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Z級の駆逐艦が先行する形でフィヨルドを抜ける。
ドイツ海軍が誇る艦隊決戦型駆逐艦であるZ級。
特に現在、主力を形成する23型は、駆逐艦でありながら15センチ単装砲を4基、53センチ魚雷発射管を4連装2基搭載。その戦闘力は軽巡に匹敵する。
兵力不足に常に悩まされているドイツ海軍水上艦隊にとって、正に頼るべき主力艦の1隻と言える。
「Z23」に続いて海峡を通過した「シャルンホルスト」。
細い船体に、武骨な連装砲塔、ドイツ艦特有のコンパクトな艦上構造物がもたらす優美な外観が外洋にその姿を浮かべた。
巡洋戦艦の艦橋に立ち、エアルはまっすぐに前方を見据えている。
「提督、海峡を通過しました」
「ご苦労様。艦を所定の位置へ」
「ハッ」
報告を聞きながら、周囲の海上を見回すエアル。
既に、先行する形で出港した艦隊が、陣形を編成すべく、海面を走り回っているのが見える。
後方からは、同じ第1戦闘群に所属する、重巡洋艦「プリンツ・オイゲン」が後続してくる。
2隻は事前に取り決めがあった場所へと、滑るように海面を進む。
集結した艦隊。
そのマストには、いずれも北の風にあおられて鉄十字が翻っている。
ドイツ海軍水上艦隊。
その主力全艦艇が、北ノルウェー基地を出航、この海域に集結していた。
目的は、イギリス艦隊殲滅による、北海航路の完全封鎖。
その為に、ノルウェー駐留の全艦隊に出撃命令が下っていた。
作戦名は「
その編成は以下の通りである。
〇 ドイツ海軍第1艦隊
戦艦「ティルピッツ」(総旗艦)
巡洋戦艦「グナイゼナウ」
装甲艦「ドイッチュラント」「アドミラル・シェア」
重巡洋艦「アドミラル・ヒッパー」
軽巡洋艦「ザイドリッツ」「マインツ」「リュッツォー」「ライプツィヒ」「ケルン」
駆逐艦12隻
〇 ドイツ海軍第2艦隊
航空母艦「グラーフ・ツェッペリン」(旗艦)「ペーター・シュトラッサー」
巡洋戦艦「シャルンホルスト」
重巡洋艦「プリンツ・オイゲン」
軽巡洋艦「エムデン」
駆逐艦10隻
〇 潜水艦隊
Uボート11隻。
戦艦1隻、巡洋戦艦2隻、航空母艦2隻、装甲艦2隻、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦6隻、駆逐艦22隻、潜水艦11隻。合計48隻。航空機104機。
正に、ドイツ海軍の総力を挙げた出撃となる。
砲撃力に勝る第1艦隊が、主攻撃を担当し、空母を含む第2艦隊の任務は航空支援と言う事になる。
総指揮は艦隊司令官であるハインツ・シュニーヴィント大将が直接執る事となる。
第2艦隊を率いるウォルフ・アレイザー中将は、ベルリン作戦やツェルベルス作戦の実績を買われ、支援部隊としての任務を期待されている。
当初、「シャルンホルスト」「プリンツ・オイゲン」から成る第1戦闘群も、砲戦部隊である第1艦隊に配属すべき、と言う声が上がったが、作戦の性質を考えれば、第2艦隊の火力が低下する事を懸念する声の方が勝った為、現状の配置が継続される事となった。
しかし、
「・・・・・・・・・・・・」
前方を注視しながら、エアルは言い知れぬ不安をぬぐい切れずにいた。
今回の出撃は、ヒトラー総統肝いりでの実施であり、その根底には、先のベルリン空襲がある。
自国の首都に、しかもよりによって自分がいるタイミングで大規模爆撃を受けた事で、ヒトラーは完全に頭に血を上らせ、それが結果的に今回の艦隊出撃に繋がっている。
ヒトラーはドイツ第3帝国の国家元首、総統であり、同時に国防軍の最高司令官でもある。よって、ヒトラーが海軍に作戦命令を下す事は、決して不自然な事ではない。
しかし、とエアルは思う。
あまりにも性急すぎる出撃決定には、疑問と不振がぬぐえない。
そもそもヒトラーは政治家であって軍人ではない。
古来より、政治家が軍事に口を出し、良い結果が出た例は少ない。
現にヒトラーは、これまでも陸軍や空軍の作戦方針に口出しし、その結果として、ドイツ軍は重要な作戦で敗北を重ねて来た。
不安以外存在しない出撃。
しかし、国家元首の命令である以上行かないわけにもいかないのもまた事実である。
そして、出撃した以上、求められるのは「勝利」のみ。
独裁国家の軍人にとって、それが至上にして唯一の使命となる。
「おにーさん、準備できたよ」
丁度その時、傍らのシャルンホルストが声を掛けて来た。
「シャルンホルスト」は、旗艦「グラーフ・ツェッペリン」の左舷側に配置され、旗艦を守る位置へと展開完了した。
現在、第2艦隊は、軽巡洋艦3隻が前方に位置して警戒に当たり、その後方に空母2、巡戦1、重巡1が箱型の陣形を組んで後続、その外周を10隻の駆逐艦が固めている。
「シャルンホルスト」の防空火力は、第2艦隊の中でも群を抜いている。万が一、イギリス海軍航空部隊からの空襲があった場合、その火力をもって主力たる2空母を守る算段だった。
今回は、間違いなく死闘になる。
最後まで艦隊の指揮系統を守る為、「シャルンホルスト」の役割は重要となるだろう。
「旗艦より信号、《我ニ続ケ》!!」
見張り員の声と同時に、旗艦「グラーフ・ツェッペリン」が動き出すのが見える。
ついに始まった。
もう、後戻りはできない。
「微速前進、旗艦に続行。『オイゲン』に通達、《我ニ続ケ》」
静かに命じるエアル。
同時に、
巡洋戦艦「シャルンホルスト」は、基準排水量3万4000トンの艦体をゆっくりと前へと進めるのだった。
2
ノルウェー基地を出航したドイツ艦隊は、進路を西に取りながら航行。
変針予定地点に達すると、進路を南へと変更した。
目標は、イギリス海軍本国艦隊の本拠地、スカパ・フロー。
敵の最重要拠点に強襲を掛け、在泊艦艇と港湾施設に大打撃を与えると同時に、北海の制海権を不動の物としようと言う作戦である。
勿論、それ以前にイギリス艦隊が迎撃行動に出てきた場合には、これを撃滅する。
うまく行けば北海におけるイギリス海軍戦力は激減し、以後は援ソ船団を繰り出す事も出来なくなる。
そうなれば、前線に大量の兵力を抱えるソ連軍はたちまち物資不足に陥り、戦線維持が困難となるだろう。東部戦線の巻き返しも不可能ではなくなるのは間違いない。
それだけではない。来たる連合軍による大西洋反攻作戦は、必ず海を介した上陸作戦によって行われる。
その事を見越して現在、フランス沿岸部では大規模な要塞線構築が急ピッチで行われている。
だがイギリス艦隊が壊滅すれば、敵の反攻を大幅に遅らせる事が出来る。そう言う意味でも今回の作戦の重要性は高い。正に乾坤一擲の大作戦と言って良いだろう。
主力艦隊に先行する形で、作戦に参加するUボートも、スカパ・フロー近海に向けて出港。イギリス艦隊の動向を探ると同時に、好機があれば攻撃を仕掛ける手はずとなっていた。
そのうちの1隻、U215はスカパ・フローがあるオークニー諸島の東方に位置し、潜望鏡深度にて水平線監視に当たっていた。
潜望鏡を覗きこむ艦長の視界の先で、複数の影がうごめくのが見えた。
「・・・・・・間違いない。敵の艦隊だ」
言いながら、傍らの艦娘にも見るように促す。
「・・・・・・3・・・・・・4・・・・・・駆逐艦だけでも結構な数ですね。敵の本隊でしょうか?」
「わからん。だが、可能性はたかいと見るべきだろう」
ドイツ艦隊出撃と、ほぼタイミングを合わせるように出撃して来たイギリス本国艦隊主力。
これは、敵もこちらの意図を察知して迎え撃つ体制を整えていると見るべきだろう。
「攻撃する。決戦に入る前に、少しでも敵の数を減らすぞ」
「了解です」
艦長の意見に、艦娘も賛成の意を示す。
イギリス本国艦隊が全力で出撃してくれば、いかにドイツ艦隊が全力だったとしても、相当な苦戦が予想される。
決戦に入る前に、少しでも敵戦力を減らしておくに越した事は無かった。
「メインタンク注水。静音航行で可能な限り接近、好機を捉えて敵艦への攻撃を試みる」
艦長の命令を受けて、静かに動き始めるU215。
水中でゆっくりと回頭し、艦首を敵艦隊へと向ける。
一切の無駄のない動き。歴戦のUボートの名に恥じない。
だが、
攻撃の為に移動しようと、スクリューを回した瞬間、
破滅は突然にやって来た。
「左舷30度にスクリュー音ッ 高速接近、フリゲートです!!」
「急速潜航、ベント開け!!」
焦った声で命じる艦長。
しくじった。前方の敵艦隊に気を取られ、側面から回り込んでくる敵に気が付かなかったとは。
ここは一旦、最大深度まで潜航してやり過ごすしかない。
幸い、フリゲート艦の位置は、U215から離れている。今なら潜航してやり過ごす事は十分可能だ。
それは、ベテランUボート乗りとして、至極当然の判断であり、100パーセントの正解回答であった。
これまでなら。
次の瞬間、
海面一帯が炸裂したような衝撃音が響き渡る。
同時に、
「U215」を多数の衝撃が襲った。
「キャァァァァァァ!?」
悲鳴を上げる艦娘の少女。
しかし、誰も彼女を助ける事は出来ない。
「外殻損傷、艦首魚雷発射管室浸水!!」
「後部機関室浸水ッ ディーゼル機関停止!!」
「通信室全損ッ 浸水、止まりません!!」
次々と入ってくる悲鳴じみた報告に、呆然とするしかない艦長。
その間にも、艦は徐々に沈降していく。
「馬鹿な・・・・・・一体、何が起こったんだ・・・・・・」
その問いに答えは得られないまま、
やがて艦は水圧に耐えかねて圧壊。細かな破片となって、海底へと沈んでいくのだった。
彼方で起こる巨大な水柱。
その様子は、「ベルファスト」の艦上からも確認する事が出来た。
「お、また1隻撃沈したよ。調子いいね!!」
はしゃいだ声を発するベルファスト。
彼女の視界の先で、対潜専門部隊が海面を駆け回っているのが見える。
「新兵器の威力は確かなようだな」
リオンは、双眼鏡を下ろしながら満足そうにつぶやいた。
長年に渡りUボートの被害に苦しめられてきたイギリス海軍。
その歴史は今次大戦のみにとどまらず、先の第1次世界大戦の頃から続いている。
正にイギリス海軍の戦いは、Uボートとの戦いであったと言っても過言ではないだろう。
ドイツ海軍の真の主力と言っても過言ではないUボートの存在は、イギリス海軍にとって脅威以外の何物でもなかった。
そのイギリス海軍が、開発した対潜用新型兵器。
その名は「ヘッジホッグ」。
ハリネズミの意味を持つ、この兵器は、その名に相応しく多数の砲弾を迫撃砲の原理を用いて海面に投射する制圧兵器である。
爆雷と違い、1発当たりの威力は低いものの、多数の砲弾を広範囲にばらまく事で広い海面を一気に制圧する事が出来る事が特徴だ。
威力が低いと言っても、潜水艦はその性質上、どうしても外部装甲を薄く造らざるを得ない。その点を考慮すれば、1発でも当たれば大ダメージを負わせる事が出来る。
更に、爆雷はその特性上、どうしても目標となる潜水艦に接近する必要があるのに対し、このヘッジホッグは迫撃砲形式で砲弾を撃ちだす為、爆雷に比べて射程距離も長い。
その上、コンパクトである為、甲板の狭いスペースに設置できる。つまり、小型の艦でも難なく搭載できるのだ。
同時に新型のソナーの開発にも成功しており、より広範囲を見張れるようになっている。
イギリス海軍は、このヘッジホッグと新型ソナーを搭載した駆逐艦やフリゲート、コルベットによって編成された対潜チームを編成し、今回の戦いから戦線に投入したのだ。
効果は果たして、絶大だった。
対潜部隊は港外を駆け回り、先行して偵察に当たっていたであろうUボートを次々と血祭りにあげていた。
「後方より、味方艦隊ッ!!」
見張り員の報告を聞き、リオンとベルファストは振り返る。
そこには、スカパ・フローの水道を抜け、堂々と隊列を組む大艦隊の姿があった。
〇イギリス海軍 フォース1
戦艦「アンソン」(総旗艦)「ハウ」「キング・ジョージ5世」「デューク・オブ・ヨーク」
軽巡洋艦「フィジー」「ジャマイカ」
駆逐艦8隻
〇フォース2
戦艦「ウォースパイト」(旗艦)「ヴァリアント」「レゾリューション」
軽巡洋艦「グロスター」「リバプール」「マンチェスター」
駆逐艦4隻
〇フォース3
重巡洋艦「ノーフォーク」「サフォーク」
軽巡洋艦「ベルファスト」(旗艦)「ニューカッスル」「シェフィールド」
〇フォース4
航空母艦「イラストリアス」(旗艦)「ヴィクトリアス」「フォーミダブル」
重巡洋艦「ロンドン」
軽巡洋艦「ダイドー」「フェーベ」「ボナヴェンチャー」
駆逐艦6隻
〇フォース5
航空母艦「アークロイヤル」(旗艦)「インドミダブル」「ユニコーン」
軽巡洋艦「ナイアッド」「ハーマイオニー」
駆逐艦4隻
その他
護衛駆逐艦12隻
フリゲート艦11隻
コルベット艦8隻
戦艦7隻、航空母艦6隻、重巡洋艦3隻。軽巡洋艦13隻、駆逐艦22隻、護衛駆逐艦12隻 フリゲート艦11隻、コルベット艦8隻。合計82隻、航空機308機。
まさしく、イギリス海軍の総力を賭けた、堂々たる大艦隊。数だけを見ても、ノルウェーを出航して南下中のドイツ艦隊の倍である。
艦艇だけではない。運用する航空機も300機を数える。日本やアメリカが保有する空母機動部隊には及ばないものの、ドイツ海軍の空母2隻が運用できる航空機の3倍近い数である。
今次大戦において、イギリス海軍がこれほどの規模の艦隊を動かしたのは、初期のノルウェー沖海戦以来であろう。
しかも、ノルウェー沖海戦に時と違い、対潜部隊も徹底的に充実させ、ドイツ海軍Uボート部隊の動きを抑え込みにかかっている。
今度は勝てる。
イギリス海軍の誰もが、そう信じて疑わなかった。
これ程大規模の艦隊を展開できた背景には、やはりイタリアの降伏が大きかった。
ムッソリーニは取り逃がしたものの、イタリア海軍は降伏した新政権側に恭順した為、実質的には無力化されたに等しく、地中海戦線への負担は大きく減じた事になる。
勿論、イタリア海軍自体は健在であり、油断できる状態ではない。降伏したとは言え、彼等がいつ何時、矛を返して向かってくるか分かったものではない。
何より極東では今尚、強大な戦力を誇る日本海軍が幅を利かせている。
そのような状況の中で、本国周辺に主力艦隊を集中させる事には批判の声が多数寄せられた。
本国艦隊ばかりが戦力を独占するのは如何なものか、と。
しかし、そのような声を、本国艦隊司令官ボルス・フレイザーが説得した。
ドイツ艦隊の戦力は未だに脅威であり、これを殲滅しない限り、イギリスの勝利はあり得ない、と。
その結果、この大艦隊の編成に成功した訳である。
唯一の懸念材料があるとすれば、Uボートによる奇襲攻撃だったが、それも新編成された対潜部隊の活躍で抑え込むことに成功している。今のところ、被害は出ていない。
布陣としては完璧と言って良かった。
「旗艦より信号ッ 《我ニ続ケ》!!」
見張り員の報告に、頷きを返すリオン。
「行くぞ、ベル」
「うん」
動き出す、イギリス最強の艦隊。
ドイツとイギリス。
ヨーロッパの覇権を争い続けた2つの国の艦隊が、今、決戦の火ぶたを切ろうとしていた。
第63話「深海を狩る者」 終わり