チラ裏シリーズ   作:test sentinel

11 / 18
或る日の変革の話

「……」

 冷や汗だらだら。思考は真っ白。歩く姿は傀儡人形。

 けれど私は考えていた。

 現在、私はとりあえずあの来訪者に近づいている。

 自慢じゃないが、私は目がいい。召使い時代に遠くを飛んでいる鳥の種類を言い当てたこともある。

 だからこそ、見間違いようもなかった。黒いぼさぼさに所々白色の束が交じった髪。その髪に交じって、彼の頭に二つの鋭い出っ張りがあることを。

 月の都の民は数いれど、その殆どは兎、神、もしくはそれに近しい者達だ。角の生えた者など噂にすら聞いたことがない。

 つまり、目の前で倒れているあの者は間違いなく侵略者──地上人なのだ。本来なら月の都に通報し、しかるべき処断を受けさせなければならない。

 そう、頭では理解している。わざわざ穢れる危険を犯してまで近づく必要などないことに。理解しているのだ、が。

「……えーっと、生きてる、の?」

 私は近くに座り込み、地上人に話しかけた。

「……」

「それとも、寝てるだけ?」

「……」

 返事がない。もしかして、手遅れだった? 

「……おーい、もう朝だよー」

「……ヒュ-」

「!」

 返事はないが、息の音が聞こえた。

 間違いない。彼はまだ生きている。

 ──だからといって、どうするべきかはまったく検討もつかないが。

 月に来た地上人の措置はいくつかある。一応正式には月の都に届け出するよう言われてはいるが、その手続きは案外めんどくさい。

 なので即断で殺害したり、デモンストレーション用に使ったり、様子を見てどこまで気づくか地上を試したりする。

 だが、最もポピュラーな方法は、綿月家に頼んで地上に送り返すことだ。

 地上の民は穢れをふんだんに含むため、迂闊に接触するのは少々まずい。

 だから穢れを祓える神降ろしの能力と、月と地上をつなぐ能力の二つを持つ綿月の家に頼み、地上の民が穢れを振りまく前に地上にさっさと送り返す。それが穢れを嫌う大多数の月人の選択だ。

 

 もちろん私もそうした。これで明日も平和だ。

 

 

 

 

 私もそうしただろう。純粋な月人だったならば、だが。

 

 そう、私は純粋な月人ではない。ハーフ、というわけでもないが、月の神と地上の神の間、微妙なところに私はいる。それも私に対する視線の原因の一つだ。

 要はほかの月人よりも地上に近い存在のため、ついつい地上に肩入れしてしまう。私の悪い癖だ。

 しかし、分かっていて直せるならそれは癖ではない。現にこうやって地上人に話しかけているのが何よりの証拠である。

 それでも、話しかけるだけで済むならただの癖でいいのだが。もしも私が今からやることを月人の誰かが知れば、処刑待ったなしである。

 ……大丈夫だよね? 

「えっと、動けるかな?」

「……」

「いや、無理か。ならやっぱりどこかで体力を回復させないとだけど……」

 私は辺りを見回した。助けを求めるためではなく、周囲に誰もいないことを確認する。

「……しょうがないかなあ。カモン! ドレ……あだっ!」

「気安く呼ばないでください。友人ですか貴女は」

 叫ぼうとした私の鼻に、分厚い本がヒットする。どこからともなく現れた彼女は、本を片手に、いつもと変わらない目で私を見つめていた。

「うう、でも私が頼れるのなんてあなたくらいだもの」

 鼻を押さえながら彼女を見つめる。

 突然その場所に現れた彼女。名をドレミー・スイートという。私がこの月に来る時にお世話になった妖怪だ。

 さすがに神と言えど月まで飛ぶのは難しいだろうと、月の都が派遣した立派な公認の妖怪である。

 だから立場は私の方が上ではあるのだが、この妖怪、まったく私を敬わない。だからこそ友人なのだが。

 月に向かう最中に話しかけたら、案外面白い妖怪だったので、今では私の一番の友人だ。

 え? 二番目? ……秘密だ。

「月人の友人を作ってください。私は忙しいんです」

「神コミュニティでもハブられる私にどうしろと」

「そこで引くからダメなんですよ。貴女は自分の名も忘れたのですか。で、何の用ですか」

「もう少し優しくならないの、貴女。用件はね、うん、えーっと」 

 そこまで言って、詰まった。

 わりと考え無しに呼んだが、彼女は月の公認妖怪だ。月と近しい考え──例えば、地上人の粛清などを考えていてもおかしくはない。そうだったら私の考えていることは実行できない。

 ……どうしよう。

「はっきり言って下さい。言いにくいとか言われても知りません」

 けれどドレミーは待たない。足を踏み鳴らしながらまっすぐこちらを見つめてくる。まるでこちらを見透かすように。

「ううう、そこの子を……」

 私は早々に折れて、地上人を指さした。

「は? ……え? こいつ……」

「そこの子を──」

 

「助けて、欲しいの」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。