チラ裏シリーズ   作:test sentinel

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或る苦労の話

「本当に、助けるつもりですか?」

「ええ、勿論」

 ドレミーはめずらしく頭を抱えていた。

 実は、私がこうやってドレミーに大きな頼み事をするのが今回が初めてなのだ。

 今までは話し相手になって欲しいとか、一緒に買い物行こうとかその程度だった。

 だが、今回は事情が違う。地上人を助けてくれ、という重大で、そして切実な願いだ。動揺もするだろう。

「……貴女は、今の立場を理解しているのですか? 貴女はもう月の神です。こいつを、……地上の民を、助けるのは重罪ですよ。──稀神サグメ様」

 分かっている。私はもう、あの方に仕えていた頃の私ではない。地上にいた頃のように後ろ盾はもう居ないのだ。勝手に地上に干渉すれば大罪、下手すれば都への反逆罪にもなりかねない。

 けれど私は、私だ。どれだけ月に居続けても、月夜見様に心服しても、名を変えても、この本質だけは譲れなかった。

 ──私は、目の前で困っている者を助けずにはいられない。

 たとえどんな犠牲を払っても。

 それが稀神サグメという神なのだから。

「賢明な貴女ならもう理解しているはずだ。月は馬鹿じゃない。地上人が月にいれば否応なしにすぐに感づきます。そのリスクを負ってまでこいつを助ける必要など──」

 だから私は最終手段を出した。あまりにも簡単で、最低の手段を。

「その上で私は言っているのよ。あまり言いたくないけど……助けなさい、ドレミー」

「……了解しました」

 ドレミーは苦笑して、地上人を抱え上げた。

 ああ、絶対にやるまいと思っていたのに。ついにドレミーに強制権を使ってしまった。

 かたや妖怪、かたや月の女神。立場は私の方が上である以上、こうして頼み事は強制することが出来る。

 だが、私はドレミーと友人でありたいのだ。こんな従者とお嬢様みたいな関係は嫌いだ。だからやらないように気をつけていたのに。ああ。

「そんなに悲痛な面持ちでいないでください。こいつが目覚めた時に、そんな貴女の顔を最初に見せるつもりですか」

 いつの間にか考えが顔に出ていたらしく、それをドレミーにたしなめられてしまう。

 怒った顔のドレミー。普段から彼女の表情は読みづらいが、この時ばかりははっきりわかった。

 落ち込んでいる場合ではなかった。うっかりドレミーに気まで使わせてしまった。申し訳ない。

「……そうね。ごめんなさい、ドレミー」

「謝れとは言っていませんがね。こういう時は感謝でよろしいのです」

「……ありがとう」

「ええ、どういたしまして」

 そう言って、ドレミーは元の顔に戻った。

 ぶっきらぼうで、半分目が閉じた顔。誰かを敬うことなど無さそうないつもの顔だ。

 けれど私にはその顔にどことなく笑みが浮かんでいるように見えた。もしかしたら後ろめたさが見せた夢かもしれないけれど。

「さあ、時間がありません。助けるなら一刻も早くしないと、この方は死にます」

「ええ、急ぎましょう!」

 そうして、私たちは駆けていった。

 

 

 

 

 

「それで、どこに連れていくの?」

「それを考えずに私を呼んだんですか? 私はただの妖怪なんですが」

「わりと何でもできるんだもの、あなた」

「主な商談相手は月ですからね。色々できないと生き残れません。怪我人一人に呼ばれるとは思ってませんでしたが」

 そんな話をしながら、足早に急ぐ。先導はドレミー。

 地上人を抱えている以上、月の都には入れない。

 仮にバレないように入ろうとも、都の入口には穢れ探知の木『優曇華』が植えられている。

 これは穢れを養分にして成長する木であり、これを見張る番兵により、月の都内の僅かな穢れを測定し、同時に祓っている。また、穢れの塊である地上人が都に入れば一気に成長するため、都内の浄化と同時に侵入者発見にも役立つという画期的システムだ。

 もっとも、月の都は優曇華が育つ前に自分で侵入者に気づく者の方が多いため、優曇華の見張りは閑職の一つに数えられているとか。

 それでも植えられている理由は、この木がいかなる隠蔽も貫通して穢れを感知する事が出来るからだ。月の民がいくら穢れを隠しても、優曇華は容赦なく成長する。つまるところ私のように、情にほだされ地上人を助ける者を発見することに特化した警報装置である。

 この木を誤魔化せるのなんて、穢れを祓える綿月家や思兼ぐらいのものだ。だから本来なら地上人を助ける事など不可能である。

 だが、こちらには夢妖怪のドレミーがいる。今まで月の無茶振り(月夜見様のために穢れなき最高級の衣服を、とか地上の視察を穢れなしに行いたいとか、穢れないすべらない話とか)をこなしてきたドレミーなら、出来ないことは無い。……と思って呼んだ。

「……まさかとは思いますが、呼べば何とかしてくれると思って呼んだんじゃないですよね?」

「え? え、ええ! 考えてたわよ!」

 危ない危ない、心を読まれるところだった。ドレミーは時々こうして心を読んだようなことを言うから困る。ドレミーに言わせれば『貴女の表情が読み易すぎるだけです』らしいが、そんなに表情豊かだっただろうか、私。

「ならいいんですがね。さて、着きました」

 などと考えていると、突然ドレミーが立ち止まった。ぶつからないように慌てて体を止める。

「もふぅ」

「何やってるんですか」

 ストップ失敗。顔がドレミーの服のポンポンに埋まった。

 

 月の都の建物は殆どが見た目重視で出来ている。それは都の精神性を重視する風潮が大きいことや、自分で作れるから独自性を出したいと言った部分の現れだろう。

 

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