メダロット・SLEEPING LION   作:せもべんて

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第二話 ガンリューとライオン

「ーー時にオウマよ」

 

 学校、昇降口にて。

時は夕方、つまりは放課後だ。

オウマが自分のシューズロッカーから靴を取り出している時だ。

クラスメイトであるアリアケが聞いてきたのだ。

靴を履きながらも、返答する。

 

「何だ、我が友人アリアケよ」

「ーーオオトリちゃんの事はどう思っている?」

 

 吹き出す。

何故唐突にマヒルの事を聞かれなくてはならないのだ。

咳払い一つ、多少落ち着いて返す。

 

「いきなり何故に藪から棒にマヒルの話題が出てくる?」

「いや何さ、お前、あの子に気があるんじゃないかと思ってな」

 

 アレが仲良く見えるのだろうか、オウマは自問し、思い返してみる。

今日はマヒルが、目玉焼きには醤油に塩コショウのコンビで一択だ、とほざいていたので、案の定言い争いになったが一言物申しただけだ。

目玉焼きにはソースが至高だとオウマは思うのだ。

 

 昨日は、オウマはジュース賭けのテスト勝負を持ち掛けた。

彼自身、そこまで学がある訳でもない為、今回は奢るハメになってしまったが、名誉の為にどんぐりの背比べであったと付け加えておく。

 

 一昨日は、前日の勝ち抜きロボトルで彼より勝ち数が低かったマヒルを煽っただけだ。

面白いように煽られていたが、恐らく逆の立場なら、オウマが煽られるハメになっていただろう。

 

 うむ、どう考えても、気がある様には思えない。

親友というか、悪友というか。

 

「アイツが気があるのは俺じゃなくてアサマの方だぜ」

「アサマって、お前の噂の双子の兄さんか?」

「あぁ、アリアケは別小だから会った事ないんだっけか」

 

 靴を突っかける。

上手く靴に入らない、面倒だが、靴紐解き履き直す。

 

 カイ アサマ、オウマの双子の兄。

彼を一言で言い表すならば、優秀。

勉学は出来、性格の非を上げるとすれば此方が揚げ足取りしたと見られる程に立派だ。

運動面ではオウマに分があるが、最も自信があるロボトルの腕前に関しても、アサマの方が上手であると認めざるを得ない。

 

 昇降口を出ると、傾き出した西日が眩しい。

今日も終わりと否応無しに感じる。

 

「アイツ、はなぞの中学の寮いるからなぁ……夏休みには帰ってくるはずだが」

 

 そうアサマは、はなぞの中学の特待生なのだ。

五年前、彼はかのイタズラ集団・ロボロボ団一葉支部を壊滅させた。

端的に言えば、この実績を元にロボトル専門科にスカウトされたと言う訳なのだ。

この専攻科に入ると言う事は、未来のプロメダロッターが約束されたようなもの。

彼は持ち前の正義感から恐らく将来はセレクト隊の幹部様になる事だろう、とオウマは思う。

 

「そうか……夏休みまでもうちょい時間あるな……」

 

 アリアケはポツリと呟く。

何か嫌な予感。

遠くで部活動の掛け声が聞こえてくる。

 

「ユー! オオトリちゃんを略奪愛しちゃいなよ!」

「唐突!? しかもキャラおかしい!?」

 

 しかも表現が穏やかでない上に、あたかもオウマがマヒルに対し好意を持っている事前提の話……飛躍し過ぎている。

先ほども述べた通り、良い意味での悪友、他意はない。

仮に好意を持ち合っていたとしても、それは決してメロストーリーが始まるものではない。

 

 それにマヒルとオウマ、並び立ったとするならば、良い所似てない兄妹、もしくは兄弟か。

最悪、オウマにはヒトケタに手を出す鬼畜と言う通り名が付いて回る。

それもこれも、彼女のファッションセンスが年相応の少女のものでなく、男子小学生のソレに近しい事が起因であろう。

全く、似合わないからと言って忌避し過ぎているのも問題、存外に合うかもしれないのに。

 

「まぁ、アイツと居りゃ退屈はしないけどよ……」

 

 そう言ってプイっとそっぽ向くオウマに、何故かニンマリ顔のアリアケ。

無用な一言だったらしい。

肘でちょいちょい突きながらアリアケはお猪口ってくる。

 

「ん? それはツンデレ発言か? ん〜?」

「……。 うっせぇ、バカな事言ってねぇで早く行くぞ!」

 

 そうして肩をすくめるアリアケを背にズカズカと歩を進める。

そうだ。

今日は待ちに待ったメダロックの新曲の発売日。

早くショップに行って手に入れなければ。

 

 ちょっと待ってくれよ、と慌ててアリアケが小走りをする。

もうオウマは校門を越えようとしていた。

 

 その時である。

アリアケの横をチョロリとすり抜ける影を見たのは。

 

「ーーオウマぁ!」

「ぬおっ!?」

 

 その影は走ってきた勢いそのまま、オウマの背にタックルを打ちかます。

流石の彼も大きくよろけ躓く。

地面についた手、そのままに振り返ると小さな影が彼を見下ろしていた。

 

「!? 何だ……マヒルかよ」

「帰りたくば、私を倒してからにしろ!」

 

 いきなり何言ってんだコイツ、とげんなりしながらオウマがやっと立ち上がる。

マヒルは手を腰に、無い胸を張って、形の良い眉を十時十分に釣り上げていた。

彼女はオウマを見上げ、手に持っていたモノを彼の目の前に突き付ける。

手紙の様に見えるが……?

 

 オウマが渋々受け取ると、その手紙の表題は無駄に達筆な字で書かれていた。

淀みなく書かれた文字は、全く読めないが。

ホント何がしたいんだコイツ、と若干呆れつつ手紙を開く。

 

……。

…………。

………………。

 

 話は遡る事、五分前。

 

「サラサラサラ〜、っと」

 

 やっと今日も終わった。

オレンジ色の夕日とはまだまだ言えないが、西日が教室内を照らす。

今は放課後、教室に残っている生徒はちらほら、部活動に行く準備をしているか、友達とダラダラと駄弁っているか。

そのどちらでもない生徒は既に帰宅を始めている。

 

 オオトリ マヒルはそのいずれでも無い。

机に貼り付き、便箋の前で筆ペン片手に頭を捻っている。

 

「あ、間違えた……やり直し」

 

 遠くから見れば、勉学に勤しむマジメな生徒にしか見えない。

筆ペンを置き、クシャリと丸める。

そして、またカバンから便箋を取り出し気合いを入れ直すのだ。

 

「……何してるの、マヒルちゃん……?」

 

 まだ帰らないの、と問うのは女性の声だ。

声の方を向くと艶のある、長い髪の少女がマヒルをそのパッチリとした目でジッと見ていた。

イシハラ サヨ、マヒルのクラスメイトだ。

 

「分からない? 気合いを入れているんだけど?」

「何で手紙を書く事に気合いを入れるのが必要なのか、これがわからない」

「必要でしょ。 下手な字じゃ笑われるでしょ」

 

 綺麗に書く事は分からないでも無いが、それに気を張り詰めるなんてヘンな子。

とサヨは小さく笑う。

その様子にムッとした目をするマヒル。

 

「あーごめんごめん。 ーーで、誰に書いてるの?」

「オウマにだけど」

「それってカイ君の事?」

「そ」

 

 筆ペンをサラサラと滑らせつつあっさり言い放つ。

その手紙の内容は達筆過ぎるのか、サヨには読む事は出来無い。

恐らく、彼女の字は上手いのだろう、一般中学生が読めるかどうかは別として。

 

「……読めないけどなんて書いてるの?」

「サヨは美術部なのに読めないの?」

「いやいや、ジャンル違うでしょ」

 

 マヒルは少し考えて、また口を開く。

 

「アイツに私の気持ちをしたためようって思ってね」

「それって……!?」

 

 サヨはハッとする。

多感な中学生の立場で手紙で想いを伝えるとなれば、思い当たり易いものは一つ。

ラブレター。

いかんせん時代に取り残された感は否めないが、恋に恋する恋愛脳な中学生なればよっぽどそう思っても仕方ない。

 

「ーーそっかぁ、マヒルちゃんがねぇ……」

「何よ、マジマジ見ちゃって……ウルトラ書き難いだけど」

 

 ニマニマと笑むサヨに引っ掛かりを覚えながらも裏腹に書き続ける。

サヨは普段の二人の掛け合いを思い出す。

 

 一昨日は、ロボトルの腕前がどっちが上か言い争っていた。

昨日は、戻ってきたテストの点数を競っていた。

そして今日は、目玉焼きに何をかけるかを言い合っていた。

朝昼夕と飽きる事なく事ある事に突っかかり合っているのだ。

 

 常に喧嘩は絶えない様だが、それでも何故か険悪なムードは無い。

むしろ、一周回って仲が良い節がある。

と言うよりも周りからしてみれば、またじゃれ合っている、間には入れない、行く末見守ろうぜ、むしろ付き合っちゃえよおまえら、である。

 

「サヨ……言っとくけど勘違いよ?」

 

 人の気持ちを勝手に妄想して……とマヒルがジトりと見る。

間違いは訂正しなければ。

 

「アイツに果たし状叩きつけてやるんだ」

「……何故に果たし状?」

 

 決まってるでしょ、と当然のように言う。

マヒルからすれば、不倶戴天の敵……とまではいかないが、天敵(ライバル)ではある。

何かと突っ掛かって来るし、何かとちょっかいを出してくる苛立たせられる存在。

そんなに嫌悪するならば、近寄らなければいいのに、いや近づくな、と思うほどだ。

最も、彼女は気が付いていないが、彼女も彼女で近くに寄って行っている気がある。

 

「今日を最後にそろそろ私も長年の決着付けたいからね」

「今日で終わらせる……ね」

 

 それは前にも同じ事を言っていた気がする、と声には出さずサヨ。

マヒルはそれには介さずに最後の一文字を書き上げる。

 

「……出来た、っと」

「上手いね、……読めないけど……」

「一言多いわね、この美術部……」

 

 マヒルは筆を置き、果たし状のインクにフーフーと息を吹き掛ける。

最後の最後まで抜かり無く、逸る気持ちを抑える。

乾かないと折り畳めないし、渡せない。

 

「果たし状って事はマヒルちゃんとカイ君が殺し愛か……」

「勝手に殺伐させないでよ……と言うかイントネーションおかしいし」

 

 インクの艶が収まる。

どうやら乾いた様だ。

そして、丁寧に折り畳んでいくと完成だ。

表紙のど真ん中には、果たし状、とデカデカとそして力強く書かれていた。

誰がどう見ても、それそのものだ。

我ながら良い出来、とマヒルは自画自賛する。

そんなキラキラした瞳の彼女に伝えねばなるまい。

 

「ねぇ、マヒルちゃん? 今日、決着付けるんだよね?」

「そうだけど」

 

 怪訝な表情の彼女に更に確認する。

 

「今日、それ渡すんだよね?」

「今日渡さないでいつ渡すの。 今でしょ」

 

 そうだろう。

であれば、悲しいお知らせを伝えねばなるまい。

サヨは小さく息を整えた。

 

「残念ながら、カイ君はもう帰りました」

「はぁ!?」

 

 椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がる。

今は放課後、マヒル達を除き帰宅部の学生……いや他に誰も教室には残っていない。

そして、オウマも帰宅部。

とっくの昔に教室を後にしていたのだ。

 

「ホームルームが終わったらすぐに教室出て行ったよ? 何でも今日発売のメダロックの新曲買いに行くとかなんとか」

 

 マヒルは教壇の上の時計を見る。

勉学においてあまり働かない頭をフル動員で回転させる。

果たし状が出来たのが今さっき、書き始めたのが五分前、そしてホームルームが終わったのは六分前だ。

恐らくオウマの事だ、比喩でも何でもなくすぐに出て行ったのだろう。

だが、今から走って追い掛ければ、校門を出た辺りで捕まえる事が出来るかも知れない。

ただし、オウマが歩いている事と、友人かそこらの誰かと喋りつつゆっくり歩いている事が条件だが。

 

「……そういうのって予め準備しておいたり、実行までの猶予期間を設けるんじゃないかな?」

「だってホームルーム中に思い付いたんだからしょうがないじゃん……」

 

 そんな理由を作らなければ遊べ……いや、突っ掛かる事が出来ないし、そもそもマヒルは思い立ったら即行動をモットーとしている。

これは生まれ持っての性分なのだ。

 

「まさに行動力の化身ね……」

 

 追い掛ける、そうと決まれば呆れるサヨを尻目に帰宅準備を始める。

机の上に散らばる文房具を乱暴に纏めて鞄に突っ込む。

後で整理するのが面倒そうだ、とふと思ったが、今はそんな事は関係ない。

この果たし状を叩き付ける事が出来るか、それとも無駄になるかの瀬戸際なのだ。

 

「サヨ! あなたも早く準備なさい!」

 

 急いでいると言うのに、サヨは特に慌てる事はしていない。

むしろ、のんびりしている。

 

「いや、私、これから部活だし」

「色んな意味で何してんのさ……」

 

 サヨは美術部、これから部活に参加する為に美術室に向かうところだった。

他のクラスメイトが帰る準備をしている中、何やら面白そうな事を始めた、と思いマヒルを観察していたのだ。

すぐに声を掛けてあげれば、マヒルはそんなバカな事はしなかっただろう。

しかし、しなかった。

決して二人の関係を面白おかしく愉悦を感じる為にした、むしろ、シンプルにマヒルの反応を愉しむ為の筈ではない……その筈だ。

 

「と言う事で後は若いお二人で……」

「お見合いかッ!? ーーまた明日!」

 

 ツッコミつつも、鞄のチャックを閉め肩に掛ける。

そして、返事を待たずに教室から飛び出す。

帰る準備で一分も使ってしまった。

急がねば。

後ろの方から、頑張ってね、と、もはや何に対してか分からないがサヨの声が聞こえてきた。

 

 廊下を駆け抜ける。

今は放課後、走る事を咎める先生もいないし、進行を妨げる生徒もいない。

風になる様な心地だ。

 

 キュッと小耳が良い音を立ててブレーキを掛ける。

マヒルは見回す。

階段室には、周りには誰もいない……なれば。

 

「トリャっ!」

 

 駆ける様に踊り場まで飛び降りる。

ワンピースの制服の淵がふわりと浮くのを両手で抑えつつ着地。

再び、ジャンプ。

中は乙女のたしなみパゥワーで見えないのだ。

 

 中央廊下を抜けると昇降口だ。

自分のシューズロッカーを開け、靴を履き替える。

替え終わると同時にまた駆ける。

 

 前を歩く生徒を抜く。

そして抜く。

 

 正門に差し掛かろうとした時、見知った背中を見つける。

さーち、あんど、ですとろい!

見間違うはずも無い。

 

「喰らえ! オウマっ!」

 

 マヒルはその背に向かって跳躍し、そして、色々な意味で吹っ飛ぶ。

 

……。

…………。

………………。

 

 そして、現在に至る。

何事か、と周りの下校中の生徒も足を止め出す。

知っているものは、あぁいつものか、とまた歩き始める。

 

「オウマ! こいつを読めぇ!」

 

 得意げにオウマに突き付けると、眉間に皺を寄せた。

彼は突き出された文を受け取り、マジマジと読む。

怪訝な表情な彼に対し、マヒルはこの上なくドヤ顔だ。

 

「ん? …、……、………、読めねぇ!」

 

 と、言葉で一刀両断である。

それもそうだろう。

達筆な字、イコール、非常に読み易い字である事は必ずしも一致しない。

そもそもサヨに読ませた時点で気付くべきであった。

 

「何? この私の達筆な文が読めないと言うか?!」

「何度でも、耳に届く声で言ってやろう。 読めねぇ!」

「ムッキィーッ!」

 

 今日日、聞く事はないだろう声に地団駄を踏んでいる。

彼はヤレヤレと肩をすくめた。

大体さ、とオウマ。

 

「人に読ませるつもりなら、ミミズが這った文字じゃ無くてちゃんとした文字で書けよ」

 

 と、手紙を突き返すオウマにムッとムキになりながら切り返す。

彼女はこれでもマウントを取っているつもりなのだ。

 

「それも草書体って言うれっきとした文字なんですー! わっかんないかなぁ?」

「世間一般の中学生がフツー読めると思うんじゃないよ」

 

 夫婦漫才を隣でアリアケがヒョイと例の果たし状を覗き込む。

なるほど、全く読めない。

 

「つまりは私は非凡、天才ってことさね!」

「どこをどうしたらそう判断出来るんだよ」

 

 流れるようなボケにはオウマのツッコミも流されていくようだ。

マヒルはフフンと得意げに鼻を鳴らし、ピンと人差し指を立てた。

 

「私、今、すっごく気分が良いから解説してあげる」

 

 それはよござんしたね、とオウマは呆れるとともに彼女のある種のチョロさが心配になる。

感情がコロコロと行方不明に変わるのも含めてだ。

要するに、とマヒルが前置きをして、

 

「私はあんたに決闘を申し込むのさ!」

 

 と、ズビシと言い放つ。

 

「……日本じゃ決闘は違反だぞ」

 

 呆れながらも、もっともな事をツッコむ。

あと、人を指さすな、とも。

 

「この場合は決闘って書いてデュエ……ロボトルって読むのさ」

「お前、今何言い掛けたよ……」

 

 まぁそれは良いか、とポリと人差し指で頬を掻く。

ロボトルと聞いて俄然やる気にはなったが、しかし、今日はいかんせん都合悪い。

今日、この後、とか言い出さなければ良いが。

 

「あー、この後ちょいとヤボ用がーー」

「もちろんこの後直ぐに! 一葉大橋の下でやるよ!」

 

 オウマの言葉を遮って、マヒルが踏ん反って言うのだ。

彼は話を聞かない彼女を止めようとしたが無駄だった。

引き止める前にマヒルは背負っていたバッグをヨイショと背負い直した。

 

「伝えたからね! 来なかったら承知しないぞ!」

 

 と言いながら橋の方向に駆けていった。

もう、見えなくなった。

すばしっこい、と言うか落ち着きの無い奴め。

 

「……オウマよ」

 

 今までのやり取りを変な笑いを浮かべたまま見ていたアリアケがオウマの肩を叩く。

 

「んだよ?」

「猟奇的な奥さんを持つと大変だな」

「そうだな……って誰が夫じゃ」

 

 微妙にムカついたのでアリアケにツッコミチョップを叩き込んでおいた。

とりま、当初の予定通りディスクショップに行って、そして気が向いたら、行こう。

そうしよう。

 

……。

…………。

………………。

 

「遅いっ!」

 

 場所は変わって一葉大橋の高架下。

目の前には河川敷、その奥には広く赤く染まる一葉川、対岸には白球を追いかける野球少年の掛け声が響いていた。

西日は赤さを更に増していくにつれ、いつまでも来ないオウマへの怒りが深まっていく。

 

「もう来ないんじゃないかな?」

 

 仁王立ちするマヒルの隣で白いKLN(ライオン)型ーーレフがぽやっと呟く。

彼は河川敷のちょっとした段差に両脚を投げ出すように座っていた。

暇なのか、足をプラプラと止まりかけたの振り子時計のように交互に揺らしていた。

 

「これはきっとアイツの作戦なのよ!」

 

 グッと拳を突き出す。

漫画的に言うならば彼女の背景にはきっと怒りの炎がメラメラとしていただろう。

 

「あたかも武蔵が小次郎に巌流島でやったみたいな遅刻戦法よ……!」

「……その遅刻戦法って創作らしーよ?」

 

 レフがポツリと言うと、信じられないかのように彼をハッと見る。

 

「えっ……ウソでしょ」

 

 創作が流布し過ぎて真実がかき消された例であろう。

レフは人間臭くため息をついて目の前いる彼の永遠のライバルに更に言う。

 

「仮にそれが正しいとしても、……この場合、マヒルが小次郎だけど良いの?」

 

 とは言いつつも、レフ自身、例の彼の事は兵法家だとは微塵も思っていない。

むしろ、ある意味であらゆる事に常に正々堂々なサムライか。

 

 レフの問いにウンザリとした顔でマヒルが答える。

 

「う……それは良くない。 負けるのは、良くない」

 

 ヨッ、とレフが何かに気が付いたように前に飛ぶように立ち上がる。

遠くでタタンタタンと小耳の良い電車の音と、何処か空の彼方からカァカァとカラスの鳴き声が通っていった。

レフの視線の先につられて、その方向を見る。

 

「よぉ、待たせたな」

 

 そう口にしたのはオウマだ。

爽やかに汗ばんでいるのは気候の所為であろうとしても、彼が少し息を切らせているように見えるのは気のせいだろうか。

マヒルはそれに気付かないようで、彼に不満を隠さず言い放つ。

 

「遅いんだよ!」

「わりぃな。 急いで来たんだがーーまぁ、お前にも後で聴かせてやるからよ」

 

 そう言いつつ右手の紙袋を小さく掲げる。

側面には一葉レコードのロゴ。

そう言えば今日だったか、新曲の発売日は。

聴きたくない、と言えば嘘になる。

 

「で、でも、そんなんじゃ心揺さぶれるわけないじゃんよ!?」

「めっちゃ効いてるじゃねーか」

 

 冷静なツッコミに顔を赤らめて腕組みポーズを保つ。

ポーズを保つ、と述べたが全然出来てないが。

オウマがニヤリと笑む。

遊びたいならそういえば遊ぶってだけなのに。

マヒルはその視線に耐えられなくなって真っ赤なままダンと地面を踏み付ける。

 

「あーもう、早くオルファを転送しなさいよ!」

「へいへいっと」

 

 左腕につけたメダロッチの転送ボタンをポチリと押すと、彼の目の前に光の球体が現れる。

その奥から現れるのは黒い、カミキリムシを型取ったメダロット、エイシイストだ。

オウマはエイシイストの背中のハッチを操作するとオルファのメダルをはめ込む。

クワガタメダルの目がギラリと青く反射した。

 

 ややあって、オルファのボディのカメラアイに光が灯る。

 

「む、ロボトルなのだな」

 

 オルファが、相手は、と此方を見ると、レフがやぁと片手を上げる。

 

「僕だよっ」

「レフ! お前だったのか!」

 

 ワザとらしく仰け反ってみせる。

なんだそのやり取りは、とマヒルが肩をすくめた。

しかし、これでお互いに準備は出来た。

と、なれば、そろそろ来るはずだ。

 

「ーー合意と見てよろしいですね!?」

 

 来た。

何処からとも無く聴こえる男の声。

今日は何処から現れるというのか。

しかし、声が聴こえて来た方向には誰もいないし、何も無い。

 

「……隠れてそうな場所……川?」

 

 川の方向をじっと注視しても影すら現れず。

で、あれば、上空から落下傘で降りて来るとか?

マヒルが、茜色の空を見上げようとした時、突然の爆発が巻き起こる。

舞う土埃に咳き込む。

 

「何さ!? 本当にもう!」

 

 埃が落ち着いた時、丁度、マヒル達とオウマ達の間にはいつの間にか男が一人立っていた。

世界ロボトル協会公認レフェリー、Mr.サイゲツだ。

サイゲツは各方に合意の有無を確認する。

 

 マヒルは少し戸惑いつつ頷く。

が、しかし、頭を切り替える。

 

「只今より、マヒル選手対オウマ選手のロボトルを執り行います。 ルールは簡単。 互いのメダロットを戦い合わせ、先に機能停止させた方の勝利です」

 

 サイゲツがルールの確認を行う。

今回の舞台は河川敷。

と言っても、舗装された遊歩道と雑草が生えた高水敷。

機動の邪魔になるものは何も無く、雑草も短く刈られている為ロボトルの影響はないだろう。

逆に言えば、先日のロボトルのような地形を活かした奇策は使えないという事。

もっとも、小手先の小細工を使うつもりは無いが。

 

 サイゲツが双方を見、右手を高く上げる。

 

「それではお待たせ致しました。 ロボトルーー」

 

 メダロッチを構える。

緊張の一瞬だ。

 

「ーーファイト!」

 

 戦いの火蓋は斬って落とされたのだ。

 

「初手テンションアップで安パイよ!」

「りょーかい」

 

 レフが頭部パーツを起動させると、鬣を模したパーツからヒートプラントが射出される。

ヒートプラントは外部補助電源。

電力を受け取り、サポートされる事で攻撃充電の速度を上げる事が出来る。

それは即ち、攻撃回数の増加、ひいては攻撃力の底上げという事だ。

 

 セオリー通りに動きやがって、とオウマが吐き捨てオルファに指示を下す。

 

「ガガンとやっちまえ! ドッカンボーだ!」

 

 オルファは小さく頷き、レフに向かって跳び掛かる。

一直線に振り下ろされた左腕を、小さく後ろに下がり避けた。

そして、距離を取る。

エイシイストは格闘タイプのメダロット、それを相手取るならば距離を取るのは当然の事だ。

 

「マヒルよぉ! 俺を随分と待ってて堪えたんじゃねえか?」

 

 指示の合間にオウマが挑発する。

迸る様々な可能性。

彼女が想像した通りならば。

 

「!? あんた! まさか……!」

「そのまさかさ! これは俺の作戦……お前を待ちくたびれさせるっていうな!」

「な! 何だって!?」

 

 バカやりながらも的確な指示を下す二人に、メダロット二体は呆れつつも苛烈にロボトルを繰り広げる。

指示を受けたレフが左腕を構えると、四門の銃口から嵐のように弾丸を吐き出す。

補助充電のバックアップもある為、本来よりも短い発射レートだ。

迫る銃弾にオルファは目にも止まらぬ速度で右腕の刃を振るう。

甲高い音を立て、そして、弾丸が地面を抉っていく。

左腕がオーバーヒートを告げる。

結果、全弾打ち払われ、代わりに地球がダメージを負ってしまったようだ。

 

 驚愕や悔しさよりも、感心したようにレフが言う。

 

「ゴエモンかな?」

「はぁはぁ……! やってみたら存外出来るものだな……!」

「やった本人が一番驚いてどうするの……」

 

 息切れ、という概念はメダロットには存在しないはずであるが、どうもニンゲンナイズされているらしい。

オウマがニヤリと笑む。

 

「おぉっと、狙いの指示が甘ぇんじゃねぇか? 待ちくたびれてまともな指示が出来ねぇってか?」

「む……。 やっちゃえ、レフ!」

 

 あいよ、とレフが右腕パーツを使用すべくオルファに向けようとした。

が、その前に黒い風がレフの懐に潜り込む。

咄嗟に狙いを修正し弾を放つが、宙を切る。

オルファの左腕が、レフの右腕を受け流す様に掴んでいた。

自分の身体が銃線に入らないように……こうなれば、射撃のメリットを本懐出来ない。

 

「巌流島の戦いではなぁ! 待ちくたびれた小次郎は! 武蔵に負けただろうがよ!」

 

 と、あたかも勝利宣言のように高笑いをするオウマ。

だが。

 

「オウマ、それ、創作なのだぞ」

 

 とオルファが水を差す。

 

「マジ?」

「マジ」

 

 なんだろう。

メダロット間ではそれは常識な事なのだろうか。

 

 が、しかし、まずい事となった。

マヒルは逡巡する。

射撃がメインのレフの懐に格闘専門のオルファが潜り込んだ。

それだけでも不利な状況であるのに、レフのメインウェポンである右腕はオルファに制され実質使用不可能状態となった。

残るは牽制攻撃用のガトリングを備えた左腕しかない。

更に不利な面を言うならば、オルファの右腕は文字通り一撃必殺の刃。

それを至近距離で自由にさせておくことの結果は、火を見るよりもあきらかであろう。

この思考、時間にしてコンマ二秒。

 

 次に繰り出される行動は、つまり……。

恐らく勝負の岐路は一瞬だ。

次の手番をレフに小さく伝える。

 

「だが貰ったぜ。 バスッと行っちまえオルファ!」

「応さ!」

 

 オウマの掛け声と共に振りかぶるオルファの右腕。

その隙を逃さない。

レフは左腕を大きく伸ばす。

決して防御を諦めた訳ではない。

斬撃が奏でる音は響かなかった。

 

「なん……だと……!」

「ふぃ……間に合った」

 

 レフが安堵したように息をつく。

その左手はオルファの右腕の刃をガッチリ受け止めていた。

刀に限らず格闘攻撃は一度振われると力尽くで止める事は容易でない。

しかし振りかぶる、つまりは勢いがつく前ならば止める事に力尽くである必要はない。

 

 想像してほしい。

走ってくる自転車をその身を翻して止める事は難しい。

仮にできたとしても、その身が安心無事である保証はない。

だが、動き始める瞬間ならば両手でハンドルを掴めば良い話である。

抑え込まれた自転車では、漕ぎ出す事もままならない。

 

「器用な真似をする……!」

「秘技っ、ブロッキングってね」

 

 思ったよりも緊張感の無い声でレフがフフフと笑む。

 

 問題は、理論は分かっていても実際の行動は簡単でないと言う事だ。

恐らく常に出来るようなモノではないのであろう、とオウマは推測する。

常に出来るならば、一番最初の攻撃の時にしていただろう。

大振り、且つ、攻撃の出どころが見極め易い、と言うのが肝だったのだろう。

であれば、この攻撃は打って付けだったと言える。

 

「んで? どうすんだ、この状況?」

 

 オウマが嘲笑する。

レフの右腕をオルファの左腕が制し、逆にオルファの右腕はレフの左腕が受け止めている。

攻撃行動が頭部パーツに仕込まれていたならば絶好のチャンスだっただろうが、悲しい事に互いに頭部パーツは補助行動が主である。

互いに攻撃パーツは使用不可であり両者の力は拮抗している、と言いたいがそうもいかない。

格闘型であるオルファのパワーは射撃型のレフのそれを上回り、力尽くで抑え込まれつつある。

徐々に、ではあるが。

十数秒の後には、レフのボディに刃が突き立てられてしまうだろう。

 

「ふぬぬぬ」

「ぬん……!」

 

 オルファが一層力を込める。

どうにかして後ろに下がりたいがそうもいかないようだ。

右腕はガッチリ掴まれており、そもそも左腕の拘束を解くならば逃げるその前に直ちに刃は突き立てられる。

チェックメイト、であろうか。

 

「決まってるわ! レフ、ーー!」

 

 マヒルは鼻で笑い飛ばし、逆転の手を伝える。

えぇ……、とレフは困惑しながらも渋々了承した。

何をする気だ、とオルファ。

レフがグッとアゴを引くと同時に押し引きしていた両の手の力を抜く。

押そう押そうと力を込めていたオルファは当然の如くバランスを崩す。

そしてーー。

 

「とりゃっーー」

「ーーぶっ!?」

 

 ドガシャンという派手な音、オルファの目の前に星が浮かぶ。

真っ白に、ホワイトアウトする視界に、頭部を疾る鈍痛。

頭突きをされた事に気がつくのに、そう時間は掛からなかった。

二歩三歩よろめき、オルファはクラクラする頭を左腕で抑える。

 

「グゥ……小癪、な……?」

 

 左腕?

何か、捕らえていた様な?

そう、離すと勝負を左右する様な……。

 

「あ!? 馬鹿っ!!」

 

 オウマが叫ぶ。

視界が晴れた時には、あ、と言うだけだった。

少し離れた場所でレフが片膝立ちで構えていた。

コミュニケーションアイの表示が少し涙ぐんでいる様な表情に見えた。

 

 右腕パーツの行動充電は完了、ロックも完了。

マヒルが片腕を勢いよく振りつつ元気に発声する。

 

「シュートバレルよ!」

 

 指示と同時に響くガガン、と大きな銃声。

右腕の銃口から弾が放たれる。

一発はオルファの右こめかみ辺りを掠め、もう一発はその額を穿つ。

 

 オルファのボディ、エイシイストのパーツは軽量パーツの特性を活かした高機動パーツ郡だ。

極限まで薄くした装甲、それは高い機動性を得るのに利がある。

一方では、それは装甲の薄さを起因とした打たれ弱さとしての弱点を持つ。

 

 逆にレフのボディ、ウォーバニットは機動性にパラメータを割り振っている設定であるものの、少なくともエイシイストよりは装甲は厚い。

ダメージが抑えられた為に比較的直ぐに復帰出来たと言えよう。

しかし、痛いものは痛いのだ。

レフは、うぉう、と頭を抱え座り込んだ。

 

 オルファがグラリと揺れうつ伏せに倒れ、そして、背中のハッチからメダルが射出される。

唖然とするオウマ、その先にメダルがチャリンと軽快な音を立てて転がり落ちた。

それを見届けたレフェリー、サイゲツが高らかに宣言する。

 

「ーー機能停ー止! マヒル選手の勝利です!」

 

 マヒルは無言で、目を瞑って、右手をゆっくりと挙げた。

アイアムウィナー、と噛み締める顔はどことなくドヤ顔なのは気のせいか。

 

「んなもんアリかよ……」

 

 とオルファのメダルを拾いながらボヤくオウマであった。

その冷ややかな視線の先には静かにウザいドヤ顔のマヒルと、未だに頭を抱える白いレフが夕日に照らされ赤く染まっている。

 

……。

…………。

………………。

 

「別にいい、って言ってるんだけど? レフもいるし」

「ーーんなこと言ってもなぁ」

 

 赤く染まっていた景色は、いつしか青みを帯びようとしていた。

帰路への先頭を歩くのはマヒル。

その横にはレフ、二歩ほど後ろにはオウマだ。

言わずともオルファは彼のメダロッチの中である。

 

「俺は勝負に負けちまったからよ。 それくらいのペナルティはあってもいいんじゃねぇか?」

「私を家まで送る事が己の罰ってゆーんかい、あーたは……」

 

 うへり、と力無くツッコむ。

むしろココは私がしてもない賭けを無理難題押し付けて一方的に搾取を図る場面じゃないんかい……、と。

例えば、今日買ったばかりのメダロックの新曲を今貸せ、みたいなジャイアニズム多大な要求とか。

何にせよ、先手を打たれた感はなきにしもあらず。

 

「レフも、ボクガイルカラダイジョウブダヨ! ってくらい言ってよ」

「えぇ……」

 

 いきなり話を振られたレフは困惑しつつもマヒルとオウマを交互に見る。

 

「うぅーん、僕からは何も言えないかなぁ?」

「何よ、それ」

 

 オウマ自身は決して悪人ではない。

それは分かっている。

仲の良い悪友、それだけにマヒルはもう一人の彼を思い出す。

元気にしているだろうか。

 

「私も唐突にケンカ売ったのも悪いとは思うけどさ」

 

 戯れてるのでは無く? とレフは一瞬思ったが、身の保全に努めた。

我が身はとりあえずは大事だ。

 

「聞き分けが良いな、今日は」

「ばぁか」

 

 たははと笑う二人のやりとりを肴にレフがぽりぽりと頬をかく。

どうもこう背中の辺りがむず痒い。

煮え切らないというか何というか。

素直になれば良いのに。

 

 チカチカと街路灯が瞬き出した。

この角を曲がれば、喫茶シャッポー。

その喫茶店の二階部分がオオトリ家の住居部分、つまりはマヒルの家だ。

いつの間にか、もう目と鼻の先まで来ていた様だ。

 

「ん。 もう、ここまでで良いよ」

「そうか?」

 

 少し残念そうにオウマが言った。

その感情を感じ取ったマヒルは怪訝な表情をし、様々な憶測をする。

 

 何故、残念そうなのか。

それは、今現在の時間帯が鍵を握る。

今は夕暮れ、世間一般的に夕飯。

住宅街では鼻腔をくすぐる良い匂いが漂っている事だろう。

それは否応無しに空腹を感じざるを得ない。

ともすれば、一刻も早く帰って夕飯をありつきたいと考えるだろう。

逆の立場だったら、マヒルはそう思う。

 

「何でそこでフリーズすんだよ?」

 

 オウマがペシッと小さくツッコむ。

少し考え込むマヒルにレフは、またロクでもない事を考えているよ、と肩をすくめた。

 

 しかし、ここでマヒルとオウマは大きく違う点がある。

それは男女の差。

如何にマヒルが育ち盛りで食を求めてしまうとしても、オウマは男子中学生。

その食欲には遠く及ばないだろう。

夕飯前の腹ごしらえとして喫茶店で一食しようとしているかも画策していたかもしれない。

ここまで送り届けた謝礼としてタダ飯をありつこうというのか。

いやしんぼめ。

そこまで考えて無駄に腹が立ってきた。

 

「あんたに食べさせるもんは無い!」

「何故そうなる?」

 

 照れ隠しか、一気に言うマヒルに対しオウマは冷静にツッコむ。

彼女は経緯を省いて言う事が多々あるのだ。

ツッコみを無視してマヒルは続ける。

 

「ウチで出すハヤシライスは絶品だからな! それをタダで食べさせようなんて私も奇特じゃ無いさ!」

 

 あぁ、またわけわからん事を。

確かにマヒルのオヤジさんが作るハヤシライスは美味いが。

オウマはマヒルのそれは勘違いであると口を開くが、言い淀む。

 

「俺は、ただ……」

 

 先のアリアケの発言を思い出す。

アイツを出し抜く? そもそもそんなんじゃ無い。

一般的に……そう、一般的に、だ。

 

「……女の子が夜道を歩くのは危ねぇし……」

 

 ボソりとしたオウマの声は何処にも届かなかった。

 

「何さ?」

 

 何故、自分でもそう言ったのか、分からない。

だが、途轍もなく気恥ずかしく感じ、自暴自棄なりながらも答えた。

 

「あー! 小学生みたいにちっさいのが夜道を歩くのは危ねぇって言ったんだよ!」

「小学生……? 私の見た目が小学校低学年みたいだと?」

 

 マヒルの低い声に、あ、と気が付く。

顔を小さく伏せ、ワナワナと震えていた。

彼女の背中に、鬼が見えるようだ。

ジリっとアスファルトを足で食む。

 

「!? そこまでは言ってねーー」

「ウルトラばぁか!」

「ぐはぁっ!?」

 

 ボディに見事なコークスクリューパンチ。

重く、鋭い一撃はオウマを深く踞らせるには十分すぎる。

伸ばす右手の先にはもう小さくなる程遠くに行ったマヒル。

 

「アンタなんかお父さんのジープに追いかけ回されればいいんだよ!」

 

 流石にそんな事はしないでしょうが、とツッコみながらスッと物陰からレフが現れる。

被害を受けないように人知れず隠れていたのだろう、きっと。

 

「オウマ、ドンマイっ」

 

 ぽんぽん、とレフが肩を叩く。

その声質は憐んでいるような、染み渡りそうな声だった。

 

「そ、それは……どっちのドンマイ……だ」

 

 脂汗を滲ませながら口を開くと、レフは少し考えて答える。

 

「どっちも、だよ」

 

 何処か遠くを見る様にコミュニケーションアイを細めている。

ある意味二人の関係性を楽しんでいるのだろうか?

更に小さくなったマヒルはレフに手を振り、早く来なさいよ、と催促している。

 

「明日覚えてろよぉ!」

 

 と、オウマには三下の様な捨て台詞。

レフは、ウフフ、と含み笑いをこぼす。

オウマには、ある種、ラスボスに見えて仕方なかった。

 

「あれは、マヒル語でまた明日って意味だよ……多分」

「翻訳機が必要だな、ソレ」

 

 お互いにね、とレフは小さく言ったが、それは静寂にかき消されてしまった。

催促の声に、応答しトッと歩を進める。

 

「あぁそうそうーー僕は助けないけど、邪魔もしないからね」

 

 レフは言い終わるとクルリと反転しなおし、じゃあね、と走り去っていった。

 

 通学路脇の街灯が点滅し、あたかもスポットライトの様に照らす。

 

『……ドツキ夫婦漫才……』

「オルファ、テメェもかい……」

 

 色々と言いたい事はあるが、今日はやたらとド突かれ損な一日。

非常に、疲れた。

オウマは一人ため息をついたのだった。

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