10月の終わりの近い日、その日は最近まで来ていた薄いシャツだと肌寒く感じた。仕事を終えた彼女は、冷めた身体を温めるために風呂へと直ぐに入った。
逢坂有希はソファに寝巻き姿でゆっくりと腰掛けた。
そしてテレビを適当なチャンネルに合わせぼーっと見ていた。
たまたま合わせたチャンネルでは2人の出演者が様々な話題に対してズバズバ話している番組だった。
「そういえば、あの人がよく見いていた番組だったな…」彼女はふと、あの人…白夜総三を思い出した。
彼は、有希にとって父親の様な人だ。関わった期間こそ短いが、家族同然だ。
あの雨の日、道路で力尽きていた私を見つけて、病院に運んでくれたのはあの人だった。
正直、見つけられた時の事は覚えてない。ただ、なんとなく冷たく濡れた手に一瞬だけ温かさを感じた様な気がした。
私が次に目が覚めたのは脱走してから2日後の話だった。
「ここ…は?」私の目が覚めたとき、その人はすぐ側にいた。これは後から聞いた話だが、本当は山積みとなった仕事があったのにも関わらず起きるまで泊まり込みで見ていてくれたという話だった。
「ようやく起きたんだね。」その人は、私に笑顔を向けて話した。いつ振りだろう、私に笑顔を向けて話す大人なんて…
「君は、2日前の夜道端で倒れている所を見つけて助けられたんだ。」
「そう…」私は、この時逃げ切れたのか捕まったのかよく分からなかった。次の言葉を聞くまで。
「君の家族には、二度と君とは関わらないよう話を付けた。君が望むのなら、訴訟を起こす事だってできる。」
「…別に、しなくていい。私が居たのが悪い…から。」
上手く喋れない私の言葉を最後まで耳を傾けて聞いたあの人は、頷いて「分かった。とりあえず訴訟の話は聞かなかったことにしてくれ。」と言った。
あの人は私にとって不思議な人だった。入院している時は毎日見舞いに来てくれた。ただ見つけて病院に運んでくれただけなのに。欲しいと言ったわけではないけど、何かしらプレゼントを持ってきた日もあった。例えば、クマのぬいぐるみのような可愛らしいものやどう使えばいいか分からず看護師さんに聞いた本格的な化粧セットなど、とにかく沢山だ。それらは今でも大切に保存してある。流石に消耗品は別だが。
遂に私は聞いてみることにした。「何故血の繋がりもあるわけじゃない私のところに来るの?」と。そうしたらあの人はこう答えた。
「私には息子がいる。その彼に、孤独な思いをさせてしまった。その懺悔という訳ではないが、君にはそんな思いをして欲しくないと思っているからかな。」
やっぱり、不思議だと思った。仮にそんな事があったとしても、ここまで私にできるのかって…こんな罪深い私に。
健康状態も回復した1ヶ月後、私は退院した。しかし、身寄りのない私はどこに帰ればいいのか分からなかった。
その日、病院の外に高級外車であの人は待っていた。早く乗ってと催促され向かったのは今私が住んでいるここだった。部屋の家具一式や生活必需品は全て最初から揃っていた。また、生活資金も全額保証という今思えば相当な高待遇だった。
その余りにも贅沢すぎたこの部屋で、私はつい泣いてしまった。こんな事があるのかって…こんな私にも幸せが来るんだって。
私は今まで通っていた中学から通信制の中学へと転校し、基本的には家で生活していた。友達とはテレビ電話で会話して充実していた。また、1人になった為、炊事洗濯など家事は自分でやらなければならなかったが、やってみると楽しい物だった。
流石に毎日とは言わなかったが、あの人も時々顔を出した。その時は必ず夕食を共にするのだが、その時には毎回習った事や友達と話したことを伝えると、喜んで聴いてくれた。志望校について話をすると、自分の子供の事のように真剣に向き合ってくれた。
そして、私は無事に高校へと進学し晴れて高校生活を始めた。少しでも自分で生活費を稼ぎたいとスーパーのアルバイトも初めて、より充実した生活を送れると思った…が、ある時期からあの人と連絡が取れなくなった。確かに仕事柄忙しいのは当然だが、だとしても数日間全く音沙汰なしという状態は初めてだった。
そんな時、私の家にある男の人がやってきた。私はその顔をよく知っていた。あの人が写真を見せながら話していた。自分の息子だって。
「俺は、君にとても残念な知らせをしなければならない。父さんが…白夜総三が5日前の夜に亡くなった。」
亡くなった…その言葉を聞いたとき、私にはあの頃の最悪な感情が蘇ってきた。私が幸せになり過ぎたからあの人が不幸にあったって…
三日三晩泣き続けた。人の死でここまで感情的になったのは初めてだ。
そして、その時私は初めて気づいた。私はあの人が家族として必要不可欠な存在だったって…
「私は、君の家族になってあげたい。君が自立して幸せになるまで見届けたい。」
気がつけば、朝になっていた。どうやらソファで寝てしまったようだ。付けた筈のテレビはいつの間にか消されていた。
目元には熱い水のようなものが流れていたのが分かった。
もうあの人には会えないって。
私には共に歩みたい人がいる。
それが貴方に復讐したいと言った人でもいいですか?
貴方はそれが私の幸せならどうしますか?
「時は満ちた。同志達よ、今こそ武器を取り、立ち上がる時だ。このままの世界では我々のような犠牲者が増え続ける。だからこそ誰かが絶たねばならない。故に、こう宣言する。今の国家を全て滅ぼすと。これは聖戦だ。今こそ、革命を起こす時だ。」