蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

61 / 78
第60話「無謀なる賭け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、ドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーは、公務の為、久しぶりに狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)を出て、首都ベルリンへと訪れていた。

 

 狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)には、行政に必要なあらゆる機能が集約されているが、それでも首都のベルリンに比べればどうしても見劣りする部分が多い。

 

 その為、ヒトラーは首都と狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)を定期的に行き来し、都度、必要な指示を出していた。

 

 ヒトラーのフットワークは、とかく軽い事でも有名である。

 

 必要とあれば、どこにでも直接足を運ぶのが彼のやり方である。

 

 それは国内にとどまらず、場合によっては最前線に赴く事もある。その為、追随するナチス党幹部や軍の上層部からすれば、着いて行くだけでも命がけの行程となる。

 

 この日は各戦況の状況把握の為、どうしてもベルリンで会議を行う必要性が生じた為、久方ぶりの帰国となった。

 

「それでは東部戦線は、今暫くは安泰なのだな?」

「はい、総統閣下」

 

 質問するヒトラーに答えたのは、国防軍最高司令官のカイテル元帥だった。

 

 カイテルはその肩書の通り、国防軍の総指揮官であり事実上、ドイツ全軍のトップに立つ人物である。

 

 しかし一方で、ここまでの出世を成し遂げたのはヒトラーにおべっか使いをした為であり、「総統閣下の腰巾着」と陰口を叩かれている。

 

 この場にはカイテルの他にもナチス党の幹部たち、更には空軍最高司令官のヘルムート・ゲーリングや海軍最高司令官のエドワルド・レーダーや潜水艦隊司令官のカーク・デーニッツの姿もある。

 

 そして、

 

 ヒトラーが腹心とも頼む、SS海軍中将、ウォルフ・アレイザーも控えていた。

 

 居並ぶ面々の中で、カイテルの報告は続く。

 

城塞(ツィタデレ)作戦以後、クルスク近郊に展開したソ連軍は一時的に攻勢を仕掛けてきましたが、マンシュタイン元帥率いる南方軍集団の防衛戦闘により、辛うじてこれを撃退。現在は、一時的な膠着状態を作り出す事に成功しています」

「マンシュタインか・・・・・・・・・・・・」

 

 その名を口にした時、ヒトラーの顔に微かに苦い物が走った。

 

 アルフレート・マンシュタインの存在は、ヒトラーにとってある意味、敵以上に疎ましい存在だった。

 

 昨年のスターリングラード攻防戦以降、常に最前線に立ち続け、ソ連軍に痛打を浴びせ続けるマンシュタイン。

 

 その的確な戦略眼と戦術は常に敵軍を凌駕し、マンシュタインは味方のみならず、敵からも賞賛されるほどであった。

 

 間違いなく、ドイツ軍最高の名将の1人。

 

 しかしマンシュタインは、度重なるヒトラーからの現地死守命令を無視し、戦線放棄と後退を続けている。

 

 言わばヒトラーが示す大方針に逆らい続けているわけだ。

 

 本来なら即刻、罷免して後方送りにしたいところ。

 

 にも拘らず、そうできないのは、とりもなおさずマンシュタインの存在が、激化する東部戦線を支えているからに他ならなかった。

 

 バルバロッサ作戦、ブラウ作戦、ツィタデレ作戦と、大きな戦いで敗退を重ねたドイツ軍は、今やソ連軍相手に苦境に立たされつつある。

 

 劣勢の東部戦線。その中で唯一、気を吐き続けているのがマンシュタインだった。

 

 ヒトラーにとっては甚だ忌々しい限りだが、東部戦線の維持は今や、マンシュタインの手腕に掛かっていると言っても過言ではない。

 

 現実に戦果を挙げている将軍を更迭すれば、それこそドイツ全軍の士気にも関わると言う物。

 

 だからこそ、ヒトラーは苦虫を噛み潰しながら、マンシュタインの活躍を見守る以外に無かったのだ。

 

 ドイツ軍としては、マンシュタインが持ち堪えている間に東部戦線を立て直したいところだった。

 

 まあ良い。

 

 ヒトラーは努めて、マンシュタインの事を頭から追い出す。

 

 現実問題として、東部戦線を支えるにはマンシュタインの存在が必要不可欠なのは確かなのだ。使えるうちは使ってやる、と考えれば、腹も立たないと言う物。

 

 それに、

 

 いかな名将と言えど、常勝無敗と言う訳にもいくまい。

 

 奴が失敗した、その時には・・・・・・・・・・・・

 

 ヒトラーがそこまで思考した時だった。

 

 不意に、

 

 遠くの方からサイレンが聞こえてくる。

 

 徐々に大きくなる音。

 

「何事だ?」

「判りません。すぐに確認してまいります。おいッ」

 

 傍らのゲーリングが、扉近くの衛兵を呼んだ。

 

 その時、

 

 会議室の扉が開かれ、兵士が足早に駆け込んできた。

 

「会議中に失礼いたしますッ すぐにお逃げください!!」

「控えろッ 総統会議の場だぞ!!」

 

 ドイツ国内最高会議の場に乱入して来た無礼者に、ゲーリングからの叱責が飛ぶ。

 

 が、兵士の形相から考えるまでもなく、由々しき事態が迫っているのは、誰の目にも理解できた。

 

 ナチス・ナンバー2の叱責を上けても、兵士は構わず続ける。

 

「イギリス本土を発した爆撃機が多数、北海上空を通過し、この首都を目指して接近しておりますッ!!」

 

 その言葉に、一同の間に戦慄が走った。

 

 ベルリンが爆撃を受けようとしている。それも、過去に累を見ない規模で。

 

「お逃げくださいッ 早く!!」

 

 兵士の悲痛な叫びが発せられる中、

 

 不気味なサイレンは徐々に大きくなっていった。

 

 

 

 

 

 この日、イギリス本土を発進したイギリス空軍大規模爆撃隊は北海を東進、ドイツ空軍(ルフトバッフェ)の防空網をすり抜け、首都ベルリン上空へ到達。

 

 そこで、一斉に爆弾の雨を降らせた。

 

 アブロ・ランカスター重爆撃機を中心に、約450機の大編隊を組んだイギリス空軍。

 

 対するドイツ空軍の対応、あまりにも鈍かった。

 

 この時点で、ドイツ空軍(ルフトバッフェ)の主力は、苦戦中の東部戦線、並びに南イタリア戦線に投入されており、首都近郊は手薄となっていたのだ。

 

 又、ゲーリングを初めとする空軍上層部は、イギリス空軍が仕掛けて来るなら、フランス沿岸部の拠点に対する攻撃が主となると考えており、ドイツ本土の防空は後回しにされていた事も大きかった。

 

 イギリス空軍は、その間隙を突く形で奇襲を成功させたのだ。

 

 降り注ぐ爆弾の雨。

 

 席巻する爆炎。

 

 炎は風に煽られて、一層燃え広がる。

 

 それは、悪夢の如き光景だった。

 

 これまでも、イギリス軍によるベルリン爆撃は何度かあったが、その際に投入された爆撃機の数はせいぜい100機弱であり、被害はそれほど大きなものではなかった。

 

 しかし今回、イギリス空軍が投入した爆撃機は、その5倍近くに達する。

 

 伝統あるドイツの首都を破壊するには、充分な物量だった。

 

 

 

 

 

 数時間にも及ぶ大規模爆撃を終え、巨鳥の翼は北の空へと去って行く。

 

 その様子を、虚ろ気な瞳で見つめるドイツ人たち。

 

 誰もが絶望にも近い感情を抱きながら、ただ空を仰ぐ。

 

 否、

 

 中で1人、

 

 強烈な感情を持って、飛び去る爆撃機の群れを見送る男がいる。

 

 誰あろう、総統ヒトラーである。

 

 空襲が終わり、総統官邸の屋上へと上がったヒトラー。

 

 まだ空襲が続いているかもしれず、側近が止めるのも聞かずに、ヒトラーは炎の上がる地上へと姿を現す。

 

 その眼下には、破棄しつくされたベルリン。

 

 美しい街並みは、炎と爆風によって破壊され、瓦礫の山と化している。

 

 そして、

 

 視界の彼方では、その下手人たる者たちが、悠々と翼を連ねて去って行くのが見える。

 

 ヒトラーは、その小柄な総身は、あふれ出る怒りによって我を失うほどに震えている。

 

 眼光は鋭く、ただ己の街を破壊しつくした憎むべき者達を睨み据える。

 

 誰もが、ヒトラーの怒りを恐れ、声を掛ける事すら躊躇われていた。

 

 許せなかった。

 

 ベルリンを破壊した事、

 

 偉大なるゲルマン民族を殺した事、

 

 そして何より、

 

 自分がいる街を破壊した事。

 

「ゲーリング!!」

「ハッ ハ、ハハァッ!?」

 

 突然大音声で名を呼ばれ、どもりながら、慌てて前に出るゲーリング。

 

「分かっているなッ このままで済ませるなど、余が断じて許さぬぞッ 必ずや、この屈辱を数百倍にして叩き返し、イギリス人共を地獄へと叩きこむのだ!!」

「ハッ か、必ずやッ ハイル・ヒトラー!!」

 

 慌てて駆け去って行くゲーリング。

 

 すぐに、フランス沿岸部に展開している空軍部隊に、報復の為の爆撃を行う様に命令をしに行ったのだろう。

 

 その太ましい様子を見送りながら、ヒトラーは振り返った。

 

 その視線に、自身が腹心とも頼む、SS中将が映る。

 

「ウォルフッ」

「ハッ 閣下」

 

 前へと出るウォルフ。

 

 向かい合う両者。

 

 ヒトラーが発する、殺気にも似た眼光を受け止め、ウォルフは泰然とした様子を崩さない。

 

「お前にもやってもらう事がある。良いな」

「何なりと」

 

 頷くウォルフ。

 

 だが、

 

 その脳裏では、ヒトラーが何を言い出すのか、ウォルフは見当がついていた。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 

 いったい、何が起きているの?

 

 その問いかけが、シャルンホルストの中でグルグルと駆け巡っていた。

 

 時刻は昼下がり。

 

 場所はノルウェー基地内にあるカフェテリア。

 

 周りには、他の兵士や艦娘の姿もある。

 

 そして、

 

「どうしたの? 飲まないの、それ?」

「えッ あッ いやッ 飲むッ 飲むよッ うんッ!!」

 

 突然、声を掛けられ、思わず座ったまま飛び上がるシャルンホルスト。

 

 慌ててカップを掴むと、中身の紅茶を喉に流し込む。

 

 が、

 

「あ、熱ッ 熱ッ ケホッ ケホッ ケホッ!!」

 

 熱い液体をいきなり喉に流し込んだため、思わずむせてしまう。

 

 涙目で顔を上げるシャルンホルスト。

 

 目の前には、優雅に紅茶を飲む女性が1人。

 

 姉譲りの長い金髪をなびかせ、ただそこに座っているだけで、1個の完成された美を見ているかのようだ。

 

 ティルピッツ。

 

 ドイツ海軍の総旗艦であり、その象徴的存在。

 

 そして、

 

 ライン演習作戦時にイギリス海軍相手に奮闘し、壮絶な最期を迎えたビスマルクの妹でもある。

 

 否、

 

 「ビスマルク」を沈めたのは、ほかならぬ「シャルンホルスト」だった。

 

 如何にあの時、他に選択肢がない状況だったとはいえ、彼女の姉を沈めたのは自分だと言う事を、シャルンホルストは片時として忘れた事はない。

 

 そのビスマルクの妹であるティルピッツが、自分の目の前に現れた。

 

 それは、シャルンホルストにとって最も恐ろしい事であり、同時に決して避けては通れないであろうと覚悟していた事だった。

 

 何を、聞きたいんだろう?

 

 内心でビクビクと怯えながら、シャルンホルストは視線を逸らせずにいる。

 

 ティルピッツにとって、言わば自分は姉の仇。

 

 流石に、いきなり命を寄越せ、などとは言ってこないだろうが、責任を取れなどと言われたら、いったいどうすれば良いのか?

 

 今、シャルンホルストはこれまでにない恐怖に襲われながら、目の前の少女と対峙していた。

 

 一方、

 

 シャルンホルストの前に腰を下ろしたティルピッツは、余裕すら感じさせる仕草で、カップの中の紅茶を口に運ぶ。

 

 その優雅さに一部の隙も無く、姉譲りの美貌も相まって、どこか怜悧な印象がある。

 

 視線すら、冷たい印象がある。

 

 思わず震えあがるシャルンホルスト。

 

 ティルピッツの鋭い眼差しが、巡戦少女を容赦なく睨み据える。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 口を開くティルピッツ。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・・・・こ、ここから、どうすれば良いんだろう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その実、内心では焦りまくりだった。

 

『姿見かけたから思わず声かけちゃったけど実際のところ何にも考えてないしいや姉サマの事を聞きたいってのはあるんだけど具体的に何聞けばいいんだろう?やばッ全然考えてなかったんだけど!!(0.1秒) いやほんとどーしよマジでて言うかさっきから彼女えらい怯えてない?うんまあそりゃそうだよねいきなりこんな風に話しかけられれば怖いよねごめんねごめんねそんなつもりなかったのいやそれじゃあどんなつもりだったのかって聞かれてもそれはそれで困るんだけどさいやほんとどーしよーどーしよー誰か助けてー』(0.01秒)

 

 己の心の中でまくしたてるティルピッツ。

 

 要するに、シャルンホルストの姿を見かけて、とっさに話しかけたまではよかったが、その後の展開について、全くのノープランだった為に、完全に詰んでしまっている状態だった。

 

 シャルンホルストとティルピッツ。

 

 互いに恐ろしいまでの緊張感に包まれたまま、ただ時だけが無為に過ぎ去っていく。

 

 睨み合う両者。

 

 先の動いた方が負けるッ

 

 そんな阿呆な緊張感が周囲を覆い尽くす。

 

 しかし、このまま沈黙していても埒が明かない。

 

 座して時を浪費するのは愚か者の所業。

 

 勇気をもって踏み出す者に、必ずや道は開かれるのだ。

 

 意を決して、口を開いた。

 

「「あのッ!!」」

 

 2人同時に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『被ったァァァァァァァァァァァァ!?』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 互いに相手の出鼻を挫いてしまう両者。

 

 判定「ドロー」。

 

「あ、あの、どうぞ、お先に」

「い、いや、あなたから」

 

 互いに焦りまくる両者。

 

 このまま不毛な睨み合いが続くのかと思われた、その時。

 

「何してんの、君達?」

 

 救世主は、あらぬ方向から降り立った。

 

 振り返る2人の視線に、呆れ顔のエアル・アレイザーが立っている。

 

「お、おにーさんッ」

 

 恋人の登場に、ホッとするシャルンホルスト。

 

 とりあえず、この窮地を脱する事は出来そうだった。

 

 だが、

 

 エアルの登場は、事態を思わぬ方向へと導いた。

 

「シャル、それにティルピッツも、ちょうどよかった」

「「はい?」」

 

 エアルの言葉に、思わず顔を見合わせる2人の少女。

 

 そんな2人に、エアルは告げた。

 

「司令部に出頭するように通達があった。艦娘と各戦闘群の指揮官は、司令部に集合だってさ」

「司令部? オフなのに?」

 

 首を傾げるシャルンホルスト。

 

 非番の日に出頭とは、正直穏やかな事ではない。

 

「どうやら、本国の方で何かあったらしい。俺達を動かさなきゃいけないくらいの何かが、ね」

 

 そう言うと、エアルはスッと目を細めた。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 エアル達が、司令部の会議室に足を踏み入れると、そこには予想外の人物が待っていた。

 

 エアル達が向ける視線の先。

 

 そこには、既に自分の席に着いた、中将の階級章を付けた人物は、妙齢の美女を傍らに座らせ、ジッと身じろぎせずにいる。

 

 その厳めしい顔つきには、見覚えがありすぎるくらいある。

 

 ウォルフ・アレイザー。

 

 言わずと知れたエアルの父である。

 

 その傍らには、父の副官でもある艦娘、シュレスビッヒ・ホルシュタインの姿もある。

 

 ベルリン作戦以後、ウォルフはSS海軍中将の肩書に戻り、今は総統大本営「狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)」にてヒトラー総統の補佐に当たっている。

 

 その父が今、目の前にいるとは。

 

「あ、あれ、おにーさんのお父さんッ」

「・・・・・・・・・・・・そうみたいだね」

 

 驚くシャルンホルスト。

 

 対照的に、エアルは警戒した眼差しを父へと向ける。

 

 ベルリンでヒトラー総統を補佐する立場にある父が、わざわざ、こんな北の果てのノルウェーまで来たと言う事は、何がしか厄介な事案を抱えてきたのは確実だろう。

 

 果たして、その内容が何なのか。

 

 身構えるエアル達に対し、シュレスは視線を向けると苦笑する。

 

「どうした? そう突っ立っていられると話を始められないぞ。早く座ってくれ」

「・・・・・・・・・・・・分かりました」

 

 ウォルフ達の来訪の理由は気になるが、ここで考えても仕方がないだろう。

 

 シャルンホルストを連れて、自分の席へと腰掛けるエアル。

 

 見れば、ティルピッツもテーブルの向かいにある席に座るのが見えた。

 

 一瞬、シャルンホルストとティルピッツの目が合うと、互いに気まずそうに視線を逸らした。

 

 結局、あの時はゆっくりと話す事が出来なかった。

 

 ビスマルクの事、自分達の想い。

 

 それぞれに伝える事が出来ず、2人の少女はお互いにモヤモヤとした物を抱えてしまっている。

 

 今度、話す機会があったら、その時はちゃんと・・・・・・

 

 そこまで考えた時、会議室の扉が開き、ハインツ・シュニーヴィント大将以下、ドイツ艦隊司令部要員が入ってくるのが見えた。

 

 一斉に起立し、ドイツ海軍式の敬礼でシュニーヴィントらを出迎える一同。

 

 やがて、着席を確認すると、会議が始まった。

 

「去る、9月25日の事だ。イギリス軍の大規模爆撃隊が北海上空から、我が空軍の防空網をすり抜け、ベルリン上空へ進入、ベルリンに大規模な爆撃を行った」

 

 シュニーヴィントの説明に、会議室はざわめきに包まれた。

 

 まさか、この時点で本国が突かれるとは、誰も思っていなかったのだ。

 

 驚愕が広がる。

 

 中には首都爆撃を防げなかった空軍の不甲斐なさをなじる者もいた。

 

「今回の攻撃により、イギリス海軍の更なる攻勢が予想される。場合によっては援ソ船団の強化も予想される。そこで、」

 

 言いながら、シュニーヴィントは傍らのウォルフへと目くばせする。

 

 対して、ウォルフも心得ている、と言った具合に頷くと、シュニーヴィントに代わって立ち上がった。

 

「総統閣下の御命令に従い、我が海軍は先手を打つ事となった。イギリス軍に先んじる形で出撃。奴等を決戦の場に引きずり出し、これを殲滅する」

 

 その発表に、一同からざわつきが起こる。

 

 総統閣下の命令が突然もたらされる事は稀にあるが、今回のは流石に寝耳に水過ぎて、誰もが戸惑いを隠せないのだ。

 

「待ってくださいッ」

 

 立ち上がったのはエアルだった。

 

 青年提督は、眼光も鋭く父を睨み据える。

 

 対して、

 

 ウォルフは泰然とした調子で息子の視線を受け止める。

 

「我々の最重要任務は、このノルウェーにあって通商破壊戦を行い、英米が行う援ソ支援船団の通行を遮断する事にある筈。我々がここを動けば、敵の船団は北海を通って自由に航行できるようになります。そうなれば、東部戦線の苦境が増す事になります」

 

 エアルの発言に、多くの提督、艦娘が同調するように頷く。

 

 ドイツ海軍がイギリス海軍相手に互角に戦えているのは、戦場をノルウェー近海に限定し戦力を集中しているからに他ならない。

 

 こちらから仕掛けるとなれば、その利点を捨てる事になり、必然的にドイツ海軍は不利な戦いを強いられる事になる。

 

 最悪、敗北する事も考えられる。

 

 自分達がここに健在でいるからこそ、イギリスやアメリカは、ソ連への船団輸送を躊躇せざるを得ず、それが巡り巡って、苦戦中の東部戦線支援にも繋がっている。

 

 そのドイツ艦隊がいたずらに決戦を挑み壊滅、あるいはそこまで行かずとも、長期間にわたって行動不能になったりしたら、敵の北海航路が復活し、ひいては東部戦線がより苦境により増す事は目に見えている。

 

 対して、

 

 発言したのはウォルフではなく、シュレスだった。

 

「懸念はもっともだ。だからこそ、潜水艦隊も含めた稼働全戦力を率いて出撃し、イギリス海軍の殲滅を目指す」

 

 北海航路を封鎖する消極策よりも、禍根を一気に断つ積極策。

 

 ドイツ海軍は、と言うより、ヒトラーは賭けに出た事になる。

 

「これは、総統閣下からの直接の御命令だ」

 

 立ち尽くすエアルを、睨みつけるウォルフ。

 

 拒否は許さない。

 

 父の双眸は、強く語っている。

 

 ぶつかり合う、親子の視線。

 

「よもや、違える事は無いだろうな?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 噛みしめるエアル。

 

 伝家の宝刀を抜かれては如何ともしがたい。

 

 こうしてドイツ海軍は、ヒトラーの命令により、望まぬ決戦へ大きく舵を切る事となった

 

 

 

 

 

第60話「無謀なる賭け」      終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。