蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第68話「再起、それあるのみ」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

「・・・・・・たった、これだけしか戻ってこれなかったのか」

 

 指定された停泊位置に向かって微速で航行する「シャルンホルスト」の艦橋から、無残になり果てた艦隊の様子を見て、エアル・アレイザーは呟いた。

 

 その声は、努めて平坦に響く。

 

 あえて、そうしないとエアル自身、正気を保てる自信がなかった。

 

 それ程までにひどい光景が、目の前に広がっていた。

 

 キール軍港に帰り着いたドイツ艦隊は、無残な有様になり果てていた。

 

 ある艦は爆炎になぶられ、艦全体が黒焦げ、ある艦は舷側に大穴が開き、又、ある艦は明らかに喫水を深く下げている。

 

 各艦、大なり小なり損傷を負っている。無傷な物は1隻たりとも無かった。

 

 生き残った者達は皆、自分が祖国の姿を見られた奇跡を神に感謝せずにはいられなかった。

 

 主戦場となった海域から「オークニー諸島沖海戦」の名で呼ばれる戦いは、ドイツ海軍の

惨敗で幕を閉じた。

 

 喪失艦艇は巡洋戦艦「グナイゼナウ」、装甲艦「ドイッチュラント」「アドミラル・シェア」、重巡洋艦「アドミラル・ヒッパー」、軽巡洋艦「ザイドリッツ」「リュッツォー」「ケルン」「ライプツィヒ」、駆逐艦9隻。潜水艦6隻。

 

 その他、戦闘に参加した艦艇で無傷な物は1つとして存在しない。

 

 空母「グラーフ・ツェッペリン」「ペーター・シュトラッサー」は無事だが、艦載機の9割近くを喪失し戦闘力を失っている。

 

 いったんは戦場の離脱に成功したドイツ艦隊だったが、その後、イギリス海軍の執拗な追撃にあった。

 

 イギリス海軍からすれば、正に千載一遇の好機。これを機に、ドイツ艦隊を徹底的に叩いておこうと言う発想は自然の事だった。

 

 特に艦載機による攻撃は執拗で、せっかく戦場を離脱したにもかかわらず、航空攻撃によって失われた艦も多かった。

 

 軽巡洋艦「ザイドリッツ」もその1隻である。

 

 元々、水上砲戦で多大な損害を被っていた身である。そこへ、航空攻撃によってトドメを刺された形だった。

 

 北ノルウェー基地を出撃した際のドイツ艦隊は、戦艦1、巡洋戦艦2、航空母艦2、装甲艦2、重巡洋艦2、軽巡洋艦6、駆逐艦22、潜水艦11、合計48隻だった。

 

 ほぼ5割に達する戦力を、一戦で喪失した事になる。

 

 比喩でも何でもなく、ドイツ主力艦隊は北海にて壊滅の憂き目となったのだ。

 

 元々、イギリス海軍に対し劣勢だったドイツ海軍だが、今回の大敗により決定的となった。

 

 この差は、もはや埋められない。

 

 それは、誰の目にも明らかだった。

 

 そして、

 

 主力艦隊の壊滅は即ち、来たる連合軍の反攻作戦に対し、海上での反撃が不可能になった事を意味している。

 

 ドイツは苦戦中の東部戦線、イタリア戦線に加えて、西の守りも喪失したのだ。

 

 海軍上層部としては、あまりにも頭の痛い話だった。

 

 一部情報では、既に連合軍が大陸反攻作戦の準備を整えつつあり、過去最大規模となる大軍が、イギリス本土に集結しつつあるとか。

 

 それに対抗する為には、敵が海岸に押し寄せたところで、陸軍がフランス沿岸部に建設中の「大西洋の壁」を用いて水際で食い止めている隙に、北ノルウェー基地から発した水上艦隊とUボート艦隊が敵後方に回り込み補給線を切断、敵上陸軍が干上がったところで陸海空3軍が呼応して一気に反攻に転じ、敵を大西洋に追い落とす以外に無かった。

 

 その戦略は、今回の大敗によって完全に破綻した。

 

 壊滅した海軍に、もはやその戦略を実行するだけの力は残されていなかった。

 

 それでも絶望する事は許されない。

 

 艦隊は失われた。

 

 しかし、それでも尚、戦わなくてはならない。

 

 全ては、祖国を、愛する者達を、迫りくる敵の手から守る為。

 

 残された戦力を糾合して、何としても敵の反攻を防がねばならなかった。

 

 やがて「シャルンホルスト」は、指定されたブイで停止すると、エアルは幕僚の方を振り返った。

 

「司令部の方へ行ってきます。後はよろしく」

「了解しましたが、シャルはよろしいので?」

「ええ」

 

 幕僚の言葉に、エアルは躊躇う事無く頷きを返す。

 

 本来なら旗艦艦娘であるシャルンホルストも司令部に出頭しなくてはならないところだが、エアルは彼女を艦に置いて行く事を決めていた。

 

 巡戦少女は、今この場にはいない。

 

 戦場を離脱するまでは頑張っていたのだが、その後は自室に引きこもっていた。

 

 無理もない。

 

 グナイゼナウ。

 

 彼女が共に戦い生きて来た最愛の妹は、もうこの世にいない。

 

 少女は最後まで勇敢に戦い、北海の水底へと消えていった。

 

 グナイゼナウの死が、シャルンホルストの心に大きな傷を残した事は疑うべくもない事。

 

 エアルとしては、恋人である少女を、もう少しそっとしておいてやりたかった。

 

 

 

 

 

 艦を降りたエアルは、ふと足を止めた。

 

 桟橋や埠頭は負傷した兵士で溢れかえり、さながら野戦病院の様相を呈している。

 

 停泊した艦から、次々と負傷兵が下ろされていく。

 

 埠頭を埋め尽くす、負傷兵の数たるや、それだけで目を背けたくなる。

 

 あちこちから発せられる呻き声。

 

 中には手や足を欠損している者も多くいる。

 

 流れ出た血で、さながら地面は河の如く。

 

 まさに地獄絵図だった。

 

 港の医務室は、極短時間のうちに満杯になった事は想像に難くない。

 

 収容しきれない負傷兵達は、担架に乗せられたまま地面に並べられている。

 

 実際の損害以上に、ドイツ海軍が被った損害は大きい。

 

 果たして再編成にどれほどの時間が掛かる事になるのか、想像するだに気が遠くなるようだ。

 

 エアルが足を止めたのは、負傷する兵士の中に、良く知った顔を見つけたからだ。

 

「あれは、オスカー・・・・・・・・・・・・」

 

 親友であるオスカー・バニッシュが、負傷兵たちの流れに逆らうようにして歩いているのが見える。

 

 海戦の際に負傷していたオスカーは、旗艦「ザイドリッツ」沈没の際、幕僚に助けられて駆逐艦に移乗、そのままキールに帰還していた。

 

 遠くを歩くオスカーは、エアルに気付いた様子はない。その足取りは重くふらついている。

 

 まるで何かを探すように、虚ろな目を周囲を見回していた。

 

「オスカー・・・・・・・・・・・・」

 

 恋人であるグナイゼナウを失い、自分1人生き残ってしまったオスカーの心の中を推し量る事はエアルには出来ない。

 

 やがて、オスカーの姿は人の波にもまれ、エアルの視界から消えていくのだった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 この上なく空気が淀んでいる。

 

 直立不動で立つリオン・ライフォード准将は、その重苦しい空気を前に息苦しさを感じていた。

 

 祝賀の場。

 

 それも、自分達の戦勝を祝う場であると言うのに、まるで監獄にでもいるかのような感覚に包まれていた。

 

 目の前にて演説するようにしゃべる男の言葉は、重みも無ければ、心にも脳にも響く事はなく、ただ空しく空気に溶けていくようだった。

 

「よくぞ、祖国の危機を救ってくれた、本国艦隊の勇志諸君。諸君の活躍たるや、彼のホレイショ・ネルソンにも勝る快挙と言えよう」

 

 上機嫌に話すのは、イギリス国王フレデリック3世。

 

 その傍らには、側近であるアルヴァン・グラムセル大佐の姿もあった。

 

「諸君らの勇戦、これに勝る物なし。余も、共に戦ってきた者として、これほどうれしい事は無い」

 

 あんたが何をした?

 

 腹の底でリオンは呟く。

 

 国王は、この戦いで何もしていない。ただ、後方で戦果報告を聞いただけである。

 

 それを、あたかも自分の手柄であるかのように語られるのは、いかにも腹立たしかった。

 

 オークニー諸島沖海戦に勝利し、帰還した本国艦隊。

 

 そのまま幕僚全員が王城へと召喚され、国王陛下に謁見する運びとなった。

 

 フレデリックは、本国艦隊の幕僚、艦娘、指揮官クラス全員に勲章授与を決定した。

 

 その受勲式が行われ、今は国王の演説を聞かされているところである。

 

「正に未来永劫語り継がれる英雄的活躍である。敢えて言おう、諸君の前に勇者は無く、諸君の後に勇者はいない。正に、今世紀最高の壮挙である」

 

 垂れ流される美辞麗句を、リオンは完全に聞き流していた。

 

 国王の口から出ている言葉の99パーセントは意味のない物だ。耳に入れるだけ時間の無駄と言う物。

 

 確かに、戦いはイギリス海軍の勝利。ここまでの大勝は、開戦以来初と言って良い。

 

 仇敵たるドイツ艦隊は壊滅、恐らく2度と再び、同規模の戦力を繰り出す事は出来ないだろう。

 

 しかし、勝ったイギリス艦隊もまた、無傷とはいかなかった。

 

 戦艦は、旧式とは言え「レゾリューション」を喪失、その他にも重巡洋艦1隻、軽巡洋艦1隻、駆逐艦6隻が失われている。

 

 その他、損傷艦も多く、すぐには次の作戦行動がとれない程だった。

 

 幸い、本命の大規模輸送作戦は滞りなく行われており、既に多くの輸送船団が、手薄となった北海航路を使ってソ連領ムルマンスクに入港している。

 

 船団輸送は現在も継続されており、必要な物資が届けられるのに、そう時間はかからない見通しだった。

 

 それらが運んだ物資は既にソ連軍の手に渡っている。

 

 程なく、東部戦線でも大規模な攻勢が始まるだろう。

 

 今回の勝利は、正にヨーロッパ戦線の帰趨を決したと言っても過言ではない。

 

「お褒めにあずかり、恐悦です、陛下」

 

 一同を代表するように、ボルス・フレイザー本国艦隊司令官が恭しく発言する。

 

 今回の戦いにおける最功労者は、間違いなくフレイザーだろう。

 

 あれほど緻密かつ、大胆な包囲殲滅作戦を実行し、艦隊運用まで完璧にこなすなど、並の提督には不可能な事。

 

 艦隊運用に長けたフレイザーだからこそ神業であると言えた。

 

「しかし恐れながら陛下。確かにドイツ海軍の水上艦隊はこの度の戦いで殲滅しました。しかし元より、彼等の主戦力はUボートです。Uボート艦隊が健在な以上、敵は再び仕掛けて来るでしょう。今後は、そちらへの対応が急務であると考えます」

 

 既に対Uボート対策用の兵器や護衛駆逐艦、護衛空母と言った船団護衛に欠かせない艦船は続々と戦線に投入されている。

 

 間も無くドイツ海軍は、Uボートをもってしても戦う事が出来なくなるであろう。

 

 と、

 

「ふん・・・・・・」

 

 そんなフレイザーに対して、フレデリックはやや白けたように嘆息する。

 

 どうやら、面白みのない回答だと思われたらしい。

 

 しかし、事実である以上は仕方がなかった。

 

「まあ、良いだろう。確かにフレイザー、そなたの言う通りだ。奴等は瀕死のケダモノだが、だからこそ、完全に息の根を止めるまでは油断できぬと言う物よ」

「はッ」

「ナチスと言うケダモノは、根絶やしにして初めて安心できると言う事だ。ゆめ、忘れるな」

 

 国王の言葉に、一同が頭を下げる。

 

 そんな事は、今更言われるまでも無い事だった。

 

「皆も、フレイザーを倣い励むがよい。良いな、ナチス海軍の者ども、1人残らず余の前にひれ伏させよ。それがお前達の使命と心得よ」

 

 そう告げると、フレデリックは立ち上がって謁見の間を出て行く。

 

 付き従うアルヴァン。

 

 謁見の儀は、それで終了となった。

 

 

 

 

 

 謁見の間を後にして、荘厳な廊下を歩くフレデリック。

 

 アルヴァンは、数歩下がった位置から付き従う。

 

「なあ、アルヴァン」

「はい、何でしょう、陛下?」

 

 しばらく歩いてから、フレデリックが声を掛けた。

 

「フレイザーだが、奴は聊か思い上がっている。そうは思わんか?」

「御意」

 

 フレデリックの言葉に、アルヴァンは間髪入れずに答える。

 

 主が何を言いたいか、この忠実な男は完全に理解して答える。

 

「確かに。本国艦隊司令官におかれましては、思いもかけぬ大勝利によって、聊か以上に浮かれているように見受けられます。悲しい事ですが人間の性、大きな勝利の後にはどうしても舞い上がってしまい、自分を見失ってしまう物かと」

「やはり、そう思うか?」

 

 完全に言いがかりである。

 

 だが、この場に、

 

 否、

 

 この国に、国王の言葉を否定できる人間はいない。

 

 少なくとも、アルヴァンに否定する気は無かった。

 

「やはり、分不相応な勝利は、人を堕落させる。この際、奴には休養が必要だとは思わんか?」

「全く持って同意でございます陛下、ご慧眼、恐れ入りましてございます」

 

 慇懃に頭を下げるアルヴァン。

 

 その様子に、フレデリックは口の端を釣り上げて笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

「以上が、現在、我々が置かれている状況だ」

 

 説明を終え、カーク・デーニッツは居並ぶ一同を見渡す。

 

 潜水艦隊司令官の職にあったデーニッツだが、オークニー諸島沖海戦における大敗を知ったヒトラーは、それまで海軍総司令官だったエヴァンス・レーダー元帥の罷免を決定。新たにデーニッツをその後任に任命した。

 

 新たに海軍総司令官となったデーニッツだったが、その事を喜ぶ気には微塵もなれなかったのは言うまでもないだろう。

 

 現状の把握に損傷艦の修理、負傷者の収容、戦死者遺族への一時金支給、艦隊の再編成と、今後の作戦方針決定。彼の前に、課題は山積していた。

 

 その為にもまずは、現状を把握する必要がある。

 

 そこで、艦隊帰還の報をベルリンの海軍本部で聞いたデーニッツは、取る者も取り合えず、キール軍港へ駆け付けた訳である。

 

 会議室のテーブルを囲んでいるのは、デーニッツの他に海軍総司令部の幕僚達、更には帰還した第2艦隊司令官のウォルフ・アレイザー以下艦隊司令部幕僚達。

 

 その中には、第1戦闘群司令官としてエアルの姿もあった。

 

 第1艦隊司令部要員の姿はない。

 

 司令官のハインツ・シュニーヴィント以下、第1艦隊司令部は「ティルピッツ」が集中攻撃を受けた際に艦橋に直撃弾を受け、大半が死傷していた。

 

 シュニーヴィント自身も一命はとりとめたものの、意識不明の重体となっている。

 

 撤退戦の指揮は実質、ウォルフが取って艦隊をキール軍港へ連れ帰って来たのだ。

 

「言うまでも無いが状況は、きわめて厳しい。先の敗北により、我が海軍と英海軍との戦力差は決定的となった。最早、この状況を覆す事は不可能だ」

 

 デーニッツの言葉が重くのしかかる。

 

 オークニー諸島沖海戦は、決してドイツ海軍の一方的な敗北と言う訳ではない。

 

 旧式とは言え、戦艦「レゾリューション」の撃沈は確認しているし、中小型の艦艇も何隻か沈めている。生き残った艦も無傷ではない。

 

 しかしそれでも、彼等の持つ艦隊の規模からすれば、許容の範囲内と言って良かった。

 

 ドイツ海軍がイギリス海軍に勝つ、唯一の方法。

 

 それは身も蓋もない言い方だが「負けない」事だった。

 

 自軍の損害を最小限に押さえながら、敵には常に大損害を与え続ける。有力な敵が現れたら交戦を避けて逃げ、とにかく生き残る事を最優先とする。そうする事で初めて、ドイツ海軍はイギリス海軍に脅威であり続ける事ができるはずだった。

 

 しかし、今回の大敗で、その前提が崩れた。

 

 戦力の半数を一気に喪失したドイツ海軍に態勢の立て直しは不可能だ。それどころか、今後はその戦力差は更に広がって行く事だろう。

 

 制海権の喪失は時間の問題だった。

 

「そして、君たちが帰還する間に、状況は更にまずい事になった」

 

 そう言うと、デーニッツは1枚の写真をウォルフに渡して来た。

 

 受け取り、目を通すウォルフ。

 

 そこには、海上を進む多数の船舶が写されている。

 

「閣下、これは?」

「ノルウェー基地から北海偵察を行った偵察機が持ち帰った。どうやらムルマンスクに向かう船団らしい」

 

 写真は複数あり、そこに移っている船もそれぞれに異なっているのが分かる。

 

 つまり、かなり大規模な船団が航行していると言う事だ。

 

「偵察を行ったパイロットによれば、少なくとも数10隻の船団が東に向かったらしい。更にその他にも、同規模の船団が複数、動いている節がある」

 

 数10隻の船団が複数。

 

 それはつまり、かなり大規模な輸送作戦が行われた事になる。

 

 話を聞きながら、エアルは考え込む。

 

 偵察機が見たのは間違いなく、イギリス本国からソ連領へ向かう「援ソ船団」だ。

 

 規模から言って、相当な量がソ連領へ運び込まれた事が推察される。

 

 ドイツ艦隊の脅威がなくなったと判断したイギリス艦隊は、援ソ船団の運行を再開したのだ。

 

 しかし、

 

 エアルはどうしても、気になる事があった。

 

 自分達がイギリス艦隊との決戦に入ると同時に再開された援ソ船団。タイミング的に考えて偶然とは思えない。

 

 つまり、敵は待っていたのだ。ドイツ海軍がノルウェー基地を離れるのを。

 

 ノルウェー基地周辺が手薄となれば、北海航路の安全が確保される事となる。

 

 つまり、北海における船団航行の自由が確保されるタイミングを彼等は待っていたのだ。

 

 そして思惑通りドイツ艦隊が出撃し、北海周辺が手薄になるタイミングで大規模な輸送船団を繰り出し、大量の物資をソ連領に運び入れる事に成功したのだ。

 

 全ては一連の流れだったのだ。

 

 ベルリン空襲で総統閣下を挑発してドイツ軍の総攻撃を誘発。そこへ全艦隊戦力で迎撃しドイツ艦隊を壊滅させると同時に、大規模な船団をソ連領へと送り込む。

 

 完璧、としか言いようがなかった。

 

 ドイツ軍は完全に、イギリス軍の作戦に乗せられてしまった形であった。

 

「我が国の置かれた状況は極めて危険だ。西の連合軍に加えて、東のソ連軍も、年内に大規模な攻勢に出る物と考えられる。ここで食い止めなければ、本当に我々は破滅の道を転がり落ちる事になる」

 

 だから、言わんこっちゃないんだ。

 

 説明を聞きながら、エアルは嘆息した。

 

 今回の出撃、そもそもからしてエアルは反対だったのだ。

 

 北ノルウェー基地の存在と北海制海権確保により、ドイツ艦隊は長期にわたって援ソ船団の運行を阻止する目途が立っていた。

 

 後は制海権を維持しつつ、航路の封鎖を堅実に行い戦い続けて行けば、東部戦線で苦戦中の陸軍支援としては十分な物があった。それこそが、ドイツ側が勝つ事が出来る唯一のシナリオだったはずだ。

 

 それを不急不要な艦隊決戦に打って出て、しかも最も避けるべき総力戦による正面決戦に引きずり込まれて大敗。同時に大規模輸送船団の阻止にも失敗し、艦隊戦力と制海権を同時に喪失してしまった。

 

 これで、完全にドイツ側の目論見は潰えた事になる。

 

「とは言え、愚痴ってばかり言っても始まらん。我々には、残された戦力を有効活用し、戦線を維持する義務がある。諸君にはその事を踏まえ、意見を述べていただきたい」

 

 デーニッツが一同を見回す。

 

 たとえ決戦に敗れようが、過半数の戦力を失おうが、主力艦隊が壊滅しようが、制海権を失おうが、厳然としてドイツ第3帝国は未だに存在し、戦争は継続している。

 

 ならば、祖国を守る為に戦わなくてはならなかった。

 

 それが負けると分かっていても、だ。

 

 とは言え、

 

 残った戦力で、尚も強大なイギリス艦隊に対抗する事は不可能。その事は火を見るよりも明らかだろう。

 

 自分達が取るべき道。

 

 自分達はいかにして戦うべきなのか。

 

 一同が頭を抱える中、

 

 ただ1人、挙手した者がいた。

 

「エアル?」

 

 ウォルフの横に座ったシュレスビッヒ・ホルシュタインが、怪訝な面持ちで見詰めて来る。

 

 対して、エアルは彼女に頷きかけると、デーニッツに向き直った。

 

「アレイザー准将。何か意見があるのか?」

「はい」

 

 一同が視線を集中させる中、エアルはまっすぐに見据えて口を開いた。

 

「水上艦隊による、敵輸送船団の運行阻止を提案します」

 

 エアルの言葉を聞いて、一同がざわついたのは言うまでもないだろう。

 

 主力艦隊の過半を失い、今後の戦線維持をどうしようかと言っている時に、気が触れているとしか思えない提案がなされたのだ。まともな思考の持ち主なら正気を疑うレベルである。

 

 「馬鹿な」「不可能だ」「何を考えているのか」と言った会話が、会議室の中で聞こえてくる。

 

 それを制したのが、

 

「静まれ」

 

 静かな、それでいてよく通る力強い声だった。

 

 ウォルフである。

 

 一同が黙るのを見て、エアルに向き直った。

 

「アレイザー准将。敢えて語るまでもなく、既に我が艦隊には積極的攻勢に出るだけの余力は残っていない」

「判っています」

 

 父の言葉を遮るようにしてエアルは言った。

 

「でも今だからこそ、あえて打って出るべきだと考えます」

 

 半信半疑に首を傾げる一同。

 

 そんな中で、デーニッツが頷く。

 

「言ってみろ」

「はい」

 

 頷くとエアルは、自身の考えを披露した。

 

 まず、敵が援ソ船団を繰り出してくる以上、これを阻止する必要があるのは言うまでもない事だ。

 

 これを放置すれば、東部戦線のソ連軍は際限なく増強される事になる。今でさえ劣勢であるのに、これ以上の増強は破滅への一里塚だった。

 

 しかし、こちらに有利な要素が無いわけではない。

 

 敵はドイツ艦隊が壊滅したと思ったからこそ、船団の運行を再開した。つまり、こちらがすぐに出て来るなどあり得ないと思っている。そこに、隙を突く余地が生じる。

 

 更に敗北したとは言え、制海権がすぐに失われるわけではない。少なくともノルウェー近海の制海権は、もうしばらく維持できるだろう。敵もあえて、危険な海に近付こうとは思わない筈だ。つまり、ノルウェー近海の航路を使えば、作戦海域に艦隊を展開させることは決して難しくはない。

 

「そして、もう一つ。ここで敵の船団を阻止する。少なくとも、その戦力と意志がこちらにある事を知らしめておくことは非常に重要なはずです」

 

 つまり、ここで船団運航を阻止しておかねば、以後、北海は連合軍に好き勝手に運行され、物資を運び込まれてしまう。

 

 しかし、ここで運行阻止に成功すれば、少なくとも敵は以後もこちらの艦隊戦力を警戒して、物資輸送に慎重にならざるを得ない。たとえそれがブラフに過ぎないにしても、少なくとも時間稼ぎくらいにはなる、と言う訳だ。

 

「1つ、大きな問題がある」

 

 エアルを睨みながら、ウォルフは告げる。

 

 父親の厳しい目を見ながら、エアルは真っ向から睨み返す。

 

「大損害を受けた我が艦隊には戦力にも人員にも余裕がない。誰が、その作戦を実行する?」

「俺がやります」

 

 問いかけに対し、エアルは一瞬の躊躇いも無く言ってのけた。

 

 一同のざわつきが強くなる。

 

 だが、エアルは怯まなかった。

 

 問われるまでもない。自分で提案した時から、自分以外の人間に任せる気は無かった。

 

 文句は言わせない。

 

 エアルの凄味ある視線が、そう告げていた。

 

 今ここで退けば、後はズルズルと後退するのみ。

 

 今ここで戦わなければ全てが終わる。

 

 ここが、自分達が積極攻勢に出る事が出来る最後のチャンスだと、エアルは考えていた。

 

 座して待つ緩やかな敗亡か、ここで敢えて賭けに出るか。

 

 分岐点はここにあった。

 

 一同が固唾をのんで見守る中、

 

「危険な任務だぞ」

 

 口を開いたのはウォルフだった。

 

 彼は息子をまっすぐに見据え、重々しく告げる。

 

「使える戦力は少ない。加えて、北海の制海権はほぼ無きに等しい事に加え、援護できる戦力も期待できない」

 

 聞けば聞くほどに、絶望的な状況だ。

 

「それでも行くんだな?」

「はい」

 

 言うまでもない。

 

 エアルの強い眼差しが、そう告げる。

 

 ここで座しても死を待つだけなら、死中に活を求めるべきだった。

 

「戦力は?」

「帰還した艦の中から、比較的損傷軽微な艦を選んで出撃します。これなら、わずかな整備と補給で再出撃が可能です」

「シャルンホルストはどうする?」

 

 シュレスの問いかけに、エアルは一瞬思案した。

 

 通商破壊戦をやるなら、シャルンホルストも連れて行きたいところだ。

 

 しかし彼女は、妹であるグナイゼナウを失ったばかりの身。そんな彼女をすぐさま再出撃させるのは、エアルならずとも気が引ける。

 

 ややあって行った。

 

「今回は置いていきます」

「良いのか?」

「はい。俺自身は『オイゲン』に将旗を移して指揮を執る事にします。通商破壊戦をやるだけなら、『オイゲン』がいれば十分ですから」

 

 エアルの言葉に、一同は納得したように頷く。

 

 確かに、ここで勝って見せなければ、敵にも味方にも侮られかねない。

 

 デーニッツは話題に上げなかったが、オークニー諸島沖海戦の後、激怒したヒトラーは水上艦隊の解体と大型艦廃棄を命じていたのだ。

 

 今後、海軍はUボートのみを戦力として戦う、と言う事だった。

 

 自身が命令した作戦で大敗を喫し、多くの艦艇を失い、何よりドイツの、そして自身の権威を失墜させたことが余程、頭に来たのだろう。

 

 自分の命令も実行できない、無能な海軍は必要ない。と言う事らしい。

 

 自身が強引に作戦実行を強要し、海軍に不利な正面決戦を強行させた事など、奇麗さっぱり忘れ去り、敗北した海軍の責任ばかりを追及する形である。

 

 レーダー元帥罷免も、そうした責任転嫁の一環である。

 

 海軍代表であるデーニッツからすれば腹立たしい限りであるが、相手が国家元首である以上、反論は許されない。

 

 しかし、デーニッツも黙ってばかりもいなかった。

 

 潜水艦隊司令官のデーニッツだが、水上艦隊の価値も認めている。

 

 単一の兵器に頼って勝てるほど戦争は甘くない。全ての戦力を複合して戦わねばならない時に、有力な水上艦隊を解体するなど言語道断だった。

 

 その事を、ヒトラーに直談判したデーニッツは、苦労を重ねた説得の末、どうにか水上艦隊解体を思いとどまらせる事に成功したのだ。

 

 あとは実績。それさえあれば、気まぐれ屋な気質があるヒトラーを完全に叛意させる事が出来る。

 

「良いだろう。お前の賭けに乗ろう」

 

 ざわつく一同。

 

 誰もが驚く中、デーニッツはまっすぐにエアルを見据える。

 

「使える物は全て持って行って構わん。必ずや、敵の輸送船団を阻止しろ」

「必ず」

 

 一礼するエアル。

 

 その時だった。

 

 会議室の扉が開く。

 

 一同が振り返る中、

 

 軍服を着た可憐な巡戦少女が、室内に入ってくるのが見えた。

 

「シャルっ?」

 

 驚いて声を上げるエアル。てっきり、自室で休んでいると思っていた少女が現れた事に、驚きを隠せなかった。

 

 いったい何事なのか?

 

 一同が訝る中、シャルンホルストはエアルの前に進み出た。

 

「ボクも行くよ、おにーさん」

「いや、それは・・・・・・」

 

 ダメだ。

 

 そう言いかけたエアル。

 

 だが、その前にシャルンホルストは口を開いた。

 

「ボクも行く。だって、ボクの力が必要でしょ?」

「今回は休んでるんだ。今のシャルは疲れてるし」

 

 それに、無理はしてほしくない。

 

 そう言い募るエアル。

 

 だが、

 

 シャルンホルストは、そんな青年提督に笑いかける。

 

「ありがとう、おにーさん。けど、ボクは大丈夫」

「シャル・・・・・・・・・・・・」

「それにさ、こんな事で休んでたら、却ってゼナに怒られちゃうよ」

 

 固い決意を示すシャルンホルストに、何も言えなくなるエアル。

 

 彼女は判っている。

 

 自分達がいかに苦しい状況であるか、を。

 

 そして、自分の存在が勝敗のカギになると言う事を。

 

 何より、

 

「おにーさん・・・・・・・・・・・・」

 

 この人は、自分の事を必要としてくれている。

 

 この人の為なら、どんな辛い戦いでも耐えて見せる。

 

 その決意を、少女は胸に秘めていた。

 

 泣くのは後でもできる。

 

 悼むのは後でも、きっとゼナは許してくれる。

 

 それよりも今は、エアルの為に、

 

 愛する人の為に戦いたかった。

 

「連れて行ってやれ」

 

 苦笑交じりに次げたのはシュレスだった。

 

「シュレスおばさん・・・・・・」

「どのみち、戦力は多いに越した事はないんだ。彼女がいてくれた方が、お前も安心だろう」

 

 言われて、エアルはもう一度、少女に向き直る。

 

 視線を交わす、エアルとシャルンホルスト。

 

 互いの視線にこもる、深い信頼、そして愛情。

 

「判った」

 

 頷くエアル。

 

 手は、自然と少女の掌を握る。

 

「一緒に来て。俺には、君が必要だ」

「うん」

 

 涙を滲ませて答える、シャルンホルスト。

 

 結ばれる絆。

 

 ここに、ドイツ海軍の命運をかけた、新たなる戦いが始まった。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 決定した以上、話は流れる水の如く動き出した。

 

 とにかくドイツ海軍にとって、時間も、戦力も使える物は何もかもが限られている。

 

 イギリスを発した船団を叩くなら、早いに越した事は無かった。

 

 そして、

 

 今更言われるまでもなく、ドイツ海軍の戦力ですぐに使える物は限られている。

 

 幸い、エアル麾下の第1戦闘群が損傷軽微で出撃可能なのは僥倖だった。後は、駆逐艦が数隻。

 

 空母2隻は無傷なので、できれば加えたいところだが、艦載機はほぼ全滅に等しい損害を被っている。

 

 2空母に所属していた航空部隊は空軍から出向していた部隊であり、先の戦いに合わせて空軍から借りていたものだ。

 

 それが全滅してしまった以上、空軍はこれ以上の出向を拒否してくることは目に見えていた。

 

 それどころか、空軍最高司令官のヘルムート・ゲーリングはこれ幸いと、海軍を非難してくるであろう。

 

 数々の失態により、落ち目となっているゲーリング。恐らく、自分の失点回復の為ならどんな事でもするだろう。

 

 自身の責任回避の為、海軍に犠牲を強いる行動は過去にも見られた事だ。

 

「我が勇壮無比なる空軍兵士達の命は、北海にて空しく失われた。これら全て、海軍の稚拙なる指揮統率が引き起こした悲劇である」

 

 舞台俳優の如く弁舌を振るう元帥閣下殿の姿が目に浮かぶ。

 

 その事態を避けるためにも、ここで勝つことは必要だった。

 

「シャル、すぐにオイゲン達を集めて出撃に関する段取りを確認するよ」

「判った」

 

 頷きを返すシャルンホルスト。

 

 巡戦少女の表情も、硬く引き締められている。彼女もまた、今回の作戦の重要性を理解しているのだ。

 

 と、その時だった。

 

 廊下の先にたたずむ少女の姿を見て、2人は足を止めた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 相手もこちらに気付いたのだろう。声を上げて振り返る。

 

「ティルピッツ・・・・・・・・・・・・」

 

 総旗艦である少女は痛々しい姿だった。全身を包帯で覆い、松葉杖を片手にしている。

 

 先の戦いで敵の集中砲火を受けた「ティルピッツ」。

 

 よく、帰って来れたと思う。

 

 流石は最強戦艦と言うべきか、

 

 否、

 

 ここは、「ビスマルクの妹」としての意地と言うべきだろう。

 

 かつて、強大な敵と戦い散った姉の矜持を、ティルピッツは見事に守り抜いたのだ。

 

 向かい合う、少女たち。

 

「・・・・・・・・・・・・ごめん」

「え?」

 

 先に口を開いたのは、シャルンホルストの方だった。

 

 巡戦少女は視線を逸らし、小さな声で語り掛ける。

 

「今は、ごめん」

「あの・・・・・・」

「帰ってきたら、話すから。だから、今は・・・・・・・・・・・・」

 

 そう言うと、ティルピッツの横を通り抜けるシャルンホルスト。

 

 今は、余計な雑念は忘れて、任務に集中したかった。

 

「行こう、おにーさん」

 

 歩き出すシャルンホルスト。

 

 今は全てが後回し。

 

 戦って勝つ。

 

 今はそれ以外、考える事が出来ない。

 

 そんなシャルンホルストの手を、エアルはそっと握る。

 

 小さな手に伝わる、愛しい人の温もり。

 

 シャルンホルストもまた、しっかりと握り返した。

 

 

 

 

第68話「再起、それあるのみ」      終わり

 

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