蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第73話「ワルキューレ」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 飛行機から降り立つと感じたむせるような暑さに、ウォルフは僅かに顔を顰めた。

 

 夏が近づくににつれて高まる熱気を、否が応でも感じる。

 

 東プロイセン内の森林奥深くに建設された総統大本営「狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)」。

 

 そこは、建設された経緯から、何やら秘密の要塞めいたイメージがあるかもしれない。

 

 しかし、実際に足を運んでみれば、その考えが間違いである事に、すぐに気付くだろう。

 

 総統が執務を行う政府機関は勿論、陸、海、空3軍の司令本部、物資を大量に貯蔵する為の倉庫に食堂施設、喫茶店、映画館やスポーツ競技場等の娯楽施設や、数多くの宿舎も用意されている。

 

 勿論、軍事施設も充実しており、親衛隊が常駐して守りを固め、対空陣地も多数設置されている。更に周囲は鬱蒼とした森林地帯で覆われている上に、地雷原や鉄条網が幾重にも張り巡らされ、地上からの侵攻はほぼ不可能に近い。更に、万が一の時の要人退避用に地下壕も十分な数が建設されていた。

 

 まるで街1つが、森の中にできたかのようだ。

 

 因みに移動に関しては鉄道が引かれ、小型の飛行場も建設されている。必要な物資もそこから搬入されていた。

 

 ウォルフは立場上、この狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)に何度か来た事があるが、来るたびに圧倒される思いだった。

 

 今回、ウォルフは総統主催の会議に出席する為に、ここを訪れていた。

 

 本来なら艦隊司令官にあるような人物が出席するべきではないのだが、総司令官のカーク・デーニッツが西部戦線への対応で多忙なため、代理として出席するように命じられたのだ。

 

 今回は新艦隊編成の為の重要な説明を総統にするのだが、同時にベルリンの海軍本部でも、デーニッツ主催の会議が開催されている。参謀長のシュレスビッヒ・ホルシュタインはそちらの会議で議長代行を務める事になっている為、同行していない。ウォルフ単独での狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)来訪となった。

 

 ボディーチェックと手荷物チェックを終えてゲートを潜ると、すぐにSS隊員の1人が駆け寄って来た。

 

「お待ちしておりました、アレイザー閣下」

 

 持っていた手荷物を受け取ると、SS隊員はウォルフに耳打ちするように告げる。

 

「お急ぎください。既に総統閣下の会議は始まっております」

「・・・・・・何だと?」

 

 訝りながら腕時計を確認するウォルフ。

 

 ウォルフは出発前に時間を確認し、ちゃんと時間に間に合う便を選んだ。

 

 時計の時刻は昼の12時35分を差している。会議開始は13時からの予定だったはずだから、まだ25分も余裕がある筈だが。

 

「実は、午後からイタリアのムッソリーニ閣下が来訪される事が急に決定いたしまして。その対応の為、総統閣下が、会議開始の30分繰り上げを決定されたのです」

「ああ、成程な」

 

 以前に比べて求心力を失ったとは言え、ムッソリーニは未だにヒトラーにとって最重要の同盟者である。そのムッソリーニが来訪するにあたって粗相は出来ない。そう考えたヒトラーが、予定していた会議を早めに行うと決めたのだ。

 

 待機していたジープの後部座席に乗り込むウォルフ。

 

 しかし、発車してすぐに、ウォルフは再度訝った。

 

「おい、方向が違うんじゃないのか?」

 

 狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)には当然、専用の会議室がある。

 

 万が一、敵の奇襲を受ける可能性を考え、地下壕の中に設置された会議室であり、多少の爆撃ならびくともしない構造になっている。

 

 しかし、ジープは会議室のある地下壕とは別の方向に向かっていた。

 

「いえ、合ってます。実は今日の会議は、総統閣下の意向で、会議棟の方で行われておりまして」

 

 説明を聞いて、ウォルフは納得した。

 

 成程、この暑さでは、通気性が悪い地下壕での会議に支障があると判断したのだろう。その為、窓のある会議棟で行う事になったのだ。

 

 確かに防御力には難があるが、警戒していれば、敵機が接近した際に素早く退避も出来るし、狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)内では狙撃も難しい。

 

 総じて問題は無いだろう。

 

 そう、考えた時だった。

 

 前方から来るジープと、ウォルフが乗ったジープがすれ違った。

 

 その一瞬、

 

 ウォルフは相手のジープの、後部座席に座っている人物と目が合った。

 

「・・・・・・・・・・・・あれは」

 

 一瞬だったが、その人物にウォルフは見覚えがあった。

 

 クライス・フォン・シュタウフェンベルク陸軍参謀本部大佐。

 

 直接的に会話した事は無いが、何度か会議の際に顔を合わせている。風貌が強烈だったので覚えていた。

 

 シュタウフェンベルクも、会議に出席する為に来たのだろうか? いや、しかし、それならなぜ、会議の最中に会議室とは反対方向に走っていたのか?

 

 首を傾げながら、シートに座り直す。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音と共に、前方で巨大な爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何事だッ!?」

 

 急停車するジープから、身を乗り出すウォルフ。

 

 立ち上る煙は、明らかに会議棟の方から見えている。

 

 事故か? あるいは、敵の攻撃か?

 

「状況を確認するッ 急げッ!!」

「は、は、はいッ!!」

 

 ウォルフに叩き付けるように命じられ、ジープをスタートさせるSS隊員。

 

 程なく、建物と木々の間を抜け、ジープは会議棟の前まで来る。

 

 だが、そこでウォルフが見た物は、まるで廃墟さながらと化した会議棟の姿だった。

 

 窓ガラスは全て吹き飛び、壁は焼け焦げている。

 

 健在の一部は大きくひしゃげており、爆発の凄まじさを物語っていた。

 

「いったい、何があったッ」

 

 呻くウォルフ。

 

 同時に、その中にいる人物の事を思い出す。

 

「総統閣下ッ!!」

 

 叫ぶと同時に、ウォルフは崩れ落ちそうな会議棟の中へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 飛行場へと向かうジープの中で、クライス・フォン・シュタウフェンベルク大佐は、後方から響く爆発音を聞いてほくそ笑んだ。

 

 状況は、彼の狙い通りに遂行された。

 

 否、全ては、ここから始まるのだ。

 

「これで良い、これでこの国は変わる。変わる事が出来る」

 

 その目に映るのは、純粋な輝き。

 

 真に今を憂う者のみが放つ光。

 

 それ故の狂気。

 

「ベルリンに急ぐぞ」

 

 傍らの副官に語り掛ける。

 

「『ワルキューレ』の鐘を鳴らし、この国を本来あるべき真の姿へと戻すのだ」

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 話は一旦、半日ほど遡る。

 

 1944年7月20日の朝、エアル・アレイザーはベルリンにあるホテルの一室で目を覚ました。

 

 主力艦隊の再建を目指す傍ら、デーニッツの出頭命令に従い、前日から帝都を訪れていたのだ。

 

 オークニー諸島沖海戦で主力艦隊の過半を失ったドイツ艦隊。

 

 既に宿敵であるイギリス艦隊との戦力差は目を覆いたくなるばかりである。

 

 いかに「ティルピッツ」「シャルンホルスト」が健在とは言え、正面からの戦いで勝つ見込みは最早、万に一つとしてありはしなかった。

 

 残された手段は、Uボート艦隊を駆使した潜水艦戦のみだが、これも敵対潜部隊の充実により、被害は急速に拡大しつつある。

 

 これまで培ってきた全ての戦術が否定される中、ドイツ海軍は新たなる戦い方を模索せざるを得なくなっていた。

 

 その為の会議を終えた後、エアルは予め取っておいたホテルにチェックインした。

 

 無論、1人で、

 

 と言う訳ではない。

 

 先刻まで自分が寝ていたベッドで、何やらもぞもぞと動く気配があったかと思うと、毛布が持ち上げられ、中から少女が姿を現した。

 

「エヘヘ、おはよ、おにーさん」

 

 やや寝ぼけ交じりに笑顔を見せるシャルンホルスト。

 

 毛布から身を起こし、ベッドの上にペタンと座り込んだ少女。

 

 一糸纏わぬ、生まれたままの姿は、昨夜の情事を思い起こさせる。

 

 まっさらな白い平原の上に、小さなピンク色の丘が2つ。その下にある白いおなかの真ん中に、おへそが思い出したようにへこんでいる。

 

 昨夜、エアルに何度も愛撫された、少女の柔肌だ。

 

 苦笑するエアル。

 

 とは言え、慎みを失ってほしくは無いわけで。

 

「シャル、前」

「え? あっ キャァ!?」

 

 短い悲鳴と共に、毛布を掻き合わせて裸身を隠すシャルンホルスト。

 

 内心でホッとするエアル。どうやら、羞恥心を無くしてしまったわけではないらしい。

 

「もうッ おにーさんッ」

 

 笑っているエアルに、口をとがらせてむくれるシャルンホルスト。

 

 そんな少女の傍らに腰掛けると、プクッと膨らんだ頬を指先でつつく。

 

「やめて」

 

 少女が不機嫌そうに声を上げるが、エアルはやめない。

 

 何と言うか、圧した分だけ、指先が頬にめり込む様子が面白かった。

 

 やがて根負けしたのか、笑顔を見せるシャルンホルスト。

 

「えいッ」

 

 少女が毛布をはねのけて抱き着いてくるのを、エアルは優しく受け止めた。

 

 

 

 

 

 モーニングの朝食を終え、2人で食後のコーヒーを楽しむ。

 

 エアルはブラックで飲むのが好きだが、シャルンホルストは大量の砂糖とミルクでカップを絨毯爆撃してから口に運んでいた。

 

「シャルは今日どうするの? 何か予定は?」

 

 エアルは今日は、もう一度、海軍本部に行かなくてはならない。

 

 結局、昨日の会議では、今後の作戦方針について決定する事が出来ず、今日、改めて決定に向けて話し合いが行われる事となったのだ。

 

 面倒な話ではあるが、第1戦闘群司令官と言う立場にある以上、やむを得ない事だろう。

 

 もっとも、

 

 エアルとしては、父、ウォルフと2日続けて顔を合わせずに済んだ事だけが、唯一の救いであると言えた。

 

 ウォルフは狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)での総統会議に出席する為、今朝の便でベルリンを経つ事になっている。

 

 一時期に比べて関係は緩和された感があるが、それでも父との間にある蟠りが消えたわけではなかった。

 

「ティルとオイゲンも今日、こっちに来るらしいから。会って、お茶する事になってる」

「すっかり仲良くなったみたいだね」

 

 シャルンホルストが、ティルピッツにずっと感じていた蟠り。

 

 彼女の姉のビスマルクを助ける事が出来なかった事への負い目が、ずっと彼女を縛り続けていた。

 

 だが、それも今やすっかりと無くなり、シャルンホルストとティルピッツは良き友人として、互いを思いあう中となっていた。

 

「おにーさんも来れないの? ティル達も久しぶりに会いたがってたよ」

「うん、会議が早く終われば行けるかも、だけどね」

 

 コーヒーの苦みを感じながら、エアルは肩を竦める。

 

 ただ正直、議題が議題だけに夕方くらいまでは掛かるのではないだろうか、と思っていた。

 

「そうか、残念」

「まあ、しょうがないさ。俺の分も楽しんできてよ」

 

 そう言いながら、エアルはカップを置いてふと、窓の外に目を向ける。

 

 ホテルから見下ろせる大通り。

 

 そこには早朝から出勤等で行きかう人の姿が見える。

 

 そんな中、陸軍の軍服を着た兵士達の姿もいくつか見る事が出来た。

 

 恐らく、国内予備軍の兵士達だろう。

 

 国内予備軍とは、その名の通り前線に出て戦うための軍ではなく、主に国内にあって新兵の訓練、新兵器の試験導入、新規部隊の編成を行う部署である。

 

 現在の司令官は確か、フロム上級大将だったはず。

 

 直接砲火を交えないとはいえ、前線の部隊を支え、予備兵力を整備する、非常に重要な部署であった。

 

 しかし、

 

 エアルはそんな兵士達の様子を見ながら、ある種の違和感に似た感覚を覚えていた。

 

 どうにも、行きかう兵士の数が多いような気がしたのだ。

 

 しかも、その兵士たち全員が、肩に銃を担いで武装している。

 

 たとえ軍人であっても、よほどの事情でもない限り、用も無い時に街中で銃を携行する事は許されない。

 

「何か、あったのかな?」

「どうかしたの、、おにーさん?」

 

 訝るエアルに、シャルンホルストも首を傾げながら近づく。

 

 そんな少女の様子に、エアルは微笑みかける。

 

 まあ、考えすぎだろう。

 

 今は戦時下なのだ。何らかの事情で、銃の携行が命じられたのかもしれないし。

 

 そう考えて、違和感を忘れる事にするエアル。

 

 だが、

 

 エアルはその数時間後、自分の違和感が杞憂ではなかったことを痛感する事になる。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 エアルは海軍本部に到着すると、そのまま会議室のある棟へと向かう。

 

 時計を確認すれば、9時20分。

 

 会議は10時からの予定なので、まだ十分に時間があった。

 

「どうしよう、どこかで休んでから行こうかな?」

 

 一服くらいなら、する余裕がある。

 

 併設のカフェにでも入ろうかと思い、足の向きを変えた時、

 

 向こうから歩いてくる人物が目に入り足を止めた。

 

「ッ!?」

 

 思わず、息をのむ。

 

 気まずい人物、ではない。

 

 だが正直、久しぶりに会うせいで、どう声を掛ければ良いか迷う人物ではあった。

 

「オスカー・・・・・・・・・・・・」

 

 オスカー・バニッシュ少将もまた、エアルの存在に気付くと、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

 

「久しぶり、だな」

「ああ、そう、だね」

 

 ぎこちなく応じる。

 

 正直、オスカーの姿を見るのは、あのオークニー諸島沖海戦の直後の、港以来。直接会話するのは、ノルウェー出撃以降、初となる。

 

 つまり、グナイゼナウがいなくなって以来、会話するのはこれが初めてだと言う事だ。

 

 痩せたな。

 

 オスカーを見て、エアルはそう思った。

 

 かつては知性と精悍さを備え、スマートな海軍士官と言うイメージが強かったオスカー。

 

 しかし今、頬はやせこけ、やや背中を丸めたようなしぐさで歩く様からは、かつての精悍なイメージは全く見て取れなかった。

 

 この数カ月で、何十年分も老け込んだような印象さえある。

 

「お前も司令部に来ていたのか?」

「ああ、会議があってさ」

 

 頷きながら、エアルはオスカーが、今は海軍本部の参謀をしている事を思い出した。

 

 オークニー諸島沖海戦の後、栄転と言う形で海軍本部配属となったのだ。

 

 正直、それが良かったのかどうか、エアルには分からない。

 

 グナイゼナウを失い、消沈しているオスカーが、一時的にせよ海から離れる事が、彼にとって癒しとなるのか、あるいは・・・・・・

 

「なあ、少し、話さないか? 会議まで間があるから、暇をつぶそうと思ってたんだけど」

 

 お互いの近況など、少しでも聞けたらと思って提案してみた。

 

 だが、

 

「せっかくだが」

 

 淡々とした口調で、オスカーは答えた。

 

「これからすぐ、人と会う約束がある」

「ああ・・・そっか・・・・・・・・・・・・」

 

 落胆しつつも、エアルはやはり一抹の不安を隠せなかった。

 

 オスカーの声が、あまりにもかすれて聞こえたからだ。

 

 本当に、目の前にいるのは、あのオスカー・バニッシュなのか?

 

 エアルがさらに何か言う前に、オスカーは踵を返した。

 

「あ、おいッ」

「すまんな。この埋め合わせは、いずれ必ずする」

 

 そう言うと、片手を上げて去って行くオスカー。

 

 その背中を、エアルは立ち尽くして見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 待ち合わせのカフェに入ると、目当ての人物はすぐに見つかった。

 

 向こうも、シャルンホルストの姿に気付いて、手を上げるのが見えた。

 

「遅いよ、シャルッ 待ちくたびれたわよッ」

「ごめんごめん」

 

 苦笑しながらテーブルに近付くシャルンホルストを、2人の少女達が出迎えた。

 

 ティルピッツとプリンツ・オイゲン。

 

 今やドイツ海軍にとって、貴重な主力艦となった艦娘3人が一堂に会していた。

 

 3人とも、今日はオフな為、軍服ではなく私服姿である。

 

 シャルンホルストもノースリーブの白シャツに短パン姿と言う、夏らしい動きやすい服装をしていた。

 

「てか、2人とも早かったね」

「昨夜の最終便に乗りましたから、今朝早くにベルリン駅に着きました」

 

 オイゲンの説明に、シャルンホルストも成程、と納得する。

 

 席に座り、やって来たウェイターに紅茶とケーキを注文する。

 

 すると、早速と言わんばかりに、ティルピッツが意味深な笑みを張り付かせて顔を近付けて来た。

 

「で、一足先に来てたシャルちゃんは、どうだったの?」

「ど、どうって?」

「またまた、昨夜は提督に、たくさん可愛がってもらったんでしょ?」

「いや、会っていきなりの話題がそれなの?」

 

 呆れ気味のシャルンホルスト。

 

 エアルとシャルンホルストの仲は、今や公然たる物となっている。

 

 目の前の友人2人も当然、その事は知っている訳で。

 

 会う度に、こうして問い詰められる事が多かった。

 

「あ、あの、私も、興味あります」

「オイゲン、あのね・・・・・・・」

「ほら、と言う訳で、観念してキリキリ白状しなさい」

「いや、白状って・・・・・・」

「人の醜聞は蜜の味。獲物を見つけたら容赦するな。て、姉様も言っていたわ」

「ビスマルクはそんなこと言わない!!」

 

 やいのやいのと騒ぐ少女3人。

 

 ぶっちゃけ、

 

 普通に営業妨害なのだが。

 

 ややあって、嘆息するシャルンホルスト。

 

「まあ・・・・・・うん」

 

 控えめな頷き。

 

 だが、少女たちにはそれで充分だった。

 

「「キャァァァァァァァァァァァァ!!」」

 

 手を取り合って、黄色い悲鳴を上げるティルピッツとオイゲン。

 

 喫茶店内の人が注目する中、シャルンホルストに一気に詰め寄る。

 

「それでそれで、詳しく聞かせないさいよ!!」

「ど、どんな感じだったんですかッ!?」

「提督はあれかな、やっぱりマニアックな感じなのが好きなのかなッ!?」

「いえいえ、きっとアレイザー少将は正統派なんですよ!!」

 

 などと騒ぎ立てる少女たち。

 

 その後、

 

 すっ飛んできた店員に、雷を落とされたのは、お約束である。

 

 

 

 

 

「実際の所さ」

 

 運ばれてきたケーキを頬張りながら、ティルピッツが尋ねた。

 

「シャルは、提督と結婚とかしないの?」

「結婚?」

 

 ミルクティのカップに唇を付けながら、シャルンホルストはキョトンとした顔で聞き返す。

 

「そう。だってさ、艦娘の中には、仲がいい提督とか海兵さんと結婚するっての、珍しくないでしょ」

「まあ、そうだね」

 

 曖昧に相槌を打っておく。

 

「でも、ほら。今は戦争中だし、ね」

「何言ってんの、戦争中だからこそじゃない」

 

 追及をかわそうとするシャルンホルストに、ティルピッツは容赦なく追撃を掛ける。

 

 シャルンホルストとしては、そういう事は落ち着いてから、と言う意味で言ったのだが。ティルピッツは、そんなシャルンホルストの言い訳を逆手に取って来た。

 

 戦時下で、いつ死んでもおかしくない身だからこそ、悔いが残らないようにする。

 

 そう考えて結婚する例は少なくない。

 

「うん、そうなんだけど・・・・・・」

「けど?」

「おにーさんも、今のところ、そんなつもりはなさそうって言うか・・・・・・」

 

 実際、エアルから結婚について、話題を振られた事は無い。

 

 エアルは今、新艦隊立ち上げの為に忙しい身、その為、シャルンホルストの方からも言い出しづらいと言う事もあった。

 

「後悔しないってのは、大事だと思います」

 

 オイゲンが、どこか寂し気な口調で言った。

 

「だって、私たちも、提督たちも、いつまでも生きていられるとは限らないじゃないですか」

 

 ここにいる3人とも、全員が姉妹を全て失っている。

 

 だからこそ、オイゲンの言葉の重みは、誰よりも感じていた。

 

「そう・・・・・・だね」

 

 頷くシャルンホルスト。

 

 エアルとの結婚。

 

 その事について今度、ちょっとで良いから話してみようかな。

 

 そう思って、窓の外に目を向けた。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 ふと、見知った人物が通りの向かいを歩いているのが見えて、シャルンホルストは声を上げた。

 

 あれは、

 

「・・・・・・・・・・・・オスカーさん?」

 

 見間違えるはずがない。あれはエアルの親友であり、かつて、亡き妹の恋人だったオスカー・バニッシュだ。

 

 シャルンホルストが訝ったのは、オスカーが1人ではなかった事だ。

 

 複数人の兵士達と連れ立って歩いていた。

 

 しかも、それが全員、武装した陸軍兵だったのだ。

 

「どうしたんですか、シャルさん?」

「ちょっと、ごめん。2人はここにいて」

 

 そう言って立ち上がるシャルンホルスト。

 

 妙な胸騒ぎが、少女の中で膨らみ始めていた。

 

 

 

 

 

4

 

 

 

 

 

 シャルンホルストは足早に駆けながら、オスカー達を追いかける。

 

 肩で息をしながら、オスカーが入った路地へとたどり着く。

 

「まったく・・・・・・もうッ」

 

 上がった息を、深呼吸をして落ち着かせる。

 

 一時期よりはマシになったが、シャルンホルストの病弱体質は変わっていない。医者からは、生身での激しい運動は禁じられているくらいだ。

 

「艦体の『シャルンホルスト(ボク)』は、あんなに足速いのに、何でボク自身はこんななんだろ」

 

 どうにもならない事に愚痴を吐きながら、シャルンホルストは路地裏を進んでいく。

 

 オスカー達が入って行ったのは、路地裏にある、今は廃墟となった雑居ビルだった。

 

「でも、こんなとこで、何してるんだろう?」

 

 首を傾げながら、空いていたドアから中に入る。

 

 入り口付近に、人の気配は無い。

 

 しかし、

 

 奥の方から、微かに話し声が聞こえて来た。

 

 何となく、足音を殺しながら進んでいく。

 

 階上へと上がり、更に廊下を進むと、扉が開き、明りが漏れている部屋を見つけて覗き込む。

 

 果たして、そこへオスカー達はいた。

 

 声を掛けようとした時、中の声が聞こえて来た。

 

「シュタウフェンベルクからの連絡は?」

 

 これは、すぐにオスカーの声だと分かった。

 

 それに対する声は、一緒にいた陸軍兵士だろう。

 

「は、今朝に一度。総統暗殺は、確実に今日、実行するとの事。各部隊には、ワルキューレ発動に備え待機せよとの事です」

「よし。各部隊に通達しておけ。報せが届き次第、俺達も行動を開始する。制圧目標は総統府、親衛隊本部、秘密警察本部、放送局。全ての行動を迅速に行え」

「既に帝都内各所に、同志たちが潜伏し、命令を待っています。連絡があり次第、即座に行動を開始、速やかに政権奪取を行います」

「作戦結構は、本日13時に開催予定の総統会議。そこで爆弾を起動させる」

 

 報告を聞いて、オスカーは頷く。

 

「このワルキューレ作戦の成否に、ドイツの今後の命運がかかっている。そのことを肝に銘じ、各員、任務遂行せよ」

『はッ』

 

 オスカーの命令に、敬礼する兵士達。

 

 一方、物陰から様子を伺っていたシャルンホルストは、思わず口を押え吐く息を止める。

 

 シャルンホルストは、戦闘以外の事で、あまり作戦等に首を突っ込まないようにしている。自分の役割はあくまで艦娘として、艦の性能を十全に引き出す事だと思っているからだ。

 

 そんな事だから、あまり軍事作戦や政治には詳しい方ではない。

 

 しかし、そんなシャルンホルストが聞いても、話の内容は理解できた。

 

 総統暗殺と、それに伴うクーデターによる政権転覆計画。

 

 そんな物にオスカーが関わっている。

 

 その事実に、恐ろしい物を感じていた。

 

「・・・・・・知らせないと、おにーさんに」

 

 一刻も早く、その場を離れようと後ずさる。

 

 その時だった。

 

「あー、こんなとこにいた、シャル」

「ッ!?」

 

 突如、背後から声を掛けられて振り返る。

 

 そこには、少し怒った様子の少女の姿があった。

 

「ティ、ティル、何でここに!?」

「何でも何も、シャルが急にいなくなるから追いかけて来たんでしょうが。まったく、探すのに苦労したわよ」

 

 どうやら、シャルンホルストを心配して、追いかけて来たらしい。

 

 しかし、

 

 タイミングが最悪だった。

 

「誰だッ!?」

 

 部屋の中で、一斉に振り返る。

 

 中で、オスカーと目が合った。

 

「シャルンホルスト、お前ッ」

 

 まずいッ

 

「逃げて、ティル!!」

「え、な、何?」

 

 戸惑ってキョトンとするティルピッツ。

 

 オスカーの動きは、早かった。

 

「捕まえろ、逃がすな!!」

 

 部屋の中から飛び出してくる兵士達。

 

「早く逃げて!!」

 

 叫びながら、ドアに立ちふさがって兵士達を防ごうとするシャルンホルスト。

 

 しかし、元より生身では、非力な少女に過ぎないシャルンホルスト。

 

 たちまち、屈強な兵士達に捕まり、床に押さえつけられる。

 

「シャルッ シャルッ!!」

 

 泣き叫ぶティルピッツ。

 

 しかし、それにこたえる間も無く、頭に何かの布を被せられる。

 

 シャルンホルストの意識は、そこで途絶えた。

 

 

 

 

 

第73話「ワルキューレ」      終わり

 

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