1
『ドイツ巡洋戦艦「シャルンホルスト」北上す』
その報告は、G部隊指揮官のハーウッド准将の元へも、直ちに届けられた。
ハーウッドは既に、自身の率いるG部隊をウルグアイ沖へと展開。「シャルンホルスト」を待ち構える体制を整えていた。
G部隊は現在、ウルグアイに河口がある南米の大河、ラプラタ川の沖合に展開。進路を南に向けている。
北上中の「シャルンホルスト」捕捉の為である。
「エイジャックス」艦橋に立つハーウッドには、勝算があった。
相手は巡洋戦艦1隻。
対してG部隊は戦艦1、重巡洋艦1、軽巡洋艦2。
火力は明らかにイギリス海軍が上。戦いとなれば、確実に勝てるはずだった。
加えて、地の利もG部隊に味方している。
ウルグアイは中立国だが、どちらかと言えばイギリス寄りの政策を行っている。つまり、「シャルンホルスト」はG部隊から逃げる為に、手近な港に避難する、と言う手段も取れないのだ。
ハーウッドは、自身の旗艦「エイジャックス」の右後方を航行する「ラミリーズ」へ目を向ける。
「ラミリーズ」の砲撃力をもってすれば、確実に「シャルンホルスト」に撃ち勝てる筈。
ただ1つ、ハーウッドにとって懸念材料があるとすれば、「ラミリーズ」のスピードだった。
「ラミリーズ」を含むR級戦艦は元々、最高速度が23ノットと言う低速艦だったが、その後、装甲を強化する改装を施された結果、ただでさえ低速だったのが、更に21ノットにまで低下してしまっている。
その為、味方であるイギリス艦隊の中でさえ、R級戦艦を「お荷物」と見る傾向すらあった。
ハーウッドとしても当初は、高速の巡洋戦艦「フッド」か、レナウン巡洋戦艦2隻のうちのどれかを参戦希望ていた。これらの巡洋戦艦は強力で、かつ高い火力を備えている。「シャルンホルスト」の機動性にも追随できるはずだと思ったからだ。
しかし生憎と、どの艦も出払っている為、諦めざるを得なかった。
とは言え、「ラミリーズ」の火力がありがたいのは事実である。
その時だった。
参謀長と話していたエイジャックスが、報告を受けてハーウッドへ振り返る。
「提督、本艦進路0度上に、接近する大型の艦影を確認。恐らく、『シャルンホルスト』と思われます!!」
「よしッ」
頷くハーウッド。
敵は罠に掛かった。後は仕留めるだけである。
「総員戦闘配置!!」
高らかに命じるハーウッド。
機関の出力が上がり、唸りを上げる。
速力を増し、艦首から水しぶきを上げる「エイジャックス」。
砲塔が旋回し、間もなく現れるであろう敵艦を睨み据える。
その勇ましい様は、正に
2
1939年12月13日午後5時。
両軍はついに、激突の時を迎えた。。
味方との合流を目指し、北上するドイツ巡洋戦艦「シャルンホルスト」。
対して、ハーウッド准将率いるイギリス海軍G部隊は、二手に分かれて「シャルンホルスト」を挟み撃ちする構えを見せる。
ハーウッド自身は軽巡洋艦「エイジャックス」「アキリーズ」、重巡洋艦「エクゼター」を率い、高速で「シャルンホルスト」の後方に回り込む一方、低速だが攻防に優れる戦艦「ラミリーズ」は、そのまま真っすぐに南下してドイツ巡戦の頭を抑える。
「シャルンホルスト」がそのまま北上するなら、「ラミリーズ」が進路を抑えている隙に、背後から巡洋艦3隻が急襲。敵艦を包囲する一方、もし「シャルンホルスト」が反転して巡洋艦の方に向かってきたら、ハーウッドの本隊が拘束している間に、「ラミリーズ」が背後から叩き潰す手はずだった。
後の世に「ラプラタ沖海戦」の名称で呼ばれる事になる、独英海軍初の、本格的な激突が、ついに幕を開けた。
双眼鏡の先で、真っすぐに向かってくる「シャルンホルスト」を見据え、戦艦「ラミリーズ」艦橋のディランは舌なめずりをした。
視界の中では、ほっそりしたドイツ巡戦のシルエットが捉えられている。
「マヌケめ。彼我の力量さも判らず向かってくるか。ヒトラーの海軍は、海での戦い方も知らんらしい」
「全くですな」
「度し難いほどに愚かな奴らです」
「何、所詮は、あのチョビ髭の腰巾着共。我ら、栄光あるイギリス海軍の足元にも及ばぬような連中です」
ディランの取り巻きである幕僚たちが、口々の「シャルンホルスト」に対する侮蔑を露わにする。
口元に笑みを浮かべるディラン。
シャルンホルスト級巡洋戦艦の情報は当然、イギリス海軍も掴んでいる。
その主砲は28センチと小さく、攻撃力は低い。
まともに戦艦の相手など、到底できるはずもない。勿論、この自分が率いる「ラミリーズ」の相手をしようなど、100年早いと言う物。
「フッ ヒトラーに少し早いクリスマスプレゼントと行こうじゃないかッ あのチョビ髭伍長自慢の戦艦が沈む様を大いに宣伝してやろうッ 諸君、我々は凱旋英雄として祖国に帰還できるだろうさ」
ディランの言葉を受けて、大いに熱気を上げる「ラミリーズ」艦橋。
「ラミリーズ」は既に、主砲に対艦用の徹甲弾を装填し、砲戦開始の時を待っている。
間もなくだ。
間もなく戦闘が始まり、そして終わる。
あの薄汚いドイツ人どもの巡洋戦艦を撃沈し、自分達は英雄と称えられるのだ。
そして自分は、次期国王の座を確かなものとする。
現在、イギリス王室では、王位継承問題が勃発している。
次期国王に指名されていた第1王子が、重い病に倒れたのだ。
元々、第1王子は体が弱かったのだが、ここに来て重篤になりつつある。
順当にいけば、第2王子であるディランが王位継承権を継ぐ事になる。
しかし現国王には男子だけで9人もの王子が存在している。その中の幾人かが、ディランの王位継承について不穏な考えを示していると言う。
それら反対分子を抑え込むためには、実績が必要になる。それも、誰も文句の付けようがない、絶対的な戦果だ。
イギリス海軍で初めてナチスの巡洋戦艦と交戦し、これを撃沈したとなれば、戦果としてはこの上なく、誰も文句の付けようがない。
自分たちは勝つ。
勝って、英雄として本国へと帰還する。
まさに、王道。
自分以外の誰に、この偉業を成し遂げる事が出来ようか?
「頼むぞ、ラミリーズ」
「はい、殿下の御心のままに」
自信満々の主に、ラミリーズもまた、うるんだ瞳で見つめ返す。
一切合切、何も問題はなかった。
「敵戦艦接近!!」
見張り員からの報告に、笑みを深める。
「さあ、始めよう、諸君ッ!! そして、最高の栄誉を我らの手に!!」
意気揚々として腕を振り上げたディラン。
既に前部甲板のA、B砲塔は旋回を終え、接近してくる「シャルンホルスト」への照準を終えている。
装填されているのは当然、対艦攻撃用の徹甲弾。
重量870キロの砲弾が、必ずや卑怯者のナチス戦艦を撃ち抜いてくれる。
互いに接近する両者。
間も無く、射程内に入る。
次の瞬間、
「敵艦、進路変更!!」
「・・・・・・・・・・・・は?」
思わぬ事態に、ディランは間の抜けた声を上げた。
今まさに砲撃を開始しようとしていたところに飛び込んできた報告に、ディランは首を傾げる。
いったい、敵は何をしようとしているのか?
状況を確認すべく、双眼鏡を覗き込むディラン。
そこで、
「プッ」
失笑した。
彼の視界の先では、こちらに真っすぐに向かって来ていたドイツ戦艦が、左に大きく舵を切っている様子が見て取れた。
ちょうど、「ラミリーズ」に、右舷側を晒す形となっている。
「見ろ、皆の者、あの無様な姿をッ 奴は我々に恐れを成して逃げ出したぞ!!」
ディランの言葉を受けて、幕僚たちはゲラゲラと笑いだす。
確かに。
「シャルンホルスト」は今や、完全に「ラミリーズ」に対して背を向け、遁走する形となっていた。
「所詮は、ド三流のドイツ海軍よッ 我らの武威に恐れを成すとはなッ あんな奴等、この俺に掛かれば、この通り、戦わずに尻尾を巻いて逃げるしかない訳だ!!」
「流石でございます殿下ッ!!」
「まさに、殿下の御威光有ればこその勝利です!!」
「薄汚いナチスに、正義の鉄槌が下りましたな!!」
今や「ラミリーズ」の艦橋は、完全に戦勝気分に染まりつつあった。
自分達は勝った。
卑怯で薄汚いナチの巡戦は、自分達を恐れ、尻に帆掛けて無様にも逃げ出した。
今や勝利と栄光は自分達の物だ。
誰もが勝利を謳い上げる。
当然、その中にディランの姿もある。
これで次期王位に大きく近づいた。
自分は全てを手にする日も近いだろう。
だが、
熱狂に包まれる「ラミリーズ」艦橋にあって、ただ1人、副長のアルヴァンだけは喧騒には加わらずにいた。
ディラン達が騒いでいる脇で、冷静に双眼鏡を覗き続ける初老の副長。
だからこそ、だろう。
彼はイギリス艦隊の中で最も早く、「シャルンホルスト」の意図に気付いた。
「違います殿下!!」
副長の強い叫びが、ディラン達の喧騒に対し、したたかに水を浴びせた。
「奴は逃げているわけではありませんッ!! 奴は・・・・・・」
最後まで言い切る事を、アルヴァンはできなかった。
「取り舵いっぱいッ 進路2-2-0!! 回頭完了と同時に機関最大!!」
エアルの命令を受けて、操舵手が舵輪を左へと大きく回す。
基準排水量3万トンを超える艦体は、舵を切ってもなかなか曲がらず、暫く直進を続ける。
暫くすると艦首は左に振り始め、それと同時に航跡も大きくカーブを描く。
転舵前は北を目指して航行していた「シャルンホルスト」は、今や進路を西南西。つまり、ウルグアイの陸地方向に艦首を向ける。
更に機関出力を最大まで上げ、最高速度の31ノットを発揮する巡洋戦艦。
艦首に切り裂かれた海面が、飛沫となって後方に流れて行く。
同時に、今にも自分達を包囲しようとしていたイギリス艦隊もまた、視界の後方へと移動するのが見えた。
その様子を見て、エアルは帽子の下でニヤリと笑った。
「さて、これでひとまず、包囲網は崩れた訳だ」
「アハ、流石おにーさん、やるね」
笑みを浮かべるエアルに、傍らのシャルンホルストも、僅かに笑みを見せて頷きを返す。
ハーウッドは数の優勢を活かして「シャルンホルスト」を包囲する作戦を立てたが、エアルはその作戦を逆用する手を考えた。
北と南は既に押さえられている。
北に行けば、「ラミリーズ」に頭を抑えられている隙に、背後から巡洋艦に追いつかれる。
逆に南に行けば、数が多く快速の巡洋艦に足止めを喰らっている隙に、「ラミリーズ」に背後から襲われかねない。
手をこまねいていては包囲網が完成してしまう。
そこでエアルは、敢えて西に進路を取り、包囲網の解除を試みたのだ。
進路を西南西に取れば、敵艦隊の中で最も厄介な「ラミリーズ」から遠ざかる進路となる。
R級戦艦の速力が遅い事は有名である。「シャルンホルスト」の足なら、余裕で振り切る事が出来る筈。
これで、敵艦隊の包囲体制は崩れた。
更に、エアルの狙いはもう一つある。
全速航行する「シャルンホルスト」。
同時に主砲は左へ旋回。全砲門を、接近するG部隊本隊へと指向する。
現在、「シャルンホルスト」はG部隊本隊前方を、斜めに横切る進路を取っている。
つまり、
巡洋艦3隻に対し、「シャルンホルスト」は前火力を向ける事が可能となっているのだ。
チラッと、傍らのシャルンホルストに目をやる。
「シャル、お願い」
「うん、任せて」
巡戦少女は既に、静かに目を閉じて艦の制御に集中している。
自分達が勝てるかどうか。
それは、彼女の存在もまた大きかった。
「主砲、左砲戦ッ 目標、敵1番艦!!」
3連装3基9門の54・5口径28.3センチ砲が旋回を終え、G部隊本隊の先頭を走る重巡「エグゼター」へ砲門を向ける。
対して慌てて追いかけてくるイギリス艦隊が見える。
だが、
もう、遅い。
「撃ち方始め!!」
エアルの腕が、鋭く振り下ろす。
次の瞬間、
巡洋戦艦「シャルンホルスト」は、その生涯で初めて「敵艦」に向けて主砲を撃ち放った。
慌てたのは、戦場の北方に位置している「ラミリーズ」である。
敵は逃げていたわけではない。
それどころか、したたかに反撃する機会を伺っていたのだ。
視界の中で、G部隊本隊に対し砲門を開く「シャルンホルスト」の姿が見える。
「なッ 何を考えているのか、あのナチの巡戦はッ!!」
思わず声を上げるディラン。
その間にも「シャルンホルスト」は、「エクゼター」に対し、28.3センチ砲を撃ち放っている。
対して、G部隊本隊も反撃するが、砲弾は「シャルンホルスト」から遠く離れた場所に着弾して、虚しく水柱を上げるばかりだ。
距離が遠すぎる為、巡洋艦の主砲は弾道の安定を欠いているのだ。
「こっちも射撃開始だッ 早くしろ!!」
怒鳴りつけるディラン。
しかし、帰って来た答えは、芳しい物ではなかった。
「駄目ですッ 主砲の射程距離外ですッ 撃っても届きません!!」
「ラミリーズ」を含むR級戦艦は、完成初期から大規模な改装を受けた事がない為、主砲射程は完成当時の2万1000メートルのままだ。
現在、「シャルンホルスト」は「ラミリーズ」から急速に遠ざかるコースを取っており、主砲射程からは完全に外れてしまっている。
因みにシャルンホルスト級は砲弾が軽く、更に54・5口径と言う長砲身を採用した為、射程距離は4万メートル超と、同盟国である大日本帝国が建造中の新型戦艦(大和型)に匹敵する長射程を誇っている。「ラミリーズ」の倍である。
加えて、「ラミリーズ」の最高速度が21ノットに対し、「シャルンホルスト」の速力は31ノット。その差は10ノットであり、キロメートルに変換すれば18・5キロ差になる。
約20キロ近い速度差を覆す事など、できようはずもない。
「おのれ、卑怯なナチの戦艦めッ!!」
血走った目で「シャルンホルスト」を睨みながら、ディランは叫ぶ。
そこには、つい先ほどまで湛えていた余裕は一切見られない。
狼狽を隠そうともしていなかった。
「強い敵に正面からあたろうとせずッ 己より弱い者を狙うかッ この卑怯者めがァ!!」
誰にでもなく叫ぶディラン。
自分の思惑通りに動いてくれない「敵艦」に、苛立ちを隠そうともしない。
もっとも、
つい先ごろまで、自分たちよりも「格下」と思っていたドイツ巡戦を、圧倒的な火力で叩き潰そうとしていた事は、彼の中からきれいさっぱり消え失せている様子だった。
「とにかく追えよッ グズグズするな!!」
当たり散らすように怒鳴るディラン。
しかし、
高速巡洋戦艦と旧式低速戦艦との間には、絶望的とも言える、埋めようもない速度差が厳然として存在し続けるのだった。
3
鳴り響く轟音。
各砲塔から放たれた砲弾は3発。
各砲塔1番砲のみの射撃。
交互撃ち方で、素早く弾着を修正するのだ。
やがて、「シャルンホルスト」の放った砲弾は、イギリス艦隊の1番艦「エクゼター」の後方に落下、派手に水柱を突き上げた。
命中は無い。
初めから命中するとは、エアルも思っていない。
弾着修正を、どれだけ素早くできるかがカギだった。
「第2射、撃てッ!!」
命令と共に、2番砲が火を噴いた。
一方、
焦りを覚え始めていたのは、イギリス海軍の方だった。
包囲網が完成する前に「シャルンホルスト」に逃げられ、今また一方的な砲撃を受けている。
「こちらの主砲はどうしたッ!? まだ当たらないのかッ!?」
「駄目です。距離が遠すぎて、弾道が安定しません!!」
悲鳴交じりに問いかけるハーウッドに、砲術長から悲痛な返事が返る。
「シャルンホルスト」の最高速度は31ノット。
対してイギリス巡洋艦の最高速度は32ノット。
僅かにイギリス側が優速とは言え、その差は殆ど無きに等しい。
加速力の問題もあるので一概には言えないが、一度、逃げに転じた「シャルンホルスト」を補足する事は、イギリス巡洋艦と言えど困難だった。
それでも、先に「シャルンホルスト」が回頭している間に距離を詰めた為、両者の距離は当初よりも詰まっている。
ギリギリ射程距離内から射撃する3隻のイギリス巡洋艦。
しかし最大射程に近い砲撃は弾道が安定せず、「シャルンホルスト」から離れた海面を虚しく叩くのみだった。
水柱だけが虚しく突き上げられる。
対して、射程に余裕がある「シャルンホルスト」は、じっくりと腰を据える形で砲撃を行い、徐々にだが弾着を近付けてきているのが判る。
間もなく、G部隊も射撃開始できるはずだった。
再び盛り上がる海面。
吹き荒れる飛沫。
28.3センチ砲は戦艦としては小型であるが、巡洋艦にとっては、命中すれば致命傷になり得る。
加えて「シャルンホルスト」は装填時間も戦艦としては速く、18秒に一斉射が可能となっている。
まさに「巡洋艦キラー」とでも言うべき戦艦。ハーウッドにとっては最悪の相手だった。
「シャルンホルスト」が放った砲弾が海面に着弾する。
命中弾は無い。
だが、
「急げッ 次は当ててくるぞ!!」
ハーウッドの言葉に返事をするように、視界の彼方で「シャルンホルスト」は再び主砲を放った。
砲煙と共に、飛翔する「シャルンホルスト」の28センチ砲弾。
目標としたのはG部隊唯一の重巡である「エクセター」。
距離は既に1万8000を切っている。
弾道は低い山を描いて飛翔する。
そして次の瞬間、
砲弾は、全速航行する「エクセター」を、右舷前方から捉えた。
重巡の甲板の上に踊る爆炎。
命中弾は2発。
1発は砲門を「シャルンホルスト」に向けたままの第1砲塔を正面から捉え、これをボール箱のように前後から叩き潰した。
更にもう1発は、艦橋を正面から捉えた。
戦艦としては小口径とは言え、28センチ砲弾が着弾した際の衝撃は半端な物ではない。
「エクセター」は艦長以下、殆どの幹部が吹き飛ばされて戦死。
更に、1番砲塔に命中した1発は、砲塔を大破させたのみならず、装填され発射の時を待っていた20センチ砲弾を誘爆させた。
弾道が低かった事もあり、幸いにして弾薬庫への誘爆は免れたものの砲塔は全損。更に、その衝撃で、第2砲塔にも不具合が生じる。
「エクセター」の前部主砲は、完全に沈黙を余儀なくされていた。
「敵巡洋艦爆発ッ 落伍します!!」
歓喜に満ちた見張り員の報告通り、28センチ砲弾の直撃を受けた「エクセター」が、速度を落として隊列から離れて行くのが見える。
撃沈に追い込めたかどうかは微妙なところだが、少なくとも、この戦いにおいて「エクセター」が脅威でなくなったのは確かだった。
その時だった。
「エクセター」が隊列から離れた直後、残り2隻の軽巡洋艦が射撃を開始した。
前部2基、合計で8門の主砲を放つ「エイジャックス」と「アキリーズ」。
だが、ほぼ最大射程に近い軽巡の主砲では、明らかに弾道が安定していない。
放たれる15・2センチ砲弾は、全て「シャルンホルスト」から離れた場所に落下して、虚しく水柱を突き立てる。
「目標変更ッ 敵2番艦!!」
対して、エアルは落ち着いた調子で告げる。
命令に従い、旋回し次の目標へ狙いを定める「シャルンホルスト」。
エアルは知らない事だが、それはハーウッドの旗艦「エイジャックス」だった。
「砲術長、慌てる必要はないですよ。こっちは戦艦だし。巡洋艦の主砲なら、多少食らったところで持ちこたえられるはず。落ち着いて狙って」
命令を告げながら、傍らの少女に目をやるエアル。
シャルンホルストは静かに目を閉じ、艦の制御に集中している。
現在、この巨大な巡洋戦艦と、そこ乗り組むマルシャル、エアル以下、全乗組員の命運は、この小さな少女の双肩にかかっているのだ。
眦を上げるエアル。
次の瞬間、
「撃てェッ!!」
放たれる9発の砲弾。
そのうちの1発が、「エイジャックス」を捉えた。
轟音と共に感じる衝撃は、思わず艦橋にいた全員が転倒するほどであった。
艦長や幕僚たち、当のエイジャックス本人すら、艦橋の床に投げ出されていた。
ただ1人、ハーウッドだけは羅針盤に掴まり、辛うじてバランスを保っていた。
「エクセター」を脱落させた「シャルンホルスト」は、驚くべき速さで照準を修正し、初弾で「エイジャックス」に命中弾を与えたのだ。
「そ、損害報告!!」
「右舷に命中ッ 高角砲1基損傷!!」
損害は大したことではない。戦艦との砲戦で、高角砲にできる事は少ない。接近すれば主砲と共に砲撃に加える事も出来るが、現在の砲戦距離では、それも不可能だった。しかし、「エイジャックス」が先に命中弾を喰らってしまったのは事実だった。
このままでは押し込まれるのは確実だった。
「エイジャックス、まだ、行けるか?」
「も、勿論ですッ」
問いかけるハーウッドに、エイジャックスは苦しそうにしながらも気丈に答える。
艦体が受けたダメージは、そのまま艦娘にフィードバックする。
エイジャックスは今、「エイジャックス」が受けた損害を「痛み」として受けているのだ。
だが、まだ諦めるのは早い。
命中弾を受けたのは確かだが、まだ主砲は全門健在であり、機関も損傷を受けていない。
「シャルンホルスト」の主砲が、戦艦としては小口径な事が功を奏していた。軽巡洋艦「エイジャックス」の戦闘力には、聊かの陰りも無かった。
何より、
自分達は誇りあるロイヤル・ネイヴィーの末裔。ヨーロッパ最強の自分達が、3流海軍のドイツ巡戦如きに敗れるなど、あってはならない事だった。
「『ラミリーズ』は何をやっているのですか!? こっちがこんなに苦戦しているのに・・・・・・」
「スピードが遅くて追いつけないんだろッ」
憤るエイジャックスに、ハーウッドは吐き捨てるように告げた。
一方その頃、「ラミリーズ」では、
「まだ追いつけないのかッ!?」
「は、はいッ それどころか、どんどん引き離されて・・・・・・」
ディランの思惑と裏腹に、完全に戦場で置いてけぼりを喰らった形になってしまっていた。
実際、ハーウッドはいら立っている。
2隻の戦艦たち。
予想外の動きで自分達を翻弄し、あまつさえ「エクセター」を脱落させた「シャルンホルスト」。
そして鈍足故に、独活の大木よろしく役に立たない、味方の「ラミリーズ」に。
こっちは
「せめて・・・・・・せめて『フッド』か、レナウン級がいれば・・・・・・・・・・・・」
知らずのうちに、愚痴が漏れ出る。
高速の巡洋戦艦が戦列に加わってくれていたら、自分達がドイツ巡戦如きに苦戦するはずなど無かったのに。
そうしている内にも、「シャルンホルスト」からの砲弾が飛んで来る。
そのうち1発が、今度は「エイジャックス」の前部甲板に着弾し、周囲一帯を大きく吹き飛ばした。
「ぐッ」
強烈な衝撃と共に、「エイジャックス」の艦体が前のめりに沈み込む。
苦悶の表情をするエイジャックス。
甲板上は濛々とした煙に覆われ、視界はほとんど効かなくなる。
艦内では火災も発生しているようだ。
だが、
「まだッ!!」
エイジャックスは崩れ落ちそうになりながらも、必死に叫ぶ。
「まだ、私はやれます!!」
こんな状況になりながらも、彼女はまだ勝負を捨てていなかった。
まだだ。
まだ、
もう少し、自分達が粘れば「ラミリーズ」が追い付いてくる。そうすれば、砲撃力で「シャルンホルスト」を圧倒できるはず。
そうすれば、この状況を逆転できる。
そう思ってた。
次の瞬間、
終わりは、予期していなかった方向からやってきた。
突如、立ち上る水柱。
狙われたのは「エイジャックス」。
ではなく、彼女の後方を走っていた「アキリーズ」だった。
「なッ!?」
「どうしたッ!? どこからの砲撃だ!?」
エイジャックスのみならず、ハーウッドも思わず叫ぶ中、
見張り員からの報告がなされる。
「本艦前方より接近する艦影ありッ!! もう1隻のシャルンホルスト級と思われます!!」
「何だとッ!?」
見張り員の絶叫が響き渡る中、ハーウッドはとっさに双眼鏡を、右舷側へと向ける。
果たしてそこには、真っすぐこちらに向かって航行しながら、前部主砲6門を発射するシャルンホルスト級巡洋戦艦の姿があった。
迂闊だった。
輸送船が被った被害状況から言って、敵が大西洋上で2隻以上の艦を通商破壊戦に着かせているであろう事は分析で出ていたが、2隻目がこれほど近くにいたとは。
だが、ハーウッドはすぐに、事態に気付く。
「クソッ 奴等、これが狙いだったのかッ」
臍を噛んだのはハーウッドだった。
「シャルンホルスト」はただ逃げていたわけではない。逃げながら味方の巡洋戦艦を呼び寄せ、逆襲するタイミングを測っていたのだ。
その証拠に、見張り員が悲鳴交じりに叫ぶ。
「提督ッ 『シャルンホルスト』が!!」
エイジャックスの悲痛な声に、思わず振り返るハーウッド。
見れば、最前まで逃走しながら主砲を放っていた「シャルンホルスト」が、今や完全に砲撃体勢を整え、全主砲を「エイジャックス」に向けているのだ。
今、彼は完全に理解していた。
ハーウッド達は「シャルンホルスト」を罠に掛けたつもりでいた。優勢な戦力で包囲し、火力で圧し潰すはずだった。
だが違った。
本当に罠にかかっていたのは、
哀れな獲物は、
自分達だった、と言う事に。
「敵戦艦ッ 主砲発射!!」
見張り員の絶叫。
衝撃波、その十数秒後に襲ってきた。
突如、イギリス艦隊を襲った新たなるシャルンホルスト級巡洋戦艦。
言うまでも無くそれは、「シャルンホルスト」と共に通商破壊戦に従事していた、巡洋戦艦「グナイゼナウ」だった。
これが、エアルが戦闘前、マルシャルに具申した、作戦の全貌だった。
エアルは「シャルンホルスト」を西に向けて航行させ、イギリス海軍の包囲網を解除すると同時に、同時に敵艦隊を、「グナイゼナウ」との合流予定地点まで引きずり出したのだ。
ハーウッドは「シャルンホルスト」を罠に嵌めようとしたが、それが逆に罠にはまった形となってしまった。
盛んに砲撃する「グナイゼナウ」。
その艦橋で、艦長のオスカー・バニッシュ中佐が叫ぶ。
長身に切れ長な双眸。細面の顔は、軍人と言うより舞台俳優を連想させる。
「砲撃の手を止めるなッ 『シャルンホルスト』から、奴らを引き離すんだ!!」
オスカーの指示が鋭く飛び、「グナイゼナウ」の28.3センチ砲が火を噴く
流石に砲撃を開始したばかりなので、照準はそれほど優れているとは言えない。
とは言え、新たなドイツ艦の出現が、イギリス艦隊に心理的なプレッシャーを与えたのは間違いなかった。
彼方で突き上がる水柱。
その様子を、オスカーの脇に立つ軍服姿の少女が、真っすぐに見据えて、傍らの少女に声を掛けた。
「心配か?」
「当然です。『姉』を心配しない『妹』なんていませんよ」
強気な口調で答えた少女。
長い黒髪を後頭部でポニーテールに結い、双眸は細めでやや吊り上がっている。
均整の取れたプロポーションは、いかにも少女的で見る者を魅了する。
彼女こそ、シャルンホルスト級巡洋戦艦「グナイゼナウ」の艦娘。すなわち、シャルンホルストの妹に当たる少女だった。
「なに、心配はいらんさ」
グナイゼナウの言葉を聞きながら、オスカーは口元に笑みを浮かべる。
「あの艦を指揮しているのはエアル・アレイザーだ。奴の事はよく知っている。見た目は聊か頼りない奴だが、抜け目の無さに欠けては、同期では随一だったからな。必ず、お前の姉を守ってくれるはずだ」
言いながら、前方の「シャルンホルスト」に目を向けるオスカー。
その間にも、「グナイゼナウ」の28.3センチ砲は発砲を続けた。
「グナイゼナウ」参戦の様子は、「シャルンホルスト」の艦橋からも確認できていた。
前方から接近し、盛んに主砲を放つ僚艦の姿は、これまで孤独な戦いを強いられてきた「シャルンホルスト」にとって、救世主降臨にも等しい光景だった。
「来てくれたんだ、オスカー」
窮地に駆け付けてくれた友に、深い感謝の念を送る。
これが、エアルの立てた作戦の全貌だった。
ドイツ艦隊の動きを察知したイギリス軍は、必ずや数に恃んで包囲戦を仕掛けてくるだろう。
そこで、予め「シャルンホルスト」が囮になって敵を引き付ける一方、その間に密かに接近した「グナイゼナウ」が襲い掛かる。
1隻でイギリス艦隊を相手取るには不安があるが、巡洋戦艦2隻が合流できれば、その火力は無視できない物となる。
イギリス海軍を押し返す事は不可能ではないだりょうと、エアルは考えていた。
「ゼナ・・・・・・・・・・・・」
傍らのシャルンホルストが、「グナイゼナウ」の姿を見ながら呟きを漏らす。
その双眸には、嬉しさがあふれ出ているように見える。
その間にも、シャルンホルスト級姉妹は砲撃を続ける。
その圧倒的な火力は、徐々にG部隊を追い詰め始めていた。
そして、
低い放物線を描いて飛翔する砲弾。
その1発が、
イギリス巡洋艦の内の1隻を、真っ向から捉えた。
イギリス艦隊の戦力低下。
そして「グナイゼナウ」の合流。
この2つの条件が揃った事で、ドイツ艦隊は完全にイギリス艦隊を圧倒していた。
最高速度の31ノットで西に向かって逃走していた「シャルンホルスト」が再び回頭、今度は進路を南に向け、全砲門をイギリス艦隊へと向ける。
2隻の巡洋戦艦から撃ち出される砲弾は、イギリス巡洋艦の薄い装甲を、容赦なく撃ち抜いていく。
対して、イギリス艦隊の抵抗は、秒毎に弱まっていくのが判った。
「ラミリーズ」の脱落と、「シャルンホルスト」の後退戦術、そして「グナイゼナウ」の合流で、今や状況は逆転している。
そして、
「エイジャックス」の後方を航行していた「アキリーズ」が突如、轟音を上げて炎に包まれる。
何が起きたのかは明白だった。
北から戦線に割って入った「グナイゼナウ」の主砲が、彼女の装甲を貫通。そのまま主砲の弾薬庫に飛び込んで炸裂したのだ。
誘爆した砲弾によって、「アキリーズ」の艦体は引き裂かれ、炎の中に沈んでいく。
轟沈だった。
「・・・・・・・・・・・・ここまでだな」
力なく、ハーウッドは呟いた。
「エクセター」が脱落し、今また「アキリーズ」が沈んだ。旗艦「エイジャックス」も損傷している。
「ラミリーズ」に至っては、戦場にすら到着していない有様だ。これで、未だに万全に近い巡洋戦艦2隻相手に、勝てるはずも無かった。
「提督・・・・・・・・・・・・」
「これ以上の戦闘は不可能だ。退却する」
ここで「シャルンホルスト」を討ち取れなかったのは、イギリス海軍としては痛恨の極みである。
しかし、これ以上戦えば全滅もあり得る。
そう、ハーウッドは判断したのだ。
反転するべく、舵を切る「エイジャックス」。
だが、
その決断は、少し遅かった。
あるいは、タイミングが最悪だった。
舵を切り、回頭を始める「エイジャックス」。
その船腹に、
「シャルンホルスト」が放った、28センチ砲弾が着弾。
砲弾は、薄い装甲を全て貫通し、機関部に達すると、そこで爆発エネルギーを解放する。
ハーウッドとエイジャックス、そして彼女の乗組員たちの意識が、一瞬にして白い閃光に染め上げられ、そして消えて行った。
最早、勝敗など語るまでも無かった。
特に28.3センチ砲弾に弾薬庫を撃ち抜かれた「アキリーズ」はひどく、既にその姿は海上にとどめていない。僅かに吐き出される煙が、彼女が存在した証として痕跡を残すのみだ。
旗艦「エイジャックス」はまだ海上に留まっているが、その艦体は著しく傾斜し、全艦が炎に包まれている。沈没は時間の問題だろう。
司令官ハーウッドや、艦娘エイジャックス以下、乗組員の命がどうなったか、考えるまでも無いだろう。
旗艦「エイジャックス」「アキリーズ」撃沈、「エクセター」大破。
紛う事無き、イギリス海軍の大敗だった。
そして、
味方の惨状を、ようやくの思いで戦場に到着した男は、屈辱の混じった目で睨みつけていた。
一言も発する事無く、持てあます怒気を孕んだ目を見せているディラン。
事態は過去形で語られるべきだろう。
戦いは終わり、砲火は鳴りを潜めている。
そして、
本来なら、彼が「沈める」はずだった2隻のドイツ巡戦は視界の彼方に逃げ去ってしまっていた。
ディランの「ラミリーズ」は勝って栄光を手にするどころか、主砲はおろか、機銃弾の1発を撃つ事すら、ついに許されなかったのだ。
勝利どころか、戦いに何ら、関与する事すらできない。言ってしまえば、全くのお荷物で終わったのだ。
卑劣なドイツ戦艦を沈め、英雄となって本国へ帰還する。
その野望は、今や滑稽な夢想と化していた。
呆然と立ち尽くすディラン。
取り巻きの幕僚たちは勿論、ラミリーズですら、どう声を掛ければ良いか分からずにいる。
英雄ではなく、道化と化した男がそこにいた。
「殿下」
彼の取り巻き達が恐れを成して声も駆けられずにいる中で1人、アルヴァン副長だけが、淡々とした口調で主に声を掛けた。
「遺憾ながら、これ以上、ここに留まる事は無意味かと」
既に倒すべき敵はおらず、ディランは戦う事すらできなかった。
ならば、溺者救助を行い、速やかに海域を離れるべきだった。
「どうか、殿下、御裁可を」
「ええいッ 判っている!!」
言い募るアルヴァンに、ディランはいら立ったように声を荒げる。
戦いに全く寄与できなかったことが、彼には最大限の屈辱となっていた。
「後は任せるッ アルヴァン、お前の好きなようにしろ!!」
「御意にございます」
恭しく礼をするアルヴァンに、ディランは背を向けると、足音も荒く艦橋を出ていく。
後には、事後処理の為に残ったアルヴァンと、不安げな様子のラミリーズがいるだけだった。
夜の帳が下りる中、2隻の巡洋戦艦が、真っすぐに北へ向かって航行していた。
既に戦場となったウルグアイ沖を抜け、ブラジル沖に入っている。
ここまで来れば、恐らくイギリス海軍の追跡は、一旦は振り切ったと見て良いだろう。
もっとも、G部隊以外にも敵の艦隊がいるであろう事は容易に予想できる。油断は禁物だが。
「艦隊司令部に報告してください。補給艦との合流ポイントの再設定を。流石に、そろそろ補給しないと、身動きが取れなくなりかねませんから」
「判りました」
エアルの指示を受けて、ヴァルター副長が艦橋を出ていく。
これからエアルの命令を、暗号化して本国の艦隊司令部に送るのだ。
マルシャルなら、こちらの意図を組んで補給艦を再派遣してくれるだろう。持つべき物は、話の分かる上司である。
それにしても、
今回は流石に危なかった。
特にG部隊に包囲された時。
勿論、エアルは自身が立てた作戦に自信はあったが、それでも戦いとはどのように動くか、実際に始まってみないと判らない。今回だった、完成された包囲網に「シャルンホルスト」が囚われ、袋叩きにされていた可能性だってあるのだ。
そうならなかったのは、ひとえに彼女が頑張ってくれたおかげだと思っている。
「ありがとう、シャル」
そう言って、傍らの巡戦少女に声を掛けるエアル。
だが、
「あれ?」
艦娘専用席に、シャルンホルストの姿は無かった。
いったい、いつの間にいなくなったのか? 気配すらしなかった。
「どこ行ったんだろう、トイレかな?」
呟きながら、エアルは誰もいなくなった艦娘席を眺め続けるのだった。
一方その頃、
青年艦長が探し求める少女は、
誰もいない廊下で、
背にもたれながら、座り込んでいた。
口からは荒い呼吸が繰り返され、手は胸元に当てられている。
乱れた呼吸。
額からは冷や汗がとめどなく流れ出ている。
顔は青く染まり、目は焦点が合っていない。
明らかに、尋常な様子ではなかった。
暫く、呼吸を繰り返すシャルンホルスト。
やがて、落ち着いて来たのか、大きく深呼吸を繰り返して、呼吸を整えていく。
「・・・・・・・・・・・・大丈夫・・・・・・ボクは、ちゃんとやれる」
誰にも聞かれる事のない呟き。
艦内が戦勝で沸き返る中、
少女は己を鼓舞するように、大きく呼吸を繰り返すのだった。
第7話「ラプラタ沖の砲声」 終わり