「うーん...」
クリスマスが終わり、もうすぐ年越しの日がやってきそうなそんなある日。
赤本を渡されたあの日を機にまふゆは、家庭教師がいない日だけ俺の部屋で勉強するようになった。
母親には『図書館で勉強している』と伝えているらしい。
そんなこんなで俺が勉強している間に、新たにテーブルで黙々と彼女が勉強している光景が現れるようになった。
「お兄ちゃん、ここ教えて」
「あいよ」
良くも悪くも俺とまふゆはあの両親の子。
特にまふゆは地頭が良くて、比較的赤本の問題に苦労しているようでは無いがたまに詰まってはこうして俺に聞く姿もしばしば。
まふゆが詰まる時は大体パターンが一緒で、主にクセの強い問題が占めていた。その大学入試独自の問題といえばいいだろう。
「なるほど。ありがとう」
「ううん。また分からないところあったら言って」
解説を終えてみればすんなり理解するまふゆは教えやすかったし、やりがいも感じていた。
ふと、俺の視線がテキストからまふゆの横顔へと移る。
美人で色白で、学祭の美女コンテストみたいなイベントがあれば間違いなく頂点に君臨するであろう圧倒的存在な我が妹。
「やっぱまふゆ可愛いよな」
「...なに、いきなり」
「あぁごめんね。我が妹ながら横顔に見惚れてた」
「...」
何となくナンパまがいの口説き文句を言ってしまった気がして、恥ずかしさのあまり目を背ける。だけど妹の横顔があまりにも綺麗すぎてやっぱり釘付けのようだ。
───間違いなく、俺は妹を一人の女性として意識している。
いつから意識し始めたのかわからない。
気がつけばそうだった。
もしかするときっかけは誕生日プレゼントで筆記用具を貰った時かもしれない。毎日のスキンシップで惚れてしまったのかもしれない。クリスマスデートをしたからなのかもしれない。
どれをとっても惚れてしまう要素しか見当たらなくて、正直困惑している。
───あぁわかってる。
どれだけの禁忌なのか頭では十分理解してる。
それでもこの熱さは止められそうにもない。
「まふゆは今、幸せか?」
「...わからない。多分幸せ」
「そっか。俺は幸せだよ、まふゆとこうして一緒に過ごせる時間が増えたんだし」
だからこれは精一杯の
精一杯の表現だった。先の見えない夜道を歩いている気分だった。
「.....」
「なに?勉強しないの?」
「いいや、するよ」
しかし今は勉強の時間。
来年の資格試験に向けてただひたすら机に向かわなければならない。
俺は自分の机に戻り、解きかけの問題集を開く。
「.......」
「.......」
だけど、意識してしまうと全然問題に手がつけられなくなった。
問題文が読めない、金額が求められない、電卓が叩けない。ただ机に座ってまふゆの横顔だけを思い浮かべるだけ。
「.....ふぅ」
ダメだった。
思わず握ったばかりのシャーペンを置き、流石に息を吐く。
どうしても勉強が捗らない。
「.....?」
ちらりとまふゆを見ると俺の方を見て無表情で首を傾げている。
そういう何気ない仕草が余計に集中力を乱す。
「どうしたのお兄ちゃん」
「集中力ぷっつり切れた」
「そう...」
「ちょっとそっち行っていいか」
「...どうぞ」
コーヒーのマグカップを持ってまふゆの隣にいそいそと座る。
丁度いいタイミングで彼女自身も問題が終わっていたようで、右手には赤ペンを持って丸つけをするところだった。
「どう?調子は」
「まぁまぁ、かな。お兄ちゃんに教えてもらった考え方で解けた問題があったから...」
「じゃあ何より」
「お兄ちゃんの方は?」
「なんでかなぁ...集中力無くなった」
質問してきた当の本人は、多分俺の答えを横流ししながら丸つけを始める。
響きのいいボールペンの音が部屋の中に響く。
「...7割、か。まぁ以前と比べたらだいぶ点数取れるようになったんじゃないか」
「そうだね。でもこれだとまだダメだって、
まるで、『言わないつもりのことを言ってしまった』とでも言いたげに手を口に当てる。
「え?」
「...ごめん」
「何に謝った?」
「.....お兄ちゃん、私がお母さんの名前出す度に顔をしかめるから」
「あーそのことか。別に気にしなくてもいいんだよ」
「私がこうなったの、自分の責任だって思ってるでしょ」
図星をつかれて違うとも気にしないでとも言えなかった。
感の鋭いまふゆのことだ、そのことに気づいたのは最近じゃないだろう...。
「でも、まふゆの謝ることじゃないよ。悪いと思ってるかどうかは置いといて、これはやっぱり俺がしっかりしなきゃいけなかったことだからさ...」
「...悪いと思ってるかはわからない。やっぱりずっとわからないままなのは
まふゆの口から何やら妙な単語が聞こえて一瞬困惑する。
「でも、一つだけわかったことがあるよ」
「マジ?」
「...お兄ちゃんのその顔は見たくないなって気持ちがあること」
ようやく、いや。
初めてまふゆの明確な心が見えた気がした。
「お兄ちゃんのその苦虫を噛み潰したような辛い顔は見たくないなって気持ちがある事だけはわかった気がする。だから.....ごめん」
「まふゆ.....」
それは確かな変化だった。
みんなにとってそれは些細で当たり前な事だ。
でもまふゆにとっては、失っていた彼女自身の本音が漸く開花したのだ。
「そっか...あーもー!まふゆは可愛いなぁほんとにさ!!」
そんな妹の成長が嬉しくて愛しくて。
思わず彼女の頬を触ってしまう。
「.....
「まふゆの頬、柔らかくて触り心地いいね〜。ずっと触っていたくなるよ」
「...
「もうちょっと!もうちょっとだけ触らせてくれ」
色白ですべすべのまふゆの頬があまりにも気持ちよくて
撫でたり、ちょっと引っ張ってみたりする。目は全然笑ってないけど面白い顔になったりして、そういう所も可愛いなと思ってしまうシスコンな俺。
「まふゆは凄いよ」
「...?」
「自分のことで手一杯なのに、俺の事を考えてる。きっと無意識なのかもしれないけど...誰かを大切に思う気持ちはきっと胸の奥底にあったんだよ」
「.....」
わからない、とでも言いたげな目をしながらも俺の言ってることを理解しようとしている。
「まだわからないことがあってもいい。まふゆが見つけられるように、俺もまふゆを見つけるから」
「.....お兄ちゃんってやっぱりシスコンだよね」
「あぁ。度し難いシスコンだわ!」
すっと頬を引っ張るのをやめ、ほんのりと残った赤みをさするように彼女の頬に触れる。暖かい彼女の頬。
そしてまふゆもまた、俺の手にそっと重ねてしみじみとした表現を浮かべる。
「みんなと、お兄ちゃんがいるから。私も私を見つけられる気がする...」
その笑みはいつもと違う心からの笑み。
まふゆは見つけられる。どれだけ時間がかかっても、俺は見つけてあげたい。
それまでは、兄として支えていきたい。素直にそう思った。