Abyss of Carnation   作:メアリィ

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My sister's anxiety

「勉強教えて」

「.....え?」

 

 

 

 

最愛の妹、まふゆは俺のアパートに来て唐突に、なんも脈絡もなくそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

部屋に入り、テーブルを囲んで───ではなく、隣り合って座布団に座る。

 

 

 

「でもいきなり勉強教えてってどういうことだ?まふゆは俺が教えなくても勉強はできるほうだろ」

「昨日お母さんがこれを買ってきたの」

 

 

 そう言いながら学校のカバンから取り出した一冊の赤い本(・・・)

それは、俺もお世話になったあの一冊。受験生がこぞって志望大学のソレ(・・)を愛用しその日に向けてともに歩み寄る、言わば相棒みたいなもの。

 

「あー......それを、お母さんに?」

「そう......ここがあなたの目指す大学(・・・・・・・・・・・)って」

「......そう、か」

 

またいつもの始まったなぁ、なんて呆れな気持ちをおくびには出さない。

 

「まふゆはここに行きたいのか?」

「さぁ、お母さんがここが良いっていうならいいんじゃないかな」

「そ、っか」

 

素っ気なく返すまふゆが不憫でならなかった。

俺はそんなまふゆが愛おしく(・・・・)感じ、そっと横から抱きしめてしまう。

 

「......なに?いきなり」

「なんでも。ただ愛しい妹を抱きしめたくなっただけ」

「......そういうの、シスコン(・・・・)って言うんだっけ」

「なっ!?ま、まふゆいったいどこでそんな言葉を!」

 

 俺の妹は穢れの世界を知らないまま育ってほしかった。

まぁまふゆくらいの年頃の少女にもなればそれくらいの話題はクラスで出るだろうか。

 

「絵名と瑞希が、お兄ちゃんのことそう言ってた」

「?あ、あぁその二人って以前の」

 

一度書店で出会ったまふゆの友達だ。

あの日、実は連絡先を二人分交換することになり。以降ちょくちょく連絡するようになった。

正確には一方的に連絡が来て、まふゆのことを聞きたがろうとするだけだだが......。

 

「そう、あの二人。最近連絡とってるんだってね」

「え?まぁ一方的にな」

「......そう」

 

いつも言葉数が少ないまふゆだけど、今日は妙に歯切れの悪さが際立って感じる。

何か気持ち的にうれしくないことでもあったのだろうか。

 

「......」

「まふゆ?」

「お兄ちゃんは、シスコンでいいの?」

「は?」

 

前言撤回。歯切れの悪さと文脈不明な唐突さが際立っていた。

大学受験向け過去問、通称赤本(・・)をテーブルに置き、ちょっとだけ俺との距離を詰めるまふゆ。

 

 

「なに、まふゆ?」

「私はどっちでもいいよ。よくわからないし......シスコンとかそうじゃないとか」

 

 なんて言いながらもじりじりと距離を詰めるまふゆ。

何を聞きたいのかどう答えたらいいのかわからない俺は、ただあわあわするだけのみっともない姿を見せるだけ。

 

「俺がまふゆに対してシスコンだって認めたらダメな気がするんだけど?」

「何がダメなの......」

「まふゆ?今日はどうした?なにかあった」

 

 質問に質問で聞き返した。

今のまふゆに何がわかって何に興味があるのか、実のところ俺もまだよく理解していない。

だけど今ここにいるまふゆは何らかの理由があって、意味があって俺に問い詰めているのだろう。

 

......その内容が俺がシスコンかそうでないかっていう猶更意図がつかめないものではあるが。

 

「......わからない。けど、なんだか不安になってる」

「不安?」

 

 相変わらず表情から気持ちが読み取れない。

なんとなく声のトーンがいつも以上に低い気がするけど、それでも些細なものだった。

 

「お兄ちゃんが瑞希達と仲良くなってるって聞いて......お兄ちゃんが遠くに行くように感じた」

「......あ」

 

 遠くに行く。その発言でまふゆが何に不安を感じているのか理解した。理解してしまった。

今こうして非常に仲睦まじい光景を広げているが、数か月前まで疎遠になっていた俺たち。

絶縁し、まだ幼いまふゆに最後の言葉もかけず、俺が本来担うはずだった理想の子供(・・・・・)をまふゆに押し付けたのに、それでも彼女は底なしの好意を俺に向けてくれた。

自分自身を見失い、消えたがっても彼女はかろうじて自分自身であり続けてくれた。

 

それはきっと絵名や瑞希といったまふゆの本心を知っている友人たちのおかげ。

そして、俺が俺であり続け、まふゆのそばにいようとした想いもきっとある。

 

それは、まふゆにとって......無意識な心の支えでもあったのかもしれない。

 

「まったく、まふゆは可愛いな。ほんとに」

「......何急に」

「大丈夫。俺はまふゆの傍にいる」

 

表情だけど拗ねているオーラを放つまふゆを再度抱き寄せる。彼女の甘い匂いがふんわり鼻孔をくすぐる。

 

「ごめんな。不安にさせたね」

「......私が不安になってる理由、わかるの?」

「うん。こんななりしてるけど、まふゆの兄だからな」

「......」

「もう俺はどこにも行かないよ(・・・・・・・・)

「.....っ」

 

声に出さず、だけど俺の服の袖を強くつかむ。

 

「まふゆの傍にずっといるから。そして一緒に見つけような」

「....お兄ちゃんがいるなら───」

 

 

 最後の言葉は服でくぐもってよく聞こえなかった。

だけど、少しは安心したらしい。少しずつ袖をつかむ力が弱くなっている。

 

「心配性なんだから、俺の妹は」

「......」

「っ!?痛いよまふゆ、ふとももつねらないでくれ」

「......気のせいじゃない」

 

 

 俺から離れたまふゆは何も変わらない無表情。

だけど先ほどのオーラは無くなり、少し気持ちが浮かれているように感じた。

 

 

「じゃあ本題の勉強。教えて」

「え?今の本題じゃないの?」

「......この大学の過去問、流石に解けなかった」

「いやだから塾の先生とか、家庭教師の先生とかにさ──」

「──ちゃんに教えてもらいたい」

 

 

 

 

......今まふゆは、ポツリと呟いた気がした。

聞き返そうとして俺はまふゆの顔を見る。が、ふいっとまるで見られたくないと言わんばかりに背けられた。

 

「......まふゆ?」

「......」

 

 

 時間が止まった。

俺とまふゆのいる空間だけ妙に温度が上がっている。 

 

 

 

──ったく、なんで頬なんか染めてんだよ

 

 

 

俺の妹は可愛い。

こうして俺にだけ見せる素顔というのが心地よくて、抜け出せない沼にハマっていくようだった。

 

 

 

 

 

こうして俺は、初めてまふゆの嫉妬(?)のような態度に触れられた気がした。

 

 

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