── L*c*d dreaming
──目を開けるとそこには
静かという言葉以上の静けさ。
上を見ると仄暗い白の空。下を見ても仄暗い地面が地平線の彼方まで広がる。
ただ仄暗くて何も無い
いや、何も無いは言い過ぎた。所々に椅子の他に隆起した角張った何かがポツンとあるだけ。
ただ本当にそれだけ。
──ここはどこだろうか
何故俺はこんな所にいるのだろうか...。
直前の記憶を辿る。確か風呂から上がり、いつものように勉強し、1時頃に布団に入って音楽を聴きながら今日やったことを脳内でイメージしてた。そこまでは覚えてる。つまり、その時点で寝たということだろう。
「じゃあここは夢?」
それにしてもリアルだな、と何気なく考える。
目が覚めてるって感覚もある、ちゃんと重力(?)のようなものも感じる。手足の感覚もある。
「...??」
考えてもよくわからなかったので、ひとまず歩き回って様子を伺うことにする。歩いたところで特になにか珍しいものがある訳でもなく、本当に仄暗い世界を俺だけが歩いている。それこそ、崩壊した世界に俺だけが生き残ってしまった、なんてシチュエーションのように。
───
ふと俺は、昔の友人が話していた睡眠の病気の事について思い出す。
病気…と言っていいものか定かではないが、一種の夢遊病の様なものらしい。
夢の中で「これは夢だ」と自覚しつつも夢を見ていて、その中では自分の思うがままに行動ができる、といったものだ。
例えば、今無性に博多ラーメンが食べたいので、湯気のたった博多ラーメンを想像すると目の前に湯気のたったそれが出てくる。目の前に凶悪な殺人鬼が現れて、一騎打ちの場面でハンドガンを想像すると、既に手元にはその思い描いた武器を握りしめている。
こんな感じだ。
つまり何が言いたいかと言うと、俺はまさに
寝て目が覚めたら非現実的なところに立っている。夢以外のなんでもない現状を理解するには、そう思うしか他なかった。
想像すれば出てくる、そう思う俺は目を閉じて缶コーヒーを想像する。黒いデザインの185gの小さく温かい缶コーヒー。
──しかし、その温かみを手で感じることは無かった。
「夢じゃない、のか?」
想像力不足なのだろうか。再度目を閉じ、缶コーヒーを想像する。デザインも表記内容もより具体的に、覚えている限り頭の中で思い描く。
それでも描いた缶コーヒーは現れなかった。
やり方を変えてみる。
俺は、明晰夢を見続ける某主人公のように指をパチンと鳴らす。
───が、それでも缶コーヒーは愚か塵一つ現れる気配は無い。
夢じゃない。
俺が今立っているこの地は夢ではなく、現実。受け入れ難い景色を目の当たりにしても尚、この状況を受け入れられずにいる。それも当然。日本には、いや全世界でも何も無い真っ白な世界なんてあるはずが無いのだから…。
水も無い、食料もない、人の気配もない。
果てしない地平線を見続けて、その先に希望は見出すことは出来そうにない。
──怖い。
そう思ってしまった。
まさか自分がファンタジーのような世界に来るとは予想だにしなかった。
だからより一層恐怖を感じているのだろう。
歩いた先に何があるのかわからない、人が誰もいないというのはここまで恐怖を植え付けるものなのだろうか。
とにかく誰かに会いたかった。
「まふゆ…」
ここにまふゆはいるのだろうか。
僅かながらな可能性を胸に、俺は震える足でその汚れの無い地を歩き出す。
白
─白
──白
───白
─────白
歩けば歩くほど、額から汗がこぼれ落ちる。
歩けば歩くほど、より恐怖を感じる。
「まふゆっ…。まふゆっ!」
無意識のうちに
しかし、その叫び声は虚しく反響するのみで、誰かが返事をするということもなかった。
「なんなんだよ…なんなんだよここはっ!!」
叫び声が誰かに届くという訳でもないのに、つい叫んでしまう。いや叫ばざるを得なかった。叫ばなければ恐怖で気が滅入ってしまいそうだった。
俺はどれくらい歩いただろうか…?
俺は何時間歩いたのだろうか…?
いつまで続くのだろうか…?
歩き続け、まふゆの名を呼び、恐怖に怯える。
普段から運動しない俺にとってたったそれだけ。
それだけの事で限界にきていた。
「はぁっ…はあっ……はぁっ」
思わず手を膝に着く。
額からこぼれる汗が真っ白な地面へぽたぽたと落ちる。数秒のシミができたのち、すぐに消えて真っ白な床に戻る。
水が欲しい。喉がカラカラで声を出すのすら辛かった。
ふと、背後でゴトンという何かが落ちる音がした。
物音1つしないその
いざ、俺以外の存在があるかもしれないという場面に出くわすと、身動き取れ無くなるんだなぁと内心落ち着きを取り戻そうと努力する。思ってる内容が意味不明なのがその証拠だ。
「…誰かいるのか?」
返事はない。あれっきり物音1つしない、気配もない。
1つ呼吸をしてゆっくり後ろをむく。
そこにあるのはただの木製の椅子。
だけどその椅子には人形のようなものが置いてあった。人型の──サーカスのピエロのようなロシア人のような衣装を身にまとった人形が、糸が切れたのが如くだらんと椅子に腰掛けていた。
「...マリオネット??」
精巧に作られた派手な衣装を身に纏い、どこを見るでもないその青い瞳。不気味ながらどこか繊細で可愛らしい操り人形。
しかし、何故そんなものがここにあるのかわからない。そもそも、何処から来たのだろうか…。
さっきまでは無かったのに、まるで
俺は恐怖心と好奇心の入り交じった感情を胸に秘め、そのマリオネットの前に歩み寄る。
シミ一つないよくあるマリオネット。操る糸が数本切れているようで、無造作にだらんと垂れていた。
「だれかここにいるのか?」
そうとしか考えられない。だけど、一体.....
考えたところで想像もできない。なんせここが何なのか検討すらつかないのだから。
「っ!くそ!!!」
俺は苛立ちをマリオネットにぶつける。
ガシャンと椅子ごと倒れたそれはコロコロと転がり落ちる。
大きな物音の反響が、俺の怒りに触れる。
「なんなんだよ!!誰だよこんなことするのは!ここはどこなんだよ!!」
怒りを言葉にしたところで意味もないことくらいわかってる。
こんな事をしても何も変わらない。変えられない。
「ここは...
───声が聞こえた。
それが声と認識するまでに、脳に達するまでに数秒要した。
それは人の言葉を発しているけど、無機質であった。
「想いでできるセカイだよ。宮村浩平…ううん、
「...」
少女…と思われるその声は俺の昔の姓を呼ぶ。
その声は後ろからのようにも、上からのようにも、正面から聞こえるように思えた。
「セカイは、本当の想いを見つける場所。そしてここは、
無機質な声の少女はそう言う。
「
「君は?」
俺は知らない相手にそう聞く。
少女は「私は…」と、少し間を置いて──
「私は…
「?」
「だから…貴方が求めれば、
正直、少女の言ってることがさっぱり理解できなかった。
俺が彼女を求めれば…彼女は彼女になる?
意味不明過ぎて、さっきまでの恐怖心が消えた俺は、ゆっくりの少女がいると思われる背後を振り向く。
「…私は貴方」
「君は…俺?」
「そう、だから貴方のやるべき事が私のやるべき事。それが本当の想い」
白と黒のドレスを身に纏い、15際にも満たない少女は、俺を見ているようで見ていない。
何処か虚空を見つめながら、だけど言葉は俺に向ける。
「君は誰だ?」
やっと、聞きたかった質問を少女に尋ねた。
だけど少女はその質問には答えず、素足のまま倒れた木製の椅子に歩み寄る。
立て直し、転がり落ちたマリオネットを拾い上げ、埃を払う素振りを見せながら「今はその時じゃない」と、小さく呟いた。
「朝比奈浩平」
「…なに?」
「貴方はまた、ここに来る」
「何を根拠に」
「今貴方がここにいる。それが根拠」
少女の理論は理解できなかった。理解できなかったけど、納得してしまう俺がいて、そこに違和感を感じる。
「だから、その時まではまだ内緒」
「そう…それはいつだ?」
「…すぐ、先」
──瞬間、強い眩暈に襲われる。
「な、んっ…?」
「朝比奈浩平。貴方が来るのを待っているわ」
ただそれだけ言うと、マリオネットを両手に抱えた
「ま、まっ──」
一層強く視界が歪む。ぐにゃぐにゃと曲がる視界に吐き気すら覚えた俺は。
───そのまま意識を奈落の底へ落とした。
───目が覚めると俺は、ベッドの上でヨダレの海に浸かっていた。
───時刻は朝の7時になったばかり