チラ裏シリーズ   作:test sentinel

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池塘春草の夢

 その世に生まれついた瞬間、少女は全ての記憶を叩き込まれた。

 この世界がなんのためにあるのか、ここは一体どんなところなのか、生きるためには何をすればいいのか、――どうしてこんな知識を持たされたのか。

 紙束の中に埋もれて物心つかされた少女は、幼ながらにしてそれらの記憶を使いこなした。才能ではない。頼れる者がいないゆえの、生き残るための本能だった。

 

 少女の記憶は伝えていた。

 この世界には魔界という名がある。いわゆる魔族たちが闊歩する、力と血筋だけが重視される世界だ。

 少女の両親は、二人ともどもその両方を持っていなかった。魔界にとって価値があるわけでもなく、ただ消えていくだけの下級の悪魔だった。

 そのままであったならば、少女を産むことなく、血筋をそこで断つつもりだったらしい。それは少女にも少し分かった。生まれてくる子供が、親のせいで不幸を被るなど、二人には耐えがたかったのだろう。

 

 記憶には実に色々なものがあった。

 魔族達の種類による弱点、魔界に存在する無数の魔法、無限の魔術、それに対抗するための力の付け方。

 世界が力で動いている以上、逆に考えれば力さえあればすべて黙らせられる。しかし、魔界において力はすなわち血筋。血によって受け継いできた魔法や魔術が力の元になっている。

 魔界では、生まれながらにしてすべては決まっているのだ。それは魔界のある種の『ルール』だった。

 

 だが、何も持っていなかったはずの両親は、ただ一つ、『幸運』だけは持っていたらしい。

 悩みながらも細々と二人幸せに暮らしていた、そんなある日のこと。

 母親が突然、姿を消した。

 当然、父親は大いに狼狽えた。昨日の俺になにか不備があったのか、うっかりどこかで迷子になっているのか、それとも、ついに――。

 魔界は実にシンプルだ。力が無ければ疎まれ、蔑まれ、上位魔族の恨み辛みのはけ口にされることすらある。彼が想像したのは、そのうちの最悪のパターン。

 父親は、たまらず家を飛び出した。魔界中を虱潰しに探しに行った。彼は悪魔でありながら空すら飛べなかったので、己の脚だけを頼りに、ただ走った。

 二、三日魔界を駆けずり回り、もしかするともう家に帰ってきているのかもしれないと、淡い希望を胸に戻ってきた父親は、机の上に一通の手紙を見つけた。

 疲れでぼんやりしながら手紙を開いた父親の目に飛び込んだのは、見慣れた筆致の文字。

 『私から』

 

 そんなルールが定まっている以上、上位魔族に対し下位魔族は反乱を起こすことすらできなかった。

 叛意を持てばすり潰され、罠を作れば逆に落とされ、団結すればまとめて荼毘に付される。そもそも団結して勝てるのは単体の人間を相手にした場合で、単体で頭も切れ、身体も強い上位悪魔たちの前では、団結に何の意味も無い。

 そして、それを教えてくれる指導者も居ない。魔界は最早、どうしようもないほどに腐り果てていた。

 

 『勝手にいなくなってごめんなさい。今、私は外の世界にいます。名前で集めるなんてとっても不思議な召喚通知があったから、無くなる前にって思って取っちゃった。貴方はきっと私を責めるでしょう。下級悪魔が呼び出されるのはどういう時か、お前は忘れたのか、って。確かに、軽率だったのは謝ります。でも、心配しないで。こんなふうに手紙が書けるくらいに、ここはとっても居心地の良いところでした。それに、貴方が好きそうな物もいっぱいありました。貴方と一緒に来れなかったのが残念です。いつそっちに戻ることになるかわからないので、一緒に写しを送ります。きっとこれが、あなたの助けになりますように』

 

 力では勝てない。

 言論には、教養が足りない。

 衣も食も住も魔法で事足りるため、ストライキにも意味はない。

 ただ、見世物や奴隷にはされていない。下級悪魔が持っているのは自由だけ。彼らにとって、上級悪魔は自然災害のようなもの。上級悪魔にとっては、下級悪魔はそこにいるだけの虫ケラ。

 反抗しても意味はない。

 反対しても意義はない。

 

 一緒に送られてきたのは、魔導書だった。

 父親は元来、学ぶのが好きだった。自由は余るほど持っている下級悪魔には、研究の時間もいくらでもあった。無論、いくら学んだところで脈々と継がれた魔法や魔術に勝つことなど出来はしない。それでもただ学ぶ。学ぶためだけに学ぶ。父親は紛れもなく研究に身を捧げた悪魔だった。

 当然父親は、それをめくった。

 

 

 

 

 『だからお前は作られたんだよ、夢幻』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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