1
第2艦隊主力がイギリス本国艦隊と交戦を行っている頃、
「ペーター・シュトラッサー」を旗艦とする脱出艦隊は、ノルウェー西方、ロフォーテン諸島沖を航行していた。
目指すベルゲンまで、3分の1の行程は消化した形である。
「戦況は、どうなっているか?」
脱出艦隊を指揮するラインハルト・マルシャル大将の声にも緊張が籠る。
現在、脱出艦隊は旗艦「ペーター・シュトラッサー」を中心に、後方には輸送船3隻が続行。
護衛である駆逐艦3隻は、空母の前方で警戒に当たっている。
「ペーター・シュトラッサー」の格納庫にはフォッケウルフFw190が3機と、ユンカースJu87スツーカ8機が搭載されている。
これだけが、脱出艦隊の護衛戦力と言える。
一応の戦闘は可能だが、イギリス艦隊主力に捕捉されたらひとたまりも無いのは明白だった。
「軽巡洋艦『エムデン』沈没。航空母艦『グラーフ・ツェッペリン』大破、炎上中との事」
報告が成されると、マルシャルの背後で息を飲む音がした。
サイアだ。
マルシャルの計らいで、艦橋にいる事を特別に許可されていた。
腕の中では、彼女の姪に当たる少女が抱かれている。
エミーリアは、安らいだような寝顔で目を閉じている。
流石はエアルとシャルンホルストの娘と言うべきか、出撃前のようにぐずったりする様子はない。むしろ、安心しきって眠っているあたり、将来の大物感があった。
「クロウ…………」
双子の兄の名を呼ぶサイア。
報告にあった「グラーフ・ツェッペリン」の状況からすでに、クロウの命運が尽きているであろう事は、想像に難くなかった。
「『シャルンホルスト』と、『プリンツ・オイゲン』はどうか?」
「は、今のところ健在な様子」
報告を聞き、マルシャルは胸をなでおろす。
「まだ、無事なようだ」
「…………はい」
マルシャルに答えながら、サイアは腕の中のエミーリアをギュッと抱き締めた。
この子の両親は戦っている。
今も、
自分達を守る為に、遥か北の海で。
「兄さん…………シャル…………」
彼等の事を想い、祈る事しかできなかった。
イギリス本国艦隊を指揮するボルス・フレイザーの下には、航空攻撃における最終的な戦果報告がもたらされていた。
空母1、軽巡洋艦1撃沈確実。
この戦果はフレイザーにとって、十分満足のいく物だった。
特に「グラーフ・ツェッペリン」を撃沈できたことは大きい。これで、制空権はイギリス側が握る事となった。
しかし、
「損害が、思ったより大きいな」
撃墜が、シーファイア12機、シーハリケーン8機、バラクーダ22機。
更に、帰還したものの損傷が激しく、再出撃不能と判断された機体が30機近くに上る。
ドイツ艦隊攻撃に向かった航空隊は、合計で122機なので、5割以上の損害を出した計算になる。
何より、大きな問題が残っている。
「ここまで、時間を掛けすぎましたな」
「ああ」
ロブ・バーネット参謀長の言葉に、フレイザーは嘆息気味に頷いた。
北海の短い昼は終わり、既に夜の帳が下りていた。
ドイツ軍の思わぬ抵抗に苦戦を強いられたイギリス軍攻撃隊は、「グラーフ・ツェッペリン」撃沈に時間が掛かりすぎ、「シャルンホルスト」まで手が回らなかったのだ。
少数の機体が攻撃を仕掛けたが、ドイツ巡戦の対空砲と機動力の前に、成す術もなくあしらわれてしまった。
攻撃に時間が掛かりすぎた結果、残った「シャルンホルスト」と「プリンツ・オイゲン」は、高速で海域を離脱しつつある。
しかも、時刻は既に16時45分。
北極海の日照時間は短い。既に夜の帳は迫り、周囲は暗くなり始めていた。
今から航空隊を再編し、補給を施して再出撃する事は不可能だ。明日の朝まで待たないと。
「機動部隊からは、夜間攻撃を実施したい旨が来ておりますが?」
「無謀だ。やめさせろ」
フレイザーは首を横に振る。
夜間攻撃は目標を定めづらく、攻撃成功の可能性は極めて低い。却って、着艦時に事故を起こす可能性の方が高い。
総じて、デメリットの方が大きい。
「やはり、最後は砲撃で仕留めますか?」
「ああ、予定通りだ」
初めからそのつもりだった。
頷くフレイザー。
初めから航空隊には、「グラーフ・ツェッペリン」の撃沈を最優先にするように命じてある。「シャルンホルスト」への攻撃は、余裕がある場合に行うように、と。
「グラーフ・ツェッペリン」を撃沈できただけで、目的は達している。
あとは水上艦隊の仕事だ。
「既にフォースBが先行。予定では、間もなくドイツ艦隊と接触する筈です」
「フォースB、ライフォード少将の部隊だな」
リオン・ライフォードは、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦3隻を率いて先行している。
目的は快速を活かした前衛、及び敵艦隊の監視だが、好機あれば仕掛けるように伝えてある。
あわよくば「プリンツ・オイゲン」を戦列外に追いやり、「シャルンホルスト」を完全孤立状態に追い込めれば、より勝利は確実な物となる。
「我々も速度を上げるぞ。奴らが離脱する前に捕捉する」
「ハッ」
フレイザーの命令を受けて、フォースAは速力を上げ、追撃態勢に入るのだった。
そこでふと、フレイザーはある事に思い至り、付け加えた。
「それと、奴等にはもう1隻、空母がいたはずだ。そいつの姿が無いのが気に掛かる。そちらの捜索も合わせて行ってくれ」
「ハッ 了解しました」
2
急速に暗夜が海面を覆う。
日照時間が短い北極海において、夜の闇は言わば常態と言っても良いだろう。
「グラーフ・ツェッペリン」「エムデン」を失い、僅か2隻のみとなったドイツ第2艦隊は、進路を西に取り航行を続けていた。
時計を確認するエアル。
今のところ脱出艦隊からの通信は無い。
完全無線封止状態にある為、緊急時以外は向こうから連絡してくることはない。
要するに「便りが無いのは良い便り」と言ったところ。
「…………だと、良いんだけど」
実際の話、そうでも思い込まないと不安に飲み込まれそうなのだが。
マルシャルは、エアルが考え得る限り最も信頼できる提督だ。かつての上官に任せておけば間違いはない筈。
考え得る限り、あらゆる手は打った。
が、
使える戦力が限られている以上、それでも不安要素しかないのだ。
それに、脱出艦隊の心配ばかりもしていられない。
「水上レーダーに感あり!!」
緊張した声が上がる。
「左舷120度より接近する艦影、数5、速力大!!」
「巡洋艦部隊だな」
エアルは報告を聞いて判断する。
快速艦隊が先行して捕捉し、後から来る戦艦中心の本隊が合流するまでドイツ艦隊を拘束する。
今次大戦で、イギリス艦隊が何度も行った手だ。
「取り舵20、進路2―7―5!!」
「主砲、左砲戦用意ッ」
エアルの命令を受け、僅かに左に回頭して緩やかに針路を変える「シャルンホルスト」。
同時に3基の連装40センチ砲が左舷方向に旋回、砲撃体制に入る。
同時にエアルは命じる。
「『オイゲン』に通達、《分離行動を開始せよ》」
命令を受けた「プリンツ・オイゲン」は、面舵を切って隊列を離れていく。
戦力的に劣るドイツ艦隊にとって、いかに敵を各個撃破するかがカギとなる。
敵が快速艦隊を分離して、こちらを拘束する事を狙うなら、まずはその快速艦隊を叩き、しかる後、その背後にいる本隊を引きずり出す。
その為の布石として、エアルは「オイゲン」を大いに活用するつもりだった。
「リミットは明日の夜明け。それまでは、何としても持ち堪えないと」
呟きながら、時計を見るエアル。
最後の夜は、長くなりそうだった。
「レーダー室より艦橋、敵艦隊、本艦左舷後方より更に接近ッ」
敵艦隊は、明らかに対決する姿勢で来ている。
ならば、受けて立つまで。
「目標、敵1番艦!!」
右手を振り上げるエアル。
その時、彼方で複数の閃光が瞬くのが見えた。
追いすがって来たイギリス艦隊が、砲撃を開始したのだ。
対して、エアルも目を見開く。
「撃ち方始め!!」
振り上げた右腕が、勢いよく振り下ろされた。
第2艦隊を初めに接触したのは、予想通りリオン・ライフィード率いるフォースBだった。
軽巡3、重巡2から成るフォースBは、エアルの予想通り、フレイザー率いるフォースAが来るまで、第2艦隊を足止めする事が目的だった。
とは言え、リオン自身、単なる足止めに終わるつもりはない。
可能なら敵艦にダメージを負わせ、この先の戦いを有利に導くべく、積極的に攻撃を仕掛けるつもりだった。
「いよいよね」
「ああ、やつとの因縁も、今日までだ」
ベルファストの言葉に、リオンはこれまでの想いを吐き出すように呟く。
シャルンホルスト。
そして、エアル・アレイザー。
このペアにはこれまで、幾度もの戦いで対峙しながら、常に圧倒されてきた。
リオン達にとって、最大の因縁ある相手。
だが、今度こそ終わる。
自分達の勝利で終わる。
眦を上げる。
フレイザーからは本隊到着まで時間を稼ぐように言われている。
勿論、その命令をたがえるつもりはない。
しかし、機会あれば自分達単独で「シャルンホルスト」撃沈を狙うつもりでリオンは来ていた。
その為の許可も、フレイザーから得てある。
リオンの手持ち戦力は巡洋艦だけだが、隻数では勝っている。やり方次第で勝機はあると考えていた。
「機関最大、右砲戦用意!!」
「各艦に通達、《砲撃準備を行いつつ、旗艦発砲を待て》!!」
現在、フォースBは旗艦「ベルファスト」が最左翼に陣取り、左から順に重巡洋艦「ノーフォーク」「ロンドン」、軽巡洋艦「シェフィールド」「フィジー」が、半月を描く形で陣形を組み航行している。
そのまま「シャルンホルスト」と「プリンツ・オイゲン」を南側から半包囲する形だ。
この陣形なら、ドイツ艦隊がどの方向に転舵しても集中砲火を浴びせる事が出来る。
「目標捕捉、距離、1万4000!!」
既に夜の帳がおり、視界は闇に閉ざされている。
しかし問題はない。
「1万3000!!」
フォースB各艦は、レーダーに捉えた輝点を頼りに照準を付ける。
「距離、1万2000!!」
「撃ち方始め!!」
リオンの命令と共に、12門の50口径15.2センチ砲を放つ「ベルファスト」。
同時に「ベルファスト」は取り舵転舵、緩やかに左へ回頭しつつ、進路上に「シャルンホルスト」を追い込む形を取る。
後続する4隻も、旗艦発砲を受けて主砲を撃ち放った。
次の瞬間、
「敵戦艦、発砲!!」
彼方で一際巨大な閃光が瞬いた。
鳴り響く飛翔音。
巨大な水柱が、「ベルファスト」の右舷側に立ち上る。
流石の衝撃。
まだ着弾が遠い中、排水量1万トンの大型軽巡が大いに揺さぶられる。
巨大な瀑布が襲い掛かる中、イギリス艦隊も果敢に反撃した。
「怯むなッ 敵は大口径だが、こっちには手数がある!!」
リオンの言葉通り、斉射を連続するフォースB各艦。
「シャルンホルスト」の周辺に、多数の水柱が立ち上る。
その時、
「敵戦艦、面舵に転舵する模様ッ」
「チッ!?」
舌打ちするリオン。
主砲を撃ちつつも、高い機動力を発揮して右に回頭しつつ、離脱を開始する「シャルンホルスト」。
フォースBとは反航戦を取る形だ。
敵も数的不利は理解しているはず。完全に包囲される前に、包囲網の解除に出たのだ。
東へ進路を向ける「シャルンホルスト」。
その間にも反撃してくる。
放たれた「シャルンホルスト」の主砲弾は、「ベルファスト」の艦首を霞め、右舷側に派手な水柱を立てる。
闇夜に突き上げられる、白く巨大な水柱。
至近弾だ。
ドイツ側も照準を修正し、その砲撃は正確さを増している。
瀑布が容赦なく「ベルファスト」を襲う。
着弾のショックで艦体が大きく揺さぶられ、暫しの間発砲不能になる。
その間に転舵を終え、速力を上げるドイツ巡戦。
だが、リオンもひるまない。
「追うぞッ 各艦、面舵一杯ッ!!」
包囲網を敷きつつ、5隻の英巡洋艦は追撃態勢に入る。
逃げる獲物を追う猟犬さながらに、ドイツ艦隊を追い詰めるフォースB。
しかし、
獲物の側も、ただ狩られるのを待つつもりは無かった。
東へと転舵した「シャルンホルスト」。
その艦橋では、エアルが冷や汗交じりに嘆息していた。
「敵の指揮官、なかなかやる……」
先ほどの半包囲攻撃。あれが完璧に決まっていれば、「シャルンホルスト」は半円の中心に置かれた状態で集中砲火を浴びていた事だろう。
相手は巡洋艦とは言え5隻。これだけの至近距離、四方から集中砲撃を喰らっていれば、大ダメージは免れない。
当然、敵は雷装も持っている。
近付かれて雷撃をされたら、いかに「シャルンホルスト」と言えども危なかった。
事前にレーダーを作動させていたのが幸いした形である。
「シャルンホルスト」のレーダーは、アントワープ沖海戦出撃に先立ち、最新のゼータクト・レーダーに更新されている。これは最大で23キロ、調子が良ければ25キロまで探知可能な高性能を誇っていた。
「敵艦隊転舵ッ 追撃の姿勢!!」
退避の構えを見せた「シャルンホルスト」に対し、リオンは追撃を命じ、フォースB全艦が転舵したのだ。
その様子に、エアルはニヤリと笑う。
「着いて来れるか?」
呟くと同時に、「シャルンホルスト」の40センチ砲が火を吹く。
彼方のイギリス艦隊もまた、「シャルンホルスト」目掛けて砲火を放っている。
逃げる「シャルンホルスト」と、追うイギリス艦隊。
その構図故に、互いになかなか有効打は出ない。
だが、
エアルはこの状況を打破する為の、手を既に打っていた。
「間も無くか」
エアルは時計を確認しながら呟いた。
3
交戦を開始したドイツ海軍第2艦隊と、イギリス艦隊フォースB。
その報告は、直ちに本国艦隊旗艦「サンダラー」にも齎された。
「早いですな、流石はライフォード少将」
自身も時計を確認しながら、バーネットが呟く。
接敵までには、もう少し時間が掛かると思っていたのだが。
「…………急いてはいないか?」
「は」
リオンの事を想い、呟きを漏らすフレイザー。
バーネットも同感だった。
リオンの事は信頼しているが、彼が因縁の「シャルンホルスト」を前にして、戦いを急ぐあまり、先走っている可能性を考えているのだ。
「督戦なさいますか?」
「…………いや、やめておこう」
少し考えてから、フレイザーは首を横に振った。
既に交戦は開始されている。
この段階で、上級司令部から悪戯に口出しすれば、現場は却って混乱しかねない。ここは前線指揮官を信じて任せた方が得策だろう。
そして、その結果に対する責任だけは、司令部がしっかりと持つ。それが軍と言う特殊な環境を統率する基本だった
「それよりも、我々も急ぐとしよう。速度上げ、一刻も早く支援できる体制を築くのだ」
「ハッ」
フレイザーの命令を受け、イギリス艦隊は速力を上げて戦場へと急行するのだった。
逃げる「シャルンホルスト」を、追撃するフォースB.
軽巡洋艦「シェフィールド」は4番艦に位置し、主砲を放ち続けている。
その艦橋に立つ少女も、険しい眼差しで闇の先から放たれる砲火を睨み据えていた。
「…………シャルンホルスト」
静かな声で、シェフィールドは呟きを漏らす。
その脳裏にあるのは、3年前に行われたバレンツ海海戦。
あの戦いで「シェフィールド」は、船団護衛部隊の1隻として出撃。襲撃して来たドイツ第2艦隊と交戦した。
戦いは損害を出しつつもイギリス側優勢に進み、そのまま船団を守り切る事が出来るかと思われた。
しかし、海戦終盤になってドイツ海軍の増援が戦場に到着。
それが、「シャルンホルスト」だった。
「シャルンホルスト」の戦線加入によって、戦況は一気に逆転。イギリス艦隊は旗艦「バーミンガム」を初め多くの艦を喪失、更に輸送船団も壊滅する大損害を被った。
あれから3年。
既に戦争の帰趨は決し、連合軍の勝利は疑いない。バレンツ海海戦も過去の戦いとして語られるべきものとなりつつある。
しかし、それでも尚、シェフィールドの中にある蟠りは、決して消える事は無かった。
「今日こそ、あなたを沈めるッ」
間違いなく、これが最後の機会。
必ずや仇敵を沈める覚悟をもって、この海に立ち続ける軽巡少女。
放たれる12門の15.2センチ砲。
飛翔する砲弾が、彼方の巡洋戦艦を取られる。
複数の火花が散るのが見えた。
しかし、相手は巡洋戦艦。重巡や軽巡の主砲をある程度当てたとしても致命傷には至らない。
もっと砲火を集中させるか、あるいは接近して魚雷を撃ちこまなければ。
「逃がさないわよ、『シャルンホルスト』!!」
咆哮する「シェフィールド」。
放たれる砲火。
しかし次の瞬間、
突如、彼女後方で爆炎が踊った。
「えッ!?」
驚愕と共に振り返る。
その視線の先では、
炎上しながら速力を落とす、僚艦の姿があった。
突如として、闇の海上に鳴り響く轟音。
彼方に踊る爆炎に、リオンはハッとして顔を上げた。
「何事だッ!?」
「リオン、『フィジー』がッ!!」
悲鳴に近い声を上げるベルファスト。
闇の中で照らし出される炎。
5番艦に位置していた軽巡洋艦「フィジー」が、黒煙を上げて速力を落としていた。
「『フィジー』より入電ッ 《我、雷撃を受く》!!」
「雷撃だとッ!? Uボートかッ!?」
咄嗟に叫ぶリオン。
この時、「フィジー」は左舷側に1本の魚雷を喰らい、速力を低下させていた。
これまでドイツ艦隊は、多くの戦いで水上艦隊と潜水艦隊を高度に連携させる事で劣勢を覆して来た。
今回もドイツ艦隊は、自分達の進路を予測してUボートの射線上におびき出したのかと思った。
程なくして、続報がもたらされる。
「『シェフィールド』より入電、《方位0-9-5より接近する艦影あり。「オイゲン」と認む》!!」
「オイゲンだとッ」
「シェフィールド」からの報告を裏付けるように、「ベルファスト」の右舷方向で、閃光が交錯するのが見えた。
つまり、先ほどの雷撃はUボートではなく、「プリンツ・オイゲン」から放たれたものである可能性が高い。
エアルの戦術は巧妙だった。
敵の正体が巡洋艦中心の快速部隊だと見抜いたエアルは、その後に来る本隊を相手取る為、戦力の温存を主眼に戦うと決めたのだ。
その為、まずは「オイゲン」を隊列から外し、分離行動を取る。
「シャルンホルスト」を囮として、敵が砲火を集中させたところで、隠密行動を取っていた「オイゲン」と共に挟撃を仕掛ける。
その作戦が、図に当たった形だった。
「クッ!?」
敵の策に嵌った事を悟り、舌打ちする「リオン」。
しかし、すぐに態勢を立て直すべく行動を起こす。
「『ロンドン』、『シェフィールド』に通達ッ 目標を『オイゲン』に変更…………」
途中まで命令を出すリオン。
その時だった。
飛来する風切り音。
不気味に鳴り響く。
ハッと顔を上げた瞬間、
「ベルファスト」のすぐ後方で、強烈な閃光が瞬いた。
襲って来る衝撃。
次いで轟音が会場を圧する。
海面に炎が上がる。
「『ノーフォーク』爆沈!! 爆沈です!!」
悲鳴に近い報告。
旗艦「ベルファスト」に後続し、2番艦の位置にいたはずの「ノーフォーク」の姿は無く、そこには暗闇を染め上げるほどの炎の塊が海面に浮いているのみだった。
何が起こったのか、瞬時に理解する。
「『シャルンホルスト』、奴かッ!?」
「シャルンホルスト」の放った重量1トンの砲弾が、「ノーフォーク」の薄い装甲版を貫通。弾薬庫に達し、そこで炸裂したのだ。
巡洋戦艦の40センチ砲を喰らっては、いかに重巡洋艦と言えどもひとたまりも無いだろう。
沈みゆく「ノーフォーク」。
あれでは生存者は望めないだろう。
反撃の砲火を放つイギリス艦隊。
しかし、態勢を整えたドイツ巡戦の攻撃は圧倒的だった。
「ノーフォーク」に続いて、重巡洋艦「ロンドン」も直撃弾を浴びて炎上する。
今度は、流石に一撃で轟沈とまではいかなかったが、「ロンドン」は
炎上する「ロンドン」。
すぐには沈まないにしても、英重巡が大幅に戦力低下を来したのは明白だった。
これでフォースBは、最有力の重巡2隻を隊列から失った事になる。
舌打ちするリオン。
包囲殲滅する筈が、逆に追い込まれていた。
「退避、面舵一杯ッ!!」
事ここに至り、リオンは味方の不利を認めるしかなかった。
右に回頭しつつ、距離を取る「ベルファスト」。
彼女以外では唯一残った「シェフィールド」も続行する。
「シャルンホルスト」に強い因縁を持つ彼女も、流石に今の状況では戦いにならないと悟ったのだろう。
闇の中で、悠々と去って行くドイツ艦隊。
エアル自身、今回の戦闘はあくまで、敵本隊との交戦を見据え、戦力を温存しつつ敵の快速部隊を押し返す事が狙いだった。である以上、フォースBが退くなら、これ以上交戦する意味は無かった。
一方のイギリス艦隊フォースBも、砲撃を停止して速力を減じさせていた。
静寂が訪れる海面。
ただ、「ノーフォーク」「ロンドン」「フィジー」が上げる黒煙だけが、闇の夜空を覆い尽くさんと広がっていく。
「…………損害は?」
押し殺した声で尋ねるリオン。
明らかな敗北に、屈辱は隠せない。
「『ノーフォーク』は……無理ね。運よく海面に投げ出された乗組員がいればいいけど」
「『フィジー』は?」
「どうにか浸水は食い止められそうだって連絡が来たわ。ただ、これ以上の戦闘は無理そう。あと、『ロンドン』は砲塔1基失ったけど、戦闘航行には支障ないって」
嘆息するリオン。
部隊内で戦闘力を維持しているのは、旗艦「ベルファスト」と「シェフィールド」のみ。あとは、無理をすれば「ロンドン」が戦闘可能。
フォースBは、30分前後の戦闘で、戦力が半減した形だった。
恐るべきは「シャルンホルスト」。
そして、彼の巡戦を指揮するエアル・アレイザー。
こちらが巡洋艦ばかりとは言え、数で圧倒し、尚且つ先制攻撃も仕掛けたというのに、仕留めるどころか足止めすらできなかった。
慨嘆するリオン。
これと言うのも、リオン自身が「あわよくば、自分達だけで『シャルンホルスト』を撃沈する」などと欲を欠いたがために、フォースBは深く踏み込み過ぎてしまい、敵将アレイザーの術中に嵌ってしまった。
身から出た錆とは言え、その代償は聊か大きかった。
「すまん、少し逸りすぎたようだ」
因縁の敵、「シャルンホルスト」との最後の戦い。
それが故に、自分自身の手でケリを付けたいとの思いが、自身の目を曇らせていた事を悟る。
「ノーフォーク」の轟沈も、「ロンドン」「フィジー」の損傷も全て、リオンの短慮故に齎された惨劇だった。
だが、
「何言ってんのよ」
どこか笑いを含んだベルファストの声。
顔を上げると、笑顔の彼女がこちらを見ている。
ベルファストだけではない。
他の幕僚達も、リオンに対して笑みを向けていた。
「まだ戦いは始まったばっかでしょ。あんたにしょげてる暇なんてないわよ」
「ベルの言う通り、提督、指揮をお願いします」
「
そう言って、皆がリオンを励ます。
第1セットは敵に取られたが、まだまだ、戦いはこれから。ここから挽回しようじゃないですか。
皆の顔が、そう言っていた。
眦を上げるリオン。
確かに。
敗れはしたが、自分達にはまだできる事がある。ならば、その任を全うするのみだった。
一同を見回すリオン。
ベルファストと視線が合う。
頷きあう2人。
「よし、『フィジー』には、極力艦の保全に努めるように伝えろ。余裕あれば、『ノーフォーク』乗組員の救助も行うように。『ロンドン』「シェフィールド」に通達、《我に続け》」
俄かに動き出す幕僚達。
それらを見据え、リオンは前方に目を向ける。
「我が隊はこれより、フォースA支援の為、『シャルンホルスト』を追撃する」
機関が唸りを上げ、増速する「ベルファスト」。
「ロンドン」「シェフィールド」が旗艦に続行する。
闇の中へと駆け去った「シャルンホルスト」を追って、リオン達もまた駆け出した。
第92話「因縁は断ち切りがたく」 終わり