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左舷から向かってくるバラクーダ雷撃機の数は4機。横隊を組んで海面すれすれを向かってくる。
その姿を、軽巡洋艦「ザイドリッツ」の艦橋で見据えるオスカー・バニッシュ准将。
最新鋭軽巡洋艦が対空砲火を振り上げる。
ヒッパー級重巡洋艦をベースに、主砲だけを50口径15センチ砲3連装4基に換装した艦体は、基準排水量1万8000トンと、並の巡洋艦を上回る規模を誇る。
それだけに、対空火力も戦艦に迫る物がある。
艦載型ウルツブルク対空レーダーによって統制された射撃は正確性を増し、バラクーダ隊の前方に砲火の壁を築く。
横隊を組んで迫る、死鳥の群れ。その腹には、必殺の魚雷が不気味に光る。
「バラクーダ、さらに接近ッ 右舷90度、高角20度、数4!!」
見張り員の絶叫に近い報告。
既に「ザイドリッツ」の右舷側の対空砲は、全て旋回と仰角を完了し命令を待っている。
対して、艦橋に立つオスカーは正面から見据える。
迫る、敵雷撃機。
そのプロペラの回転すら、目で追えると思えるほどの近さ。
次の瞬間、
「左舷対空戦闘、撃ち方始め!!」
オスカーの命令と共に、右舷側の対空砲が一斉に撃ち鳴らされた。
激しい砲火が、蒼空めがけて打ち出される。
炎が空を染め上げ、迫るバラクーダに死の壁を作り出す。
だが、イギリス軍パイロットもまた勇敢である。
撃ち上げられる対空砲火をものともせず、横隊を崩さず、低空をまっしぐらに向かってくる。
既に僚艦「マインツ」「リュッツォー」も射撃を開始。新鋭軽巡3隻で強力な対空弾幕を作り上げていた。
激しさを増す、「ザイドリッツ」の対空砲。
距離が詰まれば、高角砲に続いて多数の機銃も加わり、より強力な砲火網を形成する。
バラクーダ隊が、魚雷発射態勢に入った。
突っ込んできたバラクーダ4機の内、1機が正面から12.7センチ弾をまともに食らって爆砕される。
だが、残る3機は構わず突撃すると、魚雷を海面に投下、そのまま「ザイドリッツ」の頭上を飛び去って行く。
海面を疾走する、白い槍衾。
その穂先が「ザイドリッツ」の左舷から迫る。
「面舵一杯!!」
叫ぶオスカー。
満載排水量2万トンに迫る大型軽巡が、34ノットの最高速度で左へと旋回する。
魚雷に対して艦首を正対させる「ザイドリッツ」。
これでかわせる。
ほっと息をつくオスカー。
程なく、雷跡は「ザイドリッツ」の両舷を挟み込むようにして通り、まっすぐ後方に駆け抜けていった。
「よしッ 次・・・・・・」
命令を口に出しかけるオスカー。
だが、
「右舷90度、バラクーダ再度接近!!」
息つく暇もない。
続いて飛び込んできた悪夢のような報告に、思わず、振り返るオスカー。
その視界に、再び横隊を組んで迫るバラクーダの姿がある。
「クソッ 右舷対空砲火、全力射撃!! 奴等の近付けるなッ!!」
オスカーの命令を受け、右舷側の対空砲を振りかざす「ザイドリッツ」。
砲火が弾幕となって、接近するバラクーダを阻止しにかかる。
ウルツブルク・レーダーは向かってくる敵機の高度、速度、進路を正確に捕捉し、射撃データを提供してくれている。
そのデータをもとに照準を修正する「ザイドリッツ」。
同時に帰還は唸りを上げ、基準排水量1万8000トンの巨体を加速させる。
撃ち上げられる大型軽巡の火線の中を、果敢に飛び込んでくるバラクーダ。
「ザイドリッツ」の砲火は激しく撃ち上げるが、接近するバラクーダの方が速い。
「これは、かわせんかッ!?」
このままでは、真横から魚雷を食らってしまう。
オスカーが舌打ち交じりに叫んだ。
次の瞬間、
「ザイドリッツ」を取り囲むように、巨大な瀑布が吹き上がった。
「クッ!?」
オスカーを初め、その場にいた幕僚、艦娘達が思わず視界を塞ぐ。
やがて、全ての海水が狂奔から収まった時、
「ザイドリッツ」は、変わらずに全速航行を続けながら、対空砲火を撃ち上げていた。
「・・・・・・な、何があった?」
唖然とするオスカーの下へ、次々と報告が上げられてきた。
「機関、異常なしッ!!」
「主砲、魚雷、異常なし。ただし、至近弾の衝撃により、機銃座2基が損傷!! 艦底部に若干の浸水あり!!」
「本艦に直撃弾無しッ 全力発揮可能!!」
次々と上がってくる報告に、オスカーは思わず胸をなでおろした。
浸水は恐らく、至近弾による漏水だろう。問題になるレベルではない。
同時に、先の攻撃で放たれた魚雷が、軽巡の両舷を駆け抜けていく。
「負傷者の救助、及び浸水区画の排水急げ!!」
命令しながら、幕僚達に目をやる。
「どうやら、今のは雷撃じゃなく、水平爆撃だったようだな」
「ええ、バラクーダの性能は、これまで英軍が主力にしてきたソードフィッシュ、アルバコアの比ではありません」
報告を聞きながら、オスカーは心の中で舌打ちする。
侮れない敵が、またしても増えた。
ただでさえ劣勢のドイツ艦隊にとって、歓迎したくない状況である。
攻撃機であるバラクーダは、魚雷だけではなく各種爆弾も搭載できる万能機である。
雷撃だけでは攻撃がワンパターン化しかねない事を懸念したイギリス海軍は、水平爆撃も織り交ぜる事でドイツ艦隊を攪乱し、圧力を強めようと考えたようだ。
「運が良かったな」
胸をなでおろしながら、オスカーは不敵に笑う。
もし2度目の攻撃も雷撃だったら、今頃は艦底部に大穴を開けられて「ザイドリッツ」は沈没を免れなくなっていた事だろう。
まさに紙一重。
集中攻撃に近い攻撃を受けながらも、「ザイドリッツ」の損傷は未だ軽微であり、戦闘継続に問題はない。
しかし、
他の艦も、「ザイドリッツ」同様に、幸運に恵まれていたわけではなかった。
対空戦闘を行う、第1艦隊主力。
戦艦2隻の後方から付き従うのは、歴戦の装甲艦である「ドイッチュラント」と「アドミラル・シェア」である。
通商破壊戦専用艦として建造された2隻だが、45口径28センチ砲3連装2基6門を主武装とし、重巡並みの船体に高い火力を搭載した画期的な設計から「ポケット戦艦」の愛称で親しまれてきた。
開戦初期のナルヴィク沖海戦において2番艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」を失った後も、ドイツ海軍通商破壊部隊の主力として輸送船狩りに参加。数多くの敵船を海底に沈めて来た。
中でも「アドミラル・シェア」は、同型艦の中でも特に戦歴に優れており、大戦初期にはインド洋にまで進出して多くの輸送船を沈め、連合軍の補給線を大いに脅かした。
その戦果はシャルンホルスト級2隻をも上回り、まさにドイツ海軍水上艦隊のエースと言っても過言ではないだろう。
今回の戦いでも、戦艦に次ぐ火力を有している為、艦隊戦において戦艦群を補助する役割が期待されていた。
その「アドミラル・シェア」に、バラクーダ雷撃機が襲い掛かる。
その「アドミラル・シェア」が、集中攻撃を受けていた。
海面すれすれまで降下し、魚雷投下態勢に入る3機のバラクーダ。
「アドミラル・シェア」は全速力の28ノットで航行しながら対空砲火を撃ち上げる。
派手に炸裂し、蒼空を黒煙で染め上げる対空砲火。
しかし、見た目の派手さに対して効果は殆ど上がっておらず、バラクーダは構わずに突っ込んでくる。
知っての通り、大陸国家であるドイツは、ヒトラー自身が陸軍出身だった事もあり、陸軍や空軍の強化、増強には積極的だったが、海軍の拡張にはそれほど乗り気ではなかった。
これはヒトラーの方針で対ソ戦を重視した結果でもあるのだが、その煽りを受け、多くの艦が開戦初期から殆ど強化される事無く、今日まで来てしまった。
少ない予算の大半は、主力兵器であるUボートの新造に回され、水上艦隊は割を食う形となってしまった。
途中で大掛かりな改装が施されたシャルンホルスト級2隻は、むしろ幸運だったと言えよう。
ドイッチュラント級も例外ではなく、開戦後は大きな改装を受ける事無く今日まで来ている。
そのツケを今、払わされようとしていた。
貧弱な対空砲火をすり抜け、バラクーダは「アドミラル・シェア」へと迫る。
「取り舵一杯!!」
艦長が叫び、操舵手が舵輪を回す。
最高速度の28ノットで航行しながら、左へと回頭する「アドミラル・シェア」。
そこへバラクーダが魚雷を投下して駆け去って行く。
海面を疾走して迫りくる魚雷。
必死に回避運動を続ける「アドミラル・シェア」。
大丈夫、かわし切れる。
そう思った。
次の瞬間、
「右舷前方ッ 新たな雷撃機!!」
2機のバラクーダが、雷撃回避の為に回頭中の「アドミラル・シェア」の横腹めがけて突っ込んでくる。
投下される魚雷。
先に回避した魚雷と、新たな2本の魚雷によって、十字砲火される「アドミラル・シェア」。
「機関全速!! 直進!!」
回避行動が出来ない以上、魚雷が逸れると信じて直進する以外に無い。
対空砲を撃ちながら、全速力で直進する「アドミラル・シェア」。
その白い航跡が、重巡並みの小柄な艦体に迫る。
かわせるッ
かわせるはずッ
艦長、艦娘はじめ、全乗員が祈るように見守る。
だが次の瞬間、
衝撃と共に、ポケット戦艦の艦腹に巨大な2本の水柱が突き上げられた。
《第1艦隊空襲を受く。損害、拡大しつつあり》。
その報告は、救援の為に第2艦隊の隊列を離れて西進する第1戦闘群にも届けられた。
「してやられたッ 完全に遅かったかッ」
届けられた電文を見るなり、エアルは悔し気に呟きを漏らした。
現在、巡洋戦艦1、重巡洋艦1、駆逐艦4から成る第1戦闘群は、27ノットの速度で西へ進路を取っている。
しかし、その対応は完全に後手に回った。イギリス軍は、第1戦闘群が合流する前に、第1艦隊に攻撃を仕掛けてきたのだ。
物量差が完全に出ている。
今回、イギリス軍が投入した空母は6隻。航空機の数は300機にも達する。その数はドイツ海軍の3倍に達する航空兵力である。
片手間でドイツ海軍航空隊の攻撃を防ぎつつ、もう片手間で第1艦隊に攻撃を仕掛ける事も不可能ではない。
「おにーさんッ」
電文を持ったシャルンホルストが駆け寄ってくる。
「Uボートからの電文ッ 微弱だったけど、通信を拾えたって」
「どれ?」
戦闘に先立つ掃討戦で、英対潜部隊により大損害を被ったUボート部隊だったが、辛うじて生き残り海底に息をひそめていた艦が情報を送ってきたのだ。
少女から電文を受け取り、素早く一読するエアル。
しかし、
その内容を読んで、思わず驚愕した。
電文は、先行してイギリス艦隊の動向偵察に当たっていたU81からの物だった。
「《我、敵艦隊を視認。位置・・・・・・》」
読み進めるエアル。
そして、電文の末尾には無視できない文面があった。
「《尚、敵艦隊の中に、複数の戦艦を認む》か・・・・・・」
敵の主力艦隊が、決戦を求めて北上していると見て良い。
電文を一読すると、エアルは通信参謀へ振り返った。
「この通信の発信位置は?」
「は、恐らく、この辺りかと」
そう言って指示された海域を見て、エアルは思わず息をのんだ。
その場所は現在、第1艦隊が戦闘をしている海域の、ちょうど真南に当たる。
つまり、敵主力は第1艦隊を目指して北上している事になる。
「急ごう」
周囲を見回して、エアルは告げる。
「敵の狙いは、こっちの主力である第1艦隊の捕捉、撃滅だ。下手をすると手遅れになりかねない」
第1艦隊には、「ティルピッツ」「グナイゼナウ」と言う、ヨーロッパ最強戦艦がいる。仮に水上砲戦になったとしても、簡単にやられるとは思えない。
しかし、敵もどれだけの戦艦を繰り出してきているか分からない。
第1艦隊と言えど、敵機の攻撃によって隊列が乱されたところに、敵主力に突っ込んでこられたら敗北は免れないだろう。如何な最強戦艦と言えど、包囲されて袋叩きにされればひとたまりもない。
「艦隊速度、30ノットに上げッ!!」
命じるエアル。
とにかく、1分でも、1秒でも早く、第1艦隊救援に行くのだ。
そんな中、シャルンホルストは艦橋前方の窓に歩み寄り、向かう先を見つめる。
「ゼナ・・・・・・・・・・・・」
少女の視線の先では、彼女の妹が、今も戦っている。
増速する「シャルンホルスト」。
アトランティックバウの鋭い艦首が波濤を切り裂き、飛沫が空中に舞い上がる。
「オイゲン」と駆逐艦4隻も、旗艦に追随すべく速力を上げる。
しかし、自分自身の速度は少女からすれば、もどかしいほどに遅く感じるのだった。
2
ドイツ第1艦隊の苦難は、尚も続いていた。
入れ替わり立ち代わり、襲ってくるイギリス軍攻撃隊。
上空援護もないまま、必死に海面を逃げ回り砲火を振り上げるが、徐々に損害は増しつつある。
幸いにして、戦艦2隻の損害は軽微であり、戦闘、航行に支障はない様子である。
旗艦「ティルピッツ」並びに巡洋戦艦「グナイゼナウ」は、高速で走り回りながら対空砲火を撃ち上げている。
しかし、巡洋艦以下の損害は無視できなくなりつつある。
まず、第1次空襲において攻撃を受けた装甲艦「アドミラル・シェア」が、海上に停止して炎上している。
艦体は右舷側に大きく傾斜し、波が甲板を洗っている。沈没は時間の問題だろう。既に艦長が総員退艦を命じているらしく、甲板上に乗組員が殺到している。
イギリス軍は更に攻撃を続け、第2次空襲においては軽巡洋艦「ケルン」に魚雷を受けた。
魚雷を受けた「ケルン」は、一瞬にして大爆発を受けて爆沈した。
第2砲塔と第3砲塔を左右両舷側にそれぞれ寄せたオフセット方式を採用した軽巡洋艦は、射角を広く取れる画期的な設計の巡洋艦は、しかし軽合金を多用した装甲から、防御面に大きな不安を抱えていた。
そこに航空機の魚雷が命中したので、ひとたまりも無かったのだ。
「ケルン」沈没から、時を置かずに狙われたのは、軽巡洋艦の「ライプツィヒ」だった。
K級軽巡洋艦に続く巡洋艦シリーズのネームシップは、海面を高速航行しながら回避運動を行っていたが、一瞬の油断を突かれ、バラクーダが投下した大型爆弾が命中してしまった。
大型爆弾は甲板を突き破って艦内に突入、軽巡洋艦の機関室を直撃した。
一瞬にして動力を奪われ、速力が低下した「ライプツィヒ」。
そこへ更なる集中攻撃を受けた「ライプツィヒ」は、炎上しながら海上に停止。
既に総員退艦命令が下されていた。
装甲艦1、軽巡洋艦2を戦列から失ったドイツ第1艦隊。その他にも、駆逐艦2隻が犠牲になっていた。
イギリス軍の攻撃は、更に執拗に続いている。
狙われているのは、重巡洋艦の「アドミラル・ヒッパー」だった。
ヒッパー級重巡洋艦のネームシップは、流石に歴戦の重巡だけあり、ここまでの戦いを軽微な損傷で切り抜けていた。
更に、向かってきたバラクーダの内、6機を返り討ちにしている。
獅子奮迅の活躍を見せる、歴戦の重巡洋艦。
しかし、「アドミラル・シェア」「ケルン」「ライプツィヒ」を戦列から失い、対空火力の層が薄くなったドイツ艦隊の間隙を突く形でバラクーダが歴戦の重巡に殺到してくる。
低空に舞い降りたバラクーダ4機が、魚雷投下態勢に入る。
対空砲火を撃ち上げながら対抗する「ヒッパー」。
機関出力を振り絞り、32ノットで回避運動に入る。
問題ない。
かわせる。
爆弾だろうが、魚雷だろうが、「ヒッパー」を直撃するなどあり得ない。
誰もがそう信じた。
次の瞬間、
接近したバラクーダの胴体と翼下に、一斉に炎が立ち上った。
同時に、複数の軽い衝撃が連続して「アドミラル・ヒッパー」の艦体を襲った。
たちまち、歴戦重巡の左舷は爆炎に包まれ薙ぎ払われる。
いったい、何が起きたのか?
誰もが呆然とする。
攻撃を終えたバラクーダが駆け去って行った後、「ヒッパー」の左舷側は抉られ、そこに設置されていた対空砲火も全滅に近い損害を受けていた。
「ヒッパー」を襲った攻撃。
それは、ロケット弾による一斉攻撃だった。
複数のロケット弾が左舷側に集中され、対空砲が薙ぎ払われたのだ。
「ヒッパー」が手ごわいと見たイギリス軍は、その火力を減殺する作戦に出たのだ。
対空砲火が弱まる「ヒッパー」。
そこへ、とどめを刺すべくバラクーダが殺到してくる。
炎に包まれながらも、機関出力を振り絞り、残された対空砲火を撃ち上げて抵抗する「ヒッパー」。
しかし、やはりロケット攻撃で、対空火器の半数近くを潰されたのは痛い。
対空砲火の間隙を突いて低空に舞い降りたバラクーダが、重巡に対して爆弾を投下する。
大型爆弾は、無防備となった重巡の前部甲板に吸い込まれるように直撃した。
衝撃と共に踊る爆炎。
それらが収まった時、前部甲板には無残な光景が広がっていた。
B砲塔は天蓋が砕け、2本の方針はそれぞれあらぬ方向を向いている。
どうやらバラクーダが投下した爆弾が、「ヒッパー」のB砲塔を直撃、これを完膚なきまでに破壊したらしい。
更に、衝撃で隣接するA砲塔も旋回不能。実質、火力の50パーセントを一気に失った形である。
艦長が素早く、弾薬庫に注水を命じ、艦の保全に努める。
尚も、か細い抵抗を続ける「ヒッパー」。
しかし無情にも、魚雷を抱いたバラクーダが殺到して来る。
回避するべく転舵する。
が、
間に合わない。
白い航跡が艦腹へ伸びて来る。
衝撃がすさまじい勢いで「アドミラル・ヒッパー」を包み込んだ。
「そんな・・・・・・みんなが・・・・・・」
空襲が終わり、賛嘆たる状況となった艦隊を見て、グナイゼナウは愕然とした声を上げた。
「アドミラル・シェア」「アドミラル・ヒッパー」「ライプツィヒ」「ケルン」を戦列から失い、艦隊戦力は半減したと言っても過言ではない。
「ティルピッツ」「グナイゼナウ」は健在であり、戦闘可能な状態にあるのは不幸中の幸いだろう。
しかし、
既に第1艦隊が戦える状態ではない事は、火を見るよりも明らかだった。
「どうするつもりなの、司令部は?」
「ティルピッツ」へと目をやる。
まだ進撃するのか? それとも、損害の多さを鑑みて、ここで撤退するのか?
その時だった。
上空に、聞きなれたエンジン音を響かせて、一群の翼が駆け抜けていく。
鉄十字を掲げた航空部隊は、第2艦隊を発した直掩部隊である。急を聞いて駆けつけてくれたらしい。
尚も執拗に攻撃しようとするイギリス軍攻撃隊に食い下がり、容赦なく撃墜していく様子が見える。
さすがのイギリス軍も、ここに来てドイツ軍の航空支援が入るとは思っていなかったらしく、虚を突かれて逃げ惑う様子が見えた。
しかし、
「遅い・・・・・・遅いよ・・・・・・」
メッサーシュミットがバラクーダを追い散らす光景を見ながら、絞り出すように呟くグナイゼナウ。
既に敵は攻撃を終え、帰投を開始した直後である。今更来られても、遅すぎたのだ。
航空隊とて、急いで駆け付けてくれたのは判っている。
しかし、文句の一つも言わない事には、気持ちが収まらなかった。
戦いが終わってから来られても、何の意味もないと言うのに。
そう、
戦いは終わった。
ドイツ艦隊の誰もが、そう思っていた。
だが、しかし、
そう思っていたのが自分達だけだった事を、彼等は程なく思い知ることになる。
「方位1―9―0に接近する艦影ありッ 英艦隊です!!」
絶叫に近い見張り員の声。
その声に、グナイゼナウは我に返る。
「そんな・・・・・・ここで、来るなんて・・・・・・・・・・・・」
愕然とする少女の視線の先。
そこには、ホワイトエンサインを誇らしげに掲げた艦隊が、砲門をこちらに向けて向かってくる様子がはっきりと見て取れた。
「・・・・・・・・・・・・全艦、戦闘態勢を成せ」
静かに命じるオスカー。
先の空襲、彼の戦隊は1隻もかける事無く切り抜ける事に成功した。
あの激しい空襲で、執拗に狙われながらも全艦生き残った事に、戦隊としての優秀さと、オスカーの非凡な指揮ぶりが伺える。
しかし、
ほっと息をつく間もなく、敵主力艦隊のお出ましである。
「まったく、息つく暇すらくれんとは、英国人も存外、せっかちらしいな」
皮肉交じりに笑みを浮かべて、迫る敵艦隊を睨む。
何から何まで、敵の思惑通り。
ドイツ軍は完全に、イギリス軍の罠に誘い込まれてしまったのだ。
「これと言うのも・・・・・・・・・・・・」
ギリッと、奥歯を噛みしめる。
そもそも今回の作戦は海軍の元々の作戦計画ではなく、総統府からの直接命令だった。
首都爆撃によって怒り心頭と化したヒトラー総統が、海軍に命じて強引に艦隊を出撃させた事が原因である。
要するに、トップが戦略を無視した挙句、無理な正面決戦を強要された事になるわけだ。
そうなると、先のベルリン空襲自体、敵の挑発だった可能性がある。
「冗談じゃないッ」
戦場に出もしない。海軍の実情を知ろうともしない、そんなトップに振り回され、ドイツ海軍は壊滅の危機に瀕している。
そんな想いが、オスカーの中で駆け巡った。
こんなバカバカしい現実はない。
しかし、
バカバカしいが、これが現実だった。
「こんなところで、死んでたまるかよ」
軍人である以上、戦場で死ぬ事に躊躇いも恐怖もない。それが味方を助けて死ねるなら本望だろう。
しかし、馬鹿な独裁者に踊らされて、馬鹿な死に方をするなどまっぴらだった。
こんなところで死ぬなど、少なくとも自分は御免だ。
「必ず、生き延びてやる」
呟きながら、オスカーの視線は、「ティルピッツ」の後方を進む「グナイゼナウ」が見えた。
「お前は俺が守る。安心しろ、ゼナ」
自信の恋人に対し、低く呟くオスカー。
ザイドリッツ達が身じろぎする中、青年提督は振り返らずに前方を注視して命じる。
「我が戦隊はこれより、第1艦隊主力を援護する!!」
もはや避退する時間はない。下手に退避しようとすれば、追撃によって大損害を食らいかねない。
ここは相手を牽制しつつ、徐々に距離を取るようにして離脱のタイミングを計る以外に手は無かった。
命令を受け、増速する「ザイドリッツ」。その後方から「マインツ」「リュッツォー」も続く。
その時、
「敵艦隊接近ッ!!」
緊迫した報告が響く。
もう、後には引き返せない。
敵を打ち破る以外、ドイツ艦隊が生き残る道は無かった。
「全艦、左砲戦用意!!」
右腕を振り上げるオスカー。
そして、
「撃ち方始め!!」
勢いよく振り下ろした。
第65話「波濤に鳴りし断末魔」 終わり