1
機関が唸りを上げ、船のスピードは増す。
向かい風が強く吹き付け、鋭い艦首が切り裂く海面が、白い飛沫となって後方へと流れて行く。
まるで、海上を飛翔しているような感覚さえある。
基準排水量3万1000トンの巨体が、波濤を割って突撃する。
「機関最大。全速前進!!」
「了解、機関最大、全速前進!!」
エアル・アレイザー中佐の命令は、ヴァルター・リード副長によって復唱され、機関室へと伝達される。
同時に足元で、低い唸りを上げるのを感じる。
艦の心臓でもあるエンジン、ワグナー高圧缶が莫大な出力を絞り出し、巡洋戦艦「シャルンホルスト」を加速させるのが判った。
3万トンを超える巡洋戦艦が海上を航行する様は、巨大な海の怪物が動いているようにさえ見える。
舳先の向かう先には、哀れにも逃げ惑う獲物。今も数秒後の運命から逃れるべく、必死に機関出力を振り絞っている。
だが、もう遅い。
その姿は既に、こちらの射程内に捉えていた。
目標となる輸送船は3隻。恐らく、船団を組んで行動していたのだろう。
既に向こうも「シャルンホルスト」の姿を見つけ、退避行動に移っている。
「左砲戦用意ッ 主砲アントン、及びブルーノ、全門
ドイツでは主砲塔を、艦首側から順に
と呼称する。
これがイギリス海軍は、艦首側からA、B、艦上構造物を挟んで艦尾側が、前からX、Yとなる。
「シャルンホルスト」の前部甲板に備え付けられた、A、B砲塔が旋回、各3門の砲身に仰角が付けられる。
視線の先に見える輸送船。かなりの大型船だが、それだけにスピードは速いとは言えない。
そもそも、積載量を重視する輸送船は、それほど高速を発揮する事が出来ない。
高速を発揮しようとすれば、それだけ高出力のエンジンを搭載しなければならないのだが、高出力エンジンは当然ながらその規模も大型となり、船内のスペースを圧迫し、積載量の減少を招く事になる。
必然、輸送船は積載量を稼ぐために、ある程度、機関出力は妥協しなくてはならなくなる。
現に、全速力で追撃する「シャルンホルスト」との距離は、みるみる内に詰まっていく。
既に前甲板に備え付けた、54.5口径28センチ砲は旋回を終え、6門の砲門を指向し終えている。
後はエアルの命令を待つばかりとなっていた。
チラッと、背後に目をやるエアル。
視界の先の、椅子に腰かけた少女。
シャルンホルストは今、可憐な眼差しを閉じ、身動きせずに座り込んでいる。
時折、胸が上下に膨らんで呼吸を示すのみで、巡戦少女が動く気配はない。
普段は元気溌剌で、少年めいた印象のある少女が、今はただ、己の役割を全うしていた。
艦娘の存在は、艦その物であると言って良い。
艦娘のコンディションひとつで、その艦はスペックを越えた戦闘力を発揮する場合もあれば、逆に本来の実力を発揮できないまま沈んでしまう事もあり得るのだ。
今のシャルンホルストは万全である。
ならば、
エアルにできる事は、彼女を信じて指揮に専念する事だった。
前方に、視線を向けなおすエアル。
視線は、標的たる輸送船を捉えた。
次の瞬間、
「目標補足ッ 本艦の軸線上に捉えました!!」
艦橋トップにある射撃指揮所からの報告に、エアルは眦を上げる。
同時に、右腕を頭上に高々と振り上げた。
「撃ち方始めッ!!」
号令一下、
青年の腕が鋭く振り下ろされる。
同時に、
巡洋戦艦「シャルンホルスト」の前部甲板で、衝撃がはじけ飛んだ。
放たれる焔。
砲煙が一瞬、視界を塞ぐ。
射出される、重量315キロの砲弾。
列強海軍が保有する戦艦の中では、決して強力と言う訳ではない。むしろ「最弱」と言っても過言ではない。
しかし、脆弱な輸送船を狩るには、充分な威力を誇っていた。
やがて、着弾のタイミングが訪れる。
立ち上る水柱。
数は6本。
残念ながら、命中弾は無い。
しかし、これは織り込み済み。初弾から砲撃が命中する事などあり得ない。
本来は、交互撃ち方を選択し、徐々に照準精度を上げ、命中に近づける物である。
だが今回、エアルは敢えてセオリーを無視し、初手から全門斉射に踏み切った。
これは、発射弾数を増やして、逆に命中精度を上げようと言う狙いがあるからである。
その為、エアルは敢えて、敵輸送船の至近距離まで近付いてから射撃を開始している。
高速の巡洋戦艦だからこそ、できる戦術だった。
「照準は、悪くないな」
弾着状況を確認したエアルが、満足に呟く。
はずれはしたが、「シャルンホルスト」の放った初弾6発は、輸送船のすぐ至近に落下している。これなら、すぐに命中弾を得られるだろう。
やがて、
「主砲、アントン、ブルーノ、次発装填良し!!」
「照準、修正完了!!」
報告が環境へと上げられる。
エアルの双眸が鋭く光った。
「撃てッ!!」
号令一下、放たれる28センチ砲弾。
そのうちの1発が、
逃げる輸送船の薄い舷側を貫通。船内に飛び込んで炸裂する。
次の瞬間、内部から炎を上げ、輸送船は燃え上がった。
海上に停止する輸送船。同時に、機関出力も衰え、みるみる内に速力が低下していく。
炎は既に船全体に広がり、傾斜も始まっている。あの輸送船が長くは保たないであろう事は明白だった。
「よし、目標変更、本艦正面の船を狙って!!」
エアルの指示に従い、再び旋回するA、B砲塔。
「シャルンホルスト」のスピードは31ノット、対して輸送船のスピードは20ノットも出ていない。
既に距離は詰まっている。これなら、少ない修正で命中弾を得られる確証があった。
程なく、予感は的中する。
「シャルンホルスト」は2隻目への砲撃開始から、4分ほどで命中弾を与え、撃沈確実の大損害を与える。
エアルが残る3隻目への目標変更を指示しようとした時だった。
「敵船より発光信号!!」
見張り員からの報告を聞き、命令を一時中断して振り返る。
「読んでください」
「はいッ 《我、降伏ス。願ワクバ寛大ナル処置ヲ望ム》!!」
逃げ切る事も抵抗も不可能と判断した敵輸送船は、生き残る為の最後の手段に出た。
即ち、降伏して、こちらの慈悲に縋ったのだ。
エアルは頷く。
相手に逃走の意思が無いのなら、こちらとしても無駄な殺戮をする気はなかった。
だがそれでも、最低限の警戒は怠る訳にはいかない。
「敵船に返信。《停船せよ。然らざらば砲撃を続行す》」
今度は副長のヴァルターに向き直る。
「砲撃一時停止。ただし、いつでも再開できるよう、照準そのまま」
「はッ」
命令を受け、ヴァルターは各部署へと指示を飛ばす。
非情に聞こえるかもしれないが、降伏と見せかけて逃亡する可能性は大いにある。
これは戦う上で必要な措置だった。
やがて「シャルンホルスト」も、速力を落とし、敵船にゆっくりと近付いていく。
同時に、背後でフッと息を抜く音が聞こえて、エアルは振り返る。
見れば、艦の制御に集中していたシャルンホルストが、目を開けて深呼吸をしている所だった。
と、
「アハ」
エアルが見ている気づいたシャルンホルストが、安堵したように笑みを見せる。
その仕草が可笑しくて、エアルもクスッと笑みを浮かべるのだった。
2
開戦と同時にキール軍港を出港した巡洋戦艦「シャルンホルスト」、及び「グナイゼナウ」から成るドイツ海軍第1戦闘群は、高速を利して一路北海へと出ると、フェロー諸島沖、シェトランド諸島沖を通過、アイスランド南方を抜けると、警戒の薄いイギリス海軍の目を潜り抜け、大西洋に進出する事に成功した。
そこで両艦は二手に分かれ、通商破壊戦を展開する。
「シャルンホルスト」は主に南大西洋で、「グナイゼナウ」は北大西洋において、目標となる輸送船を探しては、これを捕捉、片っ端から撃沈、拿捕していった。
高速、重防御に加えて、充分な火力を備えた2隻の巡洋戦艦に洋上で遭遇すれば、無防備に近い輸送船にとっては脅威でしかない。
襲われた輸送船は逃げる事も抵抗する事も出来ず、次々と撃ち沈められていった。
勿論、作戦に参加したのは、この2隻だけではない。
第1戦闘群を追うようにして大西洋上に進出したUボート艦隊もまた、同時に通商破壊戦を開始。英仏の通商路に対し、多大な打撃を与えていた。
快進撃を続ける陸軍に加えて、神出鬼没な戦いぶりで連合軍を苦しめる海軍。
ドイツ軍の作戦は、正に順風満帆であると言えた。
当然の事ではあるが、
戦勝に凱歌を上げる者があれば、
一敗地に塗れて頭を抱える者もいるのは、戦いの常である。
イギリス北部オークニー諸島。
多くの島が複雑に入り組み、複雑な海流が組まれる海域。
その最奥部は天然の要害と化し、敵対勢力の侵入を頑なに拒み続けている。
イギリス本国艦隊最大の根拠地、スカパフロー軍港が、そこにあった。
巨大な艦橋と砲塔を持つ戦艦。
平たい甲板を持つ、洋上の航空基地である航空母艦。
多数の巡洋艦と駆逐艦。
ここにいる戦力だけでも、ドイツ海軍全体の3倍近い兵力を誇っている。
まさに
そのスカパフロー軍港の一角に停泊した戦艦。
イギリス戦艦の特徴である、城塞のような箱型艦橋を持ち、巨大な3連装砲塔3基を前部甲板に雛段上に集中配備した、特異なシルエットを持つ艦。
ネルソン級戦艦2番艦「ロドネー」。
イギリス海軍が世界に誇る、ビッグ7の1隻である。
ビッグ7とは、ワシントン条約の締結により、各国が主力戦艦の新規建造を自粛した期間、所謂「
即ち、
日本海軍の長門型戦艦、「長門」「陸奥」
アメリカ海軍のコロラド級戦艦「コロラド」「メリーランド」「ウェストバージニア」
そしてイギリス海軍のネルソン級戦艦「ネルソン」「ロドネー」である。
このうち、ネルソン級戦艦は45口径40センチ砲を3連装3基9門、前部甲板に集中配備している特異なシルエットを持つ。
長門型、コロラド級が同じく45口径40センチ砲を連装4基8門しか搭載していない事からも、攻撃力においては世界最強とも言われてきた。
ネルソン級戦艦は、その存在故に国民からも親しまれており、交代で本国艦隊の旗艦も務めて来た。
しかし、1番艦の「ネルソン」は、開戦初期にUボートの雷撃を受け、損傷してしまった。
幸いにして沈没は免れ、損傷は軽微だったものの、ドッグ入りを余儀なくされている。
その為、現在は「ロドネー」が本国艦隊の旗艦を務めていた。
その「ロドネー」の会議室では今、深夜にもかかわらず、本国艦隊の上層部が顔を合わせて、陰気な雰囲気を作り出していた。
イギリス本国艦隊と言えば、文字通り海洋帝国イギリスの本土を守る最重要部隊。当然、配属される兵士達も、イギリス海軍の中から精鋭中の精鋭が集められる。
そんな彼らが今、険しい顔を突き合わせていた。
「由々しき事態だ」
議長役の男は、掠れた声で一同に告げる。
イギリス本国艦隊司令官クレイズ・フォーブス大将の言葉に、一同はある者は唸り声を上げ、ある者は嘆息する。
議題は、開戦以来、ドイツ海軍が仕掛けてきている通商破壊戦についてだ。
フォーブスが示した書類には、ここ1か月の船舶被害を集計した物だ。
明らかに、日を追う毎に上昇してきているのが判る。
「展開を終えたUボートが猛威を振るっているな。対して、わが軍は完全に出遅れた形だ」
答えたのは、艦娘のロドネーである。
長く美しい金髪を後頭部で束ね、凛と鋭い眼差しは女騎士を連想させる。
しかし、そんな彼女も、今は憔悴したような表情を見せていた。
通商破壊戦の恐ろしさを、イギリス程知り尽くしている国は無いだろう。
第1次世界大戦時、ドイツ海軍が仕掛けた無制限潜水艦戦で敗亡の瀬戸際まで追い込まれた事もあるイギリスにとって、まさに最悪の状況と言っても過言ではない。
実際被害数字だけではない。
通商破壊戦の恐ろしさは、そのまま国家の経済破綻にもつながりかねないところだった。
当然だが、船は「航路」に沿って運航される。
しかし、その航路上に敵艦が布陣していると判れば、当然ながら別の航路を使わなくてはならなくなる。そうなると当然、物資や人件費が余計にかかる事になる。そればかりか、その敵艦を撃沈するか、あるいは確実に退去した事が確認されるまでは、その航路は使えなくなることを意味している。その為、大抵は出港自体が中止される事になる。
自分達を狙ってくる敵がいる事が分かっている海に、誰も好き好んで出て行きたがるはずもない、と言う事である。
勿論、護衛を増やす事も一つの手段ではあるが、そうなると当然、護衛艦に対する物資や人件費も余計にかかる。更に、護衛を付けたとしても、確実に安全とは言い難い。
この状況が更に続き、イギリスに続く航路上でUボートの跳梁を許し続ければ最悪、輸送船の乗組員がストライキを起こし、イギリスへの航海自体を拒否する可能性すらある。そうなると経済はストップし、あらゆる国家機能が停止する恐れすらある。
このように、通商破壊戦は見た目の被害以上に、目に見えない部分にジワジワと効力を発揮する戦術なのだ。
抜本的解決策はただ一つ。
脅威となる敵艦を、物理的に排除する以外にない。
「目下、一番の厄介は、この2隻だ」
「『シャルンホルスト』、それに『グナイゼナウ』だな?」
ロドネーの問いに、フォーブスは頷く。
この2隻は、開戦と同時にドイツ本国を出港。イギリスの哨戒網をまんまと潜り抜け、大西洋に進出してしまったのだ。
イギリス海軍が巡戦2隻の出撃を確認したのは、2隻が既に大西洋に進出した後の事だった。
「当初、例のポケット戦艦くらいなら繰り出してくるだろうと思っていたが、まさか主力巡戦を2隻とも投入してくるとはな」
イギリス海軍も、先の大戦の戦訓から、ドイツ軍が通商破壊戦を仕掛けてくる事を読んでいたし、水上艦を作戦に投入してくる事も警戒していた。
しかし、ドイツ海軍の動きがあまりにも迅速だったため、対応が完全に後手に回ってしまったのだ。
「既に、対通商破壊戦部隊7チームを編成、大西洋に出撃させています。中には戦艦を含む部隊も参加していますので、彼等がナチの戦艦を捕捉してくれると信じましょう」
参謀長の言葉に、フォーブスは頷きを返す。
実際、ドイツ本国に対する備えもある為、本国艦隊全てを動かすわけにはいかない。それに大艦隊で動いても、単独で動ける敵の方が身軽である為、補足は困難となる。
それよりも、こちらも少数の専門チームを複数作り対応に当たらせるのだ。
相手は単艦で動いている事が判っている。数で包囲して押し包めば勝てる。場合によっては、各部隊が連携する事もできる。
必ずや、不埒なナチスの戦艦を排除してくれるものと信じていた。
「諸君」
フォーブスは立ち上がると、一同を見回して言った。
「我々は確かに、敵に先制を許した。しかし、勝ちを急いだ側が必ずしも勝利するわけではない事は、あらゆる歴史が証明している。敵の動きをじっくりと見据え、万全の体制を整えれば、必ずや勝利できると確信している。我々は誇り高き、
『ハッ』
フォーブスの言葉にロドネーが、そして参謀長以下幕僚たちが立ち上がり敬礼する。
そうだ。
自分達はヨーロッパ最強のイギリス海軍。
ナチスが亡霊の如く蘇らせたドイツ海軍如き、我らに掛かれば塵にも等しいと言う物。
今は少しくらい暴れた所で、最終的に勝利するのは自分達で間違いないのだから。
その誇りが、全員の胸に改めて刻まれた。
そして、
だしぬけに襲ってきた轟音と衝撃に、全員が思わずその場に倒れ込んだ。
「な、何事だッ!?」
床に膝を突いた状態で怒鳴るフォーブス。
振動は尚も、不気味に続いている。
同時に、外が騒がしくなるのを感じた。
ロドネーは艦内電話に駆け寄ると、受話器をひっつかむ。
「誰かッ 伝令を会議室によこしてくれ!! 報告を!!」
程なく、息を切らせた兵士が駆けこんでくる。
「た、大変です!!」
尋常ならざる慌てぶり。
誰もが固唾をのむ中、発せられた報告は彼等の予想をあまりにも凌駕する物だった。
「『ロイヤルオーク』が、沈みます!!」
フォーブスやロドネー達が「ロドネー」の甲板に出た時、深夜であるにもかかわらず、そこは昼間の如き明るさになっていた。
原因は、彼等の視界の先にあった。
「ロドネー」から、少し離れた場所に停泊していた戦艦「ロイヤルオーク」が、激しく燃えている。
一体何が起きたのか?
艦首から艦尾まで炎に包まれている。既に傾斜も始まっているらしく、沈没は時間の問題だった。
「いったい何があったッ!? 事故か!?」
「判りませんッ 只今、調査中です!!」
怒鳴るフォーブス。
しかし、答えは返らないまま、戦艦「ロイヤルオーク」は、徐々に傾きを増しながら、海底へと引きずり込まれて行った。
戦艦「ロイヤルオーク」撃沈。
その原因は、事故ではない。
真相は、彼等の足元の海底にあった。
海面の喧騒をすり抜けるように、黒い影がゆっくりと、這うように外界へ向かっていくのが見える。
意味が分からない人間が見れば、クジラか何かが泳いでいる、とでも思うかもしれない。
しかし、それはクジラではなかった。
言ってしまえば、クジラよりも獰猛な鮫。
それも、鋼鉄の鮫だった。
「こっちを追ってくる気配はないみたいよ。このまま行けば脱出できると思うわ」
「よっしゃ、了解。このまま静音を保ったまま、水道へと向かえ」
傍らの少女の報告を聞きながら、ギリアム・プリーン、ドイツ海軍大尉は頷く。
彼が操る、潜水艦U-47こそが、今回の騒動の元凶だった。
目的はイギリス海軍最大の根拠地、スカパフロー軍港の奇襲。
潜水艦隊司令部からスカパフロー軍港襲撃作戦を命令されたプリーンは、夜間に乗じて大胆にも水道を浮上航行で侵入してのけたのだ。
途中、陸上から車のライトで照らされるなどのアクシデントはあったが、流石にスカパフロー内にUボートが侵入しているとは、誰も思わなかったのだろう。
そうしてどうにか射点にたどり着いたプリーンだったが、更なる受難が彼等を襲う。
何と、発射した魚雷が、全て不発だったのだ。
うんざりしつつ、予備として搭載していた新型の磁器反応魚雷を発射管に装填。サイドの攻撃を試みた。
今度は、魚雷は正常に作動した。
「ロイヤルオーク」の艦底部に反応して起爆。衝撃波は海底に乱反射して、炸薬量の10倍近い威力まで跳ね上がり、「ロイヤルオーク」を突き上げたのだ。
戦艦1隻、撃沈確実。
戦果としては申し分なかった。
「よくやった。お前のおかげだよシーナ」
プリーンは、傍らの少女に声を掛ける。
長い髪をポニーテールに結った、スレンダーな身体つきの少女。
水着の上から、セーラー服を着こんだ煽情的な姿。
潜水艦U―47の艦娘。愛称は「シーナ」と呼ばれている。
「何言ってんの」
プリーンの言葉に、シーナは少し照れたようにそっぽを向く。
「みんなのおかげでしょ。あたし1人で、ここまで来れた訳じゃないし」
「ああ。そうだな」
シーナの態度に苦笑するプリーン。
こんな時くらい、素直に喜んでおけばいいのに、とも思う。
まあ、言えば怒るだろうから言わないでおくが。
「さあ、あと数時間が勝負だ。何としても無事に帰るぞ」
『おうッ』
プリーンの言葉に、シーナを含む全員が声を上げる。
U-47は、大混乱に陥るイギリス艦隊を他所に、悠々と外海目指して潜行していくのだった。
3
甲板に出るエアル。
傍らには、状況を見届ける為に一緒に降りて来たシャルンホルストの姿もあった。
「シャルンホルスト」は今、海上に停止し、主砲を拿捕した輸送船に向けている。
その輸送船の周囲には、無数の気泡が浮かんでいるのが見える。
既に艦底のキングストン弁は抜かれ、沈み始めている。
そして、乗員はと言えば、「シャルンホルスト」の傍らに浮かんだ数隻のボートに分乗していた。
「水や食料は、不足していませんか?」
尋ねるエアルに、船長は問題ないと答える。
ここは南米ウルグアイにほど近い海域。ここからなら、手漕ぎのボートでも、数日あれば海岸にたどり着けるはずだった。
エアルは降伏した輸送船をその場では撃沈せず、最寄りにある中立国の海岸近くまで連行、そこで退船させた上で自沈させる手法を取っていた。
勿論、抵抗したり、逃走を図ろうとすれば問答無用で撃沈するのだが。
しかし、相手は輸送船とは言え、船1隻を沈めるのに必要な弾薬もタダではない。
何より、無抵抗になった人間を殺すのは、エアルの主義に反した。
「甘いと思う?」
「え?」
去っていく輸送船の乗組員を見送りながら、エアルはシャルンホルストに声を掛けた。
「本当なら、どんな敵だろうが、問答無用で撃沈しちゃうべきなのかもしれないし、その方が簡単なのは判ってるんだけどね」
「でも、おにーさんはそうしてないね。何で?」
首を傾げて訝るシャルンホルスト。
効率のいい作戦を取らない理由に、どうやら興味がある様子だ。
「巡洋艦『エムデン』って知ってる?」
「勿論。本国にいる艦でしょ。確か軽巡?」
エムデン級軽巡洋艦の唯一の構成艦であり、現在は本国沿岸の守備に就いている。
だが、シャルンホルストに対して首を振った。
「そっちじゃなくて、先々代の方ね」
現在、本国にいる巡洋艦「エムデン」は、名前を継いだ3代目である。
初代「エムデン」は第1次世界大戦において活躍した船だ。
主にインド洋から東南アジアに掛けて通商破壊戦を任務として活躍した艦なのだが、同艦の艦長は、敵対する敵船は容赦なく撃沈したものの、降伏の意を示した船は、今のエアルと同じように中立国まで連行して、総員退船の後、自沈させると言うやり方をしていた。
現代にも伝わる、ドイツ軍の騎士道を体現した逸話である。
エアルは、この「エムデン」のやり方に倣っているのだ。
「良いんじゃないかな」
対して、シャルンホルストは笑顔を向けながら言った。
「戦争だからさ、戦うのは当たり前だけど。けど、降伏した人まで殺しちゃ可哀そうだし。ボクは、おにーさんのやり方で良いと思うよ」
「ありがとう、シャル」
笑顔を返すエアル。
2人はそのまま連れ立って、艦橋へと上がっていく。
既に作戦開始から1か月以上。戦果は上々と言って良いほどに上がっている。
順調、と言って良いだろう。
そう、
全てが順調なのだ。
だからこそ、だろう。
自分達に対し、刺客が差し向けられているとは、
この時はまだ、エアルも、そしてシャルンホルストも、知る由も無かった。
第5話「大海原の騎士道」 終わり