者が宿り、互いに微かに頬を赤くする。
祈る思いは波濤を切り裂き、船は北を目指して駆ける足を速めた。
バレンツ海を東へと進む輸送船団。
その護衛として、軽巡洋艦3隻、駆逐艦10隻が随行していた。
主力となる軽巡洋艦は「ジャマイカ」「シェフィールド」「バーミンガム」の3隻。
その内、「バーミンガム」と「シェフィールド」は、「ベルファスト」等と同じサウサンプトン級に所属、「ジャマイカ」はフィジー級に当たる。いずれも15.2センチ砲を3連装4基装備し、強力な砲撃力を有している。
護衛部隊を指揮するロブ・シャーブルック少将は、イギリス海軍内部でも慎重かつ冷静な人物として知られていた。
彼は自身で軽巡3隻、駆逐艦6隻を直卒する一方、駆逐艦4隻を船団の護衛として張り付かせた。
これは、ドイツ艦隊が水上艦隊の襲撃に合わせて、Uボートによる攻撃を仕掛けて来た時への備えだった。
と言うのも、さかのぼる事半年前。
1942年6月。
アイスランドを経由して、ソ連のムルマンスクへ向かっていたPQ17輸送船団が、ドイツ艦隊水上部隊の襲撃を受けた。
その際、イギリス海軍とアメリカ海軍が合同で護衛を行い万全の体制を期していた。
しかし、ドイツ水上部隊を警戒している隙を突かれ、Uボートと航空機の襲撃を受けた輸送船団は全滅に近い損害を受けてしまった。
この輸送作戦失敗により、ソ連への輸送作戦は数カ月にわたって延期せざるを得なくなり、その事がもとで、英米はソ連から批判を浴びるまでに至っている。
その後、9月になって再度、大規模なPQ18船団がソ連を目指したが、これもドイツ軍の襲撃を受け、船団の3分の1が犠牲になっている。
「今度こそ、失敗は許されない」
軽巡洋艦「シェフィールド」の艦橋で、少女は固い声で呟く。
栗色の、少し癖のある髪をアップに纏め、少し釣り目気味の顔立ちをしている。
凛とした出で立ちの中で、胸元に飾られた赤いバラが、どこか少女らしい可憐さを演出している。
軽巡洋艦「シェフィールド」の艦娘である。
「あまり気負いすぎるなシェフィ。過去の失敗は、君のせいじゃないだろ」
「でも、その場に私もいたし、護衛の任務を全うできなかったのは事実だから」
PQ18船団の護衛の時、「シェフィールド」も命令を受け、任務に就いている。
襲い来るドイツ軍機多数を返り討ちにはしたものの、結局は犠牲が出る事は避けられなかったのだ。
全体的に見れば3分の2の輸送船は目的地にたどり着いたのだから、作戦は成功と捉える事も出来る。
しかしそれでも、犠牲は少なく済んだ、とは言えなかった。
「今度こそ、成功させてみせる」
静かな決意を呟くシェフィールド。
それに対し、艦長ももう、それ以上は何も言わなかった。
くどくどと言葉を重ねても、この少女のプライドを傷つけるだけ。
ならば自分は、彼女が全力を発揮できるよう指揮に専念するのみだった。
その時、
「旗艦より信号、《全艦、戦闘配置、砲雷同時戦用意》!!」
「来た」
短く呟くシェフィールド。
やがて、イギリス艦隊は陣形を整え、速力を上げ始めた。
ドイツ第2艦隊を率いるライカー・クメッツ大将は、麾下の艦隊を二手に分けると、襲撃態勢を着々と整えつつあった。
自身は、旗艦「ヒッパー」と駆逐艦3隻を引き連れて本隊を形成。敵の正面から攻撃を仕掛ける。
敵の目が本隊に向いた隙に、装甲艦「ドイッチュラント」「アドミラル・シェア」、駆逐艦2隻で形成された別動隊が敵船団に突入する手はずだった。
既に船団側も、第2艦隊の接近に気付いたのだろう。護衛部隊が分離して、向かってくるのがレーダーで確認できていた。
ここまでは作戦通りだ。
敵には軽巡が3隻いる事は確認できている。
軽巡とは言え、イギリス海軍の軽巡洋艦は、実質的には重巡と同等の規模を誇っている。油断はできなかった。
「敵艦隊接近、距離、2万1000!!」
レーダー室からの報告を、無言で聞き入るクメッツ。
既に主砲の射程距離内だが、夜間に2万メートルで主砲を撃っても、まず当たらない。
より、距離を詰める必要がある。
「大丈夫よ」
冷静な少女の声が、艦橋内に響く。
重巡「ヒッパー」の艦娘は、冷静な口調でクメッツたちに語り掛ける。
「私の装甲なら、敵の巡洋艦の攻撃くらい弾き返せる。もっと、前進して構わないわ」
確かに。
アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦は他国の重巡より大型であり、その分防御力も高くなっている。
たとえ複数の敵が相手でも、充分に勝機はあった。
「敵艦隊接近ッ 巡洋艦3ッ 駆逐艦6ッ まっすぐ向かってきます!!」
数が多い。
クメッツたちの間に緊張が走る。
しかし、今更退くわけにはいかなかった。
何としても「ドイッチュラント」達が、船団に取り付くまで時間を稼がなければ。
「面舵一杯ッ 左砲戦用意!!」
クメッツの指示を受け、右へと回頭させつつ、
旋回する測距儀が、接近してくる敵の1番艦を補足。
側的に従い砲の角度、仰角が決定する。
「撃ち方始め!!」
クメッツの号令と共に、放たれる4門の60口径20.3センチ砲。
ほぼ同時に、イギリス艦隊も射撃を開始する。
この時、イギリス艦隊の中核を務めているのは3隻の軽巡は、いずれも15.2センチ砲を3連装4基装備しているのが特徴である。
砲口径は「ヒッパー」の方が大きいが、相手は3隻。しかも、サウサンプトン級もフィジー級も装填速度が速い。
侮れる相手ではなかった。
「ヒッパー」の放った砲弾が、イギリス艦隊旗艦「バーミンガム」の前方に着弾。派手に水柱を上げる。
対抗するように放たれる、「バーミンガム」と「ジャマイカ」の主砲。
互いに初弾からの命中は無く、水柱だけが高らかに突き上げられる。
「距離を詰めさせるな!!」
イギリス艦隊の砲弾が上げる水柱を見ながら、クメッツが命じる。
「あの数で突っ込まれたら、こちらが潰される。無理はせず、時間を稼ぐことに徹しろ!!」
とにかく、敵の護衛を船団から引き離す事が出来れば、後は別動隊が襲撃できる。そうなれば、ドイツ艦隊の勝ちだ。
命令に従い、面舵を切って距離を取りにかかる「ヒッパー」。
追随する駆逐艦も、砲撃を行いながら転舵する。
「バーミンガム」「ジャマイカ」「シェフィールド」の砲弾が、「ヒッパー」の左舷側に落下。
視界が水柱によって、一時的に阻まれる。
だが、
その間隙の中から、駆逐艦がまっすぐに向かってくるのが見えた。
そこへ、「ヒッパー」の狙いが定められる。
「撃てッ!!」
艦長の命令。
ヒッパーもまた、目を見開いて集中する中、8門の20.3センチ砲が放たれる。
その一撃が、
不用意に接近しようとした駆逐艦の艦首を真正面から捉える。
60口径の高初速によって放たれた砲弾は、一瞬にして駆逐艦の艦首を砕き、速力を鈍らせる。
そこへ、3隻の駆逐艦が集中砲火を浴びせ、英駆逐艦にとどめを刺す。
1隻撃沈確実。
幸先のいい展開に、第2艦隊司令部は沸き上がる。
「よし、目標変更だッ!!」
意気を上げながら、命令を下すクメッツ。
同時に主砲が旋回し、次の目標を狙う。
しかし、
報復は、すぐに襲ってきた。
突如、
「ヒッパー」の後方で、突如湧き上がる爆発。
クメッツたちが驚く中、報告は直ちに上げられる。
「駆逐艦『エックボルト』、轟沈しました!!」
「ヒッパー」の援護として追随していた、駆逐艦「フリードリヒ・エックボルト」が、軽巡洋艦の主砲弾を魚雷発射管に受け、搭載魚雷が一斉に誘爆、轟沈したのだ。
これで1対1。
戦力が劣るドイツ艦隊にとっては、痛い損失となる。
「敵砲撃、来ます!!」
見張り員が報告した直後、
イギリス軽巡2隻が放った砲撃が、次々と「ヒッパー」の周囲に落下する。
その内、数発がドイツ重巡を直撃した。
甲高い金属音と共に、「ヒッパー」の甲板に爆炎が踊る。
「クッ まだッ これくらいならッ!!」
ヒッパーが苦しそうに顔を歪める。
撃ち返す「ヒッパー」。
しかし、こちらの砲弾は当たらず、目標とした「バーミンガム」の手前に落下する。
その間にも放ってくる英軽巡2隻の砲撃は、確実に「ヒッパー」を直撃していた。
「まずいな・・・・・・・・・・・・」
状況を見ながら、クメッツは苦々し気に呟く。
敵の護衛部隊を引き付けるところまでは成功したものの、イギリス艦隊の戦闘力が想定したいたよりも高く、予想外の苦戦を強いられていた。
まだ、別動隊からの襲撃報告は来ていない。
どうやらあちらは、未だに敵船団を補足できずにいるらしい。
このままクメッツの本隊が壊滅すれば、なし崩し的に別動隊も、反転した敵の護衛部隊に捕捉され、包囲殲滅の憂き目を見る事になりかねない。
「・・・・・・・・・・・・」
退却。
その言葉が、クメッツの脳裏に浮かぶ。
今、襲撃を中止して退却を命令すれば、安全に退却できる可能性は高い。
イギリス艦隊の目的は、あくまで船団の護衛だから、深追いは避けるだろう。
無理に戦闘継続して全滅するよりも、撤退して戦力保持に務めた方が良い。
そう考え、振り返った時だった。
「提督ッ これを!!」
情報参謀が、紙片を片手に駆け寄ってきた。
通信室に入ってきた暗号文を、解読したものだ。
その文面を一読して、クメッツは目を見開いた。
「宛:第2艦隊司令官
発:第1戦闘群司令官
本文
我、間モナク戦闘加入ス。今暫ク健闘アレ」
笑みを刻むクメッツ。
「そうかッ 間に合ったか!!」
2
砲煙の向こうで、反転するドイツ艦隊の様子が見て取れる。
鉄十字をマストに靡かせた艦隊は、今まさに自分達に背を向けて距離を置こうとしている。
その様子は、イギリス艦隊旗艦「バーミンガム」からも見て取る事が出来た。
「アドミラル・ヒッパー」は尚も後部2基4門の主砲を撃ち放っているが、徐々に距離を置き始めている為、砲弾は殆どイギリス艦隊に届いていない。
どうやら、本格的に撤退を始めたらしい。
対して、イギリス艦隊は隊列を整え、砲火をドイツ艦隊に放ってはいるものの、進路を変更したり速力を上げたりする様子はない。
「バーミンガム」に座乗するシャールブック少将より、深追いはしないよう、既に命令が届いていた。
シャールブックは冷静だった。
彼は、自分の役割はあくまで船団の護衛であり、敵艦隊の撃滅だけではない事を理解している。
その為、船団から離れるような愚を犯すつもりはなかった。
「これで、チェックメイト」
シェフィールドは、口元に微笑を浮かべて呟く。
ドイツ艦隊が二手に分かれているのは、事前の情報収集で掴んでいた。
一方が護衛部隊を引き付けて、もう一方が船団を襲撃するつもりだったのだろうが、その目論見はシェフィールド達の活躍によって阻止された。
囮部隊が撤退を始めた以上、程なく襲撃部隊も撤退するだろう。そうなれば、船団の安全は確保される。
もし、ドイツ艦隊が諦める事無く進撃を続けたのなら、その時は反転したイギリス艦隊が彼等の背後を襲う事になる。
そうなれば少数の襲撃部隊を殲滅する事は容易い。
それに、万が一の時は、北方にあるスピッツベルゲン島にあるイギリス軍拠点に船団を逃げ込ませる手はずになっている。そこは北極海航路を狙うドイツ軍を牽制する為の拠点であると同時に、万が一の時、船団の退避場所としても整備されている。
どっちにどう転んでも、この戦いはイギリス側の勝ちだった。
「旗艦より信号、《我ニ続キ反転セヨ》!!」
見張り員の報告に頷きを返す。
これ以上の戦闘は無用。速やかに船団と合流しようと言うのだろう。
「取り舵一杯、旗艦に続行せよ!!」
艦長の命令と共に、左へと回頭する「シェフィールド」。
重巡洋艦並みの大型の船体が、大きく傾く。
その時だった。
「水上レーダーに感あり!!」
レーダー室から、鋭い声で報告が上げられる。
「方位1―6―0より急速に接近する艦影ありッ 速度30ノット以上!!」
再び、緊張が走る。
周囲に味方の艦隊がいない事は確認している。
となれば、接近してくる艦影は敵と言う事になる。
「数は?」
「1です」
ただ1隻で向かってくる敵。
奇妙ではあるが、1隻ならどうとでもなる。
「面舵一杯、右砲戦用意ッ!! 先ほどと同じだ。ありったけの火力を集中させて追い払う!!」
命令を受けて、3隻の軽巡と5隻の駆逐艦が砲を旋回させる。
その砲門が、接近しつつある新たなる敵を真っ向から捉えた。
一方、
接近するドイツ艦も、着々と戦闘準備を整えつつあった。
「面舵一杯、進路0―5―5!!」
「主砲、左砲戦用意!!」
航跡を右に引きながら、長い艦首を旋回させる。
同時に6門の主砲は左へと旋回し、仰角が掛けられる。
「アントン、ブルーノ、ツェーザル、1番2番、全門徹甲弾装填!!」
艦橋頂部の測距儀が旋回し、目標への探知を始める。
同時にレーダーも測距を開始、射撃に必要なデータを取得する。
「目標、敵1番艦!!」
「測的良し!!」
「装填完了!!」
次々と上げられる報告を聞き、頷く司令官。
チラッと、傍らの少女と視線を合わせる。
「いよいよ、だね」
「ああ。生まれ変わった君の力、奴等に見せつけてやろう」
笑みを交わし、頷く2人。
白い手袋に包まれた、青年の腕が、高く掲げられる。
次の瞬間、
「撃ち方始めェ!!」
ドイツ海軍、第1戦闘群司令官エアル・アレイザー准将は、右手を鋭く振り下ろした。
同時に、
巡洋戦艦「シャルンホルスト」は、左舷に向けた主砲を一斉に撃ち放った。
洋上を高速で駆け抜けるドイツ巡洋戦艦。
その姿は、以前と比べて大きく様変わりしていた。
まず、目を引くのは、何と言っても主砲だろう。
その砲門数は6門。
以前に比べて減少している。
しかし、
その分、威力は比べ物にならない程、圧倒的に強化されている。
放たれる砲弾。
視界の彼方で突き上げられる水柱。
先頭を進む英艦隊旗艦「バーミンガム」の前方に着弾した砲弾が、激しく海面を拡販する。
一撃で、イギリス艦隊が一気に混乱し始めたのが、この位置からも見えていた。
その突き上げる水柱は、以前とは比べ物にならない程、太く、そして巨大だった。
以前の「シャルンホルスト」は、54口径28.3センチ砲と言う、戦艦としては小型の主砲を3連装3基9門搭載していた。
しかし、
今の「シャルンホルスト」の主砲は連装3基6門。
その主砲は47口径40センチ砲。
砲弾重量は1トンにも達し、威力は28.3センチ砲の3倍以上である。
イギリス海軍では、唯一の40センチ砲搭載艦だったネルソン級2隻は、既にドイツ海軍との戦いで沈没している。
それ故、事実上、今の「シャルンホルスト」はヨーロッパ最強戦艦と言っても過言ではなかった。
放たれた40センチ砲弾は、3斉射目にして目標となった巡洋艦「バーミンガム」を捉える。
重量1トンの砲弾が2発。
英軽巡の艦首と中央付近に命中した。
艦首に命中した砲弾は、威力もそのままに、文字通り艦首を引きちぎった。
中央に命中した一発は、軽巡洋艦にしては厚い装甲をいともあっさりと貫通し艦内で炸裂した。
次の瞬間、
軽巡洋艦「バーミンガム」は内側から膨張するように弾け飛び、吹き上がる爆炎に包まれた。
轟沈。
排水量1万トンを超える大型軽巡が、たった2発の砲弾で完膚なきまでに破壊しつくされてしまった。
シャールブック少将や艦娘はじめ、乗組員全員が艦と運命を共にしたであろう事は、想像するまでも無かった。
「目標変更、敵2番艦!!」
「バーミンガム」轟沈の様子に沸く事無く、エアルは素早く次の指示を下す。
だが、「シャルンホルスト」が次の行動を起こす前に、イギリス艦隊が対応した。
流石は音に聞こえた
むしろ、未知の敵が脅威となる前に、ここで仕留めてしまおうと言う気概すら見て取れる。
「左舷40度、敵駆逐艦接近!!」
5隻の駆逐艦が、単縦陣を組んでまっすぐに「シャルンホルスト」めがけて突撃してくるのが見えた。
いかな「シャルンホルスト」でも、多数の駆逐艦から魚雷を一斉に撃たれては回避も難しい。
まさに、数に任せて圧し包もうと言うイギリス艦隊の作戦。
単純な力押しでありながら、この場では理にかなっている。
そう、
相手が「シャルンホルスト」と、エアル・アレイザーでなければ。
エアルは慌てなかった。
慌てるべき、何物も彼には存在していなかった。
素早くマイクを取って叫ぶ。
「後部艦橋、左舷副砲射撃の指揮を取れ!!」
命令を受けて、後部艦橋の測距儀が旋回、更に頂部のレーダーが稼働して測距を開始する。
同時に、左舷側の副砲が一斉に旋回を開始した。
60口径12.8センチ砲は、新開発された高性能砲で、毎分30発発射可能、最大射程は1万5000メートルにも達する。更には対空射撃にも転用可能な万能兵器である。
「シャルンホルスト」は、この副砲を両舷に5基ずつ、更に後部艦橋とC砲塔の間に1基、合計22門装備。その内、片舷には6基12門指向可能となっている。
つまり、片舷だけで、ほぼ駆逐艦2隻分に匹敵する火力を支援火器として使用できるのだ。
レーダーと光学測距の組み合わせで駆逐艦の動きを察知した「シャルンホルスト」は、一斉に副砲射撃を開始する。
すさまじい弾幕射撃が、駆逐艦の接近を阻む。
たちまち、先頭の駆逐艦が火だるまになって脱落する。
更に2番艦は、魚雷発射管に直撃を受けて誘爆してしまう。
「機関最大ッ!!」
速力を上げる「シャルンホルスト」。
フランスで学んだ高圧ボイラー技術とドイツの電気工学が組み合わさって強化された機関は、最大で34ノットを叩き出す。しかも、3万トンを超える巨艦でありながら、その加速は滑らかで速い。
ぐんぐん加速する「シャルンホルスト」。
こうなると、駆逐艦でもなかなか追い付けない。
イギリス海軍は慌てふためいて追いかけているうちに、「シャルンホルスト」から容赦ない副砲射撃が浴びせられ、更に1隻の駆逐艦が脱落する。
勿論、その間にも主砲は仕事をする。
修正した照準の下に、砲を旋回させ、狙いを定める。
「撃てェ!!」
エアルの号令と共に放たれる6発の砲弾。
そのうちの1発が、
尚も盛んに射撃を行いながら、「シャルンホルスト」を追ってくる「ジャマイカ」を直撃した。
前部甲板を直撃した1トンの砲弾。
その一撃で、「ジャマイカ」の前部2基の3連装砲塔は粉砕され、使用不能になる。
幸いにして誘爆は免れたようだが、「ジャマイカ」は戦闘力を喪失、そのまま取り舵を切って退避に移った。
旗艦「バーミンガム」撃沈、僚艦「ジャマイカ」損傷(判定大破)。更に駆逐艦も3隻撃沈確実。
その様を、シェフィールドは呆然とした眼差しで眺めていた。
その視界の先では、尚もこちらに向けて主砲を放つ「シャルンホルスト」の姿がある。
「何なの・・・・・・・・・・・・」
少女は険しい目で、増援として現れた「シャルンホルスト」を睨む。
「何なのよ、あいつは一体・・・・・・・・・・・・」
「シェフィ」
背後から、沈痛な表情で声を掛ける艦長。
その手には、1枚の電文が握られていた。
「船団を護衛していた駆逐艦からだ。ドイツ海軍の別動隊が船団に突入、輸送船の半数が撃沈。もう半数は、船団を解いて分散、各自でスピッツベルゲン島基地を目指すそうだ」
「そんな・・・・・・・・・・・・」
つい先刻まで、確かにイギリス艦隊が有利に戦況を進めていた。
このまま行けば、ドイツ艦隊を撃退し、輸送船団を守り切れると。
しかし、
「シャルンホルスト」は、たった1隻で戦況をひっくり返してしまった。
確かにイギリス海軍は巡洋艦と駆逐艦のみの編成だったが、しかしそれでも、こうまで一方的な戦いになるとは。
見れば、「シャルンホルスト」の後方から、更に増援としてヒッパー級重巡洋艦が姿を現し砲門を開いているのが見える。わずかな特徴から「プリンツ・オイゲン」である事が分かる。恐らく「シャルンホルスト」に随伴して戦場に到着したのだろう。
砲戦に敗れ、輸送船団も壊滅した。
紛う事無き、イギリス海軍の敗北である。
「撤退する。異存はないな」
「・・・・・・・・・・・・」
逡巡するシェフィールド。
しかし、これ以上の交戦が無意味である事は、シェフィールドも分かっている。
それに、敗れはしたが、任務はまだ終わっていない。
せめて、生き残った輸送船だけでもソ連領へ送り届けなくてはならない。
頷くシェフィールド。
同時に大きく回頭しつつ増速、そのまま戦線から遠ざかるコースへ進路を変更する。
その間、
シェフィールドの目は、彼方のドイツ巡戦を睨み据えていた。
この屈辱は忘れない。
いつか必ず、この報いを受けさせてやる。
少女はその決意と共に、宿敵へ背を向けるのだった。
第55話「バレンツ海の鬼神」 終わり
作品の内容と情勢がホットに合致しすぎている。
正直、諸々鑑みて、この作品の執筆をやめるべきか、あるいは私如きがそこまで気にするのは、却って烏滸がましいか、かなり悩みました。
結果として、批判が来るまでは続けよう、と言う考えに至りました。
ただ、今後情勢次第では、作品の削除も有り得る、と考えています。