俺のささやかな誕生日を迎えてから数日が経った。
誕生日の前日にまふゆからもらった筆記用具のお礼がしたい俺は、唐突にこんな質問をしていた。
『まふゆは俺に何をされたら嬉しい?』
まふゆの回答はこうだった。
『......わかんない』
予想通りの回答だった。
なので俺はまふゆとの数少ない思い出を掘り起こそうとここ連日連夜勉強しているときを除いて考えている。
間違いなく論外なのはテーマパーク系。好きか嫌いかといわれると、少なくとも幼いころのまふゆはテーマパークにあまり興味なかったような気がする。成長したまふゆが楽しめるかなんて疑問は考えるまでもない。
ネックレスやブレスレットといった身に着けるようなプレゼントはどうだろうか。
まふゆは美人で聡明で、かわいい俺の自慢の妹だ。彼女に似合うような装飾品を選んで身に着けてもらえれば間違いなくより一層綺麗になるだろう。
とはいえ、まふゆ自身そういうのは望んでいないだろうし興味ないと思う。
『じゃあ俺が今度まふゆが家に来た時、ご飯作ろうか?』
『......
『え?』
なんとなく質問した内容に食らいついたような気がした。
まさかリクエストされるとは思わなかった俺はちょっとだけ動揺する。
動揺するけど、嬉しかった。
『昔お兄ちゃんが作ってくれたカレー......あれはおいしかった気がする』
────
ということで土曜日の昼時。
午前中に必要な食材を買い足し、まふゆが来たらすぐに食べてもらえるように下準備を済ませておく。
先日の電話で最後に言っていた”昔俺が作ったカレー”は、親が共に外出して家を空けた時に何度か作ったことのあるカレーのことだ。ただ野菜と肉を切って鍋に放り込んで水とカレールーを入れてできる簡単な料理。何度か作っていく中でアレンジを加えてたりしたっけ。
今日は数年ぶりに自分以外の人にご飯を作っているということもあって緊張している。
やることはいつもと変わらないけど、鼻歌をしたりまふゆの感想が楽しみで心が舞い踊っているのがわかる。
らしくないって自覚はしているけど、それくらい楽しみなのだろう。
「ん......いい感じに出来上がったな」
全ての工程を終え、味見をしながら微調整をする。
まふゆは辛いのも全然食べられるはずだけど、今日は普通の中辛で準備。具は夏野菜を筆頭に海の幸をふんだんに使った海の幸夏野菜カレー。隠し味にトマトソースを加えてそれは出来上がった。
カレーと付け合わせで準備したわかめスープのにかけてた火を止める。ご飯もタイミングよく炊けた音が鳴る。
そろそろまふゆがやってくる時間なので、テーブルのアルコールティッシュで拭き、ささっと食器を並べる。
「あ、来たかな」
外のほうから歩く音が聞こえてくる。
ピンポン、とベルが鳴るのと同時に玄関の扉を開ける。
「わっ......」
「あ、ごめん驚かせたね」
流石のまふゆも小さく声を上げて後ろに後退った。
休日に会うのは久しぶり、というか数年ぶりだ。だからこそまふゆの私服姿に思わず惹かれてしまう。
胸元の程よく開けた黒い深Vネックトップスにストレートパンツ。全体的な露出度は多くないけど、こなれた感じがして非常にセクシーだった。
流石まふゆ、似合いすぎる...。
「似合うよまふゆ。綺麗だね」
「そう......この服が大人っぽく見えるって、
「.....そっか」
最後の一言が少し苦しかった。
「今日は、お兄ちゃんがご飯作るって話だけど、何を作ったの?」
「まぁ家に入りなよ。入って匂いを嗅げばわかるかもね」
「......あ、カレー」
入ってすぐにまふゆは反応を示した。
「この前私が言ったもの本当に作ったんだ......」
「うん。まふゆに喜んでもらいたいのと、この前のプレゼントのお礼、かな」
「......そう」
いつもと変わらない声色だけど、無意識に気持ちが弾んでいるのが雰囲気でわかる。
「お腹すいた?」
「......少し」
「わかった、今盛り付けるからそこに座って待ってて」
「......手伝う?」
「いいよ。気にし──てないと思うけど、気にしないで座って」
「そう......」
まふゆは俺の言う通り、持ってきていたカバンを床に置いて音を立てずに席に着く。
興味があるのか、盛り付けをしている俺の姿をただじっと見つめて微動だにしない。こそばゆい視線を背中に浴びながら、盛り付けたカレーをまふゆの前に差し出した。
「お待たせまふゆ。俺特製の夏野菜シーフードカレーです」
「......おいしそうだね」
「そう?」
「お兄ちゃんの分は?」
「え?」
「お兄ちゃんは食べないの?」
まさかの要望だった。
俺は嬉しくなり、自分の分もカレーをよそってまふゆと向き合うように席に着く。
「やっぱり食事は一緒に食べるほうがおいしいよね」
「......」
「じゃあ、召し上がれ。まふゆ」
「いただきます」
まふゆはスプーンいっぱいにカレーとご飯をすくい、一口で口に運ぶ。
もきゅもきゅと頬張るその顔は美人とはちょっとかけ離れているような気もするけど、ハムスターみたいで愛らしい。
「美味いか?」
「......」
俺の問いに一切答えず、ただひたすらに皿の中のカレーを食べている。
おいしいとかまずいとか......そもそも今の彼女がどう思ってカレーを食べているのか本人がわかっているのかすら怪しいけど。
ふと、三分の二を食べたところでスプーンの動きを止める。
「どうした?なんか変なの入ってたか?」
「......昔食べたお兄ちゃんのカレーを思い出した」
「??」
「今食べているカレー。お兄ちゃんのカレーだって
まふゆが断言した。
あのまふゆがそう言い切った。
「......おいしいよ。お兄ちゃん」
「もっと食べな。俺、まふゆの為になんでも作るから」
以降、俺とまふゆの間に会話が挟まれることはなかったけど、
無言でカレーを食べる二人の光景は、昔の俺たちと重なっていた。
──なんだかんだ言って、あの頃のまふゆはちゃんといるじゃん
余談だけど、結局まふゆはあの後カレーを二杯おかわりしていったという。
あのスリムな体形で中々食べるのは今も昔も変わらいようで安心......した?
「.....まふゆ?」
食器を洗い終えて、まふゆがキッチンから消えていることに気づく。
帰るならさすがに分かるので、多分俺の部屋にいるのだろう。
「まふゆ?何してるんだ?」
「お兄ちゃん」
俺の部屋を開けると、机に向かって彼女は立っている。
机の上にある写真立てを見てきたのだろうか。
「その写真がどうかした?」
「お兄ちゃんは.....今の私を見て、どう思う?」
「?」
珍しく糸の掴めない質問に俺は首を傾げた。
「なんでそんな急に?」
「...昔の私はもっと楽しい事は楽しい、嬉しいことは嬉しいってハッキリしてた。それが普通の事。じゃあ今の私はなに、自分のやりたいことも分からない、どうしてこう思ったりしてるのか理由も分からない。分からないことだらけ。ただ、お母さんが言った事を聞いてるだけの私」
それは昔の俺であり、今の彼女。
マリオネットのようにいいように扱われてしまったものの末路だった。
「そんな私は.....消えるべき?」
「それは俺が困る」
俺はまふゆの小さな手を取る。
冷たいけど、ちゃんとまふゆの手がそこにある。
「簡単に消えてもらっちゃ困るよまふゆ。まふゆはどんなに変わってもまふゆだから。わからないことだらけでもいい、わからなくてもいい。でもいつかきっとわかるようになる日が来るよ」
「...それは綺麗事だよお兄ちゃん」
「まぁ、そうなんだけどね」
「ねぇお兄ちゃん」
まふゆは、部屋の隅にあるソファに腰掛け、俺の手を引いて座らせる。
「なんだい?」
「少し眠いから.....膝枕」
「えぇ?俺の膝硬いよ?」
「...よくわかんないけど、膝枕」
「おいここでよくわかんないを使うなよ」
俺の有無を無視して、まふゆは俺の膝を枕にしてゴロンと横になる。
「おいおい勝手だなぁ」
しばらくしてまふゆの小さな寝息だけが部屋の中に響く。
やっぱり.....どうなってもまふゆはまふゆ。
俺のたった1人の大切な妹だ。
改めてそう思った。