蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第84話「変則群狼戦法」

 

 

 

 

 

1

 

 

 

 

 

 アントワープの奪回は、連合軍にとって戦争の早期終結への必要不可欠な要素だった。

 

 ノルマンディー上陸以降、急速な進軍によって勢力圏の拡大に成功している連合軍。

 

 しかし、その裏では補給問題が深刻化しつつあった。

 

 ドイツ軍は後退しつつも、戦線各所で破壊工作を行った。

 

 撤退時に鉄道や橋などを爆破して連合軍の進軍を遅らせると同時に、補給線への徹底的な爆撃によって、連合軍の進軍を遅延させたのだ。

 

 これらのドイツ軍の抵抗により、当初は順調だった連合軍の進軍は、ここに来て停滞しつつあった。

 

 何より伸び切った補給線はネックとなり、ノルマンディーやカレーからの長距離輸送では賄えなくなりつつあった。

 

 まさに、大軍ゆえのデメリットが顕在化しつつあったのだ。

 

 そこでアントワープを奪回し、新たな橋頭保を得る事で、補給線の短縮と輸送の円滑化を図ろうと考えたのである。

 

 しかし、その作戦も、ドイツ軍の必死の抵抗を前に遅延を余儀なくされていた。

 

 それでもどうにかドイツ軍の抵抗を排除し、ようやくアントワープ港使用の目途が立ち始めていた。

 

 そこに来て、今回のドイツ軍の突然の攻勢である。

 

 補給計画の更なる遅延は免れなかった。

 

 ドイツ軍の奇襲攻撃に対応すべく、連合軍も行動を開始する。

 

 陸上では必死の防戦が行われる一方、アントワープ沖に展開するイギリス艦隊はドイツ艦隊撃滅を目指して北上。

 

 在泊の船舶と護衛用の艦艇については、戦闘終結までアントワープ港内、及び周辺海域に留まるように命じられた。

 

 これは、ドイツ軍の脅威が去った後、速やかに荷揚げ作業を再開する為である。

 

 その為、アントワープ港周辺には、陸揚げの順番を待つ輸送船が多数、錨を下ろして待機する事を強いられている状態だった。

 

 そんな中、

 

 沖合に錨を下ろして停泊していた輸送船の乗組員が、近付いてくる船がある事に気が付いた。

 

「おい、あれ見ろよ」

「ん? どうした?」

 

 すぐ傍らの同僚に話しかけると、同僚も振り返って指差された方向を見る。

 

 目を凝らした先には、こちらに向かってくる船の姿があった。

 

 周囲には、より小型の艦艇が何隻か付き従っているのが見えるが、その中でも、中央に位置する艦の大きさは際立っていた。

 

「ありゃ、かなりでかいな。もう本国艦隊が戻って来たのか?」

「ああ、みたいだな。もう戦いは終わったんだな。流石は、我が大英帝国誇るロイヤル・ネイビーだ。ナチスの田舎海軍なんぞ鎧袖一触ってやつだ」

 

 この場合、彼等の緊張感の無さを責めるべきかどうか。

 

 戦いは遥か北で行われており、自分達は安全圏にいるという安心感。

 

 強大な味方艦隊が敗れる事などあり得ないという固定観念。

 

 それらを統合し、「自分達は絶対安全」と言う思い込み。

 

 後年の研究において「正常性バイアス」と呼ばれる心理状態に置かれた彼等が、ある種他人事のように戦争を捉えていたとしても不思議な話ではない。

 

 たとえそれが、致命的な判断の遅れに繋がったとしても。

 

 視界の彼方で、「大きな船」が転舵する様子が見えた。

 

 それと同時に視界から隠れていたマストに、掲げられた旗が視界に移る。

 

 次の瞬間、

 

 その場にいた全てが凍り付いた。

 

 戦艦のマストに、誇らしげに掲げられた旗が、風を受けて翻った。

 

 その鉄十字が、全ての視界を射貫く。

 

「てッ てッ 敵だァッ!!」

「ナチスだァァァァァァ!!」

 

 叫んだ瞬間、

 

 轟音と共に、砲火が発せられた。

 

 

 

 

 

 錨を下ろした状態で襲撃を受けた輸送船は、ひとたまりもなく炎上。

 

 燃えながら海底へと引き摺り込まれていく。

 

 ドイツ海軍総旗艦「ティルピッツ」艦橋において、指揮を執る艦隊司令官ウォルフ・アレイザーは、視界の彼方で炎上する輸送船から目を離す。

 

 既に撃沈確実な相手への興味は失せていた。

 

「全速前進。進路、アントワープへ。これより、全火器使用自由。目についた敵は全て排除しろ」

 

 ウォルフの命令を受け、速度を上げる「ティルピッツ」。

 

 全速航行しながら前部2基4門の47口径40センチ連装砲が旋回、停泊中の輸送船に照準を定める。

 

 同時に、両舷合わせて14基28門の60口径12.7センチ砲が後続する。

 

「撃てェ!!」

 

 ウォルフの号令一下、一斉に火を吹く。

 

 轟音と共に放たれる主砲。

 

 続いて高角砲が、速いテンポで左右両舷の目標に射撃を開始する。

 

 排水量4万6000トンの巨大戦艦が、直進しながら全火器を発射する様は、勇壮以外の何物でもない。

 

 正に王者の如く。

 

 「ティルピッツ」の行く手を阻むものは、何一つとして存在しない。

 

 たちまち、停泊中の連合軍艦船は、直撃を浴びて炎上する物が続出する。

 

 高角砲の直撃を浴びた艦はそのまま炎上する一方、主砲弾が直撃した船は、一撃で粉砕、轟沈の憂き目にあう。

 

 この世に重量1トンの砲弾を浴びて、無事でいられる存在はそう多くない。

 

 一撃で轟沈できれば、まだ幸運な方だろう。

 

 燃えながら徐々に沈んでいく様は、哀れみすら誘う。

 

「作戦が図に当たったな」

「ああ」

 

 全速航行する「ティルピッツ」。

 

 その艦橋で、ウォルフ達は状況を見守っていた。

 

 シュレスの言葉に、ウォルフは短く頷きを返す。

 

 元々、ドイツ海軍の作戦はアントワープの壊滅と、そこに在泊する連合軍艦船の殲滅にある。

 

 しかし、イギリス本国艦隊が護衛している以上、まともに突っ込んでも返り討ちに合う事は目に見えている。

 

 そこでウォルフは、策を練った。

 

 まず空母機動部隊であり、敵との距離を置いて戦う事が出来る第2艦隊が、わざと目立ちやすい北海中央航路を進み、敵の目を引き付ける。

 

 敵の主力艦隊の目が、第2艦隊に向いたところで、デンマーク北部沿岸の航路を進んだ第1艦隊が、アントワープへ突入する。

 

 もっとも、アントワープはスヘルデ川を遡上した途中にある、半内海ような地形をしている。川幅自体は大型船が通れるくらい広いとはいえ、そのような場所に「ティルピッツ」のような大型艦を突入させれば、行動の自由を奪われたところで、袋叩きに遭いかねない。

 

 故に、ウォルフは「ティルピッツ」は突入させない事にした。

 

 その代わりの案は、既に実行段階に入っていた。

 

「『マインツ』より入電、《我、これよりアントワープに突入す。貴艦の援護に感謝す》!!」

「『マインツ』に返電、《謝す。貴艦等の武運を祈る》」

 

 視線を向けると、これまで「ティルピッツ」の護衛として共に行動して来た、軽巡洋艦「マインツ」と、護衛の駆逐艦7隻が、アントワープに向けて突入するべく、河口へ向かっていくのが見える。

 

 港の破壊は「マインツ」以下、快速艦に任せる。

 

 その代わり、

 

「反転180度、これより敵艦隊を迎え撃つ!!」

 

 宣言するウォルフ。

 

 北から迫る敵の主力艦隊を迎え撃つのが、「ティルピッツ」の役割だ。

 

 その様は、孤高に佇む女王の如く。

 

 無論、最強戦艦とは言え、単艦で1個艦隊を迎え撃つなど無謀でしかない。

 

 だからこそ、策は幾重にも張り巡らせてある。

 

「さあ、ここからが正念場だぞ」

 

 ウォルフの声に、艦橋に居並ぶ一同は、決意に満ちた表情で頷きを返すのだった。

 

 

 

 

 

2

 

 

 

 

 

 ドイツ海軍第1艦隊のアントワープ沖出現。

 

その情報に驚いたのは、言うまでもなくイギリス海軍であった。

 

 北方に展開したドイツ海軍第2艦隊と交戦していたイギリス本国艦隊は、つい1時間ほど前に第3次攻撃隊を放ち、今まさに第4次攻撃隊の準備を行っているところだった。

 

 しかし、予想を越えた第2艦隊の防空戦闘能力を前に、目に見えた戦果を上げる事が出来ず、いたずらに戦力と時間だけが浪費されていた。

 

 そこに来ての、ドイツ艦隊のアントワープ沖出現である。

 

 当然ながら旗艦「ライオン」に座乗するフレデリックの機嫌が良かろうはずもなく、人目もはばからず、周囲に当たり散らしていた。

 

「なぜだッ なぜそんなところにナチスがいる!? なぜ誰も止められなかったッ!? まったくの怠慢だッ 怠慢にもほどがあるッ!!」

 

 喚き散らすフレデリック。

 

 先ほどから10分以上、この場で怒鳴り散らしてばかりである。

 

 こうしている間にも、ドイツ艦隊はアントワープに接近している。

 

 一刻も早く援軍を差し向ける必要があると言うのに、フレデリックは全く分かっていなかった。

 

「そもそもなぜ、アントワープ周辺ががら空きになっているッ!? いったい誰の命令でそのような事になったのか!?」

 

 その言葉には、流石にその場にいた全員が鼻白む。

 

 この老害、吐いた唾を飲みやがった。

 

 アントワープをがら空きにしてでも、ドイツ艦隊追撃を優先するように命令を下したのは、外ならぬフレデリック自身だったからだ。

 

「お言葉ですが陛下ッ アントワープ防衛よりも、ドイツ艦隊との決戦を優先するようお命じになったのは、他ならぬ陛下自身です!!」

 

 1人の勇敢なる幕僚が声を上げる。

 

 まったくもって非の打ち所がない、真っ当な主張。

 

 誰もが賞賛すべき態度だ。

 

 しかし、この場にあって、それは無謀でしかなかった。

 

 なぜなら、この場で「常識」を司っている人物が狂人である以上、真っ当な意見が通るはずも無いからだ。

 

「貴様、それはつまり、儂が間違っていたと、そう言いたいわけだな?」

「い、いや、それは…………」

「儂のせいで、このような事態になったと、貴様は言いたいわけだ?」

「い、いえ…………」

「この最高司令官たる儂を、国王たる儂を、大英帝国の象徴であり、全国民が崇め、尊重し、崇拝すべき儂を、貴様は愚弄するわけだ」

「あ、あ…………」

 

 恐怖に縮み上がる幕僚。

 

 魂の芯まで腐り果てていても、目の前の男は最高権力者であることに変わりはない。

 

 その事に、幕僚は思い至っていなかった。

 

「喜べ、貴様は解任(クビ)だ。先に国へ帰してやる。もっとも、この艦は今、卑怯卑劣、かつ破廉恥極まりないナチスとの戦いの最中だ。貴様1人を送り届けてやる余裕は無い。そこで、貴様には泳いで本国まで帰ってもらう事にしよう」

 

 そう言うとフレデリックは、その幕僚から視線を外す。

 

「おい、こいつを今すぐ、甲板から海に放り出せ!!」

「お、お待ちを、陛下ッ お許しくださいッ お許しください!!」

 

 懇願の声も空しく、引きずられていく幕僚。

 

 その声が遠のいていく。

 

「クズが」

 

 吐き捨てるように言うと、フレデリックはアルヴァンへと向き直った。

 

「全艦へ命じろ。可及的速やかに、全速力でアントワープへ向かえとな」

「ハッ」

 

 恭しく頭を下げるアルヴァン。

 

 フレデリックの命令は直ちに実行され、反転していくイギリス艦隊。

 

 だが、

 

 反転を始めた時、彼等の足元に密かに接近していた海狼達が、一斉に牙を剥いた。

 

 回頭する各艦の間で、轟音と水柱が連なって撃ち上げられる。

 

 同時に、視界の先では爆炎が踊っている様子も見える。

 

「な、何事かァァァッ!?」

 

 腰を抜かしたように、玉座に座り込むフレデリック。

 

 程なく、報告が届けられる。

 

「Uボートによる雷撃ですッ 巡洋艦と駆逐艦が複数やられました!!」

「何だとッ クソッ」

 

 口汚く罵るフレデリック。

 

 ここに来て、まさかのUボートによる一斉襲撃。

 

 実はエアルは、防空戦闘を行いながら、密かにイギリス本国艦隊の位置を特定。それを作戦に参加しているUボート艦隊当てに位置情報を送信していたのだ。

 

 こうしてイギリス艦隊の現在位置を特定したUボート艦隊が、海中から襲い掛かったのである。

 

 水上艦隊の対空戦闘で敵の攻撃を防ぎ、空からの目で敵の位置を確認、潜水艦で攻撃を仕掛ける。

 

 ドイツ海軍がこれまで、幾度もの海戦で戦果を上げて来た、3次元包囲陣。変則群狼戦法(ウルフ・パック)の成果である。

 

 北にいる水上艦隊ばかりに気を取られていたイギリス軍は、自分の足元にしたい寄っているUボート艦隊の存在に、全く気付かなかった。

 

 と言うより、フレデリックが追撃に躍起になるあまり、常に艦隊を高速航行させた為、Uボートが待ち構える海域に不用意に足を踏み入れてしまった、と言うのが正しい。

 

 更に混乱は続く。

 

 轟音が、「ライオン」の後方から鳴り響いた。

 

「『ハウ』被雷ッ 速力低下します!!」

 

 悲鳴に近い、見張り員の声。

 

 この時、戦艦「ハウ」は、戦艦部隊の最後尾、4番艦の位置にいたが、それ故に、駆逐艦による警戒も甘くなっていた。

 

 そこに、Uボートからの射線が重なった形である。

 

 キング・ジョージ5世級戦艦の5番艦は、左舷中央付近に2本の魚雷が命中。そこから大浸水を引き起こす。

 

 ダメージ・コントロールは迅速に行われた為、被害は限定的だったが、その間に発生した浸水によって、「ハウ」の速力は20ノットにまで低下してしまった。

 

 今も炎を上げて傾斜している。

 

「クソッ クソクソクソクソッ ナチの豚共がッ 儂の艦隊をッ よくもォ!!」

 

 思い通りにならない敵に、苛立ちを隠せないフレデリック。

 

 勢いよくアルヴァンへ振り返る。

 

「役立たずの駆逐艦共に、Uボート狩りをやらせろッ 空母は引き続き、北の敵を攻撃だッ!! 戦艦と巡洋艦はアントワープへ急行するぞ!! 急げ!!」

「駆逐艦は、全てこの海域に残すので?」

「その通りだッ!! ナチのゴキブリ潜水艦は1匹たりとも逃すなと、奴等に伝えろ!!」

 

 ギラギラした口調で吐き捨てるフレデリック。

 

 もはや、なりふり構わない、と言った感じである。

 

 それ程までに、自分の艦隊がUボートに傷付けられた、裏を返せば自分のプライドが傷付けられた事が許せなかった。

 

 そんなフレデリックに、幕僚の1人がオズオズと尋ねる。

 

「あの、『ハウ』は、どうするのですか?」

「捨てておけッ」

 

 言い捨てるフレデリック。

 

「足手まといに構ってられるかッ とっとと、アントワープ沖に戻るのが先だ!!」

 

 言ってから、更に怒鳴りつける。

 

「そんな事を、いちいち儂に聞くなッ 自分で判断せんか、クズが!!」

 

 最早、八つ当たり以外の何物でもない。

 

 とは言え、フレデリックの癇癪はともかく、イギリス艦隊も行動しないわけにはいかなかった。

 

 命令に従い、イギリス艦隊は駆逐艦が潜水艦を探して走り回り、空母は北上を続ける。

 

 その間に「ライオン」「テメレーア」「アンソン」の3戦艦、及びUボートの雷撃を免れた巡洋艦6隻は、アントワープを目指して南下を続ける。

 

 とにもかくにも、イギリス艦隊は反転し南を目指す。

 

 これが、イギリス軍を更なる混乱に陥れる事になるとも知らないままに。

 

 

 

 

 

3

 

 

 

 

 

 ドイツ海軍第1艦隊、アントワープ沖に突入開始。

 

 その連絡は、北方戦線で奮戦を続ける第2艦隊にも即座に齎された。

 

 旗艦「シャルンホルスト」艦橋で、報告を受けエアルは頷く。

 

 まさに、この報告を待っていたのだ。

 

「よし、これで作戦は次の段階に移った。この後、敵がどう出るか、だけど……」

 

 言いながら、エアルは艦橋の窓から南の空を見る。

 

 現在、第2艦隊は第3次空襲の真っただ中だった。

 

 迫りくる敵機の数は、それほど多くは無い。せいぜい20機程度。内、攻撃機のバラクーダは7~8機程度で、後は戦闘機のようだ。

 

 敵も息切れをした、と言うよりは装備補充の為に、一時的に出撃を控えている状況だろう。

 

 そもそも、イギリス軍の空母は、1隻当たりの艦載機数はそれほど多くない。一度の攻撃で放てる機数も限られている。

 

 何度も攻撃を放てば、息切れするのは当然だった。

 

 しかし、タイミングの悪さは、ドイツ艦隊も同様だった。

 

 現在、ドイツ艦隊上空に味方機は1機もいない。折悪しく、直掩隊は補給の為に空母の着艦している最中だった。

 

 上空にいるのはイギリス軍機のみ。

 

 バラクーダ隊は、「シャルンホルスト」に狙いを定めて降下してくる。

 

 まずは艦隊で最も対空戦闘能力の高い「シャルンホルスト」を潰してしまおうと考えたのだろう。

 

 その狙いは、間違ってはいない。

 

「敵バラクーダ、陣形を整えつつ低空に来ます。左舷110度、高角20度!!」

「取り舵20、左砲戦、機関全速!! 主砲、左砲戦用意ッ 高角0度!!」

 

 速力を上げつつ、緩やかに左へ回頭する「シャルンホルスト」。

 

 対してバラクーダは、低空に舞い降りながら陣形の密集を図る。

 

 直掩隊のいない今なら「シャルンホルスト」を仕留められると思っているのだろう。

 

 だが、その考えは甘かった。

 

 エアルは艦娘席に座るシャルンホルストを、チラッと見る。

 

 身重の少女は静かに目を閉じ、浅い呼吸を静かに繰り返している。

 

 大丈夫。今のところ彼女に、過度な負担は掛かっていないらしい。

 

 加速する「シャルンホルスト」。

 

 巡洋戦艦は3基の主砲塔を左舷へ旋回させる。

 

 6門の砲身は全て水平に倒され、低空へと狙いを定める。

 

「バラクーダ、更に接近ッ 距離6000!!」

 

 報告を受けた瞬間、

 

 エアルはスッと目を細める。

 

 そして、

 

「タイプ・ドライ、撃てェ!!」

 

 エアルの命令一下、放たれる6門の40センチ砲。

 

 唸りを上げる轟音。

 

 主砲発射の衝撃で、「シャルンホルスト」の左舷海面が凹む。

 

 慌てたのはバラクーダのパイロット達である。

 

 まさか、低空を進む自分達に向けて、巡洋戦艦が主砲を放つとは思っていなかった。

 

 海面付近で咲き誇る炎の華。

 

 「シャルンホルスト」への攻撃態勢を整えていたバラクーダ隊を、文字通りのみ込んでいく。

 

 攻撃を仕掛けて来たバラクーダ8機の内、実に5機が炎に包まれて海面に落下する。

 

 残った3機も、攻撃に恐れを成し、遥か手前の適当な場所で、捨てるように魚雷を投下して反転する。

 

 そこへ、「プリンツ・オイゲン」「エムデン」以下、護衛艦艇群が追撃の砲火を浴びせるのが見えた。

 

 当然、「シャルンホルスト」自身の対空砲もそこに加わる。

 

「いくらタイプ・ドライを警戒して低空で接近しても、攻撃のタイミングは低速で、更に集結状態にならなければならない」

 

 エアルはおざなりな攻撃だけをして退避していく、残存のバラクーダを見つめながら呟く。

 

「その瞬間なら、いかに相手が高速の航空機でも、こっちの攻撃を当てるのは難しくない」

 

 航空機による艦船への攻撃と言えば、高機動を駆使して対空砲火を翻弄し、あらゆる角度から攻撃を仕掛けられるように思える。

 

 しかし実際の話、有効な攻撃を行うには、ある程度の数を揃えて陣形を組む必要があり、更に、雷撃ともなれば、横隊を組んで低空を飛行、その上で魚雷を安定航走させる為には、機体の速度を落とす必要がある。この際、各機はあまり行動の自由が利かなくなる。勝手な行動を取れば、空中衝突の危険性があるからだ。

 

 艦船側からすれば、狙いやすい相手だった。

 

「まあ、相手が少数だったから使えた手だけどね」

 

 そう言って、エアルは苦笑する。

 

 これが太平洋戦線みたいに、数百機の航空機に一時に攻め込まれると、艦船側は対空砲と指揮装置が飽和状態となり、攻撃を許す結果となっただろう。

 

 去って行くイギリス軍攻撃隊。

 

 同時に、報告が挙げられてきた。

 

「『グラーフ・ツェッペリン』より入電。《攻撃隊、発艦準備完了》!!」

 

 フッと笑うエアル。

 

 待っていた報告が、ようやくもたらされたのだ。

 

「取り舵一杯、進路1-8-0!! 全艦に通達、《我に続け》!!」

 

 鋭い声で命じる。

 

「これより我が第2艦隊は、第1艦隊支援の為に南下する!!」

 

 

 

 

 

第84話「変則群狼戦法」      終わり

 

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