彼には姉がいた。
「ぐっ……!」
スコーピオンの刃を深々と胸部に突き立てられた三輪は、苦悶にも似た声を漏らす。
トリオンによって構成された戦闘体は生身の体に比べて痛覚がかなり鈍く設定されており、この一撃も「刺された」ことが自覚できる程度の痛みである。
さして痛くは、ない。
三輪が声を漏らしたのは、悔しさからだった。
『トリオン供給器官破損』
無機質な音声が頭の中に木霊し、戦闘体にみるみるとヒビ割れが広がる。やがて、
『戦闘体活動限界、ベイルアウト』
命を守るためのセーフティシステムであるベイルアウトが作動し、三輪は仮想空間から離脱する。
そして、
「決着ーっ!三輪隊長、最後まで粘るものの惜しくもベイルアウトとなりました!」
三輪隊は、ランク戦に負けた。
*** *** ***
「かーっ!メガネ君にしてやられたぜ!なあ、秀次!」
試合後、反省会を込めてボーダー本部の食堂で食事を始めると、三輪のチームメイトである米屋陽介が悔しそうにそう言った。
「だな。三雲くんが搦手で挑んでくるのは予想してたが……あんな奇策で挑まれるのは、完全に予想外だった」
「だよなぁ。白チビの動きに気を取られて……ああもう、マジでしてやられたぜ」
陽介はカレーを、三輪はざる蕎麦を食べながら先ほどの試合の反省点を思うままに語る。
「いや、2人はよくやってくれたよ。落ち度があったのは、序盤で三雲くんを狙撃で仕留めきれなかった俺にある」
スナイパーの奈良坂も、2人と同じように反省点を口にする。
「んー、でも序盤はメガネ君の転送位置が良かったのもあって、奈良坂は射線通らなかったろ?オレたちがもうちょいスムーズに追い出せたら、試合展開は変わってたんじゃねーの?」
「それは……たしかにそうだな。今度、敵の追い出しの動きについて連携の確認をし直そう」
三輪は現状の連携の質を上げることで対応出来ると思って案を出したが、奈良坂はかぶりを振って否定した。
「それでもいいが……俺としては、やっぱりもう1人スナイパーが欲しいな。そうすれば今回みたいに俺の射線が切られても、他の角度から攻めることが出来ると思うし、戦術の幅も広がると思うんだ」
「なるほど……」
奈良坂の意見を聞き、三輪は少し顔を俯けて思考する。
「それは……確かに有りだな。問題としては、月見さんのオペレートに負担をかけてしまうことか……」
「普段の感じを見るに、あの人オペに余裕ある感じするから大丈夫っぽい気はするけど……まあ、本人に確認しなきゃなんとも言えねーじゃん?」
「だな。月見さん、今は野良チームの防衛任務のオペレートをしてるから……明日にでも俺が確認しておく」
試合を振り返り、問題を提起し、解決策を出す。
チームを結成して2年以上経つのもあって、自分たちがより向上していくために必要なその流れを彼らは息をするように自然と出来る様になっていた。
そして食事と一通りの議論が終わりかけたところで、
「お、みわ先輩によーすけ先輩だ」
「三輪隊の皆さん、お疲れさまです」
先程自分たちを負かした玉狛第二の空閑遊真と三雲修の2人が食堂に現れ、挨拶をしてきた。
「白チビとメガネ君じゃん。2人もメシか?」
「うん、そんなとこ」
「そっか。なあ白チビ、メシ食った後暇か?ソロ戦しようぜ」
「個人戦?いいよ、やろう」
アタッカー同士気が合うのか、陽介と空閑は秒で個人戦の約束を交わす。
「三雲くん……さっきの試合は良い作戦だった。完全に、してやられた」
「いえ、そんな……三輪先輩こそ、最後あの曲面であんなに戦えるなんて……ぼくの方こそ、そこまで読みきれなかったです」
己が相手の全てにおいて上回ることの難しさを知る三輪は、三雲の作戦能力に光るものがあると認めて敬意を払った態度を取る。三雲もまた、多くの能力で自分の上を行く先輩の三輪に尊敬の気持ちを込めて答える。
「あの……三輪先輩、この後少し時間いいですか?さっきの試合で気になるところがあって……」
「あー……すまない、三雲くん。俺も正直なところ、君がどうやって作戦を練っているのか気になって聞き出したいところだが……でも、今日はもう、すぐに帰らなきゃならないんだ。話すのは、明日以降でもいいかな?」
「あ……わかりました」
ほんの少し、でも確かに気を落とした三雲に申し訳なさを覚えながら、三輪はボーダー本部を後にして帰路に着く。
「ただいま」
家に帰った三輪が呟くように言うと、
「秀次、お帰り〜」
リビングの方から、どこか間の抜けた穏やかな声が返ってきた。
相変わらずだなあ、と思いながら三輪は靴を脱ぎ揃え、リビングへと向かい、
「ただいま、姉さん」
ソファで寛ぐ姉に向けて、改めてお帰りを言った。
「父さんと母さん出かけてるよ。晩ご飯にカレーあるけど、秀次食べる?」
「んー……少しだけ食べようかな」
「そっか。じゃあ温めるね。さっき晩ご飯食べたけど、私もちょっとつまんじゃお」
「姉さん……ダイエットしてるって言ってなかった?」
「少しだから大丈夫!」
パタパタとした足取りでキッチンに向かう姉の後ろ姿を見て、どことなく微笑ましい気持ちになりながらも、三輪は一度部屋に戻って制服を脱ぎ、部屋着に着替えてリビングへと戻った。
「秀次、ご飯どれくらい?」
「少しでいいよ」
「だーかーらー、その少しがどれくらいかって聞いてるの。お茶碗半分くらいでいい?」
「うん、それくらいでお願い」
それを聞いた姉は2枚のカレー皿に同じくらいのご飯をよそい、同じくらいのカレーをかけてテーブルに並べた。
「姉さん、何か飲む?」
「うーん……麦茶」
「わかった」
三輪は冷蔵庫からよく冷えた麦茶を取り出してコップに注ぎ、テーブル上に並ぶカレー皿の隣に置いた。
「「いただきます」」
行儀良く両手を合わせて、2人は仲良くカレーを食べ始める。
「秀次、今日って確か……ボーダーでのランク戦っていうやつだったんだよね?どう?勝てた?」
「負けた。惜しいところまで行ったけど……作戦負けだった」
負けた試合のことをどこか嬉しそうに話す三輪を見て、姉はニッコリとニヤニヤが混ざったような微笑みを浮かべた。
「秀次、負けたのになんだか嬉しそうだね」
「あはは、そう見える?……負けたのはもちろん悔しいけど、それ以上に……後輩たちが育ってくれてるのが嬉しくてさ」
「ふふ、それは確かに嬉しいだろうけど……秀次、このシーズンこそA級に上がるって言ってなかった?その目標、諦めちゃったの?」
おちょくるように挑発してくる姉に向けて、三輪は迷うことなく、
「全然。今シーズンこそ、Aに上がるよ」
今一度、自分たちの目標を力強く口にした。
そんな三輪を見た姉はとても満足そうに、
「うんうん、良い良い。頑張ってね、秀次」
口元を綻ばせながら、可愛い弟の気概を褒めた。
カレーを食べ終え風呂を済ませ、三輪は明日に備えて眠ろうとしていた。
「姉さん、俺もう寝るね」
リビングで大学の課題を進める姉に向けて、三輪はそう告げる。
「うん、おやすみなさい秀次」
姉はそう答えて三輪の方を向き、
「 」
と言った。
言われた三輪も姉と同じように、
「 」
と答え、部屋のベッドに潜り込み、意識をゆっくりと沈めていった。
*** *** ***
「……っ!」
意識が覚醒した三輪はベットから跳ね起き、思わず左手を顔に当て、
「……っ、うっ……ああ……っ!」
心臓を本物の刃で貫かれたような苦悶の声を漏らしながら、視界を涙で歪めていく。
すぐにわかったのだ。
さっきまでの
チームはA級ではなくB級で。
チームメイトに古寺はいなくて。
A級に向けてチームランク戦をしていて。
玉狛第二とは良き先輩と後輩の間柄で。
何より、
大規模侵攻で、姉が死んでなかった世界。
あの日あの時あの雨の中、姉さんさえ死んでいなかったら十分に有り得たであろう、世界。
「ぐ……っ、ぅあぁ……っ!」
でも現実はそうじゃない。
チームはA級7位で。
チームメイトに古寺はいて。
遠征に向けて力をつけてる段階で。
玉狛第二とは遠征の椅子を取り合う敵で。
姉はあの日、雨の中でその命を落としたのだ。
意識がはっきりしていく毎に、三輪の中で憎しみにも似た感情が強く渦巻く。
夢と現実の対比に辛さを覚える。それはもちろん辛くて然るべしだが、三輪が憎しみを覚えたのは、
だってそうだろう。
あの夢が甘美に見えて羨んでしまうという事は、
苦楽を共にしてA級になった現実より、
A級になれずとも笑顔でいれた夢の方が。
陽介・奈良坂・古寺・月見という最高だと思えた仲間たちと居る現実よりも、
三雲や空閑と良好な関係を築けていた夢の方が。
二度と姉と会えない現実よりも、
当たり前のように姉と過ごしていた夢の方が。
良いと、思ってしまった。
バクバクと、うるさく心臓が早鐘を打つ。
何気なくしてるはずの呼吸が、難しく感じる。
辛さから逃れるように三輪はベッドから抜け出し、窓へと這いずるように進む。
どうにかなるわけじゃない。
ただ、カーテンを開けて外の景色が見たい。
必死な思いで三輪は、カーテンを開く。
日の出より早い空はまだ暗く……
何より、外の景色を見せまいとするように、雨が降り注いでいた。
空はまだ、晴れない。
ここから後書きです。
この話は読み切りになりますので、ここで終わります。
ワールドトリガーアニメセカンドシーズン、まもなく放送開始になります!