それはある平日の出来事だった。
大学院の講義を終え、今日の夕飯のメニューを考えながら帰宅していた時。
ズボンのポケットに入れていたスマホが鳴っていることに気づき、取り出してみると画面には『まふゆ』からの電話だったので、いつも通り着信ボタンを押して耳を近づける───
『──あっ、朝比奈センパイの彼氏ですかっ!!??』
「っ!!!!!??????」
耳元でまふゆじゃない女性の声を大音量で聞いたため、思わずスマホを遠ざけた。
片耳が全く聞こえず、キーンと変な感覚が耳から頭全体にかけて駆け巡る。
『
『あ、そうですね!。おほん......もしもし、朝比奈センパイの彼氏ですかー!』
『だから彼氏じゃないよ』
スマホを遠ざけてもなお、初手大声で叫んだ女性の声だけははっきりと聞こえる。
もう一人声がするが、間違いなくまふゆ。しかも演じている時のまふゆの声がする。
『もしもーし!』
「き、聞こえてます...、えっと、まふゆの友達?」
まだ少し聞き取りづらいが、スマホ越しの女性の声なら多分問題ない。
『学校が同じのセンパイとコウハイの仲です!彼氏さん今どこにいますか!?朝比奈センパイが会いたがってます!』
『ちょっと鳳さん!?私そんなこと言ってないってば!』
「ええとごめん、状況説明して欲しい」
────
──
まふゆと同じ宮益坂女子学園に通う高校1年生。
趣味はご近所探検で、好きな食べ物は食べられる物全て。"元気"という言葉を具現化したかのような彼女は、艶めかしいピンクの髪を上下に跳ねさせながら俺の周りをグルグルと歩いて観察していた。
「へぇ〜、この方が朝比奈センパイの彼氏さんなんですねー」
「だから違うって何度も言ってるでしょ。この人は私の血の繋がったお兄さんで、大学院に通ってるの」
「そうなんですね!お名前なんて言うんですか!」
興味100%のキラッキラの目で俺の顔を覗き込むように聞いてくる。
物怖じしない性格が非常に印象的だった。
「宮村浩平、です。苗字は違うけど、れっきとしたまふゆの兄です」
「あたしは鳳えむ!えむって名前可愛いでしょ!この名前はね、あたしがいつまでもずっと笑顔でいられますようにって意味と聞いた人が面白いと思って笑ってくれますようにっていう二つの意味が込められてるの。」
彼女は底なしの笑顔を見せて、本当に嬉しそうに話す。
そんな彼女とまふゆがどういった経緯で親しくなったのかめちゃくちゃ気にはなるけど、一先ずその話は置いておくことにした。
「凄いね君は...」
「お兄さん?彼氏さん?も凄い人だって朝比奈センパイが自慢してました!だから会ってみたかったんです!」
「自慢?」
ちらりと少女の隣にいるまふゆに目を向ける。
俺はあまり見た事ない有名な
「自慢というか、こういう兄さんがいるんだよって話をしただけだよ」
「えー!でも朝比奈センパイとっても嬉しそうに話してましたよ!いつもは
「え?」
「??」
.....口を滑らせたえむに二重の意味で驚いた。
まさかこの子、まふゆの本質を見ている子なのだろうか、とかまふゆが学校で俺の事を自慢してる?とか。
聞きたいことは山ほどあるけど、まふゆが近くにいる手前変なことは聞かずにスルーしておくことにした。
「ところでまふゆと鳳さんは──」
「えむって呼んで!」
「──えむさんは、どういった経緯で知り合ったの?」
そう聞くと、まふゆが経緯を説明してくれた。
なんでも2ヶ月ほど前にあった体育祭で、学年合同の二人三脚のペアになった事がきっかけとの事。一緒に練習し、体育祭を迎えて友好関係が生まれたようだった。
「あの時の朝比奈センパイとっても頼りになったんですよ!!」
「そんな事ないってば。鳳さんの勢いがあってこその結果だったと思うわ」
「えへへー!また一緒に二人三脚やりたいですね!」
「ふふっ、そうだね」
そんな2人が微笑ましく思った。
きっとえむにはまふゆが笑ってくれないって直感で感じるのだろう。
それでも、まふゆとこうして遠慮せずに親しくしている彼女の姿があるから、まふゆに笑顔をもたらしているのかもしれない。
俺にはなんとなくそう見える。
「お兄さんは今年見に来ましたか?」
「あぁいや、俺は見てないな」
「じゃあ来年は朝比奈センパイとまた二人三脚出られるように頑張りますから、見に来てくださいね!」
「ちょっと恥ずかしいからいいわよ」
恥ずかしげに(演じている)、まふゆは自分の髪を触ったりいじったりして落ち着きがない(のを演じている)。
そんな姿に不覚にもドキドキしてしまう兄がここにいた。
「まふゆの体操着姿...走ってる姿、うん悪くないな。」
「でしょー!朝比奈センパイカッコイイんです!」
「だから鳳さんも変なことは言わないの!
「俺は何も悪いことは言ってない」
少なくともえむと考えてる事は違うと思っておく。
そんな中、あんなにもハイテンションだったえむがいきなりきょとんとした表情でまふゆを見ていた。
「?どうしたの、鳳さん」
「あ、いえ...」
まるで気になって気になって仕方なくてお母さんに質問する子供のような表情で、
「朝比奈センパイ、普段は
「っ!!」
さらっと、多分聞いちゃいけない質問をした。
「え、あっ.....あの」
「いつもは
「いや、これは...ちがうのよ」
「.....」
珍しく。
本当に珍しーく。
まふゆがガチで狼狽える姿がそこにあった。
えむにとって、その質問は日常的な質問だったのだろう。「昨日どんなご飯食べたー?」っていう質問と程度がなんら変わりのない質問だったのだろう。
だけど、純粋無垢な鳳えむの何気ない質問が、まふゆの何かを瓦解させるに値する質問だった。
でなければあのまふゆが頬を染めて狼狽えるわけがない。
「あの...これは違うのよ鳳さん?」
「何がですかー?」
「普段からお兄ちゃんって呼んでるんじゃなくてね?」
「??」
まふゆも何を説明したらいいのかわからくなってるし、えむも当然わかってない。俺も当然わからない。
つまるところ。
「(無意識に外でお兄ちゃんって呼ぶの避けてたんだろうなぁ.....)」
そんな気がしてならない兄であった。
────
『また今度お話しましょうね!お兄さん!』
そんな一言を言い残して、えむは一目散に退散していった。
僕に会えて満足したのだろう。今日一の笑顔と『朝比奈センパイの事がまた知れて嬉しかったです!!』という感想が何よりの証拠でもあった。
まふゆと仲良くしてくれる後輩がいる、俺はそれだけで嬉しかったしまた機会があれば学校での彼女の様子も聞いてみようと思った次第。
「.....消えたい...消えたい...消えたい」
「おーい、まふゆー」
1人だけ、何かを失った妹が1人いつもの彼女に戻ってブツブツと呟きながら俺の後ろを着いて歩く。服の裾を掴まれているので、どうにも彼女のペースに合わせているが、非常にゆっくりした足取りなので中々帰るに帰れない。
「大丈夫かまふゆー」
「.......消えたい」
「消えるなまふゆー。大丈夫だー多分」
本当に、何が大丈夫なのだろうか。
特になんて声掛けて励ましたらいいか分からないので適当なこと言う。
多分自業自得。どんまいとしか言いようがなかった。
ドンマイだけど、何だかんだで学校生活を楽しんでいる...そんな気がした。
────
一方、
「.....はっ。まふゆの消えたいと願う音が聴こえる.....」
白髪オッドアイの少女が、何かを悟ったとかそうでないとか。
いつもご愛読頂きまして、誠にありがとうございます。
作者のメアリィです。
今回は本作の紹介と共に、皆さんへの感謝の気持ちをここに記したいと思い、珍しく後書きを書く次第と致しました。
本作『Abyss of Carnation』は如何でしょうか。
原作設定を大事にしつつ、「こういうまふゆが見たい!」「こんなまふゆを見て癒されたい!」という私の願望を叶える為の作品として本作が産まれました。
原作では両親から受けた影響の他様々な要因が重なって、自分を見失い、ニーゴの仲間と共に自分を探していくという何とも辛いお話となっております。
辛くて消えたいと願う反面、助けてくれる何かを求めている矛盾。そんな不安定な彼女に私は惹かれました。そんな彼女に無意識ながらの"支え"があったらどうなるだろうか。そう考えた結果、この作品にたどり着いた訳です。
兄である浩平が自分にとって揺るがない存在で、そんな兄を無意識に慕っていく彼女の姿が見てみたかったのです。
それが彼女の変化と成長に繋がると、私は勝手に妄想して今後も創り続けて行きます。
そんな私の妄想に興味を持ってくださる読者の皆さんのおかげで、本作は先日『総合評価』『お気に入り数』『総評価』のランキングにて1位を獲得することが出来ました。本当にありがとうございます。
ランキング上位を目指して創った訳ではございませんが、こうして私の妄想に付き合い、興味を持ってくださる方がいるというだけで非常にモチベにも繋がりますし嬉しい限りです。
本作もこの話で9話目です。
次回は10話記念とクリスマスも兼ねた特別編を投稿する予定です。
特に重たいお話という訳ではございませんので、ご安心を笑
最後になりますが
拙い文章ではございますが、まふゆの魅力を伝えられるよう妄想をフルに活用致しますので、今後ともよろしくお願い致します。
メアリィ