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装甲艦「ドイッチュラント」喪失。
ドイツ海軍にとって、復活の象徴とも言うべき艦を失った事で、士気は目も当てられない程、急速に瓦解しつつあった。
既に残った艦で無傷な物は1隻も無く、第1艦隊の抵抗は先細りしつつある。
一方のイギリス艦隊とは言えば、包囲網をいよいよ強化しドイツ第1艦隊を押しつぶさんと、3方向から圧迫してきている。
戦艦7隻からは絶え間なく砲撃が降り注ぎ、巡洋艦以下の艦艇がそこに加わる。
包囲網の内部はさながら、鉄と火焔と激浪の地獄と化していた。
そんな中でも、ドイツ艦隊は奮闘を見せる。
「砲撃の手を緩めるな!! 何としても突破して見せろ!!」
軽巡洋艦「ザイドリッツ」の艦橋で、オスカー・バニッシュが叫ぶ。
彼の戦隊は包囲網を破るべく、引き続きフォース3への砲撃を続けている。
方針は変わっていない。
最も包囲網が薄いフォース3さえ突破できれば、まだ勝機はあるのだ。
「ザイドリッツ」の放つ砲弾が、英重巡洋艦「サフォーク」を直撃する。
艦橋付近に直撃を受けたらしい「サフォーク」は、一時的に砲撃を中断。
その数分後に射撃を再開したものの、照準が合わないらしく、砲弾は全く的外れの方向へと飛んでいく。
その他のドイツ艦も、どうにかして危機的状況を打ち破らんと奮戦を続ける。
だが、
最早、それだけの力がドイツ艦隊に残されていない事は、誰の目にも明らかだった。
先の空襲で「アドミラル・ヒッパー」「アドミラル・シェア」を失い、今また「ドイッチュラント」を失った。
頼みの戦艦2隻も集中攻撃を受け、満身創痍となっている。
特にひどいのは「ティルピッツ」だった。
最強戦艦である彼女は集中砲撃を受け、前部2基の主砲が破壊されている。
後部の2基4門のみで反撃を続けてはいるが、火力低下は如何ともしがたかった。
「グナイゼナウ」も、3基の主砲こそ健在だが、両舷の高角砲や機銃は度重なる攻撃によって削り取られ、全滅に近い状態である。
オスカーの戦隊も、先の「ザイドリッツ」の攻撃によって、辛うじて重巡洋艦「サフォーク」を脱落に追いやる事に成功したものの、既に3隻とも損傷を受けている。
旗艦「ザイドリッツ」は左舷側の対空砲をごっそりと削り取られている。
「マインツ」は、煙突と後部艦橋に直撃を受けて、これを根こそぎ吹き飛ばされている。
「リュッツォー」は、後部2基の主砲を破壊され火力が半減している。
オスカーはどうにか包囲網を食い破らんと、フォース3に集中攻撃を仕掛けたが、フォース3司令官のリオン・ライフォードは、巧みに艦隊を操り、包囲網の維持に努めている。
その為、ドイツ艦隊は包囲網の突破口すら見つける事が出来ずにいた。
その時だった。
「『リュッツォー』被雷ッ 速力低下します!!」
見張り員からの報告に、オスカーは舌打ちした。
この時、イギリス海軍駆逐艦が放った魚雷の1発が、「リュッツォー」の艦腹を直撃、艦内に浸水を引き起こしていた。
海軍の期待を背負って建造された新鋭軽巡は、右舷側に大きく傾いたまま速力を落としていく。
そこへ、容赦なく砲撃が浴びせられる。
たちまち、「リュッツォー」の姿は、爆炎と水柱に閉ざされ、見えなくなってしまった。
「クソォッ!!」
歯噛みするオスカー。
ここまで喪失無しで奮闘してきた彼の戦隊に、初めて喪失艦が出てしまった。
更に、旗艦「ザイドリッツ」を、巨大な衝撃が襲った。
「な、何だッ!?」
艦橋の窓枠に掴まって激浪に耐えながら、同か顔を上げるオスカー。
そこには、こちらに向かって砲門を向ける英戦艦の姿があった。
「ドイッチュラント」を撃沈した事によりフリーハンドとなった3隻の旧式戦艦「ウォースパイト」「ヴァリアント」「レゾリューション」が、砲門を向けて来たのだ。
旧式とは言え、3隻とも42口径38センチ砲を装備し、強大な火力を有している。軽巡洋艦で対抗できる存在ではなかった。
更に旧式戦艦からの砲撃が、「ザイドリッツ」めがけて降り注ぐ。
たちまち、新鋭軽巡の周囲を巨大な水柱が取り囲む。
そのうちの1発が、前部甲板を直撃する。
「ザイドリッツ」全体を、すさまじい衝撃が襲い、艦橋にいた人間をなぎ倒す。
「前部甲板に直撃弾ッ アントン、ブルーノ損傷ッ 射撃不能!!」
一撃で「ザイドリッツ」は、火力の50パーセントをもぎ取られた形である。
砲撃は更に続く。
幸い、機関は全力発揮可能である為、高速で回避運動に入る「ザイドリッツ」。
しかし、周囲は水柱によって取り囲まれ、衝撃は容赦なく襲い掛かってくる。
程なく、2度の目の衝撃が「ザイドリッツ」を襲った。
最早、どの感による攻撃なのかすら、把握する事は叶わない。
ただ、その一撃は艦橋近くに直撃し、艦橋内にいた達は再び吹き飛ばされた。
オスカーもまた、大きく吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。
全身に走る痛み。
どうやら頭をぶつけたらしく、意識と視界が朦朧としているのが分かる。
艦橋内では、生き残っていた者達の怒号が飛び交っている。
オスカーは呆然と眺めていた。
なぜ、こんな事になった?
どうして、我々が、このような目に遭わねばならないのか?
そもそも、今回の戦い自体、元はと言えば海軍の作戦計画に無かったもの。
それを総統命令により、無理やり実施となった。
そして、この体たらくである。
元々、清算の欠片もない作戦に投入され、海軍は開戦以来のベテラン将兵、艦娘を多数失い壊滅しつつある。
これはいったいどういう事なのか?
なぜ、こんな事になってしまったのか?
なぜ、こんな事にならなければならなかったのか?
あいつさえ・・・・・・・・・・・・
あの男さえ、いなければこんな事には・・・・・・・・・・・・
固く握りしめる拳。
オスカーの脳裏には、ある男の顔が思い浮かべられる。
それは本来許されざること。
そのような事を考える事自体、ドイツでは万死に値するだろう。
しかし、
それでも、沸き上がる、どす黒い感情を押さえる事が、オスカーにはできなかった。
その時だった、
鳴り響く、巨大な咆哮が、オスカーを現実に引き戻した。
見れば、
損傷を負いながらも、未だに前線を維持している「グナイゼナウ」が、6門の40センチ砲を斉射していた。
目標となった「キング・ジョージ5世」には、2発の砲弾が命中する。
1発は「キング・ジョージ5世」のA砲塔を直撃し、これを旋回不能とし、もう1発は煙突を根こそぎ吹き飛ばした。
割と深刻なのは2発目の方で、破壊された煙突から煙が甲板上に流出し、多数の乗組員が煙に巻かれて倒れていく。
程なく、損害に耐えかねたのか、「キング・ジョージ5世」が取り舵を切って戦列から離れていくのが見えた。
ようやく1隻脱落。
「グナイゼナウ」の艦橋。
そこに立つ1人の少女が、「ザイドリッツ」の方を見て、笑いかけている様子が見えた。
「ゼナ・・・・・・・・・・・・」
恋人の名を呼ぶオスカー。
『大丈夫。大丈夫だから』。
少女が、そう言っているように見えた。
そうだ、余計な事を考えるのは後で良い。今はとにかく、この包囲網から脱出しないと。
「キング・ジョージ5世」の脱落により、ようやく包囲網にも綻びが見え始めた。わずかずつではあるが、希望が出始めているのだ。
そこへ、
更に、ドイツ艦隊へ追い風が吹いた。
南東側の包囲網を担当している、イギリス艦隊のフォース2。
そのフォース2の3番艦「レゾリューション」の周囲に突如、巨大な水柱が立ち上った。
同時にイギリス艦隊の動きに乱れが生じ、目に見えて動揺が広がるのが分かった。
対して、オスカーは口元に笑みを刻む。
何が来たのか?
誰が来たのか?
そんな事は、問うまでも無かった。
「・・・・・・・・・・・・遅いぞ馬鹿野郎。散々、待たせやがって」
そう告げると、
オスカーはゆっくりと意識を失い、床に崩れ落ちた。
想像の3倍は最悪だ。
全速航行する「シャルンホルスト」の艦橋にあって、エアルは苦虫を嚙み潰したような気分になる。
戦場となっている海域が目まぐるしく変化した為、第1戦闘群の機動力をもってしても、到着するのに時間が掛かりすぎてしまった。
その間に、第1艦隊は壊滅と言っても良い損害を被ってしまっている。
装甲艦「ドイッチュラント」「アドミラル・シェア」、重巡洋艦「アドミラル・ヒッパー」、軽巡洋艦「リュッツォー」「ライプツィヒ」「ケルン」喪失。12隻いた駆逐艦も、4隻が失われていた。
「グナイゼナウ」「ティルピッツ」は健在だが、「ティルピッツ」は大破、「グナイゼナウ」も、控えめに見て中破の損害を受けている。
状況判断に要した時間はほんの僅か。決断は素早く下す。
「第1戦闘群各艦に通達ッ 我々はこれより、第1艦隊撤退支援の為の行動を開始する!!」
エアルは一瞬見ただけで、既にこの戦況を覆す事は不可能と判断した。
ならば、ここは戦力温存の為にも撤退する以外に選択肢は無かった。
「面舵一杯ッ 左砲戦用意!!」
「目標、敵R級戦艦!!」
「アントン、ブルーノ、ツェーザル、1番2番、全門、徹甲弾装填!!」
右に回頭しつつ、主砲塔を左へ旋回させる「シャルンホルスト」。
後続する「プリンツ・オイゲン」も、同様に連装4基8門の20センチ主砲を旋回させる。
エアルの方針も、第1艦隊のそれと同じだ。敵の包囲網に穴を開け、そこから味方を脱出させる。
目標は、手近なところにいるフォース2。旧式戦艦中心の部隊だ。短時間に火力を集中できれば望みはある。
「撃てェ!!」
エアルの号令と共に、6門の40センチ砲を撃ち放つ「シャルンホルスト」。
目標は、フォース2最後尾を走る戦艦「レゾリューション」。
対する「レゾリューション」はと言えば、第1艦隊に対する砲撃中に背後から襲われた形である為、砲塔を「シャルンホルスト」がいる方向とは反対側の海域に向けている。
つまり、第1戦闘群は図らずも、敵のフォース2に対する奇襲に成功した形であった。
傍らの椅子に座るシャルンホルストもまた、必死になって艦の制御に集中している。
少女の様子を横目に見ながら、エアルは視線を戻す。
今は彼女を気にかけている様子はない。
シャルンホルストは大丈夫だ。彼女に任せておけば問題は無いだろう。
後は、自分がどれだけ的確に、指揮に専念できるかにかかっている。
後続する「プリンツ・オイゲン」も「レゾリューション」に対し砲門を開く。
「レゾリューション」周囲に、小ぶりな水柱が立ち上る。
「オイゲン」が素早い斉射で「レゾリューション」の照準を攪乱する。
護衛の為に追随して来た駆逐艦4隻は、敵の小型艦の突撃に備え、警戒待機している。彼等の投入タイミングを、エアルは慎重に計っていた。
英艦隊も、慌てて主砲を旋回させている様子が見えるが、その動きよりも早く、「シャルンホルスト」が第3斉射を放った。
放たれた砲弾はまっすぐに飛翔。
そのまま「レゾリューション」に2発が命中した。
1発は旋回中の
もう1発は艦首付近に命中し
速力を低下させる「レゾリューション」。
それでも、どうにか反撃しようと主砲を旋回せ、残り6門の主砲を「シャルンホルスト」へ向ける。
だが、「レゾリューション」の主砲が火を吹く前に、第4斉射を放つ「シャルンホルスト」。
その砲撃により、3発の命中弾を受ける「レゾリューション」。
うち1発は辛うじて装甲に阻まれて弾き返したが、残り2発が艦内に突入して炸裂した。
黒煙を上げ、傾斜しながら海上に停止する「レゾリューション」。
どうやらスクリューか舵、あるいはボイラーと言った駆動系に重大な損害をダメージを負ったらしい。
傾斜は少しずつ増しており、「レゾリューション」が、徐々に海面下に引き込まれつつあることを物語っていた。
戦艦1隻撃沈確実。
勝利を確信していたイギリス艦隊は、思わぬ損害に浮足立つ。
そして、
その一瞬の隙を、エアルは見逃さなかった。
「今だ、第1艦隊司令部に打電、『直ちに離脱を急がれたし』!!」
2
エアルの指示に従い、ドイツ海軍各艦は一斉に動き出す。
多大な損害を負いながらも、健在だった「ティルピッツ」艦上の第1艦隊司令部は、直ちに全艦に脱出を指示する。
それを受けて、まずは生き残っていた駆逐艦が行動を開始。
第1戦闘群が開いた包囲網の隙間をさらに広げるべく、フォース2めがけて突進し、残っていた魚雷を発射する。
当たらなくても良い。とにかく魚雷を放ち、イギリス艦隊を混乱させることが目的だ。
その狙いは、成功しつつあった。
更にエアルは、ここで切り札を切る。
ここまで待機させておいた駆逐艦部隊に突撃を命じたのだ。
駆逐艦はフォース2に接近すると、魚雷を一斉発射する。
ドイツ駆逐艦が魚雷を放ったことを察知して、回避行動に入るイギリス艦隊フォース2各艦。
しかし、陣形は大いに乱れ、フォース2は砲撃どころではなくなってしまう。
これにより、イギリス艦隊が形成した包囲網の一角は完全に崩れた。
そこへ、雪崩を打って突破を図るドイツ第1艦隊。
無論、イギリス艦隊のフォース1とフォース3も追撃を掛けようと反転してくる。
しかし、そこはエアル率いる第1戦闘群が、牽制の為の砲撃を行い寄せ付けない。
更に、第1艦隊の中で戦闘力を残している「グナイゼナウ」「マインツ」が牽制の砲撃を行い、イギリス艦隊の接近を阻む。
その間に、駆逐艦に護衛される形で総旗艦「ティルピッツ」が、まずは離脱に成功した。
傷ついた巨艦は、それでもどうにか駆逐艦に守られて戦場から離れていく。
更に損傷を負った「ザイドリッツ」も、僚艦「マインツ」の援護を受けながら戦場を離れていく。
戦場から離れていく「ザイドリッツ」の様子を、エアルは「シャルンホルスト」の艦橋から見つめる。
オスカーの安否は判らない。「ザイドリッツ」の艦橋からは、何の反応も無いからだ。
今は、無事である事を祈るしかない。
こうして、粛々と撤退を進めていくドイツ艦隊。
大半の艦艇が脱出に成功し、残ったのはごく僅かとなる。
だが、
悲劇はその瞬間から始まった。
離脱しようとするドイツ艦隊。
それを逃すまいと、1隻の英巡洋艦が追いすがって来たのだ。
「いつもいつも、良い所で邪魔してくれるわね、あいつ!!」
彼方で砲撃を行う「シャルンホルスト」を睨みながら、ベルファストが叫ぶ。
これまで何度も「シャルンホルスト」は、彼女たちの前に立ちはだかり、重要な場面で邪魔をされてきた。
そして今もまた、絶妙ともいえるタイミングで現れ、殲滅寸前だった第1艦隊を救出しようとしている。
リオンやベルファストにとって、正に仇敵ともいえる存在。
だが、
「今度ばかりは、奴の思い通りにはさせん」
少女の傍らに立つリオンも、鋭い眼差しを見せる。
だが、その鋭い視線は「シャルンホルスト」を見ていない。
青年提督の視線。
その先にいる物。
「せめて片割れは、頂いて行く!!」
今にも包囲網を抜け、離脱しようとしている「グナイゼナウ」の姿があった。
「取り舵一杯、右魚雷戦用意!!」
32ノットで行進しつつ、左へ回頭する「ベルファスト」。
同時に左舷の53センチ魚雷発射管が旋回する。
対して、既に「グナイゼナウ」は、主砲を除く火器の大半を破壊されている為、接近してくる「ベルファスト」を自力で排除する事は不可能に近い。
主砲もまた、追撃を仕掛けてくるフォース1に向けている為、「ベルファスト」に対しては無防備に近い。
更に、生き残っている駆逐艦も「ティルピッツ」を護衛して先に離脱してしまっている為、「グナイゼナウ」周辺は、一時的に手薄となっていた。
リオンとベルファスト達は、その一瞬の間隙を突いたのだ。
「発射始め!!」
リオンの号令と共に、左舷側の魚雷を発射する「ベルファスト」。
対して、成す術がない「グナイゼナウ」。
ややあって、
その艦腹に、巨大な水柱が立ち上った。
「『グナイゼナウ』被雷!! 行き足、止まります!!」
「えッ!?」
報告を聞いた瞬間、シャルンホルストは集中を解いて顔を上げる。
向ける視線の先。
果たしてそこには、
1隻だけ脱出が遅れていた「グナイゼナウ」が、敵中に取り残される形で海上に停止しているのが見えた。
黒煙を上げる巡洋戦艦は、明らかに左舷側に傾斜しているのが分かる。
「ゼナッ!!」
思わず、窓枠に駆け寄り叫ぶシャルンホルスト。
エアルもまた、少女の傍らに立って、彼方の「グナイゼナウ」を見据える。
どうにかして、救わなければ。
彼女の、
シャルンホルストの妹を、こんな所で死なせるわけにはいかない。
どうにか、
どうにかして助けないと。
とっさに考えるエアル。
しかし、
「・・・・・・・・・・・・」
冷静に判断したからこそ、判る。
状況が絶望的である事を。
敵中に孤立し、機関も停止しつつある「グナイゼナウ」。
周囲に援護できる味方艦もいない。
しかも、一度は崩れかけたイギリス艦隊の包囲網が、再び閉じられつつある。
救えない。
それは、誰の目にも明らかだった。
「ッ」
舌打ちする。
それでもッ
それでもだッ
エアルは右腕を振り上げた。
砲撃を開始すべく、振り下ろそうとした。
だが、
「ダメッ」
その腕に、しがみついたのは、シャルンホルストだ。
「ダメ、おにーさんッ ダメだよ!!」
「シャル!!」
分かっていて尚、グナイゼナウの為に、イギリス艦隊に挑もうとするエアル。
だが、そんなエアルを、シャルンホルストが必死に止める。
「もう、ダメだよ!!」
彼女にも、分かっているのだ。
妹を救う事は出来ない、と言う事が。
そして、
グナイゼナウを救おうとすれば、ここで自分達が全滅すると言う事が。
否、
彼女こそ、最もつらい筈なのに。
少女の目から、涙がこぼれる。
奇しくも、あの時と逆になる。
あの、「ビスマルク」救援が絶望的だと悟った時、
彼女を助けてと懇願するシャルンホルストを、エアルは振り払った。
だが今、あの時とは立場が逆になっている。
「お願い、おにーさん・・・・・・・・・・・・」
エアルの袖を、シャルンホルストは両手で力いっぱい握りしめる。
「ここでみんなが死ぬなんて、それこそゼナは望んでないよ。だから・・・・・・・・・・・・」
「シャル」
俯く少女。
その頬に伝う、涙。
その涙を前に、
エアルは振り上げた手を、下ろす事が出来なかった。
反転し、遠ざかっていく「シャルンホルスト」。
その様子を、自身の艦橋でグナイゼナウは眺めていた。
「そうそう、それで良い。それで良いのよ、シャル」
姉が自分の意志を正確にくみ取ってくれたと感じ、グナイゼナウは満足を覚えていた。
そう、
こんなところで、自分達を救うためにだけに味方が全滅する事など許されなかった。
反転したのが、シャルの意志なのか、それともエアルの意志なのか、それは分からない。
肝心なのは、味方が離脱に成功した事。ただ、それだけだった。
自分1人に拘泥して、味方が全滅する事だけは、どうしても許せなかった。
自分はもう、助からない。
だが、戦争はまだ続く。
生き残った皆は、祖国を守る為に戦わなくてはならない。その為には1隻でも、1人でも多く生き残らなくてはならなかった。
特に、
シャルンホルスト、自分の姉さえ生き残れば、まだまだドイツ海軍は負けない。
それはグナイゼナウにとって、確信にも似た思いだった。
「シャル・・・・・・元気でね。アレイザー准将とは、仲良くね」
そして、
「オスカー、ありがとう」
既にこの場にいない恋人に、そっと呼びかける。
楽しかった。
本当に、楽しかった。
彼を守る為に、自分は戦う事が出来た。
ただそれだけで、自分の存在に価値はあった。そう思えるのだった。
「さあ、やろっか」
グナイゼナウの言葉に、艦長以下、幕僚達が頷く。
既に艦は停止、主砲以外の火器は全滅し、味方もいない。
絶望と言う言葉すら、相応しくない。
既に死地に身を置く彼女たちに、恐れるべき何者も存在しなかった。
自分達に向けて主砲を向ける「グナイゼナウ」。
その様子を、旗艦「アンソン」の艦橋において、ボルス・フレイザーは眺めていた。
既に勝敗が決した戦い。
それでも向かってくる敵艦の覚悟を感じ取る。
「見事だ」
「グナイゼナウ」も、自分が助からない事は判っている。
分かっていて、それでも味方を守る為に、ただ1隻で立ち塞がっているのだ。
「我々も、いずれ強大な敵に屈する時が来るかもしれん。その時は、あの艦のように最後まで諦めず、立派にありたいものだな」
そう告げると、
グナイゼナウの覚悟に答えるように、手を振り上げる。
その手が、
鋭く振り下ろされた。
自身に向かってくる無数の砲弾。
その様子を眺め、
グナイゼナウは笑みを見せる。
「・・・・・・・・・・・・さよなら」
その言葉は、誰に宛てた物だったのか? その答えを知る者は、誰もいない。
次の瞬間、
閃光が、彼女の世界を包み込んだ。
第67話「砕け散る鉄十字」 終わり