洞窟の出口へとヨークは歩いていた。
その出口に人影がある事に気がついた。彼はそれが誰であるか一瞬で分かったのか、足を早めた。
「死体は処理しなくていいのか?」
その人影は言う。見た目から、二十歳前後の男であることが分かった。彼の顔は微妙に洞窟の暗さで見えない。
「別に、もう何も隠すものなんてありませんから。それに、あんなゴミはジョーカーにでも処理させておけばいいんですよ。」
「…上司だったのに、散々言うんだな。」
「ええ、あの男は野望の為に世界を売った男。むしろそんな人間をゴミ以外なんと表現すればいいのでしょうか?」
若い男はさあなと返した。
「それより、あの『10人』は気に入って頂けましたでしょうか?」ヨークは話を変えた。
「…悪くない。本当に、俺達の同志がいた事に少々感動もした。後は…」
「何かお望みでしょうか?」
「…春輝と、俺に相応しい鎧が欲しい。」
「遂に来たぜ海!!」
8月某日、関東から程近い場所にあるプライベートビーチ、そこにやって来ていたのは黒羽風香、劔橋雪菜、清野心、燕堂大誓の4人だった。
黒羽は大胆に肌を露出した黄色のビキニ、劔橋は控えめな青のワンピース、清野は白に青のストライプが入ったサーフパンツ、燕堂は黒のブーメランパンツを来て砂浜に来ていた。
4人は潮の香りを嗅ぎ深呼吸した。
「よっしゃ、海入るぞ!」燕堂は一番乗りで海へと突っ込んだ。その後を追うように黒羽も入っていった。
「私がこんなところにいて邪魔ではないだろうか?」
劔橋は、遠慮気味だった。
「そんな事ないですよ。特に風香さん、劔橋さんと遊びに行けるってだけで大喜びしていましたよ。劔橋さんはいつも遊び関係で誘っても来てくれないから嬉しいって。」
「そうか…アイツそんな事を…」劔橋は、燕堂と水遊びをしている風香を眺めていた。
「ところで、昌巳さんは?」清野は聞く。
「彼女なら、泳ぐよりも町を散策した方が楽しいとか言って今朝早々に出かけたぞ。」
その頃、真田昌巳は町中にある小さな喫茶店から出ていた。淡い赤色のタンクトップに白いロングスカートを履いている姿は戦場の彼女とは別人のようだった。ちなみに、この服は黒羽があまりにもダサい私服を着てくる彼女の為にコーディネートしたものだ。
彼女の心の中では、泳ぎたくないという感情が大きく渦巻いていた。彼女は、泳ぐ事…水の中に入ることが苦手だった。どれぐらいかと言うと、10秒程度水面に顔をつけているだけで溺れそうになるくらいに。
だからこそそんな自分を見られたくない彼女は、わざと町中を散策していた。
「それにしても…雰囲気のいい街だな。」彼女は辺りを見回しながら呟いた。まるで絵に描いたような田舎であったが、それが彼女にとっては心地よいものだった。都会と違いゆっくりと時が流れているような感覚へと満ち溢れる。周りも静かで、通りすがりの人に挨拶しても不思議がられずに挨拶を返してくれる。まさに彼女にとって理想の町だった。
「戦いも終わったし、ここに移住するのも悪くないかな。」
彼女がしばらく町の大通りを歩いていると、自転車を止めてペダルの辺りをいじっている中学生くらいの少年を見かけた。
「どうしたのだろうか…」
彼女は、その少年に近づいた。
「君、どうかしたの?」彼女が身体を屈めてこちらを見ている姿に少年は一瞬女神が目の前に現れたのかと勘違いした。
「実は、自転車のチェーンが外れてしまって…」少年は小さな声で言った。
「見せて。」彼女はそう言うと、自転車のチェーンを見た。そして手慣れた手つきでチェーンを元の位置へと戻し、ほんの1分程度で直すことができた。
「ありがとうございました…」少年はそう言ったとき、彼女の手が黒く汚れている事に気がついた。
「…あの、良ければ家近いんで手を洗いませんか?」
「…じゃあ、お借りしようかな。」彼女はそう言うと少年と共にすぐ近くの彼の家にたどり着いた。そこの看板には大きく『浜路モータース』という看板があった。
「父さん、ただいま。」
「将…後ろの女の人は?」父親であろう人物が部品を磨きながら真田を見た。
「この人はさっき自分の自転車のチェーンを直してくれたんだ。手が汚れてるから水道貸してあげようと思って…」
「全く…自転車のチェーンの直し方くらい覚えておけって言ったよな…まあいい、早くお連れしなさい。折角だからお茶も飲んでいきなさい」
「いや…」真田は最初断ろうかと思ったが、「俺は手が離せないからお前が代わりにお茶を淹れてやれ」と既に伝えていたことから半分仕方なしに飲んでいくことにした。
その間、彼女は水道を借り黒い汚れを綺麗に洗い流した。そして、家の居間と思われる場所へと案内された。畳の部屋で、木目調の棚やちゃぶ台がレトロさを醸し出していた。流石にテレビと電話は最新式のものであったが。
「お待たせしました…」すぐに台所から男の人がお盆にお茶と茶菓子を乗せてやってきた。そして彼女の前に手慣れた手つきで置いた。
「ありがとうございま…す?」
彼女は、ふとその男性と目が合ってしまった。
彼女は、ふと誰かに聞きたくなってしまった。『知らない町で、かつての憧れの上司と再会してしまった時の対処法』を。
その顔は、紛れもなく金剛寺朔弥…4年前まで仮面ライダー火縄であった人物そのものだ。
「…朔弥…先輩…?」
「…真田?」
2人は、場所を移し堤防沿いの道で話す事にした。
「今、俺はあそこで働かせてもらってるんだ。将が継がないから困っていたから丁度いいって。まぁ俺もこの仕事楽しいからいいんだけどな。」
金剛寺は、最後に会ったときよりも明るい雰囲気が出ていた。
「そうだったんですね。ずっと連絡がつかなくて…心配、してました…」
真田は久々の再会に緊張していた。
「今でもジョーカーにいるのか?」
「はい…赤石先輩の後を継いで火縄として。」
「真田が火縄になっていたのか…蓮はどうしたんだ?」
「訓練中の不幸でそのまま…」
金剛寺はそうかと答えるとしばらく遠くを見ていた。
「ここ、いいと思わないか?ゆっくりとしていて。ジョーカーにいた時には感じられなかった充実感が溢れているって。」
「それは、私も思います。」
「…俺は、ジョーカーを辞めた後、日本の…或いは世界の町を渡り歩いてどこかに定住しようと考えてたんだ。そしたら一番最初にきたここがいいってなってそのまま。」
「そうだったんですね。」
しばらく2人は水平線を見ていた。水平線の上に浮かぶ船や鳥を見てゆっくりと時の流れを感じていた。
「ところで、今日はなんでここに?」金剛寺が聞く。
「実は、仲間と一緒にジョーカーの貸し別荘に行こうって話で…今日はみんな海水浴しているんですけど…私、水が苦手で…」
「そういえばそうだったな。」
「はい、だから、そんな私が居たら邪魔かな…って。」
「それは違うんじゃないのか?」その言葉に彼女は金剛寺を見た。
「苦手なんて誰にでもあるさ、そんなもの一々気にしていたら楽しいものも楽しくないさ。とにかく、無邪気に楽しめば誰だって邪魔だなんて思わない…と思う。」
そう言って再び海を見た。
「俺がここに住んでいる事を皆に話すのか?」
「それは…」
「お前の好きにしてくれればいい。今まで、ジョーカーや仲間と連絡を絶っていたのは、戦っていた頃を思い出したくなかったからだ。2、3年戦っていると嫌でも夢に出てくる。それが嫌だった。でも、今日真田に会えて分かった。戦いの記憶と仲間との思い出は違うんだなって。」
彼女は、金剛寺に行かなければいけない場所があると別れた。
暑いアスファルトの一本道を歩いて行く真田の姿を金剛寺は最後まで見ていた。
彼女が向かったのは貸し別荘だった。その中の自分の部屋に入ると、一つのカバンを持つと部屋を後にした。
彼女は、砂浜に素足をつけた。彼女は先程の服装とは違い赤いオフショルダービキニを着ていた。
「来てしまった…」行かないと断っておきながら、今更やっぱり来ましたなんて言えない…そう次の一歩を踏み出せないでいた。
「なーんだ、来てるじゃん。」その時、彼女の後ろからトイレ帰りの燕堂が声をかけた。その声に彼女はびっくりし身体を飛び上がらせた。
「…悪かったな。」2人は、ほかの3人と合流する為に砂浜を歩き始めた。
「いや、むしろ嬉しい。みんな集まった訳だし…。それに昌巳の派手な水着も見れたから。」
「やっぱり…派手だろうか。」彼女は自身の水着を見ながら言う。
「派手だけど、似合ってるよ。」燕堂は笑みを浮かべながら言う。
「そうか、それはよかっ!」その時、彼女は突然燕堂の視界から消えた。なんと地面の貝殻に躓き転んでしまった。そして、そこは丁度波打ち際だった…彼女の身体には冷たい海水が押し寄せた。
しかし、苦手と感じていた水がこの時は気持ちの良いものとなっていた。このまましばらく寝ていれば…
「おい、大丈夫か!立てるか?」燕堂は大袈裟に彼女の身体を揺する。流石に心配しすぎる彼を見兼ねて起き上がった。
「そんな躓いた程度で死なない。大袈裟だ。」
彼女はその後こう付け足そうとした。「心配してくれてありがとう」と。が、それを遠くから呼ぶ人物によって遮られた。
「昌巳も来たんなら早く泳ごう!!」黒羽だ。
彼女は立ち上がると、3人の元へと走っていた。
その後、彼女はこの日金剛寺朔弥に会ったことを誰一人として口にはしなかった。その後ジョーカーの名簿欄にあった『金剛寺朔弥 行方不明』の文字が無くなっていることに気づいたのは随分と後の話だったと言う。
私は、この人生で何を成し得ただろうか…
あの時、手を下して正解だったのだろうか…
いや、きっと不正解だった。今も聞こえる、死んでいった者達の声が、私に死を促している。