1
いったい、何しに来たんだろう?
取り合えず、ウォルフをリビングに通し、自身はお茶の準備をしながら、シャルンホルストは首を傾げる。
突如、訪ねて来たウォルフ。
その意図が読めない。
いったい、何が目的なのだろう?
シャルンホルストは無論、これまで何度かウォルフと話した事はある。しかし、それはあくまで作戦に関する話題や挨拶程度であり、プライベートに2人だけで話した事は皆無だった。
それに、
シャルンホルストも薄々感じていた事だが、エアルはウォルフの事を嫌っている。
その理由についても、エアルから散々聞かされているので察する事が出来た。
表面上は落ち着いた態度で接してはいる2人。
しかし、エアル達の母であるテアの死から、ウォルフは彼女の復讐の為だけに生きて来た。その為に、子供たちを切り捨てた父を、内心でエアルは憎んでいる。
ウォルフがエアルの事をどう思っているかは分からないが、それだけに、今回の来訪の意図がつかめなかった。
時計をチラッと見る。
エアルが戻ってくるまでは、まだ時間がある。それまで、シャルンホルストがウォルフの対応をしなくてはならない。
お茶の準備を終えると、トレイに乗せて運ぶ。
「あの、お茶、入りました。おにーさんが淹れたのに比べればおいしくないかも、ですけど」
「なに、かまわんさ、頂くよ」
そう言うとウォルフは、シャルンホルストが淹れたお茶を口に運ぶ。
カップに口を付けて一口。
ややあって、シャルンホルストを見た。
「…………成程、これは確かにな」
「え?」
「蒸らし時間をもう少し短くした方が良いかもしれん。それから、カップは先に、お湯で温めた方が良い。湯の注ぎ方を工夫すれば、もっとうまくできる。それから……」
言いかけて、
ウォルフはシャルンホルストを見た。
急な事で、巡戦少女はポカ~ンと口を開けている。
「…………すまん」
いきなり言いすぎてしまった。
だが、
「アハッ」
それを聞いて、シャルンホルストが笑った。
「何だか、その理屈っぽい言い方、おにーさんみたい。やっぱり、親子なんですね」
「…………」
複雑だった。
ウォルフとしては不本意、とは言わないが、自分とエアルが似ていると言われて正直、意味が分からなかったのだ。
しかしどうやら、シャルンホルストの緊張を解く事は出来たらしい。
巡戦少女は、改めてウォルフの向かいに座り直した。
「それで、今日はどうしたんですか? ボクに、何か御用ですか?」
「あ、ああ」
ウォルフは咳払いすると、シャルンホルストに向き直った。
「一度、君とはゆっくり話したいと思っていたんだ。急に訪ねてきてすまなかった」
「いえいえ。ボクは全然。でも、話って?」
「うむ」
ウォルフはもう一口、シャルンホルストが淹れたお茶を飲んでから話始めた。
「体調はどうだ? おかしい所は無いか?」
「はい、大丈夫です。今日も病院で見てきてもらいました」
経過は順調との事。
元々、身体が弱いシャルンホルストの事なので、胎児にも影響がないか心配はあったのだが、そこは一安心である。
もしかして、ウォルフは自分を心配して来てくれたのだろうか?
「あの…………おとーさん」
「ッ!?」
突然の事に、思わず目を見開くウォルフ。
そんなウォルフに、シャルンホルストは恐縮して続ける。
「あ、あの、ダメ、ですか? おにーさんのおとーさんだから、そう呼んだ方が良いのかなって……何か今更、『アレイザー提督』って呼ぶのも変な気がして」
「い、いや、突然の事で驚いただけだ。別に構わんよ。子供たち以外に父と呼ばれた事が無かったからね」
言ってから、ウォルフはフッと笑う。
「しかし……そうだな。君がエアルの嫁となる以上、私は生まれてくる子の祖父、という事になるのか。テアの奴が生きていたら、2人で可笑しくて笑っていたかもしれん」
「おにーさんの、おかーさんですよね。どんな人だったんですか?」
ちょっと気になったので聞いてみた。
エアルからも聞かされていたが、エアルの中でテアは、幼少期の断片的な記憶でしか残っていない。
テアに関する事では、ウォルフの方が記憶は鮮明だった。
「そうだな、出合ったのは1次大戦が始まる前だったな。まあ、初めはお互い、ただの仕事相手だったわけだが、一緒にいる事が多かったから、そのうちに……とても明るくて、優しくて……それでいて、芯の強い女だった」
当時の事を思い出すウォルフ。
緊張を孕む世界情勢の中で、自分達の中で愛が育まれた。
やがて結婚してエアルが生まれ、クロウとサイアが生まれた。
ウォルフにとって間違いなく、最も幸せだったのがあの頃だ。
「よかった」
「なに?」
笑顔のシャルンホルストに、ウォルフは怪訝な面持ちになる。
「だって、おとーさんとおかーさんが愛し合ったから、おにーさん達が生まれたんでしょ」
「当たり前だろう」
何を当然の事を。
そう言いたげなウォルフに対し、シャルンホルストは自分のお腹に手を当てながら告げる。
「ボクも、おにーさんと愛し合って、この子ができました。おとーさん達も同じだったんだって思ったら、なんだかうれしくて」
ウォルフは決して、エアル達の誕生を望んでいなかったわけではない。
自分とエアルが愛し合ったように、ウォルフとテアも愛し合い、また子供たちを愛していた事が判っただけでも、シャルンホルストには嬉しい事だった。
「あの、おとーさん。お願いがあるんですけど」
「何だ?」
改まった口調のシャルンホルスト。
ウォルフも神妙な面持ちになる。
「おにーさんと、仲直りできませんか?」
「いや、それは……」
「もうすぐ、この子が生まれるのに、おにーさんとおとーさんが仲悪いままって言うのは、何て言うか、ボクは嫌なんです」
「…………」
シャルンホルストの気持ちが、ウォルフにはよくわかった。
父親と祖父が、仲たがいをしている。
そんな状況が、生まれてくる子供に、良い影響を及ぼすはずも無い。
「難しいのは判ってるんです。すぐには無理だって事も。でも、どうかお願いします」
「…………」
頭を下げるシャルンホルスト。
それに対し、
ウォルフは応える事が出来ず、視線を天井に向けるのだった。
2
ヒトラーが命じた、西部戦線における攻勢作戦に向けて、日は流れるように着々と進んでいく。
誰も納得のいかない作戦。
しかし、それが独裁者の命令である以上、従わないわけにはいかないのだ。
ドイツ全軍は急ピッチで、それでいて淡々と準備を推し進めていく。
主力となる陸軍は部隊を移動し、新兵を再編成、武装の増産を推し進める。
物資の調達も進められ、最前線の倉庫には入りきらない程の物資が山積みされた。
空軍も精鋭航空部隊が基地を飛び立ち、前線の拠点へと向かう。
翼を連ねて飛ぶ航空隊が、誇りを胸に西の空へと向かう。
そして、
海軍もまた、出撃に向けて急ピッチに艦艇の整備、物資の積み込みに追われていた。
「それ」を見た瞬間、クロウは文字通り、開いた口が塞がらなかった。
航空母艦「グラーフ・ツェッペリン」の飛行甲板でも、物資や機体の積み込み作業が行われている。
その一角での出来事である。
目の前にある、半分シートを被せられた機体。
クロウも、傍らにいるツェッペリンも、初めて見る機体だ。
噂には聞いていた。
ドイツ軍が密かに開発した新型戦闘機。
まさか、それを実際に目にする日が来るとは思ってもみなかったが。
しかし、
「…………いや、こんなもん、送ってきてどうしろってんだよ?」
「搬入のリストにはない。恐らく、空軍に送られる予定だったものが、手違いで送られてきたんだろう」
「杜撰すぎんだろ」
ツェッペリンの言葉を聞きながら、クロウは嘆息する。
急に決定された作戦である為、各方面、準備に大混乱が生じている。
そのせいで、こうした手違いが頻繁に起こっていた。
改めて、機体を見やる。
太い胴体に、後退角の付いた翼。
翼についた巨大なエンジン。
今まで目にしてきた、如何なる機体とも一線を画している。
鋭角的でありながら、流線型を取り入れ、速度性能を増した設計。
異形でありながら、同時に流麗でもある。
戦闘機を含む航空機は、一般に鳥に例えられがちだが、この機体はさながら
「いや、けどよ、これ、どうやって飛ばすんだよ?」
呆れ気味のクロウ。
こんなもの送られてきても困るのだが。
対して、尋ねられたツェッペリンはと言えば、ツイッと視線を逸らす。
「さあ…………まあ、やってみれば飛ぶんじゃないか? 知らないが」
「いや、お前、絶対適当に答えてるだろ」
明後日の方向を向いて答える相方に、ジト目でツッコミを入れる。
まあ、ドイツ軍が変な物を作る訳が…………ある事はあるのだが、この機体は空軍で正式採用され、既に部隊編成も行われている。問題は無いだろう。
「後は、俺が使いこなせるかどうかって事か」
「そういう事だ」
もう一度、機体を見上げるクロウ。
確かに異質な機体であることは間違いない。
しかし、使いこなす事が出来れば、大きな力になる事は間違いなかった。
「まあ、格納庫に入れて、整備だけはさせておいてくれ。使うかどうかは、後で決めようぜ」
「判った」
頷くツェッペリン。
ともあれ、ドイツが今回の戦い、いかに本気であるかはこれでよくわかった。
もう、後がない。
誰もがそう感じているからこそ、なりふり構わない態勢で挑んでいるのだ。
「俺達も、腹くくらなきゃな」
「そう言う事だ」
笑うクロウに、ツェッペリンも頷いて見せた。
3
戦いへの準備は、着実に進んでいく。
ただ1人の独裁者を除いて、誰もが納得していない作戦。
ただ、やると決めた以上、留まる事は許されなかった。
その日、総旗艦「ティルピッツ」では、作戦前の最終会議が行われていた。
出撃に際し、ドイツ主力艦隊は組織改変を行っている。
それに伴い、第1航空戦隊は再び元の編成の第2艦隊に改称され、司令官には、エアルが続投していた。
「ティルピッツ」を主力とする第1艦隊と合わせて、どうにか2個艦隊。
充分とは言えないが、それでも戦う態勢は整いつつあった。
「では、Uボート艦隊の配置は以上で」
「ああ、この作戦、タイミングが重要だ。一か所狂えば、全てが終わると思い、慎重かつ大胆に行ってくれ」
作戦目的は、あくまで進軍する陸軍の援護となる。
ウォルフは海軍の全戦力を、その為に振り向けるつもりだった。
会議を終えて、立ち上がるエアル。
この後、第2艦隊旗艦となった「シャルンホルスト」に戻り、細かい打ち合わせや調整を行う事になる。
だが、
「エアル、少し良いか?」
珍しい事に、ウォルフの方からエアルに話しかけて来た。
「…………何ですか?」
怪訝な面持ちで、エアルは父を見る。
何となく、話の内容は察していたが、手を止めて振り返る。
少し離れた場所では、シュレスビッヒ・ホルシュタインが、2人の様子を眺めている。どうやら、話に加わる気は無いようだが、事態の成り行きを見守るつもりらしい。
ウォルフは、少し躊躇うようにして口を開いた。
「彼女に、会ったよ」
「ええ、シャルから聞いてます」
やや素っ気ない口調で、エアルは応える。
人がいない間に押しかけて来て、いったい何を話したのか、気になる所ではある。
恐らく今日、その話をしてくるのではと思って、会議前から身構えていたのだが、案の定だった。
そんな息子を、ウォルフは嘆息交じりに見つめながら言った。
「お前と、仲直りしろと言われたよ」
「それは…………」
苦笑するエアル。
何とも、シャルンホルストらしいと言うか。
エアルがウォルフを嫌っている事を、シャルンホルストは知っている。
はっきりと明確に伝えた事は無かったかもしれないが、雰囲気で凡そ察してはいたのだろう。
彼女の気持ちも、分からないではない。
自分のお腹の中にいる子供の、父親と祖父が仲たがいしているのが気がかりだったのだろう。
誠に、母親になるべき女は強い。
何とかして、子供が生まれる前に、エアルとウォルフの仲を取り持ちたいと思っているのだろう。
「…………仲直り、ね」
呟くエアル。
他ならぬシャルンホルストの願いだ。
愛おしい彼女の為なら、一肌脱ぐのもやぶさかではない。
「まあ、まっぴらごめんなんですけどね」
「ああ、同感だな」
躊躇なく答えるエアルと、間髪入れずに頷くウォルフ。
誠に息の合った父と息子の掛け合いに、離れて見ているシュレスは呆れて嘆息する。
「…………この、似た者親子め」
わざと聞こえるように、少し大きめに呟くが、アレイザー親子は努めて無視する。
とは言え、2人の今の関係が、どのようにして醸成されたか、その一部始終を知っているシュレスからすれば、こうなる事は目に見えていた。
当の本人たちに、全くその気がない以上、無理な物は無理。
むしろ、シャルンホルストの願いの方が、現実を見ていないお花畑理論にすら思える。彼女には申し訳ないが。
「今更でしょ、そんな事」
「ああ、その通りだ」
阿吽の呼吸と言っても良いかもしれない。
つくづく、呆れるしかない。
ここまで呼吸を合わせる事が出来る親子も珍しいだろう。
もし、
もし、ほんの少しだけ、世界線が違っていたら。
第1次大戦が起きず、テアも死なず、ウォルフも復讐に走る事は無く、エアルも、クロウも、サイアもごく普通に育っていたら…………
アレイザー一家はきっと、誰もがうらやむ、幸せな家族になれていたかもしれない。
「エアル」
ウォルフは改まって告げる。
「俺は今まで、お前たちに父親らしい事は、何一つとして、してこなかった。そして、それはこれからも同じだろう」
清々しいまでに、堂々と最低親父宣言をするウォルフ。
しかし、その通りなのだからエアルも何も言わない。
「父親としては何もしてやれないが、上官として、お前たちにしてやれることはある」
「それは?」
一体何なのか?
訝るエアルに、ウォルフは告げた。
「エアル、ノルウェーに行け」
「ノルウェー?」
「北ノルウェー基地はまだ健在だ。あそこは戦線からも外れ、敵の攻撃を受けていない。物資も十分に残っている。ノルウェーに行けば、今の戦力でもまだ戦える」
北ノルウェー基地は、ウォルフが立案した「アレイザー・プランⅡ」によって建設された、天険の地に建造された要塞である。
全盛期のドイツ艦隊が、1年以上に渡って活動できるように物資が集積されている。
加えてノルウェー自体が、まだ親ドイツを堅持している。
ウォルフが言う通り、ノルウェーに行けば、まだ戦う事が出来るはずだ。
「お前たちへの祝儀代わりだと思っておけ」
「祝儀代わりって……」
呆れて苦笑する。
普通、ご祝儀はお金や実用品なのだが、そこに「策」を送る当たり、いかにもウォルフらしいと言うか何と言うか。
もっとも、
エアルは上官としてのウォルフは尊敬している。今までウォルフは数々の作戦を打ち立て、それを成功に導いてきた。今度も間違いは無いだろう。
父親としては最低だが。
あくまで「尊敬する上官」へ、最大限の敬意を示す。
踵を揃えて敬礼するエアル。
「承知しました、アレイザー大将」
答礼するウォルフ。
互いに視線を交わすと、
父と息子は、どちらからともなく、笑みを交わした。
第81話「絆の形」 終わり