蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第81話「絆の形」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いったい、何しに来たんだろう?

 

 取り合えず、ウォルフをリビングに通し、自身はお茶の準備をしながら、シャルンホルストは首を傾げる。

 

 突如、訪ねて来たウォルフ。

 

 その意図が読めない。

 

 いったい、何が目的なのだろう?

 

 シャルンホルストは無論、これまで何度かウォルフと話した事はある。しかし、それはあくまで作戦に関する話題や挨拶程度であり、プライベートに2人だけで話した事は皆無だった。

 

 それに、

 

 シャルンホルストも薄々感じていた事だが、エアルはウォルフの事を嫌っている。

 

 その理由についても、エアルから散々聞かされているので察する事が出来た。

 

 表面上は落ち着いた態度で接してはいる2人。

 

 しかし、エアル達の母であるテアの死から、ウォルフは彼女の復讐の為だけに生きて来た。その為に、子供たちを切り捨てた父を、内心でエアルは憎んでいる。

 

 ウォルフがエアルの事をどう思っているかは分からないが、それだけに、今回の来訪の意図がつかめなかった。

 

 時計をチラッと見る。

 

 エアルが戻ってくるまでは、まだ時間がある。それまで、シャルンホルストがウォルフの対応をしなくてはならない。

 

 お茶の準備を終えると、トレイに乗せて運ぶ。

 

「あの、お茶、入りました。おにーさんが淹れたのに比べればおいしくないかも、ですけど」

「なに、かまわんさ、頂くよ」

 

 そう言うとウォルフは、シャルンホルストが淹れたお茶を口に運ぶ。

 

 カップに口を付けて一口。

 

 ややあって、シャルンホルストを見た。

 

「…………成程、これは確かにな」

「え?」

「蒸らし時間をもう少し短くした方が良いかもしれん。それから、カップは先に、お湯で温めた方が良い。湯の注ぎ方を工夫すれば、もっとうまくできる。それから……」

 

 言いかけて、

 

 ウォルフはシャルンホルストを見た。

 

 急な事で、巡戦少女はポカ~ンと口を開けている。

 

「…………すまん」

 

 いきなり言いすぎてしまった。

 

 だが、

 

「アハッ」

 

 それを聞いて、シャルンホルストが笑った。

 

「何だか、その理屈っぽい言い方、おにーさんみたい。やっぱり、親子なんですね」

「…………」

 

 複雑だった。

 

 ウォルフとしては不本意、とは言わないが、自分とエアルが似ていると言われて正直、意味が分からなかったのだ。

 

 しかしどうやら、シャルンホルストの緊張を解く事は出来たらしい。

 

 巡戦少女は、改めてウォルフの向かいに座り直した。

 

「それで、今日はどうしたんですか? ボクに、何か御用ですか?」

「あ、ああ」

 

 ウォルフは咳払いすると、シャルンホルストに向き直った。

 

「一度、君とはゆっくり話したいと思っていたんだ。急に訪ねてきてすまなかった」

「いえいえ。ボクは全然。でも、話って?」

「うむ」

 

 ウォルフはもう一口、シャルンホルストが淹れたお茶を飲んでから話始めた。

 

「体調はどうだ? おかしい所は無いか?」

「はい、大丈夫です。今日も病院で見てきてもらいました」

 

 経過は順調との事。

 

 元々、身体が弱いシャルンホルストの事なので、胎児にも影響がないか心配はあったのだが、そこは一安心である。

 

 もしかして、ウォルフは自分を心配して来てくれたのだろうか?

 

「あの…………おとーさん」

「ッ!?」

 

 突然の事に、思わず目を見開くウォルフ。

 

 そんなウォルフに、シャルンホルストは恐縮して続ける。

 

「あ、あの、ダメ、ですか? おにーさんのおとーさんだから、そう呼んだ方が良いのかなって……何か今更、『アレイザー提督』って呼ぶのも変な気がして」

「い、いや、突然の事で驚いただけだ。別に構わんよ。子供たち以外に父と呼ばれた事が無かったからね」

 

 言ってから、ウォルフはフッと笑う。

 

「しかし……そうだな。君がエアルの嫁となる以上、私は生まれてくる子の祖父、という事になるのか。テアの奴が生きていたら、2人で可笑しくて笑っていたかもしれん」

「おにーさんの、おかーさんですよね。どんな人だったんですか?」

 

 ちょっと気になったので聞いてみた。

 

 エアルからも聞かされていたが、エアルの中でテアは、幼少期の断片的な記憶でしか残っていない。

 

 テアに関する事では、ウォルフの方が記憶は鮮明だった。

 

「そうだな、出合ったのは1次大戦が始まる前だったな。まあ、初めはお互い、ただの仕事相手だったわけだが、一緒にいる事が多かったから、そのうちに……とても明るくて、優しくて……それでいて、芯の強い女だった」

 

 当時の事を思い出すウォルフ。

 

 緊張を孕む世界情勢の中で、自分達の中で愛が育まれた。

 

 やがて結婚してエアルが生まれ、クロウとサイアが生まれた。

 

 ウォルフにとって間違いなく、最も幸せだったのがあの頃だ。

 

「よかった」

「なに?」

 

 笑顔のシャルンホルストに、ウォルフは怪訝な面持ちになる。

 

「だって、おとーさんとおかーさんが愛し合ったから、おにーさん達が生まれたんでしょ」

「当たり前だろう」

 

 何を当然の事を。

 

 そう言いたげなウォルフに対し、シャルンホルストは自分のお腹に手を当てながら告げる。

 

「ボクも、おにーさんと愛し合って、この子ができました。おとーさん達も同じだったんだって思ったら、なんだかうれしくて」

 

 ウォルフは決して、エアル達の誕生を望んでいなかったわけではない。

 

 自分とエアルが愛し合ったように、ウォルフとテアも愛し合い、また子供たちを愛していた事が判っただけでも、シャルンホルストには嬉しい事だった。

 

「あの、おとーさん。お願いがあるんですけど」

「何だ?」

 

 改まった口調のシャルンホルスト。

 

 ウォルフも神妙な面持ちになる。

 

「おにーさんと、仲直りできませんか?」

「いや、それは……」

「もうすぐ、この子が生まれるのに、おにーさんとおとーさんが仲悪いままって言うのは、何て言うか、ボクは嫌なんです」

「…………」

 

 シャルンホルストの気持ちが、ウォルフにはよくわかった。

 

 父親と祖父が、仲たがいをしている。

 

 そんな状況が、生まれてくる子供に、良い影響を及ぼすはずも無い。

 

「難しいのは判ってるんです。すぐには無理だって事も。でも、どうかお願いします」

「…………」

 

 頭を下げるシャルンホルスト。

 

 それに対し、

 

 ウォルフは応える事が出来ず、視線を天井に向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒトラーが命じた、西部戦線における攻勢作戦に向けて、日は流れるように着々と進んでいく。

 

 誰も納得のいかない作戦。

 

 しかし、それが独裁者の命令である以上、従わないわけにはいかないのだ。

 

 ドイツ全軍は急ピッチで、それでいて淡々と準備を推し進めていく。

 

 主力となる陸軍は部隊を移動し、新兵を再編成、武装の増産を推し進める。

 

 物資の調達も進められ、最前線の倉庫には入りきらない程の物資が山積みされた。

 

 空軍も精鋭航空部隊が基地を飛び立ち、前線の拠点へと向かう。

 

 翼を連ねて飛ぶ航空隊が、誇りを胸に西の空へと向かう。

 

 そして、

 

 海軍もまた、出撃に向けて急ピッチに艦艇の整備、物資の積み込みに追われていた。

 

 

 

 

 

 「それ」を見た瞬間、クロウは文字通り、開いた口が塞がらなかった。

 

 航空母艦「グラーフ・ツェッペリン」の飛行甲板でも、物資や機体の積み込み作業が行われている。

 

 その一角での出来事である。

 

 目の前にある、半分シートを被せられた機体。

 

 クロウも、傍らにいるツェッペリンも、初めて見る機体だ。

 

 噂には聞いていた。

 

 ドイツ軍が密かに開発した新型戦闘機。

 

 まさか、それを実際に目にする日が来るとは思ってもみなかったが。

 

 しかし、

 

「…………いや、こんなもん、送ってきてどうしろってんだよ?」

「搬入のリストにはない。恐らく、空軍に送られる予定だったものが、手違いで送られてきたんだろう」

「杜撰すぎんだろ」

 

 ツェッペリンの言葉を聞きながら、クロウは嘆息する。

 

 急に決定された作戦である為、各方面、準備に大混乱が生じている。

 

 そのせいで、こうした手違いが頻繁に起こっていた。

 

 改めて、機体を見やる。

 

 太い胴体に、後退角の付いた翼。

 

 翼についた巨大なエンジン。

 

 今まで目にしてきた、如何なる機体とも一線を画している。

 

 鋭角的でありながら、流線型を取り入れ、速度性能を増した設計。

 

 異形でありながら、同時に流麗でもある。

 

 戦闘機を含む航空機は、一般に鳥に例えられがちだが、この機体はさながら(ドラゴン)を連想させられた。

 

「いや、けどよ、これ、どうやって飛ばすんだよ?」

 

 呆れ気味のクロウ。

 

 こんなもの送られてきても困るのだが。

 

 対して、尋ねられたツェッペリンはと言えば、ツイッと視線を逸らす。

 

「さあ…………まあ、やってみれば飛ぶんじゃないか? 知らないが」

「いや、お前、絶対適当に答えてるだろ」

 

 明後日の方向を向いて答える相方に、ジト目でツッコミを入れる。

 

 まあ、ドイツ軍が変な物を作る訳が…………ある事はあるのだが、この機体は空軍で正式採用され、既に部隊編成も行われている。問題は無いだろう。

 

「後は、俺が使いこなせるかどうかって事か」

「そういう事だ」

 

 もう一度、機体を見上げるクロウ。

 

 確かに異質な機体であることは間違いない。

 

 しかし、使いこなす事が出来れば、大きな力になる事は間違いなかった。

 

「まあ、格納庫に入れて、整備だけはさせておいてくれ。使うかどうかは、後で決めようぜ」

「判った」

 

 頷くツェッペリン。

 

 ともあれ、ドイツが今回の戦い、いかに本気であるかはこれでよくわかった。

 

 もう、後がない。

 

 誰もがそう感じているからこそ、なりふり構わない態勢で挑んでいるのだ。

 

「俺達も、腹くくらなきゃな」

「そう言う事だ」

 

 笑うクロウに、ツェッペリンも頷いて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いへの準備は、着実に進んでいく。

 

 ただ1人の独裁者を除いて、誰もが納得していない作戦。

 

 ただ、やると決めた以上、留まる事は許されなかった。

 

 その日、総旗艦「ティルピッツ」では、作戦前の最終会議が行われていた。

 

 出撃に際し、ドイツ主力艦隊は組織改変を行っている。

 

 それに伴い、第1航空戦隊は再び元の編成の第2艦隊に改称され、司令官には、エアルが続投していた。

 

 「ティルピッツ」を主力とする第1艦隊と合わせて、どうにか2個艦隊。

 

 充分とは言えないが、それでも戦う態勢は整いつつあった。

 

「では、Uボート艦隊の配置は以上で」

「ああ、この作戦、タイミングが重要だ。一か所狂えば、全てが終わると思い、慎重かつ大胆に行ってくれ」

 

 作戦目的は、あくまで進軍する陸軍の援護となる。

 

 ウォルフは海軍の全戦力を、その為に振り向けるつもりだった。

 

 会議を終えて、立ち上がるエアル。

 

 この後、第2艦隊旗艦となった「シャルンホルスト」に戻り、細かい打ち合わせや調整を行う事になる。

 

 だが、

 

「エアル、少し良いか?」

 

 珍しい事に、ウォルフの方からエアルに話しかけて来た。

 

「…………何ですか?」

 

 怪訝な面持ちで、エアルは父を見る。

 

 何となく、話の内容は察していたが、手を止めて振り返る。

 

 少し離れた場所では、シュレスビッヒ・ホルシュタインが、2人の様子を眺めている。どうやら、話に加わる気は無いようだが、事態の成り行きを見守るつもりらしい。

 

 ウォルフは、少し躊躇うようにして口を開いた。

 

「彼女に、会ったよ」

「ええ、シャルから聞いてます」

 

 やや素っ気ない口調で、エアルは応える。

 

 人がいない間に押しかけて来て、いったい何を話したのか、気になる所ではある。

 

 恐らく今日、その話をしてくるのではと思って、会議前から身構えていたのだが、案の定だった。

 

 そんな息子を、ウォルフは嘆息交じりに見つめながら言った。

 

「お前と、仲直りしろと言われたよ」

「それは…………」

 

 苦笑するエアル。

 

 何とも、シャルンホルストらしいと言うか。

 

 エアルがウォルフを嫌っている事を、シャルンホルストは知っている。

 

 はっきりと明確に伝えた事は無かったかもしれないが、雰囲気で凡そ察してはいたのだろう。

 

 彼女の気持ちも、分からないではない。

 

 自分のお腹の中にいる子供の、父親と祖父が仲たがいしているのが気がかりだったのだろう。

 

 誠に、母親になるべき女は強い。

 

 何とかして、子供が生まれる前に、エアルとウォルフの仲を取り持ちたいと思っているのだろう。

 

「…………仲直り、ね」

 

 呟くエアル。

 

 他ならぬシャルンホルストの願いだ。

 

 愛おしい彼女の為なら、一肌脱ぐのもやぶさかではない。

 

「まあ、まっぴらごめんなんですけどね」

「ああ、同感だな」

 

 躊躇なく答えるエアルと、間髪入れずに頷くウォルフ。

 

 誠に息の合った父と息子の掛け合いに、離れて見ているシュレスは呆れて嘆息する。

 

「…………この、似た者親子め」

 

 わざと聞こえるように、少し大きめに呟くが、アレイザー親子は努めて無視する。

 

 とは言え、2人の今の関係が、どのようにして醸成されたか、その一部始終を知っているシュレスからすれば、こうなる事は目に見えていた。

 

 当の本人たちに、全くその気がない以上、無理な物は無理。

 

 むしろ、シャルンホルストの願いの方が、現実を見ていないお花畑理論にすら思える。彼女には申し訳ないが。

 

「今更でしょ、そんな事」

「ああ、その通りだ」

 

 阿吽の呼吸と言っても良いかもしれない。

 

 つくづく、呆れるしかない。

 

 ここまで呼吸を合わせる事が出来る親子も珍しいだろう。

 

 もし、

 

 もし、ほんの少しだけ、世界線が違っていたら。

 

 第1次大戦が起きず、テアも死なず、ウォルフも復讐に走る事は無く、エアルも、クロウも、サイアもごく普通に育っていたら…………

 

 アレイザー一家はきっと、誰もがうらやむ、幸せな家族になれていたかもしれない。

 

「エアル」

 

 ウォルフは改まって告げる。

 

「俺は今まで、お前たちに父親らしい事は、何一つとして、してこなかった。そして、それはこれからも同じだろう」

 

 清々しいまでに、堂々と最低親父宣言をするウォルフ。

 

 しかし、その通りなのだからエアルも何も言わない。

 

「父親としては何もしてやれないが、上官として、お前たちにしてやれることはある」

「それは?」

 

 一体何なのか?

 

 訝るエアルに、ウォルフは告げた。

 

「エアル、ノルウェーに行け」

「ノルウェー?」

「北ノルウェー基地はまだ健在だ。あそこは戦線からも外れ、敵の攻撃を受けていない。物資も十分に残っている。ノルウェーに行けば、今の戦力でもまだ戦える」

 

 北ノルウェー基地は、ウォルフが立案した「アレイザー・プランⅡ」によって建設された、天険の地に建造された要塞である。

 

 全盛期のドイツ艦隊が、1年以上に渡って活動できるように物資が集積されている。

 

 加えてノルウェー自体が、まだ親ドイツを堅持している。

 

 ウォルフが言う通り、ノルウェーに行けば、まだ戦う事が出来るはずだ。

 

「お前たちへの祝儀代わりだと思っておけ」

「祝儀代わりって……」

 

 呆れて苦笑する。

 

 普通、ご祝儀はお金や実用品なのだが、そこに「策」を送る当たり、いかにもウォルフらしいと言うか何と言うか。

 

 もっとも、

 

 エアルは上官としてのウォルフは尊敬している。今までウォルフは数々の作戦を打ち立て、それを成功に導いてきた。今度も間違いは無いだろう。

 

 父親としては最低だが。

 

 あくまで「尊敬する上官」へ、最大限の敬意を示す。

 

 踵を揃えて敬礼するエアル。

 

「承知しました、アレイザー大将」

 

 答礼するウォルフ。

 

 互いに視線を交わすと、

 

 父と息子は、どちらからともなく、笑みを交わした。

 

 

 

 

 

第81話「絆の形」      終わり

 

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