ドラクエ魔法持ちのTS転生者なんだけど現実世界というのが問題です   作:魔法少女ベホマちゃん

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アレクの想い。ついでに第一試合。

 僕の名はアレク・エル・レーヴァラック。

 

 レーヴァラック公爵家の嫡男だ。父親が王弟であるから、陛下は僕の伯父にあたる。

 ユユルは従妹で、幼い頃にはよく遊んだりもした。

 

 だけど、異形の者たちの数が増していくにつれ、自領を守るのに精一杯になり、往来もほとんど途絶えてしまった。特にここ一年は攻勢が凄まじく、気軽に会いにいけるような状況ではなくなってしまった。ユユルと会うのも二年ぶりくらいだ。

 

「ユユル。綺麗になっていたな」

 

 宿泊所の一室でひとりごちる。

 

 二年前にはまだ幼気さが残っていたけれど、いまでは凛々しいというか、姉っぽさがでているというか。風の噂では女神様のお姉さまになっているらしいけど、そんなことがありうるのだろうか。

 

――少女神イオ。

 

 相手は、いのちを与え、魔法をあたえ、魔物を打ち払う聖なる女神。

 たった一か月前。潰滅寸前だった王国軍を救い、あまたの人を癒した。

 小さきお方ではあったが、まぎれもなく人を超越した存在。

 いまでは、古き神々を抑えて、イオ様を主神に据えようという動きもあると聞く。

 なにしろ人類は神々に()()()()()()()()

 唯一イオ様のみが人に慈愛の手をさしのべてくださったのだ。

 救われた人間が救いの神に依存したいと考えるのも当然だろう。

 

 戦意高揚のために話を大きくしているのだとばかり思っていたが、実際に会ってみれば納得できた。イオ様は神気をまとっていらっしゃるようだった。

 

 銀色に輝く御髪と月の大神ルーラ様を思わせる金の瞳は幼気でありながらも美しく、この世に顕現された美の化身と言われても納得できた。

 

 そして、この世ならざる秘奥たる『魔法』を授けてくださった。

 この力は異形――女神曰く『魔物』たちを撃ち倒す業火となるだろう。

 

 いまも王都の宿泊所内で、僕はメラという魔法の火を出している。

 今はまだ小さな火だけど、この火を束ねるのが王族の使命だ。

 道半ばで倒れていった者たちの志を引き継いで、魔物たちを駆逐する。

 決意――。

 それは贖いなのかもしれない。父の命令ではあったけれども、そして実際に往来することすら難しい状況ではあったけれども、ユユルを見捨てたという想いがどこかにあった。

 

 僕に力があれば、魔物を一匹残らず叩き潰し、王国を救いたかった。

 英雄になりたかったんだ。

 

 武術大会で優勝すれば、イオ様はどんな願いもひとつだけ叶えてくれるらしい。命すら思いのままであるのだから、本当に不可能はないのかもしれない。

 父は、レーヴァラックの安寧を望んだ。具体的に言えば、マホカトールという魔物を通さない結界を領都に施すよう命じた。

 

 僕がレーヴァラックにマホカトールをもたらせば、領民は僕のことを英雄と呼んでくれるだろう。厳格な父もおそらく僕を認めてくれる。

 

 けれど、本当にそれでいいのだろうか。

 

 願うとするならば、()()()()()()()()()と願うべきなのではないだろうか。

 

 おそらく、父は戦後のことを考えている。つまり、レーヴァラックの繁栄のために、箔づけがほしいんだと思う。マホカトールはわかりやすい神の"祝福"だ。

 

 イオ様がおわしますレムリアンは聖都となるだろうが、第二の聖都として位置づけられるようになるのを狙っている。聞くところによると、イオ様は神の世界から来たと聞く。いずれはお帰りになられる。だが――、魔法は残る。正統性はもちろんレムリアンも譲るつもりはないだろうが、いずれ力関係が逆転すれば、レーヴァラックこそ正統というふうになるかもしれない。

 

 それを狙っているのではないだろうか。

 

「なぁに、暗い顔してブツブツ言ってやがるんですか?」

 

 突然、後ろから急に気配が現れた。

 トーンを落した少女の声。

 

「リリ。驚かさないでくれよ」

 

 振り向くとメイド姿のリリがいた。

 黒髪が闇に溶けるように混ざっていて、猫みたいにくりくりとした黒目がジト目で見ていた。

 リリは僕が生まれたときから従者としていっしょに育った乳兄妹だ。

 リリはふたりきりの時には気安い言葉をかけてくる。

 もちろん公の場ではこんな口調で話したりはしない。

 生まれたときからの距離感だから、心地よいというか、これが当たり前って感じなんだ。

 

「殿下が勝手にユユル姫様に懸想なされて、気もそぞろだっただけでしょーが」

 

「け、懸想って……そんなんじゃないよ。そもそも従妹どうしじゃないか」

 

「ふぅん。じゃあ、あのちっこい女神様のほうとか?」

 

「リリ。冗談でも不敬になることは言わないほうがいい」

 

 僕は慌てて言った。

 イオ様については、この国ではもはや救世の神。

 万が一悪口でも言おうものなら、そいつは吊るしあげられて国から叩きだされてしまう。

 

「殿下が女神様に懸想するほうが不敬ですからね」

 

 なにげにリリの評価がひどくないか。

 イオ様を湛える麗句を並べたが、これは僕に幼女趣味があるからではない。

 

「イオ様に対しても何も思うところはないよ。人の世に光をもたらしていただいた敬愛すべきお方だとは思うけれども」

 

 そう、この指先に宿る火と同じく。

 あるいは、もっと巨大な太陽のように。

 美しく可憐な方だとは思ったが、下賤な感情は一切ない。

 あるのは神に対する純粋な忠節のみだ。

 

「だったら、何を迷っていやがるんです?」

 

「迷い?」

 

「顔に悩みが出てましたよ」

 

「そうか……」

 

 公爵家の嫡男としては失格だな。

 まあ、リリだからこそ、見破られたというのもあるんだろうけど。

 

「私だから見破られたとか思ってらっしゃるなら、まずはそのお花畑な脳みそを心配したほうがいいですよ」

 

「あいかわらず辛辣だね……」

 

 ちょっぴり傷つくんだよ。これでも。

 

「フン。それでどうしたんすか?」

 

 リリが僕の座っている椅子の傍まで近づいてきた。

 

「リリも年頃の女の子なんだから、殿方の部屋に立ち入るのはよくないと思うんだけどね」

 

「殿下よりも、あたしのほうが強いし」

 

 まあそれも本当のことだけどね。

 メイド服のスカートの中には暗器の類がいっぱいだ。

 彼女がその気になれば、僕なんかあっけない終末を迎えるだろう。

 でも、試合形式ならどうだろう。

 暗殺者としての腕前は知っているけれど、試合は正方形のタイルの上で対峙した状態から試合が開始される。単純な力比べならどちらが勝つかはわからないだろう。

 

「思考が読みやす過ぎるんすんよ。殿下は」

 

「でも……いや、まあいい。悩んでいたのは優勝者への褒美についてだよ」

 

 僕は溜息をつきながら思っていたことを口にした。

 

「あー、イオ様が魔法で叶う願いならなんでもひとつ叶えるとかいうアレっすね」

 

「レーヴァラックのためか、人類のためか、それが問題だ」

 

「いや、殿下は試合に勝つ気満々ですけど、勝てる見込みあるんですかね?」

 

「少なくとも修練は積んできたつもりだ」

 

「あたしが勝ったらどうするつもりなんすか?」

 

「リリは、父に同じようなことを命じられたんじゃないのかい?」

 

「好きにしていいって言われたっすね」

 

「本当かい!?」

 

 驚きだった。

 あの厳格そうな父が、領都のことではなくリリの好きにしろだなんて。

 どういう思惑があるのだろう。

 

「公爵閣下はレーヴァラックの者が勝てば、それでよいのだと思うんすよね」

 

「そんなものかな。もしかして僕にわざと負けるようにとか……」

 

「考えすぎっすから」

 

 違うのか。

 本当にリリが言うように、レーヴァラック領の者が勝てばそれでいいって考えなのか。

 リリは公爵家の人間だ。

 命令すれば、リリを縛るのも容易いとは思う。

 もちろん、父は厳格ではあるが、人のこころを縛るような方ではなかった。

 身分を笠に無体を働くような方でもない。

 けれど、リリは孤児で、魔物が跋扈する平原に捨て置かれていた平民ですらない存在だ。

 そんなリリを父が拾ってきて子どものいなかった老男爵夫妻の養子にした。

 常識的に考えれば、リリは骨の髄までレーヴァラックへの忠義が刻まれているはずであり、父上も半ば娘のように感じているところがあるはずだ。

 が――、大義というものは個人に推し量ることができないところにあるように思う。

 リリが何を想い何を願うのかは、リリ自身しか知らない。

 

「ほーら、また考えすぎてる」

 

「性分だからね」

 

「考えすぎてたら、そこらの雑魚にもやられちゃうっすよ」

 

「そのときは実力が足りなかったと思うだけさ」

 

「領都か人類かという問題についてなんすが」

 

 思いついたようにリリが言った。

 

「ああ」

 

「好きに悩んでいたらいいんじゃないすかね」

 

「はあ?」

 

「いや、レーヴァラックにマホカトールを張った場合にも、魔王ドゥアトは討伐しにいくでしょ。そのために武術大会を開いているわけですし。逆に人類のためにお力をお貸しくださいという場合も、レーヴァラックの株は上がるわけですからね」

 

「それはそうだが……言い方ひとつで印象も違うだろう」

 

「違いはそんなにないでしょうよ。あるのは殿下の自己満足だけという話で」

 

 そこまでハッキリ言われてしまうと、なんとも言えない気分だ。

 

「しかし、正義に適うかどうかは常に自身に問いかけておきたい。自領の利益のみにこだわり大局を見失うのはよくないと思う」

 

「意識高い系っすか。てか、そこまで答え出てるんだったら悩む必要ないじゃないっすか」

 

「……まあ、そうだね」

 

 結局、父の言葉に逆らうのが怖いんだろう。

 真正面から自分のこころを見つめるだけでも、それだけの時間がかかってしまう。

 

「まあ、アレク様はそれでいいと思うっすけどね」

 

「そうかな」

 

「もとから優柔不断なんすからね」

 

「自覚はしてるよ」

 

「優しいってことでもあるんすけどね」

 

「え?」

 

 小声すぎてよくわからなかった。

 

「もし、あたしが勝っても恨みっこなしっすよ」

 

「わかったよ」

 

 リリは生まれたときからのライバルでもあるんだ。

 男女で妙だと思うかもしれないけれど。ふたごみたいな感覚だからかもしれない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 イオです。

 

 いよいよ今日から決勝トーナメントってことで、みんなの興奮も高まってきたって感じかな。

 みんなの熱狂がすごい。わたしは王様の隣で、みんなを見下ろす係です。イオちゃんに睥睨されて嬉しい人たちもいるようです。ジト目がいいんか? ジトー。

 

 でも、ユユルが傍らにいないんで、ちょっとだけ寂しいです。

 

 だから、瞬殺をお願いします。あ、べつに本気で殺しちゃダメですけどね。

 

 いちおう、わたしがザオリク使えばいいだけの話なんだけどさ、ドラゴンボールの天下一武道大会みたいに殺しは禁止です。失格負けになっちゃいます。あと参ったしても負け。明らかに負けと思われる状況になっても負けです。刃物を首元に突き付けられるとかね。

 

 ちなみに、ユユルはたぶん刃物が首のところでガッキーンってなると思うけど、さすがにそこまでいったら負けを認めるって言ってた。

 

 お姉ちゃんびいきな妹としては、それでも勝つまでやればいいのにと思っております。

 

「さて、決勝トーナメント第一試合は、戦槌のダナンと姫巫女ユユル様だ」

 

 司会進行役が高らかに宣言する。

 

 さっさと勝って、さっさとイオちゃんのもとに戻ってくるように第一試合にしてもらった。

 

 もちろん権力ですが何か?

 

 わたしだって考えなしじゃないから、例えば施しについてもやりすぎないようにしたり、王様とちゃんと話し合ったりして決めたりしている。

 

 いまのわたしの立場が人類救世の神様的な感じなので、むしろ多少の我儘は言ってもらったほうがいいらしい。権力って甘くとろけてクセになるよね。まあ形骸ですけど。

 

 ユユルが決戦のバトルフィールドへと上がった。

 いつかの時に見た姫騎士スタイル。磨き上げられたシルバーメイルが日の光を反射して、颯爽と登場する姿は麗しい。お姉さま抱いてって気分になる。

 

 対して、戦槌のダナンと言われたほうは、筋肉だるまみたいなやつだった。特に腕の筋肉がすごい。頭をスイカみたいに叩き潰せそうな"おおかなづち"を装備している。

 

「へっへっへ。姫様ちっちゃいなぁ……参ったするならいまのうちだぜ」

 

 でた。ぐへへタイプだ。

 ぐへへタイプとは、姫騎士やメスガキなどに特攻を持つ特殊筋肉タイプ。

 ユユルとは相性が悪いようだけど、まあかませだな。

 

「戦いの場で問答は無用でしょう。かかってきなさい」

 

「じゃあ遠慮なく……」槌を振り上げるダナン。「いかせてもらうぜっ!」

 

 風を切る豪音がこちらにまで聞こえてくるみたいだった。

 それぐらいの勢い。叩きつけられた勢いでタイルが粉々に破砕される。

 けれど、ユユルの姿はそこにはない。

 

――ピオラ。

 

 すでに人外のスピードに達したユユルの姿は残像のように影を引いていた。

 ダナンは青筋を浮かべ、槌をめちゃくちゃに振り回す。

 しかし、ミスの連発。

 ドラクエ世界において素早さをあげたらどうなるのかという問題があった。

 素早さはあくまで行動順であり、攻撃の回避力があがる魔法ではなかったからだ。

 けれど、現実的に考えれば素早くなれば避けやすくもなるわけで……。

 ダナンの攻撃はかすりもしない。

 

「ち、畜生! なんで当たりやがらねえ!!」

 

 ダナンは悪態をついた。

 

 そのまま行儀の悪いことに、地面を槌で打ちつけている。完全な八つ当たりだ。

 あれ、モシャスで創ったのわたしなんだよなぁ。タイル……。多少壊しやすくして見栄えよくハスクラの感覚をもたらすナイス柔らかさではあるんだが、無駄に散らされると治すのが面倒くさい。

 

 そんな想いをこめて、ユユルに視線をやると――。

 気づいてくれた。ユユルはこくりと静かに頷いた。

 うん、これこそ姉妹間の以心伝心! すばらしい愛のカタチ!

 

「ダナンといいましたか? 当ててみてください」

 

 ユユルは見たこともないような笑顔を見せた。

 あれ、このセリフってどこかで聞いたことあるぞ。

 非常に既視感をかんじる。

 

「ああっ?」怒りで血管がぶちきれそうになっているダナン。

 

 対するユユルはあくまで涼しげだ。

 

「当ててみてくださいという言葉の意味はですね、あなたが当てることができないのを揶揄しているのではなく、私が仮に攻撃を受けても、おそらくノーダメなので、遠慮なく攻撃してくださいどうぞという意味です」

 

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 まさに大地を揺るがすかのような気合だった。

 全体重を乗せた、まさに必死の一撃がユユルに迫る。

 ある者は少女が潰される未来に目をつぶり、悲鳴がそこかしこから上がった。

 

 もちろん――わたしはしっかりと見ていた。

 どうなるかわかり切っていたからね。

 ユユルは無造作に槌を片手一本で受け止めていた。

 それが現実だ。スカラで極限まで防御力をあげてしまったらもはや物理的なダメージは与えることができなくなる。ついでにアタカンタによって反射ダメージもあるけれども、これは順番的にスカラで減衰したあとの衝撃が反射されているのでたいしたことはない。

 ダナンの指がしびれるくらいだろう。

 

 だが――ありえない光景に会場は沸いた。

 ダナンは顔を青くして震えている。自分の体躯の半分にも満たないお姫様が必殺の一撃を完全に防ぎ切ったんだ。もはや打つ手がないのだろう。

 

「ま、参った」

 

 ダナンはあっさりと降参した。

 姫様から一撃も攻撃を受けずに、あっさり降参した事に対して、会場からはやや不満げな声が聞き漏れたようだけれども、玄人めな人からすれば引き際を見極める熟練の戦士として、ダナンの名前はそこそこ有名になったらしい。

 

 ちなみに後から魔法を付与してみたけれど、残念ながら魔法力0の完全な戦士タイプだったらしいです。けしてかしこさが0だったわけじゃないので、ドラクエ星人は地球人と異なる仕様なのですね。

 

 あれ、じゃあわたしのかしこさ3って……いや、考えちゃダメだ。考えちゃ。




なんだかんだで100話到達しました。
皆さまのおかげです。そんなわけであと少しですが、
この作品にお付き合いいただけましたら幸いです。
あらためまして、この作品を読んでくださる皆さまに精一杯の謝辞を。

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