蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第69話「海魔の顎」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 海上を粛々と進む船影の一団。

 

 複数の大型船と、それを取り巻く小型の護衛艦。

 

 マストに掲げたホワイトエンサインが、それらがイギリス籍の艦だと言う事を示して居る。

 

「順調ですね、船長」

「ああ、この分なら、予定通りムルマンスクに着けるだろう」

 

 船団を統括する船長は、航海士の言葉に重々しく頷きを返す。

 

 現場叩き上げ、この道一筋で40年以上勤めて来たベテラン艦長の言葉は、それだけで重みがある。

 

 彼はこれまでも何度か、イギリス本国とソ連領の往復を行っており、その全てに成功している。

 

 第1次世界大戦の頃には既に現役であり、死線を掻い潜った事も1度や2度ではない。

 

 Uボートに襲撃され、辛くも生き残った経験もある。

 

 しかし、それでも生き残って来た。

 

 その信頼と実績、そしてそこから来る安心感は並の物ではない。

 

 彼等はイギリスの港を出航した後、針路を北にとって航行している。

 

 目指すはソ連領ムルマンスク。

 

 いよいよ佳境を迎えつつある東部戦線を支援する為の物資を、船倉に満載していた。

 

 再開した援ソ船団。

 

 しかし、その雰囲気は、以前と比べて明らかに違っていた。

 

 何しろ、航路の安全は殆ど確保されているに等しいからだ。

 

 先のオークニー諸島沖海戦でドイツ海軍主力は壊滅。これにより、船団は殆ど妨害を受ける事無く運航できるようになったのだ。

 

 水上艦による襲撃の可能性は、これでほぼゼロとなったが、Uボートと言う最大の脅威はまだ残っている。

 

 が、それに関しても、ヘッジホッグ、スキッド、最新ソナーと言った新装備を備えた対潜部隊の戦線投入によって解消されつつある。

 

 Uボートの撃沈数は、日に日に上昇傾向にあり、ドイツ海軍の活動はほぼ完全に押さえ込まれていた。

 

 航行する船団が彼等に襲撃を受ける事は殆ど無く、時折、思い出したように襲ってくるUボートも、対潜部隊によって返り討ちにあっている。

 

 航路の安全確保は、同時に陸上における優勢にも貢献している。

 

 現在、連合軍は東部戦線のソ連軍と呼応するべく、大規模な反攻作戦を計画しているという。それが成功すれば、ほぼ戦いの帰趨を決する事が出来ると言う。

 

 終わりが見えて来た。

 

 ナチス・ドイツを打倒し、このヨーロッパに平和な時代がやってくる。

 

 もう、空襲やUボートの襲撃におびえ、兵士が戦場で命を落とす事もなくなる。そんな明るい未来が、もうすぐそこまで来ているのだ。

 

「その為にも、船団の物資、何としてもソ連に届けなくてはない」

「ハイッ」

 

 船長の言葉に、元気よく頷く航海士。

 

 戦争が終わる。

 

 自分達が届ける物資で、戦いを終わらせる事が出来る。

 

 そんな誇らしい思いを胸に、前方に目をやった。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大な水柱が、征く手を阻むように突き立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何事だッ!?」

 

 緊迫した声で船長が叫ぶ。

 

 さすがはベテランだけあり、突然の事態にも慌てた様子はない。

 

 だが、

 

「右舷30度より接近する艦影あり!!」

 

 続けて入って来た報告に、地獄が口を開けて、自分達を飲み込もうとしている事に気付く。

 

 違う。

 

 そんな筈はない。

 

 奴等は壊滅したはずだ。

 

 奴等が自分達を襲撃するなどあり得ない。

 

 頭の中で何度も叫ぶ。

 

 だが、

 

 現実は否応なく、彼等を地獄へと引きずり戻す。

 

「接近する艦隊はドイツ艦隊ッ!! ドイツ艦隊です!!」

 

 悲鳴と共に届けられる絶望。

 

 接近する艦影。

 

 そのマストに、風を受けた鉄十字が堂々と翻っていた。

 

 

 

 

 

 オークニー諸島沖海戦からわずか1カ月。

 

 ドイツ艦隊の行動は迅速だった。

 

 壊滅した水上艦隊から、即座に行動可能な艦艇を選抜すると、通商破壊戦部隊を再編制し出撃させた。

 

 その背景には、深刻な焦りがある。

 

 東部戦線の劣勢は明らかであり、ソ連が大規模な反攻作戦を計画していると言う情報も入ってきている。

 

 急がねばならなかった。

 

 既にオークニー諸島沖海戦の陰で、多数の輸送船がソ連領へ入港を果たしている。そこに積まれた物資によって、徐々に東部戦線が押し込まれているのだ。

 

 更に、国内の事情もあった。

 

 否、ある意味、東部戦線よりもそちらの方が深刻と言えるだろう。

 

 オークニー諸島沖海戦の敗戦を受けて、総統アドルフ・ヒトラーは水上艦隊の解体と、大型艦の廃棄と言う、短絡的としか言いようがない命令を発していたのだ。

 

 自身の権勢と、戦争経済ばかりしか目に入らないヒトラーの目には、壊滅した水上艦隊など、ただの金食い虫にしか映らなかった。

 

 だからこそ、勝って見せる必要があった。それも可及的速やかに。

 

 巡洋戦艦1隻、重巡洋艦1隻、駆逐艦5隻から成るドイツ海軍第1戦闘群は、密かにキール軍港を出航すると、ノルウェーのベルゲンを経由して北海航路を脅かせる位置に進出する事に成功。そこを基点に、通商破壊戦に入った。

 

 巡洋戦艦「シャルンホルスト」に改めて将旗を掲げたエアル・アレイザー准将は積極的攻勢を展開。

 

 小規模ながら北へと向かう船団を発見、これを攻撃する決断を下した。

 

 

 

 

 

 海上を高速で疾駆する艦影。

 

 そのマストに、誇らしく掲げられた鉄十字。

 

 巡洋戦艦「シャルンホルスト」は、35ノットの高速で荒波を突き破りながら、前部4門の47口径40センチ砲を旋回させる。

 

 その艦橋で、巡戦少女を傍らに従えて、エアル・アレイザー准将は前方の敵船団を睨み据えていた。

 

「主砲、目標、敵護衛艦ッ 『オイゲン』、及び駆逐隊に通達、《突撃を開始せよ》。1隻たりとも逃がすな!!」

 

 けしかけるような号令。

 

 視界の先では、散り散りに逃げようとする輸送船団を守るように、複数の護衛艦が向かってくるのが見えた。

 

 護衛駆逐艦は対潜、対空に重点を置いた装備を持っており、対水上戦闘用の装備は貧弱な艦が多い。

 

 ただし、中には魚雷を装備し、対水上戦闘が可能なクラスも存在している。

 

 彼等は守るべき輸送船の為に立ち向かってきているのだ。

 

 スッと目を細めるエアル。

 

 勇敢な連中だ。

 

 ああいう奴等は敵であっても尊敬すべきだし、決して不快ではない。

 

 しかし、

 

 同時にあまりにも無謀でしかなかった。

 

 水上戦闘能力がある、と言っても、それは申し訳程度のものでしかない。護衛駆逐艦では、100隻束になったとしても、この「シャルンホルスト」には敵わないだろう。

 

 勇気は買うが、容赦する気はなかった。

 

「アントン、ブルーノ、1番、2番、榴弾装填完了!!」

 

 報告を聞き、眦を上げるエアル。

 

「撃ち方始め!!」

 

 エアルの命令と共に、放たれる4発の40センチ砲弾。

 

 その一撃が、

 

 先頭を突き進んできた護衛艦を容赦なく吹き飛ばす。

 

 戦艦の直撃を受けては、装甲の無い護衛艦はひとたまりもない。

 

 たちまち、火柱を上げて轟沈する。

 

 更に距離を詰める「シャルンホルスト」。

 

 一方で、先行する「プリンツ・オイゲン」と駆逐艦4隻は、逃げる船団の退路を塞ぐようにして砲撃を行っている。

 

 船団側も十分に心得ており、一つに固まらず、バラバラの方向に逃げようとする。

 

 たとえ複数の船が沈められても、全滅だけは免れるための措置である。

 

 だが、エアルの方でも、それくらいは先刻承知である。

 

「目標、左舷30度、退避中の輸送船ッ 主砲、アントン、ブルーノ、準備出来次第撃て!!」

 

 既に数回の射撃で、護衛部隊に十分な打撃を与えたと判断したエアルは、「シャルンホルスト」の目標を輸送船へと変更するよう指示を出す。

 

 エアルは傍らで艦の制御に集中しているシャルンホルストを見やる。

 

「手加減はいらないよ」

「勿論だよ」

 

 頷くシャルンホルスト。

 

 やがて、

 

 前部甲板に備えられ2基4門の40センチ砲が、一斉に火を吹いた。

 

 

 

 

 

 輸送船の方でも、パニックに陥っていた。

 

 現れるはずのない、ドイツ水上艦隊。

 

 それが現れたのだ。それも、最悪のタイミングで。

 

 護衛駆逐艦は、果敢に立ち向かっている。が、彼等には申し訳ないが、時間稼ぎにすらなっていない。

 

 ヒッパー級重巡を主力とする快速部隊は側面から回り込んで砲撃を開始、既に複数の輸送船が炎に包まれ、一部は傾斜を強めている。沈没は時間の問題だろう。

 

 更に、後方から迫るシャルンホルスト級巡洋戦艦も、その足を止めずに迫ってきている。

 

 あの高速戦艦が護衛駆逐艦を蹴散らして輸送船に迫るのは時間の問題だ。

 

 だからこそ、船団解除と最寄りの港への退避を命じた。

 

 言い方は悪いが、要するに、一部の味方を犠牲にして、その他大勢を生き残らせる判断だ。こうすれば少なくとも全滅は免れる。

 

「機関を目いっぱい回せッ 1ノットたりとも落とすんじゃないぞ!!」

「了解ッ!!」

 

 船長の命令は迅速に実行される。

 

 彼等もまた、幾多の戦いを潜り抜けて来たベテランの船員たち。その動きによどみは無い。

 

 何としても生き残る。

 

 大丈夫。

 

 我々にはベテランの船長がついている。彼に着いて行けば、必ず生き残れる。

 

 誰もが希望を抱き始めた。

 

 次の瞬間、

 

 一瞬の衝撃と共に、弾ける閃光。

 

 爆炎が彼等を包み込み、業火の中で燃やし尽くした。

 

 「シャルンホルスト」が放った40センチ砲弾が、彼等の船を直撃。

 

 ベテラン船長を含む、全ての乗組員を一瞬にして吹き飛ばしてしまった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 ドイツ艦隊出現。

 

 その報告は、イギリス海軍に再び緊張を走らせた。

 

 誰もがまさか、と思う。

 

 ドイツ艦隊出撃の兆候あり、との情報は、「ウルトラ」から入ってきてはいたが、まさかこれほど早く行動を起こされるとは思ってもみなかったのだ。

 

 と言うのも、オークニー諸島沖海戦で勝ったとはいえ、イギリス海軍の損害もバカには出来ない。

 

 本国艦隊主力は、未だに動ける状況ではないのだ。

 

 ましてか、壊滅したドイツ艦隊委が1カ月もしないうちに再出撃してくるなど、誰が予想しえた事だろうか?

 

「不味い事態です。既に2つの船団が襲われています。被害は輸送船11隻、護衛の艦艇が8隻。」

 

 クロード・グレイス参謀長の言葉に、ボルス・フレイザー本国艦隊司令官は渋面で応じる。

 

 オークニー諸島沖海戦大勝利とドイツ水上艦隊の事実上の壊滅。

 

 その立役者たる2人をもってしても、ドイツ海軍が僅か1カ月で態勢を立て直し、このような大胆な作戦行動に出るとは思ってもみなかったのだ。

 

 居並ぶ幕僚達の顔も暗い。

 

「状況を整理しよう。まずは敵が繰り出して来た戦力だが」

「それは、それ程、多くはないと考えます」

 

 答えたのはクロードだった。

 

「先の戦いから1カ月で、敵が損傷した艦艇を修理できたとは思えません。恐らく損傷軽微だった艦を中心に小規模な艦隊を編成したと思われます」

「しかし、敵の中にはシャルンホルスト級の姿もあったと報告が上がっています。これは恐らく、オークニー諸島沖で取り逃がした『シャルンホルスト』でしょう」

 

 戦艦を投入して来た以上、それなりの規模の艦隊が動いているのではないか?

 

 幕僚の懸念はもっともだった。

 

「恐らく、敵は『シャルンホルスト』を中心に、戦闘部隊を編成したのだろう」

 

 クロードの計算では、ドイツ艦隊の規模は10隻以下と思われた。「シャルンホルスト」の存在は確かに脅威だが、その程度なら対応策はあった。

 

「問題は、迎撃に使える戦力です。現在、艦隊の再編成中ですので、使える戦力は限られています」

 

 勝ったとは言え、イギリス海軍の損害もバカにはならなかった。

 

 加えて、世界中に分散していた戦力をかき集めた弊害も大きかった。

 

 損傷を負った艦は修理に回し、更に損傷軽微な艦も、元の配置へと戻さなければならない。

 

 特にインド洋で日本海軍と対峙している東洋艦隊は深刻であり、戦艦や空母と言った戦力を早急に原隊復帰させるよう、連日のように要求が来ている。

 

 先の海戦で強引に戦力を集めた本国艦隊としては、その要求を無視する事は出来なかった。

 

「どうしますか、提督?」

 

 クロードは、フレイザーに尋ねた。

 

 虚を突かれたのは事実。使える戦力は限られるが、対応は早急に行わなくてはならない。ぐずぐずしていれば被害は拡大するばかりだ。

 

「戦艦の中で使えるのは、キング・ジョージ5世級の『デューク・オブ・ヨーク』のみでしょう。キング・ジョージ5世級の他の艦は修理中で出撃できません。『ウォースパイト』は東洋艦隊へ、『ヴァリアント』はH部隊への配置転換が決まっていますので使えません。新型戦艦の戦力化には、もう2カ月ほどかかる見通しです」

 

 つまり、使える戦艦は「デューク・オブ・ヨーク」のみと言う事。

 

 しかし、キング・ジョージ5世級戦艦1隻では、「シャルンホルスト」相手に返り討ちに遭う可能性があった。

 

「護衛を十分につけましょう」

 

 クロードが発言した。

 

「巡洋艦以下の護衛を十分に付けた上で、敵に当たらせます。そうすれば数で押し切る事も可能な筈」

 

 確かに。

 

 先の戦いで壊滅したドイツ艦隊は、充分な戦力を揃えられたとは思えない。

 

 戦艦の巡洋艦、駆逐艦を連携させれば「シャルンホルスト」を仕留められるかもしれない。

 

 だが、それでもまだ、問題はあった。

 

「補給に時間が掛かるな」

「ええ」

 

 フレイザーの言葉に、クロードは深刻な表情で頷きを返した。

 

 高速の「シャルンホルスト」を捉えるには、それ相応の戦力が必要になる。しかし、それだけの戦力を揃え、艦隊を編成し、補給を行うとなると、かなりの時間が掛かる事になる。

 

 その間に、ドイツ艦隊の跳梁を許す事になってしまう。

 

 どうにか、本国艦隊主力の出撃準備が整うまで、「シャルンホルスト」の動きを封じておかなくてはならない。

 

「私が行こう」

 

 凛とした声で名乗りを上げる女性。

 

 鮮やかな赤い髪をショートカットにした女性が、鋭い眼差しを向けて来る。

 

「アークロイヤル・・・・・・」

「私だけならすぐには出れる。私が敵を押さえておくから、その間に主力の出撃準備を進めてくれ」

 

 確かに、彼女1隻だけなら補給もすぐに終わるだろう。出撃に掛かる時間はそれほどでもない。。

 

 しかし、

 

「艦載機の補充がまだだろう。今出撃するのは危険だ」

「危険は承知」

 

 クロードの言葉に、まっすぐ返す。

 

 先の戦いにおいて、空母部隊はほぼ無傷であり、ドイツ艦隊の航空対決においても圧勝と言って良い戦果を挙げた。

 

 しかし、それでも航空部隊の損耗は避けられず、現在、航空部隊は最編成の最中である。

 

 そんな彼女を出撃させることに、躊躇いを覚えずにはいられなかった。

 

 ここはやはり、本国艦隊主力の出撃準備が整うのを待つべきだ。

 

 そう思って発言しかけた。

 

 その時だった。

 

「会議中、失礼いたします」

 

 慇懃な言葉と共に、室内に足を踏み入れてきた人物。

 

 それは、アルヴァン・グラムセルだった。

 

 かつてディラン・ケンブリッジ「元」第2王子の副官だったこの男は、かつての主の失脚に伴い、その任を解かれ、今は国王フレデリック直属となっている。階級も准将へ昇進を果たしていた。

 

 そのアルヴァンがここに来たという事は何か、国王から直接の指示があると言う事だ。

 

「国王陛下の勅命をお持ちしましたので、代読をさせていただきます」

 

 そう言うと、アルヴァンは装飾の施された巻紙を殊更恭しく掲げて広げる。

 

 一同が注目する中、アルヴァンが、その内容を読み上げる。

 

「ボルス・フレイザー大将以下、本国艦隊司令部一同に告げる。貴官らは、先の戦勝に驕り、仇敵ナチス海軍の跳梁を許している。これはまったくもって許しがたい怠慢である。よって、直ちに稼働全兵力をもって出撃し、敵艦隊を捕捉撃滅する物とする。これは、国王フレデリックの勅命であると心得よ」

 

 全員が注目するなか、淡々とした声が響く。

 

 真摯に聞き入る一同。

 

 しかし、クロードを初め、幕僚の多くが内心で腸の煮えくり返る思いであった。

 

 自分達が動けないでいるのは、先の戦いの影響から回復しきっていないからである。それを怠慢だ、などと一方的に決めつけて来るとは。いかに相手が国王とは言え、腹に据えかねる物がある。

 

 現状を見ない、国王の一方的な物言いに、怒気が司令部内で揺らぐ。

 

 だが、そんな幕僚達を、フレイザーが制する。

 

「承知しました。必ずや敵艦隊を撃滅して御覧に入れます。そう、国王陛下にお伝えください」

 

 そう言って敬礼するフレイザー。

 

 対してアルヴァンは、そんなフレイザーに一瞥すると、そのまま何も告げずに踵を返して出て行く。

 

 途端に、幕僚達から、解放されたように怒声が噴き出した。

 

「何なのだ、あれはッ!?」

「我々が怠慢だとッ ふざけた事を!!」

「大体、グラムセルは何様のつもりなのだッ 司令官に向かってあのようなッ」

 

 抑えきれない怒りが吐き出される。

 

 まるで自分達がサボっているかのような物言いもそうだが、上から目線の口調で代読するアルヴァンにも怒りの矛先は向けられていた。

 

 しかし、

 

「皆、そこまでだ」

 

 口々に吐き出す幕僚達を、フレイザーが制する。

 

「言いたい事は判らんでもないが、現実問題としてドイツ艦隊排除が最重要目的である事に変わりはない」

 

 国王に言われるまでもない。

 

 自分達はやるべきことをやるのみだ。

 

 フレイザーの強い眼差しが、そう語っていた。

 

「しかし閣下、これで戦力を整え、物量で当たる案は使えなくなりましたね」

「うむ」

 

 クロードの言葉に、フレイザーは苦い表情で頷きを返す。

 

 国王の勅命では「直ちに出撃」とあった。

 

 となると、今、使える戦力だけで出撃しなくてはならない。出撃可能な艦のみ、最低限の補給で出撃する必要がある。

 

 振り返る司令官。

 

 その視線の先には、アークロイヤルの鋭い眼差しがある。

 

「すまんが、ここは行ってくれるか」

「ああ、任せておけ」

 

 頷くアークロイヤル。

 

 東部戦線支援の為の物資は、既に十分な量を送り込めている。しかし、ドイツ艦隊を野放しにできないのもまた事実であった。

 

 ここは先程の作戦通り、「アークロイヤル」で敵を足止めし、敵を正面決戦に引きずり込むしかない。

 

 ただし、当初は最大限の戦力を出撃させ、物量で圧し包む作戦だったが、少ない戦力で、作戦を行わなくてはならなくなってしまった。

 

 果たして、激減した戦力で、神出鬼没なドイツ艦隊を補足、撃滅できるか?

 

 一同の胸には不安のみが無限に膨らみ続けていた。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 トロンヘイム北部にある某フィヨルド。

 

 その場所に、「シャルンホルスト」を中心とした、ドイツ海軍第1戦闘群は潜伏していた。

 

 開戦初期に行われたヴェーゼル演習作戦によってノルウェーを占領して以後、特にドイツ軍はフィヨルドを港として活用すべく整備してきた。

 

 ノルウェーのフィヨルドは両面が切り立った崖になっており、更に内部は迷宮のように入り組んでいる為、航空機、水上艦、潜水艦、いずれも侵入は困難となっている。

 

 まさに、通商破壊戦を主目的に行うドイツ軍にとって、格好の拠点と言う訳だ。

 

 2つの輸送船団殲滅に成功した後、エアルは一旦、補給の為にこのフィヨルドに寄港していた。

 

 とは言え、長居するつもりはない。

 

 北ノルウェー基地と違い、このフィヨルドはイギリス軍の攻撃圏内にある。ぐずぐずしていて発見されたら、敵の航空機から攻撃されかねない。

 

 「シャルンホルスト」の防空指揮所に立つエアルは、艦に横付けしたタンカーが燃料を供給する作業風景を眺めながら、今後の事について考えていた。

 

 既にイギリス軍も、第1戦闘群が北海に展開している事は把握しているはず。となれば、これを放っておくことは無いだろう。

 

 近いうちに必ず、刺客を差し向けてくるはず。

 

 問題は、どれくらいの戦力が、どのような手段で来るか、だが。

 

「おにーさん」

 

 声を掛けられて振り返ると、恋人である巡戦少女がタラップを上がってくるのが見えた。

 

 シャルンホルストはエアルの傍らに来ると、1枚の紙を差し出した。

 

「これ、海軍総司令部から」

「見せて」

 

 シャルンホルストから差し出された電文を一読すると、エアルはスッと目を細めた。

 

 電文の送り主は、カーク・デーニッツ海軍総司令官となっている。

 

 デーニッツからの直接の連絡とくれば、重要な案件である事は容易に想像できた。

 

「敵の新たなる輸送船団がポーツマスから出港、か」

 

 読んでから、内容を頭の中で反芻する。

 

 こちらが船団を2つ叩いた後、このタイミングでの新たな輸送船団の出港。

 

 それがただの船団でない事は、容易に想像できる。

 

「ボク達を、待ち伏せしている?」

「多分ね。ノコノコ出て行けば、敵の戦闘部隊に遭遇する事は間違いないよ」

 

 いい加減、敵も痺れを切らす頃だろう。

 

 「シャルンホルスト」を排除、少なくとも無力化しないと、安全に援ソ船団を運行できない事は敵もよく分かっているはずだ。

 

 恐らく十中の十まで、敵の有力な艦隊が出撃してきている。

 

 出れば確実に戦闘になるだろう。

 

 では、どうする?

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 沈思するエアル。

 

 考えるまでも無い。

 

 戦って勝つことが目的ならば、引きこもっている選択肢は初めから無かった。

 

 夜半には補給作業が完了する。明日の払暁前に出撃は可能だった。

 

 傍らの少女に向き直るエアル。

 

 シャルンホルストもまた、エアルに笑顔を向けて来る。

 

 青年提督が何を言いたいか、少女には言われずとも理解できていた。

 

「シャル、出撃準備を」

「うん、分かった」

 

 互いに頷きを返す、エアルとシャルンホルスト。

 

 正念場はここからだ。

 

 ここからの戦いこそが、自分達の今後を占う事になる。

 

 その事を2人は、よく理解していた。

 

 

 

 

 

第69話「海魔の顎」      終わり

 

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