蒼海のRequiem外伝 ~北天の流星~   作:ファルクラム

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第8話「フォニー・ウォー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ラプラタ沖海戦」の名で知られる、第2次世界大戦初となる大規模水上戦闘は、ドイツ海軍の勝利に終わった。

 

 当初イギリス海軍は、戦艦1隻、重巡洋艦1隻、軽巡洋艦2隻と言う、圧倒的に有利な体制で戦いを挑んだ。

 

 対してドイツ海軍は、巡洋戦艦1隻のみ(後に増援を受け、最終的には2隻)。

 

 数においては圧倒的にイギリス艦隊が勝り、また彼等は第1次世界大戦以降も研究を重ねてきた結果、名実ともにヨーロッパ最強とも言える海軍を持つに至っていた。

 

 対してドイツ海軍は第1次世界大戦後のヴェルサイユ条約によって主力艦を全て奪われ、その後も長く新規建造を禁止された事情がある事から、海軍国としては完全に三等国扱いになっていた。

 

 そのイギリス海軍と、ドイツ海軍の初となる激突。

 

 誰もが、疑わなかったイギリス海軍の勝利。

 

 しかし、いざ開戦してみると、イギリス海軍はドイツ海軍の機動戦術に翻弄され、次々と戦力を脱落。

 

 最終的に旗艦「エイジャックス」を含む、軽巡洋艦2隻が撃沈、重巡洋艦1隻大破、更には司令官のハーウッド准将も戦死する体たらくだった。

 

 一方、海戦に参加したドイツ海軍の巡洋戦艦2隻は、ほぼ無傷に近い状態で戦場の離脱に成功。

 

 紛う事無きドイツ海軍の大勝利で、海戦は終結した。

 

 イギリス本国が大混乱に陥ったのは、言うまでも無い事だった。

 

 開戦から3か月。ドイツ軍は確かに快進撃を続けている。しかし、それはあくまで陸での話。イギリス軍の強みは海軍にあり、洋上にあれば自分達が負ける道理は無い。

 

 イギリス海軍に所属する将兵、艦娘の誰もが、そう固く信じて疑わなかった。

 

 海戦の報告を聞くまでは。

 

 だからこそ、G部隊が一方的に敗れたと言う報告が飛び込んできた時には、誰もが驚天動地だったのは言うまでもない。

 

 かつては7つの海を支配し、ヨーロッパ最強海軍を自負する自分達が、海戦で敗れるとは。それも、今や落ちぶれて、かつての栄光など見る影も無く落ちぶれてしまったドイツ海軍相手に、だ。

 

 直ちに箝口令が敷かれ、事実が隠ぺいされる一方、G部隊には帰還命令が下される。

 

 いったい、如何なる状況で敗れるに至ったのか。

 

 分析し、解決策を探る必要がある。

 

 転んでも、ただでは起きない。

 

 ドイツ海軍如きが息を上げたところで、栄光ある自分達、イギリス海軍(ロイヤル・ネイヴィー)が敗れる事などありえない。

 

 最後に勝つのは、自分たちなのだから。

 

 そう信じて、イギリス海軍は、ドイツ海軍への敵愾心を募らせていくのだった。

 

 

 

 

 

 居並ぶ将官達を前に、初老の男は堂々たる態度を崩そうとはしなかった。

 

 老いて尚、鋭さを失わない眼光は、イギリス艦隊首脳部たちがいる。

 

 イギリス海軍のトップは第1~第5までいる「海軍卿」と呼ばれる存在が務めている。

 

 それぞれの役割は以下の通りとなる。

 

 第1海軍卿は作戦、及び海軍全部隊の指揮統括。

 

 第2海軍卿は人事。

 

 第3海軍卿は艦艇、装備の調達、及び開発、研究。

 

 第4海軍卿は補給、及び輸送関連の統括。

 

 第5海軍卿は航空機関連全般の統括。

 

 そして、この5人を統括する上位の存在として海軍大臣が存在している。

 

 現在、この場には第1海軍卿であるラドル・パウンド元帥と、彼の幕僚たちが居並んでいる。

 

 そして、

 

 彼等の視線の先では、直立不動の姿勢を取っているアルヴァンと、その傍らでふてぶてしい態度で座っている、ディランの姿があった。

 

「以上が、ラプラタ沖海戦の結果であります」

 

 自身が作成した報告書を読み上げるアルヴァン。

 

 居並ぶ英国海軍の幹部相手に、堂々たる態度を見せている。

 

「すると、グラムセル中佐、君は、ハーウッド中将(戦死後2階級特進)の指揮が不適切であったがために、今回の敗北があった。そう、言いたい訳かね?」

「その通りであります」

 

 尋ねるパウンドに、アルヴァンは間髪入れずに答える。

 

 彼が作成した報告書は、主であるディランを擁護する一方、戦死したハーウッドの指揮を徹底的に批判したものだった。

 

「敵が高速の巡洋戦艦であり、その攻防性能においては、巡洋艦での太刀打ちは困難である事は明白でした。ならばこそ、戦力を集中して敵に当たるべきだったにもかかわらず、中将は戦力をいたずらに分散、敵に各個撃破の好機を与える結果となりました。仮に敵が今回のように各個撃破を狙って来たとしても、敢えて勝ちを急がず、遅滞戦闘で時間を稼ぎ、我らの到着を待つべきでした。にも拘わらず、それを行わず、巡洋艦のみの艦隊で巡洋戦艦に挑んだとなれば、無謀のそしりは免れますまい」

 

 用意したように、報告を読み上げるアルヴァン。

 

 確かに、理屈としては間違ってはいない。

 

 だが、裏を返せば、全責任を死んだハーウッド以下、G部隊司令部に押し付けているに等しかった。

 

 話を聞いて、考え込むパウンド。

 

 ややあって顔を上げると、今度はディランに向き直った。

 

「ケンブリッジ候に尋ねるが、あなたは、今、グラムセル中佐が語った策を、作戦中に考えなかったのですか?」

 

 立場的に上位のパウンドだが、相手は王族である。口調も自然、丁寧になる。

 

 対して、尋ねられたディランは、やれやれとばかりに肩を竦めた。

 

「無論、私とて馬鹿じゃない。それくらいは考えたさ」

「しかし、進言はしなかった。その理由はなぜですかな?」

 

 もし、進言をしていたらこのような無様な敗北にはならなかったのではないか。

 

 尋ねるパウンドに、しかしディランは余裕を持たせるように告げる。

 

「これは異な事を、パウンド卿。いかに私が献策しようとも、上級司令部が判断した以上は無意味な事。私はただ、G部隊司令の指示に従ったまでですよ」

 

 あくまでも悪いのはハーウッドであって、自分達は指示に従っただけ。罪に問われるのは筋違いだ。

 

 その態度を崩そうとしないディランとアルヴァン。

 

 嘆息するパウンド。

 

 死者に罪を擦り付けるやり方は、パウンドにとってはらわたが煮えくり返りそうなほどに怒りを覚えるが、何と言っても相手は現国王の第2王子。次期国王に最も近いと言われている人物であり、この国の最高権力者だ。その証言を無下にはできない。

 

 何より、ハーウッド以下G部隊司令部は「エイジャックス」と共に海の底に沈んでおり、更には「アキリーズ」も沈没。巡洋艦では唯一残った「エクセター」も、艦長以下全主脳部が戦死。艦娘のエクセターは辛うじて生還したが、意識不明の重体であり、復帰のめどはたっていない。

 

 つまり、ディラン達の証言を覆せる人間はいないのだ。

 

「判った。結果については後日、お伝えする事とする。今日は下がられると良い」

「あっそ。じゃあ、帰らせてもらうね」

 

 諦念交じりに告げるパウンドに対し、ディランはやれやれとばかりに肩を竦めると、そのまま敬礼もせずに退室ていく。

 

 アルヴァンだけが、居並ぶ海軍上層部に敬礼すると主の後を追いかけて退室していった。

 

 

 

 

 

「見事だったぞ、アルヴァン」

「ハッ 誠に恐悦至極」

 

 追いついて来た自身の副官を、笑顔で労うディラン。

 

 ラプラタ沖海戦後、本国からの召還に従いスカパフローへ寄港した「ラミリーズ」。

 

 ディラン達を待っていたのは、先程の通り、第1海軍卿ラドル・パウンド元帥以下、海軍上層部の詰問だった。

 

 彼等はラプラタ沖海戦の戦闘詳報を分析し、なぜ敗北したのか、そしてだれが責任を負うべきかを審議する為、生き残った上級職であるディランとアルヴァンを呼び出したのだ。

 

 とは言え、ディラン達も馬鹿ではない。このままでは呼び出された上に、責任を問われる事は明白だった。

 

 そこでディランは、アルヴァンに命じて報告書を作成させたのだ。

 

 内容的には概ね、戦闘の経緯がそのまま書かれている。ただし、ディラン達の行動を擁護する一方、ハーウッド以下G部隊司令部の指揮ぶり、特に判断ミスについては誇張した脚色を行うようにした。

 

 ディランの罪を軽くする一方で、敗戦の責任をハーウッドたちに押し付ける為である。

 

「これで、殿下が責を問われる事はありますまい。彼等とて、王室を敵には回したくないでしょうしな」

 

 イギリスにおいて、王室の権威は絶対である。

 

 それは海軍のトップとて、逆らえる物ではない。

 

 アルヴァンの報告書と、王室の特権があれば、ディランに対して責任を追及する事はできない筈。と言うのが、アルヴァンの狙いだった。

 

「当然だな」

 

 対して、ディランは笑みを浮かべながら、胸を張って見せる。

 

 後ろめたい事など何もない。とでも言いたげな態度だ。

 

「私はこんな所で終わる人間じゃない。つまらない理由で、経歴に泥を塗られるなんてまっぴらだ」

 

そうだ。

 

 いずれ次期国王となる自分が、こんな所でつまずいていい訳がない。

 

 自分は常に高みを目指して歩いているのだから。

 

「それに・・・・・・」

「それに?」

「あの、ドイツ巡戦。あいつだけは、許さない」

 

 苦々し気に告げるディランの脳裏には、ラプラタ沖で対峙した「シャルンホルスト」の姿が、ありありと浮かんでいた。

 

 薄汚いナチスの分際で、生意気にも自分をコケにしてくれた巡洋戦艦。

 

 三流海軍のくせに、この自分を翻弄した忌々しい敵。

 

「必ずだ。いずれ必ず、あいつは私の手で沈めてやる」

 

 ぎらつく眼のディラン。

 

 その視線の先では、地獄の業火の中で沈みゆく「シャルンホルスト」の姿が、ありありと夢想されているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大西洋における通商破壊戦を終えた、「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」から成る第1戦闘群がキール軍港へ帰還したのは、昨年の12月の事だった。

 

 帰路も往路同様、デンマーク海峡を通り、イギリス本土の北を大きく迂回する形での帰還となった。

 

 これに対しイギリス海軍は、大西洋上に展開したUボートや通商破壊戦部隊を警戒するあまり、またしても後手に回る事になった。

 

 彼等は、第1戦闘群のドイツ本土帰還を、全くと言って良いほど察知できなかったのだ。

 

 イギリス海軍の各部隊は、既にいるはずの無い「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」を、散々駆けずり回って探した挙句、完全に無駄足を踏まされる形となった。

 

 裏を返せば、それ程までに彼等は第1戦闘群を警戒していた事になる。

 

 ラプラタ沖海戦でG部隊が撃破された事は、彼等の脳裏に生々しく残っている筈。

 

 その為に、特に2隻の巡洋戦艦を血眼になって探し回った事だろう。

 

 2隻がとっくに、帰路についているとも知らずに。

 

 こうして、イギリス海軍の目をすり抜けて、本国へ帰還を果たした「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」は、ドックに入渠して整備を受けていた。

 

 

 

 

 

 そっと、足音を殺して部屋の中へと入り込む。

 

 首だけを中に入れて覗き込む。

 

 人の気配は無い。

 

 ただ、

 

 ベッドの方から、静かな寝息が聞こえてくるだけだった。

 

「アハ、やっぱり、まだ寝てるね」

 

 胸に浮かんだのは、ちょっとした悪戯心。

 

 この時間なら、部屋の主が寝ているだろうと予想して忍び込んだのだが、どうやら当たりだったらしい。

 

 なら、ちょっとだけ、

 

 寝顔を拝見してやろう。

 

 とか思った次第である。

 

 足音を立てずに、ベッドへと近づく。

 

 そして、

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 それはまだ、自分が学生だった頃の事。

 

 バイトを終えて、疲れた体を引きずるようにして家へと帰る。

 

 案の定、父親は家にはいない。

 

 と言うより、あの人が家に戻って来た事はない。専ら、海軍本部で寝泊まりしている為、顔を合わせる事自体、年に数回、あるか無いかだ。

 

 取り合えず生活費だけは入れてくれるので、食うに困る事はないのだが。

 

 しかしそれでも蓄えは十分とは言えず、こうして学業の合間を見て、バイトに明け暮れる日々だった。

 

 と、

 

「兄ちゃん!!」

「お兄ちゃん!!」

 

 自分が返ってきた気配を察したのだろう。

 

 まだ幼い弟と妹が、部屋から駆け出してくるのが見えた。

 

 笑顔が、自然と浮かぶ。

 

 母がおらずとも、

 

 父が帰らずとも、

 

 生活が苦しくても、

 

 家に帰れば、2人の笑顔を見る事が出来る。

 

 ただそれだけで、本当に幸せだった。

 

 この2人がいてくれるだけで、また明日頑張れる。

 

 この2人がいてくれれば、つらい日々を乗り越えていける。

 

「ただいま、2人とも」

 

 そう言って、駆け寄ってきた2人を抱きしめた。

 

「わわッ!?」

 

 途端に、声を上げる2人。

 

 完全にタイミングが合っていて面白い。

 

「よしよし、寂しい思いさせちゃったね。ごめんね」

 

 そう言いながら、2人を優しくなでる。

 

「あッ ちょ、ちょっと待ってッ」

 

 声を上げる2人。

 

 しかし、そんな2人にかまわず、ぬくもりを確かめるように、腕に力を籠めるのだった。

 

 

 

 

 

「あっ ちょッ んッ ちょ、ちょっと、お、おお、おにーさんッ!? ひんッ!? そ、そこ、はッ んんッ だ、ダメェ~」

「・・・・・・・・・・・・あれ?」

 

 少女の情けない喘ぎ声で、エアルは目を覚ました。

 

 いったい、何がどうなったのか?

 

 自分は確か、バイト明けで帰宅して、

 

 そこへ弟と妹が起きてきて、出迎えてくれたはず。

 

 それで、自分も2人を抱きしめて。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 いや、違う。

 

 ここは実家でもなければ、自分はバイト明けの学生でもない。

 

 ここは自分が指揮する、ドイツ海軍巡洋戦艦「シャルンホルスト」の艦長室。

 

 昨夜、深夜まで書類を作成し、終わった後はベッドに直行してそのまま一気に寝入ってしまったのだ。

 

 と、

 

「あ、あの・・・・・・おにーさん?」

 

 困惑交じりの声に、視線を向けるエアル。

 

 見ればなぜか、

 

 目の前に巡戦少女の姿がある。

 

 否、

 

 正確に言えば、シャルンホルストは、寝ているエアルの腕の中に、抱きかかえられる形になっていた。

 

 艦娘とは言え女の子である。

 

 特有の柔らかい感触が、エアルの腕に伝わってくる。

 

「シャル、何してるの?」

「いや、まあ、色々ありまして・・・・・・・・・・・・ところで、おにーさん」

 

 改まった口調のシャルンホルスト。

 

 その顔は、恥ずかしそうに視線をそらし、頬はほんのり赤くなっている。

 

「手、放してもらえると・・・・・・・・・・・・」

 

 そこで、エアルは自分が未だに少女を抱きかかえたままである事に気付く。

 

 どうやら寝ぼけて弟妹と勘違いし、抱きしめてしまっていたらしい。

 

 それどころか、右手は思いっきり、シャルンホルストのお尻を鷲掴みにしていた。

 

 スカートはあられもなく捲れ、パンツ越しに少女のお尻を揉みしだいている。

 

 白地に黒のネコがバックプリントとして描かれた、可愛らしいパンツ。

 

 お尻は程よく柔らかく、好ましい感触が伝わってくる。

 

 正直、ずっと触っていたい、とか思ってしまうのも無理からぬことだろう。

 

 無論、

 

 それをやったら、割と色々、終わる事になりかねないが。

 

「わわッ ちょッ!?」

 

 状況を理解し、とっさに手を放すエアル。

 

 シャルンホルストもほとんど条件反射的に飛びのく。

 

 背を向けて、乱れた服を戻す少女。

 

 青年も、罰が悪そうに視線を逸らす。

 

「ご、ごめん」

「う、ううん。ボクも、ちょっと油断してたって言うか・・・・・・」

 

 お互い、視線を合わせないようにしながら、ぎこちなく言葉を交わす。

 

 気まずい。

 

 とんでもなく気まずい空気が、朝っぱらから2人の間で垂れ流されるのだった。

 

 

 

 

 

 着替えを終えたエアルは、そのままシャルンホルストを伴って、艦橋へと向かう。

 

 とは言え、

 

 先ほどの一件もあり、2人の間には気まずい空気が流れっぱなしなのだが。

 

 互いにそっぽを向いたまま、並んで歩く、エアルとシャルンホルスト。

 

 艦長と艦娘の奇行に、すれ違う兵士たちは首をかしげていた。

 

 艦橋に入ると、すでに副長のヴァルター少佐がおり、入ってきた2人を怪訝な面持ちで出迎えた。

 

「おや艦長、シャル、おはようございます。お二人で同伴出社とは、これまた」

「「ア、アハハハハハハハハハハハハハ・・・・・・・・・・・・」」

 

 揃って乾いた笑いを浮かべる2人。

 

 ヴァルターの冗談が、あながち冗談じゃなくなりそうだった所が怖い。

 

「そう言えば、2人に来客があり、待たせてありますよ」

「客? こんな朝から?」

「誰だろ?」

 

 顔を合わせて首をかしげる、エアルとシャルンホルスト。

 

 そこへ、涼やかな足音と共に、誰かが艦橋へ入ってくるのが見えた。

 

 振り返る2人。

 

 シャルンホルストの顔に、笑顔が浮かぶのは、ほぼ同時だった。

 

「ゼナッ 来てたのッ」

「久しぶりね、シャル」

 

 互いに手を取り合う少女たち。

 

 入ってきた少女は、長い黒髪をポニーテールにして好調ぶに纏め、やや釣り気味の目をした、真面目そうな印象の少女だった。

 

 そして、

 

 シャルンホルストと、どことなく似ているのは、恐らく気のせいではないのだろう。

 

 

「おにーさんは、ゼナとは初めてだったよね」

「う、うん。どちら様?」

 

 なんとなく察しはついていたが、ここはシャルンホルストに任せてみる。

 

 巡戦少女は、もう1人の少女に向き直っていった。

 

「おにーさん、こっちはゼナね。で、ゼナ、こっちが前に話したおにーさん」

 

 さっぱり分からなかった。

 

「もう、シャルの紹介は雑すぎ」

 

 やれやれとばかりに嘆息すると、少女はエアルに改めて向き直り会釈をする。

 

「初めまして、アレイザー中佐。シャルンホルスト級巡洋戦艦2番艦、『グナイゼナウ』の艦娘です」

「グナイゼナウの、じゃあ、君が」

「はい。姉がいつも、お世話になっています」

 

 つまり、彼女はシャルンホルストの妹と言う事になる。

 

 艦娘同士、血のつながりがあるのかどうかという点についてはいまだに研究中だが、同型艦同士が姉妹として認識されている。

 

「どうしても、一度紹介してくれと言われててな。俺も用事があったから、ついでに連れて来たんだ」

 

 言いながらもう1人、艦橋に足を踏み入れた人物がいる。

 

 長身で端正な顔立ち。

 

 どこか舞台俳優のような整った外見。

 

 胸元には、エアルと同じく、中佐の階級章がある。

 

「よう」

「オスカー、久しぶり」

 

 入ってきた人物の顔を見て、エアルは笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 とりあえず立ち話も何だと言う事で、エアルは2人を連れて応接室の方へと移動した。

 

 シャルンホルスト級巡洋戦艦は、旗艦任務を負う事を想定している為、比較的広い部屋も艦内には存在していた。

 

 「グナイゼナウ」艦長、オスカー・バニッシュ中佐は、エアルと士官学校の同期にあたる。

 

 当時から特に馬が合い、仲の良い友人として、現在でも付き合いがある。

 

「ラプラタ沖では助かったよ。ほんと、良いタイミングで来てくれたね」

 

 あの時、

 

 イギリス艦隊に包囲された「シャルンホルスト」を、オスカー率いる「グナイゼナウ」が間一髪で助けに来てくれた。

 

 あの「グナイゼナウ」の来援で形勢は一気に変わり、戦いはドイツ艦隊の勝利に終わったのだ。

 

「よく言う」

 

 オスカーは淹れてもらったコーヒーを口に運びながら、フッと笑う。

 

 そんな様子も、実に様になる男だった。

 

「予め、俺たちに自分の位置を報せておき、敵艦隊を誘導したのはお前だろう。あれがあったから、俺たちはイギリス軍の側面をつく事が出来たようなものだ」

「それでも、だよ。あれで来てくれなかったら、俺達は危なかったかもしれない」

 

 実際、「シャルンホルスト」単独では、勝てるかどうかは賭けに近かった。

 

 「グナイゼナウ」が来てくれたからこその勝利だったのは間違いない。

 

 視線を巡らせる。

 

 部屋の隅では、シャルンホルストとグナイゼナウが、お菓子を食べながらカードゲームに興じている。

 

 もし「シャルンホルスト」がラプラタ沖で沈んでいたら、あの光景も見る事が出来なかったのだ。

 

「それよりも、だ」

 

 声を改めるオスカー。

 

 どうやら今日、ここに来た理由は、グナイゼナウの付き添いと言うだけではないらしい。

 

「次の作戦について、お前も噂は聞いているか?」

 

 オスカーの言葉に、エアルも眼差しを細める。

 

 現在、戦争は冬に入り、停滞期に入っている。

 

 ドイツ軍と連合軍、双方ともに冬季間は動きたくても動きがとりづらい。その為、互いに牽制するのみで、実際に砲火を交えることは少ない。

 

 交戦状態にあるにもかかわらず、両軍が互いに動かない。不思議な状態。

 

 俗に「まやかし戦争(フォニー・ウォー)」と呼ばれる期間だった。

 

 代わって世界が注目したのは北。ソビエト連邦と隣国フィンランドとの間で行われている戦いだった。

 

 独ソ不可侵条約の締結により、ドイツの脅威がなくなったと判断したヨーゼフ・スターリン書記長は、バルト3国、並びにフィンランドに対し、領地の割譲等を迫る圧力を強めていた。

 

 これに対し、フィンランド側は徹底抗戦の構えを見せた。

 

 両国の交渉は平行線をたどり、ついに決裂。

 

 1939年11月30日。

 

 ソビエト軍はフィンランド側から攻撃を受けた(実際には自作自演であった事が後に判明)事を理由に侵攻を開始。

 

 後の世に冬戦争(第1次ソ芬戦争)と呼ばれる戦いの始まりだった。

 

 ソ連軍が総勢100万の軍勢に、更に大量の戦車と航空機の支援の下に侵攻を開始したのに対し、迎え撃つフィンランド軍の総数は僅か25万。しかも火力に乏しく歩兵が中心となっている。

 

 戦いはソ連軍の圧倒的勝利に終わるかと思われた。

 

 しかしフィンランド軍上層部は的確に指揮指導を行い、練度の高い狙撃兵多数を戦線に配置。更には地形を有効に活用した徹底的なゲリラ戦術でソ連軍に対抗。ソ連軍は思わぬ苦戦を強いられる事になる。

 

 寡兵のフィンランド軍は各戦線においてソ連の大軍を押し返していた。

 

 特に、「白い死神」の異名で呼ばれた天才スナイパーは、たった1人でソ連軍の部隊をいくつも壊滅に追いやり、ソ連兵の恐怖の的となった。

 

 あまりにも多くの将兵が殺された為、「白い死神」には、スターリン直々に賞金首が掛けられたという。

 

 更に12月9日より行われた「スオムッサルミ会戦」においては、5倍の兵力差を跳ね返してフィンランド軍が勝利する。

 

 結局この戦争においてフィンランド軍は終始、ソビエト軍を圧倒したものの、最終的には一連の戦闘で武器弾薬を消費しつくした為、「これ以上の戦闘継続は困難」と判断されソ連側から申し入れられた停戦案に合意し、終結する事になる。

 

 もっとも、その際にソビエト側から突き付けられた停戦条件は過酷な物であり、これに納得できなかったフィンランド側は翌年には継続戦争(第2次ソ芬戦争)を戦う事になる。

 

 形の上では、冬戦争はソ連の勝利と言う事になっている。

 

 しかし明らかに戦力に劣るフィンランド軍相手に苦戦を強いられた事で、大国ソビエトは思わぬ脆さを露呈した形だった。

 

 この冬戦争の影響が後々、ドイツの運命にも大きく関わって来る事になる。

 

 とは言え、今のところドイツには直接は関係の無い争いであり、作戦を終えたエアル達には、文字通り「対岸の火事」でしかなかったのだが。

 

 戦場の幕間に、一時訪れた平穏。

 

 しかし、誰もが知っている。

 

 この平穏が、文字通りのまやかし(フォニー)に過ぎないと言う事を。

 

 いずれ、再び大きな戦いが始まる。

 

 そんな確かな予感を抱きつつも、

 

 ひとまず世界は、平和の裡にあり続けるのだった。

 

 だが、夢がいつかは覚めるように、まやかしもいつかは解ける。

 

 いずれ冬が終われば、ドイツ軍は再び動き出すことになる。

 

「多分、北欧・・・・・・ノルウェーだろうね」

 

 北欧におけるノルウェーの価値は計り知れない。

 

 北海に面しており、更には海岸線は複雑なフィヨルド構造になっている。つまり、艦隊の泊地としては最適なのだ。

 

 ノルウェーを抑える事が出来れば、ドイツ海軍は水上艦にしろ潜水艦にしろ、活動の幅が大きく広がることになる。

 

 さらに地下には戦争遂行に必要な天然資源が豊富に内蔵されている。

 

 ノルウェーはドイツにとって、何としても押さえておきたい重要な地域だった。

 

「それに最近、イギリス側もノルウェーに目をつけているって噂もあるし。早めの押さえるのが理想なんじゃないかな」

「確かにな。だが、そうなると今度こそ、イギリス海軍の主力が出て来ることになるだろうな」

 

 ドイツ海軍が動くとなれば、イギリス海軍も黙ってはいないだろう。

 

 今度は、双方、全力をもってぶつかる戦いになる。

 

 その波に、自分たちは否応なく、飲み込まれていく事になるだろう。

 

 エアルはチラッと、シャルンホルストの方を見やる。

 

 また、彼女を危険に晒す事になる。

 

 それは決して、エアルにとっても歓迎すべきことではない。

 

 彼女に限らず、戦いになれば艦娘たちを否が応でも危険に晒さなくてはならなくなる。

 

 仕方ない事ではあっても、やはりやりきれなかった。

 

 だが、

 

 その一方で、心のどこかで踊り出すような物も感じていた。

 

 また、彼女と一緒に戦う事が出来る。

 

 30ノットで疾駆し、敵艦めがけて主砲を放つ事が出来る。

 

 それを考えるだけでエアルは、自分の中の血が騒ぐような感覚を抑えられなかった。

 

 と、

 

 シャルンホルストがエアルの視線に気づいたのだろう。振り返って笑顔を向けてきた。

 

「おにーさん、おにーさん達も、こっちきてやろうよ」

「オスカーも、ほら」

 

 カードゲームに誘ってくる、シャルンホルスト級の姉妹たち。

 

 エアルとオスカーは顔を見合わせると苦笑する。

 

「良いね、やろうか」

「そう言えば、お前には士官学校時代の貸しがまだ残っていたな。俺が2勝先行しているはずだ。そろそろ返してほしいんだが?」

「う、よく覚えてるね。こっちは完全に忘れてたってのに」

 

 笑いあう一同。

 

 やがて来る、戦いの前、

 

 まやかしの中にあって一時だけ、

 

 ほんのわずかな平和に包まれた風景だった。

 

 

 

 

 

第8話「フォニー・ウォー」      終わり

 

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