たっ、たっ、た。
もう日も登ろうかという幻想郷で、不思議と軽やかな足音がする。
たっ、たっ、た。
妖怪ではない。人間でもない。格好はまるで一昔前の探偵のよう。キャスケットに白いシャツ、格子柄のストールと茶色の短パン。少し焼けた肌のような色のショルダーバッグを掛けている。
そして背中に、小さな羽。
たっ、たっ、──ざざっ。
足音が不意に止んだ。
その足音の主、彼女の目の前には──
「ついに見つけた……!」
野を越え、谷越え、三千里。苦節三日、ようやく僕は辿り着いた! この自然豊かな幻想郷で、不自然なほどに紅いこの館。見間違えようはない、まさしくここが!
「いや、でも安心はできないか。えーっと、全貌図全貌図……」
緋褪色のショルダーバッグから、大事な紙を取り出す。忘れっぽい僕の為に、友達が作ってくれた館の肖像画。このバッグと同じぐらい大事な僕の宝物だ。
「うん、場所も雰囲気もそっくりそのまま! よし、いくぞー!」
僕は意気込みを新たにして、朝日を反射して明るく光る紅魔館を見上げたのだ!
「おはようございます! ごめんくださーい!」
「ほえ? はい、はい。なんでしょう、こんな朝早くに」
まずは門番さんに元気にあいさつ! この時点で試験はもう始まってるから、どんどん僕をアピールしていかないと!
「番号457862です! 試験を受けにきました!」
「ああ、そういえば今日がそうですか。まだ会場設営中ですがどうぞどうぞ」
「ありがとうございまーす!」
門番さんが鉄格子の門を何度かたたくと、大きな両開きの門は音もなく開いた。すごい! 門番さんは門を押してないのに、どうやって開いたんだろう! 面白い!
「……気になるなら、触ってみますか。時間はまだありますし、何やっても壊れませんし」
「いいんですか! いいんですか!」
「ええ。減るもんじゃないので」
「やったー! ありがとうございます!」
門番さんにペコリと頭を下げてから、門をなでてみる。不思議だ、どう触っても鉄の手触り、何も変わったところがない! すごいすごい!
「ふふ、面白いでしょう。たたき方で動きが変わるんですよ、ほら」
門番さんが中に入り、さっきのように右の門をたたく。すると今度は門が右だけ閉まった。
「おおー!」
「ふふん。なんだかちょっと嬉しいですね。門番として門に興味を持ってもらえるのは」
僕も左の門を同じようにたたいてみたが、なぜだか僕では動かせない。なんだろう、手の大きさが違うのかな?
「ああ、いきなりは動かせませんよ。同じタイミングと同じ強さでたたく。これができなければ、門は動きません」
「タイミング?」
「私とまったく同じようにやらないとダメってことです。まあもともと、右と左の門ではタイミングが少し違うので動きませんが」
「なるほどー!」
ということは、僕は左の門は動かせないということだ。じゃあさっき見た右の門は動かせる!
僕は右の門に近づき、さっきの門番さんのように叩いてみた。こっこっこっ、こっこっこっ。かしゃん。……何も起きない。
「ははは、普通はできませんよ。私だって三週間ほどかけたんですから。もしできたら、何でも一つ言う事を聞いてあげてもいい」
「むー!」
その言葉で僕はやっきになって門をたたき続けた。……動かない。まったく、少しも。
「ははは。『閉めるやり方』では閉まってる門は動きませんよ。……まあ、今さっきあなたが叩いた叩き方、全く狂いのない『鍵をかけるやり方』なんですけど……」
門番さんがぽそりと呟いた。やり方? なるほど、それなら最初に門番さんが使ったのは『開けるやり方』のはず。つまりあれを真似すれば!
えーっと、あれはそう、この辺をこんな感じにたたいてたような……
「……ん? あの、そのリズムは、あのちょっと」
こーんこ、こーんこーんこ、こんこんこんここ……
「こん!」
「ちょっ! ああ!」
ためしに門番さんと同じようにたたいてみると、門が鳴り始めた。けれどその音はとってもうるさくて、まだ日が登ったばかりの幻想郷には合わない感じ。
「あれ、もしかしてまずいことしちゃった?」
「てい!」
門番さんは急に左の門も閉めて、何が起きたのか考えていた僕を門の中に取り残してしまった。それと同時に音も聞こえなくなって、とても静かになった。
「えっ! どうしたんです、門番さん?」
「あはは……何でもないですよ! ところであなたは何番でしたっけ?」
「えーっと、457862です!」
「457862ですね。そうですか、私は紅美鈴といいます、試験頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます! ところで美鈴さん、どうしてそんなに汗をかいてるんですか?」
「いいいいえ、お気になさらず! 会場までは迷わないはずですが、もし迷ってしまったら近くの人にお気軽に聞いてくださいね! それでは私は門番の仕事がありますので!」
「え、あっ!」
そう言うと美鈴さんはさささっと壁の向こう側に行ってしまった。一体どうしたんだろう? まだお別れの言葉も言ってないのに。
「ありがとうございました! って、聞こえてないだろうなあ。ならせめて、帰りの時には言わせてくださいねー!」
僕はそう言い残して、館の方を向いた。
右手には静かな庭。左手には騒がしい庭。目の前には館。なるほど、美鈴さんは会場までは迷わないと言っていた。つまり、一番目立つこの館の中が会場に違いない! とりあえず館の中に入ればわかるはず!
「ふっふっふ。待ってろ、面接官めー!」
そう言いながら、僕は館の方向へ走り始めた。
「おはようございまーす! 457862番です! 試験を受けにきましたー!」
ドアを開けてまず一声! 本当ならノックして呼ばれてから入るべきだけど、この広い館ではノックしても誰にも聞こえないだろう。だからあえて突撃! 状況に合わせていけるところも見せていかないと!
「おはようございまーす! ……まーす、まーす……」
おおっと、これは予想外だった。見せる人どころか妖精一匹いない。うーん、どうしよう? 聞く人がいないんじゃ迷ってもどうにもできないや。
いや、もしかして館が広すぎてこっちに来ていないのかな? なら少し待とうっと。幸い館の中はとっても綺麗で、見ているだけでも飽きが来ない。エントランスを見回すだけでも退屈しなさそう!
「うわー……! この花瓶とか、作るの何日かかるのかなあ……」
僕はとりあえずエントランスを飛びまわってみた。
まずは目の前にあった階段周り。その次に入り口の左右、二階とつながる通路、窓の近く、正面の壁の上にある通路、壁にかかる大きな絵の裏側、……ああ! どこも面白くて見切れない!
目に飛び込むもの全部にぐるぐるやかくかくした飾り? 模様? のようなものがついている。でもよく見てみると、その模様の中にまた模様があったりして、いくらでも眺めていられる!
「すごいすごい! ……あれ?」
そんな像や柱の中に、不思議なものが一つ。
普通の時計だ。このいろんなふうに飾り付けられている館の中で、唯一何もついてない、月白色のただの柱時計。それが階段の近く、目立たないところに置いてある。なんだろう、これは?
「うーん? ……」
いつもの僕だったら、気になって触ろうとするんだけれど。なぜだかその時計の近くには、近づいてはいけない気がした。なのに目は離せない。寒気がするような白だけど、不思議となんだか懐かしいような……
「気に入ってくれて何よりだよ、457862」
「うひゃあ!?」
夢中でぼうっとその時計を見ていると、急に後ろから話しかけられた。驚いて後ろを振り向く。
そこにいたのは……女の子? 青い髪の小さい女の子が、ひらひらのたくさんついた服を着て立っている。身長は僕と同じくらいだ。羽はないけれど、……もしかして?
「くく。驚くのも無理はない。そう、私こそがレ」
「もしかして、一緒の試験受けに来た人!?」
「……え?」
「そうよねそうだよね! 良かった、誰もいなくて困ってたの! もし良かったら、試験会場を教えてくれない?」
「いや、私はこの館の……というか、会場ならここじゃないわよ。庭が騒がしかったでしょう? 外でやるのよ」
「ああ! なるほど、そういうことだったのか!」
僕がぽんと手を打つと、女の子は頭を抱えた。具合でも悪いのかな?
「どうしたの? 大丈夫?」
「……問題ないさ。ところで、その時計をどう思った?」
「え? うーん、近寄りがたい感じ?」
「そうか」
女の子はそれだけ言って、黙ってしまった。もしかして本当は、あんまり喋らない子なのかな? それとも、試験に向けて緊張してるとか?
それなら、僕が言う言葉は一つだ。ずっと昔に言われたのと同じ言葉。
「……なあ、もし試験に受かったら」
「ねえ、僕と一緒に行こう!」
「少しぐらい私の意見も聞いてくれない?」
「もー、つべこべ言わずにさ! ほら!」
僕は女の子の腕をつかんで、ぐっと引いた。女の子は少しつっかかりながらも、一緒に歩き始める。
「きゃっ! とっ、と、おい待て、まだ話は終わっていない!」
「歩きながら話そう! そのほうが気分も晴れるし、一緒にいれば緊張もほぐれるよ!」
「私は晴れたら死ぬんだよ!」
「またまたー、そんな言い訳しちゃって。肩の力を入れたままじゃ、うまく行くものも行かなくなっちゃうよ?」
「それはそうだが……ああ! もういい! 457862! 試験に受かったらもう一度ここに来い! いいわね!」
「もちろん! 一緒に頑張ろうね!」
「なんか違う受け取り方されてる気がする!」
僕達二人はそんなふうに話しながら、館をあとにした。
「おはようございます! 457862! ただ今到着しました!」
会場の庭に向かって元気よく挨拶! けれどなんだか、人があんまりいない。庭はとっても広いし、椅子やテーブルやそれにつけるパラソルなんかがいっぱいあるのに、働いているメイドさんは二人しか見えない。あれれ?
「まだ早い! 一時間前行動だ!」
僕がそのことについて考えこんでいると、青い髪の女の子は鋭い突っ込みを入れてきた。うんうん、この子も元気が出てきたみたいで何より!
「あら? あららー。もう来ちゃいましたかー。おーいワンドット、どうしますー?」
場所についてすぐ、テーブルを立てていた妖精のお姉さんが、おっとりとした声で人を呼んだ。薄浅葱色の長髪をおでこが見えるように分けていて、笑顔からわかる声と同じほんわかとした雰囲気! それにとってもメイド服が似合う! ああ! あれが僕の憧れ、妖精メイド!
「かわいい! かっこいい!」
「あらあらー、素直な子ねー。うふふ、あなたも可愛いわよー」
「あ、ありがとうございます!」
た、大変だ! 妖精メイドさんに褒められてしまった! どうしよう、顔がついつい緩んでしまう!
「にへら〜」
「やばい、そろそろ朝日が……。お前、もしかしてあのシーアか。ちょうどいいわ、パラソルを一つ貸してちょうだい」
「どうぞどうぞー。って、おはようございます、レ──何とかさん。どうしてここにいるんですかー?」
「……成り行きで私も受けることになったのよ。まあ、抜き打ちテストということにするわ。私もあなた達もね。誰にも言うなよ?」
「はーい、わかりましたー。後悔しないでくださいねー」
「わかっている……いや待て、後悔ってなんだ、おい」
「ふふ〜、今のうちにそのひらひら、着替えたほうがいいですよ〜。ここにいる間は受験生様〜。はい、パラソル」
「……お手柔らかに」
「にへら〜」
「しつこいな、こいつは」
うう、早く元に戻さなきゃ。ここでいつまでもにやついているわけにはいかない! アピールしなきゃ!
「あの! 何か手伝うことはありますか!」
「その意気や良し!」
「ひぃ!」
気づけばそのおっとりお姉さんの横には、腰に木刀を差した妖精メイドさんが立っていた。
同じメイド服だけど、印象が全然違う。少し焼けた肌で、手を前で合わせているお姉さんとは逆に、腕を組んで堂々と立っている。顔はとっても笑顔で、つり目でなんだか驚いているような目。真っ赤な癖っ毛を頭のてっぺんで適当に纏めている。なによりびっくりするのが身長で、ここにいる誰よりも高い。机に付いているパラソルと同じくらいだ。
僕がまじまじと顔を見上げていると、つり目がぎろりと動いて僕らのほうをにらんだ。な、なんだかこの人、こわい……。
「ワンドットー、あんまり怖がらせちゃダメよー」
「分かっているさ! それにしても驚いたな! まさか妖精メイドになる前からこんな殊勝な心がけの妖精がいるとは! よろしい、ついて来い! 貴様に労働の喜びを与えてやろう!」
「うぁ、は、はいぃ!」
勢いに飲まれそうになりながらも、なんとか耐えて返事をする。気をしっかり持て! これもアピールポイントだ!
「上官殿、私もついていってよろしいですか?」
僕が必死で耐えている横で、青髪の女の子は普通に妖精メイドさんとお話ししていた。い、意外と度胸あるなあ、この子。
「む? 構わんぞ! 好奇心は大切にしろ、というのは我が主の意向だからな!」
「……そんなこと言ったっけ。まあ、いいか」
「それにどの道! そんなふわふわした服では試験は受けさせられん! 私の服を貸してやるから、一緒に来い!」
「恩に着ます。……え? あなたの服?」
「ゆくぞーっ!」
赤い髪のメイドさんは、そういって会場を出る方向に一目散に駆け出していった。
「えっ、待って下さいー!」
「ねえ! あなたの服ってサイズが……ちょっとー!」
僕達も慌ててその後をついていく。あのメイドさん、すっごく早い……! 頑張ってついていかなきゃ! これもアピール、アピール? ポイントだ……!
「ふー、行ってしまいましたかー」
……
「それにしても、あの人と仲良くなるだなんてー。これは今回も面白そうですねー」
…………
「そう思いませんかー? チーシャーナーさぁぁん?」
「……ワタシ、シラナイ、アイム植え込みぃ」
「ていっ」
「ひぎゃあ! 目が! 指の感触がぁ! ん? いやでもこれもありかも新感覚ぅ! もう一発プリ……ぎゃー!」