蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第76話「復讐するは我にあり」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 泣きじゃくるシャルンホルストを優しく抱きしめ、頭を撫でてやる。

 

 余程怖かったのだろう。尚も、シャルンホルストは、エアルの胸の中でしゃくりあげている。

 

 ふと、

 

 そこでシャルンホルストは、自分がいかに恥ずかしい格好をしているかに思い至り、顔を赤くする。

 

 パンツ丸見えの上、そのパンツもおもらしのせいで濡れている。しかも、お尻の下には、おもらしによる水たまりが出来ている。

 

 恋人に見せる姿としては、軽く死にたいレベルで恥ずかしかった。

 

「お、おにーさん、今、ボク、その、汚いから・・・・・・」

「そんな事無いよ」

 

 言いながらエアルは、軍服のジャケットを脱ぎ、シャルンホルストの肩にかけてやる。

 

「シャルが汚い事なんて無い」

 

 そう言ってほほ笑むエアル。

 

 その笑顔に、またもシャルンホルストは泣き出してしまった。

 

 ひとしきり泣いて、ようやく落ち着いた頃、泣き腫らした目でシャルンホルストはエアルを見た。

 

「そう言えば、おにーさん。どうしてここが判ったの?」

「ティルピッツが教えてくれたんだ。彼女と途中で合流できてね」

 

 実は狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)における爆破テロの一報を受け、海軍本部では動ける兵士を動員して、野戦部隊の編成を行い、エアルもその指揮を委ねられた。

 

 特に、シャルンホルストとティルピッツが行方不明になったと、プリンツ・オイゲンから聞いたエアルは、彼女たちが何らかの事態に巻き込まれた可能性があると判断し、指揮下の部隊と共に、この区画を重点的に警戒していたのである。

 

 ちょうどそこへ、シャルンホルストのおかげで脱出に成功したティルピッツと合流。シャルンホルストの監禁場所を特定すると、部隊と共に強襲した訳である。

 

「ティルはッ!? ティルは無事なのッ!?」

「大丈夫だよ。今は保護して、オイゲン達と一緒にいる」

 

 その言葉に、シャルンホルストはホッとした。

 

 同時に、ティルピッツのおかげで助かったと知り、言いようのない安堵が芽生えて来た。

 

「ティルに、会いたい。会って、お礼言わないと」

「ここから出たら、すぐに会えるよ」

 

 そう言った時だった。

 

 背後で、這いずるような音がする。

 

 とっさに、シャルンホルストを背にかばいながら振りかえり、銃を構えるエアル。

 

 そこには先程、シャルンホルストを強姦しようとして、エアルに撃たれた男が、床を這いずりながら、どうにか出口に向かって逃げようとした。

 

「イダイ・・・イダイ・・・イダイよォ・・・・・・」

 

 大の男が顔を涙と鼻水でべちょべちょにし、血まみれで床に這いつくばっている。しかも下半身丸出しとくれば、これ程、見苦しい絵面は他に無いだろう。

 

「・・・・・・まだ、生きてたか」

 

 まあ、急所を外しているので、すぐには死にはしないだろう。

 

 シャルンホルストを傷付けようとした相手である。許す気は無いのだが。

 

 とどめを刺そうと、銃を構え直した。

 

 その時、

 

 扉が開き、誰かが入ってくる。

 

 その姿を見て、エアルは思わず呻いた。

 

「オスカー・・・・・・・・・・・・」

 

 ティルピッツから事情は聴いていたのだが、正直、信じられなかった。

 

 しかし今、現実にオスカー・バニッシュが目の前にいる。

 

 その姿が、オスカーがクーデター派に加担している事を、如実に物語っていた。

 

 そんなオスカーの姿を見て、這いずっていた兵士が歓喜と共に縋り付く

 

「准将ッ 准将、よく来てくださいました!! さあ、奴等に正義の鉄槌をお願いします!!」

 

 男は下卑た笑みを浮かべてエアル達を振り返って来た。

 

「ハハハハハハハッ テメェ等、もう終わりだよ!! この俺をコケにした事、後悔しながら死にやがれ!!」

 

 聞くに堪えない罵声を叫びながら、オスカーに向き直った。

 

「さあ、准将!! 早く!!」

 

 対して、オスカーは振り返らない。

 

「2度は無い。そう、言ったはずだな」

「・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 呆ける男。

 

 次の瞬間、電光石火でワルサーを抜くと、振り返らずに銃口を向ける。

 

 男は、最後まで何が起こっているのか、理解できなかった。

 

 鳴り響く銃声。

 

 弾丸は男の眉間を貫き、一瞬で絶命させた。

 

「やれやれ」

 

 銃口から煙を吐き出すワルサーを下ろしながら、嘆息するオスカー。

 

「こんなクズを使わなければならん当たり、シュタウフェンベルク達の計画も多寡が知れているな」

 

 ごみを見るような目で死体を見下ろしてから、オスカーは向き直った。

 

 対して、

 

 エアルはシャルンホルストを背にかばいながら、銃口は油断なく向けている。

 

 そんな親友の様子に、オスカーは苦笑した。

 

「おいおい、そんな物騒な物下ろせよ。別に、お前らにはどうもしないさ」

「オスカー・・・・・・」

 

 いつも通りのフランクな口調。

 

 だからこそ、エアルには言いようのない不安が募る。

 

「ただ、少しの間だけ、大人しくしといてもらいたいんだよ。俺達の作戦が終わるまで、な」

「作戦?」

 

 訝るエアルに、オスカーはニヤリと笑った。

 

「そうだ。この国を変える・・・・・・いや、救う為の作戦だ。そして、それは間も無く完了するだろう。それまでどうか、大人しくしていてくれ」

「聞くと思う、そんな話?」

 

 反乱行為を黙認する気はない。

 

 エアルは言葉に強い思いを込めて言い放った。

 

 相手がオスカーだから、親友だからこそ、自身の意志は明確に伝えた。曖昧な態度は、自分にとっても、何よりシャルンホルストにとってもマイナスにしかならないだろう。

 

 対して、オスカーはそんなエアルに、自嘲的な笑みを見せる。

 

「なら、どうする? 俺を撃つか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「言っておくが、俺はやめる気はないぞ。俺は俺の意志でもって、この作戦に加わっている。今更、止められんさ」

 

 俺を止めたいなら、殺してでも止めてみろ。

 

 そう言外に告げるオスカーに、エアルは黙する事しかできない。

 

 事実、今こうしている間にも葛藤が続く。

 

 果たして、オスカーが自分に銃を向けた時、自分は引き金を引けるのか? 親友を撃つ事が出来るのか?

 

 そんなエアルの迷いを見透かしたように、オスカーは続けた。

 

「なあ、エアル。お前はドイツが、このまま滅びても良いとでも思っているのか?」

「そんな事、ある筈が・・・・・・」

「いや、ある」

 

 エアルの言葉を、オスカーは遮る。

 

「このまま行けば、この国は何れ滅びるだろう。今、手を打たないとな」

「それは・・・・・・」

「そもそも、この国を誰が、こんな風にした? 戦場で多くの兵士や艦娘が無為に倒れたのは誰のせいだ? 作戦が悉く失敗したのは誰のせいだ? ここまで無様な戦況になったのは誰のせいだ? 主力艦隊が壊滅したのは誰のせいだ?」

 

 天を仰ぐ、オスカー。

 

 そして、

 

「ゼナが死んだのは、誰のせいだ?」

「ッ」

 

 背後で、シャルンホルスト息をのむのを感じる。

 

 構わず、オスカーは続けた。

 

「誰が、ゼナを殺した?」

「オスカー・・・・・・」

「俺か? お前か? それともイギリス軍の奴等か?」

 

 言いながら、オスカーが徐々に熱を帯び始める。

 

「違うだろ。ゼナが死んだのは、あいつが死ななければならなかったのは、全部、ヒトラーと、その側近共が、ろくでもない作戦を強要したからだ!!」

 

 ヒトラーは一代の英雄だ。

 

 彼がいなければ、ドイツは第1次大戦後の苦境にあえぎ、衰退の一途を辿った事だろう。

 

 彼がいたからこそ、ドイツの景気は黒字好転し、軍備増強、失業者ゼロ、領土拡大を実現できた。

 

 しかし、戦争指導と言う面からみて、ヒトラーは素人以下を通り越して害悪以外の何物でもなかった。

 

 その素人以下のヒトラーがいたずらに作戦に口出しした結果が、今のドイツの苦境だった。

 

「だから変える。死んでいったゼナの為にも、この国を変えるんだよ」

「だからって・・・・・・ゼナは、こんな事望んじゃいないよ!!」

 

 堪らず、シャルンホルストが口を開いた。

 

 オスカーがゼナの死を理由にしているなら、これ程の侮辱は無い。

 

 あるいは、ゼナの死を理由に、オスカーがこんな事を始めたのならば、ゼナの姉である自分が止めなければ。そう思った。

 

 対して、

 

「だろうな。あいつは、そんな馬鹿な女じゃない。そんな事は、俺にだってわかっている」

 

 オスカーは、あっさりと肯定して見せた。

 

「だが、あいつの死を無駄にしない為に、俺が出来る事をする。そう決めたんだ」

「それが、クーデターだって言うの? 馬鹿げてる」

 

 吐き捨てるエアル。

 

 対して、オスカーは肩を竦める。

 

「判ってもらおうとは思ってないさ。自分らが正しいとも、な」

 

 言ってから、鋭く目を細めてエアル達を睨む。

 

「だが、もう止められんさ。全ては動き出したんだ」

「どういう事だ?」

 

 訝るエアルに、口の端を釣り上げて笑みを浮かべるオスカー。

 

「ヒトラーは死んだ。後は、混乱に乗じて、残りの幹部を逮捕し、政権交代を実現すれば、作戦は完了だ」

 

 勝ち誇るオスカー。

 

 対して、

 

「総統閣下が・・・・・・・・・・・・そうか」

 

 エアルは、笑みを浮かべるオスカーに嘆息して見せると、ややあって、顔を上げた。

 

「まだ、そっちには報告が行ってないんだね。俺も、ここに来る途中で伝令から聞いたし」

「何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総統閣下は生きてるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・何だと?」

 

 エアルの言葉を聞いて、動きを止めるオスカー。

 

 対して、エアルは念を押すように、もう一度告げる。

 

「総統閣下は生きてる。死んでないよ」

「馬鹿な。俺の仲間が、仕掛けた爆弾が爆発するのを確認した。総統が死んだのは間違いない」

 

 嘲るような声で、オスカーは言った。

 

 何も知らないエアルを憐れむような口調のオスカー。

 

 対して、エアルは、殊更に淡々とした口調で告げた。

 

「そう、爆弾は確かに爆発した。けど、閣下は死ななかったんだ」

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 話は、爆発直後の狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)まで巻き戻る。

 

 急な会議時間変更により、遅れて到着したウォルフ・アレイザー。

 

 彼が見た物は、半ば廃墟と化した会議棟の姿だった。

 

 ガラスと言うガラスは吹き飛ばされ、もうもうと煙が立ち込め、視界が全く効かなくなっている。

 

 一部からは、炎も上がっている。

 

 中にいる人間の安否すら、確認できない有様だった。

 

「総統閣下ッ」

 

 中に駆け入ろうとした時だった。

 

「こ、これは何事だッ!?」

 

 狼狽した声に振り返るウォルフ。

 

 その視線の先には、ウォルフ自身も見知った人物が、焦った調子で走ってくるのが見えた。

 

「ゲーリング閣下!!」

 

 空軍総司令官ヘルムート・ゲーリングも、この日、会議に遅れて来た人間の1人だった。

 

 ゲーリングの方でもウォルフの姿に気付き駆け寄って来た。

 

「アレイザー大将ッ これはいったい何事だッ!?」

「判りません。私が来た時にはもう、この有様で・・・・・・」

 

 言っている間に、会議棟の中からちらほらと人影が現れるのが見えた。

 

 自力で歩いて出て来る者もいれば、誰かの肩を借りながら出て来る者もいる。

 

 しかし、最も安否が気遣われる人物の姿は、一向に見えなかった。

 

「ともかく、総統閣下を探しましょう!!」

「う、うむッ」

 

 頷くと、会議棟に踏み入れる、ウォルフとゲーリング。

 

 今でこそ政治家としての活動が多いゲーリングだが、元は第1次大戦の頃、空軍のエースパイロットとして鳴らした生粋の軍人であり、前線で血の匂いを嗅いだ事もある。土壇場では肝が据わっていた。

 

 揃って、中へと踏み入るウォルフ達。

 

 その間にも、会議の出席者らしい者達が出て来る。

 

「おい、閣下は・・・・・・総統閣下はどうされたッ!?」

「わ、分かりません。とにかく、凄まじい爆発で・・・・・・」

 

 出て来る者に尋ねるも、返答は芳しくない。

 

 焦る思いを抱いたまま、中へと進む。

 

「閣下!!」

「総統閣下!! お返事を!!」

 

 叫び声を上げながら、ウォルフとゲーリングは進んでいく。

 

 中はひどい有様だった。

 

 床には建材が瓦礫となって散らばり、壁の一部も吹き飛ばされている。

 

 どうにか会議室の場所を探り当て中へと入るが、部屋の中は立ち込める煙で、殆ど視界が利かない状態だった。

 

 そんな中で、床に何人か倒れており、微かな呻き声も聞こえる。

 

 だが、それらの顔を確認しても、目指す人物に行き当たらない。

 

「総統閣下ッ お返事ください!!」

 

 周囲に向かって叫ぶも、返事は無い。

 

 焦慮に駆られる。

 

 もしや、もう・・・・・・・・・・・・

 

 そう思った。

 

 その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・ウォルフ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微かに聞こえた声に、振り返る。

 

「閣下?」

「ウォルフ・・・・・・ウォルフか? 余は、ここだ」

 

 今度は、はっきりと聞こえた。

 

「総統閣下!!」

 

 駆け寄って、瓦礫に手を駆ける。

 

 巨大な木の板は、恐らく作戦会議の時に使う大テーブルの天板だろう。

 

 ヒトラーの声は、その下から聞こえていた。

 

 駆け付けたゲーリングと力を合わせ、巨大な天板を持ち上げてどかす。

 

 果たして、

 

 その下に、ヒトラーはいた。

 

 しかも、見たところ、殆ど傷らしい傷を負った様子も無い。

 

 と言うよりも、ほぼ無傷に近かった。

 

「おお、閣下、よくぞご無事で!!」

 

 感動のあまり、泣き出しそうになるゲーリング。

 

 だが、再会の感動は後回しにしなくてはならない。

 

「ともかく、閣下を安全な場所へ!!」

「うむッ」

 

 グズグズしていては、ここも崩れるかもしれない。

 

 2人は左右からヒトラーの肩を支えると、瓦礫をかき分けて、崩れ去ろうとする会議棟を急いで脱出するのだった。

 

 

 

 

 

 なぜ、ヒトラーは生きていたのか?

 

 それは、いくつもの偶然が重なった結果だった。

 

 当初、シュタウフェンベルク達の計画では、爆弾を2つ使用する筈だった。

 

 しかし、ベルリンから到着したシュタウフェンベルクは、到着後すぐに、会議が30分早まった事を知った。

 

 当初は控室で待機中、確実に爆弾を起動させる予定だったが、時間が早まった事で、その余裕がなくなってしまった。

 

 そこで、着替えを理由に1室借りて、そこで副官と共に爆弾を起動させる事にした。

 

 だが、

 

 どうにか1個目の爆弾を起動させ、2個目の起動準備に取り掛かろうとした時、アクシデントは起きた。

 

 丁度その時、ベルリンで待機している同志の1人からシュタウフェンベルク宛に電話がかかって来ており、その事を伝えに来た兵士が突然、扉を開いて部屋の中に入って来たのだ。

 

 慌てたシュタウフェンベルクは、起動した爆弾のみをとっさに自分のカバンに放り込み、未起動の爆弾は副官のカバンに入れてしまった。

 

 これがまずかった。

 

 この時、未起動の爆弾も一緒のカバンに入れておけば、一方の爆弾が爆発した時、もう一方の爆弾も誘爆し、その相乗効果によって会議室にいる全員を確殺できただろうと言われている。

 

 ともかく、シュタウフェンベルクは起動済みの爆弾のみを持って会議室へと向かった。

 

 しかしそこで、会議の場所がいつもの地下壕から、地上階の会議棟に変更された事を知った。

 

 まずい状況だった。

 

 密閉された地下なら、爆風が壁に当たって乱反射し、威力の相乗効果を高める事が出来るのだが、窓がある会議棟では、爆風が窓から逃げて威力が減殺されてしまう。

 

 そこでシュタウフェンベルクは、可能な限りヒトラーに近付く事にした。

 

 さりげない動作で、会議室の中を移動する。

 

 シュタウフェンベルクが立ったのは、ヒトラーの2人分隣の場所だった。

 

 足元へ爆弾の入ったカバンをそっと置く。そこは、爆弾が起爆すれば、爆風がヒトラーを直撃する場所だった。

 

 そしてシュタウフェンベルク自身は、電話を掛ける事を理由に会議棟を離れた。

 

 程なく彼方で爆発音がしたのを確認し、シュタウフェンベルク達は機上の人となったのだった。

 

 シュタウフェンベルクが作戦成功を確信しても無理からぬことだろう。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 実は、シュタウフェンベルクが去った後、足元に置かれている爆弾入りのかばんを邪魔に思った幕僚の1人が、テーブルの奥へ押し込んでしまったのだ。

 

 これにより、爆弾とヒトラーの間には、テーブルの頑丈な脚部が入ってしまい、爆風はヒトラーを直撃しなかった。

 

 更に、いざ爆発すると、テーブルが爆風によって跳ね上げられて横倒しになり、ヒトラーの前に頑丈な壁を作ってしまった

 

 以上の事が、どれか1つでも欠けていたら、あるいはヒトラーの暗殺は成っていたかもしれない。

 

 しかし、いずれにせよヒトラーは生き残った。

 

 それは同時に、ワルキューレ作戦が根底から失敗した事を意味していた。

 

 

 

 

 

 ヒトラーを別棟に運び、SS隊員に周囲を警戒させる。

 

 慌てて駆け付けた医者に診断と治療をさせた後、熱いコーヒーを飲む頃には、ようやく落ち着きを取り戻していた。

 

 幸い、ヒトラーは軽傷で、若干の打撲とやけどの他は、鼓膜が少し傷付いただけであり、いずれも自然治癒が見込めるレベルだった。

 

「閣下」

 

 落ち着いたところで、ウォルフは話しかけた。

 

「ご心労のところ恐縮ではありますが、いくつか質問させてください。いったい、何があったのですか?」

「うむ・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるウォルフに、ヒトラーは手にしたカップを置いて向き直った。

 

「と、言っても、余も判っている事は少ない。会議中に突然、爆発が起こった。知っている事と言えば、それくらいだ」

 

 当事者であるほど、持っている情報は少ない物。

 

 ましてヒトラーは、訳の分からないうちに吹き飛ばされたのだ。事情を知らぬのも、無理からぬ事だった。

 

「逆に聞きたいのだが、これは敵の攻撃か?」

「いえ、それは無いと思います」

 

 ヒトラーの言葉に、ウォルフは即座に否定を返す。

 

 もし、敵の攻撃ならば、被害はもっと大きなものになっていた筈。しかし、会議棟以外、爆破された建物は無い。

 

 事故、と言う線も薄い。何らかの施工ミスで爆発が起こったにしては、あまりにも被害が大きすぎる。

 

 となると、答えは自ずと限られてくる。

 

「恐らく、閣下の御命を狙ったテロ、と見るべきかと」

「・・・・・・・・・・・・何と言う事だ」

 

 嘆息するヒトラー。

 

 ヒトラー自身、自分が命を狙われる可能性は十分に理解しているし、実際、過去に何度か暗殺されかかった事もある。

 

 しかし、これ程危うい状況は初めてだった。

 

「もしや、建設に携わった労働者共の仕業か?」

 

 ゲーリングが思いつきを口にする。

 

 この狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)の建設には、捕虜などの強制労働者を多数、動員している。

 

 殆ど、無賃金で長時間労働させた彼等は当然、ヒトラーの事を恨んでいるだろう。動機はあるわけだが。

 

 しかし、

 

「果たして、そうでしょうか?」

 

 ウォルフは首を傾げる。

 

 労働者たちは厳重に監視されており、爆弾の類を持ち込めたとは思えない。加えて、今日の会議が30分繰り上がり、尚且つ、会議棟で行う事は急遽決まった事だ。事前の準備無しにできるとは思えなかった。

 

 ウォルフは考える。

 

 何かを忘れている気がしたのだ。

 

 今朝、ベルリンを発ってから、爆発現場にたどり着くまでに感じた違和感。

 

 自身の行動を、頭の中で思い出しながら順に追ってみる。

 

 答えは記憶の中にある。

 

 そう感じて、思考を進める。

 

 やがて、

 

 思考が、狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)到着後のあたりまで差し掛かった時、違和感の正体に思い至った。

 

「・・・・・・・・・・・・シュタウフェンベルク大佐」

「何?」

 

 ウォルフはヒトラーに向き直った。

 

「国内予備軍参謀長の、クライス・フォン・シュタウフェンベルク大佐の行動について、何か心当たりはありませんか?」

「シュタウフェンベルクは、余が会議に出席するように命じた」

 

 ウォルフの質問に、ヒトラーは答えた。

 

「西部戦線に投入する新師団編成の報告をさせる為に呼んだのだが、それがどうかしたのか?」

「実は・・・・・・・・・・・・」

 

 ウォルフは経緯を説明した。

 

 会議棟に向かう途中、シュタウフェンベルクが乗った車とすれ違った事。

 

 それが、会議棟とは逆の方向に走っていた事。

 

「時間的に考えて、会議の最中だったはず。それなのに、シュタウフェンベルク大佐が別の方向に向かうのは不自然です」

「いや、しかし、シュタウフェンベルク大佐は傷病兵だぞ。そんな人物が、暗殺などと言う大それた事を実行するだろうか?」

 

 首を傾げるゲーリング。

 

 ヒトラーも、その言葉にうなずいた。

 

「余も、ゲーリングと同意見だ。ウォルフ、そなたの考え違いではないのか?」

「逆に、傷病兵だから、と言う事もあります」

 

 傷病兵なら、狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)に入る際のボディー・チェック、手荷物チェックを免除される。

 

 つまり、シュタウフェンベルクなら、爆弾を持ち込めるという事だ。

 

 しかし、尚も半信半疑のヒトラーとゲーリング。

 

 その時、SS隊員が室内に入室して来た。

 

「お話し中、失礼いたします。実は今回の件で、証言したい事があると言う者が来ております」

 

 ウォルフとゲーリングは顔を見合わせる。

 

 暗殺未遂の直後である。ヒトラーの前に、無警戒に人を入れるのは憚られる。

 

 追い返そうか、と思った。

 

 だが、ウォルフが口を開く前に、ヒトラーが制した。

 

「構わぬ、通せ」

「閣下、宜しいので?」

 

 尋ねるウォルフに、ヒトラーは頷く。

 

「今は少しでも情報が欲しい」

 

 ややあって、入室を許可されたのは、若いSS隊員だった。その手には、何やらカバンを持っている。

 

「実は、騒ぎの少し前、シュタウフェンベルク大佐を私の車に乗せたのです」

 

 そのSS隊員は、狼の巣(ヴォルフス・シャンツェ)内における、移動車両の運転を担当していたという。

 

 今日は、シュタウフェンベルク大佐と、その副官を乗せたのだと言うが。

 

 つまり、この隊員はウォルフが見た車の運転手だった訳だ。

 

「その途中で大佐が、このカバンを森の中に捨てられていたのが気になり、戻る途中に拾ってきました」

「見せろ」

 

 ウォルフはカバンを受け取ると、ロックを外して中を取り出していく。

 

 カバンの中身は、着替え、書類、筆記用具、その他の日用品。

 

 別段、当たり障りのないもののように思える。

 

 しかし、

 

「ッ!?」

 

 最後に出て来た物を見て、思わずウォルフは息をのんだ。

 

 それを両手でしっかり掴むと、慎重な手つきで取り出し机の上に置く。

 

 問題ない事を確認すると、ゆっくりとヒトラーに向き直った。

 

「・・・・・・・・・・・・爆弾です。間違いありません」

「何ッ!?」

 

 思わず、室内に緊張が走る。

 

「大丈夫です。起動はしていないようです」

 

 言ってから、SS隊員へ向き直る。

 

「すぐに処理班を呼べ」

「ハッ」

 

 慌てて出て行くSS隊員を見送ると、ヒトラーに向き直った。

 

「閣下、最早、疑うべくも無いかと」

 

 全ての証拠は揃っている。

 

 犯行は明らかだった。

 

「閣下」

 

 見れば、ゲーリングもヒトラーに視線を向けている。

 

 彼の目から見ても、シュタウフェンベルクの犯行である事は明白だった。

 

 ややあって、ヒトラーは顔を上げた。

 

「あい分かった」

 

 どこか、怒気を押し殺したような、殊更に低い声。

 

 周囲の空気が、一気に下がったような気がした。

 

「直ちにシュタウフェンベルクを逮捕、拘禁、その背後にいる反乱分子共を全て炙り出せ!!」

 

 

 

 

 

第76話「復讐するは我にあり」      終わり

 

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