Abyss of Carnation   作:メアリィ

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Side Episode
♠My sister's Monologeu 1


 

 今日のまゆふはいつになくボーっとしている。

平日の最終日、いつものように勉強している時間帯にまふゆはやってきて、俺の夕飯を作り、いつものように帰る───そんな貴重な時間を送るはずだった。

 

 

「まふゆ?」

「......」

「まーふーゆー」

「....聞こえてる」

「帰らないとお母さん心配するぞ」

 

それでもまふゆはぼーっとしたまま、ソファから立ち上がろうとしない。

 

「試験だからって遅くまで勉強してたのか?」

「...試験前だからっていつも以上にやってるわけじゃない」

「なら、風邪ひいた?」

 

 

 俺は自分の額とまふゆの額を合わせて体温を確認する。

特に高いというわけではないが、体温の低いまふゆの割には高い気もする。

 

「んー?咳とか息苦しいとかある?」

「......ない。ないけどお兄ちゃん近い」

「あぁごめん」

 

 そう言われてすぐさま額を離す。

体温計と風邪薬あったかな......探そうと立ち上がると、不意にぐいっとジーンズを掴まれて寸でのところで転ぶのを堪える。

 

「っとびっくりしたぁ。え、どうしたまふゆ?」

「......」

 

 無言。だけどジーンズはつかんだまま離さない。

動くな、そばにいろ───そう言いたいのだろうか。

やれやれといった感じで、俺は嬉しい思いを隠してその場に座る。

 

「......悩み事か?」

「....これが悩み事なのかもわからない」

「まぁ、気になることがあるなら話してみ?ちゃんと全部聞くよ」

 

 ようやく手を離し、俺の隣に座りなおす。

そのままゆっくりと俺に寄りかかる。まるで落ち込んでいるからなぐさめてほしい──そういっているような気がして、そっと彼女の頭を優しく撫でる。

 

「......ずっと、消えたかった」

 

唐突に、そう言った。

 

「私は、私を見つけたかった(・・・・・・・・・)。きっかけは些細だったと思う。お母さんとお父さんが喜ぶような私でありたいって思うようになってから、私は自分がわからなくなった」

「......」

「看護師を目指してたの。今となってはそれが本当に()が目指していたものだったのかわからなくなったけど。でもお母さんもお父さんも私は医者になるべきだ(・・・・・・・・・・)って応援していた。だからきっとそのほうがいいんだねって思うようにしてきた」

 

 それは俺の時と全く同じだった。

まふゆの滅多にない独白。それは彼女の話が俺の話でもあるように感じてしまう。

 

「その日から、私は私を(・・)頑張ってみた。お母さんお父さんにとっての優秀な娘、クラスメートにとっての優秀な朝比奈まふゆ。学校にとっての優秀な一生徒。みんなが喜んでくれていたから、正しいんだって」

「まふゆ、でもそれは──」

 

それは自分を追い詰めるだけだ、そう言いたいけど先の言葉が出せなかった。

 

「気が付いた時には、どれが私(・・・・)なのかわからなくなってた。お母さんの私か、クラスメートの私か、先生の前の私か。それともお兄ちゃんの前の私か」

 

 まふゆは俺にもっと頭撫でろと言わんばかりに頭を押し付ける。

話に集中しすぎて撫でるのを疎かにされて少し不満気だ。

 

「ある時、食べ物の味もよくわからなくなってた。お母さんの買ってきたケーキや、お弁当、自分で作る料理もおいしいのかわからない。おいしいって言ってるからおいしいんだって思うようになった」

「じゃあ......今まで一緒に俺と食べてきた食事も、あまりわからないのか?」

「......」

 

彼女は意識しないとわからないくらい僅かに頷く。

 

「わからないことがわからなくなったら、途端になにもわからなくなった。自分の好きな食べ物、好きな曲、好きな小説も何もかも......好きなんだろうなって、まるで他人事のようにしか感じられなくなっちゃった」

 

 

───私は何が好きだった?

 

───私はしたかった?

 

───私は、どこにいるの?

 

「そんな時、私を救いたい(・・・・)って言ってくれる子がいたんだ」

 

少しだけ、声のトーンが上がった気がした。

 

「その子は曲を作る子で、私もあの子の曲を聴いて救われたような気がしたこともあった。それでも私は私を見つけられなくて、こんな世界にいたくなくて消えたいなって想いが強くなった。ねぇお兄ちゃん」

「ん?なんだい」

「お兄ちゃんは私がここから消えたいって言ったら、どうするの?」

「それはまた急な質問だね。そうだなぁ」

 

俺の答えは決まっていたが、一旦考えるふりをして

 

「もちろん、連れて帰るよ」

「それは、どうして?」

「そんなの決まってるだろ。俺はまふゆの兄だからだよ」

「......そんな薄っぺらい理由で───」

「薄くなんかないさ」

 

俺の反論にまふゆは体を起こして正面に向き直る。

 

「意外と兄妹って似てるもんなんだなって......まふゆの話を聞いて思ったよ」

「似てる?」

「あぁ......多分疲れたんだよ。まふゆは」

 

 

まふゆは自分で抜け道を見つけられなかったのだ。

忘れていた自分の想いがポロンと落ちて誰も拾ってくれる人がいなかった。

 

まふゆは......きっと誰かに自分を見つけてほしかったのだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

「追い込まれて、そうなっているまふゆを誰も見てくれなくて、見てくれないから自分で自分を探すことしかできなくなってさ。それって結構辛いことじゃない?」

「......」

 

首を縦にも横にも降らず押し黙る。それでも俺は続ける。

 

「辛かったよな......。何も助けられなくて、ごめん」

「別にお兄ちゃんに助けは求めてないから」

「本当か?」

 

 まふゆの僅かな抵抗。

それは無意識でもなんでもない、確固たる俺の気持ちの否定だった。

 

「まふゆが苦しんでいるって気づけなかった」

「離れてたわけだから気づけるわけないでしょ」

「それでも、だよまふゆ。俺はまふゆに拒否をされても、お節介だとか押し付けるなとか言われても、俺はまふゆにそれでも(・・・・)って言い続けるよ」

 

 俺は迷うつもりはなかった。

まふゆに嫌われる将来があっても、俺はこれだけは突き通していたかった。

 

 

 

「......まるで奏みたい(・・・・)ね」

 

 まふゆは投げ捨てるようにつぶやいて、俺の方からふっと、離れると膝に乗っかかる。

どんな表情しているのか気になって、覗こうとしたけど顔を膝に隠してしまい、見ることができなかった。

 

 

 

「......余計なおせっかい。でも、暫くこのままでいさせてほしい」

 

まふゆは小声で、でも確かに『ばか(・・)』と言って静かになった。

 

 

 

 

「......」

 

俺はもう一度、彼女のさらさらな髪をなでる。

 

 

 

「......おやすみ、まふゆ」

 

 

 

こうして、俺とまふゆと過ごす、数年ぶりの夜となった。

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