もしかしたらあったかも知れない近未来のお話。
もしくはこれから起こる近未来のお話かも知れない。
でも、きっとあり得る近未来のお話だ。
…。
……。
………。
物語はここ、
一葉市は何処にでもあるような、しかし比較的若い街である。
市の中央には活気のある繁華街、郊外には住宅が数多く立ち並ぶ。
もう少し離れれば、豊かな自然溢れる山川。
住めば都、ではないが、少し物足りなさはあるが比較的住み易い街であるだろう。
特長が無いのが特徴、とはよく言ったもので特筆すべき特産品が乏しいと市長は頭を悩ませているのだが……が、それは今は必要な情報では無い。
とある日曜日の昼下がりの公園、キャスケット帽を目深に被った少年……名をマヒル、姓をオオトリと言う……は目の前で繰り広げられるロボットバトル、通称ロボトルをジッと観戦していた。
とは言っても、マヒルは、多少、背が低い為に多くのギャラリーの隙間から顔を出したり背伸びをしたりぴょんぴょんと跳ねてみたりしていたのだが。
ギャラリーの中央にはメダロッターが二人相対し、その間にはロボトル公認レフェリーが立っている。
正直あまり見えないが、そのメダロッター二人の内一人は知っている。
マヒルと違って背の高い青少年、カイ オウマがそうだ。
「今更、後悔したって遅ぇぜ?」
彼の対戦相手が大声で吠える。
挑発、いや本当にそう思っているのだろうか。
彼は心底、煩い、と言いたげな表情で言葉を返す。
「そんなんはオレに勝ってから言えよな……」
「テメ……」
挑発したつもりが逆撫されたのだ、短気そうな相手が逆上するのも無理はない。
顔が真っ赤だ。
彼はあくび混じりに言う。
「さっさとロボトろーぜ? オレが飽きちまう前にな」
「もう容赦しねぇ! メダロット、転送!」
相手が
光は機械の筋繊維ティンペットを生成し、装甲パーツを形成していく。
パーツはティンペットに装着されていき、光が収まった時に一体の一メートル弱にも満たないロボットーーメダロットがそこに立っていた。
ティラノサウルスを模ったメダロットは、グルル、と唸った。
「アタックティラノか、面白い。 ……オレも転送するぜ!」
同じようにメダロッチを操作し、メダロットを転送する。
光が収束した先には、カミキリムシを模した黒いメダロット。
エイシイストは右腕に装備された刃を左の指で撫でつつ、目の前のアタックティラノをジッと見据える。
「あれが私の相手か?」
湧き立つ周りのギャラリーとは裏腹にエイシイスト……オルファは静かにオウマに問う。
周囲が何方が有利か、性能がどう、とか正直うるさい。
アイツがあんな奴に負ける筈が無いだろうよ、とマヒルは心の中で思う。
「そうだぜ。 ……不満そうだな、オルファ」
「いや、別に」
そう言って腰を僅かに屈め構える。
相手のアタックティラノは相変わらずグルルと唸っていた。
戦闘準備完了だ。
それを見たレフェリーが声を上げる。
「準備はよろしいようで……それでは!」
右腕を振り上げる。
「ロボトルーーファイト!」
右腕が振り下ろされると同時にロボトルは開始された。
両メダロッターは同時に指示を下す。
先に動いたのはアタックティラノだ。
左腕に装着されたハンマーをがむしゃらに振ってくる。
あのハンマー攻撃は見た目もそうだが、威力も馬鹿にならない筈だ。
しかもスピードもある、並のメダロットならば避ける事は叶わない。
ただーー。
「半歩後ろに」
オウマの指示と共にオルファは当たる瞬間に半歩下がった。
その半歩でハンマーの先はオルファの前を通り過ぎていく。
遠心力が相当掛かっていたのだろう、アタックティラノはそのハンマーの勢いでグルリとバランスを崩した。
更に短く指示を飛ばす。
「メッタキラーだ!」
「遅い……!」
オルファが深く体勢を屈め、切り抜けるように右腕の刃を振り抜く。
カメラアイがキラリと光の残光を描く。
一閃。
鋭い金属音と共にアタックティラノの身体がゆらりと傾き、そして倒れた。
背中のハッチが開き、小さなメダルが射出される。
メダルはメダロットにとっての頭脳であり心臓。
それが外れると言う事は、敗北を意味している。
メダルで動くロボットだから、メダロット……単純な話である。
レフェリーが戦闘続行不能と判断し、勝者宣言を行う。
「ーー機能停止! オウマ選手の勝利!」
左腕を天高く突き上げる。
それに呼応したのかギャラリーから歓声が上がった。
オウマはキョロキョロと辺りを見渡し、マヒルを見つける。
チビっ子だから探すのにも一苦労だ、と頭を掻いて、そして満面のドヤ顔でサムズアップをする。
マヒルは少しイラッとすると同時に、何故か顔が少しだけ暑くなった。
このロボトルを遠くの木の影から眺めている男が一人がいた事に誰も気が付かなかった。
男がほくそ笑む。
「……次の勝負は貰ったぜ、オウマ……!」
完全に不審者である。
誰がどう見ても。
「……なにしてるの?」
「おわぁっ!?」
いつの間にか横にいた男児に驚き素っ頓狂な声を上げた。
その男児はジッと不思議そうに眺めている。
汚れを全く知らないキラキラとした瞳だ。
男はたらりと汗を一筋流す。
「な、なんでもないよ〜?」
「ふーん、なんだおもしろくないの」
と言ってトテトテと走り去っていく。
その男児の背中に、急に走ると危ねぇぞー、と声を掛け汗を拭う。
「……待ってろよ。 次は俺が勝つんだ!」
思わず吹き出る笑い声。
彼がはいつくばる姿が目に浮かぶ。
近くを通る通行人からイタイ人を見る目で見られていたのは言うまでも無い。
…。
……。
………。
オルファの鮮やかな勝利を皮切りに、オウマへの挑戦者は次々と現れた。
強い者への憧れと言うか、強い者への挑戦心はいつの時代でも変わらないもの。
ロボトルはワールドワイド、メダロットは全世界において普遍的な存在であるが故にこれは日常茶飯事なのだろう。
ようやく挑戦者は途切れたのを見計らってオウマは休憩をする。
流石に体力の限界で挑戦をお断りしたというのが実情だが。
周囲を探し、目的の人物を見つける。
「やっと終わったぜ……」
ベンチにちょこんと座るマヒルの横にドカッと座る。
ハーフパンツに包まれた細く白い両足を三角座りの様に抱えている為、一層小さく見えた。
マヒルはチラリと見るとオウマのメダロッチに向かって話しかける。
「お疲れ様、オルファ」
『あぁ、流石に私も少々くたびれた』
オルファの損傷したボディはオウマの家に転送していた。
見事に連戦に次ぐ連戦連勝であったが、オルファのボディには致命的な外傷は無かった。
しかし、幾ら一戦目のように避けて一撃を叩き込む様な戦い方をしてもパーツの、内部の損耗は避けられない。
それも気にして対戦お断りしたのだ。
ちなみにマヒルはその小さな身体が仇となり、殺到する挑戦者の波に揉まれてオウマに挑む所ではなかった。
多少の損傷ならば、内蔵されたナノマシンの効果により直ってしまうものの、最後のメンテナンスは人の手によるもので無ければならないのだ。
良いロボトルをするならば特に。
「おいおい、オレには何も無しかよ?」
「無いよ。 途中からオルファに全部投げっぱだったの知ってるし」
そのくりくりとした目を侮蔑の目に変えて見た。
誰がどう見てもマヒルが不機嫌だと分かるほどに。
本日の全ロボトルの総数の半分を超えた辺りだっただろうか、急にオルファの動きが鈍った気がしたのは。
それは僅かであった為か、気付いた様子の者は周りにはいない。
最も彼等の体力や戦い方であるならば、消耗するには早い、あと二、三戦は大丈夫だとはマヒルは感じていた。
マヒルはジッと指示を飛ばすオウマを観察すると、彼がオルファを指示をしているフリをしてサボっている事に気が付く。
だから、投げっぱだったのを知ってる、なのだ。
「へぇへぇ、よく観察してるな。 もしかオレに見惚れーーってぇ!?」
「バ、バカな事言うなぁ!」
渾身の右ストレートがオウマの左の頬を撃ち貫く。
いきなり変な事を言おうとしていたオウマが悪いのだ。
別にこちらは悪くは無い、筈だ。
「大体、オウマはいつも自分勝手だよね! 今日は一日中予備パーツのメンテに費やそうとしてたのにいきなり電話で呼び出して、ロボトルに付き合え、だとかこちらの予定とか無視とか、アホじゃないの!?」
プイと拗ねてそっぽを向く。
オレとロボトルしろと言ったり、ロボトル挑まれたからと言ってロボトル始めてたり……まぁ、これは待ち合わせに遅れた自分が悪いと言う事もあるが。
最近忙しくてロボトルの場合でなかった。
折角、久々で意気込んだもののこれだ。
『オウマがロボトルバカですまぬ。 足りないだろうが代わって私が詫びよう』
「オルファ?!」
まさかの裏切りである。
「いやいやいや、オルファもノリにノッていたじゃねぇか」
『無理矢理付き合わされていた、の間違いであろう』
「オレの味方じゃないのかよ?」
『私はバカ者の敵だ』
辛辣。
この場には誰も味方はいない様だ。
最早ここまでくれば、哀れ、と言う他にあるまい。
言い合う二人に思わず吹き出す。
可笑しい、と言う訳ではない。
何処か微笑ましいと言うのか……しかし、何処か羨ましい気もする。
本音をぶつけ合う彼等の関係性に少しだけ妬けた。
「ーー何ニヤけてんだよ?」
今度はオウマがジトッと此方を見てくる。
「嘘。 ニヤついてた?」
頷かれる。
マヒルは白々しく目を逸らした。
見られてしまい少し恥ずかしい。
「あー、何……うん、まぁ、今日の件はオルファに免じてジュース一本で許してあげるよ」
「へぇへぇ、分かりやしたよ」
渋々立ち上がるオウマ。
財布忘れて無いよな、とポケットに手を突っ込む。
「んで、何が良いんだ?」
「ミルクティー、紙パックのやつね」
コンビニに売っているやつ、と付け加える。
オウマが呆れながら口を開く。
「お前、ホントそれ好きだよな……安上がりで良いけど」
「……結構人気だと思うけど?」
同じ量ならペットボトルなら百六十円ちょい、紙パックであれば百円ちょい。
少しの差であれど、安く済むならそれに越した事はない。
学生はすべからくお金がないのだ。
ずべこべ言わずにさっさと買ってこい、と足を伸ばしながら蹴りを出す。
オウマはそれは読んでいてのか、一歩下がって避ける。
「直ぐ暴力振るうやつは男でも女でもモテねぇぞ?」
「むぅ……。 ーーって此方の方が年上だぞ!」
ぐうの音も出ないマヒルの頭を掴み、キャスケット帽の上からグリグリと撫でる。
揉みくちゃされ、あうあうと呻く。
「半年だけな。 つぅか、同じ学年だし」
……痛いところ突かれた。
制服を着てなければ男子小学生と間違えられる今日この頃、年上で彼にマウント取れる半年がある意味アイデンティティだったのに。
とりあえずこの振り上げた拳、如何しよう。
愉悦愉悦、と笑いつつマヒルを解放し、やっとコンビニに向かう旨を伝える。
「ウルトラ超っ早で行ってきてよ?」
「あいよ」
少し苛つきながら言うマヒルに背を向け、ひらひら手を振り軽く答える。
そんな時だ。
オウマは歩みを止めた。
その視線の先をマヒルも見る。
そこには一人の男が立っていた。
同じくらいの歳か?
「カイ オウマだな! 俺を覚えているな?」
そう言う男にマヒルは見覚えは無い。
またコイツは誰彼構わずロボトル仕掛けたんじゃ?
チラリとオウマを見ると、彼は顎を指で摩っていた。
「……誰だ? 全然覚えてねぇ」
予想通りの答えに男はガクッと滑り、マヒルはやっぱりとため息をつく。
「三カ月前にお前と熱いロボトルを繰り広げたウシミツだ!」
そんなに熱いロボトルあったか、と思案顔のオウマ。
彼はロボトル数が多い所為か、強敵とのロボトル以外を忘れていく節がある。
と言う事はあまり強くないと言う事だ。
「この三カ月、お前に勝つ為に血の滲む様な特訓と寝る間も惜しんで戦術の研究をしていたのだ! お陰で毎晩八時間しか寝れんかったわ!」
「朝までぐっすりじゃねぇか」
ツッコむオウマを無視してウシミツは続ける。
「そして今、この雪辱を晴らす時が来た! さぁ、俺の力を見るが良い。 ーーバッフォ転送!」
そう言いつつ、メダロッチの転送操作をする。
転送光が収まった時、そこに立っていたのは、黒い山羊の様な、悪魔の様なシルエットのメダロット。
「Gururu」
ブラックメイル、バッフォが狂犬の様に唸る。
マヒルは目を輝かせる。
それもそのはず、ブラックメイルは全世界で合計六六六体しか存在しない超珍しいメダロットなのだ。
マヒルはコソッとオウマに耳打ちをする。
「……ちょっと! あんな激レアメダロットとやったってワケ?」
「あー、そういえば、確かそっこそこ強かった、様な……気がする……?」
「沸切らないなぁ……」
目の前のウシミツと言う男は、未だに如何にこの三カ月苦難の連続だったかを語っていた。
誰も聞いていないと言うのに。
「んじゃ、オレ、コンビニ行ってくるわ」
と、ウシミツを無視して彼の横をハンドポケットで通り過ぎる。
当然ながら慌てて引き止められる。
彼からすれば折角特訓や研究を重ねた結果を発揮するチャンスなのだ。
「オレ、そこにいるヤツのご機嫌取りに忙しいのよ」
ピッと親指でマヒルを示す。
ウシミツは難色を浮かべる。
「あのガキのお守りかよ?」
ガキ……お守り……?
ウシミツは、そんなことよりもロボトろーぜ、と肩を揺すっている。
その様子にマヒルは冷たい視線を送っていた。
『済まない。 私のパーツは修理中なのでな』
「そゆこと。 ロボトルしたいならアイツが相手になってくれるさ」
オルファと二人掛で説得を試みるが、彼の表情はとても落胆している。
目的の相手とロボトル出来ない、そのことに関してはある意味同情は出来るが。
じゃぁな〜、とこの場を離脱するオウマ。
「あのガキとロボトル……?」
ガキガキうるさい……聞こえてないと思って、言い過ぎだ。
少しだけ苛つく。
「おい、俺とロボトルするか? 少年」
少年……。
少年はまだマシ、一応は少年の意味的に範疇範囲内、ギリセーフ。
しかし、もう苛つきの我慢の限界に近い。
マヒルは無言でベンチから立ち上がる。
そして、黙ったままでメダロッチを構えた。
転送の操作を黙々と進めるマヒルに、会話が無い空間に耐えかねたのかウシミツは口を出す。
「お、おい何か喋ろうぜ。 えぇっと、名前は?」
「オオトリ マヒル」
ツンと短く伝える。
「あぁ、マヒル、君? 君、小学校でも暗いって言われねぇか?」
うるさい。
いちいちシャクに触るヤツだ。
「もちっと愛想良くしねぇと苦労するぞ?」
イラ……。
神経逆撫しているヤツだけには言われたくない。
「それにな、男は明るい方が良いーー」
「ーーあぁ! もううるさい! 少しは黙りなさい!」
唐突に大声を出され、少しだけ怯むウシミツ。
思わず被っていたキャスケット帽を地面に叩きつけてしまった。
隠れていたサラサラのショートカットヘアが揺れる。
彼は何が起こったのかイマイチ理解出来ていない様だ。
「さっきから聞いてりゃ、少年とか、君付けとか!」
一気に詰め寄らん勢いだ。
マヒルは大きく息を吸い込んだ。
「私は十四歳! そして、私は女なんだよ!」
心からの叫びだった。
その叫びは周りの人の関心を止めるのには十分だった。
マヒルは小さい、そして、見た目ボーイッシュである。
チビっ子扱いは、苛つくがまだ良い。
しかし、男子小学生扱いは我慢ならない。
ウシミツには悪いが、全部の苛つきをぶつけてやる。
「ギッタンギッタンにのしてやる! メダロット転送!」
メダロッチから光の球が射出される。
グルリとティンペットが生成され、パーツが装着されていく。
脚部は荒々しくも雄々しいガッチリしたシルエット。
左腕には四門の銃口、右には二門の銃口が装着される。
頬に当たる部分には一対のパイプ状のパーツ、後頭部には三対六本のパイプがあたかも鬣の様に装備されていく。
その白いボディはまるでホワイトライオンを思わせる出で立ちであった。
ウォーバニットの背中のハッチが開く。
「ーーロボトルだ! ロボトルが始まるぞ!」
誰かの声がきっかけか、いつの間にか周りにはギャラリー。
ホントこの街はロボトル好きが多いのだから……。
仕方ないような、しかしマヒルはニヤリと笑う。
マヒルは自分のメダロッチからライオンの姿が刻まれたメダルを外す。
キラリと赤い獅子の瞳が輝く。
背中の窪みに装着すると、パーツにエネルギーが漲る。
「起きなさい! 私のメダロット!」
ウォーバニットのモニターアイが青に輝く。
起動完了。
マヒルは叩きつけたキャスケット帽を拾い被る。
そして、彼の肩を叩き気合いを入れる。
「レフ、やるよ!」
レフと呼ばれたメダロットはゆっくりとマヒルの方を見る。
そして、ゆっくりと話し出す。
「ーー何を?」
そう、ゆったりと、である。
これからロボトルを始めようというのに何とも脱力する。
そういえばさっきからずっと、全く発言していなかった。
彼の話の通じ無さ、状況をあまり理解して無さを鑑みるにメダロッチの中で
「ロボトルに決まってるでしょうよ!」
「ロボトル……あぁ、目の前の人と?」
それしか無いだろうよ、とマヒルはキッと睨む。
レフはググッと背伸びをしていた。
どうしようもなくマイペースな性格なのだ、レフは。
「……大丈夫か? そいつ?」
「Gu?」
そのマイペースな調子に最早相手からも心配される。
ギャラリーからの視線も痛い気がする。
戦い向きな性格でないのは重々承知だが、気恥ずかしくなりキャスケットを思いっきり目深に被りなおす。
「あぁ、そうだ、マヒルっ」
「……何さ、レフ?」
「おはよ」
公開処刑か。
そのポヤポヤした様子に周りのギャラリーからもクスクスと笑い声さえ聞こえてくる。
恥ずかしくてウシミツへの苛立ちも忘れそうだ。
……いや、考え方によってはこれは彼なりに緊張を解そうとしているのか?
ならばそれに応えねばならないだろう。
頬を叩き気合いを入れ、ウシミツ達を見る。
「ーー合意と見てよろしいですね!?」
その声と共にいつの間にか、マヒル達とウシミツ達の間に若いの男がそこに立っていた。
一瞬たりとも目を離して無かったと言うのに。
「……あの人、いつ来たの?」
「僕が挨拶したあたりからいたけど……気付いて無かったの、マヒル?」
こっそり話す二人をよそに男は続けて話す。
「私は世界ロボトル協会公認レフェリー、Mr.サイゲツです。 以後お見知りおきを」
新人のレフェリーであろうか、マヒルは初めて会う。
初々しい感じが、とても不安げに映る。
「只今より、マヒル選手対ウシミツ選手のロボトルを執り行います。 ルールは簡単。 互いのメダロットを戦い合わせ、先に機能停止させた方の勝利です」
そう、ルールは簡単。
だが、勝利目的を満たすのは容易ではない事も良く知っている。
お互いに切磋琢磨し一筋縄で行かない勝利への道を進む事、それこそがロボトルの奥深さなのだ。
Mr.サイゲツが再び尋ねる。
「ーー両者、準備は良いですね?」
マヒルは頷く前に少し思案する。
ロボトルするかどうかの迷いではない。
どうすれば勝てるか、である。
バトルフィールドは公園。
真正面一○メートル程先にはバッフォ……相手がいる。
相手は格闘タイプ、距離を取って戦いたいが……。
幸い地面は砂地ではあるものの硬く、機動行動には十分だ。
一つ気掛かりは視界の端には砂場がある事だ。
ここに誘い込まれれば機動行動もままならないだろう。
マヒルが目を開きゆっくり頷く。
そして、メダロッチを顔の近くまで上げる。
ウシミツも自信満々に頷いていた。
侮っているのか、勝ち筋が見えているのか、それともーー。
「それでは、ロボトル--」
レフが少し腰を落とし体勢を整える。
どんな指示が飛んでも対応が出来る様にだ。
相変わらずバッフォが威嚇する様に唸っていた。
「ファイト!」
Mr.サイゲツが開始の宣言をしたと同時に指示が飛びレフは機動し、バッフォが飛び掛かる。
「Craaash!」
「はっや」
一気に接近して来たバッフォの右腕が振り下ろされる。
だが、一瞬早く右に飛び退き避ける。
遅れて鈍い音と土煙、空を切ったバッフォの右腕が地面を抉ったのだ。
「うわっ、何さアレ……」
「当たるとウルトラヤバいからね! それよりも……」
ぼやきながらもレフは飛び込み前転の要領で起き上がり右腕の銃を構える。
マヒルも心底冷やついていた。
あの一撃の威力に、ではなく、あのレフのアクロバティックな回避で無駄に頭部の鬣を破損しそうで、である。
「あんた、ロボトルでのダメージは別としても回避で自傷したらもう治してあげんよ?」
「あはは〜、そんなヘマしないよ〜」
どの口が、とマヒルは開き掛けた口を改める。
ゆらりと土煙からバッフォが立ち上がりつつあった。
「シュートバレル発射!」
「はいよっ」
右腕の銃口から火を放つ。
まだ今なら回避はおろか、防御行動すら出来ないだろう。
ライフル弾がバッフォの左腕に飛び込む。
高い金属音。
バッフォの黒い装甲を貫いた、と言いたいが弾は跳弾し後ろへ飛んでいく。
「弾かれたぁ?」
レフがミスヒットした?
いや、それとも受け流されたか。
マヒルは逡巡し、新たな手を模索する。
その思案顔を苦悶の表情と受け取ったのかウシミツは勝利を確信した高笑いをする。
「ナーハッハッハ! どうだ、俺のバッフォは装甲をカスタマイズしってっからめっちゃカッテェだろー!」
「……って単純に硬いだけかい……」
マヒルがガックリ肩を落とす。
考察して損した。
だが、それだけであれば手はある。
「デビルハ-ンド!」
「Breeeak!」
バッフォが左腕を大きく振りかぶり突進する。
正に暴走機関車を彷彿とさせる。
ちなみにデビルハンドは右腕。
ブラックメイルの左腕はデビルアームである。
「言葉通じて無いよね……アレ」
「外国製だから、でしょ? ま、テンションアップ設置して」
オーケー、と返事しつつ頭部パーツの鬣を模した筒状のパーツから小さなメカ……ヒートプラントを射出していく。
その間にもバッフォの接近を許し、レフに影が差す。
「Striiiike!」
ヒートプラントがバチンと帯電するとレフのボディにエネルギーを受け渡す。
それは言うなれば、大容量バッテリーを装着した何処でも充電できるワイヤレス充電器と言っても過言では無い。
動きが僅かに高速化し、バッフォの股下を潜る様にスライディング。
先程までレフの後ろにあった遊具がひしゃげる。
なるほど、頑健であるメリットは装甲値だけタフネスであるだけでは無いらしい。
頑強さは盾となり得るし、そしてそのまま殴れば破壊力として機能する。
すかさずレフが左腕を構える。
「レンジシューター!」
「えいさっ」
ガトリング攻撃、大量の弾が吐き出される。
だが、数を揃えても意味は無い。
ガトリング弾はバッフォの強固な装甲に阻まれ弾かれる。
ショックを受ける暇など無い。
突撃を繰り返すバッフォに対し、すかさずヒートプラントを設置し回避するレフ。
「無駄無駄ぁ!」
今はまだ回避は出来ている。
だが、徐々にバッフォの攻撃は苛烈に激しくなっていく。
段々と劣勢になっている、と言ってもいい。
時が経つほどに攻撃性能は上がっていく、そう言うメダロットなのだ、ブラックメイルは。
「Booooomber!」
「あぶなっ」
最早、爆破音とも言ってもいい。
その一撃は大量の土煙を巻き上げる。
レフは回避行動をしつつも隙を見て反撃を試みる。
しかし、結果は同じであり弾丸は弾かれるだけだ。
回避行動し、反撃し、設置する。
それを何度か続いた後、レフは足元に違和感を覚えた。
「わー、動き難いって思ったら砂場だぁ〜っ」
そう、気が付いた時にはレフの両足は砂場にとられていた。
メダロットの二脚は特別な装備が無い限り砂の地形は適応しない。
当たり前だが適応出来ない地形では百パーセントの能力は発揮出来ない。
すなわち。
「チャーンス! デビルボディだー!」
「De・De・De・Destrooooooooy!」
野獣の如き跳躍で一直線にレフに突っ込んでいく。
両腕の充電はおろか、右腕に至っては放熱さえまだ終わってない。
ウシミツが勝利を確信する。
デビルボディは破壊力。
悪魔の力、身に付けたバッフォを止める事が出来るだろうか?
いや、出来ない。
仮に避けたとしても、この距離では次の攻撃の射程外に逃げる事は叶わないだろう。
そして、次の攻撃は充填済み。
詰み、と言う物だ。
「レフ!」
マヒルの指示と同時に後方倒立回転で避け下がる。
ウシミツはほくそ笑み次の指示を下す。
思った通りだ、先程までの様に大きく距離を取ろうとしていない。
低下した回避力ではこの連撃は逃げる事は出来まい。
そして、この連撃は折り込み済みだ。
だが、しかし。
「Spaaaaark?!」
「バッフォ!?」
バッフォの攻撃が砂場に達した次の瞬間起きたのは砂を大きく巻き上げる様な爆発、その頑強な装甲がひしゃげる。
幾ら攻撃力が高かろうと過剰過ぎる爆発であるし、そもそもこれは自傷ダメージでは無い。
相手からの攻撃だと音声は知らせている。
しかし、レフの両腕の火力では大きなダメージを負わせる事は出来ない。
トラップ?
いや、純正ウォーバニットには格闘トラップ設置行動は存在しない。
「いやぁ、上手くいったねぇ」
レフがぽややんと言う。
その手には先程からばら撒いていたヒートプラント。
ハッとする。
ヒートプラントをばら撒いていたのはレフの行動を補助するためでは無い。
むしろそれを地雷とする為の行動。
もちろん、ヒートプラントには大容量のエネルギーが充電されているとは言え、普通それを壊しても対した事にはならないし、すこぶる頑丈であるので普通は壊れない。
だが、バッフォの高過ぎる攻撃力がそれを可能にした。
しかも、それが複数ならば大きな爆発ともなり得るだろう。
あのアクロバティックな回避はヒートプラントの密集地を悟らせ難くし誘導する為の見せ掛け。
「バッフォの破壊力を利用したってのか?」
「知恵と勇気が為せるワザ、さね。 ー-さぁ、レフ!」
指示と共に、ヨイショ、とレフが右腕を構える。
距離は目と鼻の先、どんなに射撃が下手でも外し様が無い。
加えて先程の爆発でバッフォの硬い装甲は先程までの防御能力を発揮出来ないだろう。
つまりはレフの攻撃で致命傷を与えられるという事。
ウシミツは、だが、笑う。
「だが、この距離ではバッフォの攻撃の方が速ぇえ!」
「……ステータス、よく見たら?」
冷静に、どこか呆れた様にマヒルは言い放つ。
チラッとウシミツは自分のスマホを見る。
「Pararararararalyze〜」
「て、停止症状!?」
停止症状とは一種のバッドステータスであり、一時的にメダロットの運動機能が停止する事を指す。
通常はサンダー攻撃、またはフリーズ攻撃によって引き起こされるものであるが、レフの装備パーツにはそのどちらも含まれていない。
俺の知らない兵器が、とウシミツはパニックに陥る。
「バッフォ、動け! バッフォ、何故動かん!?」
「……ヒートプラントって電気たっぷりじゃん?」
そもそもヒートプラントとはメダロットの通常時の余剰電力を蓄え、ロボトル時には切り離し遠隔充電可能な大容量外部バッテリーとして利用する物だ。
破壊すれば爆発と共に大量に放電される事となる。
爆発を除けば、それはサンダー攻撃と比べても遜色無いだろう。
故に、停止症状に陥ったのだ。
スマホがレフの攻撃の準備が整った事を知らせる。
マヒルが大きく息を吸う。
「止めのシュートバレル!」
「げっちゅうっ」
右腕の銃口が火を吹く。
狙いはバッフォの頭部パーツ。
「Oh! Nooooo!?」
着弾した弾は派手にバッフォの頭部パーツを破壊する。
メダロットは頭部パーツを破壊されると機能停止をする。
すなわち勝敗を決する。
バッフォはグラリと倒れ、背中のハッチが勢いよく開く。
それと同時にそこからメダルが射出された。
Mr.サイゲツがそれを見届けると高らかに宣言した。
「ー-リーダー機能停止! マヒル選手の勝利!!」
マヒルは小さく息をついた。
…。
……。
………。
遠くでカラスが鳴いている。
夕焼け雲がやけに眩しい。
涙目に、既に温くなったミルクティーがまずい。
隣にはオレンジ色に染まるボロボロになってしまったレフのボディ。
「……また暫くオレとのロボトルはお預け、だな」
レフとは反対側に座るオウマがポツリと呟く。
ウシミツに勝利した後、それが地獄の始まりだったかも知れない。
例によってロボトルを観戦していたギャラリーはそのまま挑戦者に早替わり、マヒルの勝ち抜きロボトルが勃発してしまったのだ。
「うぅ……何でっ!? 何でこんな事にぃ!?」
余力があった数戦は良かった。
しかし、また一戦、また一戦と積み重なる度に重なるダメージに心許無くなる弾丸。
そして六戦目で遂に弾が無くなり、何とか判定まで持ち込んだもののマヒルはあえなく敗北を喫した。
「そりゃ、観客の口車に乗せられたお前が悪い」
「あう!?」
ズバリとオウマに言われる。
さっきの奴……オウマの連勝記録を抜けるか、どちらの方が強いか、このチビっ子の方が弱いんじゃないかーーなどなど、好き勝手言うギャラリーにキレてしまったのだ。
よりによってオウマより弱い、だと?
冗談じゃ無い。
ウチのレフの方が強いに決まっている。
通算ロボトルでも勝ち越している筈だ。
……最も勝ち負けの数は覚えていないが。
結果としてはオウマの連勝記録には及ばなかった。
それが負けた事よりも悔しい。
「ていうか何!? 勝者への洗礼、この街厳し過ぎない!? ここは修羅の国かっ!?」
「何を今更……」
この一葉市はロボトルが盛んな地域として十本指に入る。
他にはおみくじ町やすすたけ村が含まれるだろう。
恐らくここ程に修羅の国ではないだろうが。
「少しは落ち着こうよ」
レフが沈み行く夕日をのんびり眺めながらしみじみ言う。
敗北はしたものの、判定で負けた為機能停止に陥っておらず稼働可能状態だ。
故に反省会にそのまま参加である。
レフはオウマについでに買ってもらっていたオイルをストローでズズっと飲む。
「アンタはマイペース過ぎよ」
「荒ぶるマヒルとのバランス取っているんだよ、これでも」
一つ幸いであった事は数年前にロボトルのルール改定があり、真剣ロボトルでのパーツのやり取りは禁止された事だ。
故にパーツはそのまま。
実質真剣ロボトルの廃止とほぼ同義であるが、ポイント制でのレート戦により一層ロボトルに熱気を帯びたと言えるだろう。
レート戦上位者には全メダロッターの憧れである四年に一度開催される世界大会への切符が開かれる事も付け加えておく。
ちなみにマヒルは現在二四○位。
日本のメダロッター人口の分母からすると十分に上位ではあるが、まだまだ遠く足りない。
しかし集計時期はまだ遠く、獲得ポイント次第によっては十分に上位に喰い込む事も可能ではあるだろう。
ーーであれば。
「ーー行くよ、レフ!」
愚痴の間話……いや、反省会は終わりだ。
ぴょいとベンチから飛び上がる様に立つマヒルに、レフは首を傾げる。
何処に? とでも言いたげであった。
「もちろん帰って修理調整よ! 今夜は徹夜コースね……!」
そう言って、駆け足始め。
マヒルは燃えていた。
最早オウマに勝ち越す為か、それとも負けた事への悔しさか、その原動力は何かは分からない。
諦めが悪い事は、ある意味では優秀なメダロッターであろうが、彼女の場合はとても危なっかしくおてんばが過ぎる。
こんなんだからいつまで経っても放って置けないんだよなぁ……レフは一人思う。
『レフ、笑っているのか?』
メダロッチの中からオルファが問う。
どうやら笑っていた様だ。
「ん……あの子は可愛い妹みたいなものだからね」
ヒトとメダロット。
姿形こそ違えども、ヒトが成長していくのを見守るのは中々良いものだ。
「レフ! 置いて行くよ!?」
遠くでマヒルが手を振り呼んでいる。
早く行かないと本当に置いていかれそうだ。
「おっと、行かないと。 オイルご馳走様」
「おうさ!」
オウマ達に別れを告げてその背中を追い掛けた。
「待ってよ、マヒルっ」
「遅いってば」
君と同じ空を見上げていたい。
難しい事は分からないけど、とりあえず今は楽しい。
夕焼け空は何でもない日々を優しく包んでいた。