ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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主人公無敵の人になる。ついでに空を飛ぶ。

「イオ。あなた、もう明日から子役の仕事やらなくていいわ」

 

「は?」

 

 ある日、仕事終わりにママンに呼ばれて言われたのは事実上の業界追放宣言だった。

 生まれて十年、わたしは起きている時間のほとんどを子役として過ごしてきた。

 

 大人になってからの惰性の時間とは違う、一瞬一瞬が全力の日々。

 

 その無限とも思える期間をほぼすべて子役としての完成に費やしてきたのは、わたしが親の言うことを素直に聞く良い子だったからではない。

 

 わたしの意思だ。

 

 普通の子どもなら親の言うことが絶対の正義であり指針だろう。

 

 ましてや、母親が本邦における――いや世界的にみても最高クラスの女優(アクトレス)なら、子どもをそうあるように育てるのは、順当な結果と言えた。

 

 子は疑問に思うことすらなく、母によって舗装された道を歩んでいっただろう。

 

――普通ならば。

 

 ちょっとばかし普通じゃなかったんですよねこれが。

 

 ここで母にも打ち明けていないことが、いくつかあり。

 

 主にわたしの属性に関してなんですけどね。

 

 ぶっちゃけ、わたしはTS転生しているのである。

 

 これがひとつめの秘密。

 

 前世はとりたてて特徴もない単なる大学生の男だったのだが、いまではアイドルもかくやというほどかわいらしくなってしまっている。父方に西欧の血が混ざっているせいか、すっと整った鼻立ちとぱっちりとしたおめめ、かわいらしいもみじのようなおてて。瑕ひとつないおみあし。一言でいえば、ウルトラかわいい!

 

 わたし自身はロリコンじゃないけど、ロリコンを惹きつけまくる容姿なのは見て取れる。

 アイドルになる素質はバッチリだ。

 

 正直なところ、わたしの頭はそんなによくないし、神童設定でいくのには無理があった。

 

 十で神童、十五で才子、二十すぎればただの人という言葉がある。

 

 仮に勉強がものすごくできる子を演じたところで、のび太くんのように中学か高校くらいには普通の範疇に納まってしまうだろう。それは期待を裏切ってしまう。落胆される。だったら最初から普通を演じていたほうがいい。

 

 でも、このかわいらしさなら、アイドルのトップにたてるんじゃないかって思った。それに、アイドルなんてフツメンだった男時代には目指すことすらできなかったし興味があったのも事実だ。

 

 アイドルとアクトレス。なにが違うのかはわからない。進化系統の違いかな。

 微妙に違うと思うけど、とりあえず人気者になればいいという発想だった。

 

 ここでアイドル活動って言えば、オーディションとかなんだろうけれども、前世でまったく縁もゆかりもなかったわたしでも、コネが大事なのはわかる。

 

 ママンはアイドルではなくアクトレスなので、当然コネも子役のほうが強い。

 

 実際にはじめの頃は簡単にプリキュアの玩具のCMとかに出れたしな。

 

 あとは数年後に転向でもすればいいんじゃないかなって軽く考えてた。

 

 だからこそ、子役で下積みは必須だと思ってたんだよ。

 

 ママンの言うことに唯々諾々と従っていたのは、自分の未来設計でもあったんだ。

 

 七光りのプレッシャーに焼かれつつも、子どもにしては超従順だったと思うよ。

 

 むしろ普通なら泣き出したり、わがまま言ったりするところを超我慢したつもりだ。

 

 習い事の数も半端なかった。華道、語学、柔道、剣道、茶道、バレエにそろばん、習字、ピアノ、カポエラに古武術なんでもやった。ブラック企業でもありえないほどの超過密スケジュールだ。

 

 普通だったら一週間もついていけないんじゃないか。

 

 大人の根性で食いついてしまったせいか、どんどんと余暇の時間がなくなって、いまでは小学校に行く時間だけがほっと一息つけるときだ。疲れ果てまくってるせいか友達いませんがね。ううっ。

 

 なんでなんですかね。ママン。

 

 わたしが黙っていたからか、ママンは煩わしそうに目を細めた。

 

「正直なところ、あなたの才能は、ユアの百分の一もないわ。いずれは花開くかと思って黙ってみていたけれど、最初から枯れていたのであれば水をやっても無駄なだけ。他の道を見つけたほうがあなたのためでもあるのよ」

 

 ユアはわたしの三歳違いの妹だ。

 

 前世でひとりっこだった意識からすれば、妹というのはなんだかくすぐったくて、かわいらしくて、めちゃんこかわいらしかったけれども……。

 

 ライバルとして考えれば、微妙な気持ちも混在している。

 

 まがいもののわたしと違って、純正なユアはアクトレスとしての才能があふれるほどあったらしい。

 

 まだたった七つの女の子なのに、どこかフワフワとしているというか、超然としているというか、こうすればこう見られるということがわかっているというか。でも媚びてるわけでもなくて。

 

 たぶん、天才と呼ばれる類のもの。

 

 実際、わたしにはアクトレスとしての才能はないのはわかっている。

 妹のほうが優れているのも理解している。

 

 でも。それでも!

 

 わたしには姉としての矜持があった。

 

 てか、普通泣くぞ。あからさまに妹びいきだろ。

 

 人並み程度には愛されたいぞママン!

 

 涙で視界の悪くなったわたしに、母は忌々しげに視線をくだした。

 

「あんなお粗末な演技で、恥ずかしいったらありゃしないわ。あなたに費やした時間を返してほしいくらい」

 

「演技については研鑽いたします。ですからもう一度チャンスをください!」

 

「わたしの演技指導を受けたくてたまらない人たちが、ごまんといるのよ。あなたよりもずっと努力をしていて、ずっと才能もある人がね。そんな子たちのチャンスをあなたは奪っているの。これからも奪いつづけるつもりなの?」

 

 ママンは、どうやらリソースをユアに割りふりたいらしい。

 

 アクトレスとしてのリソースか愛情のリソースなのかはわかりようがなかったけれど。

 

 ここで反論できなければ、わたしのアクトレスとしての道は永久に閉ざされてしまう。

 

 ママンは業界各所に顔が利く大御所だ。ママンがわたしに子役をさせないといえば、わたしの居場所なんて一瞬で吹き飛んでしまうだろう。

 

 わたしが口を開こうと、お腹に力を込めた瞬間。

 

「ママぁ。お姉ちゃん。どうしたの?」

 

 天使の声が響いた。

 

 振り向くとユアが立っていた。

 わたしがかわいいことからもわかるとおり、ユアは客観的に見ても相当に美少女だ。

 ただ、まだ七つにしかなってないことからすれば、今の状況も理解してはいないだろう。

 

「ユア。たいしたことじゃないのよ」

 

 ママンはわたしとはまるきり異なる甘い声を出した。

 

 昔からそうだ。

 

 なにかとママンはユアに甘い。

 

 対して、わたしには塩対応。

 塩分濃度はとどまるところを知らず、このままでは高血圧まちがいなしだ。

 いったいどうしてなんだろうと思わなくもないが、心当たりがあるとすれば、やっぱりわたしがまがいものだからだろうな。

 

 できるだけ普通の子を演じようとは思っていたけれど、さすがに幼児のふるまいは、わたしには難しかった。それこそ、ママンが言うように演じる才能がなかったのだろう。

 

 人情の機微に敏くなければ、アクトレスなんかできやしまい。

 

 つまるところ――、わたしのつたない"演技"はママンにはバレバレだったに違いない。

 

 さぞかし滑稽に見えただろう。

 

 できそこないのマネキンが不思議な踊りをおどってるみたいに気持ち悪く感じていたのかもしれない。

 

 だから、わたしのせい。

 

 わたしの秘密を伝えることができなかったのが原因。

 

 でも――。

 

 でも、ママンのほうにも問題があるんじゃないかって思ってしまう。

 

 ママンのこと嫌いじゃないし、アクトレスとしては尊敬すらしている。

 

 けれど、母親としては……。

 

「ママ。お姉ちゃん泣いてるー。お姉ちゃん。ママに叱られちゃったの?」

 

「叱ってないわ。ちょっとイオお姉ちゃんにアドバイスしてあげてただけなのよ」

 

 ママンは取り繕うように言った。

 ユアの前ではさすがに悪者になりたくないらしい。

 

 わたしのことなんて興味がないんだな。

 

 そう思うと、哀しいという感情すらどこかへ行ってしまった。

 

 わたしは何も言わずに退室しようとする。

 そこで、ママンから追撃の言葉が背中に当たった。

 

「イオ。さっきの話、わかったわね。明日の仕事もユアにやらせるから」

 

 矢継ぎ早に言う。

 

「習い事も、やりたくないならしなくてもいいわ。好きにしなさい」

 

 すべて決定事項のようだ。

 

 もはや反論する気も失せていたわたしは「わかりました」とだけ呟いて、今度こそ部屋を出た。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 しかしなんだな。

 

 子役と一口にいっても、ドラマでいえば端役も端役だし、CMとかバラエティとかママンに言われるがままにやってきたけれども、あまり時間的拘束の少ない単発の仕事が多かったんだよな。

 

 だからこそユアとバトンタッチも簡単なんだろうけど。

 

 たぶん、理由はわたしが主役を張れるような実力がないからだろう。

 

 漫画みたいに、主人公が超絶演技力で度肝を抜くみたいな感じにはなってない。さすがイオちゃんみたいに言われたことは一度もない。転生してるんだぜ……これで。

 

 容姿はSSRなんだけどな。

 

 自室の化粧台で、静かに髪を梳かす姿を見てみる。

 

 色素の薄い銀色の髪。同じく色素の薄い琥珀みたいな瞳。子どもだからというのもあるが、お肌なんかもっちもちだし陶器のようになめらかだ。まるでお人形さんというのがわたしがわたしを客観視した容姿。幼いながらも完成した美貌。存在自体が薄いヴェールのようで、一言でいえば妖精さんみたいな感じ。

 

 まあ中身が残念なわたしだというのは置いておいて、見栄えはいいはずなんだよな。

 

「見てくれだけじゃダメだったんでしょうか」

 

 しょんぼりしてしまう。まあわかるよ。わたしだってバカだけどそこまでバカじゃないんだからわかる。ライバル子役たちを見ても、どいつもこいつもバケモンかって思うくらい演技ができてたしな。

 

 時折いるんだよ。こいつ転生してるんじゃねってやつが。……って、わたしじゃん。

 

 わたしの前世のアドバンテージは、たぶん5歳くらいで終わってた模様。

 

 つまり、わたしって地味すぎっ……!

 

 ああクソっ!

 

 なんかもうええわって気がしてきた。自暴自棄といわれればそれまでだけど、将来の展望が頓挫し、ママンの寵愛もなくなってしまったわたしは、もはや無敵の人だ。

 

「フフフ……好きにやってしまいましょうか」

 

 イオちゃんはその名のとおり爆発したのである。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 我が家は、超高層マンションの最上階に居を構えてる。

 

 いわゆるタワーマンション。月の賃料はおそらく百万円近くはするんじゃないだろうか。わたしが払ってるわけじゃないから知らんけど。

 

 たぶん、ママン以外にも芸能人が住んでいると思われる。

 ストーカー被害とか盗難被害を抑えるためにセキュリティは万全だ。

 

 屋上への扉は普段開かれることはない。基本的に立ち入り禁止。聞いた話だと、屋上にはヘリポートがあるようだけど、見たことは無い。

 

 そんなセキュリティも、わたしの"魔法"の前にはあっさり陥落する。

 

 分厚い非常階段へ通じる扉の鍵は、たった一言わたしが魔法の言葉を呟いただけで、音もなく開かれた。むしろ重い扉をほそっこい腕で開けるほうが苦労した。

 

 ほとんど使われていなかったであろう非常階段は、四月も半ばだというのに肌寒く、少し埃っぽいように感じた。

 

 非日常の空間に、崩れかけた小さな家を探索するようなワクワク感が湧いた。

 いたずらをしているような高揚感だ。

 

「いや、いたずらのレベルではありませんね」

 

 自嘲するような笑みを浮かべながら階段を昇る。屋上へ通じる扉も同様に開けた。

 屋上は風が激しかった。

 ただし、昼の陽光は屋上を照らし出しているので、そこまで寒くはない。

 

 聞いていたとおり、屋上にはヘリポートがあり、緑色の下地にオレンジ色でHのマークがついている。ヘリポートといっても、単にマークがついているだけであるから、バスケットコートのように何もない。広さもちょうどバスケットコートを二面ほど並べた程度だ。

 

 端には当然のことながら、落下防止の白い柵がある。

 わたしの身長の三倍ほどはあるだろう。軽く跳躍して、飛び越える。

 いちおうお嬢様だからな。猿みたいによじのぼるようなはしたない真似はしない。

 

 それで、眼下にはビル群。豆粒の大きさほどの車や人。

 足元には、たった数十センチの縁しかない。

 高所恐怖症でなくても、おもわずタマヒュンしそうな高さだ。

 都会の喧騒も聞こえないほどの高度。

 

「もういいですよね……」

 

 わたしは自分自身に問いかける。

 この10年は、それなりにおもしろくもあった。

 女の子としての人生は初めての体験だったし。

 子役の仕事も初めての経験だった。

 前世ではありえないくらいの習い事も目新しい刺激だった。

 

 でも――。

 

 たぶん、こんなもんかって気持ちもあったんだろうと思う。

 自分自身に限界を設けてしまっていたからだ。

 理性とか、そういうので。

 

 だから、どこか退屈していた。

 

 だから――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重力の傾斜に誘われて、細い身体が地面に吸いこまれていく。

 死が近づいてきて、わたしは奇妙なことに心地よさも感じていた。

 ただし、もちろん死ぬつもりはない。

 

飛翔呪文(トベルーラ)!」

 

 ドラゴンクエストというゲームをご存じだろうか。

 国民的RPGのひとつ。

 

 ドラゴンは正直あまり出てこないのだが、その名前からもわかるとおりファンタジーに分類される。いわゆる剣と魔法の世界観。

 

 派生作品含めると何十本もタイトルが発売がされており、知名度はゲームという枠組みではおそらく日本で一番だと思う。

 

 そんな世界の"魔法"をわたしは使える。

 

 さきほどの呪文は、空を飛ぶ呪文。

 

 ドラゴンボールの舞空術のように、その身ひとつで飛翔する。

 

 落下しつつあったわたしの身体は、がくんとベクトルをかえて、地面と平行するように空を滑る。

 

 サラマンダーよりずっと早い!

 

 いや乗ったことはないけどね。

 

 おそらく時速60キロくらいは出ているだろうか。さすがに10年間まったく試したことがないわけではないが、ここまでの速度を出したことはない。

 

 けれど、こんなスピードでもほとんど風を感じない。

 魔法的なバリアで、身体を覆っているのだろう。

 

 しかし、わたしの身体自体が見えなくなるわけじゃない。

 

 結論として――。

 

 スクランブル交差点を行き来していた通行人たちは、信号が青から赤に変わったにもかかわらず、ぽかんとした顔で、わたしを見つめることになる。

 

 そして空間が揺れた。喧噪というのもおこがましいほどに。

 

「え、なにあの子っ。空、空飛んでる!」

「残念だったな、トリックだよ」

「スパイダーマン……マンじゃなくてガール?」

「一瞬しか見えなかったけど、めちゃくちゃかわいくなかった?」

「え、なにかの撮影でしょ?」

「ユーチューバーじゃね?」

「最近のユーチューバーは空を飛べるのか。すげーな」

「異世界からの出戻り少女だったりして」

 

 その場で静止することもできるけれど、わたしは止まらない。

 流すような感じで、気の向くままに空を飛び続ける。

 

 解放感が半端ない。

 

 まるでそう、洗い立てのパンツを履いた時のように爽快だ。

 

 もちろん、それは物理的な意味での解放感もあったけれど、それ以上にやっちゃいけないことをしてしまった背徳感のようなものも混ざっている。

 

 だって、この世界はどこまでいっても現実だ。わたしが観測する限り、前に死んだときと地続きの世界が続いている。ニチアサにはプリキュアがやってるし、ドラクエもエフエフも普通に存在した。わたしが好きだったアイドルはすでに引退しちゃってたけどね。

 

 生まれかわった世界が、もしも異世界だったら魔法を使っても珍しいくらいで済んだかもしれない。でも、現実には魔法や超能力は存在しない。

 

 いや、わたしがいるんだから異能が使える人もどこかにはいるんじゃないかって思わなくもなかったけれど、でも、もしもそれを社会的に公表すれば、なんかすごく面倒くさいことになるのはわかる。

 

 だから、みんな黙ってるんじゃないかって。

 

 あるいは、なんかそういう『組織』があって、あとからペナルティを課されるのかもしれない。

 

 さっきから、スマホでわたしの姿は撮影されまくってる。このご時世だ。たぶん隠蔽とかは難しいだろう。大規模な記憶改変魔法とかあるんだったら別だろうけど、そうなったらそうなったで、わたしにとっては悪くない展開だ。

 

 そういう人たちがいるなら接触したい。それで魔法の正しい使い方とか教えてほしい。

 もしも、そういった接触がなければ……。

 

 少しだけ便利なこの力を、我慢することなく使いまくってみよう。

 

 もしも魔法を使えたらなんて、ありふれた夢想だけど、実際には世の中のしがらみとか社会的な抑圧にひっぱられて自由に行使できなかった。ママンに得体のしれない怪物みたいに思われるのが嫌だったんだ。

 

 だが知らん。もうわたしは無敵の人になったのだ。

 

 いまさら魔法を禁止されても、もう遅い。

 

「イオ!」

 

 わたしはわたしを唱える。

 

 初級爆発系呪文の『イオ』は、どこまでもリアルな蒼空に祝砲を打ち上げた!


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