蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第66話「閉じられた罠」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波濤を割く艦首がわずかに揺れ、飛沫が艦橋にまで吹き付けられる。

 

 全速航行に従い吹き付ける風が、艦その物を消するかのような勢いで、次の瞬間には後方へと流れていく。

 

 視線の先には、鉄十字を掲げたドイツ艦隊が砲門をこちらに向けているのが見える。

 

「どうやら、敵は逃げずに向かってくるようですね」

「うむ」

 

 クロードの言葉に、フレイザーは双眼鏡から目を離しながら答える。

 

 現在、イギリス艦隊主力であるフォース1は、旗艦「アンソン」を先頭に「ハウ」「キング・ジョージ5世」「デューク・オブ・ヨーク」の順で単縦陣を組み、南西方向からドイツ艦隊に接近している。

 

 マレー沖で日本軍に撃沈された「プリンス・オブ・ウェールズ」を除く、全てのキング・ジョージ5世級戦艦を集結させた、正に現状のイギリス海軍における最強の戦艦部隊である。

 

 対してドイツ艦隊も、これを迎え撃つべく「ティルピッツ」「グナイゼナウ」「ドイッチュラント」の順で単縦陣を組んで向かってきている。

 

 隻数ではイギリス艦隊が勝っているが、ドイツ艦隊の戦艦2隻はイギリス艦隊に無い40センチ砲を装備したヨーロッパ最強戦艦である。油断はできなかった。

 

「他部隊の状況は?」

「はい。展開を完了し、決戦海面に向かっているとの事」

 

 これまで多くの戦いで、イギリス艦隊はドイツ艦隊に翻弄され後れを取って来た。

 

 だからこそ今回は入念な準備を重ね、兵力を集中し、圧倒的有利な状況を確立するに至っている。

 

 しかし、それでも尚、油断できる相手ではない事は、誰の目にも明らかだった。

 

 徹底的に叩く必要がある。

 

 禍根を残せば、いずれ対価は自分達の命で支払う事になりかねない。

 

 だからこそここで、2度と彼等が立ち直れない程、完膚なきまでに叩き潰す必要があった。

 

「せめて、新型戦艦が間に合っていたら安心できたのですが」

 

 幕僚の1人が、悔しそうに愚痴をこぼす。

 

 イギリス海軍は既に、ビスマルク級戦艦に対抗可能な新型戦艦を完成させている。

 

 新型の40センチ砲を搭載したその艦は、今まで存在した全てのイギリス戦艦をあらゆる性能で凌駕しており、この局面に存在していれば、必ずやドイツ艦隊を圧倒し得ていただろう。

 

 しかし、それらは未だに完熟訓練の最中であり、実戦に投入できるレベルではない。今回の作戦参加は見合わせざるを得なかったのだ。

 

「無い物ねだりしても始まらん」

 

 フレイザーは窘めるように言った。

 

「我々に与えられた使命は、現有戦力でもって敵を打ち破る事のみ」

「人事は尽くした。後は、全力で挑むだけだ」

 

 クロードも頷きながら告げる。

 

 個艦の性能では、確かにイギリス艦隊はドイツ艦隊に劣っている。

 

 しかし、それを補うために数的優勢を確保し、更に勝率を確かな物とする為の策も張り巡らせた。

 

 勝つ。今度こそ。必ず。

 

 そして、

 

 勝利のカギを握っているのは、クロードの弟たちだ。

 

 彼等は既に、クロードの作戦に従い行動を開始している。

 

 これまでの戦いでは、ドイツ艦隊がその機動性を十分に発揮した結果、イギリス艦隊は敗北を重ねて来た。

 

 だからこそクロードは、ドイツ艦隊の機動力を封じる策に出たのだ。

 

「それと、『あちら』はどうなっている?」

「はい。ぬかりありません。既に各港を出港し、北上を開始したとの事。第2陣、第3陣の出発も予定通り行えると連絡が来ています」

 

 フレイザーの質問の意図を察して答えるクロード。

 

 今回、イギリス艦隊は二段構えで作戦を組んでいる。

 

 ドイツ艦隊との決戦が一段目。

 

 そして、真の目的は2段目の方にこそある。たとえ自分達が決戦に敗れたとしても、もう一方の作戦が成功すれば、この戦いはイギリスの勝ちとなる。

 

 勿論、負ける気は微塵も無いが。

 

 そして今や、作戦はこちらの思惑通りに進行しようとしていた。

 

「敵艦隊更に接近、距離、3万2000!!」

 

 その時、齎された見張り員からの報告に、一同が緊張を孕む。

 

 飛沫の向こうに、まっすぐ接近してくる艦隊の姿が見える。

 

 マストに鉄十字を、誇らしげに翻して迫るのは、間違いなく宿敵たるドイツ艦隊である。

 

「左砲戦用意ッ 目標、敵1番艦『ティルピッツ』!!」

 

 最大の脅威は、何と言ってもドイツ艦隊総旗艦「ティルピッツ」。

 

 改装を受け、かつての「ビスマルク」をも凌駕する戦艦に生まれ変わった「ティルピッツ」は序盤で潰しておきたい存在である。

 

 フレイザーの号令に従い、「アンソン」は4連装、連装各1機6門の主砲を旋回させる。

 

 後続する「ハウ」「キング・ジョージ5世」「デューク・オブ・ヨーク」でも同様の光景が展開されているはずだ。

 

 遠望すれば、ドイツ艦隊も主砲を旋回させているのが見えた。

 

 英独両艦隊は、互いに高速で接近している。

 

 間も無く、3万を切ったところで、砲撃を開始する予定である。

 

 ジリジリとした空気が、「アンソン」の艦橋を満たす。

 

 次の瞬間、

 

「距離、3万!!」

 

 絶叫に近い報告。

 

 次の瞬間、

 

 フレイザーの目が見開かれた。

 

「撃ち方始め!!」

 

 号令一下、

 

 イギリス戦艦4隻が、一斉に砲門を開く。

 

 放たれる砲撃。

 

 A砲塔の2門とB砲塔の1門。

 

 各艦、3門ずつの交互射撃。

 

 ほぼ同時に、水平線の彼方で閃光が迸るのが見えた。

 

「ドイツ艦隊、砲撃開始しました!!」

 

 緊張が走る一瞬。

 

 次の瞬間、

 

 巨大な水柱が、「アンソン」の左舷側に次々と突き立てられた。

 

 立ち上る巨大な瀑布に、誰もが息をのむ。

 

「初弾から寄せて来るかッ!!」

 

 舌打ち交じりに、フレイザーが呟く。

 

 重量1トンの砲弾が落下した際の衝撃は凄まじく、たとえ外れても、その衝撃だけで吹き飛ばされそうになる。

 

 遠望する先では、イギリス艦隊の砲撃も、ドイツ艦隊の周囲に落下しているのが見える。

 

 しかし、その弾着はまばらであり、命中弾は見られない。

 

「『ハウ』、砲撃を受けています!!」

「『キング・ジョージ5世』に、至近弾!!」

 

 次々ともたらされる報告にも悲鳴が混じる。

 

 砲撃を受けた各艦に、舌打ちが響く。

 

 まばらな砲撃となったイギリス艦隊に比べ、ドイツ艦隊は初めから精度の高い砲撃を繰り出して来た。

 

 崩れ落ちる飛沫が、「アンソン」の甲板を叩く中、水平線の先では更なる閃光が閃くのが見えた。

 

「ッ!?」

 

 舌打ちするクロード。

 

 策を用意し、罠を張り巡らし、万全の体制を整えた。ここまでは順調に来ている。

 

 しかし、最後の詰めで失敗すれば、全てがご破算である。

 

 落下するドイツ艦隊の砲撃。

 

 再び幕府に包まれる「アンソン」。

 

「『ハウ』に直撃弾ッ 炎上しています!!」

 

 その報告に、クロードは思わず臍を噛む想いだった。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 イギリス艦隊主力と対峙する、ドイツ海軍第1艦隊も盛んに砲撃を仕掛ける。

 

 旗艦「ティルピッツ」を先頭に、「グナイゼナウ」「ドイッチュラント」が続行。進路を東に向けながら、イギリス艦隊を右舷側に臨んでいる。

 

 ザイドリッツ級軽巡3隻がやや南寄りに展開し、敵の軽快艦艇突撃に備えている。

 

 半ば立ち上がりを制された形だが、状況は決して悪くない。

 

 何より、イギリス艦隊が手を拱いているうちに、先に命中弾を出した事は大きかった。

 

 敵の二番艦「ハウ」が直撃弾を受け、前部甲板から炎を噴き上げているのが見える。

 

 恐らく第1(A)砲塔を直撃し、これを動作不能にしたのだろう。先ほどから、明らかに火力が低下している。

 

 「ハウ」に直撃弾を浴びせたのは「グナイゼナウ」である。

 

 その様子を、旗艦「ザイドリッツ」の艦橋から、オスカーは眺めていた。

 

「流石だな、ゼナ」

 

 40センチ砲の威力はすさまじく、「ハウ」は1発で戦闘力の5割近くをもぎ取られた形である。

 

 更に「ティルピッツ」「ドイッチュラント」も盛んに砲撃を続けている。

 

 「ティルピッツ」の砲撃は、敵旗艦「アンソン」の中央甲板付近に直撃し、そこに設置された両用砲を吹き飛ばした。

 

 「ドイッチュラント」は、28センチ砲装備で、1発当たりの攻撃力は低いが、高い速射性能を発揮し3番艦「キング・ジョージ5世」を砲撃。上部構造物にダメージを与えている。

 

 一方で、イギリス艦隊も反撃してくるが、その砲撃精度はお世辞にも高いとは言えない。

 

 散布界が広すぎて、なかなか目標を捉えられない様子だ。

 

 現在までのところ、「ティルピッツ」が1発、艦中央付近に直撃弾を受け、機銃座1基が損傷しているが、砲弾は装甲によって弾き返され、それ以上のダメージは受けていない。

 

 「グナイゼナウ」「ドイッチュラント」は無傷で砲撃を続行している。

 

 全体としてドイツ艦隊が有利。

 

 このまま損害が蓄積すれば、イギリス艦隊司令官のボルス・フレイザーは撤退を決断せざるを得ないだろう。

 

 そうなれば、戦いはドイツ艦隊の勝利となる。

 

 行ける。

 

 この戦い、勝てるぞ。

 

 そう思い始めた。

 

 その時だった。

 

「方位1―7―0に新たなる敵艦隊!! まっすぐにこちらに向かってきます!!」

「何・・・・・・だとッ!?」

 

 驚愕の報告を前に、とっさに双眼鏡を取るオスカー。

 

 見れば、南東方向から接近してきた戦艦が3隻。第1艦隊の進路を遮るコースでT字を描き、砲門を開こうとしている。

 

 イギリス海軍のフォース2。

 

 旧式戦艦3隻を中心とした部隊は、速力が遅い事からフォース1とは別行動を取り、第1艦隊の進路上に回り込んでいたのだ。

 

 第1艦隊は言わば、フォース1と戦いながら、フォース2が待ち構えている海域に誘い込まれた形である。

 

「拙いぞ、このままじゃッ!!」

 

 状況を確認し、オスカーは舌打ちする。

 

 このままでは第1艦隊は、フォース1とフォース2、合計7隻の戦艦から十字砲火を受ける事になる。

 

 有利に進んでいた状況が、ただの一手で逆転されつつあった。

 

「旗艦、進路変更します!!」

 

 見れば、「ティルピッツ」は砲撃を行いながらも取り舵に転舵。進路を北へと向けつつある。

 

 南と東を押さえられた以上、ドイツ艦隊が取れる進路は北しかない。

 

「取り舵続行ッ 旗艦に続け!!」

 

 転舵する「ティルピッツ」に従い、進路を北へと向けるドイツ艦隊。

 

 その間も、両艦隊は砲撃を続ける。

 

 程なく、追い付いてきたイギリス海軍フォース2も砲撃を開始。都合7隻の戦艦が、第1艦隊めがけて砲弾を放ってくる。

 

 ドイツ艦隊周辺に、多数の水柱が立ち上る。

 

 駆逐艦1隻が至近弾のあおりを受けて、大きく傾くのが見えた。

 

 しかし、命中する砲弾はない。

 

 回頭中の艦に砲弾を命中させるのは容易な事ではない。

 

 無論、それはドイツ艦隊にも言える事である。敵の砲弾が当たらない代わりに、こちらも回頭が完了するまで砲撃する事は出来ない。

 

 しかし、それで良い。まずは離脱して、態勢を立て直すのが先決である。

 

 敵は別動隊の到着で火力倍加し勢いづいている。

 

 まずは相手にせず、敵を振り切った後、機動力を活かした戦法で敵を翻弄しつつ戦うのが得策だろう。

 

 

 

 

 

 北への回頭を始めるドイツ艦隊。

 

 その様子を、イギリス旗艦「アンソン」の艦橋で、クロードが見つめている。

 

 口の端に刻まれる、確かな笑み。

 

 それは、獲物が罠に掛かった事を確信した捕食者のそれだ。

 

「そうだろう。お前達には、もうそれしかない。そこに破滅があると分かっていても、進むしかないわけだ」

 

 彼は既に、確信していた。

 

 自分達の勝利を。

 

 

 

 

 

 回頭を完了し、進路を北へと向けるドイツ第1艦隊。

 

 このまま全速力で、後方のイギリス艦隊を振り切るのみ。

 

 しかし、

 

 進路変更し、北への離脱を開始すると程なくして、更なる状況変化が訪れた。

 

「方位3―3―0より、新たなる敵艦隊!!」

 

 見張り員の絶叫。

 

 見れば確かに、

 

 巡洋艦を中心とした、新たなる艦隊が砲門を開きながら向かってくるのが見える。

 

 その様子を見て、オスカーは今度こそ、イギリス艦隊指揮官の意図を悟って戦慄した。

 

「まずいッ 囲まれたぞ!!」

 

 後方には最初に交戦したフォース1、右舷側には続いて現れたフォース2。

 

 更に北から進路を塞ぐように現れた、新たな敵艦隊。

 

 何と言う周到かつ、徹底した罠。

 

 これで第1艦隊は、3方向から完全に包囲された事になる。

 

 敵の指揮官は、初めからこの状況を作り上げる事を狙っていたのだ。

 

 海上に作り上げた包囲網に、ドイツ艦隊を誘い込み殲滅する事を。

 

 そして、

 

 気付いたところで既に手遅れ。

 

 自分達は今や、罠に掛かった哀れな獲物に過ぎないと言う事を。

 

「敵艦隊、砲撃開始しました!!」

 

 悲鳴その物と言って良い、見張り員の絶叫が、

 

 

 

 

 

 

「目標、敵1番艦「ティルピッツ」ッ 準備出来次第砲撃開始ッ!!」

「雷撃、射点確保次第発射始め!!」

 

 フォース3を率いるリオン・ライフォードは、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

 フォース3は現在、進路を東に向けつつ、ドイツ艦隊の進路を阻むコースを取っている。

 

 旗艦「ベルファスト」を先頭に、「ノーフォーク」「サフォーク」「ニューカッスル」「シェフィールド」が続行。主砲を旋回させて、北上中のドイツ第1艦隊を狙っていた。

 

 クロードの立案した作戦は順調に推移していた。

 

 事前に対潜部隊を繰り出してUボートを封じ込め、大量の航空機を投入して制空権を確保。その状態で航空攻撃を仕掛けて敵戦力を減殺する。

 

 敵の陣営がガタガタになったところで、水上砲戦に持ち込む。

 

 しかも、ただ正面から当たるのではなく、海上に作り上げた包囲網の中へと誘い込み殲滅する。

 

 その為の、お膳立ては全て整った。

 

 狙うは、ドイツ艦隊旗艦「ティルピッツ」。

 

 敵の旗艦に集中攻撃を加える事で、指揮系統の混乱を狙う。

 

 圧倒的な重厚さで迫るドイツ最強戦艦「ティルピッツ」。

 

 相変わらずその存在は、イギリス海軍にとって地獄の魔王にも似た恐怖を振りまいている。

 

 もし「ティルピッツ」が、目標をフォース3に定め、包囲網突破を図ってきたら、巡洋艦のみで構成されたこちらはひとたまりも無いだろう。

 

 しかし、ここで退く事は許されない。

 

 これは千載一遇の好機だ。

 

 これを逃せば、再びドイツ艦隊は自軍勢力圏に立て籠もり、隙を見て連合軍の輸送航路に攻撃を仕掛けてくるだろう。

 

 そうなれば援ソルートも危うくなるし、本国への物資輸送もできなくなる。

 

 ドイツ艦隊の主力が集結している今、この瞬間に何としても敵の主力を殲滅しておく必要がある。

 

 兄である参謀長クロードの立案した作戦は、これまでのところ完璧に機能している。

 

 ドイツ艦隊主力の戦力を大きく減殺し、包囲する事に成功した。

 

「決着をつけるぞ、今日、ここで」

「ええ、勿論」

 

 頷きあう、リオンとベルファスト。

 

 同時に、「ベルファスト」の主砲が、一斉に火を吹いた。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 イギリス海軍の猛攻撃が開始された。

 

 北を目指して離脱を図るドイツ海軍第1艦隊。

 

 その第1艦隊を、3方向から取り囲む形で包囲したイギリス本国艦隊。

 

 南西方向からはボルス・フレイザー率いる、最新鋭戦艦群であるフォース1。

 

 南東方向からは、旧式戦艦3隻を中心としたフォース2。

 

 そして、北側は高速を利して回り込んだ、リオン・ライフォード率いる巡洋艦部隊フォース3が立ち塞がる。

 

 ドイツ第1艦隊は今や完全に、罠の中に取り込まれた獲物と化していた。

 

「面舵20、主隊の前へと出る!!」

 

 絶望的な状況下にあっても、オスカー・バニッシュ准将は己の役割を見失っていなかった。

 

 オスカー率いる、ザイドリッツ級軽巡洋艦3隻は、主隊の脱出を援護すべく突出する。

 

 高速で北側に展開し、フォース3を目標に定める。

 

「包囲網の中では、北側が最も薄い。狙うならそこだ」

 

 オスカーの判断は正しかった。

 

 イギリス側の作戦を立案、主導した本国艦隊参謀長クロード・グレイス海軍少将は、戦艦部隊でドイツ艦隊を追い立て、その間に高速の巡洋艦部隊を北方に回り込ませて包囲網を完成させるように企図した。

 

 これは、イギリス戦艦のほとんどがドイツ戦艦より大幅に劣速であり、北方に回り込む任務は快速の巡洋艦部隊に託す以外に無かった事に起因している。

 

 それ故、どうしても包囲網の北側は手薄にならざるを得なかったのだ。

 

「目標、敵1番艦、準備出来次第、撃ち方始め!!」

 

 既に状況はひっ迫している。

 

 自身は大まかな命令のみを下し、攻撃開始のタイミングは各艦の砲術長に委ねる。

 

 そうする事によって、オスカー自身は戦隊の指揮にする事が狙いだった。

 

「敵巡洋艦、更に接近します!!」

 

 敵はノーフォーク級重巡洋艦2、タウン級軽巡洋艦3。火力は明らかに、オスカー達が劣っている。

 

 しかし、その全てを倒す必要はない。要するに、主隊が脱出する為に、敵の陣形をかき乱せばいいのだ。

 

 そこまで考えた時、「ザイドリッツ」の主砲12門が、一斉に火を吹いた。

 

 

 

 

 

 「ザイドリッツ」「マインツ」「リュッツォー」が一斉に主砲を放つ様子は、フォース3旗艦「ベルファスト」からも確認する事が出来た。

 

 対抗するように随時、主砲を撃ち放つフォース3各艦。

 

 たちまち、中口径の主砲弾が空中で交錯する。

 

 互いに命中弾はない。

 

 両者の砲弾はただ空しく海面を叩き、見た目だけは派手な水柱を立ち上らせるにとどまる。

 

 そんな中、リオン・ライフォードは、自分達に向かってくるドイツ艦隊を冷静に睨み据える。

 

「やはり、こちらを狙ってくるか」

 

 包囲網に薄い部分があるとすれば、それは自分達フォース3が受け持つ北側しかない。

 

 敵がフォース3に全戦力を叩き付けてきたら、突破を許してしまう事になるだろう。

 

 だが、

 

「クロードの作戦通りね。ここまでくれば、ちょっとあの人も怖くなってくるわ」

「全くだな」

 

 ベルファストのボヤキに、苦笑で返すリオン。

 

 そう、

 

 全ては計算通り。

 

 北側の包囲網が手薄になる事も、そして、敵がそちらから脱出しようとすることも。

 

「敵は俺達だけじゃないぞ、ドイツ人」

 

 挑発するように呟くリオン。

 

 同時に、砲撃音とは異なる音が、連なるようにして接近してくるのを感じていた。

 

「せいぜい、頭上にも気を付けるんだな」

 

 視線の先には、砲火を放つドイツ第1艦隊。

 

 その遥か先で、翼を連ねて接近してくる航空機の群れが映っていた。

 

 

 

 

 

 その存在は、すぐさまドイツ艦隊も察知した。

 

 報告は、直ちにもたらされる。

 

「敵機接近ッ 方位1―7―0!! 高角30度ッ 数20以上!!」

「反復攻撃ッ このタイミングで!?」

 

 報告を聞き、グナイゼナウは舌打ちする。

 

 迫る、イギリス空軍の第2次攻撃隊。

 

 対して、第1艦隊は現在、空からの攻撃には無力に近い。

 

 現在、第1艦隊は優勢なイギリス艦隊に3方向から包囲されている上、砲撃戦の最中である為、対空砲要員を艦内に退避させてしまっている。

 

 つまり、敵機の攻撃に対し、著しく脆弱な状態にあるのだ。

 

 クロード・グレイスと言う男は、実に強かで、かつ冷徹な計算ができる男だった。

 

 彼はこれまでのドイツ艦隊とイギリス艦隊の戦いをつぶさに研究し、今回の作戦に臨んでいた。

 

 その中で彼は、ドイツ艦隊が使った戦術、特に水上戦闘における戦闘経過を片っ端から読み漁り、その中で使える物を調査、厳選し、自軍の戦術として組み込んできた。

 

 中でも、航空機と艦隊を連動し、海空同時に攻撃を仕掛ける戦術は、クロードの興味を大いに引いた。

 

 大戦中期のニューファンランド島沖海戦や第3次ブレスト沖海戦において、ドイツ海軍は航空攻撃と艦隊戦力を組み合わせる事で、戦力的に優勢なイギリス艦隊を撃破して来た。

 

 少数のドイツ海軍があれだけの戦果を挙げる事に成功したのだ。戦力に勝るイギリス艦隊が同じ戦術をやれば、より大規模な戦果を望めるはず。

 

 その真価が試される時が来たのだ。

 

 降下するイギリス軍第2次攻撃隊。

 

 数は僅か36機と、決して多くない。

 

 しかしその全機が、翼下にロケット弾を搭載していた。

 

 目的は敵艦の撃沈ではなく、あくまで水上部隊の支援。ならば、魚雷ではなく、命中率の高いロケット弾の方が有効と判断されたのだ。

 

「敵機、向かってきます!!」

「右舷対空戦闘、準備出来次第撃ち方始め!!」

 

 艦長の悲鳴に近い声が「グナイゼナウ」の艦橋にこだまする。

 

 右舷方向に指向可能な12門の12.7センチ砲を放つ「グナイゼナウ」。

 

 「ティルピッツ」「ドイッチュラント」、更には3隻のザイドリッツ級軽巡洋艦も対空砲を振り上げて、イギリス軍機の接近を阻もうと試みる。

 

 水上砲撃戦の最中である為、各艦ともに使えるのは高角砲のみ。露天装備の機銃は使用できない。

 

 その為、対空火力はかなりまばらな物となっている。

 

 更に、敵艦隊との交戦中で虚を突かれた上に、対空戦闘に不向きな単縦陣を組んでいた事が災いし、ドイツ艦隊は濃密な対空砲火をくみ上げる事が出来ない。

 

 バラクーダは対空砲火の間隙を突き、易々と攻撃圏内に進入してきた。

 

「来るぞッ 衝撃に備えろ!!」

 

 迫る凶鳥の翼。

 

 その下に、鉤爪の如きロケット弾が不気味に光る。

 

 艦長が叫んだ瞬間、

 

 接近してきたバラクーダが、一斉に翼下のロケット弾を発射した。

 

「ッ!?」

 

 息を呑むグナイゼナウ。

 

 焔と共に、噴き上がる白煙が視界全てを塞ぐ。

 

 次の瞬間、

 

 視界全てが炎に包まれ、続いて強烈な衝撃が、連続して襲ってきた。

 

「キャァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 激痛に悲鳴を上げるグナイゼナウ。

 

 同時に「グナイゼナウ」の右舷甲板が、巨大な炎に包まれた。

 

「右舷直撃弾多数ッ 火災発生!!」

「2番、3番高角砲全損ッ 機銃座4基使用不能!!」

「艦内に火災発生中!!」

 

 次々に齎される報告に絶望が増す。

 

 更に、悪い状況は続く。

 

「『ティルピッツ』に直撃弾多数!!」

 

 見れば、旗艦が燃えているのが見える。

 

 先頭を進む旗艦に、複数のバラクーダが群がっているのが見える。

 

 「ティルピッツ」の方でも艦隊戦に忙殺されており、敵機への対応が遅れる。

 

 そこへ、一斉に放たれたロケット弾が殺到した。

 

 たちまち、「ティルピッツ」の右舷側が火焔地獄と化し、高角砲や指揮所、照準装置が軒並み破壊される。

 

 更に攻撃は続く。

 

 バラクーダは、ドイツ側の直掩機がいない事を良い事に好き勝手飛び回り、目いっぱい接近してロケット弾を放ってくる。

 

 それに対して、ドイツ艦隊はほとんど抵抗らしい抵抗が出来ない。

 

 援護の戦闘機は無く、対空砲火も放てず、包囲され、回避運動さえ制限された状況では、ただの「浮かぶ標的」に過ぎない。

 

 イギリス軍攻撃隊が全てのロケット弾を撃ち終え、悠々と去って行った時、海上には炎上するドイツ艦隊の姿がのたうっていた。

 

 沈没した艦はない。

 

 しかし、どの艦も炎に包まれ、更に対空砲やレーダー、照準装置に多大な損害を受け、更に乗組員の死傷者も多数に上っている。

 

 そこへ、

 

 いよいよとどめを刺すべく、イギリス艦隊が3方向から迫ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 何もかもが敵の思惑通りに進んでいる。

 

 後方から敵の戦艦部隊に追い立てられ、敵の巡洋艦に頭を押さえられ、逃げ道がない状態。

 

 おまけに先の空襲で損傷し、射撃不能になっている艦まである。

 

 今や、ドイツ第1艦隊の運命は、風前の灯と化していた。

 

 それでも、オスカーは奮戦を続けていた。

 

 配下の軽巡洋艦3隻でもって砲撃を続行。どうにか包囲網を打ち破らんと、敵フォース3への攻撃を行う。

 

 砲撃だけではなく、接近したところで魚雷を発射。

 

 当たらなくても良い。とにかく、包囲網に穴を開ける事さえできれば脱出の目はあるのだ。

 

 だが、フォース3を率いるリオンは、それを許さない。

 

 巧みな艦隊機動で第1艦隊の進路を塞いでくる。

 

 その間に距離を詰めたフォース1、フォース2が砲撃を浴びせて来る。

 

 先の航空攻撃で陣形が乱れた第1艦隊に、容赦なく降り注ぐ砲弾。

 

 「ティルピッツ」「グナイゼナウ」も直撃弾を浴び、甲板上の炎が拡大する。

 

「クッ、痛ァ・・・・・・」

 

 体の激痛に耐えながら、グナイゼナウは顔を上げる。

 

 「グナイゼナウ」は既に、先の航空攻撃によって両舷の高角砲、機銃、及び測距、指揮装置が壊滅。

 

 その時点では、艦内へのダメージは無かった。

 

 しかし、その後、追い付いてきたフォース1から砲撃を浴び、ダメージは艦内に及びつつある。

 

 現在、「ティルピッツ」には「アンソン」「ハウ」が、「グナイゼナウ」には「キング・ジョージ5世」「デューク・オブ・ヨーク」が砲撃を仕掛けてきている。

 

 今のところ、機関や弾薬庫にダメージは無いが、それも長くは保たないだろう。

 

 無論、「ティルピッツ」「グナイゼナウ」も撃ち返す。

 

 先の砲戦でA砲塔を破壊された「ハウ」は、更なる直撃弾を浴び、B砲塔も動作不良となった。その為、現在は後部X砲塔のみで砲撃を続行している。

 

 「グナイゼナウ」が放った40センチ砲弾は、「キング・ジョージ5世」を直撃し、その甲板に大穴を開けた。「キング・ジョージ5世」からは盛んに黒煙が上がり、一時的に砲撃の手が緩んでいる。

 

 絶望的な状況で奮戦するドイツ艦隊各艦。

 

 しかし、

 

 如何な最強戦艦2隻と言えど、3倍上の火力を集中されている状況では、戦力差は完全に圧倒されている。

 

 4隻の戦艦から乱打され、ドイツ戦艦の戦闘力は徐々に奪われていく。

 

「どうにか・・・・・・どうにか、脱出、できれば・・・・・・・・・・・・」

 

 絞り出すように呟くグナイゼナウ。

 

 既に艦隊も彼女も満身創痍。

 

 しかしまだ、主砲も機関も全力発揮可能だ。包囲網さえ破る事が出来れば、まだ生き残れるチャンスはある筈。

 

 だが、

 

「旗艦の動きが鈍っていますッ 砲撃力低下の模様!!」

「えッ!?」

 

 慌てて双眼鏡を取るグナイゼナウ。

 

 黒煙に包まれた「ティルピッツ」。

 

 状況は「グナイゼナウ」同様、酷い物だった。

 

 炎は艦全体を覆い、甲板は瓦礫の山と化している。

 

 それでも砲撃を続けているらしく、時々閃光が走っている。が、

 

「前部砲塔が、動いてない・・・・・・」

 

 愕然と声を出すグナイゼナウ。

 

 この時「ティルピッツ」は、度重なる砲撃で全部、A、B砲塔の電路が切断し、射撃不能になっていた。

 

 残る後部4門の主砲で反撃していたが、火力が低下した事により精度が低下。いよいよ追い込まれつつある。

 

 そして、

 

 次の瞬間、

 

 更に決定的な事が起こった。

 

 不意に、「グナイゼナウ」の後方で、強烈な轟音が鳴り響いた。

 

「えッ!?」

 

 とっさに振り返るグナイゼナウ。

 

 その視界の先では、海上にわだかまるように、巨大な火柱が立ち上っているのが見えた。

 

 そこには先刻まで、「ドイッチュラント」がいたはず。

 

 戦艦2隻が敵フォース1との戦闘に忙殺されている間、その小さな体と主砲で、敵のフォース2と渡り合っていた。

 

 その功労者の姿が、今やどこにも見えなかった。

 

「『ドイッチュラント』爆沈ッ 爆沈です!!」

 

 悲鳴交じりの見張り員の声が艦橋に響く。

 

 この時、「グナイゼナウ」の後方を航行していた装甲艦「ドイッチュラント」は、6門の28センチ砲を振りかざし、フォース2の戦艦3隻をに果敢に挑んでいた。

 

 自身も先の航空攻撃で損傷を負った身でありながら、主力戦艦2隻を守るべく奮戦していた「ドイッチュラント」。

 

 低い火力を補うべく、一時はフォース2旗艦「ウォースパイト」に火災を起こさせるほどの奮戦を見せた「ドイッチュラント」だったが、ついに力尽きた。

 

 装甲艦はポケット戦艦などと呼ばれているが、実質的には重巡程度の装甲しか持たない。

 

 そこへ、反撃として放たれた「ウォースパイト」の38センチ砲弾が直撃。

 

 B砲塔の天蓋を貫いた砲弾は、そのまま弾薬庫に飛び込んで炸裂した。

 

 旧式とは言え、本格戦艦の砲撃にポケット戦艦が耐えられるはずも無い。

 

 「ドイッチュラント」は搭載砲弾が誘爆を起こし、そのまま爆沈を遂げたのだ。

 

 そして、

 

 「ドイッチュラント」の喪失は、実際以上のダメージをドイツ艦隊に与えていた。

 

「ドイッチュラントが・・・・・・・・・」

「そ、そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 炎を上げて沈んでいく光景に、艦橋の誰もが膝を突く。

 

 ドイツ海軍の将兵にとって、「ドイッチュラント」は、ある意味で特別な存在だった。

 

 ヒトラーが再軍備を推し進める中で、重巡の艦体に戦艦並みの主砲を搭載する事で世界を驚かせた艦でもある。

 

 その存在に世界は瞠目し、ドイツ海軍の栄光が蘇った瞬間でもあった。

 

 だからこそ、ドイツの国名が冠せられた。

 

 言わば「ドイッチュラント」は海軍復活の象徴ともいえる艦だった。

 

 その「ドイッチュラント」が失われた。

 

 士気が一気に下がる。

 

 尚も激しく、砲撃を繰り返すイギリス艦隊。

 

「ドイッチュラント」を失い、包囲網も狭まりつつある中、士気が低下したドイツ艦隊は、徐々に抵抗する力を失っていく。

 

 もう、だめかもしれない。

 

 誰もが、そう思い始めていた。

 

 炎の中に姿を消す「ドイッチュラント」。

 

 その様はまるで、ドイツの行く末を暗示しているかのようだった。

 

 

 

 

 

第66話「閉じられた罠」      終わり

 

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