1
イギリス艦隊総旗艦「サンダラー」は、初手でレーダーと通信アンテナが破壊された事で、一時戦場を離脱。応急修理に当たっていた。
幸い、通信アンテナは早急に修理が完了した為、情報収集に支障は無かったが、目まぐるしく移動する戦場にあって、今のところ「サンダラー」が、戦況に何の寄与も出来ないまま推移していた。
「フォースB旗艦『ベルファスト』より入電。《敵重巡1、撃沈確実》!!」
報告を聞き、フレイザーは頷く。
「これで、残るは『シャルンホルスト』のみ、か」
いよいよ追い詰めた。
そう、思うには聊か早いだろう。
何しろ、その最後の1隻が頑強に抵抗し、「デューク・オブ・ヨーク」を大破、今も「コンカラー」と砲戦を続けているのだ。
「シャルンホルスト」は竣工から5年以上が経過している。旧式ではないにしろ、最新鋭のライオン級に比べれば見劣りするのは間違いない。
にも拘らず、ドイツ巡戦は圧倒的なイギリス艦隊相手に翻弄し続けている。
「歴戦故の経験、それに裏打ちされた戦闘力か。侮れんな、やはり」
舌を巻くフレイザー。
ただ1隻。
されど1隻。
最後に残ったドイツ海軍は、想像以上に狡猾で頑強だった。
「『デューク・オブ・ヨーク』の様子はどうか?」
「ハッ 通信は未だ繋がりません。どうやら、通信室かアンテナを損傷した模様です」
「判った。呼び出し続けろ」
現在、「シャルンホルスト」と交戦しているイギリス戦艦は「コンカラー」1隻のみ。
このままでは、最新鋭のライオン級と言えど危うい。「サンダラー」も、早期の戦線復帰が望まれるのだが。
しかし、レーダーが復旧しない事には、戦線に復帰しても、砲戦における不利は避けられない。
最悪、後部艦橋に備えたサブ・レーダーを使用して戦線復帰する案も、フレイザーの中では持ち上がり始めていた。
しかしサブレーダーは旧式で探知範囲が狭い。戦力的不利は避けられないだろう。
ダメコン状況を確認する為に席を外していた参謀長のロブ・バーネットが、艦橋に戻って来たのはその時だった。
「提督、朗報です。メイン・レーダー復旧の目途が立ちました」
「おおッ」
報告を聞いて、フレイザーは顔を綻ばせた。
正に待ち望んでいた報告である。
実は完全に破壊されたと思っていたメイン・レーダーだが、どうやら着弾の衝撃で、レーダー本体が台座から外れてしまっただけらしい。それを元に戻せば、復旧する可能性があると言う。
「急がせろ。何としても戦線復帰するのだ」
「ハッ」
命じると、フレイザーは視線を前方に向ける。
彼方では、まばゆい閃光が、闇の海面を照らし出していた。
機関が唸りを上げ、巡洋戦艦の速力を最高速度まで引き上げる。
35ノットものスピードを出せば、もはや海面を飛んでいるという錯覚までしてしまう。
高速で海上を駆けながら、主砲を放つ「シャルンホルスト」。
対するイギリス戦艦「コンカラー」も、「シャルンホルスト」めがけて主砲を放つ。
着弾する砲弾。
しかし、
「敵弾、全て後方に逸れました!!」
「敵はまだ、こっちのスピードを掴み切れていないな」
腕組みをしながら、エアルはニヤリと笑った。
何しろ「シャルンホルスト」は、戦艦でありながら、35ノットなどと言う駆逐艦並みのスピードで航行している。
おまけにこの暗闇だ。たとえレーダーがあっても、捉えられる物ではない。
「今のうちに畳みかけろッ 主砲、準備出来次第撃てッ!!」
エアルの命令から数秒後、「シャルンホルスト」は6門の主砲を一斉発射する。
発射直後から、高速で装填される40センチ砲弾。
「コンカラー」が射撃体勢を整える前に、「シャルンホルスト」の次発発射態勢が整う。
「撃てェッ!!」
再び放たれる「シャルンホルスト」の主砲。
闇の彼方へと飛翔した砲弾が、
やがて着弾する。
闇夜にも目立つ、白い水柱。
その中に、
確かに、爆炎が踊るのが見えた。
「敵戦艦に命中弾あり!!」
歓喜が沸き起こる。
この時、「シャルンホルスト」の砲弾は、2発が「コンカラー」に命中。
1発は両用砲を破壊し、もう1発は上部甲板を貫通、艦内で炸裂していた。
損害は軽微。
対抗するように「コンカラー」も主砲を放つ。
「敵弾、来ますッ!!」
見張り員が叫んだ瞬間、
強烈な水柱が「シャルンホルスト」を包み込むようにそそり立つ。
そして、
右舷中央付近に、踊る爆炎。
衝撃が襲い来る。
「ッ!?」
悲鳴を噛み殺すシャルンホルスト。
程なく、報告が上げられる。
「右舷中央に直撃弾ッ 5番高角砲損傷!!」
こちらもまだまだ、損害は軽微なレベルだ。
そう思っていたら、続いて報告が入って来た。
「対水上レーダー使用不能!! 先の着弾の破片が、アンテナを直撃しました!!」
「ッ 危なかった……」
エアルは思わず嘆息した。
「シャルンホルスト」のレーダー・アンテナは、艦橋の頂部に取り付けられている。少しずれていたら、艦橋を直撃されていた可能性もあった。
「砲撃続行ッ」
鋭い声で命じるエアル。
レーダーの損傷は痛いが、ここまで来れば既に、光学照準で充分な射撃データは得られるだろう。
そこへ、主砲装填完了の報告が入る。
「撃てェ!!」
エアルの命令を受け、「シャルンホルスト」は6門の40センチ砲を放った。
「シャルンホルスト」が主砲を撃つ様子は、「コンカラー」でも確認できた。
「敵砲撃、来ます!!」
「衝撃に供えろ!!」
叫ぶ艦長。
そこへ、重量1トンの砲弾が落下する。
3発は命中せず、海面に落下する。
しかし、残り3発は「コンカラー」を捉える。
2発は甲板中央に命中し、高射指揮装置や機銃を吹き飛ばす。
水上砲戦には不要な部署なので、損傷しても問題はない。
しかし、最後の1発は厄介な場所に命中した。
事もあろうに3発へは、「コンカラー」の
この一撃で「コンカラー」のX砲塔は、下部のターレット・リングに不具合が生じた。
「X砲塔、旋回不能!!」
火力の3分の1を削られたに等しい。
「射撃は可能か!?」
問いかける艦長。
答えは暫くして齎される。
「射撃自体は可能との事。ただし照準との連動は……」
「構わん、撃ち続けろ!!」
「コンカラー」の火力が低下したと分かれば、「シャルンホルスト」は嵩にかかって攻めて来るだろう。
そうならない為には、無理やりにでも主砲は撃ち続けなければならない。
9門全ての主砲で射撃を行う「コンカラー」。
ただし、X砲塔から放った3発は、まったくの「めくら弾」である。命中など望むべくもない。コケ脅し以上の物ではなかった。
それでも、撃たないよりはマシと艦長は考えた。
ほぼ同時に主砲を放つ「シャルンホルスト」。
ややあって、
彼方で命中弾を示す閃光が見えた。
「本艦の砲弾命中ッ 命中です!!」
歓喜の声を上げる見張り員。
見れば彼方の「シャルンホルスト」では火災が発生したらしく、炎が揺れているのが見える。
「よし、一気に片を付けるぞ!!」
こうなればこっちの物だ。
手を打つ艦長。
だが、喜ぶのはまだ早かった。
「シャルンホルスト」が放つ砲弾が落下。今度も、「コンカラー」のやや後部寄りに命中する。
後部甲板には大穴が空き、そこから炎が吹き上がる。
燃え広がる炎が、「コンカラー」の後部甲板、更には艦内部にも広がる。
消火作業と、ダメージ・コントロールを命じる艦長。
そこへ、「コンカラー」が次発装填を終える前に、「シャルンホルスト」は射撃を行った。
飛翔する6発の砲弾。
その一撃が、
度重なる砲弾の命中で、ガタが来ていた後部甲板に命中。
そのまま艦内に突入すると、弾薬庫の直上で炸裂した。
砲弾炸裂のエネルギーは、そのまま薄い内部装甲を突き破り、炎は弾薬庫を席巻した。
誘爆する砲弾。
「何がッ…………」
それが、「コンカラー」艦長の、最後の言葉だった。
次の瞬間、
強烈な爆炎が「コンカラー」を包み込んだ。
闇の中で、強烈な爆炎が踊るのは「シャルンホルスト」からも確認できた。
「敵戦艦に大爆発!!」
「敵艦、沈みます!!」
歓喜に沸く、「シャルンホルスト」艦橋。
「コンカラー」撃沈。
エアルとシャルンホルストも、思わず笑顔で頷きあう。
「よし、良いぞ!!」
これで敵戦艦3隻の内、1隻は撃沈、1隻大破、残り1隻も隊列外に追いやっている。
圧倒的不利な状況から、ここまで戦い抜いた。
まだ戦える。
自分達はまだまだやれる。
そう意気を上げる。
「よし、目標…………」
エアルが次の命令を発するべく、口を開いた。
次の瞬間、
強烈な衝撃が迸り、艦橋にいた全員を薙ぎ払った。
2
爆炎を上げる「シャルンホルスト」。
衝撃は主に、艦前方に集中。
視界は一気に炎に包まれる。
さらに衝撃は連続する。
今度は、艦中央付近にも直撃弾が確認。
艦内部で衝撃が走り、爆炎が艦体を覆う。
「な、何が…………」
辛うじて意識を取り戻したシャルンホルストが、顔を上げて周囲を確認する。
吹き抜けた衝撃で艦橋のガラスは割れ、外からは炎が吹き上がっているのが見える。
床には、何人かの艦橋要員や司令部幕僚達が倒れているのが見えた。
「シャルッ!!」
声を上げながら、駆け寄ってきたのは、少女の夫だった。
「おにーさんッ」
「シャル、大丈夫? 立てる?」
言いながら、シャルンホルストを助け起こすエアル。
だが、
「おにーさんッ それッ」
驚愕の声を上げるシャルンホルスト。
エアルの肩には、先ほどの衝撃による物か、血がべっとりと付着していた。
だが、
「大丈夫。かすり傷だよ」
そう言って、エアルは笑うと、艦娘席にシャルンホルストを座らせる。
「それよりシャルはどう? 具合は? 痛い所は?」
「ボクは大丈夫……あッ」
言いかけて、気付いたシャルンホルストは声を上げた。
右腕が、動かない。
肩は辛うじて動くのだが、肘から先がどれだけ力を入れても動かないのだ。
「損害報告ッ 急げ!!」
シャルンホルストを解放しながら、状況把握の為に声を上げるエアル。
幸い、機関に損傷はない様子で、艦は今も全速航行しているのが判る。
程なく、報告は上げられた。
「
「
「右舷中央に直撃弾ッ 第1、第3高角砲喪失!!」
思った以上の大損害だ。
特に、主砲2基を一気に失ったのは、痛恨以上に痛恨だった。
そこへ、彼方への発砲の閃光が見えた。
「新手……いや、最初に潰した敵の旗艦……もう復帰して来たかッ」
舌打ちする。
しかし臍を噛んでいる暇はない。
飛んできた砲弾が水柱を上げる。
幸いにして命中弾は無かったが、左右に挟み込むように至近弾が落下。衝撃で艦が揺さぶられる。
「損害復旧急げッ
程なくして、報告が挙げられる。
「可能ですッ」
「よし、なら撃て!!」
エアルの命令を受け、射撃を再開する
ただ2門のみの主砲で「シャルンホルスト」は反撃を再開した。
「敵巡戦、射撃再開!!」
彼方で踊る閃光を見て、フレイザーとバーネットは頷いた。
「ジャックポット、でしたな。先ほどの射撃は。お見事です」
「ありがとう、だが、やつが完全に沈黙するまでは油断できんぞ」
「無論です」
「シャルンホルスト」の先制射撃によってレーダーを潰された「サンダラー」だったが、その後、レーダーの復旧に成功、フレイザーは戦線復帰させるべく行動を開始した。
実はこれより20分近く前から、復旧した「サンダラー」のレーダーは「シャルンホルスト」を捕捉していたのだが、フレイザーは敢えて至近距離になるまで射撃を控えさせた。
この暗闇で、中、遠距離の砲戦を仕掛けても命中は望めないし、却って敵の機動力に翻弄される可能性が高い。
そこでフレイザーは、「シャルンホルスト」の最も得意な戦術である、機動戦闘を封じる作戦に出た。
「サンダラー」のレーダー復旧後も、あえて射撃を控えさせ、ごく至近距離に敵が近付くのを雌伏して待ち構えた。
全ては機動性に勝る「シャルンホルスト」を確実に捉え、仕留める為である。
そして彼我の距離が1万1000になったのを見計らい、満を持して放った「サンダラー」の一斉射撃は、見事に「シャルンホルスト」の前部主砲塔2基を損傷、ドイツ巡戦の火力を一気に奪い去った。
しかし、間一髪遅く、「コンカラー」轟沈と言う事態に至ってしまったのは、フレイザーとしても痛恨だった。
犠牲は無駄にはしない。決して。
反撃を再開する「シャルンホルスト」だが、射撃できているのは後部主砲1基のみ。
火力が減ったせいか、射撃にもばらつきが出ている。
「今度こそ、だ。確実に奴を仕留めろ」
「ハッ」
フレイザーの意志に答えるように、「サンダラー」は強烈な咆哮を吐き出した。
後部の
同時にエアルは、北への転進を命じる。
火力が減った以上、残された「シャルンホルスト」の武器は最早、その比類ない機動性のみ。
できるだけ敵艦を引き離し、時間を稼ぐのだ。
しかし、転進してすぐに、その努力が無に帰す事となった。
「方位0-1-0に艦影ッ 敵巡洋艦と思われるッ 数3!!」
「『オイゲン』をやった奴等かッ」
舌打ちするエアル。
「プリンツ・オイゲン」を撃沈したフォースBが、本隊支援の為に駆け付けて来たのだ。
これで「シャルンホルスト」は南と北から挟み込まれた、言わば槌と金床に挟まれた形となった。
すぐにエアルは決断する。
「取り舵一杯ッ 進路2-7-0ッ 全速力で西に振り切る!!」
「主砲、目標敵戦艦。砲撃続行!!」
エアルの命令を受け、すぐさま回頭する「シャルンホルスト」。
そこへ、複数の中小口径弾が落下。
ドイツ巡戦を水柱が取り囲んだ。
フォースBは「ベルファスト」「シェフィールド」「ロンドン」の順に回頭。
西に進路を取る「シャルンホルスト」と、同航戦の構えを見せる。
「まだ抵抗するかッ 流石にしぶとい!!」
舌を巻くリオン。
「ベルファスト」は先の「プリンツ・オイゲン」との戦闘で、前部2基の主砲を破壊されている。
しかし、残った後部6門の主砲のみで攻撃を敢行。
後続する「シェフィールド」「ロンドン」もそれに続く。
放たれる砲弾。
ややあって、
「シャルンホルスト」の艦上に、複数の爆炎が踊るのが見えた。
左舷に「サンダラー」、右舷にフォースBの巡洋艦3隻。
完全に挟まれた「シャルンホルスト」は、それでも逃れるべく、西に向かって最高速度の35ノットで航行する。
だが、その間にも直撃弾は続く。
左舷中央付近に「サンダラー」の40センチ砲弾が命中し、カタパルトデッキを吹き飛ばす。
更に右舷側にはフォースB各艦が放った15.3センチ砲弾、20センチ砲弾多数が命中、火災が発生する。
エアルは傷を押さえながら、受話器を掴む。
「後部艦橋、右舷高角砲射撃の指揮を取れッ 目標右舷敵巡洋艦ッ そちらのタイミングで射撃開始して良しッ!!」
そこへ、朗報が齎された。
「提督、
「よしっ」
歓喜の声を上げるエアル。
「ただ、射撃指揮所との連動は途絶。統一射撃は不能です!!」
「構わないッ 砲塔別各個射撃で応戦しろ!!」
射撃指揮所で統一射撃できれば、命中率は飛躍的に上がる。
砲塔にも測距儀は付いているが、位置が低くて正確性にどうしても劣ってしまうのだ。
しかし、それでも主砲を撃てる事に変わりはない。今は少しでも火力が欲しい所だった。
「取り舵10ッ
命令を受け、緩やかに左へと回頭する「シャルンホルスト」。
同時に、第2砲塔も旋回するのが見えた。
程なく
指揮所からのデータに基づき、精密な射撃が行えるC砲塔と違い、B砲塔は独自の照準による射撃となる。
射撃のタイミングは合わず、照準も正確とは程遠い。
しかし、それでも反撃を開始できた事実は大きかった。
同時に後部艦橋でも、高角砲によって、フォースBに対する射撃を開始していた。
とは言え、「シャルンホルスト」の右舷側に残っている高角砲は2基のみ。これに後部の第11高角砲を加えても、3基6門しか使えない。
それでも、やるしかなかった。
「目標、敵巡洋艦1番艦ッ!!」
指揮を執るヴァルターの声が響く。
「撃ち方始め!!」
6門の12.7センチ砲が火を吹く。
火力は期待できない。
それでも、少しでも敵を寄せ付けない為に射撃を行う。
その間にも敵からの反撃を受け、「シャルンホルスト」の右舷側に発生した火災は広がりつつある。
それでも射撃をやめない。
「提督ッ シャルッ」
今も艦橋で指揮を執っているであろう2人へ呼びかける。
「こちらはお任せをッ 何としても2人の事はお守りして見せます!!」
その想いの応えるように、3基6門の高角砲は咆哮を続けた。
時計に目をやるエアル。
あと、どれくらいだ?
どれくらい耐えればいい?
先の見えない戦いに焦慮が募る。
と、
「…………お願い」
傍らで、巡戦少女が小さく、しかし力のこもった声で呟く。
シャルンホルストは羅針盤に掴まりながら、語り掛けていた。
「お願い……
「…………」
妻の祈りを聞き、エアルは再び眦を上げる。
まだ、倒れるわけにはいかなかった。
3
「シャルンホルスト」と、イギリス艦隊の死闘は、その後、実に2時間近くも続いた。
圧倒的不利な状況ながら、頑強に抵抗を続ける「シャルンホルスト」。
元々、高い機動性も相まって、イギリス艦隊との距離は徐々に広がっていく。
その間にも応酬を続ける両者。
「シャルンホルスト」は40センチ砲弾7発、中小口径弾多数を受け炎上。
一方のイギリス艦隊も、旗艦「サンダラー」が3発の命中を受け、両用砲1基破壊、更に甲板で火災が発生、その他、フォースB旗艦「ベルファスト」も、「シャルンホルスト」の高角砲弾を受けた
死闘を続けた結果、2時間後には両者の距離は2万にまで開いた。
既にフォースBは射撃を停止せざるを得ない事態となり、「サンダラー」の砲撃も、空振りを繰り返すばかりとなった。
このまま「シャルンホルスト」が逃げ切れるのか?
そう思った。
その時だった。
全速航行する「シャルンホルスト」の頭上から、落下する砲弾。
その1発。
その、たった1発の砲弾が、
ある意味、この海戦の命運を決定付ける、運命の一撃となった。
「敵弾、来ますッ!!」
叫ばれた瞬間、
それまでにない強烈な衝撃が「シャルンホルスト」を襲った。
シャルンホルスト含め、艦橋にいた殆どの人間が床に投げ出される。
「キャァァァァァァッ!?」
悲鳴を上げるシャルンホルスト。
砲弾は「シャルンホルスト」の水平装甲を貫通。艦内に突入すると、奥深くで炸裂した。
その場にいた全員が、床になぎ倒される。
ただ1人、エアルだけは、舵輪に掴まって耐えていた。
「損害報告ッ 急げェッ!!」
必死に叫ぶエアル。
だが、
違和感には、すぐに気付いた。
速力が下がっている。
先ほどまでは飛ぶような勢いで航行していた「シャルンホルスト」が、見る見るうちにスピードを落とし始めていた。
程なく、原因の報告がもたらされた。
「第1機械室全滅ッ 生存者無しッ 速力8ノットに落ちます!!」
報告を聞いて、エアルは愕然とした。
この場にあって「シャルンホルスト」が、唯一敵に勝っていた武器。それが世界最速とも言われる機動性だった。
それが、一撃で完全に失われてしまったのだ。
一方、
イギリス艦隊でも、「シャルンホルスト」の速力が低下し始めた事は把握していた。
「やりましたな。奴の足が落ちました」
「ああ」
バーネットの言葉に頷くフレイザーの声には、安堵の溜息を混じっていた。
実は最前まで、2人は諦めかけていたのだ。
既に距離が2万メートルまで開き、主砲の命中は殆ど望めなくなっていた。
このまま取り逃がしてしまうのか?
そう思い始めていた時の一撃。
正に「天が味方した」と思えるほどの一撃だった。
「これで最後だ。とどめを刺せ」
「はッ 水雷戦隊に突撃を命じます」
フレイザーはこれまで、水雷戦隊にあえて待機を命じていた。
それは「シャルンホルスト」が駆逐艦並みの速力を発揮できる故に、水雷戦隊では魚雷の射点に追い付く事が難しいと判断したからだ。
しかし今、「シャルンホルスト」の速力は低下した。
今なら水雷戦隊でも追い付けるはずだった。
射撃を再開するイギリス艦隊。
対して「シャルンホルスト」も、残った火砲で反撃を行う。
第2、第3砲塔が咆哮し、高角砲が火を吹く。
更に、後部艦橋から連絡が入った。
相手はヴァルターからだった。
《提督、機関の一部が復旧しました。22ノットまでなら発揮可能です!!》
「了解、ありがとう!!」
そう言って受話器を切る。
それが、
ヴァルターと交わした、最後の会話となった。
再び速力を上げる「シャルンホルスト」。
速力が低下していた時間はほんの10数分程度。
しかし、その10数分が致命的だった。
「シャルンホルスト」の速力が回復した時、既にイギリス艦隊は充分に距離を詰めてきていたのだ。
再び砲弾が「シャルンホルスト」の周囲に落下する。
複数の砲弾が同時に艦体を直撃し、その度に甲板で爆発が起こる。
強まる炎。
ダメージは急速に蓄積する。
さらに事態は、悪化する。
「左舷40度、敵駆逐艦接近ッ!!」
悲鳴のような報告。
「防げッ 目標、敵駆逐艦!!」
ただちに主砲の目標を、駆逐艦に変更する「シャルンホルスト」。
旋回するC砲塔。
至近距離まで接近していた駆逐艦に狙いを定め、射撃を開始する。
その内の1隻に、2斉射目で主砲が命中する。
轟沈する駆逐艦。
しかし、
既に魚雷は放たれていた。
白い航跡引いて迫る魚雷。
「衝撃に備えろ!!」
エアルが叫んだ瞬間、突き上げるような衝撃が「シャルンホルスト」を襲う。
舷側に突き上げられる水柱。
命中魚雷は3発。前部に2発、中央に1発命中した。
たちまち、艦内に海水が流入する。
「ダメージ・コントロール!! 右舷注水ッ 艦の水平を保て!!」
しかし、程なくして、その命令を無駄に終わる。
今度は右舷側に魚雷が命中したのだ。
今度は2発。
フォースBの巡洋艦が放った魚雷だった。
そこへ、駆逐艦が放った魚雷の第2波が殺到。左舷側艦首付近に、更に2発命中。
一度は復旧した速力が、再び失われていく。
今度は、一気に3ノットまで低下。
殆ど這うような速力になる「シャルンホルスト」。
更に、追い撃ちが掛けられた。
「提督、B砲塔、残弾なし、C砲塔、残弾2ですッ」
瞑目するエアル。
ついに、
ついに、
ついにッ
終わりが訪れた。
それでも、エアルは足掻く。
「A砲塔の弾薬庫から、B砲塔へ砲弾を運べないか?」
是が非でも、戦闘を続行するべく。
先に砲塔が使用不能になった際、A砲塔の弾薬庫には注水するように命じてある。
しかし、まだ水に漬かっていない砲弾があるはず。それをB砲塔に人力で運び、砲撃を続行しようというのだ。
だが、
「無理です。途中で区画が破壊されています。火災も発生していて、とても……」
「…………そうか」
肩を落とすエアル。
C砲塔より、最後の砲撃が行われる。
その一撃を最期に、「シャルンホルスト」の主砲は永遠に沈黙した。
飛翔する砲弾。
しかし、
果たして力尽きたのは?
艦か?
ドイツ海軍か?
あるいはドイツ第3帝国その物か?
「シャルンホルスト」が放たれた最後の砲弾は、目標とした「サンダラー」には届かず、その手前に落下、虚しく水柱を突き上げるにとどまる。
次の瞬間、反撃の砲火が圧倒的質量で行われる。
四方から撃ち込まれる砲弾。
踊る爆炎。
突き抜ける衝撃。
全艦、炎に包まれる。
やがて、黒煙を引きながらゆっくりと海上に停止する「シャルンホルスト」。
勝敗は、決した。
第94話「燃え尽きる鉄十字」 終わり