蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第64話「執念の投槍」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 カタパルトが打ち出される、乾いた音が響く。

 

 甲板を蹴って飛び立っていく航空機。

 

 翼に染められた鉄十字が、鈍く輝きを放つ。

 

 ドイツ海軍第2艦隊旗艦、航空母艦「グラーフ・ツェッペリン」。

 

 その艦橋に立ち、ウォルフ・アレイザーは眼下で発進待機中の航空機を見下ろす。

 

 現在、第2艦隊は主力である空母「グラーフ・ツェッペリン」「ペーター・シュトラッサー」が単縦陣を組んで航行。その両脇を第1戦闘群の「シャルンホルスト」「プリンツ・オイゲン」が固めている。

 

 軽巡洋艦「エムデン」が先行する形で航行し、10隻の駆逐艦は対潜警戒を行いつつ外周を固めている。

 

 「エムデン」と言えば、第1次大戦中に通商破壊戦で活躍した初代「エムデン」が有名である。

 

 現在の「エムデン」は3代目に当たる。

 

 基準排水量5300トン、最高速度29ノット、15センチ砲8門、50センチ連装魚雷発射管2基搭載している。

 

 巡洋艦としては力不足だが、戦前には同盟国日本を表敬訪問した事もある、栄誉ある艦である。

 

 空母の護衛なら直接、敵艦と撃ち合う機会も少ないだろうと言う考えから、今回は第2艦隊の一員として作戦に参加していた。

 

 北ノルウェー基地を出航したドイツ艦隊は、二手に分かれて南進を開始。それぞれにスカパ・フロー軍港のあるオークニー諸島を目指す。

 

 同時に、イギリス本国艦隊も複数の部隊を北上させているとの情報が入っている。

 

 目的は間違いなく、ドイツ艦隊の迎撃。

 

 本国艦隊が全力を挙げて迎撃に出て来るとなれば、その戦力はドイツ艦隊の全戦力を確実に上回る事だろう。

 

 ならば、本格的な激突に突入する前に、少しでも敵の戦力を減殺する必要がある。

 

 その為にウォルフが選択したのは、先制攻撃だった。

 

 敵が攻撃を仕掛けてくる前に、第2艦隊の航空攻撃で敵にダメージを与え、その間に有利な状況を作り出すのだ。

 

「第1目標は、空母で良いのか?」

「ああ」

 

 尋ねるシュレスに、ウォルフは頷きを返す。

 

 今回、彼女は引き続き参謀長として、ウォルフと行動を共にしていた。

 

「今後の作戦行動を考えれば、水上艦艇に少しでも多くの打撃を与えた方が得策だと思うんだが?」

「まずは敵の航空戦力を潰して制空権を確保する。その後、水上艦隊と連動して敵を海空から挟撃する」

 

 どのみち、第2艦隊の航空戦力で敵の戦艦を狙っても、せいぜい1隻程度を脱落させるのが関の山だ。それよりも、空母を狙って敵の航空戦力を封じ、以後の戦術的柔軟性を確保する事が、ウォルフの狙いだった。

 

 今回の戦い、ドイツ艦隊にとって、あまりにも不利な要素が多すぎる。

 

 明らかに戦力に勝る敵に対し、正面から挑まざるを得ないドイツ艦隊。

 

 加えて、出撃以来、入ってくる情報の少なさも気になっていた。

 

 普段であれば、先行したUボートから、敵の情報が多く寄せられるのだが、今回はそれが殆ど無い。時折、散発的に敵艦隊に関する情報が入ってくる程度である。

 

 由々しき事態だ。

 

 あるいは敵は、こちらのUボート対策として何らかの手を打ってきた可能性がある。

 

 ドイツ海軍の主力は、あくまでUボートである。そのUボートに天敵が現れ、無力化されたとなれば、以後の作戦にも大きな影響が出るだろう。

 

 そこまで考えて、ウォルフはフッと笑った。

 

 何を馬鹿な。これから決戦と言う時に、以後の心配をしてどうするのか。

 

 Uボート艦隊が当てにならないのなら、それに対応した策を取れば良いだけの事。何も難しい事ではない。

 

 飛行甲板では、戦闘機隊の発艦が完了し、続いて急降下爆撃隊の発艦が始まろうとしていた。

 

 まず、攻撃隊総隊長であるグスタフ・レーベンス少佐の機体がカタパルトから打ち出されようとしている。

 

 ベルリン作戦時、空軍から出向して「グラーフ・ツェッペリン」航空隊の隊長を務めた歴戦のスツーカ乗りは、今回の作戦においても攻撃隊の指揮を執っている。

 

 コックピットに座したレーベンスが、ウォルフに対して敬礼を送ってくる。

 

 対して、ウォルフもまた、この戦友に敬礼する。

 

 やがて、乾いた音と共に、レーベンスのユンカースJu87スツーカは、蒼空へと打ち出された。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 翼を連ねて飛翔する航空隊。

 

 鉄十字の翼が目指す先は南。

 

 イギリス艦隊が展開している海域を、編隊を組んで目指す。

 

 その数は、メッサーシュミットBf109戦闘機16機、ユンカースJu87スツーカ急降下爆撃機36機、合計52機。

 

 直掩に必要な機体を差し引けば、これが攻撃隊に割ける精一杯の数字である。

 

「各機に告ぐ、周囲の警戒を厳にせよ。特に海面付近に注意を払い、敵艦隊の兆候を決して見逃すな」

 

 マイクに向かって命令を下しながら、操縦桿を握り直す。

 

 出撃前にアレイザー中将から命じられた通り、第1目標はあくまで空母。

 

 それも、なるべく多くの空母に爆弾を叩きつけ、飛行甲板を破壊する事で以後の航空機運用に制限を掛ける。

 

 ウォルフにしろレーベンスにしろ、自分達の航空戦力がイギリス軍に比べて劣勢なのは自覚している。

 

 その少ない戦力を最大限有効活用すべく、導き出した答えだ。

 

「何としても完遂して見せる」

 

 決意を呟くレーベンス。

 

 かつて、ベルリン作戦等、大西洋における作戦において「グラーフ・ツェッペリン」に乗り込み、ウォルフの下で戦った経験があるレーベンスは、空軍士官の誰よりも彼の事を尊敬していた。

 

 ウォルフは階級が下で、本来なら命令される立場にある自分達にも敬意を払って接してくれた。

 

 又、その指揮は的確であり、洋上での作戦行動が不慣れな自分達の為に、可能な限り戦いやすい環境作りに腐心してくれた。

 

 海軍と空軍と言う立場を越え、レーベンスはウォルフを尊敬していた。

 

 彼の下でなら戦える。

 

 彼の下でなら、たとえ戦死しても悔いはない。

 

 レーベンスは、本気でそう考えていた。

 

 勿論、任務に手を抜くつもりはない。敵空母は必ず仕留めて見せる。

 

 そう考えながら、操縦かんを握り直した。

 

「そろそろか」

 

 時計を見ながら呟く。

 

 間も無く、会敵予想地点に到達する。

 

 そう思った。

 

 その時だった。

 

《敵機発見!!》

 

 僚機からの悲鳴に近い声。

 

 見れば、

 

 雲間から飛び出すように、複数の機体が、翼を連ねて向かってくるのが見えた。

 

 スーパーマリン・シーファイア。

 

 イギリス空軍の主力戦闘機スピットファイアの艦載機バージョンである。

 

 強敵の出現に舌打ちするレーベンス。

 

 数は30機前後と、ドイツ軍側の攻撃隊に比べれば半数程度だが、こちらは戦闘機が16機のみ。明らかに不利は否めない。

 

 ただちに迎撃すべく、戦闘機隊が速力を上げるのが見える一方で、レーベンスはマイクに向かって叫ぶ。

 

「全機、速度を上げて各自突破を図れッ!!」

 

 元より、急降下爆撃機としては傑作のスツーカだが、速力においてはそれほど秀でている訳ではない。軽快な戦闘機に取り付かれたらひとたまりもない。

 

 ここは味方の戦闘機が防いでくれている間に、防空網を突破するしかなかった。

 

 果敢に挑みかかるメッサーシュミット隊。

 

 たちまち、海上で独英両軍の戦闘機が入り乱れて戦う乱戦が現出する。

 

 今回の戦いに際し、空軍から出向した部隊はいずれも精鋭によって構成されている。彼等の腕前は、イギリス軍のそれに劣る物ではなかった。

 

 何機かのシーファイアが、火を吹いて落ちるのが見えた。

 

 だが、やはり多勢に無勢。メッサーシュミット隊は次々と突破され、シーファイアはスツーカ隊に迫る。

 

 機動性に勝るシーファイアは、いとも簡単にスツーカの背後に回り込むと、容赦なく機銃を浴びせて来る。

 

 こうなると、いかな頑丈なスツーカでもひとたまりもない。次々と、英軍機の餌食になっている。

 

「隊長!!」

「振り返るなッ 1機でも多く、敵艦隊にたどり着く事だけを考えろ!!」

 

 叫ぶレーベンスも必死である。

 

 その間にも、更に1機、シーファイアの攻撃を受けたスツーカが高度を下げて海面に突っ込んでいく。

 

 かと思えば、追いすがって来たメッサーシュミットが、仲間の仇とばかりにモーターカノンを撃ち放ってシーファイアを爆砕する。

 

 レーベンスは瞬きすらせずに、前方を睨み続ける。

 

 もし今、彼のスツーカにシーファイアが取り付けば、もはや逃れる手段はその時点で皆無となる。

 

 それだけに、必死の形相で、操縦桿にしがみつく。

 

 次々と火を吹き、落ちていくスツーカ。

 

 それでも、レーベンスの半ば強引な突破が功を奏したのか、何機かのスツーカはシーファイア隊の防空網を抜ける事に成功した。

 

「・・・・・・何機残った?」

「・・・・・・2・・・・・・3・・・・・・・・・・・・23機です」

 

 報告を聞いて舌打ちする。

 

 10機以上のスツーカが、敵機の迎撃に遭って失われた事になる。いずれも東部戦線の地獄を戦い抜いてきたベテランスツーカ乗り達。その存在はダイヤモンドよりも貴重であり、決して取り返しのつくものではない。

 

 彼ら1人1人の損失が、ドイツと言う軍事国家にとってどれほど大きな損失になった事か。

 

「仇は打つ。必ずな」

 

 殺気を双眸から迸らせ、レーベンスは叫ぶ。

 

 敵空母を潰せば、奴等は帰る家を失う。シーファイアは、元となったスピットファイア同様、航続力の短い機体だ。着艦できないとなれば、海上に不時着水するしかない。そうなれば、撃墜したのと同義だ。

 

 やがて、雲間を抜けたレーベンスたちの視界に、海上で航跡を引きながら航行する艦隊が飛び込んでくる。

 

 マストにホワイトエンサインを靡かせたそれらは、間違いなくイギリス艦隊。

 

 それも、中央に平たい甲板を持った姿が、護衛の艦艇に囲まれて航行しているのが見える。

 

「空母だ」

 

 最重要目標の発見に、舌なめずりする。

 

 あいつらさえやれば、状況は逆転する。

 

「行くぞッ 沈める必要はないッ できるだけ多くの空母に爆弾を叩き付けろ!!」

 

 マイクに向かって命令を飛ばしながら、スツーカを加速させるレーベンス。

 

 だが、

 

「隊長ッ 敵機が!!」

「ッ!?」

 

 航跡の機銃手の声に、後方を確認すれば、数機のシーファイアが追いすがってくるのが見えた。恐らくメッサーシュミット隊を突破した奴等だろう。

 

「かまうなッ 目の前の空母をやる事に集中しろ!!」

 

 ここまで来たら、もう後には引き返せない。是が非でも敵空母に爆弾を叩き付けてから、全速力で逃げる以外、生き延びる道はない。

 

 しかし、その間にも更に、シーファイアに取りつかれたスツーカが犠牲になっていく。

 

 敵艦隊の上空に到達する頃には、更に数を減らしていたスツーカ隊。

 

 しかし、

 

 やがて、シーファイア隊は次々と翼を翻していくのが見えた。

 

 その様子に、レーベンスは冷や汗交じりに笑みを刻む。

 

 間も無くスツーカ隊は、敵艦隊の上空に到達する。そうなれば当然、対空砲火の圏内に入る事になるだろう。

 

 つまりイギリス軍は、同仕打ちを嫌って引かざるを得なかったのだ。

 

 行ける。

 

 敵機さえ振り払ってしまえば、こっちのものだ。

 

 あとは東部戦線で鍛え上げた急降下の腕を見せつけてやるだけだ。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 下から突き上げるような、猛烈な対空砲火が襲い掛かって来た。

 

「なッ 何だこれは!?」

 

 想像を絶する火力。

 

 視界全てが真っ赤に染まるかのような、猛烈な対空砲火。

 

 艦隊全てが爆発したようにさえ錯覚する。

 

 それらは、東部戦線で相手にしたソ連軍には、決して真似できない濃密な対空砲だった。

 

 放たれる火線に、生き残ったスツーカ隊が絡め捕られ、爆砕されていく。

 

「まだだァ!!」

 

 狙いを空母に定め、急降下を開始するレーベンス。

 

 とにかく1発で良い。

 

 1発当てれば、こちらの勝ちだ。

 

 視界一杯に、敵の空母を捉える。

 

 間も無く、爆弾を投下できる高度になる。

 

 それで終わりだ。

 

 次の瞬間、

 

 レーベンスの視界は真っ赤に染まり、弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

「想定通りですね」

 

 クロード・グレイスは、ボルス・フレイザー本国艦隊司令官を振り返りながら告げる。

 

 戦闘の状況は、イギリス本国艦隊総旗艦「アンソン」に、リアルタイムで届けられていた。

 

 先制攻撃を仕掛けて来たドイツ艦隊の航空部隊。

 

 戦力差がある以上、敵はまずこちらの制空権を潰そうと考えるはず。

 

 そう考えたクロードは、フレイザーに進言して空母部隊であるフォース4とフォース5を、わざと目につきやすい艦隊の外廓に配置した。

 

 ようするに、空母部隊を囮にして、敵の航空部隊を誘い出したのだ。

 

 果たして、ドイツ軍はクロードの囮に食いついた。

 

 更にクロードは巧妙だった。

 

 敵の進路上に多数の戦闘機部隊を配置して戦力を減殺させると同時に、空母の護衛に対空防御力に高い艦を優先的に配備したのだ。

 

 両部隊に配備した巡洋艦は、全て新鋭のダイドー級軽巡洋艦に当たる。

 

 50口径13.3センチ砲連装5基10門を主兵装とするこれらの艦は、アメリカ海軍のアトランタ級防空巡洋艦に相当する艦であり、その主な役割は対水上戦闘ではなく、来襲する敵機から空母や戦艦を守る事にある。

 

 ダイドー級各艦は期待通りの活躍を示し、来襲したドイツ軍機を文字通り一掃して見せた。

 

「こちらの損害は?」

「ハッ 空母『イラストリアス』に至近弾1発が落下、機銃座1基が使用不能になった、との事です」

 

 報告を聞き、クロードは満足そうに頷く。

 

 つまり、実質的な損害はゼロ。

 

 彼は見事に、ドイツ軍の目論見を打ち砕いたのだ。

 

「それで参謀長、次はどうする」

「ハッ 敵が保有する空母は情報では『グラーフ・ツェッペリン』『ペーター・シュトラッサー』の2隻のみ。その規模から考えるに、先ほどの攻撃で対艦攻撃力の全てを使い切ったと判断してよろしいかと思います」

 

 敵には、こちらを攻撃する手段がない。

 

 ならば、

 

「今度は、こちらが仕掛ける番です」

 

 そう言うとクロードは、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 通夜のような空気が、「グラーフ・ツェッペリン」の艦橋に流れている。

 

 誰もが沈黙を守ったまま、甲板によろけるようにして滑り込んでくる機体を眺める事しかできないでいた。

 

「最終的に戻ってきたのは、戦闘機が11機、爆撃機は・・・・・・」

 

 言い淀むグラーフ・ツェッペリン。

 

 対して、ウォルフは僅かに振り返って視線を向ける。

 

「構わん、言いたまえ」

「・・・・・・爆撃機の帰還機は、2機のみとなっています」

 

 答えるツェッペリンの声にも、絶望がにじむ。

 

 合計すると13機。

 

 出撃時には52機いた訳だから、実に8割近い損耗率。

 

 戦慄と言う他無かった。

 

「帰還機の中に、レーベンス少佐の機体は?」

「ない」

 

 首を振ったのはシュレスだった。

 

 悄然とする第2艦隊司令部。

 

 敵空母を先制攻撃で叩き、制空権を確保すると言うウォルフの作戦は、これで完全に頓挫した事になる。

 

 誰もが絶望に沈む艦橋。

 

 だが、

 

「防空戦闘機隊に、出撃待機命令。帰還した機体、及びパイロットの中で、特に再出撃可能な者には優先的に整備と休息を行うように指示しろ」

 

 1人、淡々とした調子で、ウォルフは指示を下す。

 

「ウォルフ?」

「残念ながら作戦は失敗だ。ならば、我々の次の任務は、防空戦闘による主力艦隊の援護にある」

 

 訝るように尋ねるシュレスに、ウォルフは声色を変えずに答えた。

 

 攻撃の失敗。

 

 攻撃隊の壊滅。

 

 レーベンスの戦死。

 

 それら全てを、聞きながら表情すら変えようとしないウォルフに、一同はある種の戦慄を覚える。

 

 悼むことは後でもできる。そんな事より、先にやる事がある。

 

 ウォルフの表情は、そう語っていた。

 

「すぐに手配します!!」

 

 参謀たちが駆け出す中、シュレスが近づいてきた。

 

「ウォルフ、旗艦を変更するか?」

「そうだな・・・・・・・・・・・・」

 

 ウォルフは今回、第2艦隊の任務は航空戦が主体となると考え「グラーフ・ツェッペリン」に将旗を掲げた。

 

 しかし航空隊が壊滅し、以後は戦闘機を中心とした防空戦闘がメインとなる。

 

 そうなれば、ウォルフが直接指揮を執る事は少ない。

 

 むしろ、航空戦の指揮は他の喪に任せ、ウォルフ自身は水上戦闘艦に旗艦を変更し、第1艦隊を直接火力支援するべきかもしれない。

 

 あるいは、自身が航空戦を指揮し、他の者に水上艦隊を率いて第1艦隊の援護に向かわせるか?

 

 そこまで考えて、ウォルフが口を開こうとした時だった。

 

「第1艦隊より緊急信!!」

 

 通信参謀が、悲鳴に近い声を発する。

 

「《敵攻撃隊、我が方に急速接近。至急、救援を乞う》!!」

 

 絶望は、唐突に襲ってきた。

 

 

 

 

 

 第1艦隊全体が、俄かに緊張感を増す。

 

 対空砲が上を向き、砲弾が装填される。

 

 まだ、敵は見えない。

 

 しかし、確実に近づいてきている気配だけは、ひしひしと感じ取る事が出来る。

 

 そんな中、巡洋戦艦「グナイゼナウ」の艦内でも、着々と対空戦闘の準備が進められていた。

 

「最大戦速即時待機、右舷対空砲、射撃準備!!」

 

 艦長の号令と共に速度を上げる「グナイゼナウ」。

 

 グナイゼナウ本人も、右舷側に駆け寄って状況確認をする。

 

 既にレーダーは、接近する機影を捉えている。

 

 間も無く、その姿も見えてくるはずだ。

 

 第1艦隊を構成する各艦も、それぞれ対空砲を上向かせて敵機来襲に備える。

 

 静寂が海上を支配する。

 

 次の瞬間、

 

「バラクーダ20!! 方位270度、高角30度、突っ込んでくる!!」

 

 報告を受け、双眼鏡を向ける「グナイゼナウ」。

 

 見れば確かに、

 

 スマートな単葉の機体が、速力を上げて向かってくるのが見える。

 

 フェアリー・バラクーダ。

 

 アルバコアで大失敗したフェアリー社が、満を持して世に送り出した新型の攻撃機であり、ソードフィッシュの後継機。

 

 それまで複葉機しか保有してなかったイギリス海軍が、ようやく手に入れた金属単葉製の攻撃機である。

 

 その性能は、速力、防御力、搭載量、全てにおいてソードフィッシュ、アルバコアを上回っている。

 

「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

 艦長の号令一下、「グナイゼナウ」は、一斉に左舷側の高角砲を打ち始めた。

 

 11基搭載している60口径12.7センチ砲の内、片舷に指向可能な6基12門が火を吹く。

 

 それを皮切りに、一斉に砲門を開く第1艦隊。

 

 迫るバラクーダ隊の周囲に、次々と砲弾が炸裂する。

 

 圧倒的ともいえる火線。

 

 しかし、バラクーダ隊も臆することなく突っ込んでくる。

 

 横隊を組んで突撃するバラクーダ。

 

 その目標は、

 

「こっちに来る気ねッ!?」

 

 その進路を読み、グナイゼナウは不敵に笑う。

 

 既に機関出力はいっぱいに上げられ、最高速度の34ノットで疾走を始めている。

 

 追いすがるバラクーダ。

 

 しかし、その鼻先に次々と砲弾が炸裂し、征く手を阻みにかかる。

 

 1機のバラクーダが、砲弾炸裂のあおりを受けて海面に落下する。

 

 更に1機、砲弾の直撃を受けたバラクーダが、低空で飛散。その破片が海面へと落下した。

 

 左へ回頭しつつ、高角砲を撃ち上げて敵機の接近を阻み続ける「グナイゼナウ」。

 

 その圧倒的な奮闘に、イギリス軍攻撃隊も攻撃を諦め、迂回せざるを得ない。

 

 だが、逃さないとばかりに、対空砲火は「グナイゼナウ」を中心に展開される。

 

 先の改装の際に搭載されたウルツブルクレーダーは、フランス沿岸部の防空にも用いられている高性能対空レーダーであり、その性能は敵機の速度、高度、進路を正確に割り出す事が出来る。

 

 更に、シャルンホルスト級巡洋戦艦と「ティルピッツ」、更には竣工時からこのレーダーを搭載しているザイドリッツ級軽巡洋艦は、このレーダーと対空砲を連動させる装置を搭載している。つまり、レーダーが捕捉した敵機に対し、砲が自動で旋回して放つ事が出来るのだ。

 

 これにより、今まで以上に高い命中率を確立していた。

 

 「グナイゼナウ」に攻撃を仕掛けて来た敵機は、そのほとんどが撃墜されるか、あるいは攻撃を諦めて避退するしかなかった。

 

「あっちも順調みたいね」

 

 双眼鏡を覗きながら呟くグナイゼナウ。

 

 その視線の先には、同様に対空砲火を振りかざす「ティルピッツ」の姿がある。

 

 「ティルピッツ」の対空火力は、第1艦隊の中で最も高い。それゆえに、イギリス軍も攻めあぐねているのだ。

 

 総旗艦である「ティルピッツ」は何としても守り抜かなくてはならない。

 

 既に第2艦隊の航空攻撃が不首尾に終わった事は報告されている。

 

 この後、ドイツ艦隊が巻き返せる可能性があるとすれば、水上砲撃戦に賭けるしかない。そうなった場合、「ティルピッツ」の存在は不可欠となる。

 

 最強戦艦を、何としても守り抜かなければ。

 

 決意を新たにするグナイゼナウ。

 

 だが、

 

「敵攻撃隊、目標変更した模様!!」

「えッ!?」

 

 思わず振り返るグナイゼナウ。

 

 低空に舞い降りたイギリス軍攻撃隊。

 

 その向かう先には、

 

 第2巡洋戦隊旗艦「ザイドリッツ」の姿が。

 

 その様子を見て、思わず悲鳴に近い声を上げるグナイゼナウ。

 

 ザイドリッツには、

 

 あの巡洋艦には、

 

 彼女の恋人が乗っているのだ。

 

「オスカーッ 逃げて!!」

 

 絶叫するグナイゼナウ。

 

 その視界の中で、

 

 新鋭軽巡洋艦が、無数の水柱に包まれるのが見えた。

 

 

 

 

 

 第1艦隊がイギリス軍攻撃隊の空襲を受けている頃、

 

 その東方海上に展開した第2艦隊に動きがあった。

 

 2隻の空母の飛行甲板を蹴って、メッサーシュミットが緊急発艦する。

 

 火薬式カタパルトによる射出はスムーズに行われ、10機近い戦闘機が西へと進路を取る。

 

 同時に、艦隊の一部が速力を上げて分離するのが見えた。

 

 その中心に「シャルンホルスト」の姿がある。

 

「提督、分艦隊全艦、終結完了しました」

「よし、我々はこれより、第1艦隊支援の為に西進を開始するッ」

 

 幕僚の報告を受け、エアルは頷きを返す。

 

 旗艦「グラーフ・ツェッペリン」より、命令を受けたのは20分前。

 

 その内容は「第1戦闘群、並びに1個駆逐隊を率いて第1艦隊救援に迎え」との事だった。

 

 ウォルフは自身が後方から航空部隊を指揮し、水上戦闘をエアルに一任したのだ。

 

 結局、旗艦変更は行われなかった。

 

 旗艦を変更するとなれば、司令部やその専門の通信要員など、多数の人員を乗せ換える必要があり、必然的に多大な時間が掛かる。

 

 第1艦隊が攻撃を受けている現状で、そのようなタイムロスをしている暇はない。

 

 その代わり、ウォルフは第1戦闘群を中心とした分艦隊の急派を決定したのだ。

 

 エアルとしても、その方がやりやすくてありがたいくらいだった。

 

 これでエアルの下には、巡洋戦艦1隻、重巡洋艦1隻、駆逐艦4隻が指揮下に入る事になる。

 

 小規模だが、小回りが利いて動きやすい。第1艦隊の危急を救うには十分な戦力だった。

 

「機関全速。各艦に通達、《我ニ続ケ》!!」

 

 エアルの号令の下、「シャルンホルスト」は唸りを上げて、速力を上げ始めた。

 

 

 

 

 

第64話「執念の投槍」      終わり

 

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