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夜半、自身が泊るホテルに、突如訪ねて来た陸軍士官と面会する気になったのは、オスカーにとって、単なる気まぐれに過ぎなかった。
そもそも、これから自殺しようと言うタイミングで訪ねてきた相手だ。本来なら、にべもなく追い返すところ。
しかし、このタイミングで、わざわざ自分を名指しで訪ねてきた相手に、ほんの僅かだが、死への魅力よりも、相手への興味が勝った。
だが、
クライス・フォン・シュタウフェンベルク参謀本部大佐と名乗ったその人物の風貌に、思わず圧倒された。
部屋に入って来たシュタウフェンベルクは、左目を眼帯で覆っていたのだ。
シュタウフェンベルクは優男風で、非常に端正な顔立ちをしている分、眼帯がもたらすインパクトは殊更に強烈だった。
「夜分に時間を作っていただき、失礼いたします、閣下」
そう言うと、プロイセン式の敬礼をするシュタウフェンベルク。
対して、オスカーも敬礼を返すと、座るように勧めた。
「それで、いったい何の用だ、こんな時間に? 話ならさっさとしてくれ」
若干の苛立ちを滲ませて尋ねるオスカー。
対して、シュタウフェンベルクは、慎重に言葉を選んで口を開いた。
「准将にお尋ねします。閣下は、今のこの国を、どのようにお考えですか?」
だが、その聞き方は、却ってオスカーの不快を呼んだ。
こんな時間に(しかも自殺しようとしているタイミングで)訪ねてこられて、そのような迂遠な尋ね方は、却ってマイナスだった。
「言っている意味が分からないな。その質問は、どう答えるのが正解だ?」
皮肉を交えたオスカーの言葉に、シュタウフェンベルクは居住まいを正す。
確かに、得体の知れない相手がいきなり訪ねてきて、訳の分からない事を聞けば不快にもなるだろう。
「失礼しました。今、この国は重大な危機に瀕しています。それは、閣下にもご理解いただけるかと思います」
言われて、オスカーも改めて向き直る。
ようやく、相手の手札が見えた気がしたのだ。
シュタウフェンベルクの言う通り、ドイツの危機は加速度的に高まっている。東部戦線の苦戦にイタリアの脱落、更に主力艦隊の壊滅で海の守りも失った。
誰もが感じつつも、目を背けている事。
敗亡が少しずつ、足音を立てて近付こうとしていた。
「だと言うのに、この国は無駄な事ばかりをしている。総統始め、ナチス党の幹部が特権階級の如き利権を独占している。そればかりか、軍事の素人が好き勝手に軍の作戦に口出しし、それが当然のようにまかり通っている。彼等が余計な事をしなければ、前線で死なずに済んだ兵士がどれほどいた事か」
徐々に、シュタウフェンベルクの声に、熱が帯び始めている。
彼もまた、理不尽な作戦に翻弄されたのかもしれない。
「この国は変わらなくてはならない。それも、今すぐにも、です。でなければ、手遅れになる」
聞いていて、オスカーは目の前の男に不穏な空気を感じ始めていた。
要するにシュタウフェンベルクが、ナチス党によって牛耳られているドイツの現状を憂いている事は判った。
こうした輩が、いったい何を考えて行動しているのか、オスカーは直感で感じ取る事が出来た。
「それで・・・・・・何が言いたいんだ?」
先を促すオスカー。
ここまで聞いたら、目の前の隻眼の大佐が実際に何を考えているのか、聞いてみたい気もした。
「我々と共に、この国を変えませんか?」
シュタウフェンベルクは身を乗り出して、オスカーに迫った。
「我々には多くの同士がいます。それは軍のみならず、政界や財界にも存在しています。彼等と共にナチスを打倒し、この国をあるべき姿に戻すのです。そのうえで連合国に講和を申し入れるのです」
それは紛れもない、クーデターへの誘いだった。
シュタウフェンベルクは、
否、彼が与する組織は、ナチスに対して反旗を翻そうとしているのだ。
「勿論、講和と言っても簡単には行きません。場合によっては、降伏に近い条件を呑まねばならないかもしれません。しかし、今、動かねば全てが手遅れになります。このままでは、この国は破滅へ向かうでしょう。我々はそれを、何としても止めたいのです」
「・・・・・・・・・・・・具体的には、どうするつもりだ?」
試みに尋ねてみる。
これで具体策も何もない、ただ現状に不満を述べるだけならば、痴者の妄言と変わらない。一顧だにする価値すら無いだろう。
だが、
シュタウフェンベルクはスッと目を細めた。
「総統を・・・・・・ヒトラーを、暗殺します」
低い声は異様な程、部屋の中で響いた。
この国において、ヒトラーを呼び捨てにするなど、それだけで死刑判決を受けてもおかしくはない。
まして、そのヒトラーを暗殺するときた。
オスカーは、知らずに息を飲んでいた。
「更に、ナチス党幹部と、それに連なる者達を排除。しかる後、我が同志たちでもって、新政権を樹立。連合軍との交渉に当たります」
総統の暗殺、ナチス打倒、新政権樹立からの終戦工作。
確かに、話の筋は通っている。
それは即ち、シュタウフェンベルクたちの組織が、それなりの意志と信念を持った存在であることが伺えた。
だが、
オスカーは、どうしても聞かなければならない事があった。
「なぜ、俺に話を持ち掛けた?」
オスカーはシュタウフェンベルクと、一切面識はない。
だと言うのに、このような形で急に訪ねてこられ、それどころかクーデターの話までするとは。
オスカーには理解しがたかった。
「今のあなたなら、我々に賛同してくれると思ったからです」
どういう意味だ?
そうオスカーが尋ねる前に、シュタウフェンベルクは口を開いた。
「先の戦いで、あなたは大切な人を失った。そのつらさは、我々も理解できます」
言いながら、シュタウフェンベルクの隻眼はベッドの上に向けられた。
「死のうと、していたのですね」
「ッ!?」
迂闊だった。
ベッドの上には、自殺に使う予定だったワルサーが置かれていたのだ。
とっさに銃を取り、小物入れの引き出しへと放り込む。
そんなオスカーの背中に向けて、シュタウフェンベルクは続ける。
「私も同じなのです。だからこそ、あなたの気持ちがわかる」
「勝手な事を抜かすなッ」
自分の気持ちが、
ゼナを失った自分の悲しみが、誰に理解できるというのだ。
激高して、シュタウフェンベルクに掴みかかるオスカー。
その腕を、右腕で防ぐシュタウフェンベルク。
と、
「ッ!?」
手に伝わる硬質な感覚に、オスカーは思わず息をのんだ。
「お前、その腕・・・・・・」
「ええ、義手です」
そう言うと、シュタウフェンベルクは袖を少しまくって見せる。
左腕の、手首から先には、プラスチック製の部品が見えた。
左目の他に、右手。
更にオスカーは気付いていないが、左手の薬指と小指も欠損している。
「東部戦線か?」
「いえ、北アフリカです。当時は海軍に、随分とお世話になりました」
シュタウフェンベルクは、北アフリカ戦線に参謀として着任した際、敵機の銃撃を受けて重傷を負っている。負傷はその時の物だった。
オスカー自身、アフリカや地中海戦線に参加した事は無いが、大西洋における通商破壊戦で、間接的な援護は行っている。
それもこれも、グナイゼナウと共にあったからこそできたのだが。
「私も、大切な友人や部下を多く失いました」
言いながら、シュタウフェンベルクは身を乗り出す。
「あなたが自ら死を選びたくなる気持ちは、よくわかります。しかし、このまま死んでも、ただの無駄死にに過ぎません。それよりもどうかその命、我々に預けてはくれませんか? この国を変える為に、力を貸してはくれませんか?」
「・・・・・・・・・・・・」
オスカーは、自分の中で揺らぎが生じるのを感じていた。
死ぬのは簡単だ。今すぐシュタウフェンベルクを追い出し、もう一度、銃口をこめかみに当てればいい。
だが、
本当に、それで良いのか?
自分が死ぬ事については、もはやどうでも良い。
だが、
ゼナが、
彼女が守ろうとしていたこの国が、一部の者達の玩具になって滅びるのを見過ごしても良いのか?
ゼナを死なせた奴等がのさばるままにしておいて良いのか?
シュタウフェンベルクは、もはや何も言わない。全ての決断を、オスカーに委ねている。
天井を仰ぐ。
シュタウフェンベルクは完全に腹を割って話してくれているのが判る。そうでなければ、総統暗殺や、クーデターの話をしたりはしないだろう。
嘘の話をしているとも思えない。彼が、オスカーを陥れて得する事など何もないだろうし。
「・・・・・・・・・・・・」
まだ、完全に信用できるわけではない。
だが、
オスカーが欲している物を用意してくれている。
そう、感じる事が出来た。
ややあって、オスカーは振り返った。
「・・・・・・・・・・・・良いだろう」
「ではッ」
シュタウフェンベルクに、頷きを返すオスカー。
彼等に力を貸す。
否、
捨てる予定だった自分の命を、彼等に預ける。
そう、決断していた。
すまない、ゼナ。
お前の元へ行くのは、もう少しだけ、先になりそうだ。
心の中で、亡き恋人に詫びる。
と、
「よろしく、お願いします」
シュタウフェンベルクが差し出した左手。
それを、
オスカーは握り返した。
「ようこそ」
それを受けて、シュタウフェンベルクは口元に笑みを浮かべた。
「我等『黒いオーケストラ』へ。歓迎しますぞ」
「・・・・・・・・・・・・んッ」
軽い呻き声と共に、シャルンホルストは目を覚ます。
覚醒しきれない頭で、状況を確認しようとする。
「あれ・・・・・・ボク、どうしたんだっけ?」
なぜか、冷たい床の上に寝転がっている。
身を起こそうとして、
できなかった。
おまけに、腕は背中に回されて身動きが出来ず、足も動かせない。
「あ、あれッ? 何でッ?」
そこで、思い出した。
陸軍の兵士と歩いていたオスカーを見かけ、それを追って廃墟の雑居ビルに入ったところ、彼等の密談を聞いてしまった。
逃げようとしたところで、ティルピッツが来てしまい、オスカー達に気付かれてしまった。
そこで、
記憶が途切れている。
動く首を巡らせて、周囲を確認する。
そこで、自分と同じように縛られて、転がされている少女に気付いた。
「ティルッ ティルッ!!」
シャルンホルストが捕まった後、彼女も囚われの身になってしまっていたのだ。
シャルンホルストの必死の呼びかけにも、ティルピッツが起きる気配は無い。
「ティルッ しっかりして、ティル!!」
尚も呼びかけるシャルンホルスト。
しかし次の瞬間、
「うるせえなッ 静かにしろ!!」
「ッ!?」
突如、響く罵声に、思わず体を震わせるシャルンホルスト。
苦労しながら振りかえると、鬼のような形相の陸軍兵士が、こちらを睨み付けていた。
「貴様らのせいで、こっちの予定は完全に狂わされてんだッ いい加減にしないとぶち殺すぞッ!?」
本当に軍人なのか、疑わしいほど、粗暴な言葉に、シャルンホルストは恐怖に体を震わせる。
兵士がシャルンホルストの顔に向けたライフルの銃口が、恐ろしいほどの圧力を加えて来る。
「へへッ 何だ、ビビってんのかよ」
「・・・・・・・・・・・・」
恐怖で身動きが取れないシャルンホルストに、兵士は下卑た笑みを見せる。
「丁度良い、作戦前の景気付けだ」
そう言いながら、ズボンのベルトに手をかけはずし始める。
その意味を理解し、シャルンホルストは顔を青くした。
次の瞬間、
「何をしている」
「ッ!?」
ひどく冷たい声音が響き、兵士は思わず動きを止める。
その後頭部に突き付けられた銃口。
ワルサーを構えたオスカーが、その銃口を男の後頭部にピタリと着けていた。
「か、閣下・・・・・・そのッ・・・・・・」
「海軍士官である俺の前で艦娘を害すると言うなら、お前はこの場で殺されても文句は言えんぞ」
海軍士官にとって、艦娘は象徴的な存在でもある。
それは言わば誇りであり、崇拝の対象とされる場合もある。
オスカーの言葉は、大げさでも何でもない。
この場で引き金を引いたとしても、世界中の海軍士官の全てが彼を肯定するだろう。
「や、やだな、冗談、冗談ですよ。まったく、閣下は頭が固いですな~」
「・・・・・・・・・・・・」
へらへらした態度の兵士に対し、無言のまま撃鉄を起こすオスカー。
その音に、兵士は流石に焦りを覚えた。
「す、すいませんッ ちょっとした出来心で、ほ、本当に、あ、あの・・・・・・」
震えた声で謝罪する男。
対して、
「・・・・・・・・・・・・2度は無い。行け」
「ヒィィィィィィ!!」
慌てて駆けていく男を、冷めた目で睨み付けるオスカー。
一方、足元のシャルンホルストは、唖然とした顔でオスカーを見上げる。
助けてくれたのはうれしい。
だが、
オスカーがクーデターに加担しているのが、未だに信じられなかった。
「オスカーさん、どうして・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
尋ねるシャルンホルストに、無言のまま銃をホルスターに収めると、そのまま踵を返す。
「ちょ、ちょっとッ!!」
「お前らに危害を加える気はない。ただ、全て終わるまで大人しくしていてもらう」
部屋を出て行くオスカー。
その背中を、シャルンホルストは、転がされたまま見送る事しかできなかった。
オスカーが出て行ったのを確認すると、シャルンホルストはどうにかして体をねじりながらうつ伏せの態勢となる。
そのまま、芋虫の要領で、同じく転がされているティルピッツへ苦労して近付いた。
「ティル、ティル、しっかりして!!」
呼びかける少女。
ややあって、反応があった。
「う~ん、もうお腹いっぱいで食べられないよ~」
ガクッ
縛られていなければ、そのままずっこけそうな程、平和なボケ具合だ。
「言ってる場合じゃないでしょ、起きてってば!!」
「んがッ?」
何とも緊張感が欠ける事甚だしい。
それでも、どうにか声を掛ける事暫し、ようやくティルピッツは目を開けた。
「あれ、シャル? えっと・・・・・・何?」
ティルピッツの様子に、嘆息するしかないシャルンホルスト。
ただ、呆けている場合じゃないのは間違いなかった。
何とかティルピッツに目を覚ましてもらうと、手短に状況を説明する。
自分達が捕まった事。
彼等がクーデターを起こそうとしている事。
その決行が多分、今日だと言う事。
言われて、ティルピッツも表情を険しくする。
「ど、どうしよう?」
「とにかく、何とか抜け出して、おにーさん達に報せないと」
不安そうなティルピッツに、シャルンホルストは周囲を見回す。
何か、
何か無いだろうか?
ややあって部屋の端に、何かキラリと光る物が落ちている事に気が付いた。
2
会議は、なかなか難航の様相を見せていた。
既に残された戦力の少ないドイツ海軍にとって、取り得る戦略も限られてくる。
その戦略の中で、如何なる手段を取るか、焦点はそこに限られる。
だが、そこでエアルは、驚くべき戦略を聞かされる事となった。
「機動部隊構想?」
配られた書類に目を通し、エアルは首を傾げた。
あまり聞きなれない言葉に訝りつつ、資料を読み進める。
「知っての通り、我が軍の水上艦隊は現在、壊滅状態であり、その再建には数年はかかる見通しだ。戦時中の再建は絶望的と言って良いだろう」
説明するのは艦隊参謀長のシュレスビッヒ・ホルシュタインだ。
ウォルフが
傍らにはカーク・デーニッツ元帥以下、海軍上層部の人間も居並んでいた。
「既に水上艦による勝利は現実的とは言い難い。そこで、今後は2隻の空母『グラーフ・ツェッペリン』と『ペーター・シュトラッサー』を主力とし、戦艦、巡洋艦、駆逐艦をその護衛に当てる事とする。このやり方は既に太平洋では主流であり、同盟国日本も、空母を中心とした艦隊編成で戦果を上げている」
成程、とエアルは心の中で頷く。
確かに、激減した水上艦隊では正面決戦にしろ、通商破壊戦にしろ、実施困難と言わざるを得ない。
その点、空母を中心とした機動部隊構想は、ヨーロッパでは運用実績がない。加えて行動半径が広い航空機なら、敵との距離を取って戦う事が出来る為、少数の部隊でも奇襲効果が望める。やってみる価値は十分にあるかもしれなかった。
しかし、どうしても残る疑問を尋ねずにはいられなかった。
「航空機はどうするんです?」
エアルの質問に、視線が殺到するが、構わず続ける。
「空母だけあっても、航空機が確保できなければどうにもなりませんよね」
空母など、航空機が無ければ、ただの鉄の箱に過ぎなかった。機動部隊運用するとなれば、どうしてもある程度、まとまった数の航空機とパイロット、使用する弾薬、燃料、整備員、その他、大量の人員や物資が必要となる。
交代要員も含めれば、相当な量となるだろう。その確保をどうするのか、と言う問題があった。
だが、
「その点は問題ない」
発言したのはデーニッツだった。
質問を予想していたように、口元に笑みを浮かべている。
「既に必要な人員や機材、物資は空軍から借り受ける手はずが整えられている。それも、今回は今までのようにその場限りの貸与ではなく、完全に海軍側の指揮下に入って運用して良い事になっている」
その言葉に、エアルは驚きを隠せなかった。
破格と言ってもいい状況である。
今まで空母で航空機を運用する際は、空軍からの出向と言う形で運用していたが、デーニッツの言葉が本当なら、貸与と言う形は変わらないが、今後は部隊運用も全て、海軍側主導で行えることを意味している。
「更に、海軍独自の航空部隊編成も認められた。そうなれば、空軍から借りる必要もなくなる」
画期的、
否、
革新的と言って良い。
これが成功すれば「ドイツ海軍航空隊」が正式に発足される事になる。
今までのように、空軍から部隊を借りて運用していたのでは、どうしても指揮系統に齟齬が生じる。ウォルフはその点、航空部隊に独自の行動権を与える事でうまく運用していたが、これは言わば、苦肉の策に近いやり方であり、どうしても艦隊運用にも支障が出てしまう。
だが海軍が独自の航空部隊を運用できるようになれば、そうした問題も解決でき、指揮系統を一元化出来る。
これは、面白い事になって来た。
エアルは、知らずの内に、口元に笑みを浮かべていた。
血相を変えた兵士が、会議室に駆けこんできたのは、その時だった。
「し、失礼いたします!!」
「何事だッ 今は会議中だぞ!!」
たちまち、シュレスの叱責が飛ぶ。
重要会議中に関係ない人間が入室してくるなど、本来あってはならない事。
しかし、それでも入ってきたところを見ると・・・・・・
何か、良くない事が起きた。
エアルは直感的に、そう思った。
兵士は叱責を受けて恐縮しつつも、シュレスに手にした電文を渡す。
それを一読した瞬間、
「なッ!?」
シュレスもまた、絶句した。
彼女は直ちに、無言のままデーニッツに電文を渡す。
それを読んだデーニッツ。
静かに顔を上げると、大きく呼吸をする。
どこか、自分自身を落ち着かせるような態度が、却って周囲に緊張を呼ぶ。
目を開くと、デーニッツは一同を見回して言った。
「・・・・・・・・・・・・みんな、冷静に聞いてくれ」
殊更に低いデーニッツの声。
ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。
皆が視線を集中させる中、デーニッツは再度、電文を確認して口を開いた。
「本日、正午頃、総統大本営
衝撃が、走った。
事故、と言う線も一瞬浮かんだが、デーニッツが「爆破」と言う言葉を使った以上、それは無い。
となると、選択肢は限られる。
総統の命を狙ったテロ。
そう考えるのが妥当だった。
「総統閣下はご無事ですかッ?」
「判らん。これには詳細は書かれていない」
首を振るデーニッツ。
そこでふと、エアルは思い出したように口を開いた。
「父・・・・・・アレイザー大将も確か今日、
その事に、一同は戦慄する。
ウォルフが、テロに巻き込まれた可能性も否定できなかった。
一気にざわつきを増す、会議室内。
次の瞬間、
「落ち着けェッ!!」
鋭い一喝。
相手はシュレスだった。
「今、この場で我々が取り乱せば、海軍全体の足並みが乱れるぞッ まずは冷静になれ!!」
「シュレスの言う通りだ」
デーニッツが後を引き継いで発言する。
「まずは被害状況の把握と情報収集に専念しろ。総統閣下やアレイザー大将の安否、それと、これが何者の手による者なのか、連合軍やソ連軍のスパイによる物なのか、あるいは国内不穏分子の手による物なのか調べる必要がある」
言ってから、デーニッツはシュレスに向き直った。
「もし、組織ぐるみの犯行だとすれば、この機に乗じて何らかの行動を起こすはず。全部隊の監視、統制を徹底すると同時に、野戦部隊の編成を行い、万が一の時の出動に備えろ」
「ハッ」
一同が動き出す中、エアルもまた自身の部隊を掌握する為に立ち上がった。
その時、
「アレイザー少将ッ」
不意な少女の呼びかけに振り返る。
見れば、見慣れた少女が私服姿で、息を切らせながら走ってくるのが見えた。
「オイゲン、どうしたの? 確か、シャル達と一緒だったはずじゃ・・・・・・」
「そ、それが・・・・・・・・・・・・」
エアルの下まで来ると、オイゲンは膝に手を当てて息を整えてから顔を上げた。
「シャルさんとティルさんがいなくなっちゃったんですッ 2人とも!!」
その言葉に、エアルは己の頭上に、暗い雲が立ち込め始めるのを感じるのだった。
3
「黒いオーケストラ」と名乗る反ナチスグループの発足は、第2次世界大戦の開戦前まで遡る。
元々、ヒトラーの行き過ぎた対外政策や、ユダヤ人迫害に対する危機感を覚えた有力者達によって発足した組織である。
その構成員の多くは、いわゆるプロイセン貴族と呼ばれる者達によって構成されていた。
彼等は元々、プロイセン騎士の系譜に連なる者達である。それが故に、ナチスと言う極右政党によって、ドイツがヨーロッパ各国から孤立して行く事を憂いたのだ。
とは言え、組織全体が反ナチス、ヒトラー排除を進めていたわけではない。
特に大戦初期、ドイツ軍が快進撃を続けていた頃には、ヒトラーを支持する人間も、組織内には多数存在していた。
しかしその後、バトル・オブ・ブリテンでの敗北、バルバロッサ作戦失敗、スターリングラード戦敗北、北アフリカ戦線崩壊、ツィタデレ作戦中止、イタリアの枢軸側脱落、オークニー諸島沖における海軍の大敗と連戦連敗を続け、徐々にドイツが追いつめられるにつれ、再びヒトラー排除の機運が高まった。
そうした中、7月20日、ついに作戦は決行される。
作戦名は「ワルキューレ」。
作戦はまず、
爆弾の爆薬はドイツ製だが、起爆装置は鹵獲したイギリス製の物を使用している。これは起動すると、スプリングが安全装置を締め付ける。これで起動準備は完了だ。それを内蔵した硫酸が徐々にスプリングを溶かしていく。約10分後、溶けたスプリングが弾け飛び安全装置を解除、爆弾が起爆すると言うシステムだった。
傷病兵は親衛隊によるボディーチェックを免除される慣習があり、シュタウフェンベルクならば、総統のすぐそばまで爆弾を持ち込む事が出来る。
爆弾設置の後、シュタウフェンベルクは適当な理由を付けて退出する。
爆弾の起爆を確認した後、シュタウフェンベルクは飛行機で
同時にベルリンでは国内予備軍を動員し、重要拠点の制圧を行い、もってクーデターを完成させる。
国内予備軍司令官のフロム上級大将は「黒いオーケストラ」のメンバーではないが、心理的にはクーデター派に同調してくれている。事を起こした際には協力してくれるか、少なくとも局外中立の立場で黙認してくれるだろう。
総統暗殺で政権派が混乱している隙に、速やかにクーデターを実行する。
ナチスの支配を排除した後、「黒いオーケストラ」メンバーが政権中枢を担い、連合軍との講和に臨む、と言うのが一連の構想だった。
飛行機を降り立ったシュタウフェンベルクの下に、数名の同士が駆け寄ってくる。
彼等は、片腕が使えないシュタウフェンベルクから手荷物を受け取ると尋ねた。
「首尾は?」
「上々だ、ヒトラーは死んだ」
シュタウフェンベルクの言葉に、一同から感嘆の声が上がる。
我が事成れり。
これで、この国を変える事が出来る。
明るい未来が見えて来た。
誰もが希望に胸を膨らませていた。
「ただちに、政権奪取の為の行動を開始する。我等の手で、この国を救うのだ」
「ハッ」
そう言うと、シュタウフェンベルクは歩き出した。
自分達が目指す、未来に向けて。
第74話「黒いオーケストラ」 終わり