Abyss of Carnation   作:メアリィ

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SEKAI

俺は夢を見ていた。

真っ白な世界を歩いていたら、見覚えのない少女と会話した。

その彼女から「俺はまた来る」と言われた。

 

「夢だった、のか?」

 

そうとは思えないくらい鮮明に覚えている。指先の感覚、会話、相手の姿形。

どれもが夢の中のレベルを超えていた。

 

「……また、行くのか」

 

少女から言われた事を口にこぼす。

ヨダレの海から顔を起こし、裾で口元を拭きながら枕元の時計を再度確認。

 

7時と2分を過ぎたところ。

 

頭が重い。

目眩がする、とまではいかないが部屋が歪んでいるように見えてしまいこめかみを抑える。

 

「とりあえず、起きるか」

 

のそのそと起き上がり、キッチンに置いてある赤色のティファールに水を汲む。お湯を沸かす間、洗面所で歯磨き、洗顔等々済ませる。終わる頃には既にお湯が湧いているので、マグカップにコーヒーのティーパックをセット。

お湯を注いで出来上がったコーヒーを1口含む。

 

苦味と酸味を味わいながら今日のやることを考える。

ここまでは俺の朝のルーティンだ。

 

「(さて…夢の事もそうだけど、そろそろ論文提出の準備しなきゃなぁ。)」

 

季節は1月で、卒業まで1年しか無い。

専攻してる学問が学問なので、テーマとしては税法や会計学に触れたものしか扱えない。というか教授からそう指定されている。

 

「(それもまぁ、大事ではあるんだけど…)」

 

論文への思考がすぐさま今朝の夢の事へと押し出される。

知らない世界と知らない子。俺はあの子を知らない。だけど、あの子は俺を知っているようだった。

 

一時の夢…と思えないくらい強く印象づけられ、頭にもやがかかったような感覚を覚える。

 

───と。

 

マグカップに入れたコーヒーを半分程飲んだところで玄関のチャイムが鳴る。

 

「まふゆー?」

 

玄関に向けてそう声かけると、ガチャンと鍵が開けられる。

 

「おはようお兄ちゃん」

「あぁ、おはよう」

 

いつもの(優等生の)まふゆの笑顔がそこにあった。

俺は呆れつつも席を立ち、ティファールで再度お湯を温める。

 

「ご飯食べた?」

「…食べた」

「コーヒー飲む?」

「何でもいい」

 

お兄ちゃんの淹れる飲み物ならなんでも、と呟く彼女を背中に戸棚からお茶やらコーヒーやらの在庫を探す。

 

「この前大学院の教授から北海道行った時のお土産で、コーヒーの豆を貰ったんだよね。それ淹れてみようか」

「…北海道行ったのにコーヒー豆?」

「まぁ変な話だよな。俺もそう思う」

 

大学院の教授はよく勉強会やら発表会といった名目で旅行に行く。その際のお土産を頂くのだが、そのチョイスがまた微妙。

コーヒ豆はまだいい方。

少し前だと、宮城県に行ったはずなのに何故かお土産が"海老煎餅"だったりする。宮城と聞くと牛タンやずんだ餅といったイメージが強いのに何故それをチョイスしたのだろうか…。

 

 

───貴方はまた、ここに来る

 

 

「…っ」

 

ちらりとまた、脳裏に少女の声が過ぎる。

立ちくらみのような感覚に思わずキッチンに手をつく。

 

「?お兄ちゃん…」

 

まふゆの声も虚しく、ズキンズキンの血管が脈を打つ。

 

───私は貴方

 

───貴方のやるべき事が私のやるべき事

 

俺のやるべき事…。

俺は、俺が税理士になる事。それが俺のやるべき事。

まふゆの支えになる。それが俺のやるべき事。

言われなくてもわかりきってる事なのに、それじゃない、こうじゃないという迷いのような言葉がちくちくと刺さる。

 

まるで後ろめたさを他人から指摘された時のように。

 

キッチンに手をつく俺の横にまふゆが来る。

その表情は無表情だけど瞳の奥底には心配してそうな感情が見え隠れしている。

 

「……どうしたの?」

「ごめん。多分寝不足」

「…」

 

俺の感情を見通すかのようにじぃっと顔をのぞき込むまふゆ。

きめ細かな肌に透き通った瞳。シャンプーなら何やらの甘い香りにふらりと負けそうな邪念神、宮村浩平を振り捨てて「大丈夫だよ」と彼女の頭に手を乗せる。

 

「今日はどうしたの?勉強?」

「…お兄ちゃんに用があって来た」

「うん?」

 

丁度ティファールが沸騰完了の音を鳴らした。

例の豆を同じく戸棚にしまってるコーヒーミルに適量入れ、ガリガリと挽く。

挽き終わったらドリッパーに入れ、そこにお湯を均等にゆっくり回し入れる。

 

「…っし。ほら、座って」

「ん。ありがとう」

 

席に座るよう促し、座ったまふゆの前に淹れたてのコーヒーを置く。

コーヒーを自身の鼻元に寄せ、香りを嗅ぐ──も、やっぱりわからなそうな表情をしながら1口含む。

 

「…うん」

「うんって、なんだよ」

「やっぱりわからない」

「そっか」

「でも、お兄ちゃんが入れたからなのかな。少し苦いかもしれないって思う」

「コーヒーは苦いもんなんだよ」

 

 

そうなんだ。

そう一言言ってまたコーヒーを飲む。

それを横に俺はまだ痛むこめかみに神経を尖らせる。

 

「で、用ってのは何かな?」

「……」

 

反応するかのように、彼女はコーヒーカップを置いて俺の方に向き直る。

口を開いた彼女からとんでもない言葉が飛び出る。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん……セカイ(・・・)に行った?」

「っ!?」

 

 

彼女の言葉に耳を疑った。

その言葉は夢でも聞いた。セカイ(・・・)といく言葉をあの緑髪の少女の口から。

 

「な、に…」

「なんで知ってるかって聞きたいんだよね」

 

乾き切った口から言葉が思うように出せず、代わりにまふゆが代弁する。

 

「昨日、ミク(・・)から聞いたから…」

「…ミク?」

「あのセカイ(・・・)私の想い(・・・・)で出来た場所。だから何も無い、空白で虚無なセカイ。そのセカイにお兄ちゃんはやってきた」

「待って待って。まふゆ…何を、言ってるんだ?」

「お兄ちゃんは、今日も来るの(・・・・・・)?」

 

脂汗がぶわっと湧き出る。

まふゆの言ってる事が、あの時の少女の言葉とほぼ同じだった。夢だけど夢じゃない。あれは現実だった。

 

「俺は…あの少女に今日も来るって言われた」

「……そう」

あそこ(セカイ)は何なんだ?なんで俺はあんな場所にいたんだ?呼ばれた、の方が正しいのかもしれないけど」

「私がお兄ちゃんを必要としているから」

 

また、だ。

またあの時の少女と同じことを言っている。

 

───あの子は貴方を頼りにしている。

 

そうか。

あの子(・・・)まふゆ()の事だったのか。

 

(かなで)絵名(えな)瑞希(みずき)があそこにいる。他にも沢山いる」

「絵名…瑞希…」

 

少し前にあった2人の顔を思い出す。

まふゆの友人だと思っていたが、そんな繋がりもあったとは驚きだ。

 

「みんな、お兄ちゃんに会いたがってる。今日の夜も来て欲しい」

「行くって言ったって…どうやって?」

「これ」

 

そう言って出されたのは彼女のスマホ。

スマホの画面には『悔やむと書いてミライ』というミュージック画面が映し出されていた。

 

「お兄ちゃんのスマホにもあると思うから」

「だけど、俺のスマホにそんな音楽なんて」

 

スマホを操作してミュージック画面から同じようなタイトルの曲を探す。

 

と、

 

「え?あれ」

 

『悔やむと書いてミライ』がそこにしっかりとあった。

いつの間に入ったんだろうという疑問はあるがそれはとりあえず置いといて

 

「これ、を?どうするんだ」

「再生するとセカイに行ける。いつでも」

「いつでも…」

「試しに行ってみる?私と」

「今から?」

 

コーヒーを啜りながら彼女は首を縦に振る。

ミュージック画面に再度目を落とす。再生するとあの不思議な空間に行くことができる。

そして、あの少女に会える。

怖い、と思った。非現実的で非科学的なものに足を踏み入れて、俺はこの先どうなるのか不安でしかないし、行って何が得られるのかわからない。

 

「まふゆはそこで何をしているんだ?」

「…自分探し?」

 

首を傾げながらそう言う。

真面目な質問なのに、可愛い素振りをされて気が抜けてしまった。

 

「なんで最後疑問形なんだよ」

「わからないから。わからないから、行ってる」

 

なるほど、と思った。

わからないから…わからないからって歩くことをやめてはいけない。

きっとそういう事なのだ。

 

「一緒に行こうか、まふゆ」

「うん」

 

丁度コーヒーを飲み干したまふゆは少しだけ嬉しそうに頷いた。

 

「ここを、押せばいいんだな?」

「うん。戻ってくる時もおなじ。再生ボタンを止めればいい」

「りょーかい」

 

頭痛も気付けば治まっていた。

怖さと好奇心の入り交じった感情を胸に、俺は再生ボタンを押す。

突如、ふわりと景色が真っ白に変化していく。机が、家が、全てが白に飲み込まれる。なんだか心地よかった。

まふゆは…いつもこの感覚を味わっていたのだろうか。

そう思った一瞬、意識が途切れる。

 

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

 

───目を開けるとそこには何も無かった

 

 

静寂。

上を見ると仄暗い空。下を見ても仄暗い地面が地平線の彼方まで広がっている。

ただ仄暗くて何も無いどこか(セカイ)に俺は立っていた。

 

「ここが、セカイ」

 

あの時と違い、妙な実感を感じた。

 

「お兄ちゃん」

 

声をした方を振り向くと、さっきまで一緒にいたまふゆ。

その後ろに、

 

「…その子は?」

「っ!!」

 

まふゆの後ろに隠れて顔だけ見せる白髪の幼い少女。

オッドアイ…というのだろうか、の少女は警戒しながらちらちらと俺に視線を向けてくる。

 

ミク(・・)。この人が私の兄さん(・・・)だよ」

「お、にい、さん?」

 

何となく見覚えのある少女の手を優しく引いて俺の前に立たせる。

 

「はじめ、まして?」

「はじめまして。宮村浩平、です」

 

明らかに俺より年下の少女。

犯罪者とか言われないだろうか、という不安要素がありつつもぎこちない挨拶を交わす。

 

「ミク、初音(はつね)ミク」

「初音ミク?」

 

聞き覚えのある少女の名に疑問を抱く。

 

───初音ミク

 

バーチャルの世界で有名なシンガー。

明るく、ハツラツした少女で世代を問わず人気のある女の子。

俺はあまり詳しくないが、そう記憶している。

しかし、俺の目の前にいる少女にマイペースで物静かな印象を受けてしまい、違和感を感じる。

 

「なんで君はここにいるの?」

「わたしは、まふゆが本当の想いを見つけるの手伝う為にここにいる。本当の想いを見つけた時、想いから歌が産まれるの」

「はぁ」

 

正直、彼女の言ってることがさっぱり理解できなかった。

まふゆがいるから、という理由で半ば理解した振りをしてやってきた。

とはいうものの、この現実を真正面から受け入れるかどうかは別の話。

 

「お兄さんには、わたしと一緒にまふゆの為に手伝って欲しい」

「俺に何ができるんだ。まぁ、このセカイというのがよく分かってないし、呼ばれた明確な理由もない。俺に何を求めてるんだ」

 

怯えたような、困惑したようなようにビクリと身体を震わせ、ひょいっとまふゆの後ろに隠れる。

 

「ミク。お兄さんは恐くない。優しい人だよ」

「本気でそう思ってるのか?」

「…よくわからない」

「おい」

 

どうやらここ(セカイ)のまふゆは素の自分でいられるらしい。

一種の居場所と言ってもよさそうだ。

 

「大丈夫。お兄さんにもなってサポートしてくれる子がいる」

「サポートって」

 

ふと、脳裏をよぎる1人の少女。

もしかしたら───

 

 

「もう来たのね。朝比奈浩平(・・・・・)。早過ぎるわ」

「あっ」

「…」

 

幼くも、力強い声色。

妙に刺々しい若干喧嘩腰の言葉選び。

そして何より、俺の姓を朝比奈(・・・)と呼ぶただ1人の子。

 

「…君」

「数時間ぶりね。朝比奈浩平」

「来てたんだね」

「当たり前だよミク。私は彼のサポートの為に来たのだから」

 

ふわりと、白黒のミニスカートを揺らし、白い星型のヘアピンをしっかり決め込んだ緑髪のショートヘア。

 

「改めまして、朝比奈浩平」

「俺は宮村浩平だ」

「どっちでもいいわそんなの。浩平が浩平である事に変わりは無いもの」

 

 

生意気そうなドヤ顔で言い切る。

少しクソガキ感は否めない。

 

 

 

 

 

 

 

「私は、GUMI(グミ)。よろしくね、浩平」

 

 

 

 

 

 

───GUMI

 

 

そう名乗る緑髪の貧乳(美乳?)ロリは、得意げにそう名乗った。




いつも読んでいただき、ありがとうございます。
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